商事法研究レポート
MJS税経システム研究所・商事法研究会の顧問・客員研究員による商事法関係の論説、重要判例研究や法律相談に関する各種リポートを掲載しています。
451 件の結果のうち、 1 から 10 までを表示
-
2025/01/24 topics
2024年下半期における東証上場会社の機関設計の選択状況
1.東京証券取引所及び株式会社の機関設計の変遷1878年(明治11年)5月15日に東京証券取引所の前身である「東京株式取引所」が創立され、翌6月には売買立会が開始されていますが、当時はまだ商法の制定前であり、1890(明治23)年商法(旧商法)施行後及び1899(明治32)年商法(新商法)施行後の株式会社には、株主総会・取締役・監査役の機関設計のみが法定されました。第二次世界大戦中の1943(昭和18)年6月30日には「日本証券取引所」に全国の11ヶ所の証券取引所が統合されましたが、広島・長崎に原爆が投下された後の1945(昭和20)年8月10日には売買立会は停止、戦後の1947(昭和22)年12月18日に「日本証券取引所」は解散し、同年に制定された「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(略称:独占禁止法)」(同年7月20日施行)による財閥解体により大量の株式が一般に再配分され、証券民主化運動等と相俟って、株式所有の大衆化が急速に進展しました。1949(昭和21)年4月1日には「東京証券取引所」(以下、東証とします)が証券会員制法人として設立され、翌5月には、東証での取引再開が認められてます。さらに1950(昭和25)年の商法改正により取締役会が法定され、株主総会・〔取締役会+代表取締役〕・監査役のみが株式会社の機関設計として法定されます。さらに同年の改正により、監査役の権限も会計監査権限のみに限定され、株式会社は全て公開会社とされました。その後の1966(昭和41)年商法改正により、定款で全株式の譲渡制限を定める会社(閉鎖会社:会社法下では公開会社でない株式会社)が許容された後も、暫くは全ての株式会社に同じ機関設計のみが法定されることになりました。なお、1968(昭和43)年1月以後、証券会社は免許制へ移行しています。規模に関わらず全ての株式会社が同じ機関設計で良いのかという問題から、1974(昭和49)年には「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(略称:商法特例法・監査特例法)」が制定され、同法により、資本金5億円以上の大会社に会計監査人の設置が義務付けられます。同時に資本金1億円を超える株式会社の監査役には業務監査権限が復活します。同法の1981(昭和56)年の改正により、大会社の概念が資本金5億円以上、又は負債総額200億円以上の会社と変更されるとともに、監査役には必ず1名以上の常勤者を置かなければならないことになります。1993(平成5)年の同法の改正では、大会社に監査役会の設置と社外監査役1名以上が義務付けられるようになります(これにより上場会社の大半が監査役会設置会社に占められることとなります)。さらに2001(平成13)年の同法の改正では、監査役会構成員の半数以上の社外監査役の選任が義務付けられました。2002(平成14)年の同法の改正では、委員会等設置会社(会社法施行時に委員会設置会社に改称、2014年改正法施行後は指名委員会等設置会社に改称)の機関設計が追加されます。2006(平成18)年5月1日の会社法施行により、「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律」は廃止され、同法の規定の多くは会社法に引き継がれます。会社法施行により、公開会社でない株式会社では、取締役会非設置会社も許容されましたが、公開会社の機関設計は、監査役設置会社(含む監査役会設置会社)と委員会設置会社(会社法で改称。現・指名委員会等設置会社)のままでした。東証は2001(平成13)年に株式会社化し、(株)東京証券取引所となります。2007(平成19)年8月1日には、持株会社となる(株)東京証券取引所グループが設立され、株式移転により、(株)東京証券取引所は、同社の完全子会社となっています。また、同年9月30日は、証券取引法が金融商品取引法に改称されています。2013(平成25)年1月1日には、(株)大阪証券取引所(存続会社)と(株)東京証券取引所グループ(消滅会社)の吸収合併により、(株)日本取引所グループ(JPX)が発足、同年7月16日に大阪証券取引所の現物市場は東証に統合されています(以降、現物市場のある証券取引所は、札証・東証・名証・福証の4ヶ所となりますが、各市場への単独上場は少ない為、東証が9割以上のシェアを占めます)。2014(平成26)年会社法改正により、監査等委員会設置会社が追加され、同時に委員会設置会社が指名委員会等設置会社と改称されます。2019(令和元)年の会社法改正では、会社法327条の2により、上場会社の大会社(注1)である監査役会設置会社に1名以上の社外取締役の選任が義務付けられます(東証の上場会社は大会社でなくなった場合にも東証上場規程により、社外取締役の選任が義務付けられます)。2022(令和4)年4月4日以降、それ以前の東証の一部・二部・マザーズ・JASDAQの市場区分は、プライム・スタンダード・グロース市場へと移行しています(名証も一部・二部・セントレックスからプレミア・メイン・ネクスト市場に移行しています)。2.近時の上場会社の機関設計の変遷2014(平成26)年改正による監査等委員会設置会社の制度は、翌2015(平成27)年5月1日に施行されましたが、その年度中に監査役設置会社(監査役会設置会社)から監査等委員会設置会社への移行を表明した上場会社は200社を超え(8月末の東証3,462社中、一部108社、二部31社、マザーズ11社、JASDAQ57社で計207社)、当時の上場会社の指名委員会等設置会社数(64社)の3.4倍に達していました(注2)。その後の2021(令和3)年10月8日の調査においては、東証3,734社中、監査役設置会社(監査役会設置会社)2,401社、監査等委員会設置会社1,249社、指名委員会等設置会社83社となっています(注3)。以下の表は2022(令和4)年の市場区分移行後の2022年7月29日(注4)、2024(令和6)年上半期(6月18日)、2024年下半期12月1日の独自調査(注5)の状況です。2024年度の下半期で上半期に比べ、監査役設置会社(監査役会設置会社)がかなり減り、監査等委員会設置会社がかなり増え、さらに指名委員会等設置会社も微増していることがわかります。3.機関設計の変更の理由監査役設置会社に対する懸念としては、そもそも英米には監査役という制度がなく、そうした国からすると一般に代表取締役より下位に属する印象がある役員に、代表取締役等を見張れるのかという懸念です(監査役は取締役会に参加しますが、代表取締役の選定・解職権がありません)。実際には、監査役の任期を4年とし、取締役の倍とするとともに、その解任には株主総会の特別決議を要することとし、その地位を強化していますが、他の機関設計への移行理由の第一に「経営監督機能の強化」を掲げる会社が多いようです。一方、その利点としては、監査役会には半数の社外監査役とともに、必ず常勤の監査役が必要であり、また、各監査役は監査役会の決定に必ずしも縛られることはなく、権限を行使できる等の機動力があります。長年、慣れ親しんだ機関設計として、この機関設計を好む会社も依然多いようです。実際には、ここ数年の監査役会設置会社の激減は、2014年会社法改正当時はコーポレートガバナンス・コード同様のコンプライ・オア・エクスプレイン形式であった会社法327条の2の上場会社の大会社の監査役会設置会社における社外取締役選任の努力義務が、2019年会社法改正施行により完全義務化されたことにもあると思われます。これにより、監査等委員会設置会社の監査委員会の過半数の社外取締役や指名委員会等設置会社の各委員会の過半数の社外取締役を兼任させた場合の社外役員の最低員数を、監査役会設置会社の社外役員の最低員数が上回っているからです。指名委員会等設置会社の利点は、本来は、執行役と取締役の分化にあるはずでしたが、我が国では兼任が明文をもって認められている為、実際には大半の指名委員会等設置会社では兼任状況がみられます。また、執行役との兼任が禁止される監査委員を取締役会が選定・解職できることも問題です。また、導入当時は役員の任期を1年以内とする新陳代謝がコーポレート・ガバナンス上優れているように言われていましたが、アメリカで著名だったエンロンが破綻した他、すぐに利益を求める投資家の干渉を受けやすいことから、その後我が国のコーポレートガバナンス・コードに取り入れられたSDGsの観点や、そのS(サスティナブル:継続性)の観点から多くの事業会社がこれを嫌い、純粋持株会社や政府がバックにつく元国営企業などが目立つようになっています。ピーク時に100社を超えた程度であり、元国営企業等の追加にも関わらず、現在は東証の上場企業で100社を下回り(他に名証ネクスト単独のガイアックス)、非上場では数社確認できる程度まで凋落しています。ただし、この機関設計を選択した会社は、コーポレートガバナンス・コードを全て遵守している会社が多いことから、コーポレート・ガバナンスを強化したイメージを抱かれる為、これが2024年下半期に指名委員会等設置会社が微増した理由と思われます。監査等委員会設置会社は、指名委員会等設置会社で問題とされた監査機関の地位の脆弱性を補い、非業務執行取締役である監査等委員の選任・解任権を株主総会の権限とし、任期を業務執行取締役の倍の2年とするとともに、その解任には監査役同様の株主総会の特別決議を要するとすることで地位の強化を図っています。他の機関設計から監査等委員会設置会社への移行理由に「意思決定の迅速化」、「経営監督機能の強化」、「経営透明性の向上」、「企業倫理の確立等」のいずれかを掲げる会社が大半です。監査等委員会設置会社では、任意に指名委員会・報酬委員会を置く会社も多く、厳しいコーポレートガバナンス・コードを全て遵守している会社もあります。一方で、監査等委員会設置会社には、社外取締役の選定に最後まで消極的であった会社や、コーポレートガバナンス・コードの遵守状態が監査役設置会社時代と変わらない会社も多く、市場や投資家に対するイメージや監査役設置会社における社外取締役選定義務が、監査等委員会設置会社への移行理由ではないかと推察される状態の会社も多く存在します。4.中小企業ないし公開会社でない株式会社における最適な機関設計もっとも公開会社でない株式会社においては、市場や投資家に対するイメージを気にする必要がない為、役員数が多く、社外取締役の選定を必要とし、かつ、役員の任期が短くなる指名委員会等設置会社や監査等委員会設置会社の機関設計を選択するメリットは殆どありません。会社法下では公開会社でない株式会社においては、取締役会非設置会社とすることで役員数を減らすこともできますし、公開会社でない株式会社においては、取締役(いれば会計参与)・監査役の任期を定款で10年まで伸長することや、株主限定とすることもできます。大会社の監査役会設置会社においても社外取締役の選定は必要ありません(社外監査役の選定で足ります)。また、会計監査人を置かない場合には、監査役の権限を定款で会計監査限定とすることもできます。その分、信用が下がりますが、親族等に監査役を任せている場合には、その責任を軽減する方法を選択することも考えられます(もともと会社法施行前の資本金1億円以下の株式会社では「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律」により監査役は会計監査限定とされていました。特例有限会社の監査役は会社法施行前と変わらず会計監査限定です)。一方、親族や親しい者に税理士や公認会計士がいる場合には、公開会社でない株式会社では、監査役に代えて会計参与を設置することも考えられます(会計参与設置会社、公開会社ではこの機関設計はできません)。会計参与の資格は、監査役と違い、税理士・税理士法人・公認会計士・監査法人といった専門家に限られますし、こうした専門家が経理を合法的に統制していることから、税務調査に入られる例が少ないようです(税務調査により多額の課徴金が科せられると会社が大きく傾く例が多いようです)。金融機関等の信用が断然高まることから、監査役を会計参与に代えた機関設計を採る公開会社でない株式会社は、それなりの数があります(注6)。<注釈>会社法下では、(イ)最終事業年度に係る貸借対照表(第439条前段の規定では、同条の規定により定時株主総会に報告された貸借対照表、株主総会の成立後最初の定時株主総会までの間においては、第435条1項の貸借対照表をいう(ロにおいて同じ))に資本金として計上した額が5億円以上、(ロ)最終事業年度に計上した貸借対照表の負債の部に計上した額が200億以上であること、のいずれかに該当する株式会社を大会社といいます。塚本秀臣・三菱UFJ信託銀行法人コンサルティング部会社法務コンサルティング室「監査等委員会設置会社移行会社の事例分析」(別冊商事法務No.399)(2015・(株)商事法務)、参照。拙稿「東京証券取引所上場会社企業における監査役会設置会社の現状」商事法研究レポート(本WebTopics2021.11.26)、参照。拙稿「東京証券取引所新区分移行直後の状況」商事法研究レポート(本Web論説2022.9.30)参照。2024年上半期・下半期とも東証コーポレート・ガバナンス情報サービス利用による独自調査です。帝国データバンクの会社年鑑等の会社データを参照してください。提供:税経システム研究所
続きを読む
-
2025/01/17 論説
競業取引・利益相反取引における会社側の承認
一はじめに取締役は、会社業務の決定や執行に密接に関与しますから、当該会社の内部情報やノウハウあるいは顧客情報等を入手しやすい立場にあります。その取締役が、会社と競争する取引を、自らあるいは他の会社の取締役として、第三者あるいは当該会社と行う場合には、本来当該会社のために利用されるべき情報等が、取締役の行う競争的な事業のために使われるおそれがあります。このような取締役が会社の利益を犠牲にして自己または第三者の利益を図ろうとする危険性のある状況は、一般に利益相反あるいは利益衝突の状況とよばれています。そこで会社法は、このような事態を回避する策として、取締役に会社に対する忠実義務を課し、さらに競業避止義務および利益相反取引規制を設けています。すなわち、取締役は、取締役としての地位を悪用し、会社の犠牲において自己または第三者の利益を図ってはなりません(忠実義務、会355条)。また、(1)取締役が自己または第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき(競業取引、会356条1項1号)、(2)取締役が自己または第三者のために株式会社と取引をしようとするとき(直接取引・自己取引、同2号)、そして、(3)株式会社が、取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするときには(間接取引・利益相反取引((1)(2)あわせて利益相反取引と総称する場合もあります。)、同3号)、当該取締役は、「株主総会」において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければなりません。この場合、会社が取締役会設置会社の場合には、「株主総会」の承認は「取締役会」の承認となり(会365条1項)、この取引をした取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引に関する重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(同2項)。ところで、一口に株式会社と取締役の利益が相反する状況といっても、実際には様々な場面があり、場合によっては利益が相反しない場合もあります。そのような場合には、株主総会ないし取締役会の承認(=会社の承認)は不要です。そこで、本稿では、取締役会設置会社に関し、いくつかの場合に分けて取締役会の承認の要否について検討してみようと思います。二競業取引1取締役を兼任している場合(1)A社の代表取締役YがB社の代表取締役を兼任する場合1)YがB社の代表取締役として、A社の事業の部類に属する取引を第三者Cと行う場合には、YがA社の代表取締役として知った情報をB社の当該取引に利用してA社の利益を害するおそれがあるため、A社の取締役会の承認が必要です。同様に、YがA社を代表してB社の事業の部類に属する取引を第三者Dと行う場合には、B社の取締役会の承認が必要です。2)B社におけるY以外の代表取締役であるZが、A社の事業の部類に属する取引を第三者Cと行う場合には、YはB社の当該競業取引とは直接的に関係がないため、A社の取締役会の承認は不要です。ただし、YがB社の社長あるいは会長としてB社を統括する地位にあるときや、Zがわら人形的立場にあって、実質的にはYがB社を代表して当該競業取引をなすものと同一視されるような場合には、YがA社を害するおそれがあるためA社の取締役会の承認が必要です。(2)A社の平取締役YがB社の代表取締役を兼任する場合1)A社がB社の事業の部類に属する取引を第三者Cと行う場合には、YはA社の平取締役にすぎませんから、特段の事情がない限り、B社の利益を害することはないので、B社の取締役会の承認は不要です。しかし、A社がこの競業取引を相当期間継続して行うことにより、この取引に関する一定程度のノウハウや取引先情報等が蓄積されると、Yはこれを流用して、A社の利益を犠牲にし、B社の利益をはかる行為に出るかもしれません。したがって、A社がB社と競業する取引を第三者Cと継続して行う見込みが生じた場合には、YがB社の代表取締役として第三者Dと当該取引をなすことにつきA社の承認が必要です(注1)。B社に複数の代表取締役がおり、社長・専務等により業務分担が定められている場合で、ある商品の製造販売業を行うA社の平取締役Yが、同種の商品の製造販売業と不動産業を行うB社の代表取締役専務として不動産業の取引業のみを担当する場合には、A社との間に個人的な利益相反関係はないので、この取引に関するA社の取締役会の承認は不要です。ただし、YがB社における商品の製造販売業を実際に行っている支配人Zを指揮監督している場合には、A社の取締役会の承認が必要です。Zを道具としてYが商品の製造販売業も行っていると解されるからです。2)A社の平取締役YがB社の代表取締役であって、A社とB社が競業関係にあっても、Yとは別のZもB社の代表取締役であり、Zが第三者Cと競業取引を行う場合には、特段の事情のない限り、両社の取締役会の承認は不要です。ただし、契約自体はB社の代表者としてZが締結していても、YがB社のためにこの契約の締結交渉を主導的に行っていて、Zと共同して当該取引をなしているとみられる場合には、A社の取締役会の承認が必要です。A社とB社の間に競業関係がなく、B社の完全子会社であるC社がA社の事業の部類に属する取引を第三者Dと行う場合、B社とC社とは実質的に一体化していますが、Yの行為はただちには競業規制に服すべきものとはなりません。C社の当該競業取引につきC社を代理・代表する者がA社とは関係のないZであって、Yがこの取引に直接的に一切関与していない場合には、YがC社の社長として全般を統括すべき地位にあるなどの特段の事情がある場合は別として、A社の取締役会の承認は不要です。(3)Yが親会社の平取締役と完全子会社の代表取締役を兼任する場合親会社A社と完全子会社B社が同種の事業を行っている場合、A社の平取締役YがB社の代表取締役としてA社の事業の部類に属する取引を第三者Cとなすときは、その経済的効果は実質的にA社に帰属するので、多数説は、この取引には競業取引規制は及ばず、どちらの会社の承認も不要と解しています(大阪地判昭和58年5月11日判タ502号189頁)。しかし完全子会社といえども、倒産した場合には、その財産は第一に子会社の債権者の担保財産となりますし、当該取引により完全子会社に利益が生じたとしても、親会社にそれ以上の損害が生ずる場合もありえます。子会社としても、親会社とは別個の法人格を有しており、子会社の債権者を保護する必要もあります。したがって、Yが100%子会社の代表取締役として第三者Cと競業取引をなすときも、原則として親会社A社の承認が必要と解されます(注2)。なおA社がB社の株式の全部は保有していない場合には、B社にはA社以外の株主が存在するため、A社とB社の利害が一致するわけではありません。したがってこの場合、YがB社の代表取締役として、A社から貸付けを受けるような場合には、YがA社の取締役であるかぎり、利益相反規制が及び、A社の承認が必要です。2取締役が他の会社の株式を保有する場合の競業取引(1)A社の取締役YがB社の株式の全部を保有する場合A社とB社の間において競業取引がなされる場合で、A社の取締役であるYがB社の代表取締役としてこの取引にあたる場合には、A社の取締役会の承認が必要です。しかし、そうでない場合には、形式的には、会社法356条1項1号所定の競業取引には該当せず、この承認は不要のようにも思われます。しかしB社の全株を保有するYとB社とは経済的には一体ですから、B社のなす競業取引は、Yが第三者(=B社)の名において自己(=Y)の計算で競業取引をなすものと解されるため、A社の取締役会の承認が必要と解されます。このことは、Yが配偶者や近親者の持株と合わせて実質的にB社の全株を保有しているときも同様と解されています(注3)。(2)A社の取締役YがB社の株式の一部を保有している場合YがB社の株式の全部ではなく過半数を保有する場合でも、YはB社を支配しているので、たとえY以外のZがB社を代表して第三者Cと競業取引をなす場合であっても、A社とB社の利害が衝突する可能性があります。したがって、この場合にもA社の承認が必要と解する説(実質説)と、競業取引規制(取締役会の承認・報告(会356条1項1号・365条)、損害額競業取引規制の推定(会423条2項)等)が明瞭かつ定型的に適用されるべき必要性から、A社の承認を否定する説(形式説)とに分かれています(注4)。競業取引規制が会社の利益保護のためにあることを考慮するならば、実質説を支持したいと思います。3取締役が他社の事実上の主宰者である場合A社の取締役Yが、B社の代表取締役でなくても、事実上の主宰者であるならば、形式的にはB社の代表取締役ZがA社との競合取引を第三者Cと行う場合であっても、実質的にはYがB社の利益のために、A社の事業の部類に属する取引をなすものと解されます。したがって、会社法356条1項1号の類推適用により、A社の取締役会の承認が必要と解されます(東京地判昭和56・3・26判時1015号27頁、大阪高判平成2・7・18判時1378号113頁)(注5)。三利益相反取引1兼任取締役関係にある会社間の取引(1)A社の代表取締役YがB社の代表取締役を兼任する場合1)A社・B社間の取引においてYが両社を代表する場合A社・B社間の直接取引の場合、Yは意図的に一方の会社の利益をはかり、他社の不利益をもたらそうと考えるかもしれません。したがって、この直接取引は利益相反取引にあたり両社の取締役会の承認が必要です。YがA社を代表してB社の債権者Cに対しB社の債務を保証する間接取引の場合にも、A社の取締役会の承認が必要です。B社の債務をA社が保証することにより、B社が利得し、A社に不利益が生ずるかもしれないからです。2)A社・B社間の取引においてYが両社を代表しない場合A社・B社間の直接取引の場合で、両社においてYでない他の代表取締役が両社を代表する場合には、会社法356条1項2号は適用されず、特段の事情のない限り、この直接取引に関する両社の取締役会の承認は不要です。YがA社を代表し、B社はYでない他の代表取締役Zが代表する場合は、A社の取締役会の承認は不要ですが、B社の取締役会の承認は必要です。B社の平取締役としてのYが、A社の代表取締役として、A社に有利にB社に不利益をもたらす取引をなす懸念があるからです。(2)A社の平取締役YがB社の代表取締役を兼任する場合両社間の直接取引において、B社の代表取締役のYが当該取引に関してはB社を代理・代表しない場合には、いずれの会社の取締役会の承認も不要です(通説)。A社がB社の債務に関し、債権者Cに対してこれを保証するなどの間接取引をなす場合で、A社の平取締役YがB社の代表取締役である場合には、当該取引に関しYがB社を代表するか否かを問わず、YがB社の代表取締役である以上は、両社間には利益衝突の危険性があるため、A社の取締役会の承認が必要と解されています(注6)。2取締役が株式を有する他の会社との取引(1)YがA社またはB社の全株式を保有する場合A社・B社間の取引において、A社の平取締役YがB社の代表取締役としてA社と取引しない限り、形式的には会社法356条1項2号の直接取引には該当しません。しかし、YがB社の全株式を保有する場合には、実質的にYとB社は経済的に一体化しているので、A社とY個人の取引の場合に準じて、A社の取締役会の承認が必要です。Yが家族等の持株と併せて実質的に全株を保有する場合も同様と解されます。なお、YがA社の全株式を保有する個人株主の場合、YとA社の間に利害相反関係はないので、A社がYに貸付をなすような直接取引の場合、A社の取締役会の承認は不要です(最判昭和45・8・20民集24巻9号1305頁)。(2)YがA社の平取締役とB社の代表取締役を兼任する場合で、B社がC社の全株式を保有する場合この場合、A社・C社間の取引に関しては、実質的にA社・B社間に利益の衝突があるものと解されます。しかし、この場合には、会社法356条の利益相反規制の適用範囲の明確化の要請から、A社の取締役会の承認は不要と解されています(注7)。(3)A社の平取締役YがB社の株式の過半数を保有する場合この場合、A社の平取締役YとB社が経済的に一体化しているとはいえないまでも、YがB社の支配を通じてB社の代表取締役Zに影響力を行使する危険があります。したがって、Y自身がB社を代表して行動する場合と実質的に同等と解し、A社・B社間の取引においては、これを直接取引としてA社の取締役会の承認が必要と解する説と反対する説とに分かれています(注8)。A社がB社の債務を保証・引受をなす場合にも、これを間接取引として、A社の取締役会の承認を必要と解する多数説と不要説とに分かれています(注9)。(4)A社の平取締役YがB社の過半数未満の株式を有する場合A社の平取締役YがB社の株式の過半数を保有していなくても、B社を支配しうる株式を有する場合には、実質的にA社とB社の利益が衝突する危険性を考慮して、A社の承認が必要とする解釈と利益相反規制の適用範囲の形式的明確性を重視して不要とする解釈に分かれています(注10)。3その他の場合(1)A社の平取締役Yと密接な親族関係にあるZ(配偶者その他の近親者等)がB社の株式の過半数を保有する場合この場合には、A社とYとの間には実質的に利益の衝突が生ずる危険性もありますが、利益相反規制の適用範囲の明確化の要請から、A社の取締役会の承認は不要と解されています(注11)。(2)取締役が事実上の主宰者である他社との取引A社の平取締役Yが、B社の代表取締役ではないが事実上の主宰者である場合には、実質的にA社・B社間には利益の衝突の危険があるため、A社の取締役会の承認が必要とされています(大阪高判平成2・7・18判時1378号113頁)。(3)親会社・完全子会社の場合親会社の代表取締役Yが完全子会社の取締役を兼任している場合で、親子会社間で直接取引が行われる場合、この取引で親会社が利益を得て、子会社が損をしても、子会社の損失は親会社の利益となるため、両社間に実質的な利害相反関係はありません。したがって利益相反規制は及びません(大阪地判昭和58・5・11判タ502号189頁)。ただし、子会社が倒産に瀕している場合には、子会社の財産は子会社債権者の担保財産となりますから、このような場合に子会社に親会社の資産を移転するような取引の場合には、親会社の株主保護のため、親会社の取締役会の承認が必要と解されています(注12)。親会社が完全子会社の債務を保証したり、完全子会社が親会社の債務を保証する間接取引の場合には、親会社と完全子会社とは経済的に一体化していて、利益衝突関係はありませんから、取締役会の承認は不要です。四会社による承認1競業取引の場合取締役が競業取引をなす場合には、会社法356条1項1号の「取引をしようとするとき」という文言から、事前に会社(=株主総会または取締役会)の承認を得る必要があります。それでは事後承認ではいかがでしょうか。事前承認がないまま競業取引行為がなされても取引の効果は有効と解されていますから、取引の効果との関係では、あえて事後承認を求める必要はありません。しかしたとえ事後承認がなされたとしても、取締役が具体的法令違反を犯した事実はかわらず、取締役は具体的法令違反という任務懈怠に基づく損害賠償責任(会423条1項)を負うことになり、損害額の推定規定(会423条2項)も働きます。その意味では、事後承認は認められないといえるでしょう。2直接取引・間接取引直接取引あるいは間接取引の場合の会社の承認は、必ずしも個々の取引につき逐一得る必要はなく、合理的な範囲内である程度包括的に得れば良いと解されています。この承認も、会社法356条1項2号3号の「取引をしようとするとき」という文言から、事前に得る必要があります。承認のない利益相反取引は原則として無効ですが(相対的無効)、結果的に会社に利益をもたらす場合もあります。そこで、事後承認は無権代理の追認のように(民116)、無効の取引をはじめに遡って有効にすると解されています(東京高判昭和34・3・30東高民事報10巻3号68頁)。だからといって、事前承認を得ていないという法令違反にかわりはなく、このことは取締役の解任の正当事由に該当し、会社への損害賠償責任をもたらします(注13)。<注釈>小林総合法律事務所編『取締役・従業員の義務と責任』69頁(中央経済社、2011)。畠田公明『企業グループの経営と取締役の法的責任』113頁(中央経済社、2019)158頁。同上110頁。同上111頁。同条112頁。同上152頁。同上154頁同上。同上155頁同上155頁。同上156頁。同上158頁。前掲(注1)133頁。提供:税経システム研究所
続きを読む
-
2024/12/20 topics
上場企業に拡がる非公開化の波 ― 相次ぐマーケットからの退出とその理由 ―
1.はじめに―非公開化を選択する企業近時、上場企業の中に公開買付(TakeoverBid(TOB))等の手段によって非公開化を図る企業が増えてきています。かつては起業後、事業を成長拡大させ、最終的には株式を上場し、公開企業となることが企業経営者の目標の一つでもあったのですが、いまそのような状況が変わりつつあります。ここ数年で非公開化をした企業を見ても、東芝、ローソン、大正製薬、ベネッセホールディングスなど各業界を代表する著名企業が名を連ねています。このような公開企業の非公開化は、MBO(ManagementBuyout)といった手法が用いられることが比較的多いのですが、2023年度のMBO発表社数は前年度から6社増加した18社であり、13年ぶりの高水準となっているといわれています。【非公開化をした主な企業】上場廃止時期企業名非公開化事由(出資者)2020年11月ニチイ学館MBO(ベインキャピタル)2021年1月キリン堂HDMBO(ベインキャピタル)2023年12月東芝TOB(日本産業パートナーズ外)2024年3月シダックスMBO(志太ホールディングス)2024年4月大正製薬HDMBO(大手門株式会社)2024年5月ベネッセHDMBO(EQT)2024年6月アウトソーシングMBO(ベインキャピタル)2024年7月ローソンTOB(KDDI)2024年9月日本ハウズイングMBO(ゴールドマンサックス)2024年9月永谷園HDMBO(丸の内キャピタル)このように上場企業があえて上場廃止による非公開化を選択する理由はどこにあるのでしょうか。一般論としては、企業が上場することによるメリットを上場しないことのメリットが上回るときに、上場企業は上場廃止による非公開化を選択するということができますが、一度上場して公開企業となった企業が上場を廃止して非公開化することは、既に公開企業として多数の株主を擁することを念頭に置くだけでも、上場をする際に費やしたものの何倍もの費用と労力を費やすとも考えられます。しかし、それでもなお上場企業が上場廃止による非公開化を選択する場合にはより複雑な事情があるように思われます(注1)。これは上場をすることのメリット、デメリットをそれぞれ裏側から見るものということができます。2.上場のメリットとデメリット-非公開化の理由そこで、まず企業が上場し、公開企業となることのメリットについてです。上場のメリットについて、わが国の主要な市場である東京証券取引所(以下「東証」といいます)は、次の①から③をあげて説明をしています(注2)まず、①資金調達の円滑化・多様化です。上場会社は、取引所市場における株式の流動性を背景に、発行市場において、公募による時価発行増資、新株予約権・新株予約権付社債の発行など、直接金融の道が開かれ、資金調達能力が増大することにより、成長のための資金調達の円滑化・多様化を図ることができます。次に、②企業の知名度の向上です。上場会社となることによって、株式市況欄をはじめとする新聞報道などの機会が増えることにより、会社の知名度が向上するとともに、優秀な人材を確保できます。そして、③社内管理体制の充実と従業員の士気の向上です。企業情報の開示を行うこととなり、投資者をはじめとした第三者のチェックを受けることから、組織的な企業運営がなされ、会社の内部管理体制の充実が図られます。また、パブリックカンパニーとなることにより、役員・従業員のモチベーションが向上することにもなります。ところで、かつて西武鉄道(2004年12月上場廃止)やカネボウ(2005年6月上場廃止)といった大手企業の上場廃止が相次ぎ話題を集めましたが、いずれも取引所の上場廃止基準による上場廃止の事案でした。その意味で企業自らの意思による上場廃止ではありませんでした。しかし、前述の企業によって行われている非公開化は、企業自らの意思による非公開化である点が大きく異なります。この点、企業が自らの意思で非公開化を選択する理由としては、以下のものがあるといわれています。まず、株価が低迷し、株式の流動性が低い場合です。このような企業では資金調達という株式公開の主要な目的が達せらないばかりか、割安な株価がアクティビストによる同意なき買収の対象とされてしまうおそれが生じます。次に、上場維持に伴う取引所賦課金の支払や情報開示、多数の株主の出席を前提とする株主総会の開催などに伴うコスト負担への懸念があります。前述のように、一般的には、公開化によって、大規模な資金調達が可能となり、知名度の向上、融資条件や取引条件の改善、優秀な人材の集めやすさなどといったメリットが得られると言われていますが、その見返りともいえるこうした上場維持の負担に耐えかねて、あるいはコストが見合わないと判断する場合に上場廃止を選択する企業があります。さらに、現在の経営者等の特定の株主に経営支配権を集中させるために非公開化が行われる場合があります。公開企業は、幅広い株主による経営監視が行われ、コーポレート・ガバナンスが強化されるといわれていますが、株主は短期的収益力の向上に関心が向かいがちで、それが中長期的経営を志向する経営者の利害と必ずしも一致せず、経営の自由度の制約につながるとも言われています。この点、MBOを通じた非公開化によって経営者が自ら主要株主となれば、自由闊達な経営を実現することができるようになります。3.非公開化の2つのタイプ企業が自らの意思で非公開化する場合にも2つのタイプがあると言われています。一つは、将来の再上場を予定して非公開化が実施される場合ともう一つは将来の再上場を予定しない場合、すなわち将来に亘り永続的に非公開化を実施する場合です。前者の場合は、ファンドの支援を得て行われるMBOにおいて将来の再上場が前提とされることが比較的多いとされています。すなわち、ファンドは、その背後に最終的な資金拠出者である投資家が存在し、一定の期間内に相応の収益を上げることを期待されており、このようなファンドがMBO資金を拠出するのは投資分の回収の目途があってこそのことであり、その投資回収の一つの方策が再上場にほかなりません。その際、ファンドが非公開化した企業の体質を再上場が可能な状態にまで改善したうえで再上場に至ることが少なくありません。次に、再上場を予定しない非公開化の場合は、しばしば、まず株式併合を行って議決権を有する株主の数を減らし、取引所の上場基準が定める株主数を満たさないことを理由に、上場を廃止するという方法が取られることがあります。また、取引所は、上場企業の自主的な申請による上場廃止の可能性を認めています。4.上場企業数の推移の意味するもの企業が上場することには前述したような各種メリットがあることは否定できません。しかし、そのようなメリットのうち、①資金調達力については、非上場企業であっても、金融機関などから資金調達をすることは可能であり、上場企業が資金調達力の面で非上場企業に対して絶対的な優位性を有しているというわけではありません。また、②社内管理体制の充実と従業員の士気の向上についても、非上場企業が上場企業に必ずしも劣るということはなく、かえって独自の強い経営理念を掲げることで上場企業以上のしっかりとした経営を実現している非上場企業も少なくはありません。そのような意味で上場企業が非上場企業にあらゆる点において優っているということは必ずしも言えないように思われます。ところで、海外においては、非上場という選択肢がむしろ広がっていると言われています。実際に世界の上場企業数は微減する傾向にあり、国連統計によれば、世界には約43,000社の上場企業がありますが(2018年時点)、2011年をピークとして約14,000社が減少しているとのことです。地域的にはアジア地域では上場企業数は増加傾向にあるものの、欧米においては総じて減少傾向にあると言われています。その背景には、企業のカネ余りによる資金調達需要の低下、M&Aによる事業拡大と株主への資本還元(配当と自社株買い)などがあると指摘されています。特に米国においてもM&Aによる上場企業数の減少の傾向は看取されており、上場廃止を伴うM&Aの拡大の傾向があるということです。その要因として、上場維持に伴い増大するコストの忌避があるのは、わが国と同様です。やはり上場企業に対する各種規制の強化や株主からの短期的な収益確保の要請の強まりがコストとして意識されており、費用対効果の観点から上場が割に合わないと考える経営者が少なくないのもわが国と同様のようです。ところで、わが国では、全国の上場企業数は3,959社(2024年10月31日現在)になります(注3)。2013年に3000社を超えて以来、上場企業数は一貫して上昇する傾向を示しており、1999年の1,935社から倍増し、今や4,000社に迫る勢いです。他方、前述したとおり、新規上場企業が増える一方で、非公開化により市場から退出する企業が一定数存在することも事実です。わが国のベンチャー企業は事業を発展させて新規株式公開(IPO)をすることを最終的な目的にしている感がありますが、米国では、むしろプライベート・エクイティファンド(PE)が買い手となり、さらなる企業価値の増大を目指す動きが一般的であると言われています。こうしたベンチャーの「出口」観の違いが日米の上場企業数の変化の違いに繋がっているという指摘もあります。しかし、前述した近年における企業の非公開化の動きは、これまでのわが国の「上場神話」に対して「流れ」を変える可能性のある、一石を投じるものといえそうです。5.非公開化手続に絡む問題以上のとおり、近年、上場することの意味を問い自ら主体的に上場を廃止し非公開化の途を選ぶ企業が増えているのですが、非公開化すること自体には何ら問題はないのでしょうか(注4)。上場企業の非公開化は、まず第一段階として公開買付け(TOB)を行うことによって議決権保有比率を高め、その上で第二段階としてスクイーズ・アウト(SqueezeOut:株式併合ないし株式等売渡し請求の方法による残存株主の「締め出し」)を行うことによって対象企業の全株式を取得するという二段階買収の方法で行われることが比較的多いとされています。こういった方法が採られる理由は、公開買付によってスクイーズ・アウトに必要となる3分の2以上の議決権数を確保することで非公開化の確実性を図ることに加えて、公開買付手続によって十分な情報開示を行い、多数の株主の賛同を得ることでその後のスクイーズ・アウトの対価の公正性の確保することなどがあります。この点、スクイーズ・アウトには、従前から「強圧性」の問題があると指摘されています。すなわち、スクイーズ・アウトは、公開買付に応募せずに投資の継続を希望する株主の意思に反して「締め出す」ものであることから、株主の利益をいかに保護するかが問題となります。上場廃止が予想される状況では株主は公開買付に応募せざるを得ません。少数株主保護のための仕組みが十分ではないままで非公開化が行われれば、強圧的な買収と同様の効果を生じかねません。そこで、実務では、スクイーズ・アウトを実施する際の価格は公開買付価格と同一価格であることを基準とし、その旨を開示する事例が比較的多く見られます。また、株主保護の観点から、株主がスクイーズ・アウトの価格の公正さを裁判で争う手続を整備しています。すなわち、株式併合に反対する株主は、株式買取請求権を行使し、裁判所に株式の価格の決定を申し立てることができるとしており、株主等売渡請求についても、売渡株主等は裁判所に対して売買価格の決定の申立てをすることができるとしています。このような手続を通して株主には「公正な価格」によるスクイーズ・アウトが手続的に保障されているというわけです。さらに、MBOによる非公開化手続においては、構造的な利益相反の問題があることが指摘されています。すなわち、MBOにおいては、MBOにより非公開化を図る企業の経営者や取締役が買収者と一体であるという構造があり、当該企業の経営者、取締役が企業情報を利用して、一般株主に不利な条件でMBOを実施するおそれがあります。そこで、一般株主の利益を保護するため、MBO等の一環として行われる公開買付について金融商品取引法は、公開買付届出書において買付価格の公正性を担保するための措置及び利益相反を回避する措置の具体的な内容の記載や、買付価格の算定に当たって参考とした第三者評価書や意見書等を添付書類とすることなどの十分な開示をすることを求めています。また、東証の上場規程においても、同様の趣旨から十分な情報開示することを定めています。6.おわりに-問われる「上場することの意味」そして、近時MBOが増加している背景には、最近東証が実施した各種施策が影響していると言われています。まず東証は2022年4月に市場再編を行い、市場区分見直しと新市場への資金上場および上場維持に厳格な審査基準を設け(上場基準の厳格化)、サステナビリティ情報など開示の充実の要請などにより、企業が上場を維持することのコストが高まっていることに加え、物言う株主(アクティビスト)によるアクティビズムの高まりによって上場企業に対する投資家からのエンゲージメントや株主提案等によるプレッシャーが強まっている等の要因があります。また、2023年3月には、東証が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を企業に要請していることも無関係ではありません。このように企業に課せられる上場による負担は増加する傾向にあります(注5)。前述のとおりMBOによる非公開化については、経営者のメリットとしては、上場に伴う負担がなくなることや、自由度の高い経営が行いやすくなり、中長期的な視点で経営改革に取り組むことができることなどがあります。この点、前述のとおり、非公開化を選択した企業には、その後、非公開企業として事業継続をするか、あるいは再上場をするかという選択肢があります。しかし、近時のMBO事案に見られるように、非公開化を行った企業が非公開化を選択した理由を見る限り、再上場を予定していないものが比較的多いように思われます。この点、わが国では、従前より上場をしない企業があり、サントリーホールディングス、YKK、ヤンマー、竹中工務店、エースコック、日立ソリューションズ、エネオス、NTTドコモなどといった著名な企業が名を連ねています。そして現在の非公開化の増加する状況を踏まえると、企業が上場することには真実メリットがあるのか、果たして上場することが企業としての一つの到達点と言って良いのかが問われる状況が生まれつつあり、あらためて既存の価値観が見直されることになって行くのかもしれません(注6)<注釈>「特集東芝の教訓非上場化は甘くない」日経ビジネス2024年5月20日号8頁以下https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/ipo-benefits/index.htmlhttps://www.jpx.co.jp/listing/co/index.html内田修平ほか「特集非公開化取引における実務上の留意点」ビジネス法務2024年12月号65頁以下なお、東証は非公開化による上場会社数の減少を前向きに捉えるコメント(「東証の要請も含め、上場を維持するコストの増加の負担」が「上場しているメリットを上回るなら上場廃止も一つの選択肢だろう」、「我々は東証が成長力のある企業に国内外から投資資金が集まるようなマーケットになるべきだと思っており、上場企業の量より質を追い求めている」)を公表しています(「INTERVIEW日本取引所グループ山道裕巳グループCEOに聞く負担が重いなら上場廃止も」日経ビジネス2024年7月29日号21頁)吉田哲朗「上場しない選択とその有用性—融資担当者の立場から⑴‐上場可能でも上場しない企業(中島商会の視点)‐」信金中金月報2017年12月号18頁以下提供:税経システム研究所
続きを読む
-
2024/12/06 論説
会社が譲渡制限株式の取得者からの譲渡等承認請求を承認せず自ら株式を買い取る場合の株主総会決議における譲渡株主の議決権行使の可否
1問題の所在譲渡制限株式(会社法2条17号)の譲渡による取得には、定款の定めるところに従い、会社の承認を得る必要があります。この場合、譲渡制限株式を他人(当該会社を除く。)に譲渡しようとする株主が、当該他人が当該譲渡制限株式を取得することについて承認をするか否かの決定をすることを請求できるだけでなく(会社法136条)、譲渡制限株式を取得した株式取得者も、当該譲渡制限株式を取得したことについて承認をするか否かの決定を請求することが可能です(同法137条1項)。いずれにせよ、譲渡株主または株式取得者は、当該請求(以下、この請求を「取得承認請求」という。)とともに、不承認の場合に当該会社または指定買取人(会社法140条4項)が当該譲渡制限株式を買い取ることも請求することができます(会社法138条1号ハ・2号イ・ロ)(以下、これら2つの請求を併せて「譲渡等承認請求」という。)。譲渡制限付株式の譲渡による取得についての譲渡等承認請求が譲渡株主または株式取得者から行われた場合、会社が、残存株主にとって株式を取得しようとする者(譲渡株主からの譲渡等承認請求の場合)または株式取得者(株式取得者からの譲渡等承認請求の場合)が好ましい者であるかどうかの観点から当該取得を承認しない旨を決定したときは、指定買取人による買取を選択(会社法140条4項)しない限り、当該会社が当該株式(以下、「対象株式」という。)を買い取ることを要します(同条1項前段)。これが株式会社による特定の株主からの自己株式の有償取得に当たるため、株主総会の特別決議によらなければなりませんが(同条1項・2項、会社法309条2項1号)、決議の公正を確保する観点(注1)から、譲渡株主が譲渡等承認請求者に当たるときは、当該譲渡株主以外に議決権を行使できる株主がいない場合を除き、当該譲渡株主は当該株主総会において議決権を行使することができません(会社法140条3項本文)。問題は、株式取得者から譲渡等承認請求が、利害関係人の利益を害するおそれがないものとして法務省令で定める場合に該当するため、株式取得者が単独で当該請求を行うことができるときに(以下、「株式取得者からの単独譲渡等承認請求」という。)、譲渡株主が会社法140条2項に定める株主総会において議決権を行使できなくなるのかどうかです。というのは、同条3項で当該株主総会における議決権行使を制限されるのが「譲渡等承認請求者」とされているところ、譲渡等承認請求者は、譲渡等承認請求を「した」者と定義されているため(会社法139条2項)、株式取得者からの単独譲渡等承認請求の場合には、譲渡株主が譲渡等承認請求者に該当しないこととなり、譲渡株主が不承認の場合の会社による対象株式買取のための株主総会決議(会社法140条2項)において議決権を行使できることになりそうだからです。そこで、本稿では、譲渡等承認請求の方法を確認して、議決権行使を制限される「譲渡等承認請求者」の該当者を整理した上で(2)、それを踏まえ、譲渡等承認請求者が対象株式の会社による買取のための株主総会決議で議決権行使を制限される趣旨を確認し(3)、本稿で指摘した上記問題について検討を加えます(4)。2譲渡等承認請求の方法と譲渡等承認請求者(1)譲渡株主からの請求の場合譲渡等承認請求が譲渡株主から行われる場合は、譲渡株主による単独請求となるため、譲渡株主が譲渡等承認請求者に当たります(会社法139条2項参照)。したがって、会社が不承認決定をして対象株式を買い取るときは、そのための決議を行う株主総会においては、譲渡株主は議決権を行使することができません(会社法140条3項本文)。(2)株式取得者からの請求の場合①請求方法-共同請求事例と単独請求事例これに対し、譲渡等承認請求が株式取得者から行われる場合は、利害関係人の利益を害するおそれがないものとして法務省令で定める場合に該当する場合を除いて、譲渡株主またはその一般承継人と株式取得者との共同請求となるのに対し、法務省令により利害関係人の利益を害するおそれがないものとされる場合は、譲渡等承認請求は株式取得者による単独請求となります(会社法137条2項)。ここに「利害関係人の利益を害するおそれがないものとして法務省令で定める場合に該当する場合」は、次のように規定されています(会社法施行規則24条)。株式取得者が、譲渡株主またはその一般承継人に対し、当該株式取得者が取得した譲渡制限株式に係る取得承認請求(会社法137条1項)をすべきことを命ずる確定判決を得た場合に、当該確定判決の内容を証する書面等を提供して請求をするとき(会社法施行規則24条1項1号)株式取得者が(Ⅰ)の確定判決と同一の効力を有するものの内容を証する書面等を提供して請求をするとき(同項2号)株式取得者が譲渡制限株式を競売により取得した場合に、そのことを証する書面等を提供して請求をするとき(同項3号、同条2項4号・5号)株式取得者が株式交換または株式移転により譲渡制限株式の全部を取得した株式会社が請求をするとき(注2)(同条1項4号・5号、2項2号・3号)株式取得者が所在不明株主の株式(会社法197条1項)を競売により取得した場合に、代金の全部を支払ったことを証する書面等を提供して請求をするとき(同条1項6号、同条2項4号)株式取得者が端数処理のために競売に代えて行われる譲渡制限株式の売却において当該譲渡制限株式を取得した場合に、代金の全部を支払ったことを証する書面等を提供して請求をするとき(同条1項8号、2項5号)株式取得者が株券喪失登録者である場合に、株券喪失登録日の翌日から1年を経過した日以降に請求をするとき(株券喪失登録が当該日前に抹消された場合を除く。)(同条1項7号)譲渡制限株式の発行会社が株券発行会社である場合において、株式取得者が株券を提示して取得を請求するとき(同条2項1号)②譲渡等承認請求者の該当者株式取得者が譲渡等承認請求を行う場合において、共同請求となるときは、譲渡株主も譲渡等承認請求を「した」者となることから、譲渡株主からの請求の場合と同様、会社が対象株式を買い取るために必要とされる株主総会決議において譲渡株主は議決権を行使することができません(会社法140条3項本文)。しかし、株式取得者の単独請求のときは、譲渡株主は譲渡等承認請求を「した」ことにならないため、当該株主総会決議における議決権を行使できることになりそうです。以下では、この点を検討しますが、会社の事前承認なしに譲渡制限株式が譲渡され株式取得者からの譲渡等承認請求が行われる場面が、株券発行会社以外では競売による取得等の限られた事例とされています(注3)。また、研究会の場で日本大学の金澤大祐先生から指摘を受けたところですが、上記①(Ⅰ)・(Ⅱ)のケースは、株式取得者による純然たる単独請求の場合とは言い切れない面があります。そのため、本稿で取り上げる問題については、株券発行会社における譲渡制限株式の任意譲渡または譲渡担保の場合と、株券発行会社以外の会社における譲渡制限株式の競売による取得の場合をケースとして想定し、検討を加えます。3譲渡等承認請求者の議決権制限の趣旨譲渡制限株式の譲渡による取得につき、譲渡等承認請求が譲渡株主または株式取得者から行われ、会社が当該取得を承認しない旨を決定した場合は、指定買取人の指定(会社法140条4項)が行われない限り、当該会社が対象株式を買い取らなければなりません(同条1項前段)。前述のように、これが株式会社による特定の株主からの自己株式の有償取得に当たるため、株主総会の特別決議により、当該会社が対象株式を買い取る旨と対象株式の数(種類株式発行会社では種類と数)を決定することを要します(同条1項・2項、会社法309条2項1号)。当該株主総会決議に関しては、決議の公正を確保する観点から、譲渡株主が譲渡等承認請求者に当たるときは、当該譲渡株主以外に議決権を行使できる株主がいない場合を除き、当該譲渡株主は当該株主総会(決議)における議決権の行使を制限されます(会社法140条3項本文)。その趣旨は、株主総会の決議の公正を確保すること(注4)、より具体的には、会社が譲渡等承認請求者から高値で株式を買い取ること等により他の株主が害されることを防止すること(注5)にあるとされ、この趣旨理解に異論はありません。4株式取得者による単独譲渡等承認請求の場合における譲渡株主の議決権行使の可否(1)譲渡等承認請求者の定義の当てはめ前述のように、株式取得者からの譲渡等承認請求が、共同請求である場合は、譲渡株主も譲渡等承認請求をした者となり、不承認の場合における会社による当該譲渡制限株式の買取りのための株主総会決議で議決権を行使することができません(会社法140条3項本文)。これに対し、株式取得者の単独譲渡等承認請求の場合は、譲渡等承認請求者に係る会社法の定義(会社法139条2項)を前提とする限り、譲渡株主は譲渡等承認請求者に該当しないこととなり、この定義が及ぶ会社法140条3項本文の適用対象とならないため、当該株主総会決議で議決権を行使することができそうです。しかし、譲渡等承認請求者が株主である場合の上記議決権制限の趣旨に鑑み、株式取得者の単独譲渡等承認請求の場合の譲渡株主の議決権行使を認めて良いのか、譲渡株主に議決権行使をさせることにより定款による株式譲渡制限の趣旨との関係でも問題がないのか、ということが、本稿の問題意識です。(2)譲渡株主の法的地位そこで、まず確認を要するのは、株式取得者からの単独譲渡等承認請求が会社に対し行われ、会社が当該株式取得者による譲渡制限株式の取得を承認しないことを決定して、対象株式を取得することとなるという場面において、そもそも株主名簿に記載等されている譲渡株主が当該会社による対象株式の取得のための株主総会において議決権を行使することができるのか、ということです。この状況においては、譲渡株主から株式取得者への当該譲渡制限株式の譲渡は会社の承認を得ずに行われているため、会社の承認を得ずに譲渡制限株式の譲渡が行われたときに、会社が譲渡株主に株主としての権利を行使させる必要があるのかどうかがポイントとなります。このポイントについては、周知のように、最判昭和63年3月15日判時1273号124頁(以下、「昭和63年最判」という。)が、会社の承認を得ずに行われた譲渡制限株式の譲渡の私法上の効力を譲渡当事者間では有効としつつ株式譲渡制限の趣旨に鑑み会社に対する関係では無効と解する最判昭和48年6月15日民集27巻6号700頁(以下、「昭和48年最判」という。)を前提に、会社は譲渡人を株主として取り扱う義務があり、その反面として譲渡人が会社に対してはなお株主の地位を有するものというべきである旨、および、競売による譲渡制限株式の取得の場合にもこれと同様に解すべきである旨を判示しています。この立場は、最判平成9年9月9日判時1618号138頁(以下、「平成9年最判」という。)にも引き継がれており、判例法理として確立していると考えられるところ、学説上もこれと同旨の見解が会社法下でも多数説を構成しています(注6)。そこで、この昭和63年最判および多数説の立場を当てはめると、対象株式につき最終的な権利の帰属先が会社に対する関係で確定するまでは、譲渡株主が会社法140条2項に基づく会社による対象株式買取りのための株主総会決議において議決権を行使することができるということになります。もっとも、昭和63年最判が、譲渡制限株式の競落による取得者から譲渡等承認請求が行われていなかった事案について最高裁が判断を示したものであることを踏まえると、昭和63年最判の示した規範の射程は、本稿で問題とする株式取得者が単独で譲渡等承認請求を行った場合にまで及ばないと解することもできそうです。現に、多数学説の説明を注意深く観察すると、中には、「譲渡等承認請求がなされない場合」と場面を限定・明記して、会社が譲渡人を株主として扱う必要があるとの結論を導く論者(注7)があるからです。仮に昭和63年最判の射程をこのように譲渡等承認請求がされないケースに限定して解した上で、その帰結として、株式取得者からの譲渡等承認請求がされた場合は、会社は譲渡人を株主として扱う必要がないと解することができるのであれば、株式取得者からの単独譲渡等承認請求の場合でも、会社が譲渡人の株主地位を否定したときは、譲渡株主は会社法140条2項に基づく会社による対象株式買取りのための株主総会決議において議決権を行使することができなくなるので、本稿が指摘する問題は解消します。しかしながら、昭和63年最判の立てた規範が、譲渡制限株式の譲渡による取得が会社により承認され株式取得者の株主たる地位が対会社関係でも確定するか、または、当該取得が会社により承認されず会社または指定買取人が当該株式を取得するまでの間は、当該譲渡制限株式の帰属関係が会社に対する関係で浮動的状態にあって未確定であることを実質的根拠とするものであり、それまでの間は会社には譲渡人を株主として扱う義務があるとするものであると考える(注8)と、結論が異なります。株式取得者からの譲渡等承認請求が行われた場合も、譲渡制限株式の最終的な帰属が当該会社との関係においても確定するまでは、会社は譲渡人を株主として扱わなければならず、その反射効果として、譲渡株主が会社法140条2項に基づく会社による対象株式買取りのための株主総会決議において議決権を行使することができることになるからです。仮に後者のように解する場合、当該株主総会決議における譲渡株主の議決権行使を認めてしまうと、株式取得者からの影響や指示を受けるなどして、決議の公正を阻害し、会社法140条3項に定める議決権制限の趣旨を損なうおそれがあります。しかし、それにとどまらず、当該譲渡株主の行使する議決権数や当該株主総会の出席株主の議決権の総数次第では、譲渡株主の議決参加が当該決議を否決に追い込み、不承認決定通知の日から40日以内に株主総会決議に基づく買取通知ができないようにして、会社が対象株式の取得を承認しなかった株式取得者による対象株式の取得が承認されたものとみなされる事態(会社法145条2号)を招来することができ、定款による株式譲渡制限の趣旨を没却しかねません。こうした問題があることを考えると、株式取得者からの単独譲渡等承認請求の場合に譲渡等承認請求者の定義に含まれない譲渡株主についても、会社法140条3項本文の規律を及ぼして、議決権の行使を制限する必要があると考えられます。問題は、その方法または理論構成です。(3)株式取得者からの単独譲渡等承認請求の場合における譲渡株主の議決権行使の制限第1のアプローチは、株式取得者からの単独譲渡等承認請求の場合に譲渡株主の議決権行使を認めると、譲渡等承認請求者が譲渡株主である場合と同様に、会社による対象株式取得のための株主総会決議の公正を損なうおそれがあることを踏まえ、会社法140条3項の類推適用によるというものです。昭和63年最判の射程を株式取得者からの譲渡等承認請求が行われた場合をも含む立場では、こうした立場が一つの解決方策となるといえます。もっとも、昭和63年最判の射程を譲渡等承認請求が行われない場合に限る立場では、当該請求後に行われる会社法140条2項所定の株主総会決議において、譲渡株主の議決権行使を否定し得ることとなるため、本稿が指摘する問題そのものが起きないといえますが、昭和63年最判の射程についてはこれまで必ずしもこのような観点から検討が行われているわけではなく、同最判の射程論だけで問題の解決を図ることには、法的な不明確さが残ります。第2のアプローチは、昭和63年最判も依拠する昭和48年最判の立場(相対的無効説)に立ちつつ、会社が承認を得ていない株式取得者はもちろん、実質的に株主の地位を失った譲渡株主についても、株主としての権利行使を否定し得ると解する立場(注9)です。しかし、この立場に立ちつつ、会社が譲渡株主と株式取得者の双方の権利行使を否定し権利行使者不在の状態を作出することは許されるべきでないとする観点から、会社が譲渡人の権利行使を拒んだ場合に矛盾する行動をとることは許されないとして、承認があった場合に準じて当該譲渡が会社に対する関係でも有効となり、株式取得者が会社法134条2号の類推適用によって会社に対し株主名簿の名義書換を請求できると解すべきとする論者が現にある(注10)ため、第2のアプローチが必ずしも問題の解決策になるものでないことに留意する必要があります。第3のアプローチは、譲渡制限株式の譲渡による取得が会社の承認を得ずに行われた場合、その私法上の効力を譲渡当事者間のみならず会社に対する関係でも有効であるとし、会社が株式取得者からの株主名簿の名義書換請求を拒絶できると解する有効説を前提とするものです。会社法の制定・施行前から学説では有効説が少数ながら有力に提唱されてきました(注11)が、会社法の制定に当たった立案担当者も同様の立場に立脚しており、現行の会社法の関連規定が有効説を前提としている旨を明らかにしています(注12)。これによれば、株式取得者からの譲渡等承認請求が行われた場合は、会社は、譲渡人を株主として扱わないことができると解することになる(注13)ため、そのことを通じて、当該請求後における会社法140条2項所定の株主総会決議での譲渡株主の議決権行使を否定し得ることとなります。しかし、有効説の論者の中には、名義書換未了の株式譲受人の権利行使を会社が認めてよいかの論点に関して、会社は名義書換が未了の株式譲受人の権利行使を認めることができず、株主名簿上の株主すなわち譲渡人を株主として扱わなければならないと解する論者がある(注14)ため、有効説の立場に立てば論理必然的に、本稿が指摘する問題の解決につながるわけでないことに注意を要します。また、会社法の制定・施行後も、譲渡制限株式の譲渡の効力を巡っては、昭和48年最判・昭和63年最判・平成9年最判により確立した相対的無効説をとる立場が通説であるとされていることから、有効説を前提とするアプローチが異論なく受け入れられるわけではありませんし、有効説の中でも会社による譲渡株主の取扱い方を巡り見解の違いが見られる以上、このアプローチが問題解決のための決め手となるとは限らないと言わざるを得ません。5おわりに以上のように、本稿で提起した問題については、様々な解釈論的アプローチを駆使し、株式取得者からの単独譲渡等承認請求が行われた場合において、不承認決定をした会社が対象株式を買い取ることを株主総会で決議するときに、譲渡株主の議決権行使を制限する余地がありそうですが、いずれも解釈上の不明確さその他の課題を残していることも事実です。このことを踏まえた上で、当該株主総会決議について、株式取得者からの単独譲渡等承認請求が行われた場合も共同請求の場合と同様に譲渡株主の議決権行使を制限すべきであると解することにコンセンサスが得られるのであれば、最終的には立法による解決を図ることが、法的安定性・明確性を確保するためにも望ましいと考えられます。こうした観点から、筆者としては、会社法140条3項を改正し、同項にいう「譲渡等承認請求者」に、株式取得者からの単独譲渡等承認請求が行われた場合の譲渡株主を含む旨を明記すべきであると考える次第です。そもそも、本稿が懸念する事態が実際問題としてどの程度の頻度で生じるのかは明らかではありませんが、本稿がこの面に関する制度の見直しにとって一助となることがあれば、幸いです。<注釈>山下友信編『会社法コンメンタール3-株式[1]』(商事法務、2013年)400頁(山本爲三郎)、江頭憲治郎『株式会社法〔第9版〕』(有斐閣、2024年)243頁(注10)、256頁(注2)。もっとも、この場合は、会社の承認は不要と解されています。山下編・前掲書(注1)388頁、389頁(山本爲三郎)。江頭・前掲書(注1)244頁~245頁(注14)。山下・前掲書(注1)400頁(山本爲三郎)、江頭・前掲書(注1)243頁(注10)、256頁(注2)。高橋美加ほか『会社法[第3版]』(弘文堂、2020年)84頁、田中亘『会社法[第4版]』(東京大学出版会、2023年)104頁。江頭・前掲書(注1)245頁、高橋ほか・前掲書(注5)83頁、江頭憲治郎・中村直人編著『論点体系会社法〈第2版〉1』(第一法規、2021年)519頁~520頁(小出一郎)。田中・前掲書(注5)106頁。酒巻俊雄「株式の譲渡制限の機能と限界」加藤勝郎ほか編『(服部栄三先生古稀記念)商法学における論争と省察』(商事法務研究会、1990年)452頁参照。また、江頭・前掲書(注1)245頁や、黒沼悦郎『会社法〔第2版〕』(商事法務、2020年)199頁から200頁も同旨か。京都地判昭和61年1月31日判時1198号147頁、大阪高判昭和61年5月30日金判794号5頁、戸川成弘「取締役会の承認のない譲渡制限株式の譲渡の効力について」富山大学経済論集40巻1号(2015年)98頁、酒巻俊雄/龍田節編集代表『逐条解説会社法第2巻』(中央経済社、2008年)307頁(齊藤真紀)。酒巻/龍田・前掲書(注9)307頁(齊藤真紀)。松田二郎『会社法概論』(1948年、岩波書店)173頁~174頁、川島いづみ「昭和63年最判判批」税経通信43巻13号(1988年)227頁、山本爲三郎「取締役会の承認のない譲渡制限株式の譲渡の効力と譲渡人・譲受人の地位」判タ808号(1993年)37頁。相澤哲編著『立案担当者による新・会社法の解説』(別冊商事法務No.295)(商事法務、2006年)25頁~26頁(相澤哲・岩崎友彦)。川島・前掲判批(注11)227頁。松田・前掲書(注11)167頁。提供:税経システム研究所
続きを読む
-
2024/11/22 topics
代表取締役等住所非表示措置の実施とそれに伴う実務上の懸念点の考察
1はじめに本稿は、2024年10月1日から施行される商業登記規則等の一部改正に伴い導入される代表取締役等の住所非表示措置(以下、「本措置」といいます。)についての概要と実務上の懸念点について考察するものです。本措置は、株式会社の代表取締役、代表執行役又は代表清算人(以下、「代表取締役等」といいます。)の住所を登記記録上で開示しない措置であり、本人確認が求められる金融取引や不動産取引の実務に与える影響は小さくないと考えられます。そこで、本稿では、本措置について概観した上で、本措置を実施した場合の本人確認の具体的な方法について考察を試みたいと思います。2現行の登記制度に対する個人情報への配慮現行の登記制度は、一定の例外を除いて(注1)、それぞれの法律(注2)で定める登記事項をそのまま登記事項証明書に記載することになっており、会社や法人を代表する者(以下、「会社代表者等」といいます。)の住所及び氏名は登記事項(注3)とされています。この会社代表者等の住所が登記事項とされている理由としては、株式会社と取引関係に入る第三者にとって、取引の相手方として現れる者が代表権を有する者であるか否かを確認する方法を用意する必要があるためと解されております(注4)。また、会社代表者等の住所は、会社に事務所や営業所がない場合の当該会社の普通裁判籍を決する基準となる(民事訴訟法4条4項参照)ことから、登記記録において「公示」されることに重要な意味をもちます。以上により、現状は、個人情報の保護よりも、取引上の安全に対する配慮を優先していると言えますが、今回の改正では、インターネットの普及により登記記録に対し、容易にアクセス可能なこともあり、プライバシーの保護が求められることから、住所の公開に対する見直しが進められました。3住所非表示措置の概要(1)代表取締役等住所非表示措置の対象代表取締役等は、登記の申請と併せて、当該登記により登記簿に記録すべき住所について、登記事項証明書又は登記事項要約書、登記情報提供サービス(以下、「登記事項証明書等」といいます。)に、当該住所につき行政区画以外のものを記載しない措置を講ずるよう申し出ることができるものとされました(商業登記法施行規則31条の3第1項)。なお、ここでの対象となる会社は、株式会社(特例有限会社を除く)のみであり、その他の会社並びに各種の法人、投資事業有限責任組合、有限責任事業組合及び限定責任信託ついては対象外とされています。(2)申出を行うことができる登記の申請次に、本措置を実施するためには、登記の申請と併せて申し出ることが求められ、本措置の申出のみを行うことはできません。また、本措置の対象となる登記申請の類型としては、以下のように代表取締役等の住所を登記申請書に記載する登記に限られています。【本措置の対象となる登記の類型】設立の登記他の登記所への管轄区域内へ移転をした際の新本店の登記代表取締役等の就任若しくは住所変更の登記(重任の登記も含む)(3)申出の方法及びその際の添付書類株式会社が、本措置の申出をするには、(2)で示した登記の申請書に本措置を講ずべき旨及びその対象となる代表取締役等の氏名及び住所を記載し、併せて、以下の①から③のいずれかの書面を添付する必要があります。上場会社以外の株式会社であって、本措置が講じられていない場合株式会社の本店所在場所における実在性を証する書面本措置の申出をする株式会社の本店所在場所における実在性を証する書面として、当該申出と併せて行う登記の申請を受任した資格者代理人(ただし、登記の申請の代理を業として行うことができる代理人に限られます。)によって申出をする株式会社が本店の所在場所において実在することを確認した書面又は当該株式会社が受取人として記載された書面がその本店の所在場所に宛てて配達証明郵便若しくはこれに準ずるものとして法務大臣が定めるものにより送付されたことを証する書面の添付を要するとされました。代表取締役等の住所等を証する書面本措置の対象となる代表取締役等について、氏名及び住所が記載された市町村長その他の公務員が作成した証明書の添付を要するものとされました。なお、住民票の写しや戸籍の附票の写しではなく、運転免許証や個人番号カード等の写しであって、当該代表取締役等が原本と相違ない旨を記載し、記名したものでも代表取締役等の住所等を証する書面に該当するとされています。株式会社の実質的支配者の本人特定事項を証する書面本措置の申出をするには、株式会社の実質的支配者の本人特定事項を証する書面の添付を要することとされました。本書の提出理由として、法務省は、消費者被害対策として、会社の実質的支配者が本来の行為者である場合において、被害者等がその責任を追及することを可能とするためとしています(注5)。なお、以下の書面が該当することになります。登記の申請を受任した資格者代理人が犯罪収益移転防止法の規定に基づき確認を行った実質的支配者の本人特定事項に関する記録の写し実質的支配者の本人特定事項についての供述を記載した書面であって公証人法の規定に基づく認証を受けたもの(ただし、本措置の申出と併せて行う登記の申請の日の属する年度又はその前年度に認証を受けたものに限られます。)公証人法施行規則の規定に基づき定款認証に当たって申告した実質的支配者の本人特定事項についての申告受理及び認証証明書(ただし、本措置の申出と併せて行う登記の申請が当該株式会社の設立の日の属する年度又はその翌年度に行われる場合に限られます。)上場会社以外の株式会社であって、既に本措置が講じられている場合既に代表取締役等住所非表示措置が講じられている場合には、①のうちイ(代表取締役等の住所等を証する書面)のみが必要となります。上場会社であって、本措置が講じられていない場合金融商品取引所に当該株式会社の株式を上場している株式会社(以下、「上場会社」といいます。)については、上場会社であることを認めるに足りる書面の添付が必要となります。具体的には、当該株式会社の上場に係る情報が掲載された金融商品取引所のホームページの写し等が該当します。上場会社であって、既に本措置が講じられている場合上場会社であって、既に本措置が講じられている場合には、登記記録にて公開会社であることを確認することをもって、上記③の書類の添付は要しないとされました。(4)代表取締役等住所非表示措置の実施登記官は、本措置の申出があった場合において、当該申出を適当と認めるときは、本措置を講ずることになります(商業登記法施行規則第31条の3第2項)。なお、登記官が適当と認めるか否かの判断については、必要な書面が添付されるなど、規定された要件を満たしているかの観点から判断することを想定しており、登記官による恣意的な運用は想定されていないことが明らかにされています(注6)。【図1代表取締役への就任と同時に本措置を実施した場合の登記記録例(注7)】(5)代表取締役等住所非表示措置の終了登記官は、以下のいずれかに該当した場合には、職権で本措置を終了させることになります。代表取締役等住所非表示措置を希望しない旨の申出があった場合本措置を講じた株式会社は、いつでも本措置の実施を希望しない旨の申出をすることができ、当該希望しない旨の申出により、本措置は終了となります。この希望しない旨の申出は登記申請と同時である必要なく、単独で行うことが可能です。株式会社の本店所在場所における実在性が認められない場合本措置が講じられた株式会社について、その本店が登記上の所在場所において実在すると認められないとき(当該株式会社の登記記録が清算結了等により閉鎖されている場合を除きます。)には、登記官は、本措置を終了させることになります。上場会社でなくなったと認められる場合上場会社として本措置を講じた株式会社が上場会社でなくなったと認められるときには、登記官は、本措置を終了させることになります。なお、上場会社でなくなる登記と同時に再度本措置の申出がされた場合には、引き続き本措置を講じるものとされています。閉鎖された登記記録について復活すべき事由があると認められる場合本措置が講じられた株式会社の閉鎖された登記記録を復活する必要がある場合(注8)には、本措置を終了させるものとされました。4実務における懸念点(本措置に対する具体的な本人確認の方法)本措置が実施された株式会社の登記記録には、代表取締役等の住所が公示されないことから、犯罪収益移転防止法の規定に基づき本人確認を行うことが求められる金融取引や不動産取引の実務に与える影響は小さくないことが予想されます。この点については、法務省が公表するホームページ(注9)においても、注意喚起がされており、本措置の実施について、株式会社には慎重かつ十分な検討が求められています。以下では、本措置を実施した場合の具体的な本人確認の方法について検討していくこととします。(1)代表取締役等であることを選定した議事録を用いた証明本措置は、登記事項証明書等の世の中に公示されるものに代表取締役等の住所を記載しない措置ですが、代表取締役等の住所が登記事項から取り除かれたわけではありません。すなわち、登記申請時には何らかの書類には代表取締役等として選定された者の住所・氏名が記載されていることになります。具体的には、取締役会非設置会社においては、株主総会議事録又は定款(定款上で取締役の互選により代表取締役を選定することとされた場合は取締役の互選書)がそれに該当し、取締役会設置会社においては、取締役会議事録がそれに該当することになりますので、当該議事録等を用いて、代表取締役等に選定されたことを明らかにすることが可能です。なお、実務上の対応としては、当該議事録と選定された代表取締役等の運転免許証等の身分証明書をもって、代表取締役等の本人確認を行うことが考えられます。(2)代表取締役等による自己証明また、代表取締役等が自らの住所・氏名・生年月日等の本人確認事項を記載した文書に、登記所に届け出た印鑑の捺印をし、併せて当該株式会社の印鑑証明書を提示することをもって、本措置が適用されない状態と同様のものを作成し、それと代表取締役等の身分証明書をもって、代表取締役等の本人確認を行うことも想定されます。この方法により取引実務が成熟した場合には、この方法が最も簡便なものになると考えられます。(3)利害関係者による登記簿附属書類の閲覧商業登記法は、登記簿の附属書類(登記を申請した際の登記申請書や添付書面等)について利害関係を有する者は、手数料を納付して、その閲覧を請求することを認めています(商業登記法11条の2)。ただし、ここでいう利害関係は、事実上の利害関係ではなく、当該登記がされたことについて法律上の利害関係が必要と解されている(注10)ため、不特定の第三者が閲覧請求をすることができるわけではありません。したがって、この方法に用いて本人確認を行うということには実務上はならないと考えます。5.おわりに本措置が実務にどのくらいの影響を与えるか、現時点では定かではありませんが、見方によっては代表取締役等の住所が非表示になることで、必要な情報を得る手段が限られ、信頼関係の構築に影響を与えることが考えられます。また、上記4(3)利害関係者による登記簿附属書類の閲覧制度があるとしても、住所が非表示になることで、責任の所在が不明確になることにも注意が必要です。特に、企業が法的トラブルに巻き込まれた場合、代表取締役等の個人への連絡が難しくなることにより、法的な対応が遅延する可能性があります。さらには、本措置が悪用され、詐欺的な企業が役員の情報を隠すためにこの措置を利用する可能性もゼロではありません(もちろん、登記実務において、代表取締役の実在については代表取締役等の個人の印鑑証明書をもって確認しますので、架空の人物が登記されるということではありません)。本措置は、プライバシー保護の観点から重要な施策ですが、実務における懸念点も多く存在します。透明性の確保、責任の所在の明確化、悪用の防止といった課題に対して、適切な対策を講じることが求められ、今後の実務が展開されることが望まれます。<注釈>配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(いわゆるDV防止法)に規定する被害者やストーカー行為等の規制等に関する法律(いわゆるストーカー規制法)に規定するストーカー行為等に係る被害者等からの申出がある場合のみ、当該被害者等の住所を登記事項証明書に記載しない措置は現行においても存在します。会社に関する規定として商業登記規則30条があり、法人に関する規定として商業登記規則30条を準用した各種法人等登記規則5条があります。代表的なものとして、株式会社の代表取締役につき会社法911条3項14号、代表執行役につき同条同項23号、合同会社につき同法914条7号、一般社団法人につき一般社団法人及び一般財団法人に関する法律301条2項6号など。森本滋=山本克己編『会社法コンメンタール第20巻雑則(2)』(商事法務、2016年)272頁パブリックコメント回答15前段(https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000273035)前掲注4・回答14商業登記規則等の一部を改正する省令の施行に伴う商業登記事務の取扱いについて(令和6年7月26日付け法務省民商第116号法務省民事局長通達)より一部抜粋前掲注6・8頁によれば、「閉鎖された登記記録について復活すべき事由があると認められるとき」として、第三者から当該株式会社を所有権の登記名義人とする不動産の登記事項証明書等を添付した上で当該株式会社の清算が未了である旨の情報提供が登記官に対してあった場合などが該当するとしています。代表取締役等住所非表示措置について(法務省ホームページ・https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00210.html)神﨑満治郎ほか編『論点解説商業登記コンメンタール』(金融財政事情研究会、2017年)270頁提供:税経システム研究所
続きを読む
-
2024/11/08 論説
閉鎖的株式会社における株式の公正な価値
1はじめに近時、閉鎖的な非公開の株式会社における株式の公正な価値の測定・評価という「古くて新しい問題」について、学界において盛んに議論がなされています(注1)。ここで、何をもって「古い問題」かと言いますと、これまでわが国では、会社法の分野だけをみても、株式買取請求権が行使された場合の買取価格の決定(会社法182条の5第2項、470条2項など)や全部取得条項付種類株式の取得価格の決定(同法172条1項)、そして、なんといっても譲渡制限株式の売買価格の決定(同法144条2項)に関する申立てなどの事例が数多く積み重ねられてきていること踏まえています。また、何をもって「新しい問題」かと言いますと、閉鎖的な非公開会社における株式の評価のあり方、評価の際に考慮すべき視点等については、以下にみるように最近になっても様々な学説が唱えられていて決着を見ておらず、判例もいまだ確定的なスタンスを示していない状況にあるということを踏まえています。本稿では、このような「古くて新しい問題」について、主に譲渡制限株式の売買価格の決定を念頭に置きながら、現在の議論や判例の状況について紹介し、それらの今後の方向性について若干の検討を加えてみたいと思います。2譲渡制限株式に関する価値評価の方法閉鎖的な非公開会社の株式は、一般には譲渡制限株式(会社法2条17号)であることが多いですが、そのような株式は市場価格というものがないため、一般的にその価値評価や測定には困難が伴います。以下では、代表的な手法について述べたいと思います(注2)。(1)インカム・アプローチこれは、将来の収益・キャッシュフロー(現金の流れ)を適切な割引率によって割り引いて現在価値を求めるというアプローチです。割り引く収益・キャッシュフローの種類により、①配当還元法(過去の配当実績を踏まえ、それがそのまま継続するという仮定のもとで、将来の配当を現在価値に割り引き、その総和をもって株式の価値を算定する手法)、②ゴードン・モデル(企業が一定の割合で成長することを前提として、獲得した利益のうち配当に回されなかった内部留保額が再投資され、それによっても利益が生み出され、配当の増加が期待できるとして株式を評価する手法)、③収益還元法(会社が将来にあげるであろう会計上の純利益を現在価値に割り引き、その総和をもって株式の価値を算出する手法)、④ディスカウント・フリーキャッシュフロー法(DCF法とも呼ばれる、対象会社の資産全体が生み出すフリーキャッシュフロー(簡単に述べますと、企業経営者の判断で自由に使える余剰資金ことを言い、営業活動によって生み出されたお金から、設備投資や企業買収など、事業活動の将来を担うために使われたお金を差し引くことによって求められます)の期待値を予測し、それを加重平均コスト(注3)で割り引き、その総和をもって株式の価値を算出する手法(注4))、などがあります。(2)ネットアセット・アプローチこのアプローチは会社の1株あたりの純資産額から株式の価値を算出するというものです。このアプローチは、会計上の純資産額に基づいて評価を行う⑤簿価純資産法と、資産等を時価に弾き直して算定する⑥時価純資産法に大別されます。そして、とくに⑥の手法のうち、事業用資産を直ちに解体・処分したとすれば得られる対価の総和を求める方式を⑦解体価値方式ともいいます。この⑦の方式に関しては、仮に事業をゴーイング・コンサーンとして継続した場合に期待されるリターンの総和が解体価値を下回るケースにおいて、この⑦の方式によって得られる評価額が、対象会社株式の価値の最低限を示すものとして意義を有するとする学説もみられてます(注5)。(3)マーケット・アプローチこのアプローチは、当該会社に類似する業種の会社で市場価格のある会社の株価を参考にし、一定の算式で株式の価値を算出するというものです。下記に述べる相続税財産評価基本通達において定められている方法(⑧類似業種比準方式)がその代表例です。なお、同通達に基づく計算を行う際、最後に0.7を乗じますが、これは対象会社の株式が市場性を欠くことからくる減価を行っているものであり、いわゆる非流動性ディスカウント(後述)を行っているといえます。⑧の方式は、かつては会社法に関する裁判例でも参照されることがありましたが、理論的な根拠を欠くため、現在ではほとんど用いられていないようです(注6)。3株式評価をめぐる裁判例取引相場のない株式の評価に関する裁判例をみてみますと、従前には国税庁の相続税財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56、直審(資)17最終改正令和6年5月22日付課評2-25(注7))が定める「取引相場のない株式」の評価の算定にかかる一連の規定(178から188-6)に影響を受けた判例、すなわち、同通達で定められた算定方法(会社を従業員数、総資産価額、取引金額に基づいて大・中・小の3種に分類し、それぞれ原則として類似業種比準価額、類似業種比準価額と純資産価額の組み合わせ、純資産価額による評価を行う)によって出された評価額を考慮に入れて評価を行ったものが多く見られました(たとえば、名古屋高決昭和54年10月4日判時949号121頁、東京高決昭和59年10月30日判時1136号141頁)。その後、平成に入ってからは、とくに譲渡制限株式の売買価格の決定に関する事案では、会社から得られる経済的利益に関し、基本的には配当しか期待できない立場である少数株主が売り手となるケースが多かったことから、主としてインカム・アプローチに属する手法が用いられてきており、かつ、多くの事例では、複数の評価手法を併用したうえで、各評価手法から得られた価格の加重平均をとるものが多かったようです。たとえば、近時の事例でいいますと、大阪地決平成25年1月判時2185号142頁は、売買価格について収益還元法を80%、配当還元法を20%の割合で加重平均して算定した価格としていますし、東京地決平成26年9月26日金判1463号44頁は、DCF法35%、純資産法(継続企業を前提とした再調達時価方式)35%、配当還元法30%の割合で加重平均して算定した価格としています。他方で、会社が行う事業形態に着目しつつ、事業会社の株式について売買の対象となる株式の数が議決権総数の0.06%にすぎず、買主である申立人が売買後に保有することとなる株式の数も議決権総数の1.68%にすぎない場合は配当還元法のみ、いわゆる資産管理会社の株式の売買価格については、純資産法のみによって算定を行った大阪地決平成27年7月16日金判1478号26頁のような判例もみられています。複数の評価方法を併用し、算出された額を何らかの割合で加重平均して算出するというこれまでの多くの判例で見られてきた手法については、信頼に値しない数値を複数寄せ集めたからといって、信頼できる数値が算出できるわけではない、といった批判がなされています(注8)。これに対し、これまでの多くの判例で見られてきた傾向について、売り手の立場と買い手の立場の双方を勘案したうえで当該取引にとって適切と考える評価方法を採用しようしてきたものとみたうえで、そのために株式価値の加重平均をとっていると評価する見解もあります(注9)。さらに、近時では、以下にみるように非上場会社の株式価値の算出に際して考慮すべき事項・観点についても様々な議論がなされています。たとえば、非流動性ディスカウント(株式の流動性がなく、一般に譲渡が困難であることを理由とした減価またはディスカウント)やマイノリティ・ディスカウント(少数株主の有する株式であることを理由にした減価またはディスカウント)を認めるか否か、といったことです。以下、関連する2つの最高裁決定についてみてみます。4非流動性ディスカウントに関する2つの最高裁決定近時、非流動性ディスカウントの取扱いについて注目すべき判示を行った2つの最高裁決定がみられています。1つは最決平成27年3月26日判時2256号88頁(以下、「平成27年最決」とします)です。この平成27年最決は、吸収合併に際してそれに反対する株主から買取請求がなされた事案についての決定ですが、最高裁は、収益還元法に基づく算定を行った後の非流動性ディスカウントにつき、次のように判示しました。「・・・非流動性ディスカウントは、非上場会社の株式には市場性がなく、上場株式に比べて流動性が低いことを理由として減価をするものであるところ、収益還元法は、当該会社において将来期待される純利益を一定の資本還元率で還元することにより株式の現在の価格を算定するものであって、同評価手法には、類似会社比準法等とは異なり、市場における取引価格との比較という要素は含まれていない。吸収合併等に反対する株主に公正な価格での株式買取請求権が付与された趣旨が、吸収合併等という会社組織の基礎に本質的変更をもたらす行為を株主総会の多数決により可能とする反面、それに反対する株主に会社からの退出の機会を与えるとともに、退出を選択した株主には企業価値を適切に分配するものであることをも念頭に置くと、収益還元法によって算定された株式の価格について、同評価手法に要素として含まれていない市場における取引価格との比較により更に減価を行うことは、相当でないというべきである・・・」以上の判示の内容からしますと、最高裁は、収益還元法には市場における取引価格との比較という要素がもともと含まれていないということを理由に、そうした算定手法を採る場合は非流動性ディスカウントを行うべきではない、とのスタンスを打ち出したように読めます。しかし、この事案において用いられた収益還元法の割引率には、上場会社の投資収益率およびβ値(株式市場全体が1変動した場合に当該株式がいくら変動するかを示す値)が用いられ、市場の存在を前提とした価格が算出されていました。そのため、平成27年最決に対しては、非流動性を考慮した減価を否定した判示部分は誤りである、といった指摘もなれていました(注10)。こうした中、より直近には、2つめの最決令和5年5月24日判時2582号95頁(以下、「令和5年最決」とします)がみられました。この事案は、譲渡制限株式の売買価格決定の申立てに関するものでしたが、最高裁は以下のように判示しました。「・・・譲渡制限株式の売買価格の決定をする場合において、当該譲渡制限株式に市場性がないことを理由に減価を行うことが相当と認められるときは、当該譲渡制限株式が任意に譲渡される場合と同様に、非流動性ディスカウントを行うことができるものと解される。このことは、上記譲渡制限株式の評価方法としてDCF法が用いられたとしても変わるところがないというべきである。もっとも、譲渡制限株式の評価額の算定過程において当該譲渡制限株式に市場性がないことが既に十分に考慮されている場合には、当該評価額から更に非流動性ディスカウントを行うことは、市場性がないことを理由とする二重の減価を行うこととなるから、相当ではない。しかし、前記事実関係によれば、本件各評価額の算定過程においては・・・類似する上場会社の株式に係る数値が用いられる一方で、本件各株式に市場性がないことが考慮されていることはうかがわれない。したがって、DCF法によって算定された本件各評価額から非流動性ディスカウントを行うことができると解するのが相当である」。令和5年最決の以上の判示は、マーケット・アプローチに属する算定手法のように市場価格を大きく考慮に入れるアプローチは格別、それ以外の算定手法において非流動性ディスカウントを行うことを否定したようにも捉えられる点について、学説等から指摘や批判を受けていた平成27年最決を修正したもの、という受け止め方もできるように読めます。他方で、仮に平成27年最決と令和5年最決の両決定を整合的に読むとしますと、(a)平成27年最決のような株式買取請求事件においは、何らかの手法によって算出された評価額に対し、非流動性ディスカウントを加えることは許されない(いずれのアプローチ・手法を用いるかに関わらない)、(b)譲渡制限株式の売買価格決定事件においては、株式評価額の算定過程において当該譲渡制限株式に市場性がないことが既に十分に考慮されている場合であれば、評価額に対して非流動性ディスカウントはゆるされない(市場性がないことを既に十分に考慮されていない場合であれば許される)、と捉えることができるのではないかという見方も示されています(注11)。以上の2つの最高裁決定の捉え方について考えるうえでは、組織再編その他の支配権の大きな変動がある際の株式買取請求の場面と、譲渡制限株式の売買価格決定の場面とで見方や取扱いを変えるべきか否かということを検討する必要があります。すなわち、前者は、ほぼ強制的に株式を会社や支配株主に譲渡しなければならないのに対し、後者は、株式を譲渡・売却しようとする株主が支配株主等から抑圧されていたような状況であれば別ですが(ただし、こうしたケースも世の中にはたくさんありあそうです)、そうでなければ、あくまで任意で株式を売却しようという局面といえます。こうしたことを考慮し、非流動性ディスカウントを認めるか否かということその他について、両者の間の差を所与のものとすべきか、そうでないかということに関しては、現在のところ、学界でも様々な見方がされています。5その他の問題上記のほか、近時は、閉鎖的な非公開株式会社における株式の公正な価値の測定・評価に関し、基本的なスタンスのあり方として大きく2つの考え方が示されています。1つは、プロ・ラタ(この言葉は「比例配分できる(Proratable)」という英単語の略です)価値説といわれる、少数株主か支配株主かを問うことなく、株主全体に帰属する企業価値に持株比率を乗じて算定される価値をもって売買価格等とすべきであるとする説です(注12)。このプロ・ラタ価値説に基づくとしますと、たとえば先述したマイノリティ・ディスカウントのように、売主が少数株主であることを根拠とした減価・ディスカウントを行うことは否定的に捉えられることになります。また、株式買取請求の場面と譲渡制限株式の売買価格決定の場面との間で算定方法の基本的な考え方に差異を設けるべきではないということが導かれます。これに対し、仮定交渉アプローチ(交換価値説)という考え方が示されています。この考え方の下では、裁判所における株式価値の測定・評価は、本来であれば売り手である株主と買い手である会社・指定買受人が十分な時間をかけて合理的に交渉を行ったとすれば合意されたであろう価格を求めることと捉えたうえ、売り手の留保価格と買い手の留保価格との間で両者の交渉力の強弱に応じて決めていくというものです(注13)。このアプローチに基づきますと、とくに、譲渡制限株式の売買価格決定の場面では、少数株主にとっての対象株式の価値と支配株主にとっての対象株式の価値との間に差が生じ得る、すなわち、マイノリティ・ディスカウントを行うこともあり得る、ということになりそうです(注14)。筆者は、まだ詳細な検討を行っていませんので、どちらの考え方が正しい、といったことを現時点で断言することはできません。おそらく、プロ・ラタ価値説の方が、少数株主保護という面では、一見望ましいように思われますが、それでも具体的にどのような算定手法を用いたり、計算式に割引率などを用いる場合に、当該割引率などをどのように設定するかで最終的に導きだされる株式の価値も変わってくるように思います。他方で、仮定交渉アプローチも、買い手と売り手の交渉力を1:0などと極端な形で設定せず、仮にそれらの当事者が支配株主と少数株主であったとしても、一定の割合で交渉力を有しているという設定のもとで算定を行えば、売り手になることの多い少数株主にとって特段不利な評価・算定が行われることもないように思います。そして、仮にこのように考えられるとしますと、どちらの考え方・アプローチに基づいていたとしても、運用次第では結論はそれほど変わらないような気もします。6おわりに以上のように、閉鎖的な非公開会社における株式の公正な価値の測定・評価については、現在、学界において様々な主張や見解が唱えられ、注目される最高裁判例もみられています。加えて、より近時では、中小企業のM&Aが活況を呈し、各事例のデータが収集されてきているなかで、優良な中小企業のM&Aでは「時価純資産価額+営業権(営業利益または経常利益の数年分)」という算定の仕方で売却や買収が行われていることに着目し、中小企業M&Aの対象となり得るような優良会社における株式価値の測定・評価手法として、これまでの具体的方式に加えて、「買収価格比準方式」(時価純資産価額+営業権−買収の場合であれば上乗せされるシナジー)といった手法を用いることも唱えられています(注15)。このように議論が活発になされ、新たな考え方も出てきている背景には様々な要因があろうかと思います。ただ、中でも大きな要因としては、中小企業における事業承継や株式の相続の件数の増加、さらには、それらがさらに増加していく蓋然性が高いということはほぼ間違いないように思います。本稿で紹介した議論の内容は、学術的・理論的なものが多く、理解しづらいものも多かったと思いますが、この問題の今後の帰趨は、将来的に中小企業の経営にも少なからず影響を及ぼすものかと思います。そのため、今後も議論の動向に注目して頂ければと思います。<注釈>たとえば、藤田友敬「譲渡制限株式の評価方法に関する一視点」岩原伸作先生・山下友信先生・神田秀樹先生古稀記念『商法学の再構築』(有斐閣、2023年)95頁、仲卓真「譲渡制限株式の売買価格決定における「売買価格」の解釈」民商159巻6号(2024年)38頁、久保田安彦「譲渡制限株式の売買価格−裁判例の分析・評価を中心として−」(上)商事2357号(2024年)4頁・(下)商事2358号(2024年)62頁、江頭憲治郎「中小企業M&Aが会社法理論に示唆するもの」商事2364号(2024年)4頁、宍戸善一「非公開株式の評価再再論〔上〕」商事2370号4頁など、近時では多くの関連論文等が公表されています。主に藤田・前掲注(1)96頁以下によります。加重平均資本コスト(WeightedAverageCostofCapital:WACCとよく略されます)とは、株主資本コスト(株主に対して支払うコスト)と負債コスト(社債発行や金融機関からの借入によって発生する、債権者に対して支払う利息等のコスト)を加重平均した、資本全体にかかるコストのことをいいます。概していいますと、資金全体を調達するのにいくら必要になるのかを示した数値といえます。なお、DCF法において、新興企業における予測キャッシュフローの分布には、成熟企業の場合と異なり、不確実性が大きいと考えられます。そこで、そうした会社におけるキャッシュフローの分布を推計するために、当該キャッシュフローに影響を与える諸要素(バリュー・ドライバー)を特定したうえで、各要素の将来の確率分布を推計し、当該確率分布に従った乱数を大量に発生させる形の実験(モンテカルロ・シミュレーション)を行う等の方法がとられるようです。江頭憲治郎『株式会社法』(有斐閣、第9版、2024年)19頁参照。江頭・前掲注(4)20頁参照。藤田・前掲注(1)98頁。財産評価基本通達は、国税庁のHP下記で参照することができます(2024年10月1日現在)。(https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka_Mnew、/01.htm)江頭・前掲注(4)16頁。藤田・前掲注(1)102頁以下参照。江頭・前掲注(4)19頁。藤田・前掲注(1)116頁。なお、令和5年最決の受け止め方については、川島いづみ「判批」新・判例解説WatchNo.179(https://www.lawlibrary.jp/pdf/z18817009-00-051792485_tkc.pdf)参照。たとえば、久保田・前掲注(1)4頁藤田・前掲注(1)104頁以下参照。仲・前掲注(1)44頁以下参照。江頭・前掲注(1)7頁以下参照.提供:税経システム研究所
続きを読む
-
2024/10/11 法律相談
取締役会決議によって退職慰労金を減額支給できるか -近時の最高裁判例を踏まえて-
取締役会決議による退職慰労金の減額支給の可否について、以前「法律相談」として、第一審と控訴審の判例を検討しました(商事法研究リポート「取締役会決議によって退職慰労金を減額支給できるか」(2023年2月17日掲載))。本稿では、その後出された最高裁判例を踏まえてこの問題を再検討します。【質問】Y会社の代表取締役社長Xはワンマン社長で好き勝手に事業運営を行ってきました。Xは出張で社内規程を超過して高級ホテルに泊まってきました。しかし、それが税務調査で発覚し、その宿泊費に基づく源泉徴収税がXに課されました。Xはその税をY会社に転嫁するために、Xの役員報酬を増額したところ、それがマスコミで取り上げられてしまいました。そこで、Xは、次期定時株主総会をもって取締役を辞任することになりました。Y会社の定時株主総会では、Xが定款に基づいて議長となり、「退任取締役に対する慰労金贈呈の件」が審議されました。Xは、自らに対する退職慰労金については、金額の適正を確保するために中立かつ公正な調査委員会を設置し、その調査結果を踏まえ、取締役会で金額を決定してもらい、その決定に従うと説明し、その金額、支払方法、支払時期等は取締役会に一任するよう要請しました。同議案は、原案どおり可決されました。その後、Xの退職慰労金について、弁護士等で構成される調査委員会は、2億5000万円の特別減額事由があるとする調査報告書を取締役会に提出しました。これを受けて取締役会では、Xの退職慰労金の基準額(3億円)から特別減額事由相当額を控除した5000万円をXに支給することを決議しました。Y会社の取締役退職慰労金内規には、在任中特に重大な損害を与えた退任取締役についてはその退職慰労金を減額することができるとする「特別減額」条項があり、それに基づくものです。Y会社がXに5000万円の退職慰労金を支給したところ、Xは、Y会社に対し、株主総会で可決された基準額に相当する退職慰労金を支払うべきである、もしそれが支払われないのであれば、損害賠償を請求するとして、2億5000万円の支払を求めて訴えを提起しました。私は、X退職後にY会社の代表取締役社長に就任したAです。Xによる退職慰労金の支給請求に応じるべきでしょうか、御教示ください。【回答】1.はじめに株主総会で取締役の退職慰労金を支給する際、退職慰労金の支給基準に基づいて算定された金額を基とし、その金額や支払方法について、取締役会に一任する決議をする場合があります。取締役会の実質的審議に委ねる方が適正な金額の支給ができると考えられるからですが、取締役会の審議により、退職慰労金を前記算定金額から大幅に減額することは認められるでしょうか。上記ご質問の事例は、この問題に関する近時の注目すべき最高裁判例(最判令和6年7月8日(令和4年(受)第1780号)LEX/DB2557363)を基にしたものです。この事例では、株主総会において退職慰労金の支給決議があった後に取締役会で減額支給することができるか、これが認められない場合には退職慰労金を支給したY会社は損害賠償責任を負うか、ということが問題となります。この問題を検討するにあたり、退職慰労金の支給に関する会社法の規制を概観し、ご質問の事例に関連する裁判例をもとに検討してみましょう。2.取締役の報酬規制取締役の報酬規制について、会社法361条1項は、「報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」を「報酬等」と定義づけています。金銭報酬が典型ですが、業績連動型報酬やストック・オプション等のエクイティ報酬も規制の対象になります。報酬規制は委員会を設置する会社かそうでない会社かでも異なります。指名委員会等設置会社の場合は、報酬委員会の決定により「個人別の報酬等の内容」を決定することになります(会社法404条3項)が、それ以外の会社では定款の定めまたは株主総会の決議(会社法361条1項)になります(注1)。委員会を設置しない株式会社では、取締役の報酬等について①額が確定しているものについては、その額(同項1号)を、②額が確定していないものについては、その具体的な算定方法(同項2号)を、③エクイティ報酬については、募集株式・募集新株予約権の数の上限、払込みに充てるための金銭、等を(同項3号~5号)、④(③を除く)金銭でないものについては、その具体的な内容(同項6号)を定めることが必要です。退職慰労金を支給する会社もあります。退職慰労金は、終任した役員に対して役員の退任後に、その在任期間や役職位等に基づいて支給されるものです。在職中の職務執行の対価すなわち報酬の後払い的性質があることから、「報酬等」に含まれることになります(前記①額が確定しているもの:会社法361条1項1号)。3.退職慰労金の決定方法(一)退職慰労金に関する規制の概要2で述べたように指名委員会等設置会社では報酬委員会が、それ以外の株式会社では定款の定めまたは株主総会の決議でその額を定めなければなりません。もっとも、指名委員会等設置会社以外の株式会社の取締役の場合、実務上一般に退職慰労金については、通常の報酬等とは異なり、退職慰労金の総額(最高限度額)を明示せず、具体的な金額、支給時期、支給方法等を、取締役会設置会社では取締役会に、取締役会設置会社以外の会社では取締役の過半数による決定に一任する旨の総会決議がなされることがあります。勤続年数の長い取締役は退職慰労金の額が大きくなるところ、日本の取締役は報酬額の個別開示を好まない傾向があるためだと考えられています。判例の立場によれば、無条件に取締役会等に退職慰労金の決定を一任するのではなく、会社の業績、退任取締役の勤続年数、担当業務、功績等から算定された一定の支給基準に従い、それを株主が推知し得る状況において、決定すべきことを一任するのであれば無効とはいえないとしています(最判昭和39年12月11日民集18巻10号2143頁)。ここにいう「株主が推知し得る状況」とは、①書面または電磁的方法による議決権行使がなされる会社(会社法301条・302条)では、株主総会参考書類に当該基準の内容を記載するか、または、②当該基準を記録した書面等を本店に備え置いて株主の閲覧に供する等、各株主が当該基準を知ることができるような適切な措置が講じられていることをいい(会規82条・82条の2)、それ以外の会社でも株主が本店で請求すれば基準の説明を受けられる措置を講じておかなければ、一任決議が無効になる可能性があります。なお、株主総会の議場で株主から支給基準について説明を求められた場合には、基準を閲覧できる状況になっていても、取締役は説明しなければなりません(東京地判昭和63年1月28日判時1263号3頁)。(二)退職慰労金の具体的権利性退職慰労金の支給規定や支給基準がある会社であっても、会社法に定める報酬等に該当するため、退任取締役は定款または株主総会の決議によってその金額を定める等、会社法上の規定に基づく支給決議がなければ具体的報酬請求権は発生しないと解されています(最判昭和56年5月11日金判625号18頁)。そのため、株主総会決議がない場合には、会社についても取締役についても責任を否定する裁判例が多いです(東京地判平成27年7月21日金判1476号48頁、東京地判平成30年2月20日判タ1458号217頁)。ただし、中小非公開会社において、株主総会の決議と同視できる株主の同意がある場合、上記報酬規制を形式的に適用して無効とする必要がないため、報酬の支給を認めることができる等として肯定する裁判例(大阪地判昭和46年3月29日判時645号102頁)もあります。取締役会や株主総会に退職慰労金支給議案を上程しなかったことについて、代表取締役の会社法429条1項に基づく責任を肯定する裁判例(福岡地判令和4年3月1日文献番号2022WLJPCA03019002(注2))もあります。(三)退職慰労金支給の株主総会決議後の取締役会による不支給・減額の可否これに対し、退職慰労金の支給を認める株主総会決議があったにもかかわらず取締役会で支給決議を行わなかったという事案については、退職慰労金相当額の損害賠償を認容しています(東京地判平成元年11月13日金判849号23頁、東京高判平成20年9月24日判タ1294号154頁)。例えば、東京地判平成10年2月10日判タ1008号242頁は、株主総会において取締役の退職慰労金を取締役会に一任する旨の決議がなされた場合、退職慰労金請求権は、その金額を決定する取締役会の決議があって、初めて発生するものであり、一定の基準が存在しても株主総会の決議だけで当然に発生するものではないが、「一定の支給基準が存在して、その基準に従って定める趣旨で株主総会において取締役会に一任する旨の決議がなされたにもかかわらず、取締役会においてそれに反する決議をした場合には、決議をした取締役らは、退職慰労金を受給できる退任取締役に対して不法行為責任を負うことになる」と判示されています。4.退職慰労金の減額支給に関する裁判例(一)事実と判旨ご質問の事例のように、株主総会決議後の退職慰労金について、取締役会決議によって退職慰労金を減額支給できるか否かが争われた注目すべき裁判例が、前掲最判令和6年7月8日です。前掲最判令和6年7月8日では、退職慰労金支給内規に基づく特別減額が行われています。これについては、弁護士等合計5名で構成される調査委員会が特別減額事由を取りまとめたものです。①本件行為1(コンプライアンス違反。Xの社内規程違反の宿泊費等の支出並びに本来負担すべき源泉所得税及び社内規程違反の宿泊費の補填を意図した増額報酬の支払)によるものが、3918万円余、②本件行為2(交際費等の過大な支出)が1億1075万円、③本件行為3(CSR事業等への過大な支出)が2億558万円、とされ、総額では3億5551万円が退職慰労金の減額可能額と算出されています。第一審(注3)・控訴審(注4))は、Xの請求を認めましたので、Y会社側が控訴しました。前掲最判令和6年7月8日は、第1審判決を取消し控訴審を破棄しました。Xの敗訴となります。その理由は、次のとおりです。「本件減額規定は、取締役会は、退任取締役が在任中Y会社に特に重大な損害を与えた場合、基準額を減額することができる旨を定めているところ、その趣旨は、取締役を監督する機関である取締役会が取締役の在任中の行為について適切な制裁を課すことにより、Y会社の取締役の職務執行の適正を図ることにあるものと解される。Y会社の株主総会が退任取締役の退職慰労金について本件内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の決議をした場合、取締役会は、退任取締役が本件減額規定にいう『在任中特に重大な損害を与えたもの』に当たるか否か、これに当たる場合に減額をした結果として退職慰労金の額をいくらにするかの点について判断する必要があるところ、上記の本件減額規定の趣旨に鑑みれば、取締役会は、取締役の職務の執行を監督する見地から、当該退任取締役がY会社に特に重大な損害を与えたという評価の基礎となった行為の内容や性質、当該行為によってY会社が受けた影響、当該退任取締役のY会社における地位等の事情を総合考慮して、上記の点についての判断をすべきである。そして、これらの事情は、いずれも会社の業務執行の決定や取締役の職務執行の監督を行う取締役会が判断するのに適した事項であること、さらに、本件内規が本件減額規定による減額の範囲等について何らの定めも置いていないことに照らせば、取締役会は、上記の点について判断するに当たり広い裁量権を有するというべきであり、取締役会の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということができるのは、この判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると解するのが相当である」。(二)裁判例の検討Y会社においては、退任取締役の退職慰労金の算定基準等を定めた取締役退任慰労金内規(本件内規)が存在します。本件内規には、退任取締役の退職慰労金は、退任時の報酬月額等により一義的に定まる額を基準とする(この額を「基準額」といいます)旨の定めがある一方で、取締役会は、退任取締役のうち、「在任中特に重大な損害を与えたもの」に対し、基準額を減額することができる旨の定め(本件減額規定)がありました。なお、本件内規には、減額の範囲ないし限度についての定めは置かれていません。この規定の解釈について、退職慰労金支給内規に基づく特別減額事由は、(一)で述べたように、弁護士等合計5名で構成される調査委員会の調査によるものであり、①本件行為1、②本件行為2、③本件行為3となります。もっとも、Xが退職する契機となったのが①や②ですが、特別減額事由の多くが③です。第一審は、③について「『特に重大な』損害を与えたとは認められないのに…CSR費用等の支出についてまで特別減額をしたものであるから、本件株主総会決議で与えられた裁量を逸脱ないし濫用したものと認められる」と判示しています。これについては判断根拠・理由を適正に示さない点で適正手続違反と評価せざるを得ない(注5)とする批判もありました。そこで最高裁は、Y会社の取締役会が特別減額事由に基づいて本件取締役会決議をしたことについて次の事実を評価しています。①本件行為1は、Xが長期間にわたってY会社から社内規程所定の上限額を超過する額の宿泊費等を受領し、それに係る源泉徴収税相当額をY会社に転嫁するとともに、自らの報酬を増額し、このことが報道により社会一般に広く知れ渡ったことによって、Y会社の社会的信用が毀損されたことがうかがわれること。②Xと利害関係のない弁護士等で構成された本件調査委員会による本件調査報告書は、本件行為1は特別背任罪に該当する疑いがあり、本件行為2も正当化することができず、Xは両行為によりY会社に多大な損害を与えたとの指摘がされたこと。③本件調査委員会が調査等に当たって収集した情報に不足があったことはうかがわれないこと。④取締役会は、本件調査委員会が提示した本件行為1につき告訴をして退職慰労金を支給しないとする案も検討したが、審議の結果、最終的に、告訴をせずに退職慰労金を大幅に減額する旨の判断に至ったのであり、取締役会においては、相当程度実質的な審議が行われたということ、です。そして、「これらの事情を総合考慮すると、本件行為1及び本件行為2をY社に多大な損害を及ぼす性質のものと評価することは相応の合理的根拠に基づくものといえ、本件行為3がY会社に損害を与えるものであったか否かにかかわらず、Xが本件減額規定にいう『在任中特に重大な損害を与えたもの』に当たるとして減額をし…た取締役会の判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理であるということはできない」、「以上によれば、本件取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない」と判示しました。第一審・控訴審は、減額幅の大きい本件行為3による減額の根拠がはっきりしない点で、本件調査委員会の判断に従った取締役会の審議を問題としたようにもみられます(注6)。これに対し、最高裁は、主に本件行為1と本件行為2について、本件調査委員会の本件調査報告書に基づいて取締役会が合理的な判断を示したのであれば、本件行為3について詳細な判断を示すまでもなく、全体として当該取締役会の判断を尊重することを示しました。退職慰労金の支給に関する取締役会への一任がされた場合の合理的な審議の仕方を明らかにした点で、最高裁の判断は今後の実務の参考になります。5.相談への回答Y会社の定時株主総会で承認された退職慰労金贈呈議案を調査委員会の調査報告書に基づいて減額したということですね。Y会社の取締役退任慰労金内規には、在任中特に重大な損害を与えた退任取締役については退任慰労金を減額できるとする「特別減額」条項があるということですので、減額がまったく認められないというわけではないでしょう。特別減額事由の大部分はXが独自に始めた新規事業への支出が過大であることを理由としているということですが、最判令和6年7月8日の判断によればXと利害関係のない弁護士等で構成された調査委員会による調査報告書を踏まえて取締役会で事実関係を判断した結果については、取締役会決議によって減額することも裁量権の範囲内であることが認定されています。退職慰労金を取締役会で減額することについては、調査委員会による調査を踏まえる等の手続をとり、慎重に判断することが必要になります。前掲東京地判平成10年2月10日にみるとおり、一定の支給基準に従って定める趣旨で株主総会において取締役会に一任する旨の決議があった場合は、取締役会でそれに反する決議をすると退任取締役に対する不法行為責任が発生することがあるからです。前掲最判令和6年7月8日を前提にすれば、調査委員会の調査を求めるといった対応をとっていれば、この判例でXは敗訴していることから、XによるY会社に対する退職慰労金の支給請求に応じなくとも良いということになるでしょう。このような対応をとることが望まれます。<注釈>監査等委員会設置会社の場合も定款の定めまたは株主総会の決議によりますが(会社法361条1項・2項)、定款または株主総会の決議により監査等委員以外の取締役の個人別の報酬等の内容が定められていない場合は、「報酬等の決定方針」を決定する必要があります(同条7項2号)。また、指名委員会等設置会社や監査等委員会設置会社以外の会社でも、公開会社・大会社・有価証券報告書提出会社である監査役会設置会社(定款または株主総会の決議により取締役の個人別の報酬等の内容が定められていない場合)について「報酬等の決定方針」を決定する必要がある(会社法361条7項1号)というように会社の機関設計により規制が異なる場合があることに注意が必要です。評釈として、弥永真生「判批」ジュリスト1574号(2022年)2頁、内藤裕貴「判批」法学セミナー815号(2022年)122頁。第一審(宮崎地判令和3年11月10日文献番号2021WLJPCA11106002)の評釈に得津晶「判批」ジュリスト1576号(2022年)142頁。控訴審(福岡高宮崎支判令和4年7月6日文献番号2022WLJPCA07066001)の評釈に船津浩司「判批」ジュリスト1578号(2022年)2頁。得津・前掲(注3)145頁。松嶋隆弘「ケーススタディお家騒動:判例から学ぶ同族会社トラブル回避事例集(第19回)報酬額の決定に際しての『委員会』の判断の独立性の尊重-福岡高裁宮崎支判令和4年7月6日金判1657号36頁を素材として-」税理67巻1号(2024年)248頁。提供:税経システム研究所
続きを読む
-
2024/09/20 重要判例紹介
会社法人格の違法な利用と税務訴訟
Ⅰはじめに企業社会では、会社債務の履行をのがれるためや、違法な目的を達成するために、会社経営者が、新たな会社を設立し、これを悪用する場合があります。このような悪弊をただし、正義に適った解決をはかるための方策として、法人格否認の法理という判例法理があります。この法理は法人の存在を全面的に否定するのではなく、その法人の存在を認めつつ、当該事案に限って法人格を否認するものでして、わが国ではじめてこの法理を適用した最判昭和44年2月27日(民集23巻2号511頁、山世志商会事件)は、次のような事案でした(注1)。すなわち、原告Xは被告Y社(代表取締役はA)に、店舗兼住宅用の家屋を賃貸していたのですが、Xは「電気屋のA」に貸したつもりでいました。後日、X・A間で当該賃貸借契約に関して訴訟上の和解による合意解除が成立したので、XはAに家屋の明け渡しを求めました。ところがAは、和解当事者はA個人であるから、自分が個人として借りている部屋は明け渡すが、会社が借りていた部分は明け渡さないと主張しました。第1審・第2審ともに、この和解はA個人とY社とを区別するものではないとして、Aには、個人使用部分と会社使用部分双方の明渡義務があるとしました。そして本判決も法人格否認の法理を適用して、Yの上告を棄却しました。本件最判は、(1)社団法人においては、法人格が全く形骸にすぎない場合(法人格の形骸化事例)、または、法人格が法律の適用を回避するために濫用される場合(法人格の濫用事例)には、当該法人格を否認できる、(2)株式会社の実質が全く個人企業と認められる場合には、形式的には株式会社の行為と認められる行為であっても、これを背後にある実体たる個人の行為と認めて、その個人の責任を追及することもできるし、逆に、個人名義でなされた取引についても、これを会社の行為と認めることもできる、としています。その後、最判昭和47年3月9日(判時663号88頁)では、代表者に就任していない者が、会社の債権を譲渡し、この譲渡通知をした場合であっても、会社が実質的に個人企業と異ならない場合には、この債権譲渡は実質的な権利の帰属者がした行為として有効であるとしています。また、最判昭和48年10月26日(民集27巻9号1240頁)でも法人格否認の法理を適用し、新会社の設立が旧会社の債務の免脱を目的としている場合には、会社制度の濫用であって、会社は取引相手に新・旧の会社が別人格であることを主張できず、新会社は旧会社と並んで債務を負うとしています。そして今や、法人格否認の法理は下級審においても広く採用されてきています。そこで本稿においては、会社法の領域を離れて、はたしてこの法理は税務訴訟の場においても、どのような場合に適用されているのかを紹介したいと思います。Ⅱ法人格否認の法理の適用要件と根拠一般的に、法人格の濫用事例の要件としては、①会社の背後者(=株主)が会社を自己の意のままに「道具」として用いうる支配的地位にあって(支配要件)、②この支配者に「違法または不当な目的」があること(目的要件)と、いわれています。一方、法人格の形骸化事例とは、法人とは名ばかりで、会社が実質的に株主の個人事業である状態、または子会社が親会社の事業の一部門にすぎない状態をいい、①株主総会・取締役会の不開催、②業務の混同、③財産の混同、など法人形式を無視した諸徴表が積み重なって初めて、これに該当すると判断されています(注2)。わが国の実定法上、法人格否認の法理を根拠づける直接的な規定はないのですが、一般に、法人格否認の法理の実定法上の根拠としては、①権利の濫用禁止規定(民1条3項)の類推解釈に求める見解や、②会社の法人性の規定(会3条)の解釈に求める見解があります(注3)。Ⅲ税務における法人格否認のケース1神戸地判平成8年2月21日金判1485号50頁(近畿エキスプレス事件)(事案の概要)X社(原告・近畿エキスプレス株式会社)は、運送事業を目的としています。訴外A社(近畿運輸株式会社)は国税を滞納したまま、一般区域貨物自動車運送事業の免許を1,115万円でX社に譲渡しました。Y1(被告・所轄税務署長)は、A社の滞納国税の徴収のため、X社の訴外B社(日本通運株式会社)に対する債権を差し押さえ、これを取り立てました。X社は、本件差押処分は、X社の財産をA社の財産と誤認してなされた違法なものであるとして、Y1に対してはこの処分の取り消しを、Y2(被告・国)に対しては不当利得の返還を訴求しました。X社はその設立前にDビルの部屋を賃借りし、定款にここを本店所在地と記載しましたが、実際にはこの本店所在地を使用せず、A社が以前より賃借りしていた事務所を使用し続けていました。そして、A社が使用していた車庫も使用し、事務所等の設備・什器・部品や机の配置はA社当時と変わりませんでした。A社は、本件運送事業免許の譲渡に関し、株主総会の特別決議を経ておらず、X社とA社の代表取締役は同一人物であり、X社からA社への事業免許の譲渡代金は支払われていませんでした。X社は、X社とA社とは別法人であり、A社の債務免脱のために設立されたものではなく、かりに債務免脱のために設立されたとしても、法人格否認の法理は、私人間の債権債務関係において適用されるべきものであって、権力関係である租税法の法律関係には適用できないと主張しました。これに対しY側は、X社はA社の債務を免脱する目的で法人格を濫用して設立されたものであり、X社はA社を別法人と主張することはできないと抗弁しました。本判決は、以下の趣旨で、Y1に対する請求を却下し、Y2に対する請求を棄却しています。(判旨)本件差押処分はすでに消滅しているので、同処分の取消しを求める訴えの利益はない。A社とX社は実質的に同一であるから、X社の設立はA社の債務免脱を目的とするもので、法人格の濫用にあたる。このような場合、X社は、信義則上、相手方(=国)に対し、新旧両会社が別人格であることを主張できず、相手方は新旧両会社のいずれに対しても債務に関し責任を追及することができる。X社は、A社の国税支払債務につき、A社と並んで責任を負わなければならない。租税滞納処分については、租税債権の成立(租税の賦課)は権力関係であるとしても、いったん成立した租税債権の実現、すなわちその執行については、特別の規定がない限り、私債権と区別する理由はない。法人格否認の法理は、権利濫用法理や信義則、禁反言の原則等、一般条項に基づくものであり、租税法律主義にいう「法律」に内在するものといえるうえ、本件のような場合に課税できないとすると、かえって税の公平負担に反することになって妥当でない。(小括)国がA社の滞納国税を徴収するためになす差押えは、本来A社が所有する財産に対してなされなければなりません。そこで本件では、滞納処分として差し押さえられたB社に対する売掛債権は、A社に属するのかX社に属するのかが問題となります。この場合、事業を譲り受けた特殊関係者に対する第二次納税義務を規定する国税徴収法38条の適用の可否が問題となります。すなわち、A社の滞納債務に関し、X社が適法にA社の事業を譲り受けていたならばX社が第二次納税義務者となり、国は、X社の債権を差し押さえることができます。ところが、本件事業譲渡に関してはA社の株主総会の特別決議がなされていないため、国税徴収法38条を直接的に適用することはできません。本件の場合、他に適用すべき条文等、手段がないため、結果として、最後の手段として法人格否認の法理を適用してA社とX社を同視して、X社の売掛債権をA社に帰属すると認定して、この売掛債権からA社の滞納国税を徴収したことになります。なお、本判決の合理性に対しては、以下のような疑問が呈されています。すなわち、①租税法は刑罰法と並ぶ侵害規範であるから適用要件は明確でなければならず、信義則を納税者に不利な方向で適用すると、課税要件が曖昧になり、課税要件明確主義に反することになる、②他者の租税債務について責任を認める理論が一般化すれば、納税者にとっては予想外の税負担の危険が強いられることになるので、新会社設立による租税回避への対策は立法によって図られるべきである、③租税債権は本質的に金銭債権であるから、租税法律関係も私法上の債権債務関係と同視できるという点を強調しすぎると、租税法律主義が形骸化する。租税債権者と租税債務者とは対等でなく、租税債務者は延滞税や青色申告取消しなどの重いリスクを背負っているのであるから、私法の一般条項に依拠した本判決の論理には疑問が残る、というものです(注4)。2東京地判平成18年6月26日判時1960号16頁(事案の概要)X社(原告・控訴人)およびA滞納会社は、ブランド商品の小売業を営む会社であり、Bが両社の代表取締役です。両社の間では、A社が経営する店舗の賃借権を8400万円でX社に譲渡する契約書が作成されました。この契約書の作成日付の後、X社は3つの銀行に普通預金口座を開設し、売上金等を入金していました。Y(国・被告)は、滞納となっているA社の法人税等の租税債権を回収するため、X社名義の普通預金およびX社の契約会社となっているカード会社に対するX社の商品代金債権(クレジット売掛金)をA社の財産であると認定し、差し押さえて、その全額を滞納国税に充当しました。X社は、これらの財産はA社に帰属せず、X社に帰属するとして、東京国税局長に異議申立を行い、Yに国家賠償を求めて本訴を提起しました。本判決は、以下の趣旨でX社の請求を棄却しています。(判旨)本判決は、A社への財産帰属に関し事実認定をしないまま、直裁に法人格否認の法理を適用しています。すなわち、本件賃借権の譲渡に伴い、X社は、A社からその営業の重要部分を、その業務の同一性・継続性を維持したまま譲り受けたものであり、X社の会社支配体制・経営体制はA社と同一であると認定しました。そして、両社は、Bによる会社支配体制・経営体制のもと、A社の売上収益をX社に移転・帰属させることにより、国税免脱のために法人格を使い分けて法人格を濫用しているので、X社はYに対し、信義則上、A社と別異の法人格であると主張することはできない、というものです。(小括)本件控訴審の東京高判平成19年7月25日(平成18年(ネ)第3794号)も、本件財産はいずれもA社に帰属していたというべきであり、X社はA社と実質的に同一の法人であり、法人格を濫用していると認められるので、本件財産がX社に帰属すると主張することはできず、これはA社のものであるから、本件差押えに違法性はない旨を判示しています。3大阪地岸和田支判平成22年1月15日訴訟月報57巻1号256頁(事案の概要)X有限会社はパチンコ店やゲームセンターの運営・清掃・保守管理の請負業、一般労働者派遣事業を事業目的としています。ところで、納税者が納付すべき消費税額は、売上げにかかる消費税額から仕入れにかかる消費税額を控除して計算されるのですが(消費税の仕入税額控除)、従業員給与には消費税がかからないので、会社が納付すべき消費税額算定にあたっては、従業員給与から仕入税額控除をすることはできません。一方、外注費については仕入税額控除をすることが可能です。そこで、A社の代表取締役Bは、X社を設立し、これに人材派遣業事業全般を請け負わせるように仮装するとともに、A社の従業員をX社の従業員のように仮装し、X社からのA社への派遣社員とし、本来A社が彼等に支払うべき給与の額をX社に対する外注費であるように仮装しました。そしてA社の課税仕入れにかかる消費税額を過大に計上し、これを売上消費税額から控除して、この分を消費税額の支払いから不正に免れていました。Y(被告・国)は、A社が滞納していた国税を徴収するため、X社名義の普通預金をA社に帰属するものとして差し押さえて、これを取り立てました。これに対し、X社は、Yによる本件差押処分により普通預金残高に相当する損失を受けたとして、この額につき、Yに対して不当利得返還請求を提訴しました。本判決は、以下の趣旨で、Xの請求を棄却しています。(判旨)X社は、A社の代表者であるBの支配の下に、A社が本来支払うべき消費税の支払いを免れる目的で設立されたものと認められる。X社は、法人格否認の法理は、私人間の関係における取引の相手方を保護する法理であり、公法上の租税関係においてはその趣旨は妥当せず、国税徴収法の規定にも背馳し、滞納処分としての差押えについて法人格否認の法理が適用される余地はないと主張するが、この法理の適用を租税法律主義や国税徴収法の規定に反すると解すべき理由はない。法人格否認の法理は、権利濫用又は信義則に根拠をおくものであり、この法理により、滞納処分としての差押えを免れることを許容することは、公平な税負担の実現にもとる結果となるので妥当でない。X社の設立は、法人格の濫用に該当するので、X社は、国に対し、信義則上、X社とA社とが別異の法人格であることを主張できない。(小括)本件においても、原告は、法人格否認の法理は私法分野の法理であって、公法分野である租税法律関係には適用されないと主張しています。しかし、この点は、「滞納者の財産を差し押さえた国の地位は、あたかも、民事訴訟法上の強制執行における差押債権者の地位にあたる地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益の取扱を受ける理由となるものではない」(最判昭和31年4月24日民集10巻4号417頁)とする最高裁判例に従って、法人格否認の法理は公法分野である租税法律関係にも適用されるとしています。Ⅳむすび以上にみたように、税務において法人格否認の法理を適用するにあたっては、いくつかの問題点が提起されてきました。すなわち、(1)租税法律主義の下では、いかなる行為・事実からいかなる納税義務が発生するか、あらかじめ法文上明らかにされていなければならないはずであるが、この法理が適用されると、国民の経済生活における法的安定性・予測可能性が害されることにならないか、(2)この法理は、私人間の債権債務関係において適用されるべきもので、権力関係である租税法の法律関係においては適用できないのではないか、(3)この法理は、権利濫用法理や信義則等の一般条項に立脚するものであるが、この法理が納税者に不利な形で適用されると、延滞税や青色申告の取消し等、重いリスクを負担する納税者にとっては予想外の不利な結果が招来されるのではないか、等の疑問です。これに対し、判例は、公平な税負担を実現するためには、この法理を適用すべき場合があるとの基本姿勢で、これら(1)(2)(3)の疑問を排除しています。学説では、一般に、この法理が権利濫用法理や信義則等の一般条項に立脚すると解するならば、極力この法理の適用を控えて、まず既存の条文や解釈論で事案の解決を図るべきであり、これらがない場合に、最後の策としてこの理論を使うべきであるとされています。しかし、この点、冒頭に引用した最判昭和44年2月27日では、ストレートにこの法理が適用されていて、最後の策として適用するといった配慮はみられず、その後に続く諸判例もこの流れに沿っているように思われます。かりにこの法理に依拠せず既存の条文や理論で対応できる事案であったとして、裁判所の方が直裁にこの法理を適用して解決を図ったならば、それはそれで有効な解決となるわけでしょうから、より確実に妥当な結論に到達するために、既存の条文・解釈で対応するか、それともこの理論で対応するかは、今のところ裁判所の裁量に任されているように思われます。冒頭の最判昭和44年2月27日においては、A名義でなされた和解であっても、Xは、「敢えて商法504条を俟つまでもなく」、ただちに法人格否認の法理を適用して、この和解を会社の和解と認めうると判示しています。この点、法人格否認の法理の制限的な適用を説く通説によれば、本件は商法504条の解釈問題とすべきものでありますし、また、学説中には、当事者の確定問題として処理し、Aなる名称はY社をも意味すると解することで足りたのではないかとするものもあります(注5)。しかし本判決では、関係するかもしれない条文を検討するまでもなく、ストレートにこの法理を適用しているわけでして、この法理の扱いに関する学説と判例のスタンスには相当な隔たりがあるといえるでしょう。<注釈>石山卓磨『現代会社法講義(第3版)』53頁(2016年、成文堂)、森本滋『会社法判例百選(第2版)10頁』(2011年、有斐閣)、後藤元・同(第4版)10頁(2021年)。江頭憲治郎『株式会社法(第8版)』44頁以下(2021年、有斐閣)。江頭43頁。前掲(注2)脇谷英夫・LIBRAVol.9(2009・4)、43頁以下。森本滋・会社法判例百選〔第2版〕10頁、2011、有斐閣)提供:税経システム研究所
続きを読む
-
2024/09/06 論説
配置転換等おける企業側の配慮事項の拡大
1.配置転換等の目的と従業員等にもたらす影響本稿でいう配置転換等とは、企業内又はその企業グループ内ないし関連会社内において、企業又は企業グループの命令により、従業員等の職場環境や業務内容が大きく変わることをいいます(注1)。大企業は当然ですが、近時は中小企業においても分社等の方法により、他企業への配置転換等が行われることがあります。なお、他企業への配置転換は出向とも呼ばれます。また、一時的な配置転換は応援と呼ばれることもあります。配置転換等は、①業務量の変動や経営組織の新設改廃等による業務上必要な労働力の再配置の為、②教育や訓練を目的として経験を積ませる為、③過剰人員を再配置する雇用調整の為、④昇進を伴うものや適性がある部署への配置、社内定年者の給与等の抑制や空きポジションを作ることを目的とした人事の為、⑤懲戒的な理由によるもの、等を目的として行われてきました(注2)。圧倒的に使用者の力が強かった第二次世界大戦終戦時までの時代と違い、戦後の復興期には戦争引揚者(復員兵や大陸からの撤退者)等の就職先確保と労働者の権利及び地位の確保が国家及び社会的に重要な課題となり、1945年12月22日に公布された「労働組合法」が、1949年6月1日に全面改正された他、その後の社会状況に適応した度重なる行政指導・判例・立法・法改正により、年々労働者の状況が改善しつつあります。特に配置転換等は、従業員等の業務状況やその家族をも含めた生活状況等に重大な悪影響(通勤時間の増加・転居や二重生活に伴う住居費等の増加・家族の精神的経済的負担増等)をもたらすことも多い為、労働組合に加入する労働者の場合には、労働組合による労働条件・住宅保障等の条件設定への介入や配置転換計画への参加がみられることもあります。ただし、労働法では守られていない役員は、その実態が労働者である名ばかり役員であった場合にも労働組合の介入は原則としてありません(裁判所に訴えることはできます)。一方、企業も近時のSNS等の普及による企業情報の拡散力の増加も相俟って、企業イメージの低下につながること及び訴訟を回避する為に、対象者の人選を慎重に行う場面が増えているようです。なお、過剰人員の雇用調整ではまずアルバイトの解雇や派遣社員の派遣取止め等の非正規社員を整理するのが通例ですが(この状況も社会問題となっています)、更なる過剰人員の雇用調整の為の正社員の配置転換については、解雇の回避ないし倒産等の回避につながる為、労働組合も概ね協力的であったり、判例もやむを得ないと判断したりする傾向がありました。また、組織再編等による強制的な配置転換や、希望退社等とセットとなる再就職先の斡旋についても、やはり雇用確保の観点からはやむを得ないと判断される傾向がありました(後述のJR再雇用や日本IBM事件を参照)。2.参考になる配置転換等に関する先例(1)JR不採用問題日本国有鉄道(以下、「国鉄」とします)発足以前の1946年2月に結成された国鉄労働組合総連合会は、翌年6月に単一組織の国鉄労働組合(以下、「国労」とします)となり、国鉄の中の最大の組合となりましたが、設立当初からの思想的・政治的な活動による組合員の対立、公務員にもストライキ権を認めるよう求めるストライキ(スト権スト)の敢行、スト等に対する方針や思想等の違いによる労働組合の分裂(注3)、国鉄職員の勤務状態の悪さやそれに伴う遅延及び重大事故の発生による乗客の国鉄離れ、信用低下や運賃・料金値上げ等から私鉄やトラック輸送業界等に乗客・利用客が流れたことによる私鉄労組等との協調路線の終了や他の業界との競争等の様々な問題を抱えていきました。また、1949年6月に発足した国鉄自身も、国有鉄道としての採算を度外視した路線の拡大とその後の自動車等の普及や地域の過疎化による経営状態の悪化、政治介入による経営改革の機能不全や配置転換が思うように進まないこと等による職員の余剰部署と不足部署の調整不足、親方日の丸に安住していると揶揄されるような不合理な経営による巨額債務の存在等の問題を抱えていきました。こうした問題に対処すべく行われた1987年4月1日の国鉄分割民営化にあたっては、多くの旧国鉄職員が現在のJR各社等に再雇用されましたが、国鉄はそもそも戦後の国策により戦争引揚者を大量に雇用した結果として多くの余剰人員を抱えており、民営化にあたっては、約94,000人が余剰人員と算定されました。このうち希望退職に応じた人は、公務員・特殊法人職員・民間企業社員・他鉄道会社社員等の再就職が斡旋され、又は自身で次の就職先等を選択していきました。JRでは民営化後に労使協調路線を採る全日本鉄道労働組合総連合会(JR総連)が最大の組合となり、さらに日本鉄道労働組合連合会(JR連合)ができたことや、社会主義運動の過激化に対する嫌悪や社会主義国に対する失望からイデオロギー闘争が下火になったこと、再就職に不利と判断されたことから、国労は少数派に転落していましたが、全国鉄動力車労働組合(全動労)、国鉄千葉動力車労働組合(動労千葉・千葉動労)とともに、これらの組合は最後まで民営化反対の立場を採り続け、再就職を拒否する方針を採った組合員等の7,630人(注4)が再雇用されないまま、1987年4月1日に日本国有鉄道清算事業団(以下、「国鉄清算事業団」とします)の所属に移行することになりました。1986年12月4日に制定された「日本国有鉄道退職希望職員及び日本国有鉄道清算事業団職員の再就職の促進に関する特別措置法」(略称:再就職促進特別措置法)」(1990年4月1日までの時限立法)により、国鉄清算事業団に残った人達も多くが再就職しましたが、労使協調路線を採らなかった組合の組合員のうち、本州への配置転換に応じず北海道や四国においての地元就職にこだわり続けた人、懲戒処分歴により満足のいく再就職先が斡旋されなかった人達を中心に、1998年10月22日の国鉄清算事業団の解散後も1,047人が救済を求めて争議を続けました。その後、組合側も介入した仲裁行為や裁判でも判断が分かれたり、自民党政権下の政府が介入した政治的解決案も組合側に拒否されたりして解決が長引いていましたが、組合側が旧国鉄の権利義務の一部を承継した独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構に損害賠償を求めた2009年9月の東京高裁の判決結果(判例集未搭載)や、これを受けた2010年4月の政治解決案(当時の与党である自由民主党・日本社会党・新党さきがけに公明党を加えた4党による「国鉄改革の1,047名問題の政治解決に向けて」)を、当事者と支援者の4者4団体(注5)が受け入れたことにより、最終的に2010年6月28日に最高裁で和解が成立しています。具体的には、高裁が支払いを命じた判決金(遅延損害金を含め約1,189万円)と訴訟費用等374万円の和解金(総額約142億円)に、4者・4団体に支払う団体加算金(58億円)を加えた内容で、対象は910世帯で、係争中の原告(遺族を含む)1人当たり約2,200万円(総額約200億円)が支払われる一方、組合側は係争中の全ての訴訟を取り下げる、今後、この問題に対する訴訟を行わない等が和解内容となりました。なお、原告中7名は和解に加わりませんでした(注6)この労働争議は、民営化を伴う特殊なもの、かつあまりに長期に渡ったこと、組合員を差別する不当労働行為かどうかが争点となり、時代による民衆感情や、組合側と政権の関係等の政治的な影響を大きく受けたものであること等から、配置転換の是非の問題としてはあまり注目されませんでした。なお、後のJRにおける配置転換に対する争議としては、JR東日本に対し、動労千葉が、①その支部役員5名を定年退職者の補充として組合員車両センター本区から派出所に配転したこと、②運転手である組合員2名を輸送業務に配転したこと、を不当労働行為として訴えた件がありますが、千葉県労働委員会平成24年3月26日命令・中央委員会平成26年2月19日命令(注7)とも、業務上の必要性に基づき、不合理とはいえない人選基準に沿って行われたものと認められ、不当労働行為にはあたらないとしています。(2)会社分割を伴う場合➀日本IBM事件2002年12月、InternationalBusinessMachinesCorporation(米IBM)は、同グループの戦略の世界的見直しの一環として、傘下(米IBMの100%子会社である日本法人の有限会社アイ・ビー・エム・エイピー・ホールディングスの100%子会社)のY(日本アイ・ビー・エム(株)、被告、被控訴人、被上告人)の当時不採算部門であったHDD(ハードディスク)部門を、会社法施行前商法下の会社分割法制に基づき新設分割しました。この新設分割設立会社を買収した(株)日立製作所は、同様に同社のHDD部門をこの会社に吸収分割し、最終的に成立した吸収分割承継会社A(ストレージテクノロジー(株)、翌年から(株)日立グローバルストレージテクノロジーズ)に、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」に基づく労働者として承継されたYのHDD部門の社員Xら(原告、控訴人、上告人)が、この会社分割は同法に違反する労働契約承継であり無効であるとして、Y社社員としての地位確認と損害賠償を求めた本件(横浜地判2007(平成19)・5・29、東京高判2008(平成20)・6・26、最判2010(平成22)・7・12民集64巻5号1333頁)では、裁判所は会社分割の無効の訴えを提起できず同法3条に基づく労働契約の承継に係る分割会社の決定に異議を申し出ることができない立場の労働者も、2000(平成12)年商法改正附則5条に定められた協議が全く行われなかった場合又は分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分である場合には、労働契約の承継を争うことができるとして原告適格を認めながらも、本件では協議が不十分であるとはいえないとして、労働者側の請求を一貫して棄却しています。このケースでの雇用継続は、収入減につながることとして当事者等の否定的な意見に対し、解雇回避につながるとして、労働組合や裁判所も労働承継に肯定的な判断をする場面が多くみられました(注8)。この事例は、複雑なスキーム、かつ後に続くIBMの様々なリストラの先駆け事例として注目されたもので、IBMグループはこれ以降、ハード面からの撤退を続け、現在のようなIT向けのコンサルティング・システムの導入・運用等を主な業務とする会社となっています。➁エイボン・プロダクツ事件Y(エイボン・プロダクツ(株)、被告)が、2012年7月に会社法上の新設分割の方法によって自社工場を分社化した際に、YからA(新設分割設立会社)において労働契約を承継すると伝えられたYの元社員X(原告)が、2014年1月にAが解散し、それに伴い解雇された後に、Yが労働者と十分に協議を行っておらず転籍は無効であるとし、地位確認と賃金及び賞与の支払いを求めて提訴した本件(東京地判平成29年3月28日労働判例1164号71頁)では、Xは、Yから本件会社分割の目的や、それによる労働条件の変更が特段ない旨を大まかに説明されてはいたものの、Yの工場長との個別の話合いにおいては、リストラを示唆されるなかで、労働組合を脱退することと引替えに労働契約の承継の選択を迫られたにすぎず、その話合いは労働契約承継に関する希望の聴取とは程遠いとして、Xの請求を認容しています。また、同判決では、商法等の一部を改正する法律(平成17年法律87号改正後)附則5条1項に基づく労働契約の承継に関する協議(5条協議)を尽くしたかは、分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針(当時は、平成24年厚生労働省告示518号改正前平成12年12月27日労働省告示127号)に沿っているか否かも十分に考慮されるべきとしています。➂不当労働行為に当たるケース労働組合及び労働組合員の排除の為の不当労働行為となる会社分割は、中小企業でも行われた事例があります(長崎地判平成27・6・16労働判例1121号20頁)(注9)。また、こうした行為の指南を行った専門家も責任を負わされる場合があります(大阪高判平成27・12・11労働判例1135号29頁)(注10)。3.職種限定社員の同意なき配置転換は違法(1)2024年4月1日施行の労働条件の明示事項の追加労働条件の明示義務とは、労働契約の締結(有期雇用契約の更新・定年後再雇用・在籍出向の場合も含みます)に際し、使用者が労働者に対し、労働条件を明示しなければならない義務のことをいいます(労働基準法15条1項前段)。労働条件の明示事項は、労働基準法施行規則5条各号(以下の番号は条文の号数です)が定める、①労働契約の期間に関する事項、①-②有期労働契約については更新する場合の基準に関する事項(通算契約期間又は更新回数に上限の定めがある場合はその上限)、①-③就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含みます)、②始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項、③賃金(退職手当及び5号に規定する賃金は除きます)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項、④退職に関する事項(解雇の事由を含みます)、④-②退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払時期に関する事項、⑤臨時に支払われる賃金(退職手当は除きます)、賞与及び8条各号に掲げる賃金並びに最低賃金に関する事項、⑥労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項、⑦安全及び衛生に関する事項、⑧職業訓練に関する事項、⑨災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項、⑩表彰及び制裁に関する事項、⑪休職に関する事項、です。このうち、④-②から⑪までは、使用者がこれに該当する定めをしない場合には必要ありませんが、①から⑤(昇給に関する事項は除きます)に関する事項については、口頭ではなく、書面・電磁的方法(労働者が認める場合)・ファックス・就業規則等のコピーの送付等の記録が残る方法で明示しなければなりません(注11)。(2)最判令和6・4・26(職種限定の労働者に対する同意なき配置転換を違法とする判決)(注12)滋賀県立長寿社会福祉センターの一部である滋賀県福祉用具センターは、福祉用具の展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務を行っており、開設から2003(平成15)年3月までは財団法人滋賀県レイカディア振興財団が、同年4月以降はY(社団法人滋賀県社会福祉協議会、被告・被控訴人・被上告人)が指定管理者等として上記業務を行っていました。X(原告・控訴人・上告人)は、2001(平成13)年から福祉用具センターに勤務し、約18年間技師として福祉用具を扱う技術職についていましたが、YはXの同意を得ることなく、2019(平成31)年4月1日付けでの総務課施設管理担当への配置転換を命じました。施設では福祉業務の改造業務の受注が減り、業務を廃止する方針だった一方、異動先として示した総務課は退職による欠員が生じていました。これに対し、Xは労働契約で職種を限定している以上、本人の同意なく職種を変えることは許されないと訴えたものの受け入れられず、退職し、本件訴え(債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求)を提起しました。配転命令の有効性については、東亜ペイント事件(最判昭和61・7・14労働判例477号6頁)において、労働協約・就業規則に会社が業務上の都合により転勤を命じることができる旨の規定があり、労働契約上勤務地を限定する旨の合意はなかったという事情の下においては、会社は個別の同意なしに転勤を命じる権限を有するとした判決がありますが、これが今回のような職種限定の労働者の場合にも当てはまるかが、本件の争点になりました。かつての東京海上日動火災保険事件(東京地判平成19・3・26労働判例941号33頁)では、職種限定の労働者の場合には原則として労働者の同意がない限り、他職種への配転はできないとしつつも、当該職種を廃止せざるを得ない場合等には職種限定の労働者をやむなく他職種に配転する必要がある場合として、このような場合まで労働者の個別の同意がない以上、使用者が他職種への配転ができないとすることは、あまりにも非現実的であると判示しました。本件1審(京都地判令和4・4・27)は、本件について書面による職種限定の合意はないものの、技術者募集の経緯及びその後の長年にわたる勤務の状況から黙示の職種限定合意を認めましたが、前述のような判例の流れから配転命令にはXの解雇を回避する目的があったとし、総務課への異動には合理的判断があったと判示しました。本件2審(大阪高判令和4・11・24)も同様の判断をして本件配置転換を合法としました。これに対し、最判令和6・4・26は、労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解し、XとYとの間には、Xの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、Yは、Xに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものとして、原審判決を破棄し、賠償責任の有無等を検討する為に高裁に審理を差し戻しています。最判は、2024年4月1日施行の労働条件の明示事項の追加を踏まえた判決であるともいえますが、本件では1審から一貫して、明示の職種限定の合意がなかったケースにおいて、募集の経緯及びその後の長年にわたる勤務の状況から黙示の職種限定合意があったと認めています。改正法の施行前・施行後に拘わらず、労働条件の明示を行わなかった為に、職種限定の合意が明文として残されていない状況でも、その態様から職種限定社員とされる余地があることがわかります。これは、他の勤務地限定・労働時間限定社員にもいえることです。4.まとめ限定正社員とは、勤務地、職務、労働時間のいずれかを限定した正社員のことです(労働基準法施行規則5条①-③号及び②号)。新型コロナ禍を経てリモートワークや時間限定勤務が普及しつつあり、正社員と非正規雇用の労働者との働き方の二極化を緩和する制度として(注13)、また、出産・育児・介護等を担う労働者もワークライフバランスが取りやすく、専門分野のプロフェッショナル育成に適しており、昇進差別解消や非正規社員の無期転換ルールの受け皿とすることもできる制度として注目を浴びています。使用者は、配置転換等を就業規則等に定めることで、こうした限定をある程度は避けることもできますが、限定がない場合でも、無制限で配転転換等を命じて良いということではなく、業務上の必要性が存しない場合、他の不当な動機・目的をもってなされたものである場合、もしくは労働者に対し通常甘受すべく程度を著しく超える場合等は、その配置転換命令は権利の濫用になります(注14)。生活に対する悪影響がある転勤を伴う配置転換も労働者としては当然のこととして受け止めなければならないとしていた判例が多かった昭和の時代(注15)にも、両親等の扶養が代替不可能で、遠隔地への転勤によりそれが果たせなくなるような転勤命令を権利の濫用とした判例(注16)があります。その後、1991(平成3)年に「育児休業等に関する法律」(略称:育児休業法)が制定され、1995(平成7)年に現在の「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(略称:育児介護休業法)に改称されるとともに、その範囲を子の養育及び家族介護に拡大し、2004(平成16)年には、子の介護休暇にも範囲を拡大し、さらに2009(平成21)年からは、単に休業ではなく、労働時間の配慮をも選択肢に加えることで、出産・育児・介護等を担う労働者に対するワークライフバランスを重視する雇用が広く社会的要請として認知され、かつ企業の責務になりました。当然、障害者に対する配慮も欠かせません。1960(昭和35)年に制定された「身体障碍者雇用促進法」は、1987(昭和62)年に「障害者の雇用の促進等に関する法律」となり、知的障害者にも範囲を拡大し、その後の改正により、現在では身体障害・知的障害・精神障害(発達障害を含みます)、その他心身の機能の障害がある為、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な人にも対象を拡大しています。近時では、吸収分割会社において排便障害等により勤務配慮を受けていたバス運転手が、吸収分割承継会社において、労働契約の解除か勤務配慮がない新たな労働契約の選択を求められたことに対し、裁判所(神戸地尼崎支部判平成26・4・22労働判例1096号)は、こうした契約更新を公序良俗に反する無効のものと解し、従前の労働契約がそのまま吸収分割承継会社に承継されるとしています。若年での障害者だけでなく、平均寿命の伸長に伴う定年年齢の引き上げや再雇用の促進に伴って、老齢による障害を抱える労働者も増えていくことが予想されますから、企業における障害者に対する勤務配慮の要請もますます高まっていくことが想定されます。欧米では、適正配置の考え方や配置転換に伴う業務停滞等を考慮して、日本的な様々な経験を積ませる等の頻繁な配置転換はあまり行われていません。配置転換は必ずしも国際的な慣行ではないので、限定社員への配慮とともに、非限定社員の配置転換の必要性の検討・人選についても、企業は今後ますます慎重に行うべきでしょう(注17)。<注釈>「配置転換と人事異動の違いとは」(2021.8.27解決社労士柳田事務所)https://www.tama5cci.or.jp/hp/yanagida/?p=5823コトバンク「配置転換」のうち改訂新版世界百貨辞典(中村圭介)を参照。https://kotobank.jp/search?q=%E9%85%8D%E7%BD%AE%E8%BB%A2%E6%8F%9B&t=allパワハラ・セクハラ・任務懈怠等の加害者を懲戒として配置転換する場合が考えられますが、慎重な対応が必要です。配置転換を拒んだ人(大阪高判平成25・4・25労働判例1076号19頁(新和産業事件))や被害者の方が業務環境を悪くする配置転換、加害行為に十分な証拠のない場合や、加害者を辞職に追い込む為の嫌がらせを伴う場合等の他、本来、法的に懲戒対象としてはいけない内部告発者(東京高判平成23・8・31労働判例1035号42頁(オリンパス事件))や、疾病・出産・子育て・介護などの法的に保護されている対象者に、相当期間以上に業務環境が悪くなる配置転換を強いる場合は、人権侵害かつ違法状態となり、当然、訴訟で敗訴する場合があります。国鉄には、国鉄労働組合(国労)の他にも、日本国有鉄道機関車労働組合(機労)→国鉄動力車労働組合(動労)、国鉄職能別労組連合会(国鉄職能労連)・国鉄地方労組総連合会(国鉄地方総連)→新国鉄労働組合連合(新国労)→鉄道労働組合(鉄労)、全国鉄道施設労働組合連合会(全施労)、全国鉄動力車労働組合(全動労)、国鉄千葉動力車労働組合(動労千葉・千葉動労)、日本鉄道産業労働組合連合会(鉄産労)等の様々な労働組合が誕生し、変遷していきました。国鉄労働組合(国労)・動労千葉・鉄産労傘下の日本貨物鉄道産業労働組合等はJR移行後もJRの労組として存在していますが、労組の多くはJRには引き継がれる際に解散、又は改称して存続しています(日本鉄道産業労働組合は現在のJR連合となった他、傘下の組織も日本貨物鉄道産業労働組合以外はJR東海ユニオン等に改称しています)。国鉄分割の詳しい状況については、牧久「昭和解体国鉄分割・民営化30年目の真実」(2017年・講談社)を参照。昭和62年度運輸白書(国土交通省)https://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/shouwa62/0002.html4者:国労闘争団全国連絡会議、鉄道建設公団訴訟原告団、鉄道・運輸機構訴訟原告団、全動労争議団鉄道・運輸機構訴訟原告団、4団体:国鉄労働組合、全日本建設交運一般労働組合、国鉄闘争支援中央共闘会議、国鉄闘争に勝利する共闘会議。2009年9月の高裁判決は判例集未搭載ですが、最高裁での和解記事でその判決内容の一部がわかります。「JR不採用訴訟、和解が成立解決金1世帯2200万円」2010.6.28日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG2800B_Y0A620C1CR0000/労働判例1046号94頁、労働判例1088号93頁。2005年には、(株)日立グローバルストレージテクノロジーズから日本IBMの出資が抜け、2008年内には営業黒字が復活したものの、2011年に同社はWesternDigitalIreland,Ltd.(米ウエスタンデジタル)に売却され、ウエスタンデジタル傘下(完全子会社)となり(株)HGSTジャパンの商号を経た後、2022年10月1日からはウエスタンデジタル合同会社となっています。Y社が、労働組合の組合員である従業員Xら(原告)を解雇し、Yの資産・他の従業員・取引先をA社(新設分割設立会社)に承継させた事案において、裁判所は、AはYの支配下にあって独立の経営実態が存在しないとしてAの法人格を否認し、Yに対するXらの地位確認請求及び未払賃金請求並びに解雇が違法だとして損害賠償請求の一部を認容しています。生コンクリートを製造販売するY1社が、経営合理化に反対する労働組合の組合員たる従業員Xら(原告・控訴人)が従事する輸送部門をY1社に残し、製造部門をA社(新設分割設立会社)に承継させ、後にY1を閉鎖したことが不当労働行為であると認定された事例(大阪地判平成27・3・31労働判例1135号29頁)の控訴審である大阪高判平成27・12・11労働判例1135号29頁では、取引先倒産につきA社の事業所も閉鎖に至った為、その時点までの未払賃金の請求、及び1審判決で認めたY1社代表取締役Y2に対する慰謝料請求の認容を維持し、かつ1審判決では却下されたこの件に積極的に関わった司法書士Y3に対する損害賠償請求を認めています。一方、この訴訟では、代表取締役夫妻が求めた、労働組合の街宣活動等が労働組合としての正当化された範囲を逸脱しており、代表取締役Y1及び妻が自立神経症などの障害を負ったことに対する労働組合に対する慰謝料請求も認められています。使用者が労働時要件を明示しない場合や、法律上義務付けられた方法で明示しない場合には、30万円以下の罰金に処されます(労働基準法120条1号)。最高裁判所HP裁判例検索https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=92928非正規社員の増加とともに、選択理由として好きな時間に働きたいからという理由をあげる人が毎年増加しています。労働政策研究・研修機構(JILPT)「最近の統計調査結果から2024年」2024年2月https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/saikin/2024/documents/202402.pdf前掲東亜ペイント事件(最判昭和61・7・14労働判例477号6頁)及び東京海上日動火災保険事件(東京地判平成19・3・26労働判例941号33頁)の判示事項。福岡地小倉市決昭和50・7・1労働判例234号46頁、横浜地決昭和50・7・1労働判例233号52頁、東京地判昭和50・10・29労働判例238号30頁、等多数。なお、平成に入ってユニコーンの「大迷惑」という、結婚してマイホームを手にいれた途端に、上司から3年2ヶ月の単身赴任を伝えられ、結婚とローンにより会社を辞めることができない主人公の気持ちが伝わる曲が大ヒットしました(1989.4.29リリース)。https://utaten.com/lyric/ja00006134/山口地判昭和51・2・9労働判例252号62頁、前橋地判昭和52・11・24労働判例293号69頁、等。沢路毅彦「最高裁、一方的配転に歯止め働き方多様化、雇用慣行の見直し加速か」(2024.7.29朝日新聞クロスサーチ)参照。https://www.asahi.com/articles/DA3S15996075.html提供:税経システム研究所
続きを読む
-
2024/08/30 topics
政治とカネの問題の現在地 ! ~ 令和6年政治資金規制法改正を巡る諸問題~
1はじめに2024年6月19日に政治資金規制法(以下、本稿において「規制法」と略します)の一部を改正する法律が国会において成立しました(令和6年法律第64号。なお、この改正法の施行日は、一部の規定を除き、原則として2026年1月1日とされています)。政治資金とは政治活動を目的とした資金のことをさしますが、今回の改正は、自民党の派閥においてこの政治資金の不透明な取扱いがなされていたことを受けて行われたものです。政治資金の取扱いについてはこれまでもたびたび問題が起こっており、下記に見るよう、これまでもそれらの問題に対応するための規制法の改正が行われてきています。しかし、近時においても政治資金に関する問題は後を絶ちませんし、今回の改正も十分な内容ではないのではないかと見る向きもあります。他方で、今回の改正に関する報道等を見ていますと、そもそもの規制法の内容や改正事項についてはあまり具体的に触れられておらず、規制法の内容や運用のどのあたりに問題があるのかといったことについては、多くの方々にとってあまり知られていないように思われます。そこで、本稿では、規制法の歴史と規制内容の概要、そして今回の改正点をやや具体的に概観し、今回の改正事項に本当に問題点はあるのか、あるとすればどのあたりが課題となるのかといったことについて、若干の分析を行いたいと思います。2政治資金規制法の歴史規制法は、もともと戦後の民主化の中で政治事情が混迷を続け、政治的腐敗行為が続出したことを契機として、政治資金による政治腐敗の防止を図るべく、1948年に議員立法の形で成立した法律です(注1)。その後、規制法はしばらくの間大きな改正等は行われてきませんでしたが、1960年代に起こった一連の政治スキャンダルである「黒い霧事件」などへの反省から改正が行われ、政治資金を量的・質的に規制していく規制法としての性格を強めました。また、「ロッキード事件」や「リクルート事件」といった政治資金にまつわる疑惑・問題がたびたび発生したことを受け、とくに企業献金に関連する規制の強化が図られました。2007年には、閣僚らの不明瞭な事務所費の問題をはじめとする政治資金の使途に関する疑惑を契機として規制法は改正され、国会議員関係政治団体(衆議院議員または参議院議員に係る公職の候補者が代表者である政治団体その他規制法19条の7に定める政治団体)について登録政治資金監査人(政治資金適正化委員会が行う政治資金監査に関する研修を修了した税理士または公認会計士がこの監査人になることができます。規制法19条の13参照)による政治資金監査が義務づけられ、収支報告における明細の記載基準額の引き下げ等が行われたほか、少額領収書等の写しの開示制度が創設され、収支報告に関する適正性の確保や透明性の向上が図られるなどしてきました(注2)。3現行政治資金規制法の概要規正法は、政党、政治資金団体など(規制法3条1項、5条等参照)および公職の候補者(同条4項)が行う政治活動が国民の不断の監視と批判の下に行われるようにする、総じていえば、政治活動の公正性と透明性を確保・維持することを目的とした法律です。具体的には、政治資金について以下の2つの観点から規制を行っています。(1)政治資金の収支の公開規制法は、政治団体に設立の届出等を義務づけ、1年間の政治団体の収入、支出および資産等を記載した収支報告書の提出を政治団体に義務づけるとともに、これを公開することによって政治資金の収支の状況を明らかにしています。(2)政治資金の授受に対する規正等規制法は、政治活動に関する寄附(政治団体に対してなされる寄附または公職の候補者の政治活動に関してなされる寄附をいいます)等について、対象者による制限や、量的、質的制限などを行っています。たとえば、規制法は、政治団体を除く会社・労働組合等の団体等による政党・政党の支部および政治資金団体以外の者への政治活動に関する寄附を禁止し(規制法21条)、政党および政治資金団体に対してされる政治活動に関する寄附の年間限度額を設定し(同21条の3)、国から補助金、負担金、利子補給金その他の給付金の交付決定を受けた会社その他の法人による寄附を禁止する(同22条の3)などしています。(東京都選挙管理委員会『政治団体の手引き』5頁)42024年改正政治資金規制法の概要今回の規制法の改正の主なポイントは以下の通りです(以下に挙げている条文は改正後のものです)。(1)政策活動費関連今回の改正により、政党に所属している衆議院議員または参議院議員にかかる公職の候補者について、当該政党からの支出(1件当たりの金額(数回にわたってされたときは、その合計金額)が50万円を超えるものに限り、人件費、光熱水費その他の総務省令で定める経費の支出を除く)で金銭によるものを受けたときは、当該政党からの支出にかかる金銭に相当する金銭を充てて政治活動のためにした支出について、当該支出の項目別の金額を当該政党の会計責任者に通知しなければならないとされました(規制法13条の2)。政党はこうした議員からの政治資金の支出に関する報告を受けたときは、その内容を政党の収支報告書に記載するとともに、総務省に提出することになります。この改正点は、議員に対して派閥(政党)からいわゆるキックバックが行われていたことへの対応と思われますが、今回の改正では、さらに政策活動費について、今後年間支出上限額を定めるとともに、10年後には領収書を公開することについても検討していくことが附則に明記されています(規制法改正付則14条)。なお、参考までに現在における支出の明細に関する収支報告書への記載と領収書等の写し等の添付基準は以下の通りとなっています(注3)。(東京都選挙管理委員会『政治団体の手引き』8頁)(2)政治資金パーティー関連規制法は、これまでも政治団体の会計責任者に対し、いわゆる政治資金パーティーに関して、すべての収入についてその総額を収支報告書に記載しなければならないと定め、一定の収入の内訳に関しては、それを個別に記載することを求めてきていました(規制法12条1項1号)。そうした個別の記載項目の中でも、特定パーティー(政治資金パーティーのうち、当該政治資金パーティーの対価にかかる収入の金額が1000万円以上であるもの)または特定パーティーになると見込まれる政治資金パーティーの対価にかかる収入があった場合については、パーティーごとに、その名称、開催年月日、開催場所および対価にかかる収入の金額ならびに対価の支払をした者の数について、収支報告書に記載しなければならないとされています(同号ヘ)。そのうえで、政治資金パーティーの対価に係る収入のうち、同一の者からの政治資金パーティーの対価の支払いで、その金額の合計額が20万円を超えるものについては、その年における対価の支払について、対価の支払をした者の氏名、住所および職業ならびに当該対価の支払に係る収入の金額および年月日を記載しなければならないとしてきました(同号ト。また、20万円以上のパーティーの対価の支払いを斡旋した者の氏名等も同様に記載しなければならないとされています。同号チ)。今回の改正により、パーティー券の購入者名の公開基準額が上記の「20万円超」から「5万円超」に引き下げられることになりました(改正後の規制法12条1項1号ト・チ)。加えて、政治資金パーティーの対価の支払いについては、やむを得ない場合を除き、振込が強制されることになりました(同法22条の8の2)。また、今後、外国人によるパーティー券の購入について規制することを検討していくこととされました(規制法改正附則16条)。(3)国会議員関係政治団体の代表者による確認書の交付現行の規制法の下でも、国会議員関係政治団体の代表者(通常は議員本人)は、会計責任者の職務が規制法の規定に従って行われるよう、会計責任者を監督しなければならないとされています(規制法19条の12の2)。とはいえ、どの程度の注意をもってこうした監督を行わなければならないかは不明確ですし、仮に監督を怠っていたとしても、そのことよる罰則の適用はない状況でした。今回の改正により、国会議員関係政治団体の代表者は、随時または定期に、会計帳簿等の保存、および会計帳簿に党外国会議員関係政治団体にかかる収入および支出の状況が記載されていることなどの確認をしなければならないとされ(規制法19条の12の3)、また、国会議員関係政治団体の代表者は収支報告書が規制法に従って作成されていることについての「確認書」を会計責任者に交付しなければならないとされました(同19条の14の2等)。そのうえで、収支報告書等に不記載や虚偽記入があった際、確認書を交付していないか、確認をしないで交付していた場合に国会議員関係政治団体の代表者に対して50万円以下の罰金を科し(規制法25条3項)、同罰金の裁判が確定した日から5年間(刑の執行猶予の言渡しを受けた場合は、その裁判が確定した日から刑の執行を受けることがなくなるまでの間)、公職選挙法に規定する選挙権および被選挙権を有しないものとされました(規制法28条1項)。(4)政治団体間の資金移動今回の改正により、国会議員関係政治団体から年間1千万円以上の寄付を受けた政治団体(政党と政治資金団体を除く)は、その年と翌年、国会議員関係政治団体とみなされ、同団体に関する罰則を含む規定を適用することとされました(規制法16条の16の3)。(5)政党交付金の交付停止等の制度の創設今回の改正では、政党交付金の交付の決定を受けている政党に所属する衆議院議員または参議院議員が政治資金または選挙に関する犯罪に係る事件に関して起訴された場合、政党に対して交付すべき政党交付金のうちその起訴された衆議院議員または参議院議員にかかる議員数割の額に相当する額の政党交付金の交付を停止し、衆議院議員または参議院議員が当該事件に関し刑に処せられたときは、当該額の政党交付金の交付をしないこととする制度を創設するため、必要な措置を講じていくことが附則に明記されました(規制法改正附則13条)。(6)第三者機関の設置今回の改正では、将来的に政策活動費の支出を監査する独立機関を設置することが附則に明記されました。ただし、そうした機関が行う監査の在り方や具体的内容は今後検討に委ねることとされています(規制法改正附則15条)。5政治資金規制法の問題点現行の規制法および今回の改正については、やはりいくつかの問題がいまだ残るように思います。たとえば、パーティー券購入者の公開基準額の5万円への引き下げについては、そうした額への引き下げをもってしても、公開しないで済む場合が依然として残る以上は政治資金の透明性の確保という点ではあまり実効性がないように思います。また、現行の規正法では報告書に不記載や虚偽記入があった場合、記載義務を負う会計責任者に対しては罰則が適用されますが(規制法25条)、議員本人を立件するには会計責任者への具体的な指示や明確な報告・了承といった共謀を検察側が立証する必要があり、立件へのハードルは高い状況にあります。今回の一連の政治資金パーティー対価のキックバック問題においても、立件を逃れた安倍派幹部の議員たちは、衆参の政治倫理審査会で追及を受けた際、「秘書がやったことで自分は知らなかった」と繰り返し述べていました。そこで、今回の改正では上述の「(3)国会議員関係政治団体の代表者による確認書の交付」に関する制度が創設されることになったわけですが、この制度では確認のプログラムやレベルは問題にされていません。そのため、確認書を交付しなかったか、確認をしないで交付していた場合は議員本人も罰則規定の対象となり得えますが、確認書を交付してさえいれば、「確認はしたものの、不記載や虚偽記入を見抜けなかった」と議員本人が言えば、今後も当該議員を立件するのは難しい状況が続いていくように思います。この点、今回の改正において、自民党内でも公職選挙法にある「連座制」(秘書、親族などの候補者や立候補予定者と一定の関係にあるが、公職選挙法上の罪を犯し、刑に処せられた場合、たとえ候補者や立候補予定者がそうした行為に関わっていなかった場合であっても、候補者や立候補予定者本人について、当該選挙の当選を無効にするとともに立候補制限という制裁を科す制度。公職選挙法251条の2以下参照)のような連帯責任に似た制度とする必要があったとの声もあがっていたようですが、今回の改正では見送られました。また、そもそも、上記の「(5)政党交付金の交付停止等の制度の創設」や「(6)第三者機関の設置」については、改正附則で今後検討などを行っていくことが明記されたにすぎず、現時点で具体的な制度の内容は明らかになっていません。この点、とくに後者の第三者機関の設置に関して、諸外国をみてみますと、たとえば、アメリカでは連邦選挙委員会(FederalElectionCommission)、イギリスでは選挙委員会(TheElectoralCommission)といった独立性を相当意識した選挙プロセスや政治資金の動きを監視するといった役割を果たしている機関が設けられています。言うまでもありませんが、政治資金についてその透明性を確保するということは、民主的な政治プロセスを実践していくうえで非常に重要なファクターであり、民主主義を支える重要な柱であることは間違いありません。上述したように、今回の規制法の改正を通じても、いまだ課題は残っているといえますが、できる限り早期にそうした課題を克服するためのより実効的な改革が行われることが望まれます。もとより、政治団体に対して寄附を行う企業や個人の側においても、それを行うことについて株主や従業員といった自身の関係者(ステークホルダー)にきちんと正当性を説明できるか、また、法的なリスクはもちろんのこと、レピュテーション(評判)に関するリスクはないか、といった観点から、寄附のあり方について改めて検討する時期が来ているといえるでしょう(注4)。<注釈>東京都選挙管理委員会『政治団体の手引き』5頁(2023年)。なお、この手引きは東京都選挙管理委員会事務局のHP(https://www.senkyo.metro.tokyo.lg.jp/organization/tebiki/)で入手可能です。東京都選挙管理委員会・前掲注(1)5頁。東京都選挙管理委員会・前掲注(1)8頁近時では、企業が政治献金を行うことに関して、取締役の善管注意義務の内容、会社や株主の利益の考慮といった観点から、漫然とそれを行うことについて、否定的な見解も有力に唱えられるようになってきています。日本経済新聞2024年4月1日朝刊21頁参照。提供:税経システム研究所
続きを読む
451 件の結果のうち、 1 から 10 までを表示