実務情報
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2026/08/31 経営レポート
企業探検家 野長瀬先生の経営お悩み相談室(第26回)
毎回いろいろな企業経営者のお悩みをテーマとし、その悩みを解決する糸口を企業探検家・野長瀬裕二先生がアドバイス形式で解説していきます。筆者が見てきた様々な企業の成功例や工夫の事例、そこから見えてくる普遍的なノウハウを紹介し、各回のテーマの悩みに寄り添う情報をお伝えします。<相談内容>首都圏で住宅リフォーム業を創業して20年、従業員規模18名の中小企業です。大手住宅メーカーのリフォーム部門の協力企業としてスタートしました。現在は大手住宅メーカー向けの協力企業事業、近隣のマンション・戸建住宅を中心とするリフォーム受注の自主事業の二本柱を半々で展開中です。協力企業事業の売上はこのところ微増ですが、単価的に厳しいので薄利となっています。自主事業の方は、中古マンションのリノベーションの需要が増えていて、地場の不動産業者と連携して順調に受注しています。新規事業として、戸建住宅向けに、リモートワークや趣味のための防音室事業をはじめたのですが、まだ実績が不足しています。どのように今後この事業を進めたらよいでしょうか。■住宅ストックの状況国土交通省の建築物リフォーム・リニューアル調査報告(令和7年度第4四半期受注分、令和7年度計)を見ると、住宅・非住宅のリフォーム等の工事受注高の推移は、図1に示される通りです。図1建築物リフォーム・リニューアル調査報告(国土交通省)令和7年度計の住宅に係るリフォーム工事の受注高は4兆9,033億円で、非住宅建築物に係る受注高は11兆5,071億円です。住宅リフォームの市場は約5兆円ですが、過去10年の推移を見る限り、急成長しているとは言えない業界です。非住宅の方が市場規模は倍あります。住宅リフォームの需要は、水回り、外装、内装、その他の4領域に分かれます。御社は水回りと内装に実績があり、そこに防音室事業を得意分野に加えようとしています。新事業は、技術的には、水回りと内装という室内リフォームの延長上にありますが、マーケティング上の工夫が必要となります。つまり技術シナジーはある程度あるものの販売シナジーに課題があり、そこをどうするかという状況にあると思われます。図2建築着工統計(国土交通省)住宅ストックを理解するには、過去の新築着工件数の推移を見ることも重要です。図2に示されている通り、直近では70万戸台まで低下しています。2008年まで住宅着工件数は100万戸を超えていました。マクロには、住宅着工件数は、{生産年齢人口}と金利、税率や景況を含めた{経済状況}との因果関係が想定されます。日本の生産年齢人口のピークは1995年、日本の人口のピークは2008年でした。働き手が30代から40台に入ったあたりで住宅取得する一時取得需要がけん引し、着工件数にプラスに働くと考えられます。生産年齢人口が減少していく中、分譲住宅と持ち家の件数は減少しています。それに対して貸家の供給は、急激に減少してはいません。新規着工件数は、減少していますが、その一方で空き家は総務省の調査によれば、約900万戸です。単純計算で、新規着工件数の10年分以上の空き家があることになります。空き家を処分するには、解体、売却、賃貸の3つの出口があり、そのうちリフォーム・リノベーションの需要につながる案件は一定比率で出てくると思われます。図3死亡数と死亡率の推移(令和7年人口動態統計、厚労省)また、今後の住宅市場に影響を与えるデータとしては死亡に伴う相続数の増加にも着目する必要があります。図3に示されている通り、2025年の死亡数は159万人で、今後死亡に伴う相続件数は年々増えていきます。夫婦の一方が亡くなった場合は、その住宅は必ずしも空き家となりませんが、二次相続の時は空き家となります。その場合、子供世代の相続人が解体、売却、賃貸のどの出口を目指すかを考えることとなります。潜在的なリフォーム・リノベーションの需要がここにあると言えるでしょう。■御社の経営戦略の体系今のところ、住宅リフォームの市場は図1に見られるようにマクロには急成長しているわけではありませんが、マーケティング次第では需要を掘り起こすことができる可能性があります。御社が協力企業として取引している大手住宅メーカーは、当然その需要に着目した動きをするでしょう。むしろ御社は、自主事業の方で、マーケティング力ある連携パートナーと組む、あるいは自社で独自のマーケティング戦略を立案することが伸びしろとなります。御社の経営戦略を体系化すると、賃貸住宅、マンション、戸建て住宅の3タイプの市場をどのように攻めるかということになります。表1御社の経営戦略の体系1.賃貸住宅の高付加価値化意識の高い賃貸ハウスメーカー等との連携2.マンションの高付加価値化不動産業との連携、または不動産機能の内部化3.戸建て住宅の高付加価値化不動産業との連携、または不動産機能の内部化特に、中小企業である御社は、数をこなす事業を追求するというより、「高付加価値なリフォーム」に関する潜在的市場を可視化していくことが求められます。例えば、賃貸ハウスメーカーも、築年が古くなったとしても一定の家賃と入居者が見込めるようにするにはどうすべきかを悩んでいます。意識の高い賃貸ハウスメーカーと連携することで需要にアクセスすることが可能となります。築年数の古い中古マンション・戸建て住宅を取り扱う不動産業の中から、リノベーションにより付加価値を上げて販売するパートナーを探して連携するという方法もあります。それ以外の選択肢としては、財務基盤の範囲内で、御社も不動産業としての機能を内部化していくという道があります。市場情報をつかむアンテナとしての機能を小規模に保有し、顧客や優秀なパートナーを発見していくのです。御社が取り組んでいる防音室事業も、立地によっては高付加価値となり得るものです。問題は、防音室事業を進める際に、表2の体系のどこを狙うかです。防音室の設置方法、防音性能、用途について、どこに強みを持つか、そのために何をするかです。大手楽器メーカーが得意とするのは、ユニット型の防音室です。表2防音室事業の領域防音性能も高いものから低いものまで品揃えしています。音圧の高い楽器は、ドラム、金管楽器、グランドピアノ等ですが、これらを楽しむには高い防音性能が求められます。しかし、このユニットタイプは「部屋の中に箱型の部屋をもう一つ置く」のですから、住宅のどこに置くかが課題となります。建設業の中には、住宅の部屋をカスタム工事により防音室に変える事業を行っている企業もあります。ユニット型より、部屋のレイアウト面では優れていますが高価となります。新規建設時に防音室を当初から設計に入れておく方法もありますが、これはリフォームとは異なる売り方となります。リモートワーク用途の場合は、企業秘密が漏れない程度の防音性能、さらには情報機器設置のコンセントや通信回線といった要素が重要となります。夫婦がそれぞれリモートワークするような家庭では、複数名利用のための配慮も求められます。製造業の中には、防音機能を持つ超小型住宅を庭などに設置する提案をしている企業もあります。楽器メーカーの部屋に置くタイプより割高となり、郊外の庭が広い住宅地に置くか、企業のプレゼンルームとするかです。防音室事業では、マーケティングの4P、即ち、どのような販売網で、どのような商品を、どのような価格で、どのように売るのかが重要です。良い商品開発がなされても、顧客への訴求方法次第では、販売費をかけた割に売れ行きがイマイチとなることもあります。自社の強い用途(アプリケーション)に関する経験を蓄積し、潜在的なニーズを顕在化させるために、顧客に近いポジションを取る。そのためには、意識の高いパートナーと連携し、必要に応じて自前のマーケティング力を磨き、顧客との接点を増やしていくことが基本となります。提供:税経システム研究所
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2026/08/31 経営レポート
昨今労務事情あれこれ(225)
1.はじめに都内のある自治体で、職員による通勤手当の不正受給が発覚しました。公共交通機関を利用すると届出ていた職員1,000人余りを調査したところ、実際には徒歩で通勤していたケースが多数見つかり、約100名が通勤手当を返納、その額は1,600万円超に上りました。さらにその後の調査で約180名、900万円の返納が判明、職員総数のほぼ1割が関わっていたということになり、自治体住民から怒りや呆れの声が多数寄せられたということです。一般企業においてもこの事案は決して他人事ではなく、通勤手当の不正受給は普通に存在するリスクの1つと考えて差し支えないでしょう。今回は不正受給の事例を参照し、いかにして防止を図っていくかを考えてみます。2.通勤手当の位置づけとはそもそも通勤手当とはどのような位置づけにあるのでしょうか。従業員が通勤する際に支出する交通費等の費用負担を雇用主に義務付ける法令は存在しないことから、原則を言えば、通勤する際の費用は企業ではなく従業員が負担すべきものということになります。それにも関わらず、諸手当を支給している企業のうち90.2%の企業で通勤手当が支給されています(注1)。通勤は毎日のことですから、原則通りに従業員負担では、かなりの経済的負担になってしまいますし、遠方から通勤となればなおさらです。そこで通勤手当という形でその費用負担を企業が支援することで、従業員の生活を守るとともに、人材確保・定着促進を図る目的の「福利厚生」として多くの企業で支給されているのが実情です。また、会社側にとっても、一定額までは経費として計上できることもメリットとして考えられます。支給の形態は、電車・バスといった公共交通機関の場合は、通勤定期代の実費や定期券の現物支給、車・二輪車の場合は通勤距離に応じたガソリン代相当額というのが大半ですが、中には自転車通勤に対しても車両の損耗費を考慮して一定額を支給している例もあります。ではこの通勤手当を不正受給する手口としてどのような方法が確認されているのでしょうか。3.よくある不正受給の事例「不正受給」というと、悪意を持って本来の通勤費よりも過大な額を受け取る行為のような印象を受けます。もちろんそのような事例も少なくないのですが、一方で、通勤経路を変更したのに、それを届出ていなかったというような、ついうっかり…の事例も存在しています。さまざまな事例がありますが、多くの場合、以下の3つの形態に集約することができそうです。【不正請求の代表的な形態】1.実際の住所と異なる住所で手当を申請している例えば、実際の住所よりも遠方にある実家の住所などで手当を申請するケースです。虚偽の届出に基づく申請であり悪質と言えるでしょう。2.実態とは異なる通勤経路で手当を申請している実際に利用している通勤経路よりも高額な通勤費を要することになる通勤経路を申請するケースです。故意に行った場合は1.同様、悪質と言えます。ただし、交通事情の変化に伴い、申請していた経路より通勤の利便が向上するなどの理由で後日になって通勤経路を変更する場合や、転居により通勤経路が変わったなどの届出を失念していたケースも考えられますので、一律に「悪質」と断じてしまうには注意が必要です。3.虚偽の通勤手段で手当を申請している徒歩や自転車など、費用が発生しない手段で通勤しているのに、公共交通機関を利用しているとして申請するケースです。悪意に基づかなければやらない手段ですので、悪質度は高いと言えます。では、従業員が通勤手当を不正請求していることが疑われる場合の対応や不正請求を未然に防ぐためのチェック体制はどのようにすれば良いのでしょうか。4.不正請求判明後の対応と予防策は?通勤手当は従業員からの申請内容が「適切かつ合理的な内容である」という前提で支給が行われており、個々の申請内容を細かく検証する、実際に購入した定期券のコピーや領収証をチェックするといったことなく支給が行われていることが多いように思います。また、従業員側からすると「ちょっとくらい」とか「バレるわけない」といった軽い考えで不正な内容を請求していることも多いのですが、不正請求は、悪質度次第では横領や詐欺に該当するケースもある重大な事案です。不正請求が疑われる場合、まず、企業側は不正を裏付ける客観的な証拠を揃えるとともに、当事者からのヒアリングなどで事実関係を正確に把握することが最初のステップです。その結果、不正請求が確定した場合は、故意なのか過失なのか、故意の場合は悪質度の大小を判断すること、その上で、当事者には悪質度に応じた懲戒処分を課すとともに、不正請求に基づいて支給した通勤手当の返還を求める、というのが大まかな流れです。事後対応はもちろん重要なのですが、多大な労力を充てることにならないよう、未然防止の体制を整備しておくことも事後対応以上に重要であると考えます。【未然防止のためのチェック体制】1.就業規則及び賃金規程の整備と再周知就業規則や賃金規程に支給要件や申請手続きの内容を明記するとともに、「不正請求には懲戒解雇を含む厳正な処分を行う」旨を明記し再度周知する。2.購入実態を裏付ける証明書などの提出例えば、購入した定期券のコピーや購入した際の領収証、ICカードの利用履歴コピーなどの提出を義務付ける。併せて、抜き打ちで定期券の現物調査を行うことも不正抑止の効果があります。3.申請内容の精査を行う従業員からの申請内容だけで手当の支給額を決定してしまわずに、本当に「適切かつ合理的」な申請内容かを精査する。手間はかかるが、年に1~2回程度、全ての従業員の申請内容を精査する機会を設ける。2、3については、従業員を信用していないようにも見え、「ここまでやるの?」とためらわれる気持ちも理解できます。い考えで不正請求をした結果、それが露見し厳しい処分を受けてしまう方がよほど悲劇です。安易な不正を抑止するためにも、これらの体制整備は不可欠であるものと考えます。過去のおおらかな時代であれば、ここまで厳格な対処を想定しなくても良かったのかもしれません。しかし今や企業はもちろんのこと、従業員個々にもコンプライアンスが厳しく求められる時代です。不正を許さない企業風土を醸成するとともに、その姿勢を明確に発信していきましょう。<注釈>令和7(2025)年度就労条件総合調査の概況(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/25/dl/gaikyou.pdf提供:税経システム研究所
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2026/08/31 経営レポート
退職に関わるトラブル回避(第17回) 「定年退職後の継続雇用2」
【サマリー】前回のレポートでは、定年後再雇用制度の基本的な考え方について解説しました。高年齢者雇用安定法では、定年を65歳未満に定めている企業に対し、原則として希望者全員について、65歳までの雇用機会を確保することを求めていますが、定年前と同じ職務や賃金をそのまま保障する制度ではありません。一方で、再雇用後の職務を本人の経験や能力とかけ離れたものに変更したり、本人が受け入れることが困難なほど低い労働条件を提示したりした場合には、実質的な再雇用拒否として、高年齢者雇用安定法の趣旨に反すると判断される可能性があることも解説しました。また、定年後に有期労働契約として再雇用した場合には、いわゆる「雇止め」の有効性が問題となり、会社による説明、これまでの更新実績、本人の勤務状況、更新への期待などが判断材料となることを確認しました。今回は、定年後再雇用をめぐる企業実務上特に重要な4つの裁判例を取り上げます。1.重要判例1「音響機器会社事件東京地裁令元・5・21判決」音響機器の設計業務に従事していた従業員に対し、会社が定年後の再雇用条件として、定年前とは異なる部署への配置と職務内容を提示しました。従業員は、これまでの経験や能力を十分に生かせない条件であるとして提示を拒否し、定年前と同様の業務を内容とする雇用関係の確認や損害賠償などを求めました。東京地裁は、高年齢者雇用安定法は定年前と同一の職務や労働条件による再雇用まで保障するものではなく、会社が提示した条件も不合理とはいえないとして、従業員の請求を退けました。<事案の概要>音響機器メーカーであるY社のサウンド設計部で長年設計業務に従事していたXは、60歳の定年に際し、それまでとは異なる部署・職務内容および異なる雇用条件を提示されました。Xは、これまでの職歴や能力が十分に考慮されていないとしてこれを拒否したため、再雇用契約は締結されませんでした。そこでXは、高年齢者雇用安定法(以下「高年法」という)第9条を根拠に、Y社には定年前と同様の業務またはその経験・能力を生かせる業務で再雇用する義務があると主張し、雇用契約上の地位確認、賃金の支払いおよび損害賠償を求めて提訴しました。<判決のポイント>裁判所は、高年法第9条は事業主に65歳までの雇用確保措置を義務付けるものであるが、定年前と同一の職務内容・役職・賃金等での雇用継続までは義務付けていないと判断しました。定年により正社員としての労働契約はいったん終了し、再雇用契約は別個の契約となるため、労働条件が定年前と異なること自体は許容されるとしました。Xは、津田電気計器事件(最高裁判決)を根拠に定年前と同様の条件による雇用関係の成立を主張しましたが、裁判所は、同事件が会社の定める再雇用基準を満たす従業員の再雇用を会社が一方的に拒否した事案であるのに対し、本件はY社が具体的な条件を提示しXがこれを拒否した事案であるとして、事案が異なり同事件の判断はそのまま適用できないとしました。さらに、Y社が提示した業務は実際に必要とされる業務であり、Xを侮辱し再雇用を断念させる目的で設定されたものとは認められないこと、賃金その他の労働条件も社会通念上到底受け入れられないほど不合理とはいえないことから、提示条件は高年法の趣旨に反しないと判断しました。その結果、裁判所は、定年前と同様の業務や条件による再雇用契約が成立したとは認められないとして、Xの地位確認、賃金および損害賠償の請求をいずれも棄却しました。<学ぶべきポイント>本件は、定年後再雇用において、企業が定年前とは異なる職務内容や労働条件を提示すること自体は直ちに違法とならないことを示した事案です。高年法は65歳までの雇用機会確保を求めるものの、定年前と同一の職務・役職・賃金の維持までは保障していません。ただし、形式上は再雇用条件を提示していても、実際には不要な業務をあえて設定した場合や、経験・能力と著しくかけ離れた職務を提示した場合、本人が到底受け入れられない条件で再雇用を断念させようとした場合には、実質的な再雇用拒否として高年法の趣旨に反すると判断される可能性があります。企業としては、提示する職務が実際に必要であること、本人の経験・能力・健康状態を考慮して配置を検討したこと、定年前と同じ業務を継続できない理由を説明できるようにしておく必要があります。また、定年の数か月前から本人と面談を行い、希望や条件を確認し、面談記録や条件提示書の形で残しておくことが紛争防止につながります。企業には再雇用条件を決定する一定の裁量が認められる一方、その条件が業務上の必要性に基づく合理的なものであることと、本人への誠実な説明が強く求められることを示した判例です。2.重要判例2「惣菜製造会社事件福岡高裁平29・9・7判決」惣菜の製造販売会社で定年を迎えた従業員が、定年後もフルタイムでの再雇用を希望したところ、会社から週3日または4日、1日6時間、時給900円という短時間勤務の条件を提示されました。この条件では月収が定年前の約25%となるため、従業員は受け入れず、再雇用契約上の地位確認や損害賠償を求めました。福岡高裁は、具体的な労働条件について合意がないため再雇用契約の成立は認めませんでしたが、月収を約75%減額する条件を提示し続けた会社の対応は、継続雇用制度の趣旨に反する違法な行為であるとして、100万円の慰謝料の支払いを命じました。<事案の概要>惣菜の製造販売を行うY社で経理・決算業務に従事していたX(定年時の月額賃金33万5,500円)は、60歳の定年後もフルタイムでの継続雇用を希望しましたが、Y社は週3日または4日・実働6時間・時給900円というパートタイムの条件を提示しました。この条件による月額賃金は8万6,400円(16日勤務換算)で、定年前賃金の約25%の水準であり、約75%の減額となるものでした。Xはこの条件を受け入れず、再雇用契約は締結されませんでした。そこでXは、再雇用契約を締結したのと同様の雇用関係が成立しているとして地位確認・賃金の支払いを求めるとともに、著しく不合理な条件提示は違法であるとして不法行為に基づく損害賠償を求めて提訴しました。第一審(福岡地方裁判所小倉支部)はXの請求をいずれも棄却しましたが、控訴審の福岡高裁は、地位確認請求は認めなかったものの、Y社の条件提示について不法行為の成立を認めました。<判決のポイント>裁判所はまず、所定労働日数・労働時間・賃金という労働契約の根幹に関わる条件についてXとY社の間に合意が成立していないことから、抽象的に再雇用契約が成立したとは認められないとして、地位確認請求を棄却しました。一方、条件提示の違法性については、高年法第9条の雇用確保措置義務は、希望どおりの労働条件で雇用することまで直接義務付けるものではなく、労働条件の決定は原則として会社の合理的な裁量に委ねられるとしました。もっとも、同義務は労働契約法制における公序の一内容を構成するため、極めて不合理で高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難い労働条件を提示する行為は、継続雇用制度の趣旨に反する違法な行為となり得るとしました。裁判所は、継続雇用制度は定年前後の労働条件の継続性・連続性が一定程度確保されることが前提であるとした上で、Y社の提示条件(時給900円は定年前賃金換算の約1,944円の半額未満)により月収が定年前の約25%にまで減少する点を重視しました。Y社は店舗数減少による業務量減少を理由としましたが、裁判所は、Xが担当予定の決算業務店舗数(43店舗)が定年前(46店舗)とほぼ変わらないこと、Y社全体の店舗減少も1割弱にとどまること、人員配置や業務分担の見直しでフルタイムに見合う業務を用意できたと考えられることから、大幅な減額を正当化する合理的な理由は認められないとしました。そのため、Y社が他の条件を十分検討せずこの条件に終始したことは、継続雇用制度の趣旨に反し裁量権の逸脱・濫用に当たり違法であると判断しました。契約の成立は認めなかったものの、Xが65歳まで安定的な雇用を享受できる法的保護に値する利益を侵害されたとして不法行為の成立を認めた上で、定年前後の労働条件の継続性が著しく欠けていたこと、店舗数の減少を理由とする条件提示には一定の理由があったこと、高年齢雇用継続基本給付金(月額約1万4,610円)の支給見込みなどを総合的に考慮し、慰謝料100万円と判断しました。<学ぶべきポイント>本件は、定年後再雇用の労働条件について企業に一定の裁量が認められる一方、その裁量には限界があることを示した事案です。定年後に職務内容や責任が軽減されることに伴う賃金引下げ・勤務時間短縮自体は認められますが、著しく低い労働条件を提示する場合には合理的な理由が必要です。裁判所は、単に減額率だけでなく、実際の業務量の減少幅、フルタイムに見合う業務を用意できたか、他の配置や分担を検討したかを重視しています。「高齢者だから」「定年後だから」という抽象的な理由だけでは不十分であり、業務量・職務内容・責任の程度と勤務条件との対応関係を具体的に整理する必要があります。また、条件提示が違法とされても、具体的な労働条件について合意がなければ再雇用契約の成立までは認められません。企業としては、一方的に条件を提示するのではなく、本人の希望を確認し、複数の勤務形態を提示して、職務内容・勤務時間・賃金の関係を明確に説明することが重要です。大幅な減額を行う場合は、業務量の変化、他の配置検討の結果、本人への説明内容などを記録に残しておく必要があります。企業には、再雇用後の職務・労働時間・賃金の対応関係を明確にし、本人が実際に就労を継続できる合理的な条件を提示するとともに、その理由を客観的に説明できるようにすることが求められると示した判例です。3.重要判例3「外資系エアライン事件東京地裁令5・6・29判決」航空会社に勤務していた従業員が60歳の定年を迎え、定年後の再雇用を希望しましたが、会社は、新型コロナウイルスの影響による旅客需要の急減と人員削減の必要性を理由に、再雇用を拒否しました。従業員は、再雇用拒否には解雇と同様の厳格な法理が適用されるとして、雇用契約上の地位確認などを求めました。東京地裁は、定年後の再雇用契約の成立には解雇権濫用法理は適用されず、会社の就業規則に定める再雇用除外事由にも該当するとして、従業員の請求を退けました。<事案の概要>航空旅客運送事業を営むY社の就業規則では、従業員は満60歳で定年退職となる一方、希望者には1年の有期労働契約を更新する形で再雇用する制度が設けられていました。ただし、事業縮小・人員整理・組織再編などにより担当職務やポジションが削減された場合には、再雇用の対象としない旨も定められていました。Xは令和2年12月に満60歳の定年を迎えましたが、当時Y社は新型コロナウイルスの影響による旅客需要の急減で収益が急激に悪化しており、人員削減・労務費削減を進めていました。その一環として定年退職者の再雇用を中止し、削減可能なポジションを廃止して後任を補充しない方針を定め、この方針に基づきXのポジションも削減して再雇用しませんでした。Xだけでなく、その後定年を迎えた他の従業員にも同様の扱いがされました。そこでXは、①就業規則上、再雇用契約の申込みを承諾する義務がある、②再雇用拒否は実質的に解雇と同様であり労働契約法16条の解雇権濫用法理が適用または類推適用される、③従前の運用から再雇用への合理的期待があり労働契約法19条の雇止め法理が適用または類推適用される、と主張して雇用契約上の地位確認などを求めて提訴しました。<判決のポイント>裁判所はまず、定年により従前の労働契約は終了し、再雇用契約の成否は新たな契約成立の問題であるとして、既存の労働契約を使用者が一方的に終了させる場合に適用される労働契約法16条の解雇権濫用法理は、定年後の再雇用契約の成否には適用されず、類推適用もされないと判断しました。一方、労働契約法19条2号の雇止め法理については、雇用継続への期待に合理的理由がある場合には適用または類推適用の余地があるとしつつ、本件では、就業規則に事業縮小等による職務削減時の再雇用除外事由が明記されていたこと、Y社が社内ニュース等で経営悪化や人員削減方針を説明していたことから、Xの期待に合理的な理由があったとは認めがたいとしました。また、Y社は新型コロナウイルスの影響による旅客需要の急減と収益悪化により労務費削減が必要であり、定年退職者の再雇用中止・ポジション廃止・後任不補充という施策はXだけでなくその後の定年退職者にも一律に適用されていたことから、Y社がXを再雇用しなかったことには客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当性を欠くものとはいえないと判断しました。さらに、この事情は就業規則に定める再雇用除外事由(事業縮小・人員整理・組織再編等による職務削減)にも該当すると認め、XとY社との間に定年後の再雇用契約が成立したとは認められないとして、Xの請求をいずれも棄却しました。<学ぶべきポイント>希望者全員を対象とする定年後再雇用制度があっても、事業縮小等により担当させる職務が客観的に存在せず、就業規則上の再雇用除外事由にも該当する場合には、再雇用を行わないことが認められる余地があります。高年法は原則65歳までの雇用機会確保を義務付けますが、事業縮小・人員整理・組織再編等により現実に担当させる職務がなくなった場合には、再雇用を行わないことが認められる余地があります。ただし、「経営が厳しい」という抽象的な理由だけでは足りず、本件のように具体的な経営状況、削減方針の内容、他の退職者への一律適用などが重視されています。企業が事業縮小等を理由に再雇用を拒否する場合には、経営悪化の具体的内容、人員・労務費削減の必要性、担当させる職務が存在しないこと、ポジション廃止の経緯、他部署への配置可能性の検討結果、同様の立場にある退職者の取扱い、本人への説明内容と時期を説明できるようにしておく必要があります。また、就業規則に再雇用除外事由を具体的に定めておくことが会社の判断を支える重要な要素となります。「会社が必要と認めた者を再雇用する」といった曖昧な条項では恣意的判断を許すおそれがあるため、解雇事由・退職事由への該当や事業縮小による職務廃止など、客観的に判断できる内容を定めることが重要です。ただし、規定を置くだけでなく、実際に該当事情があること、経営判断に合理性があること、他の従業員との公平性、本人への十分な説明も必要です。本判決は、定年後の再雇用拒否には解雇権濫用法理は適用されないとしつつ、過去の実績や会社の説明・規程から再雇用への合理的期待が認められる場合には雇止め法理が適用され得るとしました。したがって企業は、再雇用制度の内容や再雇用しない場合の基準を明確にし、制度を中止・変更する際には対象者へ早めに説明することが求められます。要するに、企業は経営上の合理的必要性があり再雇用後の職務が現実に存在しない場合には再雇用を拒否できる可能性がありますが、その判断を正当化するには客観的根拠と一貫した運用が強く求められることを示した判例です。4.重要判例4「学校法人Y学園事件東京地裁平28・11・30判決」大学の専任教員として勤務していた従業員が65歳の定年を迎え、定年後も特別専任教員として再雇用されることを希望しましたが、学校法人は再雇用を拒否しました。従業員は、採用前に70歳まで雇用が保障されるとの説明を受けていたことや、従来は希望者全員が例外なく再雇用されていたことから、70歳まで雇用される合理的な期待があったとして、再雇用後の地位確認などを求めました。東京地裁は、従業員には70歳まで雇用が継続されるとの合理的な期待が認められ、再雇用を拒否する客観的かつ合理的な理由もないとして、特別専任教員としての労働契約上の地位を認めました。<事案の概要>学校法人Yの就業規則では専任教員の定年は満65歳と定められる一方、定年退職者を1年の有期労働契約で特別専任教員として再雇用する制度が設けられ、契約更新の上限は70歳とされていました。Yでは過去約15年間、再雇用を希望した専任教員7名について例外なく70歳まで再雇用する運用が行われていました。Xは、Yへの採用前に、65歳以降は総報酬が約7割になるが職務内容は変わらず70歳まで雇用が保障されるとの説明を受け、これを信頼して前職を退職しYに転職しました。しかし、Xが65歳の定年を迎えた際、Yは特別専任教員としての再雇用を拒否しました。そこでXは、採用前の説明、再雇用規程の内容および従来の運用からすれば70歳までの再雇用について合理的な期待があり、Yによる再雇用拒否は無効であるとして、特別専任教員としての労働契約上の地位確認などを求めて提訴しました。<判決のポイント>Yの定年は65歳であったため、65歳未満の定年制事業主に65歳までの雇用確保措置を義務付ける高年法第9条は直接適用されず、Yに70歳までの再雇用義務はありませんでした。しかし裁判所は、高年法が直接適用されない場合でも、労働者が定年後も再雇用されることを期待することに合理的な理由がある場合には、その期待が法的に保護されうるとしました。この判断にあたり、有期労働契約の更新期待を保護する労働契約法19条2号の趣旨を類推適用し、定年により無期契約はいったん終了するため同条を直接適用することはできないものの、雇用継続への合理的期待を保護する趣旨は定年後再雇用にも妥当するとしました。合理的な期待の有無について、裁判所は、①70歳までの再雇用制度が設けられていたこと、②長年にわたり希望者全員が例外なく再雇用されてきたこと、③採用前に報酬が7割になるものの70歳までの雇用が保障される旨の具体的な説明を受け、これを信頼して前職を退職し転職したことを重視し、Xの期待には十分合理的な理由があると認めました。一方、Yが再雇用を拒否したことについて、その期待を否定するに足りる客観的に合理的な理由や、拒否せざるを得ない特段の事情は認められませんでした。そのため裁判所は、Yによる再雇用拒否は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められないと判断し、YとXとの間には再雇用規程に基づき特別専任教員として再雇用されたのと同様の労働契約関係が成立しているとして、Xの地位を認めました。<学ぶべきポイント>本件は、高年法の義務が直接適用されない65歳以降の再雇用であっても、会社の説明・規程・過去の運用によって、労働者に雇用継続への合理的な期待が生じうることを示した事案です。65歳までの雇用確保は法律上の義務ですが、70歳までの就業機会確保は努力義務にとどまるため、65歳定年制の企業が法律上当然に70歳まで全員を雇用しなければならないわけではありません。しかし、企業が独自に70歳までの再雇用制度を設け、原則として再雇用される旨を説明し、実際にも長年希望者全員を再雇用してきた場合には、雇用継続への合理的な期待が生じ得ます。特に採用前の説明は重要な考慮要素とされており、「70歳まで働けます」など断定的な説明をした場合には、労働契約の内容や期待を形成する可能性があります。制度の文言だけでなく実際の運用も重視される点にも注意が必要です。規程上は選考の余地があるように記載されていても、長年にわたり希望者全員を再雇用してきた実績があれば、合理的な期待が形成されることがあります。将来対象者を限定する可能性がある場合には、基準を明確にして一貫して運用し、運用を変更する際は事前に対象者へ説明することが求められます。企業としては、再雇用制度の対象者・契約期間・更新基準・職務内容・報酬・再雇用しない場合の事由・制度説明資料・過去の再雇用実績などを整備し、再雇用を拒否する場合には客観的に説明できる基準に基づいて判断し、その検討過程を記録に残しておく必要があります。また、組合活動や職務遂行能力と関係のない事情を判断要素とすべきではありません。再雇用制度は法律上の義務として設けたものでなくても、一度制度として明示し長期間一定の運用を続ければ、企業が自由に変更・拒否できない場合があることを示した判例です。提供:税経システム研究所
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関連項目 経営レポート,人事労務管理 -
2026/08/27 会計レポート
中小企業が身につけておきたい原価管理の知識(33)
1.はじめに本シリーズでは、経営・会計において欠かせない原価管理の考え方を紹介します。前回の記事では、購買活動にかかわる外的要因として、「為替、エネルギー・資源価格の大きな変化」や「物流コストの高騰」といった市況の変動を取り上げました。そして、物品の表面的な価格だけでなく、調達に関わるあらゆるコストを総合的に把握するための「総所有コスト(TCO:TotalCostofOwnership)」の視点が、原価管理上有効であることを説明しました。ここであらためて確認しておきたいのは、TCOは、配送費等を含めた「仕入原価」、モノの寿命に着目する「ライフサイクルコスト(LCC:LifeCycleCost)」とは異なる考え方であるということです。TCOは、過去の実績やモノの性能を測るというだけではなく、特定の仕入先と取引を続けるための社内での工数や、今後起こり得る調達途絶リスクといった「目に見えないサプライチェーンの維持コスト」までを評価し、将来を見据えた経営判断を行うために用いられます。今回は、TCOの視点をさらに深掘りし、より企業の存続に直結する人や企業に起因するリスク、つまり、「仕入先の労務費高騰への対応」と「仕入先の廃業・淘汰リスク」を取り上げます。これらのリスクは、為替のように日々の報道で数値が流れてくるものではなく、実務で見落とされがちです。しかし、そのまま確認せずに放置してしまうと、社内工数の増加や供給途絶等の「隠れたコスト」が積み重なってTCOの増大につながり、気づいた頃には手遅れになる可能性があります。今回の記事では、国・公的機関、調査会社が公表している資料を手がかりとして、仕入先にかかわるリスクを正しく理解し、いち早く対応することの重要性を考えます。2.仕入先の労務費高騰現在、多くの企業を悩ませているのは、仕入先からの値上げの要請です。その背景には、原材料やエネルギーのコスト高騰の他に、労務費(人件費)の上昇があります。これらが自社のTCOにどのような影響を与えるかについて、国の公的な指針をもとに整理します。(1)最低賃金についての政府の方針歴史的な物価高や深刻な労働力不足を背景に、最低賃金の大幅な引き上げや労務交渉での高い賃上げ率など、日本での人件費は上昇傾向にあります。こうした状況から、内閣官房と公正取引委員会は『労務費転嫁指針』(注1)を公表し、政府としてのメッセージを打ち出しました。当該指針では、発注側の企業が下請企業(サプライヤー)からの労務費の転嫁交渉を拒絶しないように、双方の企業がとるべき12の行動指針を定めています。ここで注意すべきことは、大企業だけでなく中小企業同士の取引であっても、労務費を理由とした値上げ交渉を根拠なく拒絶・据え置きすることは、中小受託取引適正化法(取適法)や独占禁止法の違反行為にあたるとして責任を問われたり、処罰の対象になったりする可能性があるという点です。例えば、仕入先から労務費転嫁の申し出があったにもかかわらず、「弊社も苦しいから」と一切の協議を拒否することや、「価格交渉は年1回の契約更新時のみに行う」と一律に決めつけて期中の交渉に応じない姿勢をとること、さらには公的な指標を提示されているのに自社の予算を超えてしまうという理由だけで価格を据え置く行為は、当該指針において不適切な行為にあたります。(2)労務費転嫁を拒絶した場合に生じるコスト増大もし、国の指針に十分配慮することなく、強硬にこれまでの価格を据え置かせようとすれば、仕入先を不当に圧迫することになるだけでなく、結果的に「隠れたコスト」になって自社のコスト(TCO)を押し上げることになります。その代表例が、「取引停止による調達コストの増加」です。仕入先から「あの会社と付き合っても赤字になるだけだ」と判断されれば、他社へ生産枠を優先的に回されることになります。結果として、自社への納期が遅れてしまい、急きょ、別の企業から割高な仕入を行わざるを得なくなると、実際の購買原価が跳ね上がります。また、十分な労務費の転嫁を認められずに無理なコスト削減を強いられた仕入先が、検品・品質管理の体制を縮小せざるを得なくなることで生じる「品質低下に伴う手直しコストの増大」も無視できません。仕入先で無理に抑え込まれたコストの発生は、そのまま発注側である自社の工場での不良率上昇、再検査や手直しにかかる社内人件費の増大、不良廃棄損といった形で、目に見えない自社負担の増加につながります。3.仕入先の廃業・淘汰リスク人手不足や物価高騰に耐えかねた規模の小さな下請企業、または後継者不足に悩む町工場が、ある日突然、経営を断念するリスクが近年増えており、その対処についても考える必要があります。(1)中小企業における廃業・倒産中小企業庁の『中小企業白書』(注2)によれば、倒産件数を大きく上回る年間数万件規模の「休廃業・解散」が高止まりしており、表沙汰になりにくい静かな廃業の実態が浮き彫りになっています。また、帝国データバンクが発表した『人手不足倒産の動向調査』(注3)を見ても、人手不足を理由とした倒産は過去最多の水準を記録しています。ここでいう人手不足倒産とは、必要な人員を確保できずに受注を断らざるを得なくなったり、人件費の高騰で利益が途絶えたりしたために、最終的に資金繰りが行き詰まって倒産に至る現象を表しています。特に、現場を支えてきた従業員や経営幹部等の退職をきっかけに事業継続が困難になる企業が急激に増えています。これらの公的資料や調査レポートの結果が示しているのは、直近の業績自体は黒字であるにもかかわらず、経営者の高齢化や後継者の不在を理由に事業継続を断念せざるを得ない企業や、防衛的な賃上げ(企業業績が改善しない中での賃上げ)ができずに従業員が流出してしまう企業が急増しているという深刻な実態です。特定の部品を一社だけに依存している場合、その仕入先が廃業・倒産することは、最悪の場合には自社の生産活動の停止にもつながりかねません。(2)調達網の途絶によるコスト増大代替の仕入先を急きょ探すことになると、製品の表面上の部品単価には現れない「隠れた調達途絶コスト」が大きく増大します。このことも、TCOの観点で考える必要があります。例えば、廃業した会社から自社所有の金型を引き上げ、取適法等の法令の定めに則り発注側としての正当な費用負担のもとで新しい会社へ適合させるための改修費用や、別の仕入先でゼロから作り直すための突発的な設備投資費用が発生します(注4)。また、新しい仕入先の製品が自社の品質基準を満たしているかどうかを検証するため、何ヶ月もかけて試作とテストを繰り返す間の購買部門や品質保証部門の社内工数は、いずれも見えないコストとして累積します。さらに、急な閉鎖を告げられて他社へ切り替える猶予がない場合には、対応可能な代替先から通常よりもかなり高い価格で暫定的に仕入れをせざるを得なくなることもあり得ます。これらは、期初に設定した目標値の枠内では予測が困難な、サプライチェーンの維持にかかるコストであると考えられます。4.現場でリスクを察知するために注意すること仕入先の労務費未転嫁による経営疲弊や廃業リスクについては、何らかの前兆となるシグナルがあります。シグナルを現場で早期に察知し、適切な初期対応につなげることが、購買活動の管理において重要です。ここで注意深く観察すべきことは、仕入先の「人」と「業務品質」の変化です。まず、人に関するシグナルとして、サプライヤーの中心となる担当者や、熟練の従業員が相次いで離職している、または慢性的な人手不足が明らかなのに長い間求人を出している気配がない等の状況があげられます。これらは、当該企業で適切な賃上げができずに労働市場での競争力を失っている兆候だと考えられます(注5)。また、業務品質に関するシグナルとしては、これまで迅速だった見積もりの回答や仕様変更への対応が目に見えて遅れ始める、または、軽微な納期遅れが頻発し始めるといった変化が見られる時には注意が必要です。これらは、当該企業で人手不足によって管理体制や工程のキャパシティが限界を迎えていることを示しており、そのままにすると大きな品質不良や突然の調達途絶につながる可能性があります。これらのシグナルを一つでも察知した場合、購買の担当者や経営陣は決して放置するのではなく、できるだけ早めに情報収集を始める必要があります。その時には、サプライチェーンを維持するための協力体制をともに作りたいということを仕入先に伝えつつ、経営の実態や今後必要な改善策について話し合いの場を持つことが重要です。もし、この対話によって仕入先の経営危機や廃業・倒産のリスクが既に顕在化していると判明した時には、企業がとるべき対応は単なる値上げの受容にとどまりません。状況に応じて、価格改定による適切な経営支援、代替となる他の仕入先への段階的移行、相手方の技術・設備や事業そのものを買い取る事業買収(M&A、内製化)といった、より踏み込んだ経営判断が必要になります。5.おわりに外部環境が激変する現代において、過去の数字を正しく記録するためだけでなく、将来を見据えた施策をとることが、原価管理上必要になります。今回の記事では、仕入先で起きている労務費の高騰や、人手不足に伴う廃業リスクを、現場のシグナルからいかに察知するかについて説明しました。このようなリスクの早期発見と実態把握が、自社の利益を確保することにもつながります。参考文献中小企業庁.2026.『改訂版中小企業・小規模事業者の価格交渉ハンドブック』.Ellram,L.M.1995.Totalcostofownership:Ananalysisapproachforpurchasing.InternationalJournalofPhysicalDistribution&LogisticsManagement,25(8),4-23.<注釈>内閣官房・公正取引委員会『労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針』(URL:https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka.html;閲覧日2026年7月8日)。中小企業庁『2026年版中小企業白書』(URL:https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2026/PDF/chusho.html;閲覧日2026年7月8日)。株式会社帝国データバンク『人手不足倒産の動向調査(2025年度)』(URL:https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260409-laborshortage-br25fy/;閲覧日2026年7月8日)。発注側が不当に無償保管を強いたり、処分費用を仕入先に押し付けたりすることは法令上禁じられており、これらはすべて発注側が正当に買い取り、負担すべき「サプライチェーンの維持コスト」になります。帝国データバンクの『人手不足に対する企業の動向調査(2026年4月)』(URL:https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260519-laborshortage202604/;閲覧日2026年7月8日)によると、中小企業の5割以上が人手不足による負の影響を実感しているという結果が出ており、この中には、案件があっても人手が足りないために受注制限をかけざるを得ない企業もあることが分かっています。提供:税経システム研究所
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関連項目 会計レポート,管理会計 -
2026/08/24 審査事例
在留資格が切れた外国人労働者の帰国旅費支援でも、給与を社内外注と記載していた法人に対して、仮装として消費税と源泉所得税の両方に対する重加算税の処分は適法(棄却)
【裁決のポイント】税務署が重加算税を課し得るためには、判例から、納税者が故意に課税標準等又は税額等の基礎となる事実について、これを隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽し、仮装したところに基づき過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではないと解されている。本件の審査請求人は、基礎工事を行う法人である。雇用していた外国人は平成28年3月までに在留期間が経過したが帰国しなかった。請求人代表者は、同年4月以降は、毎月の支払金(本件各金額)を、給与でなく、外注加工費として帳簿に記載するよう、経理担当役員であった現代表者に指示した。税務調査を受けて、消費税修正申告書の提出と源泉所得税の期限後納付をした審査請求人に「仮装の事実があった」としてそれぞれに重加算税が課せられると、審査請求人は、帰国旅費の経済的支援のためで、過少に申告することを意図していなかったと主張した。国税不服審判所は、仮装に該当する事実があったと認められる、重加算税の賦課には過少申告の認識までを必要とされないとして、処分を適法と判断した事例である。(平成28年4月1日から平成29年3月31日課税期間の消費税等に係る重加算税の賦課決定処分、他・棄却・令和3年2月10日裁決(非公開))【主な争点】本件各金額の支払につき、重加算税が課される「仮装」に該当する事実があったか。【裁決の要旨】経理事務を担当していた代表者は、前代表者の指示を受けて、会計日記帳に本件各金額を外注加工費として記載するなどし、その結果、本件各金額が総勘定元帳の外注加工費勘定に計上されたのであるから、客観的にみれば、「事実をわい曲」したものといえる。そのため、代表者が「その意思に基づいて」会計日記帳に本件各金額を外注加工費として記載するなどしたのであれば、事実の仮装をしたといえ、本件各金額の支払につき、審査請求人である法人に「仮装」の事実があったと認められることになる。経理事務を担当して従業員に対する賃金の計算等を行っていた代表者において、本件各金額が賃金と同様の性質を有することを認識していなかったとは考え難い。代表者は「その意思に基づいて」会計日記帳に本件各金額を外注加工費として記載するなどしたというべきであり、本件各金額の支払につき、審査請求人に国税通則法第68条《重加算税》第1項及び第3項に規定する「仮装」に該当する事実があったと認められる。重加算税を課し得るためには、納税者において過少申告を行うことや源泉所得税等を免れることの認識を有していることまでを必要とするものではないから、当該意図がなかったことをもって、当審判所の判断が左右されることはない。したがって、審査請求人の主張には理由がない。【参照条文】国税通則法第68条《重加算税》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2026/08/21 商事法レポート
企業価値担保権の創設がスタートアップに与える影響
1.はじめに(1)現在の融資慣行本稿の対象となる『事業性融資の推進等に関する法律(以下、「推進法」という。)』の目的条文(第1条)は、「この法律は、…不動産を目的とする担保権又は個人を保証人とする保証契約等に依存した融資慣行の是正」…を図り、…会社の事業の継続及び成長発展を支え、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」と規定しており、わが国において国家レベルで従来の融資慣行が不動産担保や(経営者等の)個人保証に依存している(注1)と認識している。(2)事業性融資の有用性前述のとおり現在の融資慣行は、不動産等の有形資産担保や経営保証等に依存しており、それらがなければ、事業性融資を受けることが難しく、スタートアップや事業の承継・再生等の局面にある事業者にとって事業性融資は受けづらい環境と言え、これらの企業群が資金調達に課題を抱えることは、日本の企業・経済の持続的成長を目指す上で、大きな障害になると言われている(注2)。この手の議論は何も今に始まったものではなく、事業全体を担保とする制度の有用性については、古くは1950年代に現代法の進むべき方向であることが指摘されていたとされる(注3)。(3)事業性融資推進法制定までの経緯以上の背景もあり、事業性融資を活性化させることは、金融庁が長年にわたり取り組んできた重要政策の一つでもあった(注4)ところ、2023年(令和5年)12月に「事業性に着目した融資の推進に関する業務の基本方針について」が閣議決定され、金融庁が関係省庁間の総合調整を担いながら、2024年(令和6年)3月15日に「事業性融資の推進等に関する法律案」が第213回国会(常会)に提出され、同年6月7日に成立(令和6年法律第52号)し、2026年(令和8年)5月25日に施行された。(4)事業性融資推進法の構成推進法は、同法の目的を達成するための手段として、①基本理念と国の責務(第1章)、②事業性融資推進本部の設置、基本方針の策定(第2章、第5章)、③企業価値担保権の創設(第3章=本稿のメインテーマ)、④事業性融資推進支援業務を行う者の認定(第4章)を定めており、本稿のメインテーマを除く①、②、④の概要については以下のとおりである。基本理念と国の責務「会社及び債権者の相互の緊密な連携の下に、会社の事業の継続及び成長発展に必要な資金の調達等の円滑化に資するものとなること」を事業性融資の推進等の理念と定め、国が当該施策を策定し、実施する責任を負うことを定めている。事業性融資推進本部の設置、基本方針の策定推進法の目的を達成するため、事業性融資を推進する本部を金融庁に設け、当該本部が事業性融資を推進するための施策に関する基本的な方向や支援体制の整備に関する事項を定めることを規定している。事業性融資推進支援業務を行う者の認定企業価値担保権の活用等を支援するため、事業性融資について高度な専門的知見を有し、事業者や金融機関等に対し助言・指導等をする機関の認定制度を定めている。2.企業価値担保権の仕組み(1)担保権信託の設定企業価値担保権は、債務者(会社)を委託者、企業価値担保権信託会社を受託者、貸し手(銀行等)等を受益者とする信託契約(企業価値担保権信託契約)によって設定される(法8条1項)。ここでいう信託は、担保権信託であり、従来の構造とは異なり、貸し手が直接担保権者とならない点に相違点がある。企業価値担保権信託契約の内容は法定されており(法8条2項)、受託者が一定の目的に従って当該担保権の管理又は処分すること等が定められている。(2)企業価値担保権の当事者前述の企業価値担保権信託会社とは、内閣総理大臣の免許を受けた者(法32条)や金融機関のうち内閣総理大臣に企業価値担保権に関する信託業務を営む旨を届け出た者(法33条)を言い(法6条2項)、一定の制限が課されている。これに対し、貸し手については、広く成長資金を提供することを目的としていることから、特段の制限はない(注5)。他方、企業価値担保権の債務者は、会社法上の「会社」(株式会社や持分会社)に限定されており(法6条1項)、その他の類型の法人や個人事業者は企業価値担保権の当事者になることはできない。債務者を会社に限定する趣旨は、事業の継続及び成長のために資金調達の途を開くという足下の喫緊のニーズの高さを踏まえ、商業登記簿により公示される者に限定したとされている(注6)。(3)担保目的財産企業価値担保権は、債務者である会社の将来キャッシュフローを含む総財産(注7)を担保目的財産とする担保物権であり(法7条1項)、事業を担保化する制度として古くから存在する「企業担保法(昭和33年法律第106号)」とは異なり当該企業が有する「のれん」についても会社の総財産と考え、担保目的財産とする。(4)特定被担保債権と不特定被担保債権企業価値担保権は、他の担保権の被担保債権に相当する「特定被担保債権(法6条4項)」と、企業価値担保権固有のものである「不特定被担保債権(法6条5項)」の2種類を被担保債権とし(法7条1項)、受益者もそれに呼応して「特定被担保債権者(法6条6項)」と「不特定被担保債権者(法6条7項)」という。まず、特定被担保債権としては、企業価値担保権信託契約により定められた特定の債権又は一定の範囲に属する不特定の債権である対象債権のほか、対象債権が譲渡された場合等の当該対象債権を指す(法6条4項)。これに対し、不特定被担保債権は、債務者が清算手続開始原因に該当し、又は破産手続開始決定を受けた場合における当該債務者に対する財産上の請求権であって、清算会社の財産や破産財団から弁済又は配当を受けることができる債権をいう(法6条5項)。不特定被担保債権の典型例としては、一般債権等を有する者がそれにあたり、企業価値担保権における特徴的な受益者である。この規定は、企業価値担保権が債務者の総財産を担保目的としているところ、企業価値担保権が実行され、企業価値担保権者が換価代金全額から優先的に回収することとなると、実行手続後の債務者の清算・破産手続等に要する費用の原資等がなくなるおそれがあることを踏まえ、一般債権者等のため、一定の金額を留保するべきという考え方のもと、一般債権者等に対して受益者としての優先権を付与した(注8)。この不特定被担保債権(実際の配当の際は、不特定被担保債権留保額となる)が存在することで、事業全体の価値を換価した後の公平な配当分配に寄与し、将来の債権者との利害調整に資することや不特定被担保債権を含めた一体的な処理が行われないと個別の既発生債権のみが優先され、事業の継続・再生に必要な将来の取引先等との関係性が考慮されないなどのリスクに対応することが可能になるものと考えることができます。(5)効力発生要件及び優先順位企業価値担保権の得喪及び変更は、債務者の本店の所在地において商業登記簿に登記をしなければ効力を生じない(法15条)。そして、企業価値担保権に関する登記は、債務者の商業登記にかかる登記記録中の企業価値担保権区になされる。企業価値担保権の登記事項は、①登記の目的、②申請の受付の年月日及び受付番号、③登記原因及びその日付、④登記に係る企業価値担保権の権利者の名称及び住所、⑤登記の目的である企業価値担保権の消滅に関する定めがあるときは、その定め、⑥民法第423条その他の法令の規定により他人に代わって登記を申請した者があるときは、当該者の氏名又は名称及び住所並びに代位原因、⑦企業価値担保権の順位を明らかにするために必要な事項として法務省令で定めるものであり、具体例は図1のとおりである。【図1:企業価値担保権の登記がされた会社の登記記録】企業価値担保権と他の企業価値担保権や他の担保権との優先順位は、原則として対抗要件の具備の先後による。ただし、登記実務において注意を要するのは、企業価値担保権は商業登記簿に記録される一方、他の担保権(抵当権等)は、不動産登記簿に記録され、日付による優先劣後は判明しても、仮に登記申請日が同日の場合、一見するとどちらの登記が優先するか不明となる点である。この点については、具体的な事実関係に照らして、判断されることになると解するとされている(注9)。なお、債務者が保有する個別の財産に対して企業価値担保権の効力が及ぶことを第三者に対して主張するにあたり、別途の対抗要件の具備は要求されていないため、優先する担保権の有無を確認する実務上の負担や確認漏れリスクをいかに軽減するかが課題として掲げられている(注10)点には注意を要する。【企業価値担保権の仕組みポイント整理】項目ポイント根拠条文①企業価値担保権信託の設定債務者(会社)を委託者、企業価値担保権信託会社を受託者、貸し手(銀行等)等を受益者とする信託契約により設定。貸し手が直接担保権者にならない点が従来型の担保権と異なる。法8条1項②当事者信託会社は内閣総理大臣の免許・届出が必要。貸し手には特段の制限なし。債務者は会社法上の「会社」に限定され、個人事業者等は利用できない。法6条③担保目的財産将来キャッシュフローを含む総財産を一体として担保化。「のれん」も対象となる。法7条1項④被担保債権の種類特定被担保債権(通常の担保権と同様の債権)と、清算・破産時に一般債権者を保護するための不特定被担保債権の2種類がある。法6条4項・5項等⑤効力発生要件・優先順位商業登記簿への登記が効力発生要件。優先順位は原則対抗要件の先後によるが、不動産登記との先後関係が同日の場合は要注意。法15条3.類似する他の担保制度(1)企業担保法前述のとおり、事業を担保化する制度として、企業担保法が存在するが、同法は、被担保債権が社債に限られており、利用者としては社債を発行するような大企業が想定されていたことや個別財産に対する強制執行又は担保権の実行としての競売の場合、先取特権等の担保権が企業担保権に優先する(企業担保法7条)とされ、企業担保権よりも優先する権利が広範に認められることなどから、利用件数は乏しいものである。(2)全資産担保全資産担保とは、プロジェクトファイナンス(PF(注11))において、プロジェクトSPC(借入人)が保有するすべての資産について担保権の設定を受ける手法である。当該手法は、担保目的物を換価処分し、優先的に回収することを強調するのではなく、プロジェクトから将来生じるキャッシュフローによる回収を可能とするために、①プロジェクト内の資産が散逸するのを防止する機能や、②担保権実行を通じて、新スポンサーへのプロジェクト承継を円滑に行うための機能が重視されている。いずれにしても、個々の財産に対して担保権の設定を行うことから、事務及び費用の負担が大きい手法と言える。(3)株式担保株式担保とは、LBOファイナンス(注12)において、買収対象会社が将来生み出すキャッシュフローを返済原資とするものであり、対象会社の事業継続が前提であることから、買収SPC(借入人)が保有する対象会社の株式を担保に供するものである。全資産担保と合わせて利用されることが多いとされている。4.法施行後に実行された企業価値担保権の実例紹介筆者の調査によれば、推進法施行後において、企業価値担保権を組成したと公表する事例は9件であり、そのうち8件については、債務者名も公表されていることから、登記記録を調査することができた。調査結果は図2のとおりである。【図2:企業価値担保権組成実例一覧】登記記録やプレスリリースからの発表を整理すると事案は以下のとおりである。①株式会社Kokage地域の特産品である植物資源を活用したクラフトジン製造に関する技術力、商品の持つブランド力に裏付けされた事業の将来性・成長性に着目した創業間もない企業に対する融資②ケイテー株式会社合繊織物製造会社であり、一貫生産体制と独自の織繊技術を強みとした老舗企業【注:登記記録上は1948年(昭和23年)創業】に対する融資③株式会社能取湖荘国内最大級のサンゴ草(アッケシソウ)の群生地である国定公園・能取湖エリア内における唯一の旅館「能取の荘かがり屋」(地元オホーツク産食材を使用した料理に定評のある老舗旅館)を運営しており、コロナ禍、設備更新時期の到来や後継者への事業承継といった経営上の課題が顕在化したため、北洋銀行が、2023年に関連子会社が運営する事業再生ファンド(北海道オールスター3号投資事業有限責任組合)を通じて事業再生を図り、短期間での業績回復を実現したことから、ファンドから調達した既存の借入金および社債の借換資金として企業価値担保権付融資を実行。創業家後継者である現社長への事業承継を支援するため、社長に対して株式の買取資金となる融資も実行【注:登記記録上の設立は2022年(令和4年)である】④中森農産阿東株式会社中森農産社が有する「後継者不足という地域課題に対応する持続可能な事業モデルの構築」「有機米生産における競争優位性の確立と高付加価値化の実現」「AIを活用した生産・管理手法による品質および収益性の再現性」といった要素が成長性・拡張性を備えた「企業価値」であると評価し創業間もない企業に対する融資⑤アール・シーサービス株式会社建築資材卸売業者であり40年近くにわたり、スーパーゼネコンから地元建築会社まで数多くの販売先に、1万点を超える多種多様な商品を常時供給するビジネスモデルに着目した創業25年経過企業への融資⑥小泉チップ工業有限会社産業廃棄物である木くずを木材チップや製紙原料へとリサイクルし、付加価値のある製品へと転換する事業を展開しており、環境保全や資源循環、防災・減災をはじめとした国土強靭化政策に資するなど公共性および社会的意義、地域社会における役割の大きさ、今後の人材確保や育成の進展により、受入体制の強化や処理能力の向上が進み、事業拡大につながる余地を有している等として、創業45年経過企業への融資⑧有限会社スワニー製品開発に強みを持つ半世紀経過企業への融資⑨株式会社ライフブリーズコインランドリービジネスのビジネスモデルに強みを持つ創業間もない企業に対する融資5.法施行直後に実行された実例からの示唆推進法施行直後に調査できた実例は、いわゆるスタートアップ企業とビジネスモデルに定評のある企業の中でもそれなりに社歴を誇る企業、又は事業再生支援という企業群であった。その中でも、社歴を誇る企業群が散見されたことは、非常に興味深い。その理由としては、これら社歴の長い企業群が、事業承継に向けた取り組みの一環として企業価値担保権を利用したのではないかと推察できるからである。また、事業性融資の対象として創業間もない企業において、企業価値担保が利用されていたことも非常に興味深い示唆に富んでいる。私見としては、ベンチャーデットが徐々に浸透しているとは言え、将来IPOを目指すようなスタートアップ企業にとって、シードステージやアーリーステージでのデットファイナンスは企業価値向上の重荷になると考えており、またエクスパンションステージやレイターステージにおいては、企業価値担保権のメリットがスタートアップ企業にとって直接的に感じられず、やはりエクイティファイナンスの方が親和性が高いと考えているためである。他方、本実例においては、創業後間もなく、エクイティファイナンスを実行した形跡の無い企業群が企業価値担保権を利用していることから、融資金融機関(企業価値担保権の文脈からすると特定被担保債権者)から見ても、ビジネスモデルとして優位性・希少性が感じられたものであると思われ、伴走していこうとする心意気が見られたことはスタートアップを研究対象としている筆者からすると大きな発見と言える。ただし、今回の示唆には、地方スタートアップ特有の事情も加味されていると考えている。すなわち、商圏は、当該地方のみあるいはその周辺のみであったり、当該企業の目指す先がIPOではなく、地域に根差したビジネスモデルということではないだろうかと考える。詳細な検討ができていないため、あくまで想像の域を出ないが、地方スタートアップ(商圏が特定エリア型)と都市型スタートアップ(商圏は全国型)のような違いが融資金融機関の融資方針やスキームにおいても違いを生じさせていることを仮説としたい。6.終わりに企業価値担保権の創設がスタートアップに与える影響について、机上だけでなく、実例を調査することができたことから、企業価値担保権の片りんを垣間見ることができ、非常に有意義なものとなった。これに対し、筆者が実務において取引のある金融機関の融資担当者にヒアリングしたところ、当該金融機関(信用金庫)においては、企業価値担保権の利用は、現状想定していないとのことである。その理由としては、企業価値を評価する仕組みが整備されていないため、金額換算できないからとの回答であった。当該信用金庫が都心を対象としており、不動産担保を多く扱っている印象を受けることから、実際に企業価値担保権を活用した融資を行う必要がないのかもしれないが、地域金融機関としては、実際の企業価値担保権の活用事例を参照しながら、融資スキームの一つとして検討していくべきであろう。いずれにしても、有形資産を持たないスタートアップ企業や事業承継支援を必要とする企業群が当該制度を活用して資金調達をしやすい環境が整備されていくことは有意義であることから、筆者としても当該制度をより深く研究し、継続的に発信していくことにしたいと思う。<注釈>大来志郎監修ほか『逐条解説・事業性融資の推進等に関する法律:企業価値担保権の創設』(商事法務・2025.12)80頁によれば、依存することにより、以下のような課題が指摘されている。・金融機関等が、不動産の事業から独立して安定した価値によって貸倒れリスクを抑えることに腐心する場合、会社の事業性を踏まえた融資が行われなくなること。・経営者等による個人保証の存在によって、経営者において、事業のリスクテイク、早期の事業再生を躊躇するなど、事業経営の判断を歪める要因となること。前掲注1・2頁我妻栄『近代法における債権の優越的地位』(有斐閣・1953年)180頁、215頁前掲注1・3頁から34頁参照ただし、貸金業に該当する者であれば、貸金業法上の免許を有するなどの業法上の許認可の取得は必須である。前掲注1・99頁飯島隆博・倉持喜史・末廣裕亮・髙倉佑介著『企業価値担保権の実務Q&A』(金融財政事情研究会・2026.5)389頁によれば、総財産のうち、在外資産については、国際私法上、ある資産に対する担保権設定の効力が海外法によるものとされる場合、日本法の担保権設定に関する規律は適用されないことから、企業価値担保権設定の効力が生じないと言えるが、企業価値担保権の実行において在外資産のみを別に取り扱うことが困難な場合も考えられることから、今後の解釈論の蓄積が待たれる旨を示唆している。前掲注1・95頁井上聡・志甫治宣・堀内秀晃著『Q&A企業価値担保の実務』(商事法務・2026.4)102頁前掲注9・103頁前掲注7・366頁によれば、プロジェクトファイナンスは、特定のプロジェクトを与信の対象とし、返済原資が当該プロジェクトから生じるキャッシュフローに限定される融資をいう。前掲注7・377頁によれば、LBOファイナンスは、買収ファイナンスの一種で、M&Aにおける買収資金を調達する金融取引をいう。提供:税経システム研究所
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2026/08/20 会計レポート
後発事象に関する会計基準の概要
1.はじめに日本には、これまで後発事象に関する取扱いを定めた包括的な会計基準はなく、日本公認会計士協会が公表した監査基準報告書560実務指針第1号「後発事象に関する監査上の取扱い」(以下、「監基報560実務1号」という)にしたがって実務が行われてきました。一方、国際会計基準ではIAS第10号「後発事象」、米国基準ではTopic855「後発事象」において、後発事象の取扱いが定められています。このような背景をもとに、後発事象に関する会計基準の策定の必要性が指摘され、2024年8月に企業会計基準委員会(ASBJ)は、後発事象に関する会計基準の開発を再開しました(注1)。そして、2026年1月9日に、ASBJは、企業会計基準第41号「後発事象に関する会計基準」(以下、「基準41号」という)、企業会計基準適用指針第35号「後発事象に関する会計基準の適用指針」(以下、「適用指針35号」という)、補足文書「開示後発事象の例示及び開示内容の例示について」を公表しました。今回は、「基準41号」について解説します。「基準41号」は、「監基報560実務1号」で示されている会計に関する内容を基本的に踏襲したうえで、表現の見直しや後発事象の整理等を行っています(注2)。「基準41号」は、2027年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用され、早期適用はありません(13項)。また適用初年度においては、同期首から将来にわたって適用するので、遡及処理は行いません(14項)。2.後発事象の定義「後発事象」は、決算日後に発生した企業の財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況に影響を及ぼす事象のうち、評価期間の末日までに発生した事象です(4項)。評価期間の末日は、原則として、財務諸表の公表の承認日です(7項)。「監基報560実務1号」では、監査対象となる後発事象は監査報告書日までに発生した後発事象とされており、この点は「基準41号」に踏襲されていません(図表1)(注3)。図表1後発事象の評価期間(注4)監基報560実務1号基準41号監査報告書日まで財務諸表の公表の承認日まで3.後発事象の種類と会計処理後発事象は、修正後発事象と開示後発事象に分類され、それぞれ会計処理が定められています。(1)修正後発事象修正後発事象は、決算日後に発生した事象ではあるが、その実質的な原因が決算日現在においてすでに存在しており、決算日現在の状況に関連する会計上の判断または見積りをする上で、追加的またはより客観的な証拠を提供するものとして考慮しなければならない事象です(5項)。重要な修正後発事象については、財務諸表を修正します(8項)(注5)。修正後発事象の例と財務諸表の修正については、次のようなものがあります。売掛金などの貸倒れ決算日現在ですでに経営不安があった得意先が財務諸表の公表の承認日までに倒産した場合は、貸倒引当金の追加計上や貸倒損失の計上といった財務諸表の修正が必要になります。訴訟の判決の確定決算日現在で係争中だった訴訟について、財務諸表の公表の承認日までに判決が確定し、具体的な賠償額が判明するなど引当金の設定要件を満たした場合は、損害賠償引当金の追加計上といった財務諸表の修正が必要になります。(2)開示後発事象開示後発事象は、決算日後において発生し、当期の財務諸表には影響を及ぼさないが、翌期以降の財務諸表に影響を及ぼす事象です(6項)。開示後発事象の具体例(注6)としては、決算日後の新株発行等による多額の資金調達、決算日後に発生した災害損失、決算日後に発生した合併契約の締結(注7)といったものがあります。重要な開示後発事象については、その内容や影響額等の注記を行います(11項)(注8)。たとえば、「基準41号」では、新株発行に関する開示後発事象が次のように整理されています。図表2新株発行に関する開示後発事象出所「基準41号」設例1に一部加筆修正4.実務への影響「基準41号」は「監基報560実務1号」を踏襲していますが、実務には次のような影響が生じると考えられます。(1)決算日後の情報収集体制の強化後発事象の評価期間の末日は、原則として、財務諸表の公表の承認日とされていますので、決算日後から財務諸表の公表の承認日までに生じた重要な事象を継続的にモニタリングする必要があります。連結財務諸表では、連結子会社や持分法適用会社(在外子会社や在外持分法適用会社も含めて)で発生した後発事象も対象なので、これらの会社に後発事象の情報をタイムリーに報告させる体制が不十分である場合は、後発事象の報告漏れが生じるかもしれません。(2)財務諸表の公表の承認プロセスの明確化財務諸表の公表の承認について、財務諸表の公表の承認日と財務諸表の公表を承認した機関または個人の名称を注記します(10項)。したがって、財務諸表の承認に関するプロセスやガバナンス体制を構築する必要がありそうです。<注釈>過去には、2010年9月に審議を開始して、2011年3月に審議を停止した経緯があります。「基準41号」の範囲に定める後発事象に関する開示については、「企業会計原則」よりも優先して適用されます(1項)。その理由については、国際会計基準との整合性、財務諸表に対する二重責任の原則との関係、実務上の負担への配慮、日本のサステナビリティ開示基準との整合性が挙げられています(BC12、15)。なお、金融商品取引法の手続きでは、財務諸表の公表の承認日が先で、監査報告書日はその後になります。「適用指針35号」では、会計監査人設置会社においては、会計監査人により監査される計算書類等または連結計算書類については、後発事象の評価期間の末日は、「確認日」(計算書類等または連結計算書類を作成する監査契約上の責任を果たしたことを確認した日)とされています(4項)。「適用指針35号」では、会計監査人設置会社においては、計算書類等(連結計算書類)に関する確認日後、個別財務諸表(連結財務諸表)の公表の承認日までに発生した事象は、修正後発事象として取り扱わず、開示後発事象に準じて取り扱うこととされています(5項)。開示後発事象の例は、補足文書「開示後発事象の例示及び開示内容の例示について」で詳細に示されています。後発事象に関して、「基準41号」以外で具体的な処理が定められている会計基準等がある場合は、そちらも参照する必要があります。合併の場合、状況によっては、企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第55項にしたがって、重要な開示後発事象の注記が必要な場合もあります。影響額の見積りができない場合は、その旨と理由を注記します。提供:税経システム研究所
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2026/08/17 審査事例
「主として」居住の用に供している家はどっちか? 住民票移動後に住所変更手続きをしていない、風呂トイレは壊れたまま、水道使用量等を比べて、マンションと認定(棄却)
【裁決のポイント】所得税の「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例」(租税特別措置法第35条)は、本特例の適用を受けることだけを目的として入居したと認められる家屋、仮住まいなど一時的な目的で入居したと認められる家屋、別荘や趣味、娯楽または保養のために所有する家屋には適用されない。審査請求人は平成16年に父の相続で土地とその上の家屋を取得した(a市b町)。家屋の一部は審査請求人が代表する法人の店舗であった。翌年に妻と共有でマンションを購入し入居した(a市c町)。令和2年に相続土地は家屋を取壊して4,000万円で売却され、審査請求人は令和2年分確定申告で土地の譲渡所得税の計算において、家屋の居住用部分に対応する額に3,000万円の特別控除を適用した。譲渡前4年間、審査請求人の住民票はb町で登録されているが、税務署は、審査請求人が主として居住の用に供しているのはマンションであるとして本特例の適用を認めず、更正処分等をした。国税不服審判所は、住所変更手続きの有無や家屋メンテナンス状態、電気ガス水道の利用状況等について、家屋間の比較を行い、総合的に考慮すると、審査請求人の主たる生活の拠点はマンションであり、処分は適法と判断した事例である。(令和2年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分・棄却・令和7年6月20日裁決)【主な争点】本件家屋の居住用部分は、主としてその居住の用に供していたと認められるか。【裁決の要旨】租税特別措置法第35条第2項が規定する「居住の用に供している家屋」は、真に居住の意思を持って客観的にもある程度の期間継続して生活の拠点としていたことを要するものと解すべきであり、これに該当するか否かについては、譲渡者及びその配偶者等の家族の日常生活の状況やその家屋の利用の実態、その家屋の入居目的、その家屋の構造及び設備の状況等の諸事情を総合的に考慮し、社会通念に従って判断するのが相当である。審査請求人は、本件家屋への居住に当たって、一般に生活の本拠を異動する際の金融機関や保険及びクレジット契約に係る住所変更手続を行わず、また、日常生活を送る上で必要なトイレ及び風呂の修繕もしていなかった。一方で、本件マンションは、日常生活を送るのに十分な状態が保たれ、審査請求人が本件家屋住所に移転した後も、ふるさと納税の返礼品の受取が行われていたものと認められる。また、本件家屋及び本件マンションの電気、上下水道及びガスの使用量をみると、審査請求人は、本件家屋住所に移転した後も本件マンションにも引き続き居住していたことが推認できる上、本件マンションの電気及び上下水道の1か月当たりの平均使用料金は、e県における二人以上の世帯の平均使用料金と相関関係が認められる。居住者が二人から一人になれば、水道光熱費は一定程度減少するのが一般である。審査請求人が本件家屋に住所を移転した平成28年8月以降の電気、上下水道及びガスの使用量は前年同月と比較すると、これらの使用量に大差はなかった。したがって、これらの事実を総合的に考慮すると、審査請求人の主たる生活の拠点は本件マンションであり、本件家屋は、「審査請求人が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋」には該当しないから、本件特別控除を適用することはできない。【参照条文】租税特別措置法第35条(第6款居住用財産の譲渡所得の特別控除)租税特別措置法第31条の3《居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例》租税特別措置法施行令第20条の3《居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例》、第23条《居住用財産の譲渡所得の特別控除》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2026/08/10 審査事例
会社名義の車が代表者の奥様専用車に。隠ぺい・仮装した役員給与という税務署の主張を退け、国税不服審判所が示す経済的な利益の算定法と定期同額給与になる部分(一部取消し)
【裁決のポイント】法人税法第34条《役員給与の損金不算入》第3項は、法人が事実を隠ぺい又は仮装して経理をすることにより役員に支給する給与の額は、損金の額に算入しないと規定している。給与には見舞金等の例外を除く経済的な利益が含まれる。一方、継続的に供与される経済的な利益のうち、その供与される利益の額が毎月おおむね一定であるものは、例えば毎月定額の渡切交際費は、過大給与部分を除き定期同額給与として全額が損金になる。審査請求人の代表者Gの妻は、審査請求人が取得し、車両関連費用を支払う車両を専属的に利用していた。税務署は、車両の取得費や車両関連費用は、Gに対する経済的な利益として役員給与に該当し、妻が使用する車両の車両取得費等を審査請求人の費用に計上したことは、隠ぺい又は仮装であると主張して更正処分、重加算税賦課決定処分を行った。審査請求人は、個人の使用料相当額として損金性を否認されることはやむを得ないものの、車両は審査請求人の資産として処理されるべきであると主張した。国税不服審判所は、車両のあん分取得価額、保険料及びオートローン契約に基づく支払利息に相当する金額は、継続的に供与される経済的利益であるため定期同額給与に該当するとして更正処分の一部、Gへの経済的な利益が隠ぺい又は仮装されたと認められる証拠はないとして過少申告加算税の額を超える部分について処分の一部を取り消した事例である。(平成19年7月1日から平成22年6月30日の各事業年度の法人税の各更正処分及び重加算税の各賦課決定処分・一部取消し・平成24年11月1日裁決)【主な争点】本件車両の取得費及び車両関連費用は、法人税法第34条第3項の事実を隠ぺい又は仮装してGに対し支払った役員給与の額に当たるか。【裁決の要旨】審査請求人は、本件車両の購入に関する注文の当事者であり、信販会社を通じて本件車両の売買代金を支払い、自動車車検証に使用者として記載されていることからすると、本件車両の所有者であると認めるのが相当である。審査請求人からGに対して本件車両の贈与があった等、Gに対して給与を支給したのと同様の経済的効果をもたらしたとまでは認めることができない。また、本件車両関連費用は審査請求人の帳簿に記載されているから事実を隠ぺい又は仮装していたと認めるに足る証拠もない。ただし、Gの妻は、Gの権限を利用して、本件車両を専属的に利用していることが認められるから、本件車両の使用につき通常支払うべき使用料その他その利用の対価に相当する額(資産利用対価額)に相当する経済的な利益の額は、Gに対する役員給与に当たる。資産利用対価額は、本件車両の取得価額を基礎として、その使用可能期間(法定耐用年数6年、「車両及び運搬具-「自動車」-「その他のもの」)に占める貸与期間に相当する額を当該貸与期間の月数で均等あん分した1か月当たりの「あん分取得価額」及び1か月当たりの本件車両関連費用の合計額とするのが相当である。あん分取得価額、自動車保険料及び信販会社とのローン契約に基づく支払利息に相当する金額は、いずれも継続的に供与される経済的な利益であるため定期同額給与とされ、その全額が損金の額に算入される。他方、自動車税等の額は、継続的に供与される経済的な利益ではないため、定期同額給与に当たらないから、その全額が損金の額に算入されない。【参照条文】法人税法第34条《役員給与の損金不算入》法人税法施行令第69条《定期同額給与の範囲等》所得税法施行令第84条の2《法人等の資産の専属的利用による経済的利益の額》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2026/08/06 会計レポート
公益法人制度の改正(15)
はじめに「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」が、2024年(令和6年)5月に改正され、新たな公益法人制度が2025年(令和7年)4月から始まっています。この改正内容を受けて2024年(令和6年)12月に改正された「公益法人会計基準」(以下、改正会計基準)及び「公益法人会計基準の運用指針」(以下、改正運用指針)が公表されました。改正会計基準は、2025年4月1日からの適用とされていますが、経過措置として、2028年4月1日から適用することも認められています。今回は、「金融資産」のなかで、有価証券とデリバティブ資産を取り上げます。15.金融商品の会計処理(つづき)(3)有価証券(a)取得原価(改正会計基準、par.85)取得原価=購入代価+付随費用異なる取得原価により同一の有価証券が購入された場合には、売却等されたその有価証券については、総平均法等の方法により、売却等された有価証券の取得原価が算定されます。(b)有価証券の保有目的区分と評価方法(改正会計基準、pars.86-93)有価証券は、その保有目的に応じて、売買目的有価証券と満期保有目的の債券、子会社株式・関連会社株式、その他有価証券という4つに区分され、それぞれに評価方法が定められています。イ)売買目的有価証券(意義)市場価格の変動により利益を得ることを目的として保有する有価証券(貸借対照表価額)当該市場価格(=時価評価)(評価差額・売却差額の取扱い)活動計算書上の経常活動区分の部に、有価証券運用益または有価証券運用損の科目により計上ロ)満期保有目的の債券(意義)満期まで所有する意図をもって保有する債券(国債、地方債、政府保証債等)(貸借対照表価額)取得価額。ただし、債券を債券金額より低い価額または高い価額で取得した場合で、その差額が金利の調整と認められるときは、償却原価法に基づいて算定された価額償却原価法とは取得原価と債券金額との差額を、償還期に至るまで毎期一定の方法で貸借対照表価額に加減算する方法。当該増減額は、利息要素として処理。(企業会計上では、原則:利息法、簡便法:定額法。改正会計基準等では記述なし。)【設例】償却原価法の適用~満期保有目的の債券:割引発行の社債を購入した場合~X1年4/1額面金額2,000,000円(償還期限2年後、利子率3%、利払日3月31日)の社債を1,925,624円で購入。満期保有目的の債券に該当。実効利子率は5%《利息法》X1年度の1年間で増加させる社債の評価額36,281円≒X1年度の利息合計1,925,624円×5%-利息受取額2,000,000円×3%X2年3/31社債の評価額1,961,905円=X1年4/1現金支払額1,925,624円+36,281円X2年度の1年間で増加させる社債の評価額38,095円≒X2年度の利息合計1,961,905円×5%-利息受取額2,000,000円×3%X3年3/31社債の評価額(償還直前)2,000,000円=X2年3/31帳簿価額1,961,905円+38,095円なお実効利子率とは、次の算式のrを意味しています。《定額法》X1年度とX2年度の1年間でそれぞれ増加させる社債の評価額37,188円=(額面金額2,000,000円-発行価額1,925,624円)÷2年X2年3/31社債の評価額:1,962,812円=X1年4/1現金支払額1,925,624円+37,188円X3年3/31社債の評価額:2,000,000円=X2年3/31帳簿価額1,962,812円+37,188円注意:保有目的の変更の制限(改正運用指針、pars.9-10)(他目的→満期保有目的への変更禁止)満期保有目的の債券以外の有価証券を、取得後に保有目的を変更して、満期保有目的の債券とすることは、認められないとされています。(満期保有目的→他目的への変更:ペナルティ措置)一部の満期保有目的の債券の目的変更が行われた場合は、すべての満期保有目的の債券について目的変更が行われたものとして、売買目的有価証券またはその他有価証券に振り替えなければなりません。さらに目的変更を行った事業年度以後2事業年度において取得した債券を満期保有目的の債券として処理することはできなくなります。いわゆるペナルティ措置です。特に、満期保有目的の債券を売却して、より有利な債券(満期保有目的の債券)を購入した場合であっても、ペナルティ措置が取られることに留意しなければなりません。ハ)子会社株式・関連会社株式(意義)子会社:法人が直接的または間接的に他の会社の財務及び営業または事業の方針を決定する意思決定機関を支配している場合の当該他の会社の株式。⇒他の会社の議決権の50%超を保有した会社の株式ほか。関連会社株式:法人が直接的または間接的に他の会社の財務及び営業または事業の方針の決定に、重要な影響を与えることができる場合の当該他の会社の株式⇒議決権の20%以上50%以下を保有している場合の当該会社の株式ほか。(貸借対照表価額)取得価額ニ)その他有価証券(意義)売買目的有価証券、満期保有目的の債券、子会社及び関連会社株式以外の有価証券(貸借対照表価額)市場価格がある場合は、当該市場価格市場価格がない場合は、取得価額(評価差額の取扱い)純資産の部にその他有価証券評価差額金の区分を設けて計上。ただし評価減となる場合は、評価損をその期のその他費用として計上することが認められています(改正運用指針、par.11)税効果会計適用の場合は、当該評価差額は税引後(税効果額控除後)の金額による。なお翌期首に取得価額に洗替え。(売却差額の取扱い)活動計算書のその他活動区分の部に、「投資有価証券売却益」、「投資有価証券売却損」の科目により計上。市場価格のあるその他有価証券について、償却原価法を適用することとなる場合、償却原価と市場価格との差額が、評価差額金となります。【図表】有価証券の区分と評価差額の処理保有目的評価方法評価差額の処理売買目的有価証券時価評価その期の損益満期保有目的の債券原価評価または償却原価法償却原価法適用時には、利息計上あり子会社株式・関連会社株式原価評価-その他有価証券時価があれば、時価評価時価がなければ、原価評価原則:純資産直入例外:評価減をその期の損失計上可(c)有価証券の減損(改正運用指針、pars.⒔-17)市場価格がある有価証券のうち、売買目的有価証券以外について、市場価格が著しく下落し、かつ回復する見込みがないまたは不明である場合は、その市場価格で評価し、評価差額は費用として処理されます。市場価格がない株式については、発行会社の財政状態の悪化により実質価額が著しく低下したときに、相当の減額を行い、減額相当額はその期の費用として処理されます。(4)デリバティブ資産(デリバティブ取引に係る正味の債権)(意義)デリバティブ取引に係る正味の債権(貸借対照表価額)市場価格(評価差額)その期の収益または費用提供:税経システム研究所
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関連項目 会計レポート,財務会計
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