実務情報
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2026/04/20 審査事例
売掛金に形式上の貸倒れを検討する場合に注意。基本契約書等がなく、取引先に必要性が生じた都度、受注していた工事は、「たまたま取引」で、「継続的取引」でないと判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】売掛金は回収が滞っても、借用証書のある貸付金等と違い、直ちに債権確保手続きに入ることが事実上困難な事情があることから、法人税基本通達9-6-3(本件通達)は、一定期間取引停止後弁済がない場合等に形式上の貸倒れを認めている。その場合とは、(1)債務者との取引停止後1年以上経過している場合、(2)同一地域の売掛債権の総額が取立費用より少なく、督促しても弁済がない場合であり、(1)は、継続的な取引を行っていた債務者の支払能力等が悪化したためその後の取引を停止するに至った場合であって、たまたま取引を行った場合の売掛金には適用がない。本件の審査請求人は建設工事会社である。飲食業経営等のA社の代表者は親戚で同一地域に住んでおり、A社から頼まれる都度、各種工事を請け負い、代金請求をしてきた。審査請求人は、A社から過去3回の工事代金(本件売掛金)の支払いがないため、直近の工事をした期の申告期限である令和2年6月にはA社との取引が停止するに至ったと判断した。このことをA社には通知していない。そして審査請求人は、令和4年4月期に再度A社に請求をし、期末までに支払いがないため、貸倒損失として損金経理をした。しかし翌期にはA社からの別工事を受注し、その代金を回収している。税務署が、A社との取引は単発で継続的取引とはいえないとして本件通達の適用を認めないと、審査請求人は継続的取引に該当すると主張した。国税不服審判所は、A社に必要性が生じた都度の取引は「継続的な取引」とは認められず、A社との取引が停止したとも認められない、両代表者が同一地域に住んでおり(2)にも該当しないから、本件通達の適用は認められないと判断した事例である。【主な争点】本件貸倒損失は令和4年4月期において損金の額に算入されるか。【裁決の要旨】(1)A社と継続的な取引を行い、取引を停止したか審査請求人とA社との間には、建築工事の必要性が継続的にあることを前提とした基本契約書等のやり取り等はなく、審査請求人がA社から工事を継続的に請け負う関係にあったということはできず、むしろ、審査請求人とA社は、各工事の必要性が生じた都度、工事の受発注と代金の請求を行っていたとみるのが自然である。したがって、審査請求人とA社との間で行われた各工事は、本件通達に定める「継続的な取引」とは認められない。また、A社は本件売掛金を支払わなかったという点のみをもって、資産状況、支払能力等が悪化したとまでは認め難く、令和4年5月以降の審査請求人とA社との関わりからすれば、審査請求人が本件取引先との取引を停止したとは認められない。審査請求人が、本件通達に定める「継続的な取引を行っていた債務者につきその資産状況、支払能力等が悪化したためその後の取引を停止するに至った」とは認められない。(2)本件売掛金の総額がその取立費用に満たないか審査代表者とA社代表者はいずれも同一地域内に在住していることからすれば、本件売掛金は、本件通達に定める「法人が同一地域の債務者について有する当該売掛債権の総額がその取立てのために要する旅費その他の費用に満たない」とは認められない。したがって、本件通達の定めは適用されず、本件貸倒損失は令和4年4月期の損金の額に算入されない。【参照条文】法人税法第22条(第2款各事業年度の所得の金額の計算の通則)法人税基本通達9-6-3《一定期間取引停止後弁済がない場合等の貸倒れ》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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関連項目 審査事例 -
2026/04/20 経営レポート
国税庁が進める税務行政におけるAIの活用
1.はじめに近年、行政分野では、人口構造の変化に伴う人手不足、事務処理の複雑化、住民や事業者に対するサービス向上の要請を背景として、デジタル技術の導入が加速している。税務行政においても同様であり、国税庁は、申告、調査、徴収、相談対応などの各分野で、データの利活用と業務処理の高度化を進めている(注1)。その中でも、近年とりわけ注目されているのがAIの活用である。税務行政におけるAI活用の意義は、単に職員の作業を省力化することにとどまらず、膨大な申告情報や納税履歴、過去の調査結果、税目間の関連性、業種別の傾向などを横断的に分析することで、限られた行政資源をより効果的に配分し、重点的に確認すべき対象を把握しやすくする点に大きな意味がある。従来は人の経験や勘に依存していた部分についても、データ分析を通じて客観性を高め、税務行政全体の精度を向上させることが期待されている。一方で、このような変化は、納税者である企業や個人事業者にも影響を及ぼす。従来は帳簿や証憑を備えていること自体が評価される場面もあったが、AIにより異常値や不自然な傾向を抽出することが容易になるため、今後は、数値の動きや取引内容について、なぜその処理を行ったのか、どのような経緯があったのかを、第三者に対して合理的に説明できる状態を整えておくことが重要になり、企業側には説明可能性と処理の一貫性がより強く求められるようになると考えられる。本稿では、国税庁が進めているAI活用の現状を整理するとともに、その進展が企業に与える影響や、今後企業等が取り組むべき事項について考察してみたい。2.国税庁におけるAI活用の現状2.1税務調査対象の選定高度化国税庁のAI活用として最も広く認識されているのは、税務調査対象の選定における分析の高度化である。従来、税務調査の対象選定には、申告内容の確認、業種特性、過去の調査実績、担当職員の知見等が用いられてきたが、電子申告の普及や申告情報の蓄積が進む中で、大量のデータを横断的に分析し、調査の優先順位付けを行う手法の有効性が高まっている。令和6事務年度の法人税等の調査事績の概要(注2)には、「AIも活用しながら、あらゆる機会を通じて収集した資料情報等や申告書の分析・検討を行うことにより、調査必要度の高い法人を的確に抽出し、実地調査を実施しました」と記載されており、AIは、申告書や決算情報、消費税・法人税・所得税等の関連情報、過去の修正申告や申告漏れ事例などを基に、一般的傾向から外れる数値や行動パターンを検知し、調査必要性の高い対象を絞り込む補助機能として活用されていると考えられる。このような仕組みが進展すると、従来であれば見落とされ得た軽微な不整合や、税目横断で見たときに浮かび上がる不自然な点も把握されやすくなる。企業にとっては、単年度の法人税申告のみを整えるのではなく、売上計上、仕入計上、役員報酬、交際費、消費税区分、源泉徴収事務等が、全体として矛盾なく管理されていることが重要となる。2.2滞納整理・納税管理における活用AI活用は、税務調査対象の選定に限られない。徴収分野においても、過去の納付履歴や接触履歴等の情報を活用し、滞納整理の実効性を高める方向性がうかがえる。限られた人員の中で、どの納税者に優先的に対応すべきかを判断するうえで、データ分析の重要性は今後さらに高まると考えられる。また、国税だけでなく、東京都練馬区が富士通Japan株式会社と開発した『未納対策支援AI』(注3)のように、自治体においても、AIを用いて未納対策や職員への案件配分の最適化を図る取組が見られる。この点は、税務行政が経験依存型からデータ活用型へと移行しつつあることを象徴している。従来は、担当者の経験や地域事情に基づく判断が大きな比重を占めていたが、AIの導入によって、過去事例の集積を踏まえた客観的かつ再現性のある意思決定が進む可能性がある。このため、企業の立場から見れば、滞納や納付遅延が発生した場合の行政対応が、従来よりも迅速かつ的確になる可能性が高い。そのため、税務対応は調査時のみの問題ではなく、資金繰りの管理、納税資金の確保、期限管理の徹底といった日常的な経営管理の一部として認識する必要がある。2.3AI-OCR等による紙資料のデジタル化税務行政の高度化を支える基盤として、紙情報のデジタル化も重要なポイントである。申告及び届出の電子化は進んでいるものの、なお紙媒体で提出される書類や添付資料は存在する。これに対し、AI-OCR等を活用して紙情報を電子データ化し(注4)、検索及び分析可能な状態に変換する取組が重視されている。紙資料のデジタル化が進めば、単なる保管から一歩進み、情報資産としての活用が可能になるため、過去提出書類との比較、申告内容との整合性確認、税目横断分析など、従来は人手に頼らざるを得なかった確認作業の効率化が見込まれる。2.4データ統合基盤整備の進展とKSK2AI活用を税務に定着させるためには、税務データを個別に保有するだけでは不十分であり、必要な情報を横断的に確認できる統合基盤が求められる。例えば、申告情報、納税履歴、届出情報、調査関連情報などが連携しやすくなれば、個別の数値だけでは見えにくかったリスクも把握しやすくなる。特に重要なのは、単年度・単一税目で見るのではなく、時系列や関連税目を通じて全体像を捉えることが可能となる点である。このような基盤整備の一環として、国税庁は、従来の国税総合管理システムを刷新し、次世代国税総合管理システム「KSK2」の導入を予定している(注5)。KSK2は、それ自体がAIそのものというよりも、税務行政のデータ処理基盤を高度化し、結果としてAI活用を進めやすくするための基盤として重要な意味を持つ。従来の税務行政では、税目ごとに情報が分かれていたり、紙資料が残っていたりすることで、分析可能な情報の範囲や即時性に限界があったが、KSK2の整備により、申告情報、納税履歴、各種届出、調査関連情報などを横断的に把握しやすくなれば、AIが活用できるデータ環境も大きく広がることになる。これにより、法人税、所得税、消費税、相続税など複数の税目をまたいで不整合や異常な動きを把握できれば、個別には見えにくかったリスクも浮かび上がりやすくなり、例えば、法人と代表者個人間の資金移動、関連会社間取引、役員報酬と個人所得の整合性、売上計上と消費税処理の対応関係などを立体的に検討できるようになる可能性がある。さらに、調査現場で、必要な情報へ迅速にアクセスできる環境が整えば、現場で確認した事実とAIによる分析結果を結び付けながら、論点整理や確認作業をより機動的に進めやすくなる。将来的には、過年度比較や業種平均との比較、関連当事者取引の変動状況などを即時に参照し、その場で説明を要する論点を明確にする運用も想定される。もっとも、AIは数値上の異常や傾向の偏りを見つけることはできても、その背景事情や個別の経営判断の合理性まで自動的に理解できるわけではない。そのため、最終的な判断はあくまで税務職員が行い、納税者に対する説明責任や公平性、情報管理の厳格性を確保することが不可欠である。したがって、AI活用は、人の判断を置き換えるものではなく、現時点では人の判断を支える高度な基盤として位置付けるのが適切である。2.5AI活用の効果令和6事務年度法人税等の調査事績の概要(注2)では、法人税・消費税に関する実地調査件数が5万4千件と対前年比7.4%減少する中で、追徴税額の総額は3,407億円(対前年比+6.6%)、調査1件当たりの追徴税額は6,342千円(対前年比+15.4%)と追徴税額が高水準となっていることが示されており、対象選定の精度向上が成果につながっている可能性が示唆されている。これは、すべての納税者を均等に確認するのではなく、リスクの高い案件に重点的に行政資源を投入する「選択と集中」が進んでいることを意味する。しかし、その一方で、どのような基準で対象が抽出されているのかが納税者から見えにくく、不透明感につながるおそれがある点や、学習データの偏りや例外的事情の存在により、本来問題のない案件が異常として抽出される可能性が否定できないとの指摘もある(注6)。AIはあくまで行政判断を支援する手段であり、最終的には人による合理的な確認と説明責任の確保が不可欠であるため、分析結果を過度に信用しすぎると、現場での事情聴取や個別事情の確認が不十分になる懸念もある。この点は行政側だけでなく、対応する企業側にとっても重要なポイントである。2.6税務で用いられるAI国税庁の内部アルゴリズムや運用詳細のすべてが公表されているわけではないため、以下では、税務分野で一般に用いられるAI技術の仕組みを、税務行政への活用場面を念頭に置いて整理してみる。税務で用いられるAIは、一般に想像されがちな「人間の代わりに自動で違法性を判断する」ものではなく、膨大な税務データの中から、通常の傾向と異なる動きや、重点的に確認すべき可能性がある事例を見つけやすくする分析技術にある。言い換えれば、AIは結論を出す主体ではなく、税務職員が確認すべき対象を効率的に絞り込むための補助装置として機能するものである。この仕組みを理解するうえで、まず重要なのは、AIが分析対象とするデータである。税務行政では、申告書の数値、決算情報、納税履歴、届出情報、過去の調査結果、税目間の整合関係、さらには紙で提出された資料をAI-OCRで読み取ってデータ化した情報など、さまざまな情報が対象となり得るが、AIは、こうした大量のデータをそのまま扱うのではなく、まず形式をそろえ、欠損や重複を整理し、分析しやすい状態へ整える。この前処理は、ばらばらの形式で集まった書類を同じ分類基準で整理し直す作業に近い。次に行われるのが、「特徴量」と呼ばれる判断材料の作成である。特徴量とは、AIが比較や判定の手がかりとして使う数値や指標のことである。たとえば、売上高そのものだけではなく、前年からの増減率、粗利率の変化、交際費比率、役員関連支出の推移、消費税の申告内容と売上計上額との対応関係、同業他社と比べたときの数値のずれなどが、特徴量として用いられる可能性がある。そのうえで、AIは大きく分けて二つの方法で活用されることが多い。第一は、「異常検知」である。これは、過去の正常な傾向や同業平均から大きく外れる事例を見つける方法であり、必ずしも過去に不正と確定した事例だけを学習しなくても利用できる。第二は、「予測」や「分類」である。こちらは、過去に調査で申告漏れや修正が確認された事例と、そうでない事例をもとに、どのようなパターンに注意が必要かを学習し、新しい案件に対するリスクの高低を算出する方法である。また、近年では、AI-OCRによって紙資料を読み取り、文字情報をデータ化する技術や、文章の中から取引先名、金額、日付、契約内容などを抽出する自然言語処理の技術も重要になっている。これにより、紙の請求書や契約書、届出書などに含まれる情報も検索や比較の対象にしやすくなる。さらに、税務の分野では、様々な関係者間の関係性を分析する手法の活用も有効である。法人、代表者、親族、関連会社、取引先などのつながりを図式的に捉え、資金移動や取引の流れをネットワークとして見ることで、通常とは異なる取引集中や循環的な資金移動を見つけやすくなる。このような分析は「グラフ分析」や「ネットワーク分析」と呼ばれ、数値だけでは見えにくい関係性の偏りを把握するのに役立つとされる。もっとも、これらの技術が導入されても、最終判断までAIが自動で行うわけではない。税務上の判断には、臨時的な事情、業界特有の商慣行、経営上の合理的な理由など、数値だけでは分からない背景が数多く存在する。そのため、AIが示した「要確認」の結果は、あくまで税務職員が確認を始めるための手がかりであり、最終的には人が資料や説明を踏まえて判断する必要がある。このようなことから、企業側にとって重要なのは、AIそのものを過度に恐れることではなく、こうした技術が「不自然な数値の動き」や「説明のつきにくい処理」を見つけやすくする仕組みであると理解し、自社の記帳、証憑保存、処理ルールの一貫性、説明資料の整備を平時から高めておくことであると言える。3.今後企業等が取り組むべき事項3.1「帳簿がある」から「説明できる」への転換AI活用が進む税務環境において、企業に求められる水準は変化している。従来は、帳簿や証憑が一定程度整備されていれば、税務上の基本的対応として評価される面があった。しかし今後は、単に記録が存在することに加え、その数値や処理の背景を合理的に説明できることが重要となる。このため、企業がまず取り組むべきは、売上、仕入、経費、在庫、資金移動等の基礎データを正確かつ適時に記録することである。例えば、売上が前年対比で大きく増減した場合、役員関連取引が増加した場合などには、その理由を裏付け資料とともに示せる状態が求められる。また、高額取引、臨時費用、役員関連支出、例外処理などについては、請求書や領収書のみならず、契約書、見積書、稟議書、議事録、メール、取引メモ等を含めて保存することが望ましい。重要なのは、「この支出はなぜ必要であったのか」「この処理はなぜこの科目で行ったのか」を第三者が追える状態にしておくことである。また、時系列比較も重視される。各期の処理方針が一貫しているか、同種取引に対する勘定科目や計上基準がぶれていないか、月次推移に異常な変動がないかといった点は、AI分析との親和性が高い。企業としては、「その年だけうまく整える」対応ではなく、継続的に整合性を維持する体制が必要である。3.2会計処理ルールの標準化と内部統制の整備大企業では内部統制や経理規程、システム化が比較的進んでいる一方、中小企業では経理処理が属人的であり、証憑管理や承認フローが曖昧なケースも少なくない。そのため、AIを前提とした税務行政の進展は、特に中小企業に対して実務上の影響が大きいと考えられる。担当者によって勘定科目が異なる、同種取引でも処理時期がばらつく、承認フローが曖昧である、といった状況は、AI分析上も不自然なデータを生みやすい。したがって、経理規程、運用基準、証憑保存ルール、承認手続等を明文化し、誰が担当しても同じ処理結果となる仕組みを整備する必要がある。AI時代には、企業側も自らのデータを分析し、異常値やリスクを把握しておくことが望ましい。前年同月比、粗利率、在庫回転率、交際費比率、役員関連費用の推移など、基本的な管理指標を定期的に確認するだけでも、潜在的リスクの早期発見につながる。このようなセルフチェックは、税務調査対策としてだけでなく、経営判断の精度向上にもつながると考えられるため、税務対応と経営管理を切り離すのではなく、データ品質向上を両者に共通する課題として捉えて対処することが望ましい。3.3生成AI活用に関する社内ルール整備企業自らが、自社のデータを分析し、異常値やリスクを早期に把握する場面や、文書作成補助や情報整理の効率化を図る場面では、企業自身が生成AI等を活用する機会も増えると考えられる。一方で、税法解釈や個別事情の判断には専門性と責任が伴うため、AIはあくまで補助的に用い、最終判断は人が行う体制を徹底することが望ましい。このため、AI活用を進めるに当たっては、機密情報や個人情報の入力制限、AI出力内容のレビュー手順、最終承認者の明確化、利用履歴の管理等に関する社内ルールを策定することが必要である。AIを使う側のルール整備もまた、AI時代の企業実務における重要課題である。3.4専門家との連携強化税理士、公認会計士、社会保険労務士、弁護士等の専門家との連携は、従来以上に重要になる。今後の税務実務では、単なる申告書作成代行ではなく、月次レビュー、異常値分析、役員取引点検、電子保存体制整備、社内規程策定支援など、予防的かつ継続的な関与が求められる。特に中小企業においては、社内人員だけで高度な対応を完結させることは難しい場合が多いため、外部専門家を「調査が来たときだけ相談する相手」ではなく、「平時から管理水準を高める協力者」と位置付けることが望ましい。4.終わりに国税庁が進めるAI活用は、税務調査対象の選定、滞納整理、紙情報のデジタル化、データ統合基盤の整備等を通じて、税務行政全体をデータ駆動型へと転換させる重要な流れである。今後の税務行政は、電子申告の普及を前提として、データの蓄積から分析、分析から重点対応へと進化していくと考えられ、税目横断分析、時系列比較、業種比較、取引関係の把握などが進展すれば、従来は断片的にしか把握できなかったリスク兆候も、より早期に可視化されることになるだろう。この変化は、企業等に対して、従来以上に高度な説明可能性を要求する。すなわち、正確な記帳、一貫した会計処理、十分な証憑保存、税目横断での整合性確保、異常値の事前把握、専門家との連携等を平時から整えておく必要がある。企業側としては、「見つからなければよい」という受動的発想ではなく、「見られても説明できる状態をつくる」という能動的姿勢への転換が求められるが、これを企業にとっての脅威であるととらえるのではなく、自社の管理体制を見直し、持続可能な経営基盤を強化する契機であると考えて対処することが望ましい。<注釈>国税庁,税務行政のデジタル・トランスフォーメーション2023,https://www.nta.go.jp/about/introduction/torikumi/digitaltransformation2023/index.htm国税庁,令和6事務年度法人税等の調査事績の概要,https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2025/hojin_chosa/index.htm練馬区,練馬区プレスリリース2024年3月27日版,https://www.city.nerima.tokyo.jp/kusei/koho/hodo/r6/r603/20240327.files/20240327.pdf国税庁,AI-OCRの概要,https://www.e-tax.nta.go.jp/shiyo/ksk2/ksk2_ai-ocr.htm国税庁,国税庁レポート2025,https://www.nta.go.jp/about/introduction/torikumi/report/2025.pdf東京地方税理士会,第51回日税連公開研究討論会デジタル化社会における税理士の役割と納税者の権利利益の保護,https://city.itto.co/koukaiken51/download_file/38/1/東京地方税理士会%20第51回論文集_web用.pdf提供:税経システム研究所
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2026/04/13 審査事例
取引条件の中に答えはあった。課税仕入れの日を機械設備等の納品とその後の据付工事で区分することはできず、検収で全体が完了する一つの請負契約であると判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】「課税仕入れを行った日」は、原則として、表裏の関係である「資産の譲渡等の時期」の取扱いに準じて決まる。請負については、原則として、物の引渡しを要する請負契約においては、その目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日、物の引渡しを要しない請負契約にあっては、その約した役務の全部を完了した日とされる(消費税法基本通達9-1-5)。また、事業者が機械設備等の販売に伴いその据付工事を行った場合は、その据付工事が相当の規模で、その据付工事に係る対価の額を合理的に区分できるときは、機械設備等と据付工事を区分して、それぞれにつき資産の譲渡等を行ったとすることができる(基本通達9-1-9)。事業者がこの取扱いによらない場合には、据付工事を含む全体の引渡しのあった日が資産の譲渡等の時期になる。本件の審査請求人は、A社に2件の太陽光発電設備導入を発注し、必要な機器が納品され、A社から受領した第1回分請求書を支払い、基本通達9-1-9によりその課税期間の課税仕入れと処理した。A社は前受金処理をしていた。翌課税期間に作業が完了し、審査請求人はA社に検収書を発行すると、第2回分請求書(残額)を受領して支払った。税務署は、一つの契約なので基本通達9-1-5により対価の全額が翌課税期間の課税仕入れになるとして更正処分等を行った。国税不服審判所は、各契約の取引条件に、機器についての納期や代金支払いの定め、機器搬入で所有権が審査請求人に移転する定めもないことから、基本通達9-1-5により判断されることになり、課税仕入れを行った日は翌課税期間と判断した事例である。(平成30年8月13日から平成31年3月31日課税期間の消費税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分・棄却・令和3年3月23日裁決(非公開))【主な争点】各契約に係る課税仕入れの時期はいつか。【裁決の要旨】各契約には、各機器の搬入によって各機器の所有権及び危険負担が審査請求人に移転する旨の定めはなく、また、A社担当者の申述及び審査請求人代表者の答述からすると、A社が平成31年3月25日に各機器を搬入したことをもって、各機器の所有権及び危険負担がA社から審査請求人に移転したとは認められない。各契約においては、各機器の金額とそれ以外の金額を区分することができるが、第1回分請求書の合計金額である本件金員は、各機器の代金に対応するものとはなっていない。そうすると、各請求書に係る請求は、各契約に基づく各営農型太陽光発電設備導入サ-ビス料の合計金額の一部(取引条件で2回払いと定められたうちの発注時の請求分、内金)であって、各機器の代金の請求であるとは認められない。以上のことからすると、各契約は、A社が各営農型太陽光発電設備導入サ=ビスを完了させ、各営農型太陽光発電設備を請求人に引き渡すことを約する、それぞれ全体で一つの請負契約であり、各契約には各機器の販売取引は存していないため、審査請求人が主張する各機器の販売と据付工事が一体となった請負契約であるとは認められない。課税仕入れを行った日は、消費税法基本通達9-1-5を適用して、A社がその目的物の全部を完成させ、審査請求人に引き渡した日である。【参照条文】消費税法第2条《定義》、第30条《仕入れに係る消費税額の控除》消費税法基本通達11-3-1《課税仕入れを行った日の意義》、9-1-5《請負による資産の譲渡等の時期》、9-1-9《機械設備の販売に伴う据付工事による資産の譲渡等の時期の特例》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2026/04/10 商事法レポート
所在不明取締役をめぐる問題
1.はじめに公開会社は取締役会設置会社なので(会社法327条1項1号)、3人以上の取締役が必要ですし(会社法331条5項)、その中から代表取締役を選定しなければなりません(会社法362条3項)。それに対して、非公開会社であれば、取締役会は必要ではなく、取締役1人で足りますし、複数いる場合でも、特に代表取締役を定めなければ、取締役各自が会社を代表します(会社法349条1項~3項)。しかし、会社法制定前は、株式会社では3人以上の取締役が必要とされていたため(2005年改正前商法255条)、法定数を確保するための名目的な取締役も少なくなかったようです(注1)。名目的な取締役ですと、何年も経つと所在不明になる可能性もあります。所在不明株主がいる場合の対応策については、以前に取り上げました(注2)。株式会社の役員は、株主と異なり、任期満了や死亡によってその地位を失うので、役員の所在が不明であっても時間が解決してくれそうです。しかし、役員の所在が不明の場合には、会社運営に重大な支障が出るため、速やかな対応が必要です。特に代表取締役の所在が不明な場合、速やかに新しい代表者を選任しないと、契約や銀行手続きができなくなります。また債務者会社の取締役が所在不明になった場合には、債権回収が著しく困難になるおそれがあります。そこで所在不明取締役をめぐる問題を検討します。なお本稿では指名委員会等設置会社や監査等委員会設置会社は除外しますし、種類株式発行会社も除外します。2.取締役の退任(1)取締役の退任事由株式会社と取締役の間の関係は委任に関する規定に従うので(会社法330条、民法653条)、取締役の①死亡、②辞任、③任期満了、④解任、⑤欠格事由の発生(会社法331条3号・4号)、⑥破産手続開始決定と、⑦会社の解散によって取締役は退任します。所在不明取締役について問題が生じるのは、主に①②③の場合でしょう。(2)会社の解散・破産手続開始決定株式会社が解散すると、会社の清算事務を行うための清算人が選任され、通常の事業活動を行う取締役はその地位を失いますが、多くの場合はそれまでの取締役が清算人に就任します(会社法478条)。会社が解散したときは、2週間以内に解散の登記をしなければなりません(会社法926条)。株式会社が破産手続開始決定を受けると、会社は解散しますが(会社法471条5号)、会社財産の管理処分権が破産管財人(破産法2条12項)に移り、取締役は会社財産を処分できなくなるため、通常は退任すると考えられます。しかし、判例(最判平成21年4月17日裁判集民事230号395頁)は、株式会社の取締役又は監査役の解任又は選任を内容とする株主総会決議不存在確認の訴えの係属中に当該株式会社が破産手続開始の決定を受けても、破産財団の管理処分権は破産管財人に移るものの、取締役らの地位は当然には終了せず、上記訴訟についての訴えの利益は当然には消滅しないと判示しています。いずれにせよ破産手続開始の決定をしたときは、裁判所は直ちにその公告をするので、所在不明という事態は生じないでしょう。(3)取締役の破産手続開始決定・欠格事由発生取締役が個人的に自己破産した場合、会社との委任契約が終了するため、退任しなければなりません(民法653条、会社法330条)。しかし、自己破産は取締役の欠格事由ではないため(会社法331条参照)、取締役の破産手続き開始後であっても、株主総会で選任されれば、再び取締役に就任できると解されます。欠格事由はいずれも刑罰であり(同条3号・4号)、これも会社が知らないということはありえないでしょう。(4)解任・死亡会社はいつでも取締役を株主総会の決議により解任することができます。解任は原則として普通決議事項です(会社法339条1項、309条1項・2項7号)。定款で変更することもできますが、定足数を総株主の議決権の3分の1未満にすることはできません(会社法341条)。解任に正当事由のないときは、解任された取締役は会社に対して損害賠償を請求することができます(会社法339条2項)。所在不明の取締役の解任は、取締役としての職務を放棄して音信不通になっており、会社に対する善管注意義務に著しく違反するため正当な理由に該当すると考えられます(注3)。また取締役解任の訴えもあります。取締役の職務の執行に関し不正の行為又は法令定款に違反する重大な事実があったにもかかわらず、当該取締役の解任議案が株主総会において否決されたときは、議決権総数又は発行済株式総数の100分の3以上の議決権を6か月前から引き続き有する株主は、当該株主総会の日から30日以内に当該取締役の解任を請求する訴えを提起できるというものです(会社法854条)。取締役は死亡すれば直ちに退任します。ただ会社が死亡通知を受けていないと所在不明となるおそれはあります。連絡が取れない場合には、その取締役を解任して、後任者を選任すべきでしょう。株主総会の招集権者である取締役が不在の場合は、株主全員の同意で招集手続きを省略することができます(会社法300条)。あるいは裁判所に仮取締役(後述)の選任を申し立てることもできます。(5)辞任・任期満了と取締役権利義務者・仮取締役取締役はいつでも辞任できます(民651条1項)。会社に対して辞任の意思を表示するので、会社は当然辞任の事実を把握しているはずです。取締役の任期は、原則として選任後2年以内に終了する定時株主総会の終結時までですが、定款又は株主総会決議によって短縮することができます(会社法332条1項)。また非公開会社では、定款で2年を10年まで延長することができます(同条2項)。任期満了により取締役に欠員が生じなければ、当該取締役は退任しますが、欠員が生じる場合には、後任者の選任によって旧取締役は任期満了により退任となります。それに対して、欠員のまま後任取締役の選任が行われない場合には、任期の満了又は辞任により退任した取締役は、新たに選任された取締役が就任するまで、なお取締役としての権利義務を有するとされています(会社法346条1項)。自己の取締役登記は自動的には消えませんし、取締役としての職責から解放されるためには、会社に後任者の選任をしてもらう必要があります。欠員が補充されれば、取締役権利義務者は自動的に退任します。しかし、会社が欠員の補充をしない場合には、裁判所に仮取締役を選任してもらうという方法があります。これは、利害関係人の申立てにより、裁判所は必要があると認めるときに、一時取締役の職務を行うべき者(仮取締役)を選任することができるというものです(同条2項)。取締役権利義務者は利害関係人に該当すると解されます。なお仮取締役に対して会社が支払う報酬額は、裁判所が定めることができます(同条3項)。3.登記義務の懈怠と休眠会社の整理取締役が退任したときは、2週間以内に退任の登記をする必要があります。取締役の退任により欠員が生じるときは、後任の取締役を選任し、選任及び退任の登記をする必要があります(会社法915条1項、911条3項13号)。登記を怠っていると、100万円以下の過料が科される可能性があります(会社法976条1号)。さらに連絡が取れないからといって必要な登記をしないで放置しておくと、休眠会社のみなし解散の対象となります。休眠会社とは、最後の登記があった日から12年を経過した株式会社をいいます。法務大臣が休眠会社に対し2か月以内に本店所在地の管轄登記所に事業を廃止していない旨の届出をすべき旨を官報に公告した場合に、その届出もせず、その期間内に登記もしないときは、その2か月の期間の満了時に解散したものとみなされます(会社法472条1項)。ただし、解散したものとみなされてから3年以内であれば、株主総会の決議により、当該会社を継続することができます(会社法473条)。この場合には、登記義務を怠ったことが明白ですから、過料が科される可能性は高いでしょう。なお特例有限会社では、取締役の任期もありませんし、休眠会社のみなし解散の制度もありません(注4)。4.債務者会社の取締役の所在不明債務者会社の取締役(特に代表取締役)が所在不明で連絡が取れない場合、債権回収は困難な状況に陥ります。どのような法的な手段を用いれば、債権回収手続きを進めることが可能でしょうか。まず所在不明の代表取締役の所在を調査すべきです。代表取締役の氏名住所は登記事項とされているので(会社法911条3項14号)、商業登記簿を確認して、登記事項証明書を取得します。しかし、2024年10月1日から「代表取締役等住所非表示措置」が施行され商業登記簿には最小行政区画までしか記載されません(令和6年商業登記規則等の一部を改正する省令)(注5)。代表取締役等住所非表示措置が講じられた場合には、登記事項証明書等によって会社代表者の住所を証明できないため、金融機関から融資を受ける際に不都合が生じたり、不動産取引等の際に必要な書類(会社の印鑑証明書等)が増えるなどの影響が生じることが想定されます。債務の履行を求めて訴訟を提起する場合、通常、裁判書類は相手方に直接送達する必要がありますが、住所が不明な場合、裁判所の掲示板に訴状を掲示することで、送達されたとみなす公示送達の制度を利用できます(民事訴訟法110条以下)。公示送達により、相手が出席しなくても裁判を進め、判決をもらうことができるため、相手方の所在が不明でも、裁判を進めて債務名義(強制執行に必要な書類)の取得は可能です。代表取締役が不在で契約や法的対応ができない場合、債権者は利害関係人として裁判所に仮取締役の選任を申し立てることができます。残っている取締役がいる場合は、その取締役を代表者として交渉・法的手続きを行います。役員の住所が分からなくても、会社の資産(銀行口座、事務所の不動産など)を特定できれば、強制執行が可能です。いずれにせよ役員が逃げている状況での回収は専門的な法知識が必要であり、弁護士に相談すべきです。5.終わりに取締役の所在不明は、当該会社の運営上の問題だけでなく、当該会社の他の取締役や債権者にも重大な影響が出る可能性があります。実質的な経営者の雲隠れによって、残された取締役、特に名目的な取締役が対第三者責任を追及されるリスクも少なくありません(注1参照)。役員の所在不明を漫然と放置せず、速やかな対応が必要です。<注釈>最大判昭和44年11月26日民集23巻11号2150頁は、代表取締役が他の代表取締役等に会社業務の一切を任せきりにし、業務執行になんら意を用いないで、ついにはそれらの者の不正行為ないし任務僻怠を看過するにいたるような場合には、自らもまた悪意・重過失により任務を怠ったものとして、会社法429条1項(旧商法266条ノ3第1項前段)の責任を認めました。また最判昭和48年5月22日民集27巻5号655頁は、株式会社の取締役会は会社の業務執行につき監査する地位にあるから、取締役会を構成する取締役は、会社に対し、取締役会に上程された事柄についてだけ監視するにとどまらず、代表取締役の業務執行一般につき、これを監視し、必要があれば、取締役会を自ら招集し、あるいは招集することを求め、取締役会を通じて業務執行が適正に行なわれるようにする職務を有するとして、社外重役として名目的に就任した取締役についても同条の責任を認めました(同旨、最判昭和55年3月18日判例タイムズ420号87頁)。河内隆史「所在不明株主への対応」MonthlyReportNo.205所在不明ではありませんが、持病が悪化したため、療養に専念するため代表取締役を辞任した取締役の解任が正当事由ありとされた判例があります(最判昭和55年3月18日判例タイムズ420号87頁)。2006年に会社法が施行され、有限会社法が廃止されました。それ以降は新たに有限会社を設立することができません。それ以前に設立された有限会社は、会社法施行後も「有限会社」の商号のまま「株式会社」として存続が認められています。このような有限会社を「特例有限会社」と呼びます。通常の株式会社に変更することも可能ですが、一旦変更すると、有限会社に戻ることはできません。しかし、特例有限会社では、従来の有限会社と同様に、役員任期に法律上の定めがありませんし、休眠会社のみなし解散の制度もありません(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律18条、32条)。相澤哲編著『一問一答新・会社法』(商事法務、2005年)169頁。代表取締役等住所非表示措置を希望する者は、登記申請と同時に登記官に対してその旨申し出る必要があります。この申出は、設立登記、代表取締役等の就任登記、代表取締役等の住所移転による変更登記など、代表取締役等の住所が登記されることとなる登記の申請と同時にする場合に限り認められます。非上場会社がこの申出をする場合は、登記申請書に、①代表取締役等住所非表示措置を希望する旨、②代表取締役等住所非表示措置の対象となる者の資格、氏名及び住所、③申出に当たって添付する書面(実質的支配者リストの保管の申出をしている場合は、その旨及び申出先)を記載します。参照https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00210.html#2-2提供:税経システム研究所
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2026/04/09 会計レポート
中小企業が身につけておきたい原価管理の知識(30)
1.はじめに本シリーズでは、経営・会計において欠かせない原価管理の考え方を紹介します。前回の記事では、企画・開発段階、製造・保守段階の原価管理において購買部門が果たす役割を確認しました。いずれの段階でも、購買活動における原価管理のために取引先との協力が非常に重要です。今回は、購買部門を中心に行われる取引先との協力を通じた原価管理について説明します。購買部門が取引先と協力して行う改善活動の目的は、企画・開発段階、製造・保守段階によって異なります。以下では、各段階における取り組みを見ていきましょう。2.企画・開発段階における取引先との協力製品原価の多くの部分が決まるのは、企画・開発の段階です。製品によっては、原価にかかわる要因(コストドライバー)の70%から80%程度が製品開発で決まってしまうとも考えられています(谷2022,p.227)。そのため、早い時期から取引先にプロジェクトへ参加してもらい、ともに改善活動を進めることが重要です。企画・開発段階における取引先との協力は、新製品の目標原価を中心とする目標値の達成を目指して行われます。特に、企画・開発の初期段階から、調達、開発、生産等の自社の関連部門、そして、必要に応じて、取引先(の候補)が関与して、製品の仕様、期間、生産量、原価に関して最適な水準に達するように図面を作り込む活動(開発購買と言う)が行われることもあります。この場合、前回の記事でも説明したように、調達部門が開発部門や生産部門との協議のうえで管理対象とする部品の選定、その部品の目標原価を決めて、そのうえで取引先候補にも参画してもらいながら、図面の作り込みを行います。ここでは、現状の把握、目標原価をはじめとする目標値を達成するための改善策の実行、実行後の評価と確認を行います。3.製造・保守段階における取引先との協力製造・保守段階での取引先との協力は、顧客からの要求を受けた改善や、利益予算の達成のために行われます。具体的な方法には、購買戦略やVA(価値分析)による改善、交渉による改善があります。これらは、取引先ごとに行われることが多いですが、対象となる部品等のグループごとに行うこともあります。(1)購買戦略やVAによる改善この方法では、購買部門が中心となって数年におよぶ購買戦略・計画を作成し、それらを基に取引先との協議を行います。改善策については、製品別だけでなく、取引先別や購入する部品別に施策を行います。例えば、部品ごとに、購入方法や技術的な検討による改善、取引先の変更、部品の内製化が行われます。また、年度ごとの活動では、年度の初めに、これまでに購買部門等がVAにより検討した改善案を取引先へと提示するとともに、取引先からも改善案を提示してもらいます。出された提案を両社で検討して、役割分担や納期を決めて、施策を実行します。この協議は、自社と取引先での創意工夫のもとで改善活動を強化するために行われています。この取り組みから何らかの成果が得られた場合に備えて、成果の配分方法を予め定めておくと、安定的な運営がしやすいでしょう。(2)交渉による改善この方法では、購買部門が中心になって、取引先に対して、取引価格を下げるように依頼します。改善の対象や金額等の依頼内容は、取引先からの購入量、前年度の改善実績等を参考にして決めます。ただし、このような依頼は、取引先自らが工程の改善を行うことで得られた利益を取引価格に反映するように求めることにもなります。発注した企業による一方的な要求は、取引先の疲弊にもつながり、取引関係が悪化する可能性もあります。ここでも、将来の見通しや改善を通じて得られた成果の配分について取引先と予め協議しておくことが、事後的なトラブルの回避につながります。なお、中小の事業者がかかわる取引では、「取適法(中小受託取引適正化法)」(注1)による規制があることにも注意が必要です。取適法では、発注元の事業者には、買いたたき(発注する物品・役務等に通常支払われる対価に比べて、著しく低い代金を不当に定めること)、代金の減額(発注時に決めた代金を、受注者側の責任なく減額すること)、協議に応じない一方的な代金決定(協議に応じなかったり、必要な説明を行わなかったりと、一方的に代金を決定すること)等の11の行為が禁じられています。取適法に違反した事業者に対しては、公正取引委員会ないし中小企業庁による調査のうえで指導や助言が行われ、それでも改善が見られない場合は、勧告が出されることもあります。違反した企業として社名が公表される可能性もありますので、もし公表された場合には、企業の社会的信用が失墜することや、取引先や消費者からの信頼を失うことにもなり、企業にとって大きなリスクがあります。購買部門やその担当者には、発注する事業者が守るべきルールをしっかりと理解したうえで、取引先に対して誠実に対処していくことがこれまで以上に求められていると言えるでしょう。4.おわりに2と3では、各段階の目的に応じて行われる取引先との改善活動について見てきました。企画・開発段階の早期から取引先との協力を進めることで、コスト競争力上も有利に取引を行うことが可能です。また、製造・保守段階でも、取引先と強固な協力関係を築くことで、より効果的な改善が可能になります。そのためには、取引先と対等な立場で取引を進めることも重要です。参考文献谷武幸.2022.『エッセンシャル管理会計第4版』中央経済社.吉田栄介・伊藤治文.2021.『実践Q&Aコストダウンのはなし』中央経済社.<注釈>「取適法」は、2026年1月に「下請法」を改正して施行された法律で、事業者間の業務委託取引において中小の事業者の利益を保護し、取引の適正化を図ることを目的にしています。今回の改正では、本文でも取り上げた「協議に応じない一方的な代金決定」等の禁止事項が追加され、発注した事業者による不当な要求に対する規制が強化されています。取適法の詳しい内容は、公正取引委員会の『取適法リーフレット』(URL:https://www.jftc.go.jp/file/toriteki_leaflet.pdf閲覧日:2026年3月3日)をご覧ください。提供:税経システム研究所
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2026/04/06 審査事例
「価値の減少しない美術品」とは、鑑賞対象としての部分がその価値のほとんどを占めるものとして社会通念上確立しているもの。納税者のスーパーカーは車本来の価値もあり「車両運搬具」と判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】譲渡所得の基因となる資産が「使用又は期間の経過により減価する資産」の場合は、資産の取得費の計算において、取得日から譲渡日までの期間の減価償却費の累積額(非業務用資産は減価の額)を控除する(所得税法第38条)。骨とうのように歴史的又は希少価値があり、代替性のないものや、美術関係の年鑑等に登載されている作者の工芸品等は、「時の経過によりその価値の減少しない資産」とされている(所得税基本通達2-14)。本件の審査請求人は、観賞目的でスーパーカー1台(本件車両)を1億3,000万円で購入し、車両ナンバーを付けず、28年後に売却した。申告がないため税務署は調査し、本件車両は「使用又は期間の経過により減価する資産」として取得費を計算して更正処分等を行った。審査請求人は、本件車両は自動車本来の効用を果たしていない、製造は3年間に53台のみで希少価値が高く代替性がなく、美術品と同様の性格であるから、時の経過により価値の減少しない資産に該当すると主張した。国税不服審判所は、本件車両は車であり、その価値は希少性のみでなく、車本来の機能にも置かれていることなどから、骨とう等に該当せず、「使用又は期間の経過により減価する資産」に該当するとした事例である。(令和元年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分・棄却・令和7年6月24日裁決)【主な争点】本件車両は、所得税法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》第2項に規定する「使用又は期間の経過により減価する資産」に該当するか。【裁決の要旨】資産の価値は、原則として、個別具体的な事情や当該資産に対して納税者の置く主観的意義付けを離れて、その類型ごとに社会通念上想定される本来的な目的や効用という観点から判断すべきである。鑑賞以外の実用的な目的又は機能が想定される資産が、なお、「時の経過によりその価値の減少しない資産」に該当するといえるには、骨とうに類するといえる程度の長期間を経てもなお確立した高い価値を維持しているような場合等に限られる。本件車両は、自動車であるから、減価償却資産「車両及び運搬具」に該当し、原則として「時の経過によりその価値の減少しない資産」には該当しないものものというべきである。次に本件車両は、本件売却後に出品されたオークションの説明文において、総生産台数は53台であること及び高性能のエンジンを搭載し、スーパーカーとしての機能をもって公道を走行できることが掲げられていることからすると、希少性のみではなく、その搭載するエンジンや走行性能といった自動車本来の機能にも価値が置かれていることは明らかである。さらに、本件車両は、製造から28年程度しか経過していない。加えて、近年までのオークションにおける同種車両の落札価格の推移については、いまだ不確定な面があるといわざるを得ない。以上のことからすると、本件車両が、「骨とう」すなわち「古美術品、古文書、出土品、遺物等」に類するといえる程度の長期間を経てもなお確立した高い価値を維持しているような場合に当たると解することはできない。したがって、本件車両は、所得税法第38条第2項に規定する「使用又は期間の経過により減価する資産」に該当する。【参照条文】所得税法第2条《定義》、第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》、第49条《減価償却資産の償却費の計算及びその償却の方法》所得税法施行令第6条《減価償却資産の範囲》、第85条《非事業用資産の減価の額の計算》所得税基本通達2-14《書画、骨とう等》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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関連項目 審査事例 -
2026/04/02 会計レポート
企業が生き残るための製品・サービスの原価計算の勘所(25)
1.岡本[2000]による販売費及び一般管理費の分類と販売費分析という意味このシリーズの(19)で、販売費及び一般管理費を分類するにあたり、一橋大学岡本清名誉教授の名著『原価計算』の最新版である六訂版[岡本,2000]では、販売費は、これを経常的に製品へ配賦されることはなく、一般管理費とともに、期間原価として当該会計期間の収益と対応して計算するので、販売費の計算では、販売費会計(marketingcostaccounting)とはいわずに、販売費分析(marketingcostanalysis)というほうが普通である[p.700]と述べていることを説明しました。そして、岡本[2000]は、一般的に行われる販売セグメント別分析として、①製品品種別分析、②販売地域別分析、③顧客種類別分析、④注文規模別分析、⑤販売経路別分析の5項目をあげています[p.700]。2.岡本[2000]による販売地域別分析(その1)(1)販売地域別分析の意義岡本[2000]は、製品品種別分析の説明[pp.701-709]につづき、販売地域別分析の方法を説明しています。以下、岡本[2000]が「表13-2」[p.710]として示した営業所別損益計算書の数値例を一部修正した図表1にもとづき、販売地域別の分析について説明します。出典:岡本[2000,p.710,表13-2]を修正岡本[2000]は、販売地域別分析を、「製品品種別分析と並んで、もっとも多く行われる販売費分析」[p.709]であると説明しています。岡本[2000]は、「販売費にたいする責任者は、通常、営業所長など利益センターの責任者であるから、販売費管理の良否は、その責任センターの売上高との関連において判断されなければならない」[p.709]といいます。そして、図表1のような様式の「特定の販売地域を担当する営業所長の業績測定、および営業所自体の収益性判断に使用する損益計算書」[岡本,2000,p.709]を示しています。図表1の様式は、国内であれば、たとえば都道府県といった販売地域ごとに作成し、その販売地域を担当する営業所がその販売費の計画と統制を行うにあたって使用します。それぞれの販売地域は、国内市場を分割していますので、マーケティングでいうところの「セグメント」になります。その意味で、図表1の様式は、セグメント別損益計算書の構成要素であるといえます。したがって、異なる販売地域の営業所別損益計算書を並べて、「特定の販売地域を担当する営業所長の業績測定、および営業所自体の収益性判断に使用する」[岡本,2000,p.709]場合、営業所長の業績を比較して判断したり、異なる販売地域における販売費発生の特性を把握したりすることに役立ちます。たとえば、得意先との綿密な関係性を築かなければ売上高が伸びない販売地域であれば、他の販売地域よりも接待費が多く発生しているとか、北海道のような広域の販売地域では旅費交通費が多く発生しているというような傾向がわかるかもしれません。(2)営業所別損益計算書図表1に示した様式の営業所別損益計算書で分析するにあたり、岡本[2000]は、このシリーズの(21)でも引用したように、「責任センターの業績測定には、純益法は適さない」[p.709]といいます。そのため、図表1の営業所別損益計算書の様式は「直接原価計算方式ではないが、一種の貢献利益法による損益計算書である」[岡本,2000,p.709]といいます。岡本[2000]は、図表1の様式による営業所別損益計算書の分析において、注意するべき4点をあげています。①売上高から標準売上原価を差引いて標準売上総利益を計算する図表1の営業所別損益計算書では、直接原価計算方式を採用しないで、売上高から販売した商品の全部原価である「標準売上原価」を差引いています。分析の対象である営業所の営業活動の貢献度は、「売上高総額ではなく、売上高から売上品の製造原価(売上原価)を控除した額」[岡本,2000,p.709]、すなわち図表1の営業所別損益計算書における「標準売上総利益」で評価する点をあげています。その理由の一つめは、「販売活動の担当者は、自分の業績を過大に評価する危険がある」[岡本,2000,p.710]からだといいます。二つ目の理由は、「営業所長にとっては、工場における製造能率の良否は無関係である」[岡本,2000,p.710]ことです。標準原価計算を採用している場合には、実際原価との差異により、製造活動の能率を評価できますが、図表1の営業所別損益計算書は販売費の分析をするための様式ですから、売上高から「標準売上原価」を差引くことで差異分析をする必要はありません。したがって、売上原価は「標準売上原価」のままでよいことになります。②標準売上総利益から管理可能販売費を差引いて営業所長貢献利益を計算する図表1の営業所別損益計算書の注意するべき点として岡本[2000]が2番目にあげるのは、「標準売上総利益から、営業所長にとって管理可能な販売費が差し引かれ、営業所長の貢献利益(salesmanager’sprofitcontribution)が計算される点」[p.710]です。この段階の利益は、営業所長の権限によって管理できるという意味で「営業所長の管理可能利益」[岡本,2000,p.710]であるといえます。この利益は、「管理不能販売費、および各営業所に共通の販売費や一般管理費の回収に貢献し、さらにそれらの原価を回収したのちは、会社全体の利益獲得に貢献する利益」[岡本,2000,p.710]であり、営業所長の業績を評価する指標です。③営業所長貢献利益から管理不能販売費を差引いて営業所貢献利益を計算する岡本[2000]が3番目にあげる営業所別損益計算書の注意点は、「営業所長貢献利益から、当営業所で発生するが、営業所長にとっては管理不能な販売費が差し引かれ、当営業所ないし当販売地域の貢献利益(districtprofitcontribution)が計算されている点」[p.710]です。この段階の利益は、営業所長の業績評価ではなく、「当営業所ないし当販売地区自体の収益性を、他の地区との比較において判断するため」[岡本,2000,p.710]に計算します。④本来は、予算額・実績額・差異額を記載する岡本[2000]があげる営業所別損益計算書の4番目の注意点は、図表1の営業所別損益計算書には、本来その金額欄に、予算・実績・差異を記載するべきであるが、紙幅の都合上省略しているということです。今回の図表1では、様式を理解しやすいように、実績額の左側に予算額の欄を、また、実績額の右側に差異額の欄を、それぞれ簡略化して示してあります。しかしながら、岡本[2000,p.710]が示す計算例の表では、実績額の左右に予算額の欄と差異額の欄がありません。ところが、管理会計あるいは原価計算の実務においては、営業所長の業績評価を行うにせよ、営業所(またはその販売担当地区)自体の収益性を判断するにせよ、まずは利益計画としての予算を編成します。そして、その予算額と実績額とを対比してその差異額を計算し、実績が予算を下回った(あるいは上回った)原因を判断し、必要に応じて矯正活動を行います。そのためにも、本来は予算額・実績額・差異額を記載し、経営管理に役立てます。参考文献伊藤嘉博・目時壮浩、2021『異論・正論管理会計』中央経済社。大蔵省企業会計審議会、1962「原価計算基準」大蔵省企業会計審議会。岡本清、2000『原価計算』六訂版、国元書房。岡本清・廣本敏郎、2024a『検定簿記講義/1級工業簿記・原価計算下巻』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎、2024b『検定簿記講義/2級工業簿記』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎・尾畑裕・挽文子、2008『管理会計』中央経済社。小林啓孝、1997『現代原価計算講義』第2版、中央経済社。小林啓孝・伊藤嘉博・清水孝・長谷川惠一、2017『スタンダード管理会計』第2版、東洋経済新報社。清水孝、2006『上級原価計算』第2版、中央経済社。清水孝、2014『現場で使える原価計算』中央経済社。清水孝・長谷川惠一・奥村雅史、2004『入門原価計算』第2版、中央経済社。園田智昭、2021『プラクティカル原価計算』中央経済社。谷武幸、2022『エッセンシャル管理会計』第4版、中央経済社。提供:税経システム研究所
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2026/03/31 経営レポート
戦略的医療機関経営 その169
【サマリー】2026年度診療報酬改定も大詰めを迎えている。業界で「短冊」と呼ばれる、改定内容は記載済みだが、新点数は伏字になっている資料が公表された。まだ新点数が明らかになっていないので、定量的に影響度合いを推し量ることはできないが、どのような内容かは明らかになったので、本レポートより、その改定内容の解説を行う。改定内容は病院や診療所など規模や医療機関の持っている診療機能ごとに関係する内容が異なるので、今回のレポートでは、「急性期病院」に関係する内容を解説する。1.基本方針診療報酬改定において、最初に「基本方針」が立てられます。この方針に沿って診療報酬改定の強弱が決まります。今回の基本方針は以下の通りです。物価や賃金、人手不足等の医療機関等を取りまく環境の変化への対応【重点課題】2040年頃を見据えた医療機関の機能の分化・連携と地域における医療の確保、地域包括ケアシステムの推進安心・安全で質の高い医療の推進効率化・適正化を通じた医療保険制度の安定性・持続可能性の向上(1)が重点課題となっているので、医療機関の経営環境の変化への対応が、大きく変化する可能性が高いということになります。この場合の変化というのは具体的には、新点数、点数のアップなど医療機関側からすると収益が上がる内容となります。次の(2)については、特に現在の人口動態への対応を「地域包括ケアシステム」で行っていますが、そのために医療機関の機能を併せるというメッセージ性が高い方針です。「2040年ごろ」となっていますが、この2040年ごろは、どのような年かというと、高齢者の人口がピークを超し、高齢者人口が減少に転じる年代です。高齢者の人口が医療に与える影響は大きく、医療機関の患者の多くが高齢者です。したがって、患者が減少に転じるとことにも繋がります。さらに少子高齢化が進み、現在より高齢者割合は高くなり、同時に地域により大きく様相が異なることになります。このような状況の変化に医療機関が対応することを診療報酬改定で求めているのです。残りの(3)、(4)はいずれも毎改定で方針に入ってきているものです。2.改定率診療報酬改定率は、+3.09%とプラス改定となりました。基本方針の重点項目にもありましたが、医療機関を取り巻く経営環境の変化への対応のためのプラス改定です。しかし、その中身を詳しく見てみると、特に医療機関の経営者の立場だともろ手を挙げて喜べない状況です。まず、+3.09%ですが、2026年度に3.09%上がるわけではありません。この+3.09%というのは、令和8年度及び令和9年度の2年度平均値です。令和8年度に+2.41%あがり、令和9年度に+3.77%あがるという2段階方式です。医療機関の経営環境がこれほど悪化していて、厚労省もその認識の上での診療報酬改定であるのに、疑問が残ります。さらに改定内容の施行月ですが、2026年6月です。新年度の4月ではありません。少しでも早く施行されるべきだと思いますが2か月後連れします。しかも6月の改定の新点数が実際に医療機関に収入として計上されるのは、8月です。レセプトという医療業界独特の請求方法により、請求は1か月に1回、レセプト(請求内容)が審査されるという過程を経ますので、即入金されるわけではありません。しかも、+3.09%の具体的な中身ですが、賃上げ分として+1.70%となっています。つまり、+3.09%の半分以上は賃上げに回ってしまします。医療機関の従事者にとっては、給与が上がりますので、良い事なのですが、経営者にとっては非常に悩ましいのではないでしょうか。給与はいったん上げると下げることは簡単にできません。その財源としての今回の診療報酬改定ですが、この先の改定もプラス改定になる保証はありません。なお、薬価などについては、以下の通りです。薬の価格、診療材料費の価格を下げて、診療報酬本体に回した形です。ちなみに薬価が下がるということは薬の値段が下がるということなので、生活習慣病などで毎月薬を購入している人は、5月までの値段より、6月以降のほうが支払額が低くなる可能性があります。3.急性期病院に関する改定内容①急性期病院一般入院基本料等の新設急性期の病院にあった一般入院基本料という診療点数がふたつに分かれます。救急搬送件数や全身麻酔手術件数、人口の少ない地域における地域での救急搬送受入状況等を踏まえ、当該病院機能に関する要件を施設基準とした急性期病院一般入院基本料及び急性期病院精神病棟入院基本料を新設するとありますので、基本方針に合ったように、その地域の状況に合わせた急性期医療の診療点数を新設したことになります。具体的には、「特に高い基準を満たす患者の割合に係る指数が●割●分以上、一定程度高い基準を満たす患者の割合に係る指数が●割●分以上の病棟であること。」とあるように、急性期医療の患者である重症度が高い、急性期の疾患の患者の入院患者割合によりAとBに区分されます。新点数はまだ明らかになっていませんが、BよりAの点数のほうが高いと考えられます。急性期の医療機関はこれから若い世代の人口が減少するにつれて、急性期医療機関の患者数も減少すると考えられています。また多くの医者は急性期の医療を行いたいがために医者になっているという動機もあり、今後の急性期医療機関の経営は厳しいものが予想されます。②特定機能病院入院基本料の見直し大学病院の本院などが、特定機能病院です。この特定機能病院は急性期医療の頂点です。しかし、大学病院といえども、経営悪化の波は変わりません。そこで、従来からある特定期病院入院基本料の点数がアップされる予定です。ただし、先ほどの急性期一般入院基本料がAとBに区分されたように、この特定機能病院入院基本料も同じくAとBに区分されます。③特定集中治療室管理料の見直し急性期医療の象徴的な(ICUなどの)集中治療室の管理料ですが、見直される予定です。一般病棟に比べて、集中治療室に入院している患者のほうがこの管理料などもあり患者単価は高いです。そこで、一部の医療機関では、集中治療室に入れなくても良いような患者をあえて集中治療室に入れて高い収益を確保しようとする動きもありました。そこで、重症の救急搬送患者や全身麻酔手術後患者に特に密度の高い医学的管理を行うこと等が特定集中治療室を有する病院が担う役割であることを踏まえ、特定集中治療室管理料について、救急搬送件数及び全身麻酔手術件数に関する病院の実績を要件とするとなります。まだ具体的な救急搬送件数や全身麻酔手術件数は明らかになっていませんが、この2要件が入ったことで、不正請求はできなくなります。また救急車の受け入れを増やそうとする医療機関も当然増えますので、救急車の奪い合いなども場合によっては考えられます。全身麻酔手術患者数が要件に入った理由は、全身麻酔で手術を行う患者は重症度が高いと考えられるからです。この要件がはいったことにより、軽症者ばっかりを入院させていた医療機関は急性医療から排除されることになります。④短期滞在手術等基本料の見直し従来は手術というと、入院してと大変なイメージでしたが、現在は多くの手術が日帰りや1泊程度の入院で実施可能です。その短期滞在術の基本料が見直されます。具体的には対象疾患の追加や診療点数の見直しが行われます。追加疾患)・ガングリオン、眼瞼下垂、緑内障、経皮的シャント、下肢静脈瘤、内視鏡的大腸ポリープ、肛門良性腫瘍、痔核など⑤時間外対応体制加算の充実休日・夜間等の問い合わせや受診へ対応する体制整備を更に推進する観点から、時間外対応加算の評価を見直されます。特に夜間や休日の対応は医療機関の人員も少なく困難です。そこで、この加算点を見直し(点数のアップ)により、休日・夜間に病院を受診する軽症患者の減少や、病院勤務医の負担軽減に繋がる取組を更に推進するとしています。⑥手術等の医療技術の適切な評価医療技術評価分科会における検討結果等を踏まえ、新規技術(先進医療として実施されている技術を含む。)の保険導入及び既収載技術の再評価(廃止を含む。)を行います。簡単に言うと、先進医療のような新規技術に新たに点数をつける。既収載技術は点数を上げたり、下げたりしますということです。総じて難易度の高い手術は診療点数が高いです。⑦高度急性期病院におけるロボット手術の評価の新設本会でも紹介したダヴィンチなどのロボット手術ですが、実施件数の応じた点数となります。内視鏡手術用支援機器を用いた手術について、多数の手術を実施している保険医療機関における医療機器の効率的な活用及び高額医療機器の集約化を図る観点から、ロボット手術について、年間手術実績に応じた新たな評価を行う。具体的には、悪性腫瘍手術及びそれに準じた手術のうち、内視鏡手術用支援機器を用いた手術の症例が年間200例以上である場合の評価を新設されます。新点数名称:内視鏡手術用支援機器加算⑧慢性心不全の再入院予防の評価の新設心不全は一定数、再入院が必要になるケースがあります。心不全治療による再入院予防を推進する観点から、急性心不全で入院した患者に対して、早期から多職種による介入を実施し、退院後も必要な治療を地域で連携して実施した場合について、新たな評価を行います。具体的には、呼吸困難等の症状を伴う急性心不全を発症し入院した患者に対し、地域連携に係る要件を満たした保険医療機関が、多職種により心不全の再入院予防の取組を行う場合の評価を新設されます。新点数名称:心不全再入院予防継続管理料⑨医療DX推進体制整備加算等の見直し特に急性期医療に関連するわけではありませんが、関心が高いと思われますので、記します。医療DX関連施策の進捗状況を踏まえ、普及した関連サービスの活用を基本としつつ、更なる関連サービスの活用による質の高い医療の提供を評価する観点から、診療録管理体制加算、医療情報取得加算及び医療DX推進体制整備加算の評価を見直されます。具体的には、医療情報取得加算及び医療DX推進体制整備加算を廃止し、診療録管理体制加算におけるサイバーセキュリティ対策に係る要件を見直した上で、初診料、再診料、外来診療料及び入院料加算として、電子的診療情報連携体制整備加算を新設することになります。新点数名称:電子的診療情報連携体制整備加算また、ICT等の活用による看護業務効率化の推進のために、ICT機器等の活用により看護要員の業務を軽減したうえで、適切に患者の看護を行うことができる体制がある場合は、看護職員に対する看護師の比率等について、1割以内の減少である場合は、入院基本料等の基準を満たすものとして、所定点数を算定できるよう見直す。と人員基準を緩和してまで、ICTやDXの導入を促しています。具体的なICTの活用とは、全病棟患者の見守り可能なシステム導入、看護記録の自動作成、データ入力→記録→保存→活用が可能なシステム、手に持たず複数人と同時に通話できるシステム、直接対面せず、多人数職員間で情報共有できるシステムが挙げられています。さらに看護業務が軽減した(常勤病棟看護師が平均残業時間が10時間以内)という調査の実施と院内公表が要件となっています。さらに、医師事務作業補助体制加算の見直しでは、生成AIを活用し、退院時要約、診断書及び紹介状等の原案作成を自動的に行い、当該業務を大幅に効率化する医療文書等の文書作成補助システム②診療録、退院時要約、診断書及び紹介状の作成に対応する医療文書等への入力を行う医療文書用の音声入力システム(汎用音声入力機能を除く。)③救急医療情報システム等への医療データ等の定型的な入力作業等を自動化するロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)④入退院時の説明、検査・処置、麻酔・鎮静、手術、インフォームド・コンセント及び医療安全・感染対策等に関する10種類以上の患者向け説明動画が具体的例として挙げられています。生成AIやRPAなどがいよいよ入ってきました。⑩救急外来医療に係る評価の再編救急医療機関における、夜間休日を含めた応需体制の構築及び地域の救急医療に関する取組等の現状を踏まえ、院内トリアージ実施料及び夜間休日救急搬送医学管理料等を見直し、救急外来医療を24時間提供するための人員や設備、検査体制等に応じた新たな評価を行います。具体的には、救急医療機関における夜間休日を含めた医師・看護師等の配置、検査・処方等が可能な体制の構築、地域の救急医療に関する取組等の現状を踏まえ、夜間休日救急搬送医学管理料を見直し、救急診療の実施にあたり十分な人員配置及び設備等を備え、救急外来医療を24時間提供できる体制を有する保険医療機関による救急外来診療に係る評価を新設することと、救急外来医学管理料を算定する意識障害の患者に対し、救急時医療情報閲覧機能及び電子処方箋システムを活用し当該患者の診療情報を取得した場合の評価を新設することになります。この要件をクリアするためには、特に電子処方箋の発行がポイントです。2025年3月時点で医療機関の導入率は1割に満たないです。その理由はシステムトラブルの発生とコードの不一致、電子処方箋の発行のために電子カルテなどの既存システムの改修が必要となり、そのコストのねん出が困難であること、電子処方箋の発行に必要な資格(HPKIカード)が医師や薬剤師には必要ですが、申請から発効まで1から2か月かかり手続きに時間を要すること、そのカードの発行に費用がかかることなどが挙げられます。この点数の要件クリアのために電子処方箋の普及率が上がるでしょうか。⑪救急患者連携搬送料の見直し高次の救急医療機関と他の医療機関との連携を強化し、救急患者の適切な転院搬送の実施及び受入を更に推進する等の観点から、救急患者連携搬送料の要件及び評価を見直します。具体的には、救急患者の適切な転院搬送の実施を更に推進する観点から、救急外来での初期診療後に連携する他の医療機関で入院医療を提供することが適当と判断された救急患者について、入院前に搬送を行う場合の評価を引き上げるとともに、自院等の救急自動車以外を活用して搬送する場合についても評価の対象とする。搬送先医療機関において入院医療を行うことについての評価を新設する。医師、看護師又は救急救命士が同乗して長時間(30分超)搬送を行う場合の評価を新設するとなります。救急患者といえども、適切な機能の医療機関での受信を促す診療点数です。⑫遺伝性乳癌卵巣癌症候群に係る評価の見直し遺伝性乳癌卵巣癌症候群の患者のうち、乳癌及び卵巣癌を発症していない患者に対する両側乳房切除及び卵管・卵巣切除の有効性に関するエビデンスを踏まえ、診断に必要なBRCA1/2遺伝子検査及びがん患者指導管理料の要件を見直します。具体的には、遺伝性乳癌卵巣癌症候群の症状である乳癌又は卵巣癌を発症していない患者であって、遺伝性乳癌卵巣癌症候群の家族歴がある患者について、BRCA1/2遺伝子検査及びがん患者指導管理料の対象患者に追加されます。これは乳がんや卵巣がんの一部は遺伝することが知られており、その発生遺伝子も明らかになっています。今まではがん発症患者にしか保険適用されていなかったこの遺伝子検査を、遺伝性乳癌卵巣癌症候群と診断された者の父母、子若しくは兄弟姉妹であれば、保険での検査を認めるというものです。遺伝子検査は後に検査結果が変わるものではないので、一生に一回実施すればよいです。たとえその遺伝子があることが分かっても、日ごろの生活習慣に注意したり、健診の回数を増やしたりすることで、発症を防いだり、遅らせたり、早期発見できたりとメリットはありそうです。本レポートの出典は、中医協に提出された資料です。提供:税経システム研究所
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2026/03/31 経営レポート
昨今労務事情あれこれ(220)
1.はじめに現代社会は「ストレス社会」とも言われています。人それぞれにストレスを感じる対象は異なるのでしょうが、全くストレスがなく日々の生活を送っている人は皆無と言っても差し支えないでしょう。単純に「ストレス=悪」と考えがちですが、ストレスの全てが悪影響を及ぼすわけではありません。適度なストレスやプレッシャーはそれを乗り越えたときに、自分自身の成長の糧や自信につながります。この「適度」が曲者で、ストレスは定量的に捉えることができず、同じストレスの原因(ストレッサー)にさらされても、ある人にとっては適量でも、別の人にとってはそれを過剰に感じてしまうこともあるわけです。過剰なストレスにさらされた結果、メンタルの不調を訴える人も増加しており、それが原因で長期の休職や退職に至るケースも多くみられています。こうした状況を踏まえ、2015年に従業員50人以上の事業場ではストレスチェックが義務化されています。従業員50人未満の事業場については現在のところ努力義務とされていますが、2025年5月14日に公布された「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」にて、従業員50人未満の事業場にもストレスチェック義務化を拡大することが決まりました。この施行日については「公布後3年以内に政令で定める日」とされており、まだ確定していませんが、最長でも2028年5月までには企業規模を問わずストレスチェックが義務となる見込みです。この義務化までにはまだ1~2年ある、と感じる向きもあるかもしれませんが、扱う対象は、個々の従業員が感じるストレス、という非常にセンシティブな事柄です。プライバシー保護など個人情報の取扱いには慎重な対応が求められますし、ストレスチェックを行う体制づくりのための人員や資金などをふんだんに割くことは容易ではない……と考えると、早めに着手しておくことに越したことはありません。今回は小規模事業場のストレスチェック義務化にどのように対応していくべきかを考えていきます。2.労働者のメンタルヘルス対策の現状は?厚生労働省では「過労死等の労災補償状況」を毎年発表しています。2024年度の精神障害による労災請求件数は3780件(前年比205件増)であり、うち、1055件に労災補償の支給が決定されています。(前年比172件増)請求件数・支給件数ともに年々増加傾向となっており、様々なストレスによるメンタル不調の増加が統計からも明らかになっています。一方、事業場規模によるストレスチェックの実施状況(注1)には、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場のうち、すでに義務化されている従業員50人以上の事業場では89.8%が実施しているのに対し、努力義務とされている従業員50人未満の小規模事業場においては、従業員30人から49人の事業場で57.8%、10人から29人の事業場で58.1%と低い割合に留まっており、従業員50人以上の事業場とは大きな格差が生じています。では、小規模事業場におけるストレスチェックについて、どのような体制を整備し、準備を進めていけばよいのでしょうか。3.どのような準備をしていくべきか?ストレスチェックの導入にあたっては、先述のとおり、従業員のプライバシー保護の観点から明確なルールづくりが必要と考えます。事前に労使(安全衛生委員会など)で以下の事項について協議を行っていきましょう。1.ストレスチェックの実施方法まず、ストレスチェックを自社で行うのか、外部に委託するのかを決める必要があります。小規模事業場では、従業員のプライバシー保護体制が脆弱なことが多いことから、セキュリティ体制が高く専門知識も豊富な外部機関への委託が推奨されています。2.担当者の選任・実施体制外部に委託する場合でも、担当者の選任や具体的な実施方法は社内で決めなければなりません。以下の事項を協議・決定しておきましょう。自転車通勤を許可する等の方策が考えられます。実施の時期や実施の頻度(年に1回以上)質問票の内容(厚生労働省指定の3項目と追加項目)(注2)高ストレス者の判定基準面接指導を行う医師の選任・面接指導の依頼方法従業員50人未満の事業場に対し、産業保健サービスを提供する公的機関として都道府県ごとに「地域産業保健センター」が設置されています。体制整備に不安がある場合はこちらに相談することも可能です。(相談は無料)3.結果の保存と管理体制ストレスチェックの結果は、従業員のプライバシー関係の情報が多く含まれる非常にセンシティブな内容ですので、保存や管理には厳格なルールを設けることが求められます。個々のデータへのアクセス権限・保管方法などのセキュリティ体制外部機関などの実施者と事業主間の情報共有ルールの明確化(特に人事権を持つ者はストレスチェックの実施者や実施事務従事者として関与することが禁止されている)「なにやらいろいろと手間がかかりそうだ……」といった印象を受けた方も多いかもしれません。義務化とはいえ、ストレスチェックを実施しないこと自体に、現行法令では罰則が設けられていません。しかしながら、ストレスチェック実施後に行うべき所轄労働基準監督署への報告を怠った場合や虚偽の報告を行った場合は50万円以下の罰金が科されることになっています(労働安全衛生法第120条)。こうした法令上の罰則以外にも、企業経営上の数々のリスクがあることは認識しておくべきでしょう。どのようなリスクが考えられるのでしょうか。4.従業員のメンタル不調予防が不十分な場合のリスクとは?ストレスチェックの実施により、従業員がメンタル不調に至る前に対応できる体制が不十分な場合、次のようなリスクが考えられます。1.生産性の低下や離職の増加ただでさえ人手不足感の強い昨今、ギリギリの人員で業務遂行をしている職場が少なくないと思います。そのような状況の中、メンタル不調による欠勤や長期の休職で人員が減少することは、他の従業員の負担増加に直結し、パフォーマンスの低下を招くことになります。この状況が続いてしまうと、メンタル不調を起こしている従業員が退職する恐れがあるだけでなく、第二第三の休職・退職者が発生し、最悪の場合、職場崩壊につながってしまうこともあります。2.安全配慮義務違反と訴訟のリスク過重労働や顧客対応(カスハラなど)などの高ストレスの状況を企業が放置した結果、メンタル不調に至り、長期の療養や自死のきっかけとなった場合、企業は安全配慮義務を果たさなかったとして従業員側から損害賠償を求められ、または訴訟を起こされる可能性があります。3.企業イメージ低下のリスク上記2.に関連することですが、某広告代理店の若手社員が過重労働の末にメンタル不調に陥り自死したことにより、遺族から損害賠償を求める訴訟を提起された事件がありました。マスコミなどでこの「過重労働⇒メンタル不調による自死」の一連の事件を、その広告代理店の社名をつけて「〇〇事件」と呼ばれていることをご存知の方も多いのではないでしょうか。このような不幸な事件の当事者として社名が連呼されるだけでなく、判例として永きにわたり残ってしまうことで企業イメージが低下することは避けられません。また、今や強力な発信力を持つツールとして、誰でもSNSを利用できる時代です。メンタル不調を放置するだけでなく、それを理由とした不当な配置転換、解雇など、従業員に不利益な措置を行った場合、社名入りで実情をSNSに投稿され、これが拡散されることもありえます。企業イメージの低下は業務遂行への影響だけでなく、新規採用や従業員の定着に大きく影響する可能性があります。厚生労働省では、小規模事業場のストレスチェック体制構築の一助として、2026年2月に「小規模事業場ストレスチェック実施マニュアル」を策定・公開しています。(注3)このようなマニュアルや地域産業保健センターとの連携により早めの体制づくりをしていきましょう。<注釈>令和6年「労働安全衛生調査(実態調査)」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r06-46-50_houdou.pdf厚生労働省「ストレスチェック制度導入ガイド」6ページ参照https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/160331-1.pdf厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック実施マニュアル」https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/001646587.pdf提供:税経システム研究所
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2026/03/31 経営レポート
中小企業のM&Aと企業価値評価(第22回)
【サマリー】前稿より今までの投稿のまとめとして、最近の中小企業のM&Aについての国(中小企業庁)の働きかけ、具体的には中小企業のM&Aガイドラインについて解説しています。本稿では中小M&Aガイドラインの参考資料で紹介されている中小企業のM&Aの事例を挙げ、筆者のコメントを述べたいと思います。1.中小M&Aガイドライン(第3版)での中小企業M&Aの事例経済産業省から公表されている中小M&Aガイドライン(第3版)には本文の他に様々な参考資料が紹介されています。特に参考資料4の「中小M&Aの事例」では以下のような内容で具体的な中小企業のM&Aを整理しております。小規模企業・個人事業主において中小M&Aが成立した事例経営状況が良好でない中小企業において中小M&Aが成立した事例親族内承継の頓挫から中小M&Aに移行し成立した事例意思決定のタイミングが中小M&Aの成立内容に影響を与えた事例譲り渡し側の条件の明確化が中小M&Aの成立に寄与した事例従業員の反対にもかかわらず成立した事例廃業を予定していたものの中小M&Aが成立した事例何らかの理由により中小M&Aが成立しなかった事例上記の内容を見ても、中小企業のM&Aは様々なドラマが展開されており、成功もあれば失敗の事例も多く存在します。このような事例を理解しておくことは今後M&Aを検討しようとしている経営者にとって実務上の参考情報として大変有用であるとともに、M&Aを成功裡に進める上での基礎知識として重要と考えます。本稿では当該中小M&Aの事例を挙げて、事例から考えられる教訓や筆者の経験などを紹介します。2.小規模企業・個人事業主において中小M&Aが成立した事例中小企業の経営者の中には、自分が営む事業の売上規模や職員数が小さいためにM&Aの成立に懐疑的な方もいるかもしれません。しかし、M&Aは売上規模や職員数などが大きくなくても成立した事例は多数存在します。(1)計測機器の会社のM&A(事業譲渡)【当事者情報】◆譲り渡し側:A社・業種:計測機器の製造・売上高:3000万円・従業員:3名・業歴:40年◆譲り受け側:B社・業種:計測機器の施工・メンテナンス・売上高:5億円◆関与した支援機関:地元信用金庫、事業承継・引継ぎ支援センター【意思決定に至るまでの経緯】10年前に先代経営者の他界に伴い、当時既に65歳を超えていた佐伯友彦(仮)がA社の社長に就任した。その後、業績は伸び悩み従業員の高齢化も進んだため廃業を検討したが、取引先に迷惑を掛けられないと、事業の継続を決断した。地元信用金庫に相談をしたところ、M&Aの公的機関として事業承継・引継ぎ支援センターを紹介された。佐伯は自社の事業規模や財務状況からM&Aは難しいと考えていたが、同センターでの相談は無料と聞いたため、取りあえず相談した。【成立に至った経緯】佐伯の予想に反し、事業承継・引継ぎ支援センターから4社の紹介を受け、うち2社と面談し、A社の技術力や商圏を高く評価したB社への事業譲渡実行に至った。【成立に至った後の経緯】A社の製品は熟練の技術が必要であるため、A社の従業員は引き続き雇用され、また取引先との関係から佐伯は顧問としてB社の事業拡大に貢献している。上記事例は年商3,000万円、従業員3名というA社がB社に事業を譲り渡したものです。このように中小企業のM&Aでは事業規模などより、商圏や技術力、ノウハウや優良顧客などいわゆる無形資産の価値が重要となります。これらは金銭的に「のれん」として評価されて取引金額に加算されることとなるためにM&Aで事業や株式を譲渡しようと考えている経営者は、まずは自分の会社はどこが強みなのか、その強みは他社へ移転した際にも持続可能なものなのかを見極めることが重要といえます。またM&Aの公的機関としての事業承継・引継ぎ支援センターですが、東京都の場合、東京都事業承継・引継ぎ支援センターは東京商工会議所が国から委託を受けて実施しており、東京23区を中心に第三者承継・従業員承継に関する中小企業等の相談を受け付けていますので、まずはそこに足を運んで相談するのが中小企業のM&Aの第一歩といえます。(2)靴小売業のM&A(個人事業の事業譲渡)【当事者情報】◆譲り渡し側:田中和夫(仮)・業種:靴小売業・売上高:4000万円・従業員:3名・業歴:50年◆譲り受け側:佐藤八郎(仮)・業種:創業希望者◆関与した支援機関:地元信用金庫、日本政策金融公庫、事業承継・引継ぎ支援センター、弁護士、商工会、商工会議所等【意思決定に至るまでの経緯】田中は、靴の小売店を営む72歳の個人事業主で引退したいと考えていたが、親族に継ぐ者はおらず自分の代で廃業せざるを得ないのかと悩んでいた。懇意にしていた商工会の経営指導員より、事業承継の個別説明会を案内され、そこで、個人事業主でも、M&Aで事業を譲り渡した例が多くあるという話を聞いた。自分が育てた事業を、意欲のある人に引き継いでもらえるならありがたいと感じ、M&Aを決意し、事業承継・引継ぎ支援センターにて譲り受け相手を探すこととなった。【成立に至った経緯】田中は、同センターから靴店の創業を希望する佐藤を紹介され、意気投合した。なお、譲受代金について、佐藤の自己資金が不足していたことから、複数の金融機関が協調融資を実施し、更に同センターは弁護士を紹介し契約のサポートをする等、支援機関が一丸となった支援が行われ、事業譲渡実行に至った。【成立に至った後の経緯】事業譲渡実行後、佐藤は事業承継補助金の交付を受け、新たなチャレンジを行う等、精力的な事業拡大に乗り出した。また、田中も引き続き従業員として、佐藤を支えている。上記は個人事業主が新たに個人に対して事業を譲渡した事例となります。総務省の「労働力調査」(2025年)によると、日本で個人事業を営む個人及びその家族従事者は約589万人存在するとのことです。また業種でみるとサービス業(飲食業、理美容業、コンサルタント等)、建設業(いわゆる一人親方)、卸売・小売業(個人商店など)が多いようです。このような個人事業においてもM&Aによる事業承継の事例が報告されております。筆者の経験上、個人事業は事業を他社へ譲渡するより廃業を選択することが多いと思われますが、この事例のように自分の事業に無形資産があり、かつ他社へ譲渡して引き継いでもらいたいという意欲があればM&Aによる自分の事業の継続という道が開ける可能性がありますので、そのような個人事業主にはぜひM&Aにチャレンジしてもらいたいと考えます。(3)寿司・懐石料理店のM&A(他の業種の会社との業務提携)【当事者情報】◆譲り渡し側:A社・業種:寿司・懐石料理店・売上高:3500万円・従業員:5名(うち家族3名)・業歴:30年◆譲り受け側:B社・業種:レジャー業・売上高:50億円◆関与した支援機関:地元信用金庫【意思決定に至るまでの経緯】地元で寿司・懐石料理店を営む宇田川大輔(仮)は、多数の地元常連客に愛されていたが、厨房設備等が老朽化したことに伴い、設備の更新を検討していた。お店の常連でもあった地元信用金庫の担当者に相談したところ、飲食業への参入を検討していたB社をスポンサーとして紹介された。しかし、設備の更新には多額の費用を要することが分かり、自身の年齢から多額の借入を負うことに抵抗があり、また家族からも反対されたことから、廃業を考えていた。【成立に至った経緯】家族経営を行ってきた宇田川は、当初は第三者がスポンサーとなることに抵抗があったが、B社社長の加藤裕三(仮)と面談を重ねる中で、信頼関係を構築した。宇田川は家族経営の維持を条件に、B社から資金援助を受けるのと引換えに飲食店経営のノウハウをB社に提供するという業務提携の合意に至った。【成立に至った後の経緯】A社は、宇田川の希望通り、家族経営を継続したまま、B社からの支援により、老朽化した店舗設備を更新し、内装等も新装することができた。また、B社と協働してグルメサイト等によるPRを行った結果、新規顧客やインバウンド需要による外国人観光客の獲得にも成功している。上記は個人の飲食店が他の業種の会社と業務提携して事業を継続させた事例です。M&Aは主として株式の譲渡または事業の譲渡を行うことで経営権や主要な事業を第三者に引き渡すことが多いのですが、当該事例では飲食店経営のノウハウを相手先に提供することで資金を得て事業そのものを引き続き自分たちで継続している珍しい案件です。当面は事業を自分たちで継続していくものの、どこかのタイミングで当該事業を改めてB社もしくは別の第三者へ譲渡することになるものと思われます。(4)学習塾のM&A(個人への事業譲渡)【当事者情報】◆譲り渡し側:A社・業種:教育業・売上高:5000万円・従業員:5名・業歴:25年◆譲り受け側:三宅一郎(仮)・業種:創業希望者◆関与した支援機関:M&Aプラットフォーマー、(顧問)税理士【意思決定に至るまでの経緯】地域の小・中・高校生が通う個別指導学習塾を経営していた小山克彦(仮)は年齢や持病等により、自身で塾を継続していくことに限界を感じ、廃業を検討。塾の生徒や保護者から塾の存続を望む声が多く、廃業以外の道を顧問税理士に相談したところM&Aの可能性を示唆された。【成立に至った経緯】顧問税理士から紹介されたM&A専門業者とはコスト面で折り合いがつかず、低コストで事業の承継者を探すことができる方法を探していたところ、インターネット上で候補者を探せるマッチングサイトである、M&Aプラットフォームの存在を知った。M&Aプラットフォーム上で複数の候補者から打診を受け、その中で、塾講師の経験があり、学習塾経営の創業希望者であった30代男性会社員の三宅と出会い、基本合意に至った。小山は、三宅の人柄や能力があれば、塾の子供達を安心して任せることができると考え、事業譲渡実行に至った。【成立に至った後の経緯】M&Aプラットフォームを利用したことにより、低コストで中小M&Aが実現した。小山は現在、塾経営の経験がない三宅をサポートし、子供達の成長を見守りながら、地域のボランティアに参加するなど充実したセカンドライフを送っている。上記は学習塾を運営している会社の事業を個人へ譲渡した事例です。今までの3つの事例は地元の金融機関や事業承継・引継ぎ支援センターが案件の仲介役となっていましたが、当該事例ではインターネットでのマッチングサイトで譲渡の相手先を探しています。この理由としてM&A専門業者を利用するとコストがかさむことが挙げられています。確かにM&A専門業者を利用すると高いコストは発生しますが、その分良質な相手先の紹介やM&Aの手続を円滑に遂行できるというメリットもあります。筆者の経験上、中小企業のM&Aは一生に一度経験するかどうかの重要なステージですので、ある程度のコスト発生はやむを得ないのではないかという見解です。従ってインターネットでのマッチングサイトよりは地元の金融機関や事業承継・引継ぎ支援センターへの相談による情報入手が望ましいのではと考えます。提供:税経システム研究所
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