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2026/04/02 会計レポート
企業が生き残るための製品・サービスの原価計算の勘所(25)
1.岡本[2000]による販売費及び一般管理費の分類と販売費分析という意味このシリーズの(19)で、販売費及び一般管理費を分類するにあたり、一橋大学岡本清名誉教授の名著『原価計算』の最新版である六訂版[岡本,2000]では、販売費は、これを経常的に製品へ配賦されることはなく、一般管理費とともに、期間原価として当該会計期間の収益と対応して計算するので、販売費の計算では、販売費会計(marketingcostaccounting)とはいわずに、販売費分析(marketingcostanalysis)というほうが普通である[p.700]と述べていることを説明しました。そして、岡本[2000]は、一般的に行われる販売セグメント別分析として、①製品品種別分析、②販売地域別分析、③顧客種類別分析、④注文規模別分析、⑤販売経路別分析の5項目をあげています[p.700]。2.岡本[2000]による販売地域別分析(その1)(1)販売地域別分析の意義岡本[2000]は、製品品種別分析の説明[pp.701-709]につづき、販売地域別分析の方法を説明しています。以下、岡本[2000]が「表13-2」[p.710]として示した営業所別損益計算書の数値例を一部修正した図表1にもとづき、販売地域別の分析について説明します。出典:岡本[2000,p.710,表13-2]を修正岡本[2000]は、販売地域別分析を、「製品品種別分析と並んで、もっとも多く行われる販売費分析」[p.709]であると説明しています。岡本[2000]は、「販売費にたいする責任者は、通常、営業所長など利益センターの責任者であるから、販売費管理の良否は、その責任センターの売上高との関連において判断されなければならない」[p.709]といいます。そして、図表1のような様式の「特定の販売地域を担当する営業所長の業績測定、および営業所自体の収益性判断に使用する損益計算書」[岡本,2000,p.709]を示しています。図表1の様式は、国内であれば、たとえば都道府県といった販売地域ごとに作成し、その販売地域を担当する営業所がその販売費の計画と統制を行うにあたって使用します。それぞれの販売地域は、国内市場を分割していますので、マーケティングでいうところの「セグメント」になります。その意味で、図表1の様式は、セグメント別損益計算書の構成要素であるといえます。したがって、異なる販売地域の営業所別損益計算書を並べて、「特定の販売地域を担当する営業所長の業績測定、および営業所自体の収益性判断に使用する」[岡本,2000,p.709]場合、営業所長の業績を比較して判断したり、異なる販売地域における販売費発生の特性を把握したりすることに役立ちます。たとえば、得意先との綿密な関係性を築かなければ売上高が伸びない販売地域であれば、他の販売地域よりも接待費が多く発生しているとか、北海道のような広域の販売地域では旅費交通費が多く発生しているというような傾向がわかるかもしれません。(2)営業所別損益計算書図表1に示した様式の営業所別損益計算書で分析するにあたり、岡本[2000]は、このシリーズの(21)でも引用したように、「責任センターの業績測定には、純益法は適さない」[p.709]といいます。そのため、図表1の営業所別損益計算書の様式は「直接原価計算方式ではないが、一種の貢献利益法による損益計算書である」[岡本,2000,p.709]といいます。岡本[2000]は、図表1の様式による営業所別損益計算書の分析において、注意するべき4点をあげています。①売上高から標準売上原価を差引いて標準売上総利益を計算する図表1の営業所別損益計算書では、直接原価計算方式を採用しないで、売上高から販売した商品の全部原価である「標準売上原価」を差引いています。分析の対象である営業所の営業活動の貢献度は、「売上高総額ではなく、売上高から売上品の製造原価(売上原価)を控除した額」[岡本,2000,p.709]、すなわち図表1の営業所別損益計算書における「標準売上総利益」で評価する点をあげています。その理由の一つめは、「販売活動の担当者は、自分の業績を過大に評価する危険がある」[岡本,2000,p.710]からだといいます。二つ目の理由は、「営業所長にとっては、工場における製造能率の良否は無関係である」[岡本,2000,p.710]ことです。標準原価計算を採用している場合には、実際原価との差異により、製造活動の能率を評価できますが、図表1の営業所別損益計算書は販売費の分析をするための様式ですから、売上高から「標準売上原価」を差引くことで差異分析をする必要はありません。したがって、売上原価は「標準売上原価」のままでよいことになります。②標準売上総利益から管理可能販売費を差引いて営業所長貢献利益を計算する図表1の営業所別損益計算書の注意するべき点として岡本[2000]が2番目にあげるのは、「標準売上総利益から、営業所長にとって管理可能な販売費が差し引かれ、営業所長の貢献利益(salesmanager’sprofitcontribution)が計算される点」[p.710]です。この段階の利益は、営業所長の権限によって管理できるという意味で「営業所長の管理可能利益」[岡本,2000,p.710]であるといえます。この利益は、「管理不能販売費、および各営業所に共通の販売費や一般管理費の回収に貢献し、さらにそれらの原価を回収したのちは、会社全体の利益獲得に貢献する利益」[岡本,2000,p.710]であり、営業所長の業績を評価する指標です。③営業所長貢献利益から管理不能販売費を差引いて営業所貢献利益を計算する岡本[2000]が3番目にあげる営業所別損益計算書の注意点は、「営業所長貢献利益から、当営業所で発生するが、営業所長にとっては管理不能な販売費が差し引かれ、当営業所ないし当販売地域の貢献利益(districtprofitcontribution)が計算されている点」[p.710]です。この段階の利益は、営業所長の業績評価ではなく、「当営業所ないし当販売地区自体の収益性を、他の地区との比較において判断するため」[岡本,2000,p.710]に計算します。④本来は、予算額・実績額・差異額を記載する岡本[2000]があげる営業所別損益計算書の4番目の注意点は、図表1の営業所別損益計算書には、本来その金額欄に、予算・実績・差異を記載するべきであるが、紙幅の都合上省略しているということです。今回の図表1では、様式を理解しやすいように、実績額の左側に予算額の欄を、また、実績額の右側に差異額の欄を、それぞれ簡略化して示してあります。しかしながら、岡本[2000,p.710]が示す計算例の表では、実績額の左右に予算額の欄と差異額の欄がありません。ところが、管理会計あるいは原価計算の実務においては、営業所長の業績評価を行うにせよ、営業所(またはその販売担当地区)自体の収益性を判断するにせよ、まずは利益計画としての予算を編成します。そして、その予算額と実績額とを対比してその差異額を計算し、実績が予算を下回った(あるいは上回った)原因を判断し、必要に応じて矯正活動を行います。そのためにも、本来は予算額・実績額・差異額を記載し、経営管理に役立てます。参考文献伊藤嘉博・目時壮浩、2021『異論・正論管理会計』中央経済社。大蔵省企業会計審議会、1962「原価計算基準」大蔵省企業会計審議会。岡本清、2000『原価計算』六訂版、国元書房。岡本清・廣本敏郎、2024a『検定簿記講義/1級工業簿記・原価計算下巻』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎、2024b『検定簿記講義/2級工業簿記』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎・尾畑裕・挽文子、2008『管理会計』中央経済社。小林啓孝、1997『現代原価計算講義』第2版、中央経済社。小林啓孝・伊藤嘉博・清水孝・長谷川惠一、2017『スタンダード管理会計』第2版、東洋経済新報社。清水孝、2006『上級原価計算』第2版、中央経済社。清水孝、2014『現場で使える原価計算』中央経済社。清水孝・長谷川惠一・奥村雅史、2004『入門原価計算』第2版、中央経済社。園田智昭、2021『プラクティカル原価計算』中央経済社。谷武幸、2022『エッセンシャル管理会計』第4版、中央経済社。提供:税経システム研究所
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2026/03/31 経営レポート
中小企業のM&Aと企業価値評価(第22回)
【サマリー】前稿より今までの投稿のまとめとして、最近の中小企業のM&Aについての国(中小企業庁)の働きかけ、具体的には中小企業のM&Aガイドラインについて解説しています。本稿では中小M&Aガイドラインの参考資料で紹介されている中小企業のM&Aの事例を挙げ、筆者のコメントを述べたいと思います。1.中小M&Aガイドライン(第3版)での中小企業M&Aの事例経済産業省から公表されている中小M&Aガイドライン(第3版)には本文の他に様々な参考資料が紹介されています。特に参考資料4の「中小M&Aの事例」では以下のような内容で具体的な中小企業のM&Aを整理しております。小規模企業・個人事業主において中小M&Aが成立した事例経営状況が良好でない中小企業において中小M&Aが成立した事例親族内承継の頓挫から中小M&Aに移行し成立した事例意思決定のタイミングが中小M&Aの成立内容に影響を与えた事例譲り渡し側の条件の明確化が中小M&Aの成立に寄与した事例従業員の反対にもかかわらず成立した事例廃業を予定していたものの中小M&Aが成立した事例何らかの理由により中小M&Aが成立しなかった事例上記の内容を見ても、中小企業のM&Aは様々なドラマが展開されており、成功もあれば失敗の事例も多く存在します。このような事例を理解しておくことは今後M&Aを検討しようとしている経営者にとって実務上の参考情報として大変有用であるとともに、M&Aを成功裡に進める上での基礎知識として重要と考えます。本稿では当該中小M&Aの事例を挙げて、事例から考えられる教訓や筆者の経験などを紹介します。2.小規模企業・個人事業主において中小M&Aが成立した事例中小企業の経営者の中には、自分が営む事業の売上規模や職員数が小さいためにM&Aの成立に懐疑的な方もいるかもしれません。しかし、M&Aは売上規模や職員数などが大きくなくても成立した事例は多数存在します。(1)計測機器の会社のM&A(事業譲渡)【当事者情報】◆譲り渡し側:A社・業種:計測機器の製造・売上高:3000万円・従業員:3名・業歴:40年◆譲り受け側:B社・業種:計測機器の施工・メンテナンス・売上高:5億円◆関与した支援機関:地元信用金庫、事業承継・引継ぎ支援センター【意思決定に至るまでの経緯】10年前に先代経営者の他界に伴い、当時既に65歳を超えていた佐伯友彦(仮)がA社の社長に就任した。その後、業績は伸び悩み従業員の高齢化も進んだため廃業を検討したが、取引先に迷惑を掛けられないと、事業の継続を決断した。地元信用金庫に相談をしたところ、M&Aの公的機関として事業承継・引継ぎ支援センターを紹介された。佐伯は自社の事業規模や財務状況からM&Aは難しいと考えていたが、同センターでの相談は無料と聞いたため、取りあえず相談した。【成立に至った経緯】佐伯の予想に反し、事業承継・引継ぎ支援センターから4社の紹介を受け、うち2社と面談し、A社の技術力や商圏を高く評価したB社への事業譲渡実行に至った。【成立に至った後の経緯】A社の製品は熟練の技術が必要であるため、A社の従業員は引き続き雇用され、また取引先との関係から佐伯は顧問としてB社の事業拡大に貢献している。上記事例は年商3,000万円、従業員3名というA社がB社に事業を譲り渡したものです。このように中小企業のM&Aでは事業規模などより、商圏や技術力、ノウハウや優良顧客などいわゆる無形資産の価値が重要となります。これらは金銭的に「のれん」として評価されて取引金額に加算されることとなるためにM&Aで事業や株式を譲渡しようと考えている経営者は、まずは自分の会社はどこが強みなのか、その強みは他社へ移転した際にも持続可能なものなのかを見極めることが重要といえます。またM&Aの公的機関としての事業承継・引継ぎ支援センターですが、東京都の場合、東京都事業承継・引継ぎ支援センターは東京商工会議所が国から委託を受けて実施しており、東京23区を中心に第三者承継・従業員承継に関する中小企業等の相談を受け付けていますので、まずはそこに足を運んで相談するのが中小企業のM&Aの第一歩といえます。(2)靴小売業のM&A(個人事業の事業譲渡)【当事者情報】◆譲り渡し側:田中和夫(仮)・業種:靴小売業・売上高:4000万円・従業員:3名・業歴:50年◆譲り受け側:佐藤八郎(仮)・業種:創業希望者◆関与した支援機関:地元信用金庫、日本政策金融公庫、事業承継・引継ぎ支援センター、弁護士、商工会、商工会議所等【意思決定に至るまでの経緯】田中は、靴の小売店を営む72歳の個人事業主で引退したいと考えていたが、親族に継ぐ者はおらず自分の代で廃業せざるを得ないのかと悩んでいた。懇意にしていた商工会の経営指導員より、事業承継の個別説明会を案内され、そこで、個人事業主でも、M&Aで事業を譲り渡した例が多くあるという話を聞いた。自分が育てた事業を、意欲のある人に引き継いでもらえるならありがたいと感じ、M&Aを決意し、事業承継・引継ぎ支援センターにて譲り受け相手を探すこととなった。【成立に至った経緯】田中は、同センターから靴店の創業を希望する佐藤を紹介され、意気投合した。なお、譲受代金について、佐藤の自己資金が不足していたことから、複数の金融機関が協調融資を実施し、更に同センターは弁護士を紹介し契約のサポートをする等、支援機関が一丸となった支援が行われ、事業譲渡実行に至った。【成立に至った後の経緯】事業譲渡実行後、佐藤は事業承継補助金の交付を受け、新たなチャレンジを行う等、精力的な事業拡大に乗り出した。また、田中も引き続き従業員として、佐藤を支えている。上記は個人事業主が新たに個人に対して事業を譲渡した事例となります。総務省の「労働力調査」(2025年)によると、日本で個人事業を営む個人及びその家族従事者は約589万人存在するとのことです。また業種でみるとサービス業(飲食業、理美容業、コンサルタント等)、建設業(いわゆる一人親方)、卸売・小売業(個人商店など)が多いようです。このような個人事業においてもM&Aによる事業承継の事例が報告されております。筆者の経験上、個人事業は事業を他社へ譲渡するより廃業を選択することが多いと思われますが、この事例のように自分の事業に無形資産があり、かつ他社へ譲渡して引き継いでもらいたいという意欲があればM&Aによる自分の事業の継続という道が開ける可能性がありますので、そのような個人事業主にはぜひM&Aにチャレンジしてもらいたいと考えます。(3)寿司・懐石料理店のM&A(他の業種の会社との業務提携)【当事者情報】◆譲り渡し側:A社・業種:寿司・懐石料理店・売上高:3500万円・従業員:5名(うち家族3名)・業歴:30年◆譲り受け側:B社・業種:レジャー業・売上高:50億円◆関与した支援機関:地元信用金庫【意思決定に至るまでの経緯】地元で寿司・懐石料理店を営む宇田川大輔(仮)は、多数の地元常連客に愛されていたが、厨房設備等が老朽化したことに伴い、設備の更新を検討していた。お店の常連でもあった地元信用金庫の担当者に相談したところ、飲食業への参入を検討していたB社をスポンサーとして紹介された。しかし、設備の更新には多額の費用を要することが分かり、自身の年齢から多額の借入を負うことに抵抗があり、また家族からも反対されたことから、廃業を考えていた。【成立に至った経緯】家族経営を行ってきた宇田川は、当初は第三者がスポンサーとなることに抵抗があったが、B社社長の加藤裕三(仮)と面談を重ねる中で、信頼関係を構築した。宇田川は家族経営の維持を条件に、B社から資金援助を受けるのと引換えに飲食店経営のノウハウをB社に提供するという業務提携の合意に至った。【成立に至った後の経緯】A社は、宇田川の希望通り、家族経営を継続したまま、B社からの支援により、老朽化した店舗設備を更新し、内装等も新装することができた。また、B社と協働してグルメサイト等によるPRを行った結果、新規顧客やインバウンド需要による外国人観光客の獲得にも成功している。上記は個人の飲食店が他の業種の会社と業務提携して事業を継続させた事例です。M&Aは主として株式の譲渡または事業の譲渡を行うことで経営権や主要な事業を第三者に引き渡すことが多いのですが、当該事例では飲食店経営のノウハウを相手先に提供することで資金を得て事業そのものを引き続き自分たちで継続している珍しい案件です。当面は事業を自分たちで継続していくものの、どこかのタイミングで当該事業を改めてB社もしくは別の第三者へ譲渡することになるものと思われます。(4)学習塾のM&A(個人への事業譲渡)【当事者情報】◆譲り渡し側:A社・業種:教育業・売上高:5000万円・従業員:5名・業歴:25年◆譲り受け側:三宅一郎(仮)・業種:創業希望者◆関与した支援機関:M&Aプラットフォーマー、(顧問)税理士【意思決定に至るまでの経緯】地域の小・中・高校生が通う個別指導学習塾を経営していた小山克彦(仮)は年齢や持病等により、自身で塾を継続していくことに限界を感じ、廃業を検討。塾の生徒や保護者から塾の存続を望む声が多く、廃業以外の道を顧問税理士に相談したところM&Aの可能性を示唆された。【成立に至った経緯】顧問税理士から紹介されたM&A専門業者とはコスト面で折り合いがつかず、低コストで事業の承継者を探すことができる方法を探していたところ、インターネット上で候補者を探せるマッチングサイトである、M&Aプラットフォームの存在を知った。M&Aプラットフォーム上で複数の候補者から打診を受け、その中で、塾講師の経験があり、学習塾経営の創業希望者であった30代男性会社員の三宅と出会い、基本合意に至った。小山は、三宅の人柄や能力があれば、塾の子供達を安心して任せることができると考え、事業譲渡実行に至った。【成立に至った後の経緯】M&Aプラットフォームを利用したことにより、低コストで中小M&Aが実現した。小山は現在、塾経営の経験がない三宅をサポートし、子供達の成長を見守りながら、地域のボランティアに参加するなど充実したセカンドライフを送っている。上記は学習塾を運営している会社の事業を個人へ譲渡した事例です。今までの3つの事例は地元の金融機関や事業承継・引継ぎ支援センターが案件の仲介役となっていましたが、当該事例ではインターネットでのマッチングサイトで譲渡の相手先を探しています。この理由としてM&A専門業者を利用するとコストがかさむことが挙げられています。確かにM&A専門業者を利用すると高いコストは発生しますが、その分良質な相手先の紹介やM&Aの手続を円滑に遂行できるというメリットもあります。筆者の経験上、中小企業のM&Aは一生に一度経験するかどうかの重要なステージですので、ある程度のコスト発生はやむを得ないのではないかという見解です。従ってインターネットでのマッチングサイトよりは地元の金融機関や事業承継・引継ぎ支援センターへの相談による情報入手が望ましいのではと考えます。提供:税経システム研究所
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2026/03/31 経営レポート
戦略的医療機関経営 その169
【サマリー】2026年度診療報酬改定も大詰めを迎えている。業界で「短冊」と呼ばれる、改定内容は記載済みだが、新点数は伏字になっている資料が公表された。まだ新点数が明らかになっていないので、定量的に影響度合いを推し量ることはできないが、どのような内容かは明らかになったので、本レポートより、その改定内容の解説を行う。改定内容は病院や診療所など規模や医療機関の持っている診療機能ごとに関係する内容が異なるので、今回のレポートでは、「急性期病院」に関係する内容を解説する。1.基本方針診療報酬改定において、最初に「基本方針」が立てられます。この方針に沿って診療報酬改定の強弱が決まります。今回の基本方針は以下の通りです。物価や賃金、人手不足等の医療機関等を取りまく環境の変化への対応【重点課題】2040年頃を見据えた医療機関の機能の分化・連携と地域における医療の確保、地域包括ケアシステムの推進安心・安全で質の高い医療の推進効率化・適正化を通じた医療保険制度の安定性・持続可能性の向上(1)が重点課題となっているので、医療機関の経営環境の変化への対応が、大きく変化する可能性が高いということになります。この場合の変化というのは具体的には、新点数、点数のアップなど医療機関側からすると収益が上がる内容となります。次の(2)については、特に現在の人口動態への対応を「地域包括ケアシステム」で行っていますが、そのために医療機関の機能を併せるというメッセージ性が高い方針です。「2040年ごろ」となっていますが、この2040年ごろは、どのような年かというと、高齢者の人口がピークを超し、高齢者人口が減少に転じる年代です。高齢者の人口が医療に与える影響は大きく、医療機関の患者の多くが高齢者です。したがって、患者が減少に転じるとことにも繋がります。さらに少子高齢化が進み、現在より高齢者割合は高くなり、同時に地域により大きく様相が異なることになります。このような状況の変化に医療機関が対応することを診療報酬改定で求めているのです。残りの(3)、(4)はいずれも毎改定で方針に入ってきているものです。2.改定率診療報酬改定率は、+3.09%とプラス改定となりました。基本方針の重点項目にもありましたが、医療機関を取り巻く経営環境の変化への対応のためのプラス改定です。しかし、その中身を詳しく見てみると、特に医療機関の経営者の立場だともろ手を挙げて喜べない状況です。まず、+3.09%ですが、2026年度に3.09%上がるわけではありません。この+3.09%というのは、令和8年度及び令和9年度の2年度平均値です。令和8年度に+2.41%あがり、令和9年度に+3.77%あがるという2段階方式です。医療機関の経営環境がこれほど悪化していて、厚労省もその認識の上での診療報酬改定であるのに、疑問が残ります。さらに改定内容の施行月ですが、2026年6月です。新年度の4月ではありません。少しでも早く施行されるべきだと思いますが2か月後連れします。しかも6月の改定の新点数が実際に医療機関に収入として計上されるのは、8月です。レセプトという医療業界独特の請求方法により、請求は1か月に1回、レセプト(請求内容)が審査されるという過程を経ますので、即入金されるわけではありません。しかも、+3.09%の具体的な中身ですが、賃上げ分として+1.70%となっています。つまり、+3.09%の半分以上は賃上げに回ってしまします。医療機関の従事者にとっては、給与が上がりますので、良い事なのですが、経営者にとっては非常に悩ましいのではないでしょうか。給与はいったん上げると下げることは簡単にできません。その財源としての今回の診療報酬改定ですが、この先の改定もプラス改定になる保証はありません。なお、薬価などについては、以下の通りです。薬の価格、診療材料費の価格を下げて、診療報酬本体に回した形です。ちなみに薬価が下がるということは薬の値段が下がるということなので、生活習慣病などで毎月薬を購入している人は、5月までの値段より、6月以降のほうが支払額が低くなる可能性があります。3.急性期病院に関する改定内容①急性期病院一般入院基本料等の新設急性期の病院にあった一般入院基本料という診療点数がふたつに分かれます。救急搬送件数や全身麻酔手術件数、人口の少ない地域における地域での救急搬送受入状況等を踏まえ、当該病院機能に関する要件を施設基準とした急性期病院一般入院基本料及び急性期病院精神病棟入院基本料を新設するとありますので、基本方針に合ったように、その地域の状況に合わせた急性期医療の診療点数を新設したことになります。具体的には、「特に高い基準を満たす患者の割合に係る指数が●割●分以上、一定程度高い基準を満たす患者の割合に係る指数が●割●分以上の病棟であること。」とあるように、急性期医療の患者である重症度が高い、急性期の疾患の患者の入院患者割合によりAとBに区分されます。新点数はまだ明らかになっていませんが、BよりAの点数のほうが高いと考えられます。急性期の医療機関はこれから若い世代の人口が減少するにつれて、急性期医療機関の患者数も減少すると考えられています。また多くの医者は急性期の医療を行いたいがために医者になっているという動機もあり、今後の急性期医療機関の経営は厳しいものが予想されます。②特定機能病院入院基本料の見直し大学病院の本院などが、特定機能病院です。この特定機能病院は急性期医療の頂点です。しかし、大学病院といえども、経営悪化の波は変わりません。そこで、従来からある特定期病院入院基本料の点数がアップされる予定です。ただし、先ほどの急性期一般入院基本料がAとBに区分されたように、この特定機能病院入院基本料も同じくAとBに区分されます。③特定集中治療室管理料の見直し急性期医療の象徴的な(ICUなどの)集中治療室の管理料ですが、見直される予定です。一般病棟に比べて、集中治療室に入院している患者のほうがこの管理料などもあり患者単価は高いです。そこで、一部の医療機関では、集中治療室に入れなくても良いような患者をあえて集中治療室に入れて高い収益を確保しようとする動きもありました。そこで、重症の救急搬送患者や全身麻酔手術後患者に特に密度の高い医学的管理を行うこと等が特定集中治療室を有する病院が担う役割であることを踏まえ、特定集中治療室管理料について、救急搬送件数及び全身麻酔手術件数に関する病院の実績を要件とするとなります。まだ具体的な救急搬送件数や全身麻酔手術件数は明らかになっていませんが、この2要件が入ったことで、不正請求はできなくなります。また救急車の受け入れを増やそうとする医療機関も当然増えますので、救急車の奪い合いなども場合によっては考えられます。全身麻酔手術患者数が要件に入った理由は、全身麻酔で手術を行う患者は重症度が高いと考えられるからです。この要件がはいったことにより、軽症者ばっかりを入院させていた医療機関は急性医療から排除されることになります。④短期滞在手術等基本料の見直し従来は手術というと、入院してと大変なイメージでしたが、現在は多くの手術が日帰りや1泊程度の入院で実施可能です。その短期滞在術の基本料が見直されます。具体的には対象疾患の追加や診療点数の見直しが行われます。追加疾患)・ガングリオン、眼瞼下垂、緑内障、経皮的シャント、下肢静脈瘤、内視鏡的大腸ポリープ、肛門良性腫瘍、痔核など⑤時間外対応体制加算の充実休日・夜間等の問い合わせや受診へ対応する体制整備を更に推進する観点から、時間外対応加算の評価を見直されます。特に夜間や休日の対応は医療機関の人員も少なく困難です。そこで、この加算点を見直し(点数のアップ)により、休日・夜間に病院を受診する軽症患者の減少や、病院勤務医の負担軽減に繋がる取組を更に推進するとしています。⑥手術等の医療技術の適切な評価医療技術評価分科会における検討結果等を踏まえ、新規技術(先進医療として実施されている技術を含む。)の保険導入及び既収載技術の再評価(廃止を含む。)を行います。簡単に言うと、先進医療のような新規技術に新たに点数をつける。既収載技術は点数を上げたり、下げたりしますということです。総じて難易度の高い手術は診療点数が高いです。⑦高度急性期病院におけるロボット手術の評価の新設本会でも紹介したダヴィンチなどのロボット手術ですが、実施件数の応じた点数となります。内視鏡手術用支援機器を用いた手術について、多数の手術を実施している保険医療機関における医療機器の効率的な活用及び高額医療機器の集約化を図る観点から、ロボット手術について、年間手術実績に応じた新たな評価を行う。具体的には、悪性腫瘍手術及びそれに準じた手術のうち、内視鏡手術用支援機器を用いた手術の症例が年間200例以上である場合の評価を新設されます。新点数名称:内視鏡手術用支援機器加算⑧慢性心不全の再入院予防の評価の新設心不全は一定数、再入院が必要になるケースがあります。心不全治療による再入院予防を推進する観点から、急性心不全で入院した患者に対して、早期から多職種による介入を実施し、退院後も必要な治療を地域で連携して実施した場合について、新たな評価を行います。具体的には、呼吸困難等の症状を伴う急性心不全を発症し入院した患者に対し、地域連携に係る要件を満たした保険医療機関が、多職種により心不全の再入院予防の取組を行う場合の評価を新設されます。新点数名称:心不全再入院予防継続管理料⑨医療DX推進体制整備加算等の見直し特に急性期医療に関連するわけではありませんが、関心が高いと思われますので、記します。医療DX関連施策の進捗状況を踏まえ、普及した関連サービスの活用を基本としつつ、更なる関連サービスの活用による質の高い医療の提供を評価する観点から、診療録管理体制加算、医療情報取得加算及び医療DX推進体制整備加算の評価を見直されます。具体的には、医療情報取得加算及び医療DX推進体制整備加算を廃止し、診療録管理体制加算におけるサイバーセキュリティ対策に係る要件を見直した上で、初診料、再診料、外来診療料及び入院料加算として、電子的診療情報連携体制整備加算を新設することになります。新点数名称:電子的診療情報連携体制整備加算また、ICT等の活用による看護業務効率化の推進のために、ICT機器等の活用により看護要員の業務を軽減したうえで、適切に患者の看護を行うことができる体制がある場合は、看護職員に対する看護師の比率等について、1割以内の減少である場合は、入院基本料等の基準を満たすものとして、所定点数を算定できるよう見直す。と人員基準を緩和してまで、ICTやDXの導入を促しています。具体的なICTの活用とは、全病棟患者の見守り可能なシステム導入、看護記録の自動作成、データ入力→記録→保存→活用が可能なシステム、手に持たず複数人と同時に通話できるシステム、直接対面せず、多人数職員間で情報共有できるシステムが挙げられています。さらに看護業務が軽減した(常勤病棟看護師が平均残業時間が10時間以内)という調査の実施と院内公表が要件となっています。さらに、医師事務作業補助体制加算の見直しでは、生成AIを活用し、退院時要約、診断書及び紹介状等の原案作成を自動的に行い、当該業務を大幅に効率化する医療文書等の文書作成補助システム②診療録、退院時要約、診断書及び紹介状の作成に対応する医療文書等への入力を行う医療文書用の音声入力システム(汎用音声入力機能を除く。)③救急医療情報システム等への医療データ等の定型的な入力作業等を自動化するロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)④入退院時の説明、検査・処置、麻酔・鎮静、手術、インフォームド・コンセント及び医療安全・感染対策等に関する10種類以上の患者向け説明動画が具体的例として挙げられています。生成AIやRPAなどがいよいよ入ってきました。⑩救急外来医療に係る評価の再編救急医療機関における、夜間休日を含めた応需体制の構築及び地域の救急医療に関する取組等の現状を踏まえ、院内トリアージ実施料及び夜間休日救急搬送医学管理料等を見直し、救急外来医療を24時間提供するための人員や設備、検査体制等に応じた新たな評価を行います。具体的には、救急医療機関における夜間休日を含めた医師・看護師等の配置、検査・処方等が可能な体制の構築、地域の救急医療に関する取組等の現状を踏まえ、夜間休日救急搬送医学管理料を見直し、救急診療の実施にあたり十分な人員配置及び設備等を備え、救急外来医療を24時間提供できる体制を有する保険医療機関による救急外来診療に係る評価を新設することと、救急外来医学管理料を算定する意識障害の患者に対し、救急時医療情報閲覧機能及び電子処方箋システムを活用し当該患者の診療情報を取得した場合の評価を新設することになります。この要件をクリアするためには、特に電子処方箋の発行がポイントです。2025年3月時点で医療機関の導入率は1割に満たないです。その理由はシステムトラブルの発生とコードの不一致、電子処方箋の発行のために電子カルテなどの既存システムの改修が必要となり、そのコストのねん出が困難であること、電子処方箋の発行に必要な資格(HPKIカード)が医師や薬剤師には必要ですが、申請から発効まで1から2か月かかり手続きに時間を要すること、そのカードの発行に費用がかかることなどが挙げられます。この点数の要件クリアのために電子処方箋の普及率が上がるでしょうか。⑪救急患者連携搬送料の見直し高次の救急医療機関と他の医療機関との連携を強化し、救急患者の適切な転院搬送の実施及び受入を更に推進する等の観点から、救急患者連携搬送料の要件及び評価を見直します。具体的には、救急患者の適切な転院搬送の実施を更に推進する観点から、救急外来での初期診療後に連携する他の医療機関で入院医療を提供することが適当と判断された救急患者について、入院前に搬送を行う場合の評価を引き上げるとともに、自院等の救急自動車以外を活用して搬送する場合についても評価の対象とする。搬送先医療機関において入院医療を行うことについての評価を新設する。医師、看護師又は救急救命士が同乗して長時間(30分超)搬送を行う場合の評価を新設するとなります。救急患者といえども、適切な機能の医療機関での受信を促す診療点数です。⑫遺伝性乳癌卵巣癌症候群に係る評価の見直し遺伝性乳癌卵巣癌症候群の患者のうち、乳癌及び卵巣癌を発症していない患者に対する両側乳房切除及び卵管・卵巣切除の有効性に関するエビデンスを踏まえ、診断に必要なBRCA1/2遺伝子検査及びがん患者指導管理料の要件を見直します。具体的には、遺伝性乳癌卵巣癌症候群の症状である乳癌又は卵巣癌を発症していない患者であって、遺伝性乳癌卵巣癌症候群の家族歴がある患者について、BRCA1/2遺伝子検査及びがん患者指導管理料の対象患者に追加されます。これは乳がんや卵巣がんの一部は遺伝することが知られており、その発生遺伝子も明らかになっています。今まではがん発症患者にしか保険適用されていなかったこの遺伝子検査を、遺伝性乳癌卵巣癌症候群と診断された者の父母、子若しくは兄弟姉妹であれば、保険での検査を認めるというものです。遺伝子検査は後に検査結果が変わるものではないので、一生に一回実施すればよいです。たとえその遺伝子があることが分かっても、日ごろの生活習慣に注意したり、健診の回数を増やしたりすることで、発症を防いだり、遅らせたり、早期発見できたりとメリットはありそうです。本レポートの出典は、中医協に提出された資料です。提供:税経システム研究所
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2026/03/31 経営レポート
昨今労務事情あれこれ(220)
1.はじめに現代社会は「ストレス社会」とも言われています。人それぞれにストレスを感じる対象は異なるのでしょうが、全くストレスがなく日々の生活を送っている人は皆無と言っても差し支えないでしょう。単純に「ストレス=悪」と考えがちですが、ストレスの全てが悪影響を及ぼすわけではありません。適度なストレスやプレッシャーはそれを乗り越えたときに、自分自身の成長の糧や自信につながります。この「適度」が曲者で、ストレスは定量的に捉えることができず、同じストレスの原因(ストレッサー)にさらされても、ある人にとっては適量でも、別の人にとってはそれを過剰に感じてしまうこともあるわけです。過剰なストレスにさらされた結果、メンタルの不調を訴える人も増加しており、それが原因で長期の休職や退職に至るケースも多くみられています。こうした状況を踏まえ、2015年に従業員50人以上の事業場ではストレスチェックが義務化されています。従業員50人未満の事業場については現在のところ努力義務とされていますが、2025年5月14日に公布された「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」にて、従業員50人未満の事業場にもストレスチェック義務化を拡大することが決まりました。この施行日については「公布後3年以内に政令で定める日」とされており、まだ確定していませんが、最長でも2028年5月までには企業規模を問わずストレスチェックが義務となる見込みです。この義務化までにはまだ1~2年ある、と感じる向きもあるかもしれませんが、扱う対象は、個々の従業員が感じるストレス、という非常にセンシティブな事柄です。プライバシー保護など個人情報の取扱いには慎重な対応が求められますし、ストレスチェックを行う体制づくりのための人員や資金などをふんだんに割くことは容易ではない……と考えると、早めに着手しておくことに越したことはありません。今回は小規模事業場のストレスチェック義務化にどのように対応していくべきかを考えていきます。2.労働者のメンタルヘルス対策の現状は?厚生労働省では「過労死等の労災補償状況」を毎年発表しています。2024年度の精神障害による労災請求件数は3780件(前年比205件増)であり、うち、1055件に労災補償の支給が決定されています。(前年比172件増)請求件数・支給件数ともに年々増加傾向となっており、様々なストレスによるメンタル不調の増加が統計からも明らかになっています。一方、事業場規模によるストレスチェックの実施状況(注1)には、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場のうち、すでに義務化されている従業員50人以上の事業場では89.8%が実施しているのに対し、努力義務とされている従業員50人未満の小規模事業場においては、従業員30人から49人の事業場で57.8%、10人から29人の事業場で58.1%と低い割合に留まっており、従業員50人以上の事業場とは大きな格差が生じています。では、小規模事業場におけるストレスチェックについて、どのような体制を整備し、準備を進めていけばよいのでしょうか。3.どのような準備をしていくべきか?ストレスチェックの導入にあたっては、先述のとおり、従業員のプライバシー保護の観点から明確なルールづくりが必要と考えます。事前に労使(安全衛生委員会など)で以下の事項について協議を行っていきましょう。1.ストレスチェックの実施方法まず、ストレスチェックを自社で行うのか、外部に委託するのかを決める必要があります。小規模事業場では、従業員のプライバシー保護体制が脆弱なことが多いことから、セキュリティ体制が高く専門知識も豊富な外部機関への委託が推奨されています。2.担当者の選任・実施体制外部に委託する場合でも、担当者の選任や具体的な実施方法は社内で決めなければなりません。以下の事項を協議・決定しておきましょう。自転車通勤を許可する等の方策が考えられます。実施の時期や実施の頻度(年に1回以上)質問票の内容(厚生労働省指定の3項目と追加項目)(注2)高ストレス者の判定基準面接指導を行う医師の選任・面接指導の依頼方法従業員50人未満の事業場に対し、産業保健サービスを提供する公的機関として都道府県ごとに「地域産業保健センター」が設置されています。体制整備に不安がある場合はこちらに相談することも可能です。(相談は無料)3.結果の保存と管理体制ストレスチェックの結果は、従業員のプライバシー関係の情報が多く含まれる非常にセンシティブな内容ですので、保存や管理には厳格なルールを設けることが求められます。個々のデータへのアクセス権限・保管方法などのセキュリティ体制外部機関などの実施者と事業主間の情報共有ルールの明確化(特に人事権を持つ者はストレスチェックの実施者や実施事務従事者として関与することが禁止されている)「なにやらいろいろと手間がかかりそうだ……」といった印象を受けた方も多いかもしれません。義務化とはいえ、ストレスチェックを実施しないこと自体に、現行法令では罰則が設けられていません。しかしながら、ストレスチェック実施後に行うべき所轄労働基準監督署への報告を怠った場合や虚偽の報告を行った場合は50万円以下の罰金が科されることになっています(労働安全衛生法第120条)。こうした法令上の罰則以外にも、企業経営上の数々のリスクがあることは認識しておくべきでしょう。どのようなリスクが考えられるのでしょうか。4.従業員のメンタル不調予防が不十分な場合のリスクとは?ストレスチェックの実施により、従業員がメンタル不調に至る前に対応できる体制が不十分な場合、次のようなリスクが考えられます。1.生産性の低下や離職の増加ただでさえ人手不足感の強い昨今、ギリギリの人員で業務遂行をしている職場が少なくないと思います。そのような状況の中、メンタル不調による欠勤や長期の休職で人員が減少することは、他の従業員の負担増加に直結し、パフォーマンスの低下を招くことになります。この状況が続いてしまうと、メンタル不調を起こしている従業員が退職する恐れがあるだけでなく、第二第三の休職・退職者が発生し、最悪の場合、職場崩壊につながってしまうこともあります。2.安全配慮義務違反と訴訟のリスク過重労働や顧客対応(カスハラなど)などの高ストレスの状況を企業が放置した結果、メンタル不調に至り、長期の療養や自死のきっかけとなった場合、企業は安全配慮義務を果たさなかったとして従業員側から損害賠償を求められ、または訴訟を起こされる可能性があります。3.企業イメージ低下のリスク上記2.に関連することですが、某広告代理店の若手社員が過重労働の末にメンタル不調に陥り自死したことにより、遺族から損害賠償を求める訴訟を提起された事件がありました。マスコミなどでこの「過重労働⇒メンタル不調による自死」の一連の事件を、その広告代理店の社名をつけて「〇〇事件」と呼ばれていることをご存知の方も多いのではないでしょうか。このような不幸な事件の当事者として社名が連呼されるだけでなく、判例として永きにわたり残ってしまうことで企業イメージが低下することは避けられません。また、今や強力な発信力を持つツールとして、誰でもSNSを利用できる時代です。メンタル不調を放置するだけでなく、それを理由とした不当な配置転換、解雇など、従業員に不利益な措置を行った場合、社名入りで実情をSNSに投稿され、これが拡散されることもありえます。企業イメージの低下は業務遂行への影響だけでなく、新規採用や従業員の定着に大きく影響する可能性があります。厚生労働省では、小規模事業場のストレスチェック体制構築の一助として、2026年2月に「小規模事業場ストレスチェック実施マニュアル」を策定・公開しています。(注3)このようなマニュアルや地域産業保健センターとの連携により早めの体制づくりをしていきましょう。<注釈>令和6年「労働安全衛生調査(実態調査)」https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/r06-46-50_houdou.pdf厚生労働省「ストレスチェック制度導入ガイド」6ページ参照https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei12/pdf/160331-1.pdf厚生労働省「小規模事業場ストレスチェック実施マニュアル」https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/001646587.pdf提供:税経システム研究所
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2026/03/30 経営レポート
昨今の経済情勢を背景に地域企業経営はどう対処するのか
【サマリー】本稿では、経産省系の主な補助金を集めて比較できるようまとめました。経産省系補助金は複雑で理解が難しく、何を申請すべきかよくわからないと、初期段階で挫折する企業も多いです。補助金の選択に役立つ情報となるよう整理しました。前稿ではGO-TECH補助金をご紹介しました。人件費が補助対象となる稀な補助制度で、一般の外注先の対応が難しい補助金です。補助金額が大きく、複数年にわたるという特色があります。現在筆者が旧来からのクライアントの依頼でGO-TECHの申請を代行している状況をふまえて、GO-TECH補助金と申請についてご紹介しました。GO-TECH補助金の申請が難解であるところから、申請情報を使って他の経産省補助金申請がスムーズにできることをご紹介しましたが、経産省の補助金は全体としてどのような構成になっているのかご紹介します。(1)経産省・中企庁の主な補助金(筆者作成)(1)-1:ものづくり補助金の概要ものづくり補助金(正式名称:ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金)は、中小企業・小規模事業者が行う生産性向上のための設備投資や新製品開発を支援する、国の代表的な補助制度です。中小企業向けの代表的設備投資補助金補助率:1/2(小規模は2/3)補助額:最大1,000万円前後新製品・新工程などの革新性が必要採択率:約30〜50%①制度の目的中小企業が付加価値額の向上や生産性向上を実現することを目的としています。新製品・新サービスの開発生産プロセスの改善高度な設備投資②対象となる事業以下のような取り組みが対象になります。新製品・新サービスの開発新しい製造方法の導入自動化・省人化設備の導入ITシステムによる業務効率化高付加価値化のための設備投資単なる老朽更新や既存設備の置き換えは対象外。③補助率・補助額④補助対象経費主に設備投資関連経費を補助する制度です。機械装置費(主対象)システム構築費技術導入費外注費試作開発費知的財産関連費運搬費クラウドサービス利用費など(人件費は対象外)⑤申請の基本要件(代表例)3〜5年の事業計画を作成以下のいずれかを達成付加価値額:年平均+3%以上給与支給総額:年平均+1.5%以上(1)-2:持続化補助金の概要小規模事業者持続化補助金(通称:持続化補助金)は、中小企業庁が実施する「小規模事業者向けの販路開拓支援補助金」です。個人事業主や従業員の少ない会社が、売上拡大のための取組に使える代表的な制度です。採択率はおおむね50〜70%前後が一般的。(出典:(株)リアリゼイション調べ)※第14回は2024年①制度の目的小規模事業者の「生産性向上」「持続的発展」を目的として、経営計画に基づく販路開拓などの取り組みを補助する制度です。②対象となる事業者(小規模事業者対象)個人事業主可③補助対象となる主な取組販路開拓や売上向上につながる活動が対象です。ホームページ・ECサイト制作チラシ・広告制作展示会出展新商品開発に伴う試作店舗改装(販促目的)外注費・デザイン費など④補助額と補助率※変動あり(1)-3:事業再構築補助金の概要事業再構築補助金は、ポストコロナの事業構造転換支援として創設された補助金です。経済産業省(中小企業庁)が実施する大型補助制度で、新分野進出や業態転換など「思い切った事業転換」を行う中小企業等を支援するものです。補助額は、様々な枠によって異なっています。最低額は100万円~1.5億円程度まで。採択率は近年急落し難易度が上がっています。(出典:補助金プラス)①制度の特徴メリット補助額が大きく大型投資に対応建物費なども対象になる(他制度より範囲が広い)注意点要件が厳しく事業計画の完成度が重要採択後の事務手続きが多い補助金は後払い(立替資金が必要)②支援対象となる「事業再構築」の例以下のような既存事業と異なる新しい取り組みが対象になります。※単なる設備更新や既存事業の延長は対象外。③主な補助対象経費(1)-4:新事業進出補助金新事業進出補助金は、経済産業省(中小企業庁)が実施する「既存事業とは異なる新分野への進出」を支援する大型補助制度です。2025年度から本格実施された比較的新しい制度で、事業再構築補助金の後継的な位置づけとされています。①対象となる「新事業」の定義次のような既存事業とは異なる挑戦が求められます。単なる設備更新や既存商品の改良は対象外です。新製品・新サービスの提供新市場・新顧客層への進出高付加価値分野への展開②制度の特徴メリット建物費も対象で投資範囲が広い最大9,000万円と比較的大型新規事業立ち上げに特化注意点成長率・賃上げ要件が厳しめ事業計画の実現性評価が重要補助金は原則後払い③主な補助対象経費④主な申請要件(2)まとめ経産省系補助金の主なものの全体像をあらためて整理しご紹介しました。それぞれ目的や補助金額規模や特徴が異なりますので、自社の目的に応じた補助金を選択し、もよりの経産局の担当部署に問い合わせてください。申請へのステップを教えてもらえます。以下に補助金選択のための比較表を作成しました。申請にあたって、事業をまとめて申請書類を作成するプロセスは経営陣の頭の整理に役立ちます。採択か不採択かが死活問題になるような資金繰りが困窮している企業には向きません。結果がどうであれ、頭の整理ができて自社の進むべき道やなすべきことが明確になるための申請を是非積極的に行っていただきたいと思います。提供:税経システム研究所
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2026/03/27 商事法レポート
議決権行使助言会社をめぐる規制の動向 −トランプ政権による直接的規制に向けた動きと影響−
1はじめに2025年12月11日、アメリカのドナルド・トランプ大統領は、「外国の所有であり、かつ、政治的に動機づけられたプロキシ・アドバイザー(議決権行使助言会社)からの米国投資家の保護(PROTECTINGAMERICANINVESTORSFROMFOREIGN-OWNEDANDPOLITICALLY-MOTIVATEDPROXYADVISORS)」と表する大統領令(注1)(以下、「本大統領令」とします)を発出し、あわせて付随するファクト・シート(注2)を公表しました。議決権行使助言会社は、一般的に上場会社などの株主総会における機関投資家の議決権行使判断に関連し、一定の推奨ないしリサーチを提供することを事業としている会社です(注3)。本大統領令は、議決権行使助言会社の中でも、代表的なInstitutionalShareholderServicesInc.(ISS)およびGlass,Lewis&Co.,LLC(GlassLewis)の2社を名指ししたうえ(注4)、議決権行使助言会社に対して、様々な観点から規制を強化し、その活動に対して一定の縛りをかけようとしています。具体的には以下に述べていきますが、それら2社に代表される議決権行使助言会社は、これまで、上場会社の株主総会において、会社や時期によっては非常に大きな影響力を持っている場合もある一方、少なくとも法律上は、直接的な規制を受けてきませんでした。それが今後、本大統領令や以下に述べるトランプ政権の動きをきっかけとして大きく流れが変わる可能性があり、日本の上場会社や証券市場関係者にも影響を与える可能性があります。本稿では、近時における以上の動向を整理したうえで、証券市場における議決権行使助言会社の位置づけおよび今後のあり方について、若干の検討を行いたいと思います。2アメリカにおける議決権行使助言会社に対する規制の変遷アメリカにおいて、議決権行使助言会社は、2010年代後半に至るまで、原則として1934年証券取引所法(SecuritiesExchangeActof1934)、とくにその中の委任状(勧誘)規制において「勧誘(solicitation)」行為を行っているとは捉えられてきておらず、また、同法を所管する証券取引委員会(SecuritiesExchangeCommission:SEC)による法執行の対象にもなってきませんでした。その後、トランプ第1次政権下であった2019年9月、SECは「議決権行使助言に対する委任状規則の適用に関する解釈およびガイダンス」を公表し(注5)、また、2020年7月には、関連する規則14a-1(l)、14a-2(b)および14a-9の改正を採択しました(注6)。これらをもって、議決権行使助言行為は、原則として規則14a-1(l)に定義される「勧誘(solicitation)」に該当するとされ、さらに、それまで議決権行使助言事業者がしばしば援用してきた、委任状規則における情報提供義務および提出義務という2つの免除に関して、それら免除を受けるために、①顧客に対して助言を提供するのと遅くとも同時までに対象企業にも助言内容がわかるようにすること、および②顧客が対象会社による書面での反論・見解にアクセスできる手段を提供すること、といった新たな条件を追加する規則14a-2(b)(9)を採択し、さらに規則14a-9の注記(Note)の改正を通じて、議決権行使助言会社に対して重要な虚偽表示または重要事項の不記載について責任が認められる可能性が含められました。この規則改正は、2020年11月2日に施行されましたが、他方で、SECは議決権行使助言事業を行う者らについて、それらの遵守を2021年12月1日までは求めない旨を表明しました。その後、バイデン政権下となった2022年7月、SECは2020年の規則改正等による議決権行使助言事業者に対する規制を撤回または緩める旨のリリースを発出しました(注7)。そして、さらに2024年になり、今度は第5巡回区連邦控訴裁判所が、2022年のSECによる規則撤回の一部について、それを無効とする判断を下しました(注8)。このように、近年、議決権行使助言を行う事業者(議決権行使助言会社)に対する規制については、政権が変わる度に、規制強化の動きと緩和の動きが行政だけでなく、司法も含めて繰り返されてきました。こうした中、トランプ政権が議決権行使助言会社に対する規制強化を明確に打ち出したのが本大統領令です。3本大統領令の概要本大統領令の概要は以下の通りです。⑴目的本大統領令はISSおよびGlassLewisについて、株主による議決権行使を通じて、アメリカにおける最大級の企業の政策および優先事項の形成に重要な役割を果たしており、株主提案、取締役会の構成、役員報酬を含むコーポレート・ガバナンスに関する事項に加え、資本市場およびアメリカ人の投資商品(401(k)、IndividualRetirementAccountその他の退職投資手段を含む)の価値に対し、極めて大きな影響力を有しているとしています。そのうえで、本大統領令は、議決権行使助言会社が、本来は投資家へのリターンを最大化することが何よりも優先されるべき事項であるにもかかわらず、「多様性・公平性・包摂性(diversity,equity,andinclusion:DEI)」や「環境・社会・ガバナンス(environmental,social,andgovernance:ESG)」のような、急進的かつ政治的な動機に基づくアジェンダを推進し、かつ、優先するために、その強大な権限を恒常的に用いていると指摘します(例えば、議決権行使助言会社は、米国企業に対して人種的公平性についての監査の実施や温室効果ガス排出の大幅な削減を求める株主提案を支持し、取締役会の人種または民族的多様性に基づく指針を継続して提供し続けているとしています)。そのうえで、こうした議決権行使助言会社の慣行は、利益相反および推奨内容の質に関して重大な懸念を生じさせているとしています。こうしたことを踏まえ、本大統領令は、とくに以下の3つの観点に関して、それぞれ連邦機関の長に要請を行っています。⑵投資家保護本大統領令は、SECの委員長に対し、議決権行使助言会社に関するあらゆるルール、レギュレーション、ガイダンス、ブリティン(Bulletin:SECの職員が発出するテクニカルな見解)、およびメモランダム(内部通達)を見直すべきとしています。そのうえで、SECの委員長は、アメリカの行政手続法(AdministrativeProcedureAct:APA)に従い、本大統領令の目的と整合しない規則や規制等、なかでも「DEI」と「ESG」に関する政策に関連するものについて、それらの改正または撤廃を検討することを求めています。加えて、議決権行使助言会社が行う、議決権行使に関する推奨において含まれる重要な虚偽記載等または重要事項についての不記載について、SEC委員長に、連邦証券法の詐欺防止規定に基づく法執行を行うことを求めるとともに、議決権行使助言会社について、1940年投資助言業者法(InvestmentAdvisersActof1940)に基づいて、登録投資助言業者(RegisteredInvestmentAdvisers)としての登録を義務付けるべきか否かについてレビューを行うことを要請しています。さらに、登録投資助言業者が、投資における非金銭的要素(non-pecuniaryfactors)について助言するため、議決権行使助言会社を関与させる慣行(適切な場合には「DEI」および「ESG」要因を含む)」が、受託者責任(fiduciaryduties)と整合しないものであるか否かを検討するよう、SECスタッフに指示することも求めています。⑶不公正、欺罔的、または反競争的な慣行への対応本大統領令は、連邦取引委員会(FederalTradeCommission:FTC)の委員長に対し、司法長官(theAttorneyGeneral)と協議したうえ、議決権行使助言会社について、反トラスト法の観点から、議決権行使助言会社が米国の消費者に害を与える不公正な競争方法(unfairmethodsofcompetition)または不公正もしくは欺罔的な行為・慣行(unfairordeceptiveactsorpractices)に従事しているか否かについて調査すること命じています。このようなことを命じている背景には、トランプ政権が、下記に述べるようにISSおよびGlassLewisが議決権行使助言会社のマーケットの90%超を支配していると認識しており、そのことを問題視していることがあると思われます。⑷従業員年金および退職制度などに対する保護本大統領令は、労働長官(TheSecretaryofLabor)に対しても、1974年従業員退職所得保障法(EmployeeRetirementIncomeSecurityActof1974:いわゆるERISA法)の適用を受ける制度(プラン)が保有する株式について、それに付随する権利(議決権行使および企業とのエンゲージメントを含む)を管理する者、または議決権行使助言会社のようにその管理者に助言する者に関する、「受託者(fiduciary)としての地位」に関するあらゆる規則やガイダンスについて、それらが本大統領令の政策と整合するよう改正するための措置を講じることを命じています。なお、アメリカにおけるERISA法は、従前から、従業員福利厚生プラン(employeewelfarebenefitplan)や従業員年金プラン(employeepensionbenefitplan)等のプランの運営・管理に関与する者に対し、厳格な受託者責任(fiduciaryduty)を課すことにより、プラン参加者および受益者の利益保護を図ろうとしています。1988年には、労働省(DepartmentofLabor:DOL)が発出した、いわゆる「AvonLetter(エイボン・レター)」を通じ、企業年金が保有する株式の議決権行使について、「議決権は株式保有に内在する重要な権利であり、その行使はプランにおける資産管理の一部を構成する」ことが明確にされました。こうした理解は、その後のDOLの解釈・規則においても踏襲されてきており、現在では、議決権行使のみならず、企業とのエンゲージメントや、それらに付随する判断の過程も含めて、受託者責任の範疇に含まれるものと整理されてきています。以上を踏まえますと、今回の本大統領令が、労働長官に対して議決権行使助言会社を含む関係主体の「受託者としての地位」に関する規則およびガイダンスの見直しを命じている点は、ERISA法とそれに関連する伝統的な解釈を前提としつつ、その運用のあり方を再調整しようとする試みとして理解することができます。4本大統領令の影響ところで、本大統領令では、ISSおよびGlassLewisが議決権行使助言会社のマーケットの90%超を支配しており、投資信託および上場投資信託(ETF)を通じて数百万人の米国人のために顧客が保有・運用する莫大な数の株式について、機関投資家等の顧客に対し、どのように投票すべきかを助言しており、顧客の保有株式は、米国最大の上場企業において重要な持分比率を構成することが多く、また顧客は議決権行使助言会社の助言に従うことがしばしばある、ということも述べられています。トランプ政権は、こうした認識を前提として、機関投資家、証券市場ならびにそこに上場している会社とその子会社等に対し、議決権行使助言会社が非常に大きな影響力を持っている(または持ちすぎている)という認識にたち、証券規制、反トラスト法および従業員保護の観点から、規制を策定または強化しようとしていると言えます。客観的にみても、近時の証券市場では、機関投資家の中でも、いわゆるインデックスファンド等、パッシブ運用(日経平均株価やTOPIX、S&P500総合指数など、特定の市場指数・ベンチマークに連動する形で投資運用を行い、市場全体の動きに合わせて安定的な投資成果を得ようとする投資手法)を行うものが非常に多い状況です。そして、そうした機関投資家は、信託報酬のレベルがアクティブ運用を行う機関投資家と比較して低く、スチュワードシップ活動等に割くコストを捻出しづらいことが想定されることから(注9)、議決権行使を含む様々な株主権の行使や投資先企業とのエンゲージメントにおいて、機関投資家が議決権行使助言会社を利用することが相当に多いことが考えられます。そうなりますと、問題は、本大統領令を受け、SEC等の連邦機関がそれに従った規則改正等の対応を行った場合、ISSおよびGlassLewisを中心とする議決権行使助言会社の行動の態様が変化する可能性があるか、そしてそのことが証券市場やそこに投資している機関投資家、さらに上場会社に対してどのような影響を与えるか、ということになります。この点、GlassLewisは、すでに2025年10月の段階で、2027年からは、これまで同社が行っていた独自の単一の視点に依拠した調査および議決権行使の推奨(singularly-focusedresearchandvoterecommendations)から脱却し、顧客機関投資家の多様な見解を反映した複数の視点(multipleperspectivesthatreflectthevariedviewpointsofclients)を提供する方向へ、推奨の方針・スタンスを移行することを表明しています(注10)。そして、こうした動きの背景には、アメリカにおいて、本大統領令の発出以前の段階で、共和党がGlassLewisの推奨がESG寄りであるといった批判を行っていたことがあるとされています(注11)。このGlassLewisの動きに対しては、複数の視点から議決権行使の推奨がなされたとしても、多くの機関投資家にとっては、最終的な判断を自ら行う体制が整っていないため、現状のままですと「・・・ISSへの依存度が高まるかもしれないが、仮にそうなったとしても、それはISSとしても決して望ましいものではなく、ISSという1社の影響力が大きくなることによって、さらなる批判や規制強化の要望を招くことになるかもしれない」といった予測もみられています(注12)。いずれにしても、機関投資家にとっては、これまで以上に、議決権行使助言会社に頼らず、自ら議決権の行使や投資先企業へのエンゲージメントについて考えたり、行動するようなプレッシャーが増してくる可能性があります。一方で、仮に機関投資家が、そうしたプレッシャーに応えられないとしますと、これまで高まってきていた機関投資家のエンゲージメントや上場企業の株主総会における存在感が薄まってしまう可能性もあり、今後の証券市場や上場会社を取り巻く状況が混沌とすることも想定されます。そして、その結果、とくにDEIやESGに関する政策の推進といった動きが後退する可能性も出てくるように思います。翻って、わが国をみますと、近年のわが国の証券市場において、外国法人等の持株比率は30%を超えており(下記の【投資部門別株式保有比率の推移】の図を参照)、こうした外国法人等のうち、議決権行使等を行う機関投資家の多くが、ISSやGlassLewisの助言を利用・参照しているものと思われます。また、筆者は、国内の機関投資家についても、とくにパッシブ運用を行う機関投資家については、投資先企業の実情をみて議決権を行使するというよりも、自らが設定した議決権行使基準や、議決権行使助言会社から助言された議決権行使に関する推奨内容に沿う形で議決権を機械的に行使する傾向が強い、という分析を行いましたが(注13)、こうしたことも踏まえますと、ISSやGlassLewisの影響力はわが国でも相当程度強いものと思われます(注14)。【投資部門別株式保有比率の推移】株式会社東京証券取引所ほか「2024年度株式分布状況調査結果の概要」9頁よりその上で、わが国の規制の面についてみますと、議決権行使助言会社に対しては、それを法的に捕捉し、何らかの規制をしようとする動きは現在までのところみられてきていません。いわゆる日本版スチュワードシップ・コード(最終改訂:2025年6月26日)では、議決権行使助言会社を含む機関投資家向けサービスに対して、利益相反が生じ得る局面を具体的に特定し、そうした局面についてどのように実効的に管理するのかに関して明確な方針を策定して、利益相反管理体制を整備するとともに、それらの取組みを公表すべきである旨や、助言にあたり、企業の開示情報に基づくほか、必要に応じて、自ら企業と積極的に意見交換しつつ、助言を行うべき旨などが定められている程度です(原則8およびその指針参照)。おそらく、今後、近い将来において、本大統領令の内容に沿う形で議決権行使助言会社に対して同様の規制を行っていく可能性は、まったくのゼロではないものの、現時点では少ないと思われます。とは言え、わが国の上場会社に投資している機関投資家等に影響がないかと言うと、必ずしもそういうわけでもないように思います。なぜなら、ISSやGlassLewisの議決権行使に関する推奨方針の変更は、アメリカの上場会社に対するもののみではなく、日本を含む他国の上場会社に対するものにも及ぶ可能性もある(むしろ、及ぶ可能性が高い)と見るのが自然だからです(注15)。また、そもそものところで、議決権行使助言会社が上場会社の株主総会における議決権行使において実質的に大きな影響力を有するようになっているのは、アメリカにおけるERISA法や、日本を含む各国のスチュワードシップ・コードが、機関投資家に対し、議決権行使を含む様々な株主権の適切な行使や投資先企業とのエンゲージメントを法的に義務付けたり、強く要請していることが関係しています。つまり、多くの機関投資家は、そうした義務付けや要請にきちんと応える、または、応えている体裁を整えるために、議決権行使助言会社の推奨や助言を利用している面が少なからずあります。そのため、機関投資家に対して株主権の行使や投資先企業とのエンゲージメントを義務付けることや、要請することが本当に市場に対して本当にプラスの影響があるのか、ということも中長期的な視点では考えていく必要があるように思います。いずれにしても、証券市場に関わる方々におかれては、証券市場、機関投資家および上場会社のあり様や行動についての変容があり得るということを踏まえ、今般の議決権行使助言会社に関する本大統領令とそれを取り巻く状況の変化をウォッチしつつ、直近において真にそうした変容があるかどうか、さらに、仮に変容があった場合に、どのような影響が出てくるのかということについて継続的に動向を注視していく必要があるでしょう。むろん、私のような証券市場に関する研究者にとっても、証券市場やそこに関わる会社や人々に変化が生じる可能性が高いことから、同様にウォッチしていく必要があると考えています。<注釈>https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/12/protecting-american-investors-from-foreign-owned-and-politically-motivated-proxy-advisors/https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/12/fact-sheet-president-donald-j-trump-protects-american-investors-from-foreign-owned-and-politically-motivated-proxy-advisors/高橋真弓「米国委任状勧誘規則による議決権行使助言会社の規制」一橋法学20巻1号(2021年)103頁参照。ISSは、DeutscheBörseGroup(フランクフルト証券取引所の運営および関連する金融サービスの提供を行う企業)が支配株主であり、GlassLewisは、カナダの公的年金投資家(OntarioTeachers’PensionPlanなど)が支配的株主と言われています。そのため、本大統領令では「外国所有であり・・・」というタイトルが付けられていると思われます。CommissionInterpretationandGuidanceRegardingtheApplicabilityoftheProxyRulestoProxyVotingAdvice,84Fed.Reg.47,416(Sep.10,2019).ExemptionsfromtheProxyRulesforProxyVotingAdvice,85Fed.Reg.55,082(Sep.3,2020).https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2022-120また、https://www.whitecase.com/insight-alert/sec-amends-proxy-voting-advice-rules-rescinds-portions-2020-rules?utm_source=chatgpt.comも参照。https://www.reuters.com/world/us/us-appeals-court-voids-sec-rollback-proxy-voting-advice-rule-2024-06-26/?utm_source=chatgpt.com和田宗久「スチュワードシップ・コードは機関投資家の行動を変え、日本企業にインパクトを与えているか?−生成AIを用いて集めたデータを通してみる現在の状況」MJS税経システム研究所MonthlyReport198号(2025号)14頁。https://www.glasslewis.com/news-release/glass-lewis-leads-change-in-proxy-voting-practices「ScrambleGlassLewisの方針変更とその影響」商事法務2408号(2025年)58頁参照。前掲注⑾58頁。和田・前掲注⑼16頁。なお、アメリカや日本と同様、証券市場に大株主・支配株主が少なく、株式分布において分散傾向がみられ、ファンドや機関投資家の保有比率の高いイギリスについては、事情が異なるとの分析がみられています。すなわち、イギリスでは、保険業における英国保険協会、年金基金におけるPLSA、投資運用業の投資会社協会、投資協会などの業界団体が、議決権行使助言会社と同等以上の機能を果たしてきたため、議決権行使助言会社の役割が相対的に小さいとの分析もあります。梅本剛正「なぜイギリスでは議決権行使助言会社の影響力がアメリカほど大きくないのか」日本証券経済研究所証券レポート1729号(2021年)39頁参照。前掲注⑾58頁参照。提供:税経システム研究所
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2026/03/26 会計レポート
金融商品に関する会計基準(案)(2)
1.はじめに2025年10月29日に、企業会計基準委員会(ASBJ)は、企業会計基準公開草案第89号「金融商品に関する会計基準(案)」(以下、「金融商品基準草案」という)、企業会計基準適用指針公開草案第88号「金融資産の予想信用損失に係る会計上の取扱いに関する適用指針」(以下、「適用指針草案」という)等を公表しました。「金融商品基準草案」で大きな改正があったのは、予想信用損失の算定(現行基準における貸倒見積高の算定)です。「金融商品基準草案」は、国際会計基準との整合性を図るため、従来の発生損失モデルに代えて予想信用損失モデルを提案しています。発生損失(IncurredLoss)モデルは、金融資産に関する貸倒れなどの信用損失を、それが発生している可能性が客観的に高いと判断した時に認識する考え方です。一方、予想信用損失(ExpectedCreditLoss:ECL)モデルは、金融資産の認識時点から将来の信用損失を予想し、その予想信用損失を認識する考え方です。したがって、通常、予想信用損失モデルの方が発生損失モデルよりも早期に信用損失を認識することになります(注1)。本シリーズでは、現行基準から改正された点を中心に、可能な限り中小企業に与えうる影響にも触れながら、「金融商品基準草案」を解説します。今回は、現行基準にはなく「金融商品基準草案」で新設された「信用リスクの著しい増大の判定」について説明します。2.予想信用損失モデルの特徴予想信用損失の算定にあたっては、期末において、債権等(債権、満期保有目的の債券、金融保証契約、貸出コミットメント等)の発生の認識以降におけるデフォルト(注2)発生リスクの変動に基づいて、債権等に係る信用リスクが著しく増大しているかどうかを判定します(「金融商品基準草案」27項)。その際には、3つのステージ区分があります。(1)ステージ1期末において、その発生の認識以降の信用リスクが著しく増大していない債権等です。このステージに該当する債権等については、全期間の予想信用損失のうち、期末後12か月以内に生じ得るデフォルトから生じる予想信用損失を算定します。(2)ステージ2期末において、その発生の認識以降の信用リスクが著しく増大している債権等です。このステージに該当する債権等については、全期間の予想信用損失を算定します。(3)ステージ3信用減損金融資産(将来キャッシュ・フローに不利な影響を与える1つまたは複数の事象が発生している債権と満期保有目的の債券)が該当します(「金融商品基準草案」注8-4)(注3)。信用減損金融資産に該当するかどうかを判定する際の証拠としては、債務者の重大な財政的困難、契約違反(デフォルト、期日経過事象など)といったことがあります(「適用指針草案」28項)。このステージに該当する債権等については、全期間の予想信用損失を算定します。3.信用リスクの著しい増大に関する判定(1)将来予測情報の利用(原則)信用リスクの著しい増大の判定において、将来予測的な情報が過大なコストや労力を掛けずに利用可能な場合には、将来予測的な情報を用いますが、利用可能でない場合には期日経過の情報を用いることができます。期日経過の情報を用いる場合、契約上の支払期日から1か月超経過しているときは、反証がない限り、信用リスクが著しく増大していると推定されます(「適用指針草案」9項、10項)。信用リスクの著しい変動の判定に関連する可能性がある情報としては、例えば、次のようなものが挙げられています(「適用指針草案」18項)。債権等に関する外部信用格付けの著しい変化借手の経営成績の著しい変化予想される契約条件の変更(利払いの中断、利率の上昇など)信用リスクが著しく増大しているかどうかの判定は、統計モデル、信用格付プロセス、定性的情報、非統計的な定量的情報のいずれか、またはその組み合わせで行います(「適用指針草案」19項))。ただ、次のすべてを満たす場合には、「信用リスクが低い」と判断され、信用リスクが著しく増大していないと推定します(「適用指針草案」24項、25項)。債権等に係るデフォルト発生リスクが低い。借手が近い将来の契約上のキャッシュ・フローの支払義務を履行する能力を十分に有している長期的な経済状況および事業状況の不利な変化が生じた場合であっても、必ずしも借手の債務履行能力が低下するとは限らない。(2)簡素化された判定方法信用リスクの著しい増大の判定に際して、実務上の負担を軽減するために、簡素化された方法も認められています。簡素化された方法では、債務者の財政状態および経営成績等に応じて付与している内部信用格付を活用して、信用リスクの著しい増大を判定することが認められています。この場合、内部信用格付によって債務者を以下のように区分し、その区分に応じて債権等の発生の認識以降に信用リスクが著しく増大しているかどうかの判定を行います(「適用指針草案」56項)。正常先正常先については、信用リスクが低い順に優良格付、中間格付、要判定格付に区分します(「適用指針草案」57項)。優良格付または中間格付に区分された債務者に対する債権等については、信用リスクの著しい増大が生じていないものとします。要判定格付に区分された債務者に対する債権等は、原則として、信用リスクの著しい増大が生じているものとします(「適用指針草案」58項)。要注意先要注意先は、その他要注意先と要管理先に区分されます。その他要注意先に区分された債務者に対する債権等は、原則として、信用リスクの著しい増大が生じているものとします。要管理先に区分された債務者に対する債権等は、信用リスクの著しい増大が生じているものとします(「適用指針草案」59項)。破綻懸念先、実質破綻先、破綻先これらに区分された債務者に対する債権等は、信用リスクの著しい増大が生じているものとします(「適用指針草案」60項)。簡素化された判定方法をまとめると、次のようになります。3区分詳細区分信用リスクの著しい増大正常先優良格付なし(12か月の予想信用損失)中間格付要判定格付ありとみなすが、債務者単位で反証可能要注意先その他要注意先要管理先あり(全期間の予想信用損失)破綻懸念先、実質破綻先、破綻先【信用リスクの著しい増大の判定が中小企業に与えうる影響】「金融商品基準草案」や「適用指針草案」により、金融機関(債権者)は、融資先の信用リスクの著しい増大があるかないかの判定や信用リスクの著しい増大が一時的かそうでないかの判定を行うことになります。金融機関は、融資先の将来の業績が不安定だったり、格付けが低かったりすれば、予想信用損失額を多く計上するので、利益や自己資本が低下します。したがって、「信用リスクの著しい増大がある」と判断された企業に対する融資条件が厳しくなる(新規融資の慎重化、融資期間の短縮化など)ことが考えられます。また中小企業に対して、債権者からの経営業績改善の圧力が高まることも予想されます。一方で、ある企業が要判定格付やその他要注意先に該当した場合でも、悪化の原因や将来改善が説明できれば、「信用リスクの著しい増大がない債権」と判断されることもありえます。これは、中小企業の金融機関に対する説明責任が今まで以上に求められるともいえます。言い換えれば、業績が一時的に悪化したとしても、現状分析や将来の経営改善計画などの説明力が高ければ、融資支援が受けやすくなる側面もありそうです。4.おわりに今回は、信用リスクの著しい増大の判定について説明しました。債権等の信用リスクが著しく増大しているか否かにより予想信用損失の算定対象となる期間が異なり、その結果計上される予想信用損失額(引当額)も異なります。したがって、信用リスクの著しい増大の判定は重要であり、「適用指針草案」でも詳細な説明や例示がされています。次回は、予想信用損失の算定方法について具体的に説明します。<注釈>損失発生モデルは、金融危機時に「引当額が少なすぎる、損失認識が遅すぎる(TooLittle、TooLate)」と批判された経緯があります。デフォルトの画一的な定義はされておらず、企業が内部信用リスク管理の目的で使用しているものとされています(「適用指針草案」7項)。信用減損金融資産のうち対象が債権であるものを信用減損債権といいます。提供:税経システム研究所
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2026/03/23 審査事例
これ、いま、誰のもの?滞納者のコレクションを保管していた審査請求人に引渡命令処分。事実関係から当該コレクションは滞納者に帰属すると判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】国税徴収法第58条《第三者が占有する動産等の差押手続》は、滞納者の動産等で第三者が占有しているものは、その第三者が引渡しを拒むときは、差し押さえることができないが、滞納者が他に換価が容易で、滞納国税の全額を徴収することができる財産を有しないと認められるときに限り、国税局長は、その第三者に対し、期限を指定して、当該動産等の引渡しを命ずることができると規定している。本件の滞納者はコレクターで、購入した物品を置くために審査請求人(同族会社に該当しない、第三者)を創業した。また滞納者は自分のコレクションを所有及び管理させるために資産管理会社B社を設立し、令和5年まで役員であったが、裁判所命令でB社の株式は共同管財人に移されて役員を解任された。それ以前の平成25年に、審査請求人は、B社と寄託契約を締結し、B社から滞納者のコレクションを寄託物として受領していた。その際、寄託物目録は作成されず、契約書上に所有者の定めもなかった。審査請求人は、税務署から保管しているコレクションの一部(本件動産)の引渡しを求められたが、滞納者とB社は平成23年に売買で本件動産の所有権はB社に移転済と主張するため、引渡しを拒否すると、引渡命令処分を受けた。審査請求人は本件動産の所有者はB社の可能性が高いと主張した。国税不服審判所は、滞納者の本件動産購入購入後の所有権移転の有無について検討し、引渡命令処分時において本件動産は滞納者の所有財産であったと判断した事例である。(財産の引渡命令処分・棄却・令和7年3月17日裁決)【主な争点】本件動産は、引渡命令処分時において本件滞納者の所有財産か。【裁決の要旨】本件動産の購入経緯や請求書等の宛名、支払名義等に照らせば、取引先から本件動産を購入したのは、本件滞納者であると認められ、取引先は、本件動産の購入者は本件滞納者であると認識している。その際の請求書は一番時期が早いもので平成25年○月に作成されており、本件滞納者がB社に売却した平成23年○月○日より後であると認めるのが相当である。そして、B社の設立時から平成26年12月31日までの財務諸表に計上されていた金額は、本件平成23年○月売買契約の売買代金である○○○○ドルから変動がなかったのであるから、当該事実は、平成26年12月31日までの間に、B社の所有物に変動がなかったことを示すものである。また、寄託契約書には、寄託物の帰属に関する定めはなく、そのほか、本件滞納者とB社との間で作成された売買契約書やB社から本件滞納者へ対価が支払われたことを示す入金記録等も見当たらない。以上のとおり、本件各動産は、本件滞納者が取得したものと認められ、その後、B社を含む第三者に譲渡したとは認められないから、本件動産は、引渡命令処分時において本件滞納者の所有財産であったと認められる。【参照条文】国税徴収法第58条《第三者が占有する動産等の差押手続》国税徴収法施行令第14条《無償又は著しい低額の譲渡の範囲等》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2026/03/19 会計レポート
生成AIを活用した財務・非財務情報の分析(10)
1.AIのさらなる進化と管理会計担当者の役割再考前回のリポートでは、生成AIの利便性の裏に潜むアウト・オブ・ザ・ループ(効率性の向上のために作業をAIに委ねた結果、ビジネスの重要な文脈を人間が理解する能力を失い、AIが提示する結論の背後にある論理から人間が切り離されてしまうこと)の危険性と、人間がビジネスの根幹に関わるプロセスに関与し続けることの重要性について解説しました。今回は、議論を一歩前に進め、管理会計担当者がAIといかに協働していく必要があるのかについて、関連する学術研究を踏まえながら検討してみたいと思います。2026年2月、AI企業であるアンソロピック社が発表した生成AI(Claude4.6)と自律型エージェント(ClaudeCowork)は、ビジネス界に大きな衝撃を与えました。これまでの生成AIは、人間が指示(プロンプト)を与えて回答を得る対話型でしたが、ClaudeCoworkは、人間が目標を与えると、AIが自律的にPCを操作し、必要なツールを使い分けて複雑なデータ分析や報告書の作成を自ら完結させてしまう能力を持っています。AIが自律的に目標を完結させる能力を示したことで、もはや専門職人材は不要になるのではないかとの不安が広がり、関連するサービスを提供する企業の株価が軒並み暴落するアンソロピック・ショックと呼ばれる現象まで起こってしまいました。予算や業績管理を担ってきた管理会計担当者は、AIの進化によって、職を失ってしまうことになるのでしょうか。この点、AIと管理会計の関係について体系的に整理した研究であるAbbas(2025)は前向きな指針を示しています。当該論文によれば、管理会計担当者の役割は消滅するのではなく、AIという武器を手に入れることによって、よりビジネスにおける中心的な存在へと進化すると指摘されています。管理会計担当者は、正確な数値情報を集計・報告するという役割から脱却し、経営層の意思決定を支えるビジネスパートナーへと進化するというのです。2.AIと人間の新たな協働の形AIと人間の理想的な協働を考える際、多くの人が陥る罠が作業の自動化です。作業時間を短縮するためにAIに丸投げすることは、自らの専門性を否定することでもあります。Thalleretal.(2024)の研究によれば、デジタル化が進むほど、基礎的な会計知識とネットワーク的な思考(全体を俯瞰する力)を掛け合わせたハイブリッドな人材の価値が高まるとされています。実務においては、AIを使って作業効率化を図ることに躍起になっていますが、真に有効なAIの使い方は、AIの提示した答えをそのまま使うこと(Automation)ではなく、自身の思考の死角を発見するための拡張(Augmentation)として利用することなのです(RaischandKrakowski,2021)。この点は、管理会計とデジタル化の関係について論じたQuattrone(2016)も、デジタル化を通じて情報が迅速かつ正確になったとしても、必ずしもそれが賢い意思決定に直結するわけではないと強調しています。AIを適切に使いこなすためには、逆説的ですが、AIの答えを否定する感性こそが極めて重要になります。デジタル化時代の管理会計担当者の在り方について研究したThalleretal.(2024)は、まさにこの点を指摘しています。デジタル化によってデータ集計や定型レポートの作成が自動化されるようになったときこそ、システムやAIのハルシネーション(間違い)を判断するためには、会計の本質的な理論や計算ロジック理解が求められるようになるのです。くわえて、同論文は、デジタル時代の管理会計担当者には、データから全体を俯瞰する能力も求められるようになると指摘しています。すなわち、財務数値を計算・分析するだけでなく、その数値が、製造、販売、物流といった他部門の動きとどのようにかかわり、最終的な利益にどのように影響するのか、というつながりを理解できることが重要であると強調するのです。3.XAI(ExplainableAI)の効果的な活用AIが提示する点の情報を、線や面(組織全体の活動)へと繋ぎ直す作業こそが、人間が担うべき領域です。この繋ぎ直しを支える強力な武器となるのが、XAI(ExplainableAI:説明可能なAI)という考え方です。これまでのAI活用において最大の障壁となっていたのは、インプットとアウトプットの間がブラックボックス化してしまい、なぜその数値が導き出されたのかが人間には見えないことでした。しかし、前述のAbbas(2025)も指摘するように、AIがなぜその結論に至ったのかという根拠や推論のプロセスを人間に理解可能な形で提示させる技術こそが、管理会計担当者の付加価値を再定義する鍵となります。実務においてこの説明可能性を担保するためには、AIに対して単に結論を求めるのではなく、その結論が得られるまでの過程を言語化させるプロセスが不可欠です。たとえば、生成AIにプロンプトを投げる際に、分析に使用した変数の相関関係や、特定の予測値がどのデータの変動に最も強く影響を受けたのかを段階的に説明させるのです。このような対話を行うことで、AIのロジックを自身が持つ会計知識や現場感覚と照らし合わせ、批判的に評価することが可能になります。AIの予測精度に依存するのではなく、その根拠を自分の言葉で経営層に語れるまで咀嚼する。このプロセスを業務フローのなかに組み込むことこそが、AIと人間の協働に欠かせないプロセスなのです。アンソロピック・ショックのような技術革新は、会計人にとっての脅威として捉えられがちですが、むしろそれは、管理会計担当者が本来果たすべき意思決定の質を高めるという本質的な任務に立ち返る絶好のチャンスでもあります。AIとの対話を通じて、思考拡張を図ることができれば、管理会計担当者はより存在感を高め、新たなステージに進むことができるのではないでしょうか。参考文献Abbas,K.(2025).Managementaccountingandartificialintelligence:Acomprehensiveliteraturereviewandrecommendationsforfutureresearch.TheBritishAccountingReview,101551.10.1016/j.bar.2025.101551Quattrone,P.(2016).Managementaccountinggoesdigital:Willthemovemakeitwiser?.ManagementAccountingResearch,31,118-122.10.1016/j.mar.2016.01.003Raisch,S.,andKrakowski,S.(2021).Artificialintelligenceandmanagement:Theautomation–augmentationparadox.AcademyofManagementReview,46(1),192-210.10.5465/amr.2018.0072.Thaller,J.,Duller,C.,Feldbauer-Durstmüller,B.,andGärtner,B.(2024).Careerdevelopmentinmanagementaccounting:empiricalevidence.JournalofAppliedAccountingResearch,25(1),42-59.10.1108/JAAR-03-2022-0062提供:税経システム研究所
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2026/03/16 審査事例
宗教法人が寄附されたクラシックカー1台を売却。なお数十台所有中。今後も借入金返済のために売却する継続性が認められる等から、収益事業(物品販売業)と判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】公益法人等については、収益事業を行う場合に限り、法人税を納める義務がある。収益事業とは、「販売業、製造業その他の政令で定める事業で、継続して事業場を設けて行われるもの」をいう(法人税法第2条第13号)。宗教法人について、外形的に物品販売業の形態を有する事業が、収益事業に該当するかどうかは、内容が物品販売(蝋燭等)か喜捨等(お札やお守り等)か、また、その事業が民間企業と競合するものか否か等の観点を踏まえた上で、当該事業の目的、内容、態様等の諸事情を社会通念に照らして総合的に検討して判断される。本件の審査請求人は寺院である。平成18年頃にAからクラシックカー等40台とその保管場所の建物を寄附され、遠方のため、それらの維持管理等をAに任せていた。Aは寄附時点で2億円の価格がついた車両(本件車両)を修復して海外に売却先を見つけ、平成30年に審査請求人は売却して(本件行為)、売却代金を残高30億円以上の借入金の一部返済に充てた。税務調査時の令和3年には所有車両は50台以上に増え、多くはナンバープレートがなく、高額な費用をかけて維持管理されている状態であった。税務署が本件行為を収益事業の物品販売業と認定すると、審査請求人は、単発の取引で継続性はない、後世に残すための維持管理である、建物は展示場所で事業場でないと主張した。国税不服審判所は、審査請求人は今後も借入金返済のため、各車両を売却して売却益を得ることは容易に想定され、既存の施設を利用してその事業活動を行うものに該当するから、収益事業であると判断した事例である。(平成30年12月31日期の事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分、他・棄却・令和5年12月14日裁決(非公開))【主な争点】本件行為は、法人税法第2条《定義》第13号に規定する「収益事業」に該当するか。【裁決の要旨】法人税法第2条第13号の「事業場を設けて行われるもの」には、常時店舗等のほか、必要に応じて随時設けられる場所又は既存の施設を利用してその事業活動を行うものが含まれる(法人税基本通達15-1-4《事業場を設けて行われるもの》)。「継続して‥‥行われるもの」には、各事業年度の全期間を通じて継続して事業活動を行うもののほか、例えば土地の造成及び分譲、全集又は事典の出版等のように、通常一の事業計画に基づく事業の遂行に相当期間を要するものが含まれる(法人税基本通達15-1-5《継続して行われるもの》)。クラシックカーの売却は1台のみであるから、本件行為が事業としての継続性を有するか否か、本件行為に伴う財貨の移転が物品販売の対価の支払いか、また、宗教法人以外の法人の一般的に行う事業と競合するものが問題となる。審査請求人は、各車両を、日常的に使用するためでも、展示するためでもなく、今後も借入金返済のために販売による収益を得る目的で所有していると認めるのが自然である。販売目的で相当の期間にわたって車両を維持管理し、付加価値を高めつつ保有し、本件車両の売却先を見つけるのに約3年の期間を要して、実際に売却したと認められるから、本件行為は、事業としての継続性を有するものといえ、外形的に物品販売業の形態を有するものと認められる。また、本件車両の代金が、一部でも審査請求人への喜捨金として支払われたと認められる事情もない。そして、本件行為のような取引態様は、宗教法人以外の法人が一般的に行う中古車両販売と異なるものではなく、これらの事業と競合するものであると認められる。本件建物は、審査請求人が行う物品販売業の拠点となる場所とはいえ、本件行為は、既存の施設を利用してその事業活動を行うものに該当するから、「事業場を設けて行われるもの」に該当する。したがって、本件行為は、「収益事業」に該当する。【参照条文】法人税法第2条《定義》、第4条(納税義務者)、第7条《内国公益法人等の非収益事業所得等の非課税》法人税法施行令第5条《収益事業の範囲》法人税基本通達15-1-4《事業場を設けて行われるもの》、15-1-5《継続して行われるもの》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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