実務情報
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2026/10/01 会計レポート
公益法人制度の改正(16)
はじめに「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」が、2024年(令和6年)5月に改正され、新たな公益法人制度が2025年(令和7年)4月から始まっています。この改正内容を受けて2024年(令和6年)12月に改正された「公益法人会計基準」(以下、改正会計基準)及び「公益法人会計基準の運用指針」(以下、改正運用指針)が公表されました。改正会計基準は、2025年4月1日からの適用とされていますが、経過措置として、2028年4月1日から適用することも認められています。今回は、棚卸資産及び有形・無形固定資産の会計処理を取り上げます。16.棚卸資産(改正会計基準、par.95)改正会計基準では、棚卸資産の評価として、1つのパラグラフのなかでまとめられていますが、以下ではその内容を整理して記すことにします。(1)取得原価棚卸資産の取得原価は、購入代価に付随費用を加えた価額となります。(2)払出単価の決定方法個別法、先入先出法、総平均法等のなかから選択して、継続適用することが求められます。「等」に含まれる方法としては、明記はされていませんが、たとえば、移動平均法が考えられます。一定期間の払出原価を逆算して求める方法を含めるならば、売価還元法も考えられます。(3)期末評価低価法が採用されており、帳簿価額と比較される時価は、正味売却価額とされています。低価法で用いられる時価には、再調達原価(=取替原価)も考えられますが、企業会計と同様に、正味売却価額が用いられることとされています。【後入先出法の適用禁止について】企業会計基準委員会から公表されている「棚卸資産の評価に関する会計基準」では、明示的に後入先出法の適用は認めていません。この措置は、IFRS(IAS2,par.25)にて先入先出法または加重平均法の適用を要求していること、すなわち後入先出法の適用不可を規定している影響です。企業会計上、後入先出法の適用を禁止している理由は、実際の物流にそぐわないこと、期末近くで大きな物価変動が生じた場合には、その購入により売上原価を増加させ、利益の額を小さくすることができるという操作性があること、などが挙げられています。ただし、実際の物流を無視するところに、先入先出法や後入先出法、さらには加重平均法の特徴があることや、程度の差こそあれ、加重平均法にも操作性は認められることから、それらの根拠は、理論的には肯首できるものではありません。理論上の是非はともかくとして、物価変動が生じていることを前提とする限り、後入先出法を用いた場合には、他の方法と比べて、期末棚卸資産の貸借対照表価額が、その時点での物価水準から大きく乖離する可能性が高いことが、その適用が禁止される原因となっていると考えられます。17.有形固定資産及び無形固定資産(1)取得原価有形固定資産の取得原価は、原則として、「引取費用等の付随費用を含めて算定した金額」(改正会計基準、par.97)、無形固定資産の取得原価は、その「取得のために支出した金額」(改正会計基準、par.98)とされています。表現が異なりますが、両者とも、その取得に直接要した支出額であり、原則として付随費用を含めることになるものと考えられます。(2)減価償却(改正会計基準、par.99)その取得原価を、有形固定資産についてはその耐用年数にわたり配分し、無形固定資産についてはその有効期間にわたり配分することが求められています。そして減価償却方法は、定額法、定率法、その他資産の将来の経済的便益の費消予測を反映した方法によることとされています。(3)貸借対照表価額有形固定資産も無形固定資産も、その貸借対照表価額は取得原価から減価償却累計額と減損損失累計額を控除した価額となります(改正会計基準、pars.96&98)。18.固定資産の減損企業会計における減損は、収益性の低下による投資資金の回収可能性を問題としていますので、非営利の事業を主目的とする非営利法人である公益社団・財団法人等では、そのまま適用することができません。そのため、企業会計とは異なる観点から、減損対象となる資産を2つに区分して、それぞれについて減損処理の手続きを規定しています。(1)適用対象資産(改正会計基準、par.103)減損の対象となる固定資産は、金融資産及び繰延税金資産を除く固定資産です。(2)減損の単位(改正会計基準、par.104、改正運用指針、par.25)減損の対象となりうる資産または資産グループ(以下、資産等)について、次の2つに分類されます。・資金生成資産:当該資産等の使用と直接結びついて生み出される将来キャッシュ・フローにより、投資の回収を予定する資産等・非資金生成資産:資金生成資産以外の資産等(3)資産のグルーピング(改正運用指針、par、26)資産のグルーピングは、「他の資産等からおおむね独立したキャッシュ・フロー又はサービスを生み出す最小の単位」により行われます。なお、複数の資産グループで使用される共通使用資産については、それを加えたより大きな単位の将来キャッシュ・フローにより、投資及び投資額の回収を予定しているか否かで、資金生成資産と非資金生成資産に区分することが求められています。(4)減損処理のステップ(改正会計基準、par.105)資産等について、次の3つのステップで減損会計を適用するとされています。ステップ1:減損の兆候の有無の確認ステップ2:減損損失の認識の判定ステップ3:減損損失額の測定(5)非資金生成資産の減損のステップ上述より理解されるとおり、企業会計での取扱いと異なるのが、非資金生成資産を区分し、その取扱いが定められている点です。そこで、以下、非資金生成資産の減損についてのみ、説明を行います。資金生成資産の減損は、企業会計と同じです。【ステップ1:減損の兆候】(改正運用指針、par.32)固定資産が帰属する事業の実績について、投資時の事業計画からの著しい乖離資産等の使用範囲や方法、使用可能性を低下させる変化経営環境の著しい悪化時価の著しい下落【ステップ2:減損損失の認識】(改正運用指針、par.33)上記兆候の前3者の場合⇒資産等の全部または一部の使用が想定されていないとき上記兆候の時価の著しい下落の場合⇒時価の回復見込みがあると認められないとき【ステップ3:減損損失額の測定】(改正運用指針、par.34)⇒帳簿価額を回収可能価額まで減額するとともに、その減額をその期の費用とします。回収可能価額について資産等の正味売却価額と使用価値のいずれか高い方とされます。正味売却価額は、資産等の時価から処分費用見込額を控除して算定されます。使用価値は、減価償却後再調達価額により算定されます。減価償却後再調達価額は、その資産等(使用が想定されていない部分を除く。)が有するサービス提供能力と同じサービス提供能力を有する資産を新たに取得した場合に見込まれる取得原価から対応する減価償却累計額を控除した価額として算定されます。(6)簡便的な方法「現に使用されておらず、かつ、引き続き使用されることが見込まれない財産について、固定資産としての機能を有していても時価が著しく下落している場合には、帳簿価額を時価まで減額し、当該減少額を減損損失として当期の費用に計上することができる」(改正運用指針、par.35)とされています。なお、この簡便的な方法が認められるのは、会計監査人設置法人以外の法人です。図表:減損会計の適用フロー(出所:改正運用指針、図表1)提供:税経システム研究所
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2026/09/30 経営レポート
中小企業のM&Aと企業価値評価(第25回)
【サマリー】第21回より最近の中小企業のM&Aについての国(中小企業庁)の働きかけ、具体的には中小企業のM&Aガイドラインについて解説しています。本稿では前稿に引き続き中小M&Aガイドラインの参考資料で紹介されている中小企業のM&Aの事例を挙げ、筆者のコメントを述べたいと思います。1.中小M&Aガイドライン(第3版)での中小企業M&Aの事例経済産業省から公表されている中小M&Aガイドライン(第3版)_参考資料4の「中小M&Aの事例」では以下のような事例が紹介されています。前稿までは中小M&Aが成立した事例を紹介しましたが、本稿では⑧何らかの理由により中小M&Aが成立しなかった事例を説明します。2.何らかの理由により中小M&Aが成立しなかった事例(1)中小M&A着手が遅れたため、資金繰りが尽きてしまい、中小M&Aが不成立に終わり廃業した事例【当事者情報】◆譲り渡し側:A社・業種:設備工事業・売上高:5000万円・従業員:5名・業歴:40年【意思決定に至るまでの経緯】A社代表者である大岡(仮)は70歳で、後継者候補もいないものの多忙な毎日に追われ、事業承継を考える暇がなかった。A社は金融機関から約2億円の借入を行い、何とか事業を継続していたが、大岡は体力が徐々に落ち始め満足に営業できなくなってしまった。それと並行して、A社は顧客が少しずつ離れていき、3年前に約1億円あった売上も約5000万円に落ち込んだ。資金繰りは日に日に悪化していき、2~3か月以内に資金繰りが尽きることが見込まれる状況に陥ってしまった。そこで大岡は弁護士に相談し、社外の第三者に事業を譲り渡そうと決意した。【不成立に至った経緯】資金繰りが悪化する中で、A社が譲り受け側(スポンサー)を探す時間的な余裕はほとんど残されていなかった。また、弁護士が紹介したM&A専門業者が懸命にスポンサー探索を行った結果、スポンサー候補が複数社、A社に関心を示したものの、活気を失ったA社の事業を譲り受ける決意をしたスポンサーは現れなかった。【不成立に至った後の経緯】A社は、資金繰り悪化に耐えきれず破産し廃業した。また、A社の金融機関からの借入について個人保証(経営者保証)していた大岡も同時に自己破産した。上記事例は資金繰りが悪化する中でM&Aを実施する意思決定が遅れたために、最終的に会社及び社長個人が破産したという最悪のケースです。前稿までの事例では様々な事情があったものの、M&Aの対象事業に収益力、ブランドや優良顧客などの無形資産が棄損していない状況で社長がM&Aの意思決定を行なったことがM&Aの大きな成功要因でした。筆者も事業の収益力や無形資産の価値が棄損した会社のM&Aの事例を経験しましたが、このようなケースでM&Aが成功するには例えば土地などの不動産の処分価格が高額で換金可能な場合などに限られます。特に資金繰りが悪化した状況(営業利益が長期間継続して赤字の状況とも考えられます)では、M&Aの譲り受け先であるスポンサーは現れないものと考えるべきであり、その意味においても当面の資金繰りが見込まれる段階でスピード感をもって果断にM&Aの意思決定をして実行に移すことが肝要といえます。(2)社外へ情報が漏れたことに伴い中小M&Aが不成立になった事例【当事者情報】◆譲り渡し側:A社・業種:製造業・売上高:3億円・従業員:20名・業歴:30年【意思決定に至るまでの経緯】A社代表者である遠藤(仮)は、事業はある程度順調なものの自身が70歳で後継者候補がいないことから、金融機関からの紹介でM&A専門業者に中小M&Aの相談を行った。【不成立に至った経緯】M&A専門業者が迅速に動いたことから、4か月でB社とのマッチングが実現した。その後基本合意を締結し、最終契約に向けて交渉を詰めていく段階にあった。遠藤は、当該M&A専門業者から「M&Aが成立して無事に決済が完了するまでは、M&Aに関する情報は慎重に取り扱うようにし、自社の従業員や社外の方には決して知らせないように。」と再三にわたって忠告されていた。しかし、遠藤は、B社が譲り受け側に事実上内定したと認識して安堵し、まだ決済どころか最終契約も完了していないにもかかわらず、従業員や一部取引先を含め色々な関係者にB社の名前を出した上で中小M&Aを行おうとしている事実を伝えてしまった。B社は、遠藤により中小M&Aの情報が流出したことを知って激怒し、信頼関係が崩れたことを理由にその後の中小M&Aに関する交渉を打ち切った。【不成立に至った後の経緯】その後、A社は、遠藤が80歳を迎える頃まで徐々に事業規模を縮小していき、最終的には円満に廃業に至った。遠藤は、B社との交渉が決裂した後になって初めて中小M&Aに関する情報の取扱いの重要性を理解した。上記事例は売り手サイドの経営者がM&Aに関する情報を外部に漏えいしたために、M&A自体がご破算になったものです。M&Aは通常、特定の関係者のみが関与して情報管理を徹底することが求められるために実務的には当事者間で秘密保持契約(NDA)を締結します。当該事例ではおそらくA社代表者が悪意なく身近な人たちにM&Aの内容を話して結果的にNDA違反を犯したものと推察されます。それではなぜM&Aでは情報管理が必要なのでしょうか。第一に売り手サイドの企業の職員や取引先に事前にM&Aの情報が漏れた場合に、職員や取引先の離脱や意図せざるネガティブな情報の流布などにより譲り渡し側の事業価値が低下する可能性があるからです。またM&Aは大きな金額で取引が実行されるために情報漏えいにより価格交渉が阻害される可能性もあります。M&Aの手続が順調に進むと売り手サイドでは安堵感を抱くことが想定されますが、M&Aの実務では最終段階でご破算になることも珍しくはないために最後の最後まで緊張感を持って対応することが望まれます。(3)オーナー一族間の不和、コミュニケーション不足により中小M&Aが不成立になった事例【当事者情報】◆譲り渡し側:A社・業種:製造小売業・売上高:5億円・従業員:50名・業歴:60年【意思決定に至るまでの経緯】15年前、先代オーナーであった父親の他界に伴い、製造部門の責任者であった長男(芦田一郎(仮))がA社の社長に就任し、販売部門の責任者であった次男(芦田二郎(仮))が副社長に就任した。その後、A社は新規事業に挑戦するも失敗し、また人件費の高騰等で業績は伸び悩み資金繰りが悪化した。芦田二郎はこのままではA社が破産してしまうと危機感を持ち、知り合いの弁護士に相談をしたところ、事業再生のためにはスポンサー探しが必要と示唆され、当該弁護士の紹介したM&A専門業者に依頼した。【不成立に至った経緯】M&A専門業者が複数のスポンサー候補を提示した。このうち、B者はA社の販路や知名度を高く評価し、A社の主力事業を事業譲渡の手法により譲り受けたいと興味を示し、二郎と面談を実施した。一方で、3代続く家業を第三者に譲ることに反対していた一郎は、二郎が社長である自分に相談せずスポンサー探しをしていたことに激怒し、二郎に副社長としての役職を辞任させ、更にB社との交渉を打ち切ってしまった。【不成立に至った後の経緯】A社従業員は、経営陣の内紛に不安を感じ退職者が急増した。その後A社は売上も思うように伸びず、徐々に事業規模を縮小していき最終的には自主廃業に至った。上記事例は共同経営者である兄弟間でのコミュニケーション不足を原因としてM&Aが中止となり最終的に自主廃業に至ったものです。兄弟または親子という肉親で共同経営している会社では兄弟間や親子間でのトラブルが発生するケースを耳にすることがあります。それぞれがそれぞれの立場で経営という重い責任を負っているために意見の食い違いや不一致が生じることは理解できるものの、一番問題となるのがこの事例のようにコミュニケーション不足により一方がもう一方の承認や意見聴取を求めることなく意思決定や手続きを進めてしまうことです。特に年下の経営者が年上の経営者に相談することがなかった場合には、その意思決定や手続きが会社にとって最良の判断であっても感情的に否定されることは容易に想像できます。M&Aや設備投資、資金調達など会社の命運がかかっている重要事項については、当事者が膝詰めで議論してお互いが納得のいく形で会社としての最終判断をすべきと考えます。(4)譲り渡し側が不誠実であったため中小M&Aが成立しなかった事例【当事者情報】◆譲り渡し側:A社・業種:運送業・売上高:10億円・従業員:30名・業歴:30年【意思決定に至るまでの経緯】A社は地域密着で運送業を営んでいたが、社長である近藤(仮)が75歳となり後継者候補がいなかったことから、中小M&Aを決意しM&A専門業者にマッチング支援を依頼した。【不成立に至った経緯】A社は地域内では有名な企業であり、同地域内のB社とのマッチングがすぐに実現し、近藤の有するA社株式の全部譲渡を前提に、順調に基本合意締結に至った。しかし、近藤は、B社への対応を甘く考えており、B社によるDDにほとんど協力せず、4か月経ってもDDの必要資料がほとんど揃わない状況であった。また、近藤はA社を手放すのが段々と惜しくなってきたため、譲渡条件がほぼ固まった後になって突然、中小M&A後も自分をA社の顧問として登用し、A社の経営を自分に委ねるようB社に対して要求するようになった。B社は近藤の不誠実な対応に嫌気が差し、A社及び近藤との信頼関係が損なわれたことを理由にA社との中小M&Aを断念し交渉を中止した。【不成立に至った後の経緯】その後もA社において中小M&Aが成立することはなく、近藤は数年後に持病で亡くなった。突然トップ不在となったA社は、役員・従業員間での経営権争いを経て元役員により承継されたが、長い社内抗争を経てすっかり弱体化し、その後自主廃業した。上記事例は、M&Aの最初の段階では手続きが順調に推移したものの、途中から売り手サイドのオーナーによる不誠実な対応が問題となって最終的に不成立となったものです。おそらく売り手サイドのオーナーは一代で苦労してA社をここまで育ててきたものと推察されるためにA社に対する愛着は相当高いと思われます。当該事例ではM&Aによる次世代への事業承継という理想的な姿ではなく、個人の過度な愛着と不誠実な対応によって一つの社会的公器が消滅したことを意味します。M&Aはオーナーが今まで育てた事業を将来にわたって継続していくための一つのツールです。これまで会社を育ててくれた社会に対する恩返しという意味においても、売り手サイドのオーナーには優良な事業を後世に残すというM&Aの意味を改めて考えてもらいたいと切に思う次第です。提供:税経システム研究所
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2026/09/30 経営レポート
戦略的医療機関経営 その173
【サマリー】病院の中は患者のあらゆる情報があふれかえっている。患者の診療のためには、患者の情報を共有化して、医療職の専門性を各職種が発揮して診断や治療を行う。しかし、このような環境になれると、個人情報の中で、仕事をしていることをつい忘れてしまうこともある。マスコミなどで時々、患者情報が入ったUSBを紛失したなどのニュースが流れる。さらに個人情報を取り巻く環境は著しく変化している。その変化に対応するために「個人情報保護法」は3年に一度改正される。2026年はその改正年にあたり、改正の内容が明らかになった。今回の改正は今までの改正よりも大幅な改正内容であり、医療機関側もその改正内容に対応が必要になってくる。速報として個人情報保護法の改正内容を伝え、考えうる医療機関の準備を考察したい。1.はじめに(個人情報保護法の基本)個人情報保護法に規定されている個人情報とは、「個人を特定できる情報」を指します。顔写真など単体で個人が特定可能な情報はもちろんですが、複数の情報をいくつか組み合わせて個人が特定される個人情報もこの法律の対象となります。また、法律の対象は生存している個人ですが、死亡したからといってその故人の情報が守らなくてよいというものではありません。世の中には様々な個人情報が溢れかえっていますが、病院の中にもカルテをはじめとして、患者の情報が溢れかえっています。このような患者の情報は特に注意しなければならない情報として、「要配慮個人情報」(センシティブ情報)と規定されています。ちなみにこのセンシティブ情報は金融情報もあります。個人情報保護法で特に注意する点は、個人情報を利用目的以外に利用してはいけないこと。個人情報を入手する際は事前に利用目的を明らかにして同意を得ることと、一旦預かったらその個人情報を適切に管理すること。利用目的を達成後、その個人情報を第三者に提供することに十分に気を付けなければいけないことです。しかし、医療では例外があります。個人情報の入手の同意については、異論や同意しない人のみ申し出ることになっています。「暗黙の同意」と言われています。さらに前述した入手した個人情報を個人の同意なく第三者に提供することが禁止されていますが、この点にも例外があります。例えば、大災害時の安否確認を第三者に情報を提供することは、患者の事前同意は必要ありません。さらに裁判所、弁護士事務所、警察などから捜査令状などに基づく要請の場合も個人の事前同意は必要ありません。ただし、最近は警察のような機関をかたり、個人情報を聞き出す輩もいますので、折り返しの電話などで相手を確認することは必須です。個人情報保護法で最も気をつけなければならないことが「情報漏洩」です。人間はミスをする動物です。ミスを起こすことを前提に対応策を考えることが重要です。□安全管理措置2.改正個人情報保護法の内容今回の改正の背景は急速に進む医療デジタル化と関連する権利侵害リスクが高まるという点です。これらの時代背景を踏まえて大きく4点改正されました。□4つの主な改正点個人情報の利活用の円滑化16歳未満の子供の個人情報の取り扱い生体情報の厳格化実効性の強化個人情報の利活用が拡大されていますが、同時に規律が強化されています。車の運転で例えると、アクセルとブレーキを同時に踏むようなものです。(1)個人情報の利活用の円滑化医学の発展、研究のために医師などは学会発表など研究発表を行います。当然、発表内容の中心は臨床症例と呼ばれる患者の個人情報です。現行法でも学術研究の場合は、事前同意は必要ないなどの例外規定はありますが、今回の改正内容では、さらに明確化されました。また特に医療画像診断など診断支援システム開発のために、生成AIに患者のデータを事前学習させる場合も事前同意が必要ないことが明確になりました。このように個人情報の入手や第三者への情報提供など、「本人の意思に反しない」ことが明らかな場合は同意を得なくても良いとされました。このことで、患者の治療に必要な患者情報の共有化が安心して行うことができます。(2)16歳未満の患者についての取り扱い親権者などの法定代理人の同意を得ることが義務付けられました。小児科がある医療機関はもちろんですが、小児科がなくても、16歳未満の患者が来院する可能性があるので、事前の準備が必要です。具体的には、手術や処置など事前に同意を得ることが必要な書類や問診票に法定代人が署名する欄を設けて、必ず署名をもらうことが必要になります。(3)生体情報の厳格化医療機関に行くと、マイナンバーを使って顔認証(特定生体個人情報)を行うことが当たり前になってきました。このような顔認証システムが今後、様々な場面で利用されることが予想されます(新生児室の入室など)このような状況を受けて利用目的、保存期間などを事前周知することが義務化されました。周知方法としてはホームページなどで顔認証システムをどのような場面で使用しているのかとか、セキュリティなどのことを掲示することが必要になります。また生体情報はいかなる場合においても、第三者提供は禁止です。(4)実効性の強化病院は様々な部署で業務を外部に委託しています。その外部事業者が仮に情報漏洩した場合も病院は管理者として責任を問われます。委託先の管理をしっかりすることと、再委託があった場合、その再委託先も医療機関事前には把握していなければなりません。この(事前に把握していた)証明のために契約書などで、明記しておくことが必要になります。仮に個人情報が外部に漏洩した場合、すみやかに、「個人情報保護委員会」に連絡し指示を受けることになっています。現行法では、漏洩した情報の個人に対し情報漏洩した事実を通知することが原則でした。しかし、近年はUSB等の媒体にっては、何千、何万に及ぶこともあり個人に通知することが非常に困難なケースも出てきました。今回の改正では、漏洩した情報が個人の権利利益保護に欠けるおそれが少ない場合は、個人通知ではなく、代替措置で省略できることになりました。代替措置とは、ホームページなどで掲示することです。注意としては、医療機関自らが、権利利益保護に欠ける恐れが少ないケースと独自判断するのは危険です。必ず個人情報保護委員会と相談しながら、判断することが肝要です。3.医療機関の対応改正個人情報保護法の対応としては前述した準備対応に加えて、現在の院内のルールの可視化から始めます。院内掲示の表現、文言、ホームページ掲載内容、契約書などの文書の見直し、個人情報保護法や情報漏洩、職員のSNSなどの職員研修(年に1回は実施)、さらに外部からのハッキング対応(近年は特に重要)が考えられます。医療機関の監査時には、必ずと言っていいほど「個人情報保護についての研修は実施していますか」と聞かれます。冒頭にも記述しましたが、医療機関の職員たちは、センシティブ情報に囲まれて仕事をしているということを忘れてはいけません。情報漏洩がいったん起こると今まで築き上げてきた患者との信頼関係が一瞬で崩れ去ります。一旦崩れた信頼関係を再度築くのは非常に大変であると自覚が必要です。提供:税経システム研究所
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2026/09/30 経営レポート
昨今労務事情あれこれ(226)
1.はじめにこの夏は各地で地震や豪雨による自然災害が相次ぎました。6月24日鹿児島県を中心とする九州全域で線状降水帯による豪雨で死傷者や住宅の浸水被害、7月28日には熊本県で最大震度7を記録する「令和8年熊本地震」により多くの人的被害や建物の被害、また、8月13日から14日未明にかけては、千葉県を中心とする関東地方で線状降水帯が連続して発生、短時間での内水氾濫や土砂災害により死者や家屋・農地の浸水、車両の水没、8月下旬には石川県・富山県で線状降水帯の発生による河川氾濫・浸水により各地で深刻な被害が出たことは記憶に新しいところです。夏から秋への季節の移り変わりとともに、勢力の強い台風が日本に接近しやすくなる時期を迎えますが、今年は、台風の発生数も例年に比べて多い傾向となっており、9月から10月にかけての台風シーズン本番にさらなる被害が出ることも懸念されています。自然災害により事業所や従業員が被災して事業運営に直接的な影響が出ることや、インフラが被害を受けたことによる物流の不安定化・原材料の調達困難といった間接的な影響を受けてしまうことは十分に想定できる事態です。地震、台風、豪雨などの自然災害が頻発する我が国において、企業は従業員の安全を確保する「安全配慮義務」(労働契約法第5条)を負うと同時に、事業継続(BCP)の観点からも迅速かつ適切な対応が求められます。今回は、自然災害発生時に直面しやすい労務管理上のよくあるケースを取り上げ、対応策について考えていきます。2.災害発生時の出退勤と賃金の取り扱いは?災害時に多く発生するのが、公共交通機関の運休や避難指示による「出勤困難」や「早退・自宅待機」のケースです。近年では、気象条件により安全な運行ができない事態が予想される場合、乗客の安全確保や駅の混乱防止のため、公共交通機関が事前に予告した上で運行を取りやめる「計画運休」が行われることも多くなっています。このような場合、賃金などはどのように取り扱うべきなのでしょうか?1.公共交通機関の運休で従業員が出勤できない場合従業員が労務を提供していない時間については、会社は賃金を支払う義務を負いません(ノーワーク・ノーペイの原則)。したがって、交通機関の運休等により出勤できなかった日や時間について、賃金を控除したとしても法令上の問題はありません。とはいえ、原則通りに賃金を控除するというのも、従業員にとっては酷な取り扱いとなってしまいます。このような事態への対応として、一般的によく見られるのが、事後申請による年次有給休暇取得を認める方法です。多くの場合、就業規則において、年次有給休暇の取得は事前の申出が原則である旨が定められており、事後申請は本来認められないものですが、事情を勘案した柔軟な取り扱いであり、あくまでも特例的なものと位置付けられます。また、慶弔休暇やリフレッシュ休暇などのいわゆる「特別休暇」のひとつとして「災害休暇」を設けている例もあります。2.企業側の判断で、安全確保のために「早退・自宅待機」を命じた場合災害の発生が予測されるため、就業時間途中で業務を打ち切り、全社的に帰宅を命じたり、翌日を自宅待機としたりすることも想定されます。労働基準法においては「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、平均賃金の60/100以上の休業手当を支払わなければならない」(第26条)とされていますが、安全確保のための早退や自宅待機の指示は「使用者の責に帰すべき事由」に該当するのでしょうか?この場合、休業の理由が「不可抗力(事業外部から発生した事故であり、事業主として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故)」に該当する場合は、休業手当の支払い義務はありません。一方、「交通機関は運行されており、事業所にも特段の被害は発生していないが、念のため休業にする」のように予防的に休業する場合は「使用者の責に帰すべき事由」に該当する可能性が高いというのが厚生労働省の見解です。企業側としては難しい判断を求められる場面となりますが、休業手当の支払いを惜しんで帰宅命令をためらった結果、従業員が被災すれば、甚大な安全配慮義務違反に問われ、損害賠償を求められる可能性があることは忘れてはなりません。安全最優先で判断を下していくようにしたいものです。3.事業所が直接被災した場合の対応は?災害により事業所が破損・浸水など直接的な被害を受けた場合、長期の営業不能・操業不能に追い込まれてしまうことが想定されます。1.事業所や工場が破損・浸水などにより、営業や操業が長期にわたり不能となった場合事業所の施設設備が直接被害を受け、物理的に事業継続が不可能となった場合の休業は、明確に「不可抗力」に該当するため、先述の「休業手当」の支払い義務はありません。とはいえ、賃金も休業手当も支給がない状態が続けば、従業員の生活が困窮し、離職につながるなどの事態も予想されます。このように災害を原因とする事業所の休業により、一時的に離職または休職を強いられた場合、「雇用保険の基本手当(失業給付)の特例措置」が実施されることがあります(注1)。これは、企業との雇用関係を維持したままでも、「事業所が災害により休業し、賃金を受けることができない状態」であれば、ハローワークで手続きを行うことで従業員が失業給付を受け取れるという非常に強力なセーフティネットです。職場が営業不能となり長期の休業となれば、従業員も先の見えない不安に襲われることになります。従業員の生活防衛を助言することが、企業の存続と人材流出防止につながるものと考えます。2.災害対応や復旧作業に伴う時間外労働被災直後には、1日も早い事業再開に向け、事業所の復旧作業など通常業務と異なる対応が発生します。また、幸いにも被害が軽微で、被災後ほどなく事業を再開できた場合、事業活動を休止していたしわ寄せが事業再開後に顕在化し、業務量が一気に増加してしまうことがあります。法定労働時間や36協定で定めた延長時間を超えて稼働しないと業務量増加に対処できないような場合はどのように対応すればよいのでしょうか。労働基準法では第36条に時間外労働の上限が定められていますが、第33条に「災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等」の例外が定められています。客観的に見て急を要する被害の復旧作業や、危険を防止するための作業に限り、所轄の労働基準監督署長に事前(事態急迫の場合は事後遅滞なく)に届出し許可を受けることで、36協定の限度時間を超えて労働させることが可能です。ただし、この33条の適用を受けた場合であっても、割増賃金の支払い義務は免除されないことになっています。緊急時だからといって所定の割増賃金を支払わないことは違法となりますので、労働時間の記録と適切な賃金計算は平時以上に徹底しましょう。なお、事業再開後の業務量増大による時間外労働は第33条適用の対象とはなりません。この場合、特別条項付き36協定を締結している場合を除き、36協定で定める範囲を超える時間外労働をさせることはできないため、改めて労使間で36協定を締結し直し、所轄の労働基準監督署に届出することが必要となります。4.災害時に業務中だった場合の労災保険の適用は?災害時に業務中または通勤中にケガをした場合、労災保険の対象となるかどうかもよく問題になります。例1)地震発生時、事業所内で倒れてきたキャビネットの下敷きになり負傷した業務中に発生した自然災害による負傷は、原則として労災(業務災害)の対象となります。労働者が事業主の支配下にある状態で発生した事故であり、事業所の設備が原因で負傷しているためです。例2)台風の中、通常経路で通勤途中に強風で飛んできた看板に当たり負傷した合理的な経路および方法による通勤中の事故であれば、自然災害が原因であっても労災(通勤災害)の対象となります。ただし、交通機関が運休しているにもかかわらず、会社の指示なく極めて危険な手段(例:線路を歩く、暴風雨の中を自転車で長距離移動するなど)で通勤し負傷した場合は、通勤の合理性が否認される可能性があります。また、会社の安全配慮義務(出勤を止めるべきだった)が問われることも考えられるため、危険な状況下では原則として「出勤させない」ことが最大のリスクヘッジと言えるでしょう。自然災害時のトラブルを防ぐためには、平時における備えが不可欠と言えます。「特別警報発令時や公共交通機関がストップした場合は、原則自宅待機とする」「その際の賃金は有給とする(または無給だが年次有給休暇の事後取得を認める)」といったルールを明文化しておくことは、従業員の不安を抑え、混乱を防止することにつながります。<注釈>直近では「令和8年熊本地震」「令和6年能登半島地震」において「雇用保険の特別措置」が実施されている。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000134526_00003.html提供:税経システム研究所
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2026/09/30 経営レポート
銀行金利上昇トレンドに対する対策(第1回)
【サマリー】金利上昇トレンドが明確になった環境下で、筆者の経験から考えられる融資残高の繰り上げ返済におけるデメリットを中心にご紹介し、繰り上げ返済の意思決定について解説します。また繰り上げ返済以外の対策についてもご紹介します。※なお、繰上げ返済に対する考え方や取扱いは金融機関によって異なります。本稿で紹介した内容は、筆者の経験に基づく一例であり、すべての金融機関やローン商品に当てはまるものではないことにご留意ください。銀行金利は継続的に上がっていくトレンドとなっています。この状況の中、地域企業はどう環境適応すべきなのでしょうか。以前のレポートで、借入金を繰り上げ返済して金利上昇によるコストアップの対策をしましょうと書きました。その際に、借入金の繰り上げ返済について詳しく説明していませんでしたが、実はメリットだけでなく、一度立ち止まって検討するべきデメリットもあります。今回、繰り上げ返済のメリット・デメリットについてご紹介します。(1)借入金の繰り上げ返済とは繰り上げ返済とは、毎月の約定返済とは別に、銀行から借入している融資残高の全部または一部を返済期日が来る前に返済することです。(2)企業にとっての繰り上げ返済のメリット企業にとっての繰り上げ返済のメリットには次のようなものがあります。支払利息の負担を軽減できる→決算の損益改善に寄与。月次の元利返済がなくなるため、多くの場合繰り上げ返済後の資金繰りが円滑になります。借入金返済で負債が減少し、自己資本比率が高くなる→今後の金融機関取引に有利。BS(貸借対照表)が改善され信用力が向上する→今後の金融機関取引に有利。(3)金融機関にとっての繰り上げ返済のデメリット意外に感じられると思われる、金融機関にとっての繰り上げ返済のデメリットの一つとして、筆者の経験から考えられるのは、金融機関側が繰り上げ返済を歓迎しない可能性があることです。金融機関が繰り上げ返済を回避したい理由には、次のようなものがあります。対象の融資先の借入残高シェアが減少する→支店の融資残高が減る方に動く→本部からの評価が下がる、もしくは上がらない→銀行員の将来に響く。安定的に得られる支払利息の収益が減る借入金の金銭貸借契約書の裏に読めないレベルの細かい字で契約約款が印字されていますが、その中には、「金融機関は貸出先の繰り上げ返済の申し出を断ることができる」と明確に書かれています。しかし、企業経営者には違和感があるのではないでしょうか。借りたお金を返済するのだから歓迎されるのが普通ではないかと。しかしそれは金融機関側の上記のような事情で、できる限り回避したい出来事なのです。筆者の経験から、「普段から金融機関とのコミュニケーションが悪い」「金融機関からの印象が悪いようだ」と感じている企業は注意が必要です。経営状態が悪化していると認識されている企業では特に注意が必要です。しかし、良い関係性を保っていると顧客の意思に反した行為を金融機関が行うことはありません。もし繰り上げ返済を法的に拒絶してくるような事態になれば、それは尋常な関係ではないと言えます。また、金融機関に同じようなインパクトを与える行動は、他行他金庫への融資取引の変更=「融資の肩代わり」です。既存の金融機関は想定外に融資残高が減り、金利収入がなくなり、他の金融機関にそれが移るということなので、絶対に避けたいこととなります。もし、繰り上げ返済を実行すると決められた場合は、早めに相談を掛けるのは得策ではありません。いろんな手段を用いて金融機関は自分たちの被害を最小限に抑えよう、あるいは繰り上げ返済をやめてもらおうと説得しようとされます。他の金融機関への肩代わりも同様です。繰り上げ返済を行うと決めて、期日直前に事務的に連絡するという形が穏便な方法と言えます。(4)企業にとっての繰り上げ返済のデメリット企業にとっての繰り上げ返済のデメリットの一つとして、筆者の経験から考えられるのは、次のようなものです。銀行によっては繰り上げ返済に伴う手数料が発生する、または違約金がかかるケースがある(これらも約定等に記載されています)手元の現預金残高が少なくなり、予期せぬ売上減少等で資金繰りが苦しくなる場合がある銀行との良好な関係性に影響する恐れがある資金を繰り上げ返済に充てたために事業に回すことが出来ず、事業の成長チャンスを逸するデメリットを見ていただくと、金利コストの増大を防ぎたいからという理由だけで、繰り上げ返済を進めるのは早計です。3年程度の損益と資金繰りのシミュレーションを行って、経営計画を組んでみて、資金面で大丈夫だという根拠を把握してから進めていただきたいと思います。複数金融機関との融資取引があれば、繰り上げ返済を行った先が急に冷たくなったりした場合のフォローが効きますが、単一金融機関取引の場合は十分に気を付ける必要があります。多くの金融機関が資金を借りてほしいと新規営業に来る企業は当面不安はありませんが、そうでない企業の場合は既存取引行の返済実績や信用は重要になる場合があります。(5)繰り上げ返済以外の銀行金利上昇への対応策それでは、繰り上げ返済のほかに企業が選択肢として考えられる対応策を考えてみましょう。筆者の経験から、次のような対応策が考えられます。①融資のまき直しを金融機関に実行してもらうかなり応用編になりますが、繰り上げ返済以外の金利対策もあります。これまでの論は金利に着目した対策としての繰り上げ返済でした。繰り上げ返済をするかしないかの判断は意外に複雑なものであることがご理解いただけたかと思います。そこで、金利ではなく、月次の約定返済額(元本+金利)に着目すると別の対策が見えてきます。「融資のまき直しをしてもらって返済期間を長期化する」という方向性です。融資のまき直しとは、現在返済が進行している融資に対して、新しい融資契約を結んでそれを実行し、既存融資の融資残高を繰り上げ返済して、新しい融資に一本化することを言います。それが実現すると、返済期間が倍になると、元本の返済額は月次で半分程度に減らすことができます。金利の上昇以上に月次の元本返済を減らすことできて、総支出を抑えることができる可能性があります。金利は損金に勘定されますが、元本は支払っているが損金ではありません。では金利より元本を減らす方が企業にとってメリットがあるということになります。この対策は金融機関にとって先述したデメリットがなくなり、金利は上げてもよく、返済期間が長くなると実際に金利総額は大きくなって銀行のメリットが増えます。ただ、融資期間の長期化は本部の融資部や審査部ではできればやりたくないことなので、担当者と密に相談しながら稟議をあげてもらう必要があります。②預金を積んで実質金利を上げることで交渉する預金を積むと、金融機関の実質の貸出金利は大きく上がります。これは実務経営者にはあまり知られていません。取引金融機関から預金を頼まれる時にも、実質金利を上げたいと思っているとは気づいておられないかもしれません。企業に3000万円の融資を金利3.0%で実行すると金融機関にとっては年率3.0%の収益ですが、その企業から、2000万円の定期預金を組んでもらうと、実質的に貸しているのは1000万円で、3000万円の3.0%の収益が見込めるので年率:9.0%の収益となり、金利は3倍に上がるということになります。逆に言いますと、同一の金融機関の定期預金を解約して、その資金で融資の繰り上げ返済を行うことは避けなければなりません。金融機関側にダメージが生じるからです。予定していた融資額が減少する+予定していた利息収益が減少するという「繰り上げ返済」のダメージに、予定していた預金額が減少するというダブルのダメージを受けるということです。このため、預金をいくら積むと金融機関の金利はどの程度になるか計算して、そこで預金を入れるのと合わせて借入金利の上昇幅の交渉を行う方法があります。提供:税経システム研究所
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2026/09/28 審査事例
租税条約がない国からの外国人技能実習生、在留資格1年以内で入国したが、国内企業から就職内定を得て在留延長へ。内定確認日以降は住所を有する居住者扱いに(一部取消し)
【裁決のポイント】居住者とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいい、非居住者とは、居住者以外の個人をいう。国内に居住することとなった個人が、国内に継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する場合には、在留期間が契約等によりあらかじめ1年未満であることが明らかであると認められる場合を除き、国内に住所を有する者と推定される。なお、一定の場所がその者の住所であるか否かは、一般的には、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の居所、資産の所在等の客観的事実に基づき、総合的に判定される。審査請求人はミャンマー国籍の技能実習生を雇用し賃金を払った。彼らの在留資格は1年以内で、審査請求人提供の社員寮等で起居していた。租税条約はなく、審査請求人は住所を有する居住者として源泉徴収をしていた。なお、ミャンマーについては情勢不安で帰国できない場合は、在留を希望すれば就労を可能とする特定活動の在留資格が付与される。原処分庁は、審査請求人との雇用契約が1年未満であるから、各技能実習生は各賃金支給日において非居住者に該当するとして20.42%の源泉所得税の納税告知処分などを行った。審査請求人は、審査請求人を退職後に国内企業に就職するから、1年以内に帰国することの証拠とならず、居住者であると主張した。国税不服審判所は、国内企業から内定を得て就職した1期生と2期生について、内定確認日以降の各賃金支給日においては住所を有する居住者に該当するとして、非居住者とした処分の一部を取り消した事例である。(令和4年6月から令和6年2月までの各月分の源泉徴収に係る所得税等の各納税告知処分並びに不納付加算税の各賦課決定処分・一部取消し他・令和7年12月19日裁決(非公開))【主な争点】各技能実習生は、各賃金支給日において国内に住所を有し、居住者に該当するか。【裁決の要旨】各技能実習生は、入国してから継続して国内に所在する審査請求人の社員寮等で起居していたことから、社員寮等は、国内における各技能実習生の生活場所であったとは認められるものの、社員寮等で起居する目的は、各技能実習生が技能実習を行うためであり、審査請求人と各技能実習生との雇用期間は1年未満であり更新されることもなく、各技能実習生に係る技能実習1号の在留資格は在留期間が1年以内とされていること、また、各技能実習生が社員寮等を生活場所として使用することを予定していた期間を通算しても1年未満という短期間に限られたものであったことからすれば、各技能実習生にとって社員寮等は、国内における一時的な生活場所であったと判断するのが相当である。しかしながら、各技能実習生のうち1期生及び2期生について、各国内就職先から内定を得たことにより、審査請求人における第1号技能実習の期間が終了した後、当該就職先に勤務することで国内に職業的基盤を有し、また、これに伴い社員寮を退去した後も国内に引き続き居住することとなるから、各内定確認日以降の各支給日においては、国内に職業的基盤を有して居住する者として、生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心である生活の本拠たる住所を国内に有していたと認められる。各賃金支給日のうち各技能実習生が国内に住所を有していたとは認められない各支給日において、入国から本件各支給日までの各期間は、いずれも1年以上とならないため、引き続いて1年以上居所を有する個人には当たらない。以上のことから、1期生及び2期生は、各賃金支給日のうち各内定確認日前までの各支給日において非居住者に該当し、各内定確認日以降の各支給日においては居住者に該当する。3期生及び4期生は、各賃金支給日において非居住者に該当する。【参照条文】所得税法第2条《定義》、所得税法第183条《源泉徴収義務》所得税法施行令第14条《国内に住所を有する者と推定する場合》所得税基本通達3-3《国内に居住することとなった者等の住所の推定》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2026/09/28 審査事例
「期限後申告は、本来の納税義務者の勘違いである」。第二次納税義務者の立場で主張をすることはできるが、勘違い(錯誤)の証拠を出せず、申告の無効は認められず(棄却)
【裁決のポイント】国税徴収法第36条《実質課税額等の第二次納税義務》は、本来の納税者が、法人税法第11条《実質所得者課税の原則》の規定により課された国税を滞納した場合には、所有権の名義人など、通常であれば収益を受け取るとみられる者が、滞納国税の第二次納税義務を負うことを規定している。そして、錯誤、いわゆる勘違いによる無効を主張する者は、自己の意思表示に要素の錯誤があることについて立証責任を負う。審査請求人は不動産賃貸業(代表者F)、本件滞納者も不動産賃貸業(代表者はFの配偶者K)である。本件滞納者は、税務調査を受け、本件各不動産から生じた賃料や売却益が自らに帰属するとして、平成22年12月期から6年分の期限後申告をしたが、納税額を滞納した。そのため、本件各不動産の名義人である審査請求人が第二次納税義務を負わされ、応じなかったため差押処分も受けた。本件各不動産については、平成22年に本件滞納者から審査請求人へ譲渡する契約が締結されたが、売買代金の決済はなされないまま、Kの元配偶者の会社を経由して、所有権が審査請求人に移転された経緯がある。審査請求人は、収益は審査請求人に帰属するから、本件滞納者の期限後申告は錯誤であり無効だと主張した。国税不服審判所は、第二次納税義務者は、本来の納税義務者と同様の立場で納税義務の無効を争うことができるが、審査請求人は本件滞納者の錯誤を裏付ける具体的な証拠を提出していないため、期限後申告は無効にならないと判断した事例である。(第二次納税義務の納付告知処分及び不動産の差押処分・棄却・令和7年6月16日裁決)【主な争点】本件滞納者の本件各期限後申告は錯誤により無効か。【裁決の要旨】第二次納税義務の納付告知は、当該納付告知を受けた第二次納税義務者は、あたかも主たる納税義務について徴収処分を受けた本来の納税義務者と同様の立場に立つに至るものというべきである。第二次納税義務者は、納付告知処分に対する審査請求において、本来の納税義務者と同様の立場で、確定した主たる納税義務の無効を主張して、本来の納税義務者の申告自体を争うことができると解される。申告書の記載内容の過誤の是正については、その錯誤が客観的に明白かつ重大であって、税法の定めた方法(更正の請求)以外にその是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは、許されないものと解される。本件各期限後申告は、不動産の賃料の帰属について、その事情を最も認識している本件滞納者が行ったものであり、本件滞納者は、本件各期限後申告に係る更正の請求をせず、本件各期限後申告に係る重加算税の各賦課決定処分に対する不服申立てもしていない。そして、審査請求人は、本件各期限後申告が本件滞納者の錯誤に基づいてしたものであることを裏付ける具体的な証拠を提出していない等の事実関係を併せ考えると、本件各期限後申告は、客観的に明白かつ重大な錯誤は認められず、無効ではない。【参照条文】国税徴収法第36条《実質課税額等の第二次納税義務》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2026/09/17 会計レポート
法人税等に関する会計基準の概要
1.はじめに2026年7月7日に、企業会計基準委員会(ASBJ)は、現行の企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(以下、「現行基準」という)を改正した「法人税等に関する会計基準」(以下、「改正基準」という)を公表しました。「改正基準」は、2028年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用されます(早期適用は可能です)。「改正基準」が公表された経緯を簡単にまとめると、次のようになります。「現行基準」は、具体的な税金を挙げて、各税金について規定する税法を参照することにより、適用対象となる税金を特定して会計処理と開示を定めていました。このため、ASBJは、これまで個別の税金が創設されるつど、基準改正を行ってきました。したがって、新たな税金(たとえば、2025年度税制改正における防衛特別法人税(注1))の創設に対応した会計基準等の改正を行う場合、税制改正から適用までの短期間で会計基準等の改正を行う必要がありました。このような状況を踏まえ、ASBJは、2025年5月から会計基準の適用対象となる税金に関する原則的な定めを置くことについて審議を開始し、検討を進め、「改正基準」の公表に至りました。2.範囲「改正基準」の目的は、主として法人税その他の課税対象利益(注2)を基礎とする税金に関する会計処理と開示を定めることです。「改正基準」の適用範囲は次のとおりであり、「現行基準」から大きな変更はありません(2項、2-2項)。(1)法人税その他の課税対象利益を基礎とする税金(2)課税対象利益を基礎とする税金に該当しないもので、次のようなものがあります。住民税(均等割)事業税(付加価値割)および事業税(資本割)受取利息および受取配当金等に課される源泉所得税等親会社および国内子会社が外国の法令に従い納付する税金で課税対象利益を基礎とする税金に該当しないもの3.会計処理と開示「改正基準」では、課税対象利益を基礎とする税金と、課税対象利益を基礎とする税金に該当しない税金に分けて、会計処理と開示が定められています。(1)課税対象利益を基礎とする税金課税対象利益を基礎とする税金には、法人税、住民税(法人税割)、事業税(所得割)があります。①会計処理納付済みの額に納付予定の額を加算した額(または還付見込額を減算した額)を、法令を適用して算定し、損益に計上します(5項)。②開示損益計算書では、税金の額を損益計算書の税引前当期純利益(または損失)の次に、「法人税等」などの科目で表示します(9項)。「現行基準」では、「法人税、住民税及び事業税」などの科目で表示するとされているので、表示科目の名称が変更されることになります。貸借対照表では、納付されていない税額には1年基準が適用され、流動負債の区分に「未払法人税等」などの科目で、または固定負債の区分に「長期未払法人税等」などの科目で表示します(11項)。「現行基準」では、未納付額は流動負債の区分に表示するとされているので、「改正基準」ではこの点が変更されています(注3)。また、還付税額のうち受領されていない税額は、流動資産の区分に「未収還付法人税等」などの科目で表示します(12項)。(2)課税対象利益を基礎とする税金に該当しないものここでは、住民税(均等割)、事業税(付加価値割)および事業税(資本割)の扱いだけ説明します。①会計処理これらの税金については、法令を適用して算定した額を損益に計上します(8-3項)。②開示損益計算書では、これらの税金は「法人税等」に含めず、その内容に応じた適切な区分に表示します(18-2項)。したがって、これらの税金は、売上原価、販売費及び一般管理費また営業外費用のうち適切な区分に表示されることになります(注4)。「現行基準」では、住民税(均等割)は法人税、住民税及び事業税等の適切な科目で表示されますので、「改正基準」では、その表示区分が変更されています。また、「現行基準」では、事業税(付加価値割)と事業税(資本割)は、原則として、損益計算書の販売費及び一般管理費の区分に表示されますので、この点も変更されています。貸借対照表では、納付されていない税額は、「未払法人税等」以外のその内容に応じた適切な科目で、還付税額のうち受領されていない税額は、「未収還付法人税等」以外のその内容に応じた適切な科目で表示します。ただし、重要性が乏しい場合は、未払法人税等または未収還付法人税等にそれぞれ含めて表示することができます(18-3項:下線は筆者による)。以上をまとめると、「現行基準」からの大きな変更点は、次の2つと言えるでしょう。課税対象利益を基礎とする税金の表示科目の名称が「法人税等」に変更される。この結果、次のような表示方法が示されています(個別損益計算書の場合)。住民税(均等割)は、「法人税等」に含めず、その内容に応じた適切な区分に表示される。住民税(均等割)は、販売費及び一般管理費に表示されるケースが多くなると予想されますが、会社の実態に応じて、どの区分に表示するのが最適かを判断し、その根拠を整理しておく必要がありそうです。例えば、本社管理部門に関連する分は販売費及び一般管理費、製造部門の人数を基準に負担させているのであれば売上原価といった表示区分も想定できます。それに伴い、「改正基準」に合わせた会計システムの設定変更が必要になる可能性があります。<注釈>防衛特別法人税は、日本の防衛力強化の財源を安定的に確保するために創設されたものであり、2026年4月1日以降に開始する事業年度から課税対象になります。防衛特別法人税は、(基準法人税額-基礎控除額500万円)×4%で算定されます。したがって、基準法人税額が500万円以下であれば防衛特別法人税は生じません。なお、2026年2月に、ASBJは実務対応報告第48号「防衛特別法人税の会計処理及び開示に関する当面の取扱いを」公表しましたが、「改正基準」の公表により、実務対応報告第48号の適用は終了することとされています。課税対象利益とは、課税当局の定めに従って算定された特定の事業年度の利益であり、その利益を対象として税金が課されるものをいいます。「現行基準」は、通常の法人税等の申告・納付期限(原則として各事業年度終了の日の翌日から2か月以内)を前提としていました。しかし、グローバル・ミニマム課税制度では、申告・納付期限が各対象会計年度終了の日の翌日から1年3か月(グローバル・ミニマム課税制度に関する申告書を最初に提出すべき場合には1年6か月)以内とされており、貸借対照表日の翌日から起算して1年を超えて支払う場合もあるので、長期未払法人税等が加わりました。公開草案では、住民税(均等割)は、課税対象利益を基礎とする税金に該当しないため、法人税等には含めず、売上原価、販売費及び一般管理費、営業外費用のうち適切な区分に表示する案が示されていました。しかし、営業外費用として表示することは通常想定されないといった指摘があり、具体的な表示区分を列挙する案は修正され、その内容に応じた適切な区分に表示することとされました。「改正基準」では、住民税(均等割)を営業外費用の区分に表示することは禁止されていませんが、現実的にはほとんど想定されていないと言えるでしょう。提供:税経システム研究所
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2026/09/14 審査事例
一括取得した土地建物の価額の配分、「建物価額が不合理に高額だ」vs「収益を生むのは建物だ」。法定耐用年数経過後も収益性が認められる建物について、鑑定評価額による配分が認められる(一部取り消し)
【裁決のポイント】土地建物が一括売買され、土地建物の各価額がその客観的な価値と比較して著しく不合理なものである場合に、これを「当該資産の購入の代価」(所得税法施行令第126条《減価償却資産の取得価額》)としてそのまま認めれば、売買契約の際、土地と建物への代金額の割り付けを操作することで、容易に建物の減価償却費を過大に計上することができ、課税の公平を損なうこととなる。審査請求人は土地建物の一括取得を繰り返す個人の不動産賃貸業者である。税務署は物件の調査を行い、建物の取得価額について、売買契約書で売手買手が建物価額に合意した物件、売手保管の契約書上に建物価額の記載がないなど合意のない物件のいずれも、売買代金が建物価額に過剰に配分されているとして、売買代金を各固定資産税評価額の比で配分する更正処分をした。その後の再調査決定において、審査請求人提出の鑑定評価額の比による配分が認められたのは1物件のみであったため、審査請求人は不服審査請求を行った。国税不服審判所は、(建物の売買価額/土地の売買価額)の割合が、各固定資産税評価額を使った割合から大きく乖離しているから、客観的価値と比較し著しく不合理な配分である、売買価額の配分は原則として各固定資産税評価額の比、建物に収益性が認められる3物件は適正な鑑定評価額による比が合理的であると判断した事例である。(平成29年分ないし令和3年分所得税等の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分他、・一部取消し・令和6年11月14日裁決(非公開))【主な争点】本件各物件の建物等の取得価額の算定方法、具体的には、一括取得した建物土地の売買代金を合理的に各取得価額にあん分する方法。【裁決の要旨】「建物の売買価額を土地の売買価額で除した割合」と「建物の固定資産税評価額を土地の固定資産税評価額で除した割合」を比較すると、大きく乖離し、審査請求人が申告において算定したこれらの各物件の建物の取得価額は、いずれも売買代金総額から過剰に価額が配分されたというべきであり、そのような配分による土地及び建物のそれぞれの価額は、それらの客観的な価値と比較して著しく不合理なものと認められる。固定資産税評価額は、一定の基準時におけるその適正な時価を反映しているものであることからすれば、売買価額総額を土地及び建物の各固定資産税評価額の価額比によりそれぞれあん分して建物の「購入の代価」を算定することは、一般的に合理的な基準による算定であるといえる。ただし、本件各物件について、それぞれの個別事情を考慮した適正な鑑定が行われ、その結果、固定資産税評価額と異なる評価がされ、土地及び建物それぞれの価額比においても実質的な差異が生じた場合には、建物の「購入の代価」の算定に当たり固定資産税評価額による価額比を用いてあん分する合理性を肯定する根拠は失われているといえる。審査請求人から再調査審理庁に鑑定評価書の提出があった物件の「購入の代価」については、法定耐用年数経過後においても現在に至るまで継続的に利用されており、その収益性に係る経済的価値を認めることができるものであることからすると、これら各物件について、鑑定評価額あん分法により、その他の本件各物件の「購入の代価」については固定資産税評価額あん分法により、それぞれあん分して算定することとなる。固定資産税評価額あん分法は一般的に合理的な算定方法と認められることから、すべからく鑑定評価額あん分法で更正を行うべきという審査請求人の主張には理由がない。【参照条文】所得税法第49条《減価償却資産の償却費の計算及びその債却の方法》所得税法施行令第126条《減価償却資産の取得価額》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2026/09/11 商事法レポート
役員および主要株主の短期売買差益提供制度と売買報告書制度について −近時のアメリカの立法による日本企業への影響も含めて
1はじめに金融商品取引法(以下、「金商法」とします)164条は、上場会社等の役員または主要株主(ここでの主要株主は、原則として「自己又は他人の名義をもって総株主等の議決権の100分の10以上の議決権を保有している株主」をいいます。金商法163条1項参照)が、当該上場会社等の特定有価証券(株券や社債券などが含まれます)等を6か月以内に売買して利益を得た場合に、その利益を当該上場会社等が自らに提供するよう請求できる旨を定めています。このような制度(以下、「短期売買差益提供制度」といいます)を金商法が定めている趣旨については、条文上の文言によれば、役員または主要株主が「その職務または地位により取得した秘密を不当に利用することを防止するため」とされており(同条1項参照)、概ねインサイダー取引の防止にあるといえます。加えて、この短期売買差益提供制度を実効的にエンフォースするべく、上場会社等の役員または主要株主が、自己の計算で特定有価証券等の買付等または売付等をした場合に、翌月の15日までに売買報告書を内閣総理大臣(実務的には財務局長となります。有価証券の取引等の規制に関する内閣府令(以下、「取引規制府令」といいます)29条2項・3項参照)に対して提出すべきとされています(金商法163条、金融商品取引法施行令43条の10第1項。以下、こうした制度を「売買報告書制度」といいます)。なお、売買を金融商品取引業者等に委託して行った場合には、当該業者を経由して売買報告書を提出することとされており(金商法163条2項)、いずれにしても行政当局が個々の役員および主要株主の取引の動向を継続して捕捉できる体制も採られています。こうした短期売買差益提供制度および売買報告書制度において、(ⅰ)売買報告書の提出義務が、インサイダー取引の疑いの有無を問わず、個々の売買等という客観的事実のみによって発生し、そして(ⅱ)利益提供義務も、取引者の主観的意図や情報の不当利用の事実の立証を要せず、6か月以内の反対売買という外形的取引パターンが捕捉されさえすれば発生するとされ、「客観的・形式的な」義務または責任として設計されているのは、この制度の母法であるアメリカの制度に倣ったものです(後述3参照)。以下、本稿では、こうした短期売買差益提供制度と売買報告書制度についてもう少し詳しくみていくとともに、近時、両制度をとりまく形でアメリカ市場に上場しているわが国の会社関係者に起こっている問題について言及したいと思います。2短期売買差益提供制度の詳細(1)役員・主要株主が支払うべき利益額の算定方法短期売買差益提供制度における1つの大きな技術的な問題は、支払われるべき利益額の算定です。この点、取引規制府令34条1項は、6か月以内に行われた売買等のうち、数量の小さい方(売買合致数量)を基準として、売付け等の価額から買付け等の価額を控除した額から、当該売買合致数量に対応する手数料相当額を差し引いた額を利益額とする旨を定めています。複数回にわたる売買等が行われた場合の組み合わせ方法についても、取引規制府令34条2項が先入先出法、すなわち、最も早い時期に行われた売買等から順次売買合致数量(売付け等の数量と特定有価証券等の買付け等の数量のうちいずれか大きくない数量をいいます。同条4項参照)に達するまで割り当てる方法を採用するとしており、同一日に複数の売買等が行われた場合については、最も単価の低い買付け等と最も単価の高い売付け等から順次組み合わせるものとしています。加えて、ある売買等のうち売買合致数量を超えた部分については別個の売買等とみなし、さらに6か月以内の間隔で行われた対応取引との組み合わせを繰り返して利益を算定していくとしています(同条3項)。このように、利益額の算定は機械的に行われますので、結果として、役員または主要株主が実際に得た経済的利益額と算定された利益額とは必ずしも一致しない可能性が高いといえます。ただ、その点は別に構わないとされています。なぜなら、短期売買差益提供制度は、内部者の短期売買とそれによる利益の獲得、そして何よりもインサイダー取引を抑止するということが目的であるためです。(2)短期売買差益提供制度のエンフォースメント次に、短期売買差益提供制度のエンフォースメントの局面における特徴として、その執行過程において行政(財務局)が能動的に関与する仕組みが採られている点が挙げられます。まず、財務局長は、売買報告書の記載内容から役員または主要株主が短期売買利益を得ていると認められる場合に、利益関係書類(写)を当該役員または主要株主に送付します(金商法164条4項)。送付を受けた役員または主要株主は、受領日から起算して20日以内に、関東財務局長に対して当該書類に記載された売買等を行っていない旨の申立てをすることができ(同条5項、取引規制府令31条)、申立てがなされた部分については、報告された売買がなかったものとみなされます(同条6項)。他方、当該役員または主要株主から申立てがなされず、かつ、発行会社への任意の利益提供がなされたことも確認できない場合、「利益関係書類(写)」が当該上場会社等に送付され(同条4項)、さらに、送付から30日以内に会社への利益提供が確認できないときは、当該書類の写しが関東財務局に備え置かれ、公衆の縦覧にも供されます(同条7項、取引規制府令32条。ただし、この縦覧はEDINETでは行われず、関東財務局での紙面の縦覧に限られます)。縦覧期間は利益取得日から2年間とされています(【図1】参照)。【図1売買報告書の提出から公衆縦覧までの流れ】財務省関東財務局理財部統括証券監査官『「役員及び主要株主の売買報告制度」と「短期売買利益の提供制度」について(注1)』16頁より上記のプロセスは、私法上の請求権(会社の役員・主要株主に対する利益提供請求権)の行使について、行政機関による確認・通知・公示という一種の準司法的な手続を介することにより、実効性を高めているといえます。なお、会社が株主からの請求後60日以内に利益提供請求権を行使しない場合、(公衆の縦覧によって事実を知った)株主は会社に代位して同請求権を行使することができるとされています(金商法164条2項)、株主代表訴訟に類似した代位請求制度も用意されています。(3)違反に対する制裁売買報告書を提出しなかったり、または虚偽の記載をした売買報告書を提出した者、そして虚偽の申立てをした者には、6か月以下の拘禁刑もしくは50万円以下の罰金(併科可)が科されます(金商法205条19号、164条5項、165条の2第1項、第2項、第10項)。また、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者が業務に関してこれらの違反行為を行った場合には、行為者本人に加えて当該法人にも罰金刑が科される両罰規定も置かれています(金商法207条1項6号)。もっとも、これらの罰則が対象としているのはあくまで報告義務違反または虚偽の申立てであって、短期売買それ自体を犯罪として処罰するものではありません。短期売買差益提供制度の本体である利益の提供義務は、あくまでも私法上の請求権として構成されており、その履行を確保するための情報開示や行政が関与するプロセスにおいて違反行為があった場合にのみ、刑事罰が科されるという制度設計となっています。(4)短期売買差益提供制度に関する事案これまでの短期売買差益提供制度に関する公表裁判例は多くはありません。主要株主が約2,018万円の差益を得た事案において、上場会社等の役員・主要株主がその職務または地位により取得した秘密を不当に利用したことや一般投資家に損害が発生したことは、短期売買差益提供制度を適用するための要件ではないとし、また、同制度は憲法29条に定める財産権の侵害にも当たらない旨を判示した2002年の技研興業株式会社事件(注2)と、2024年の東京機械製作所事件(注3)2件があるくらいです。東京機械製作所事件についてもう少し詳しく述べますと、この事件は、経営権取得を目的に同社の株式を40%弱買い集めた主要株主が、日本証券金融会社が貸借取引の申込停止措置により現引き(信用取引における買い建玉を決済する際に、証券会社から借り入れた資金を返済したうえ、購入代金や金利などの諸経費を全額現金で支払って、現物株式として自分の手元に引き取る方法)にかかる制度の利用が不可能であった状況の下で、保有株式の現物化のために信用取引における買い建玉を返済売りし(本件売付け)、それと同時に同数・同額の現物買い(いわゆるクロス取引)を行ったところ、本件売付けによって主要株主が短期売買による利益を得たとして、会社がその支払いを請求したという事案でした。主要株主側は、本件取引はクロス取引であって、株式の実質的な帰属が変化するものではなく、また自らは利益を得ていないとして短期売買差益提供制度の適用を否定する旨の主張をしました。こうした主張に対し、裁判所は、金商法164条9項に定められ、また、前掲平成14年最判が認められるとした解釈によって認められる類型的適用除外取引に本件取引が該当するか否かの判断においては、取引に関する個別的事情や取引主体の主観的事情(目的・動機)を考慮することは許されないとし、非任意性を客観的・一般的事情によって判定する立場を明示したうえで、主要株主側に19億4300万円余りの支払いを命じました。また、判例ではありませんが、短期売買差益提供制度を潜脱した可能性のあるケースもあります。2024年のダイドーリミテッド事件では、議決権の約32%を保有する運用会社が投資一任契約に基づいて運用していたことから、「自己の計算」による売買には当たらないと考えられ、また名義上の株主であった信託銀行も主要株主に該当しないと考えられる状況のもとで、短期売買差益提供制度に基づく請求の可否が問題とされましたが、取引規制府令24条1号が「信託業を営む者が信託財産として所有する株式」を主要株主該当性の判定の基礎となる議決権から除外していることもあり、断念されたようです。そもそも、わが国の現行制度の下では、短期売買差益提供制度および売買報告書制度の運用状況が外部から観測しにくい状況にあります。たとえば、財務局が「利益関係書類(写)」を上場会社等に送付した後、30日以内に任意に利益提供がなされない場合でなければ、同写しは公衆縦覧に付されません(前掲【図1】参照)。また、その公衆縦覧もEDINETを介する形では行われません(本章2(2)参照)。この点、後述するように、アメリカではわが国の売買報告書にあたるForm4等がEDGARを通じてすべて情報開示されているのと対照的です。また、日本では、利益の提供事案の実態を把握する手段も事実上存在していません。このように、表に出ている事案の少なさも相まって、わが国では、制度の実効性という観点から複数の問題があるといえます。3アメリカ法の状況(1)概要アメリカでは、1934年証券取引所法16条が、3つの規律を置いています。すなわち、(a)項で上場会社等の役員(officer)、取締役および10%超の株式等を保有する者らについて株式等の取引に関する報告義務を定め、(b)項で6か月以内の短期売買から得た利益の発行会社への吐出しについて定めるとともに、(c)項が、(a)項に定める者らによる空売りを禁止する旨を定めています。重要なのは、これらが独立した3つの制度ではなく、相互に関係し合っているという点です。まず、(a)項の報告は、その内容がEDGAR(アメリカにおいて上場している会社やその関係者等が、SEC(証券取引委員会)に提出が義務付けられている書類を、自動収集・確認・分類・受理等するためのシステム(注4))を通じて投資者にも開示されることになっています。また、(a)項の報告は、(b)項の吐出し請求を成り立たせる事実上の基礎にもなっています。すなわち、誰がいつ何株売り買いしたかが公開されなければ、6か月以内の対向取引を特定して利益を計算することはできません。EDGARでの開示を通じて(b)項の責任を果たさせる——この関係がアメリカの制度の幹となっているといえます。こうした構造それ自体は、上述した日本の金商法163条と164条に共通しています。なぜなら、日本の規定はもともとアメリカ法をほぼそのまま継受したものであり、報告義務が吐出し請求権の実効性を担保するという設計思想は同一のものだからです。とはいえ、以下に述べるように、両国の制度には決して小さくはない差異もみられています。(2)報告の書式(a)項が要求する報告は、以下のForm3・4・5という3つの書式に従って行われます。①Form3:いわゆる当初報告です。就任時または対象者となった時点における保有状況を報告するものであり、取引に関する記載欄は設けられていません。②Form4:制度の中核をなす書式です。報告義務者が持分証券の売買を行った場合、当該取引の執行日の翌々営業日の終了までに提出しなければなりません。SECは、提出がなされた翌営業日終了までにこれを公衆がアクセス可能なサイトに掲載する義務を負い、発行会社もまた、企業ウェブサイトを有する場合には同期限までに当該書式を掲載し、12か月以上アクセス可能な状態を維持しなければなりません。このForm4により取引主体、取引日、数量および価格が、事実上ほぼ即時に開示される仕組みとなっています。③Form5:いわゆる年次報告です。事業年度終了後45日以内に提出します。小規模な取得や既往の報告漏れを事後的に補完することを目的としています。なお、以上の16条(a)の報告義務違反に対しては、SECによる行政上のエンフォースメントが行われることがあります。2024年9月25日には、Schedule13D/GおよびForm3・4・5の遅延提出につき、23の法人・個人の責任が問われ、SECが課した制裁金総額は380万ドルを超えた旨が公表されました。また、同種のエンフォースメントは2014年、2015年、2020年、2023年にも実施されたとのことです(注5)。(3)報告義務の対象者(a)項の報告義務の対象者についてもう少し詳しくみてみますと、①12条に基づき登録された持分証券の10%超の実質的所有者、②発行会社の取締役、③役員です。加えて、後述するように、近時では、外国民間発行体(FPI)の取締役と役員も対象に加えられました。なお、「役員(officer)」は肩書きではなく機能で決まります。社長・最高財務責任者、主要部門を統括する副社長のほか、「政策決定機能を果たす(performsapolicy-makingfunction)」者が広く含まれ、親会社や子会社の役員であっても、当該発行会社のために政策決定機能を果たしている場合は役員とみなされます(注6)。こうした点は、地位によって形式的に画される日本法での「役員」(基本的には、会社法329条1項所定の取締役・会計参与・監査役、そして執行役を基礎としています)とは異なっています。また、①の「実質的所有者(beneficialowner)」については、まず、10%超か否かについての判定において1934年証券取引所法13条(d)における基準−議決権または投資権限(株式の取得、保持、売却を決定・指示できる権限)の有無−が用いられています。次に、実際に報告すべき保有数量や異動の算定については、「金銭的利益(pecuniaryinterest)」基準が用いられます(注7)。ここで、金銭的利益とは、当該証券の取引から生じる利益を得または共有する機会がある場合のことをいい、同一世帯の近親者による保有、パートナーシップにおけるゼネラル・パートナーの比例的持分、信託を通じた持分、デリバティブの行使により株式を取得する権利などをもつ場合も間接的に同利益を得ているとして「金銭的利益」を得ているとみられます。そして、わが国と決定的に異なっているのが「合算」についてです。10%超にあたるか否かの判定において、わが国におけるところの大量保有報告書制度の対象者について定める13条(d)を用いる結果、共同保有者(group)の保有分も合算されることになっています。たとえば、13条(d)(3)は、二人以上の者が、発行会社の証券を取得・保有・処分する目的で、パートナーシップ、リミテッド・パートナーシップ、シンジケートその他のグループとして行動する場合、当該グループを1個の「者」とみなすと定めています。グループの認定に際して書面の合意は要らず、共同行動の合意が事実上認められれば足りるとされています(注8)。その結果、各人の保有が単独では10%超に満たなくとも、グループとして合算した結果10%を超えれば、構成員の各人が16条各項の対象となる「主要株主」となり得ます。もっとも、わが国とアメリカの差異は、合算の有無にとどまりません。判定の物差しそのものについても違いがあります。すなわち、米国では、上述のとおり、10%超か否かの判定に13条(d)にある基準を用いており、これは大量保有報告制度と共通の物差しです。これに対し、わが国では、旧証券取引法の平成13年改正により、「主要株主」の判定基準が、それまでの持株数基準から議決権基準へと改められました。その結果、株券等保有割合を基礎とする大量保有報告制度の「保有」概念と、短期売買差益提供制度の「主要株主」概念とは、別の物差しで測られることとなり、両制度の間に乖離が生じています。とりわけ、2026年5月1日に施行された大量保有報告制度の改正により(金商法27条の23第3項3号参照)、現金決済型デリバティブに対しても従来と比較して広く同制度が適用されることとなった結果、両制度の乖離はいっそう際立つこととなりました。たとえば、短期売買差益提供制度および売買報告書制度においては、議決権基準により、エクイティ・デリバティブを用いて実質的にはいつでも10%以上の株式を取得し得る状態にある者であっても、あくまでその時点では議決権を保有していないため、制度の対象とはならないことになります。なお、一般に、アメリカでは、アクティビストの株式取得割合は10%未満にとどまるといわれていますが、その要因として、ポイズン・ピルのトリガー割合、各州の支配株主に課される法規範等、そして、16条(b)の短期売買差益提供規制の適用に対する考慮が挙げられています(注9)。4HFIAAによる適用対象の外国民間発行体への拡張−わが国への影響2025年12月18日、HoldingForeignInsidersAccountableAct(以下、「HFIAA」といいます)が成立し、同日から90日後の2026年3月18日に施行されました(注10)(なお、同法は国防授権法(NationalDefenseAuthorizationAct)の一部(第8103条)として制定されたものであり、証券規制に関わる単独の立法ではありません)。このHFIAAが証券規制に関して行った改正は、極めて限定的なものです。すなわち、同法は16条(a)項を改正し、外国民間発行体(foreignprivateissuer、以下「FPI」といいます)の取締役および役員を原則として同項の報告義務者に加えることとしました(FPIの株式等の10%超の保有者は除外されています)。これにより、簡単に言いますとアメリカの市場に上場している日本を含む外国企業の取締役等が、同項の報告義務者に加えられたことになります。他方で、HFIAAは、16条(a)(5)項を新設し、SECに対し、外国法域の法が取締役および役員、証券および取引等に対し、「実質的に類似する要件(substantiallysimilarrequirements)」を適用しているとSECが判断した場合は、規則、規制または命令によって、条件付きまたは無条件で16条(a)項の要件を免除する権限を付与しています。その後、SECは、2026年3月5日にこの権限を行使し、免除命令を発しました(注11)。同命令は、(イ)「適格法域(qualifyingjurisdiction)」において設立または組織され、かつ、(ロ)「適格規制(qualifyingregulation)」に服するFPIの取締役および役員を、16条(a)項の報告義務から免除するというものです。当初の適格法域は、カナダ、チリ、欧州経済領域(theEuropeanEconomicArea:27のEU加盟国にアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーを加えた国で構成されます)、韓国、スイスおよび英国の6法域でしたが、2026年5月20日の追加命令により、オーストラリア、インドおよびシンガポールが追加されていました(注12)。注目すべきは、SECが各法域の制度を「適格規制」と認定するにあたって用いた基準です。命令の内容を整理すると、次の5点に分解できます。対象者が、当該発行体の取締役および役員(executives)を含むこと初期保有および実質的所有の変動を、速やかに(promptly)報告すべきものとされていること報告内容に、証券の種類、取引の性質、価格および数量が含まれること当該報告が一般公衆に利用可能とされること(madeavailabletothegeneralpublic)適格規制に基づいて提出された報告が、その公表後2営業日以内に英語で一般公衆に利用可能とされること現に、韓国については、資本市場法(FinancialInvestmentServicesandCapitalMarketsAct)173条および同法施行令200条につき、SECはそれらを、取締役および執行役員が初期保有および実質的所有の変動を速やかに報告すべきこと、報告に証券の種類・取引の性質・価格および数量が含まれること、ならびに当該報告が一般公衆に利用可能とされることを要求する制度として評価しています。また、他の法域についても、カナダのNationalInstrument55-104、EUおよび英国の市場阻害行為規則(MarketAbuseRegulation)、スイス取引所の上場規則、インドのSEBIインサイダー取引禁止規則などについて、いずれも同一の基準で審査しています(注13)。他方で、日本については、本稿執筆時点において、いずれの命令においても適格法域として指定されていません(注14)。このように、日本が適格法域として認められていない理由について、SECの命令や関連する文書では明らかにはされていません。考えられるとすれば、163条に基づく売買報告書の報告が原則として財務局にとどまるものであり、提出の期限も「翌月15日まで」とされ、そして何よりも、その後の公衆縦覧が、①短期売買利益が認定され、②20日以内に否認の申立てがなく、③会社への利益提供も確認できず、④さらに30日が経過した場合に限定されるとともに、縦覧の態様も、紙面の「利益関係書類(写)」の縦覧が財務局内で行われるにとどまっていることにあるように思われます。これらがSECの要求する「2営業日以内・英語で・一般公開」という基準を満たしていないことは明らかであり、この点が考慮されたと考えるのが自然であるように思われます。この結果、2026年3月18日、三菱UFJフィナンシャル・グループ、トヨタ自動車、武田薬品工業、日本郵政、三井住友フィナンシャルグループをはじめとする日本の主要企業の取締役らは、SECのEDGARシステムに向けて、英語でForm3(保有状況報告書)を提出するに至っています。実際、筆者がEDGARを通じて確認したところ、同日から2026年7月22日までの間に、日本を拠点とする16社について、Form3が217件、Form4が220件、合計437件提出されており、会社の内訳を見てみますと、三菱UFJ93件、トヨタ83件、武田薬品64件、みずほ51件、日本郵政47件と大企業が上位を占めていました。また、16社すべてがHFIAAの施行日である3月18日にForm3を揃えて提出していました(注15)。5おわりに本稿では、金商法上の短期売買差益提供制度および売買報告書制度の趣旨、仕組みおよびエンフォースメントについて概観したうえで、その母法であるアメリカ1934年証券取引所法16条との比較、さらには2025年のHFIAAによるFPIの取締役や役員への報告義務の拡張と、それに伴うSECの適格法域指定において、わが国が除外されている状況について紹介してきました。このうち、SECによる適格法域指定においてわが国が除外されたことは、単なる立法技術上の偶然ではなく、わが国の制度が抱える構造的な課題を図らずも顕在化させたものと捉えることができるように思われます。以下では、本稿の検討から浮かび上がる課題を、太田洋弁護士による近時の論稿も踏まえながら、2点に絞って述べたいと思います。第1に、売買報告書の開示のあり方です。アメリカでは、Form3・4・5がEDGARを通じて取引の執行から最長でも3営業日というスピードで一般に公開され、これが16条(b)の利益吐出し責任を機能させる事実上の基盤となっています。これに対し、わが国では、売買報告書それ自体が公衆縦覧に付されることは原則としてなく、財務局が短期売買利益の取得を認め、20日以内に否認の申立てがなく、かつ送付から30日以内に会社への任意の利益提供もなされなかった場合に、初めて紙面としての「利益関係書類(写)」が公衆縦覧に供されるにすぎません。太田弁護士も、売買報告書制度の導入から約38年が経過しているにもかかわらず、上場会社の株価や投資家の投資判断に大きな影響を与える主要株主の変動が、売買報告書の公衆縦覧を通じて一般に開示されていない現状を不合理であると評し、少なくとも主要株主の売買報告書についてはすべて公衆縦覧の対象とすべきであると提言しています(注16)。本稿の4でみたとおり、HFIAAに基づく適格規制の認定基準は、報告が一般公衆に利用可能であること、および2営業日以内に開示されることを明示的に要求しており、わが国の現行制度がこの基準を満たし得ないことは明らかです。そのため、売買報告書の開示のあり方については、投資家保護の観点からはもとより、国際的な文脈においても、早急に見直されるべき課題であるといえます。現状では、同一の日本企業の取締役が、アメリカ市場では取引執行後2営業日以内にForm4を提出し、遅くとも3営業日以内にはEDGARで氏名・取引日・数量・価格が英語で公開される一方で、日本国内では同じ人物の同種の取引が原則として公衆縦覧の対象にすらなっていません。HFIAAの施行により、こうした非対称が現実の事象として顕在化しました(本稿4でみた437件の提出はその象徴といえます)。第2に、短期売買差益提供制度および売買報告書制度における報告義務者の範囲、とりわけ共同保有者概念の不存在です。わが国の「主要株主」概念は、大量保有報告規制とは異なり、共同保有者による保有分の合算を予定していません。実際、複数の投資主体が実質的に協働しながら、それぞれの議決権割合を10%未満にとどめることで、短期売買差益提供制度の適用を意図的に回避しているのではないかと疑われる事例が散見されます。太田弁護士の論稿によりますと、2023年のYFOグループによる東洋建設株式大量取得事例でも、共同保有者である4つのエンティティの株券等保有割合は、それぞれ9.75%、9.74%、6.24%、2.78%(合計28.51%)にとどまっていました(注17)。アメリカでは、1934年証券取引所法13条(d)の共同保有者(group)概念により、複数の者が共同して株式を取得・保有・処分する場合には合算して10%基準の該当性が判定されるため(本稿3(3)参照)、こうした潜脱は生じにくくなっています。太田弁護士は、この点についても、米国の制度と平仄を合わせるべく、わが国においても「主要株主」該当性の判定に際して共同保有者による保有分を考慮すべきであるとし、あわせて、大量保有報告書制度と整合を図るべく、平成13年改正以降用いられている議決権基準を持株数基準に戻し、「保有」概念についても大量保有報告規制のそれと揃え、さらには、エクイティ・デリバティブによるポジションの積み上げについても規制を及ぼすべきであると提言しています(注18)。私見も、この方向性には基本的に賛成です。以上の2つの課題は、実は根っこの部分でつながっています。共同保有者の保有分が合算されない結果、複数のアクティビストが協調しながら10%未満の持分にとどめて短期売買差益提供制度の適用を免れることが可能となっている一方、その取引の全容は、開示制度の不透明性ゆえに、事後的にも十分に捕捉されません。アメリカでは、アクティビストの株式取得割合が10%未満にとどまる一因として16条(b)の存在が指摘されていますが(本稿3(3)参照)、わが国では、報告義務者の範囲の狭さと開示における不透明性という2つの制度上の問題が相まって、そうした抑止機能がほとんど働いていないのではないかと思われます。近時、わが国において20%から40%程度、あるいはそれ以上の大量の株式取得を伴う非通例的な株主アクティビズムの事例が目立っていることの一因は、こうした点にも起因しているように思われます。もっとも、以上の問題については、経済産業省「公正な買収の在り方に関する研究会」でも、短期売買差益提供制度が導入から約40年もの間、実質的な改正を経ていないことに対する問題意識がすでに示されており(注19)、制度見直しの機運は徐々に高まってきているように見受けられます。今回のアメリカでのHFIAAの施行とわが国の適格法域からの除外は、こうした国内の議論を後押しする一つの契機とすべきように思います。<注釈>同資料は、https://lfb.mof.go.jp/kantou/content/000165705.pdfより入手可能です。最大判平成14年2月13日民集56巻2号331頁。東京高判令和6年7月31日金融・商事判例1705号18頁。SEC,EDGAR—SearchFilings,https://www.sec.gov/search-filings(2026年8月2日閲覧).SEC,SECLeviesMoreThan$3.8MillioninPenaltiesinSweepofLateBeneficialOwnershipandInsiderTransactionReports(PressRelease2024-148),https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2024-148:BarbaraBaksa,SECEnforcementofSection16Reporting(2023),https://www.naspp.com/blog/section-16-reporting-enforcement(2026年8月2日閲覧).17C.F.R.§240.16a-1(f).17C.F.R.§240.16a-1(a)(1)–(2).15U.S.C.§78m(d)(3);17C.F.R.§240.13d-5.MiraGanor,ToeholdCollaborationsBeyondInsiderTrading,14N.Y.U.J.L.&Bus.187,194,201-02(2017).また、太田洋「わが国短期売買差益提供規制の課題と改正の方向性−levelplayingfield確保の観点から」商事法務2425号(2026年)27-30頁。HoldingForeignInsidersAccountableAct,Pub.L.No.119-60,§8103(Dec.18,2025)(15U.S.C.§78p(a)を改正).OrderGrantingDirectorsandOfficersofCertainForeignPrivateIssuersanExemptionfromtheFilingRequirementsofSection16(a)oftheExchangeAct,ExchangeActReleaseNo.34-104931(Mar.5,2026).OrderGrantingAdditionalDirectorsandOfficersofCertainForeignPrivateIssuersanExemptionfromtheFilingRequirementsofSection16(a)oftheExchangeAct,ExchangeActReleaseNo.34-105517(May20,2026).SEC,HoldingForeignInsidersAccountableAct:Section16(a)ReportingRequirements,https://www.sec.gov/about/divisions-offices/division-corporation-finance/holding-foreign-insiders-accountable-act-section-16a-reporting-requirements(最終更新2026年5月20日、2026年8月2日閲覧).なお、同ページでは、承認済みの免除命令と免除が認められた法域が一覧の形で掲載されています。前掲注⑾・⑿参照。本稿における日本を拠点とし、アメリカで上場している企業等16社に関するForm3・4の提出状況についての集計は、筆者が開発したPythonツールedgar-form345を用いて、SECEDGARのSubmissionsAPI(https://www.sec.gov/search-filings/edgar-application-programming-interfaces)から機械的に取得したデータに基づいています。この点について説明するうえで、EDGARに関連する基本概念について簡単な説明を加えておきます。CIK(CentralIndexKey)とは、SECがEDGARに登録するすべての発行体・個人(役員・主要株主等)に対して付与する一意の番号であり、日本法における法人番号に類する識別子です。Form20-Fは、外国民間発行体(ForeignPrivateIssuer)が米国内国発行体のForm10-Kに相当するものとして提出する年次報告書であり、Form6-Kは、外国民間発行体が本国で開示した重要事実等を米国市場にも随時報告するための臨時報告書です。いずれも、当該発行体が米国市場において継続的に開示義務を負う存在であることを示す指標として利用可能です。以上を踏まえ、筆者が行った具体的な集計手順は次のとおりです。①まず、EDGARの企業検索機能(browse-edgar)を用いて、所在地コードM0(Japan)に該当する発行体を、Form20-Fおよび6-Kの提出履歴から列挙しました。②次に、列挙された各発行体のCIKについて、提出済み書類一覧のうちForm3・4・5(本文で述べた保有状況報告書、異動報告書および年次報告書)を、HFIAA施行日(2026年3月18日)以降に絞り込んで集計しました(集計対象は2026年7月22日時点のデータです)。なお、以上の方法についてはいくつかの限界もあると考えます。第1に、発行体の「所在地」(businessaddress)と「設立準拠法国」(stateofincorporation)は別概念であり、後者はSECのsubmissions.jsonのstateOfIncorporationフィールドの記載に依存しています。しかし、このフィールドを欠く発行体も存在します(本稿の対象では、三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャルグループ、武田薬品工業、MEGACHIPSCorp、SoftBankGroupCorpの5社についてそうした欠落が確認されました)。このうち三菱UFJ、みずほおよび武田薬品の3社については、Form20-Fの提出実績により当該CIKを確認できており、日本を設立準拠法国とする外国民間発行体であることが独立に裏付けられました。他方、MEGACHIPSおよびソフトバンクの2社については、当該CIKに20-F、10-Kまたは40-Fのいずれの提出履歴も見当たりませんでしたが、両社の企業ウェブサイト(IR情報等)を確認したところ、いずれも日本法に基づいて設立された会社であることを確認しました。したがって、本稿の対象16社は、SECに提出されたデータまたは各社の公表情報のいずれかによって、すべて日本を設立準拠法国とする発行体であることが確認されています。第2に、所在地コードに基づく発行体の列挙は網羅的ではありません。Form20-Fまたは6-Kのいずれも提出履歴がない発行体(同一企業グループ内で、16条に関する報告用のCIKと年次報告書提出用のCIKとが別個に管理されている場合等)は、この方法では捕捉されない可能性があります。MEGACHIPSおよびソフトバンクの2社については、当該CIKに年次報告書の提出履歴が見当たらなかった理由は、本稿の調査の限りでは確定できておらず、今後の検証課題としたいと考えています。もっとも、この点はForm3・4・5の提出件数の集計自体には影響しないと考えます。なお、本文の情報を収集・解析するために筆者が開発したツールのソースコードおよび使用したバージョンは次の通りであり、誰でも入手可能な形で公表しています。MunehisaWada,edgar-form345:APythonToolforRetrievingandParsingSECEDGARSection16(a)OwnershipReports(Forms3,4,5),Version1.0.0(Jul.31,2026),https://doi.org/10.5281/zenodo.21718664.太田・前掲注⑼33頁。太田・前掲注⑼31頁。太田・前掲注⑼32-33頁。太田・前掲注⑼19-20頁、経済産業省「公正な買収の在り方に関する研究会」第9回(2026年2月4日)議事要旨33頁〔武井一浩委員発言〕。提供:税経システム研究所
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