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2025/08/29 商事法レポート
中小企業における取締役退職慰労金の不支給
1はじめに近時、退任する取締役の退職慰労金を不支給又は減額したところ、退任取締役が代表取締役や会社に対して、退職慰労金の支払いを求める判例・裁判例が散見されます。退任取締役の退職慰労金の減額に関する最判令和6年7月8日民集78巻3号839頁については、既に、大久保拓也教授の「取締役会決議によって退職慰労金を減額支給できるか-近時の最高裁判例を踏まえて-」にて、詳細な解説がなされております。そこで、本稿では、取締役の退職慰労金不支給に関する判例、学説を確認した上で、中小企業において退任する取締役の退職慰労金が不支給とされた事案に関する近時の裁判例である福岡地判令和4年3月1日判タ1506号165頁(以下「福岡地判令和4年」といいます)、福岡高判令和4年12月27日金判1667号16頁(以下「福岡高判令和4年」といいます)をご紹介し、おわりにで、若干の実務上の留意点に言及することといたします。2取締役の退職慰労金不支給に関する判例、学説会社法361条1項は、取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(報酬等)について同項1号から6号までに掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会によって定める旨を規定しています。判例・学説上、退任取締役の退職慰労金は、その在職中における職務執行の対価として支給されるものであり、「報酬等」(会社法361条1項1号)に含まれ、定款又は株主総会決議でその額を定める必要があると解されています(注1)。そのため、判例・学説上、退職慰労金は、原則として、定款又は総会決議によって金額が決定されることによって、それが会社と取締役間の契約内容となり、取締役に退職慰労金請求権が発生すると解されています(注2)。そして、総会が取締役会への一任決議を行い、取締役会が退職慰労金の具体的金額を決議した場合については、取締役会決議と同時に、具体的な退職慰労金請求権が発生すると解されています(注3)。中小企業においては、退任取締役と支配株主である代表取締役との間で争いが生じた場合に、代表取締役が、退任取締役についての退職慰労金支給に関する議案を株主総会に付議しない、退職慰労金を不支給とする旨の議案を付議するということが行われことがあります。そのような場合につき、学説上、退任取締役の退職慰労金不支給について救済すべく、以下のような理論構成が提唱されています。まず、定款の規定又は株主総会決議は会社内部の意思決定手続を定めたものにすぎず、取締役の報酬請求権は取締役が個人として会社に対して有する債権であり、しかも、退職慰労金は報酬の後払いであることから、株主総会が本来支払われるべき退職慰労金を支給しない旨の決議をした場合には規定の趣旨を逸脱した権利の濫用であり、報酬請求権は具体的請求権に転化されることから、取締役は、債務不履行に基づく損害賠償請求をできるとする見解があります(注4)。次に、慣例化された基準で支給するのが慣行となっている会社、総会への付議に関する内規や一般的に適用される内規があるとか、内規によって支給するのが慣行となっている会社では、退職慰労金は取締役任用契約の一内容となり、権利性を有し(注5)、取締役及び代表取締役は会社の負っている義務を履行するために、取締役会を招集し、慰労金の議題を決定・付議すぎであり、正当な理由なく、取締役会を招集しないで、基本金額を下回る議案を提出することは取締役としての善管注意義務ないし忠実義務に違反するとする見解があります(注6)。そして、代表取締役が退任取締役に対し退職慰労金の支給を約束し退職慰労金が不支給とされた場合には、退任取締役は、退任取締役と代表取締役の間で、議決権拘束契約が成立しており、代表取締役に対し債務不履行に基づき損害賠償請求でき、会社に対しても退職慰労金の支給の約束が会社を拘束するとする見解があります(注7)。3取締役の退職慰労金の不支給に関する近時の裁判例(1)福岡地判令和4年事案の概要株式会社Y1(被告。以下「Y1社」といいます)は、九州地区を拠点として、パン及び菓子類の製造販売等を業とする株式会社です。Y1社の発行済株式総数は、平成31年3月31日時点で3210株であり、Y2が1058株、その親族が合計570株を保有していました。Y1社の役員服務規程(以下「本件役員服務規程」といいます)及び役員退職慰労金支給内規(以下「本件退職慰労金内規」といいます。以下、本件役員服務規程と本件退職慰労金内規を合わせて「本件各内規」といいます)には、退職慰労金を不支給とするのは、本件役員服務規定に違反する行為により役員を退任する場合のみを挙げていました。また、Y1社においては、平成20年6月から平成31年3月までの間に退任した役員9名に対し、退職慰労金を支給し、退職慰労金を支給しなかったのは、経営状況が危機的な状況にあった平成13年当時、独断で融資を実行し、1億円の損失を出した役員のみでした。Y2(被告)は、Y1社の元社長の娘婿であり、平成4年5月、Y1社の代表取締役社長に就任し、平成24年6月、社長を退き、Y1社の代表取締役会長となり、以後も、Y1社の経営に関する責任者としての地位を有していました。X(原告)は、平成26年6月、Y1社の取締役に就任し、平成29年6月、Y1社の代表取締役社長に就任し、遅くとも平成26年頃から、Y1社の取引先である株式会社Hなどとの交渉を担当していました。Y1社の最も東にある工場は山口県にあり、同工場より東側の地域への商品供給は物流費増大の原因となっていました。Y1社は、九州以外の地域に商品を供給することによる物流費の負担が大きいことから、平成28年11月、四国地区のH社への商品供給の一部をI社に委託しました。ところが平成29年10月9日、I社は、Xに対し、H社の四国の地区の店舗へ商品供給を終了する旨の意向を伝えました。Y2は、そのことについてXの業務日報で知りました。Xは、I社が撤退した場合の対応について、H社とその後の交渉を営業本部の担当者に任せました。そうしたところ、Y1社は、平成30年4月、経営に関する重要事項について定期的に開催して決定する経営会議での検討を経ないまま、I社に代わってH社の四国地区の店舗への商品供給を行うこととなりました。Y2は、同月の予算会議で、Y1社がH社の四国地区の店舗への商品供給を引き受けたことを初めて知りました。Y1社の業績は、H社の四国地区への商品供給を開始して以降、物流費が増大し、物流費を補うだけの売上がなかったことから、業績が急激に悪化しました。Y2は、会議等においてXに対し、無能だ、サラリーマンだから辞めればいいと思っている、馬鹿だなどと述べました。その後も、Y2のXに対する暴言が続き、平成31年2月16日、Xは、うつ病と診断され、同年3月末日で、取締役を退任しました。本件各内規に形式的にあてはめると、Xの退職慰労金は1200万円となります。Y1社の取締役会において、Xに対する退職慰労金支給の総会の議案は上程されず、Xに退職慰労金は支給されませんでした。Xは、Y1社に対しては会社法350条に基づき、Y2に対しては民法709条又は会社法429条1項に基づく損害賠償請求を求めて提訴しました。判旨福岡地裁は、以下のように判示し、請求を一部認容しました。「取締役会決議によって定められた本件各内規の定め及びY1社の役員に対する退職慰労金の支給状況からすれば、Y1社の代表取締役であるY2には、取締役会決議によって定められた本件各内規に従って取締役会にXへの退職慰労金支給についての株主総会の議案を上程するか、本件各内規に反して退職慰労金を支給しないのが相当とするならば、これを取締役会に諮るべきであった。これに対し、Y2は、上記義務を負っていたにもかかわらず、独断で、前記認定のとおり、Xが退任するに当たって取締役会に対し退職慰労金を支給する旨の株主総会の議案を提案せず、また不支給についての議案も取締役会に提案しなかったのであるから、これらについての義務違反があり、取締役の善管注意義務に違反したというべきである。」「Xは、平成29年6月からY1社の代表取締役社長に就任した後も引き続き株式会社Hとの交渉の責任者であったものの、経営会議での検討を経ないまま平成30年4月からI株式会社に代わって株式会社Hの四国地区の店舗への商品供給を開始し、それに伴いY1社の負担する物流費が増大したことに端を発して、Y1社の業績は同年5月から急激に悪化して、困難な経営状況に陥った。このような同月以降のY1社の困難な経営状況は、株式会社Hとの交渉に責任を負う代表取締役であるXの職責によって生じたことを否めず、Xの代表取締役社長としての業務評価として、Xに代表取締役期間における退職慰労金相当額の分が株主総会で議決され支給されたということはできない。…そうすると、多くてもXが受け取ることができた退職慰労金の額は、Xの取締役在任時のものに限られるというべきである。そして、…Y2は、Xに対しXの取締役時代の退職慰労金に相当する850万円を支給してもよいと考えており、前記前提事実のとおり、Y1社の発行済株式総数は3210株であり、平成31年3月31日時点で、Y2が1058株、その親族が合計570株(D370株、E100株、F100株)を所有し、その合計は1628株であって、Y2の親族でY1社の発行済株式の過半数を超える株式を所有したのであるから、Xの退職慰労金850万円を支給する議案が株主総会に上程されれば、同議案は可決されたものということができる。以上によれば、Y2が退職慰労金の支給する旨の株主総会の議案を取締役会に上程しなかったことと相当因果関係のある損害は、取締役在任時の退職慰労金相当額である850万円というのが相当である。」(2)福岡高判令和4年事案の概要Z株式会社(以下「Z社」といいます)は、自動車タイヤ・チューブの更新ならびに修理を主たる目的として設立された株式会社であり、発行済株式総数は44万株でした。Z社の役員退職慰労金規定(以下「本件規定」といいます)には、退職慰労金は、本件規定により計算すべき旨の株主総会決議に従い、取締役会が決定した額とする旨、退職慰労金は、最終報酬月額×役位系数×役員在任年数により算出する旨、会社に特に重大な損害を与えた者に対しては、減額ができる旨の規定がありました。本件規定の制定後に退任したZ社役員14名中13名に退職慰労金が支払われ、支給されなかった1名は従業員退職金の支給を受けたため、辞退したものでした。X(原告、控訴人)は、Z社の大株主の一人であり、Z社に入社前大手企業に勤務中、祖父と父の要請を受け、入社と同時に、平成6年11月25日にZ社の取締役に就任し、平成10年11月28日にZ社の代表取締役に就任しました。Y(被告、被控訴人)は、Z社の大株主の一人であり、遅くとも平成5年ころにはZ社の取締役であったが、令和元年11月29日にはZ社の代表取締役に就任しました。令和元年11月29日のZ社の株主総会(以下「本件株主総会」といいます)の直前の株主構成は、Xグループが19万6570株、Cグループが15万5870株、Yグループが8万7560株でした。ところが、本件株主総会直前に、Yは、Cグループの保有する株式を買い受けることについて合意し、Cグループより委任状を取得しました。Xは、Cが委任状をYに交付した旨を聞き及ぶと、同月27日、Z社事務室のYのもとを訪れ、委任状の件を問いただし、Yともみ合いになり、Yの顔面を平手で押す暴行を加え、その際に、事務室窓ガラスにひびが入りました。この件で、Yは傷害を負っておらず、Xは、起訴猶予とされました。Z社の本件株主総会において、Y、A、Bの三名が取締役に選任され、Xは選任されず、その後の取締役会でYが代表取締役に選任されました。Xの退職慰労金支給について、Z社の総会で付議はされていません。本件規定によれば、Xの退職慰労金額は、4536万円でした。Xは、Yに対して、退職慰労金等の支払いを求めて、不法行為に基づく損害賠償請求をしました。原審(福岡地久留米支判令和4年6月20日金判1667号26頁)は、Xの請求を棄却しました。判旨福岡高裁は、以下のように判示し、原判決を取り消し、請求を一部認容しました。「…しかしながら、XとZ社との取締役任用契約締結時には、既に役員退職慰労金について定める本件規定が存在したところ、…本件規定は、退任した役員に支給すべき慰労金は、本規定により計算すべき旨の株主総会の決議に従い、取締役会が決定した額とするとした上で、具体的な算定方法を定めている。また、本件規定が制定されて以降、Z社において14名の役員が退任し、平成21年11月30日に退任した訴外D以外については、それぞれ役員退職慰労金の支給に関する議題が株主総会に付議され、同支給決議がなされて、役員退職慰労金が支給された…。なお、前記Dは、従業員退職金を得たことから役員退職慰労金を辞退し請求しなかった…。さらに、Xが平成6年にZ社の取締役に就任したのは、当時大手企業に勤務中、祖父E及び父Fの要請を受け、これに応じたものであり…、また、Xは入社と同時に取締役となったものであるから…、Z社の従業員であった時期はなく、したがって、XがZ社の従業員退職金の支給を受けたような事情もない。…以上の本件規定の存在及びこれに基づく運用並びにXの取締役就任時の状況に照らせば、Xについては、他の取締役が受ける措置のうち相当と認められるものを受けることができることが黙示に合意されていたものというべきであるから、XとZ社との間の取締役任用契約には役員退職慰労金を支給する黙示の特約があったものと認められる。」「…Z社の実質的な支配株主であり、かつ、代表者であるYは、合理的期間内に、Xの役員退職慰労金の支給に関する議題を株主総会に付議することを取締役会で決定する義務を負うものというべきである。」「Yが取締役会決議を行ってXの役員退職慰労金の支給に関する議題を株主総会に付議しなかったこととXに支給されるべき役員退職慰労金相当額との間に相当因果関係があると認められる。」「…Xが本件株主総会前頃にYに対してZ社の事務室内で暴行を加えたこと…、Z社の従業員らの中にはXのパワハラを訴える者もおり…、前記暴行の存在も考慮すると、パワハラの事実は措くとしても、Xの対応がZ社の従業員の士気に影響を与えているといえること、更生タイヤ業界の状況の影響があるとはいえ、Z社の経営状況は悪化しており、利益がさほどない状況であって…、取締役としての経営責任は指摘され得ることなどの事情を考慮すると、「在任中、特に会社に重大な損害を与えた者」(本件規定9条)といえないものとしても、これに準ずる事情があるとして、Z社の取締役会は、Xの役員退職慰労金につき、本件規定により算出される額よりも相当額の減額をすることが許されるものと解されるが、本件に現れた一切の事情を考慮すると、その役員退職慰労金の額を、少なくとも1000万円を下回るものとすることは相当ではない。…したがって、本件における損害額は、役員退職慰労金相当額1000万円及びその弁護士費用相当額100万円とすることが相当である。」4おわりに本稿では、中小企業における取締役の退職慰労金不支給につき、関係する判例や学説を確認した上で、近時の裁判例をご紹介してきました。近時の裁判例である福岡地判令和4年は、退職慰労金の内規、内規に従った支給の運用が認められ、不支給とすべき程の経営状況の悪化や非違行為がないにもかかわらず、退職慰労金支給に関する議案が取締役会に上程されなかった事案において、支配株主兼取締役に退職慰労金の議案を取締役会に上程すべき義務を課し、会社法429条1項に基づく損害賠償請求を認めています。福岡高判令和4年は、不支給とする程の退任取締役の非違行為や業績の悪化がないにもかかわらず、支配株主である取締役と対立したことにより、退職慰労金支給に関する議案が株主総会に付議されなかった事案において、退職慰労金の内規、内規に沿った退職慰労金の支給に関する運用と退任取締役の取締役就任時の事情を考慮して、会社との黙示的な合意を認定し、退職慰労金支給についての法律上保護されるべき利益を認め、支配株主である取締役に不法行為による損害賠償請求を認めています。近時の裁判例を前提とすると、退職慰労金を不支給とする程の退任取締役の非違行為や業績の悪化がないにもかかわらず、退任取締役が支配株主である取締役と対立したことにより、退職慰労金支給に関する議案が取締役会に上程されなかったり、株主総会に付議されなかったりした場合には、支配株主である取締役には、会社法429条1項や不法行為に基づく損害賠償請求が認められることがある点に留意が必要です。<注釈>最判昭和39年12月11日民集18巻10号2143頁、江頭憲治郎『株式会社法〔第9版〕』(有斐閣、2024年)486-487頁最判昭和56年5月11日判タ446号92頁、江頭・前掲(注1)488頁東京地方裁判所商事研究会『類型別会社訴訟Ⅰ〔第3版〕』(判例タイムズ社、2011年)117頁川島いづみ「取締役報酬の減額、無償化、不支給をめぐる問題」判タ772号(1992年)81頁青竹正一「取締役退職慰労金の不支給・低額決定に対する救済措置(上)」判例評論412号(1993年)166頁青竹正一「取締役退職慰労金の不支給・低額決定に対する救済措置(下)」判例評論413号(1993年)181頁江頭憲治郎「総会決議のない取締役退職慰労金の給付約束」ジュリ1103号(1996年)151頁提供:税経システム研究所
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関連項目 商事法レポート,重要判例紹介 -
2025/08/29 経営レポート
自治体と医療機関・薬局・個人をつなぐ情報連携基盤
1.はじめにデジタル庁は、2023年より自治体が実施主体となっている医療費助成、母子保健、予防接種、介護保険等分野の情報連携を行うためのネットワーク(PMH:PublicMedicalHub)(注1)の開発を進めており、順次全国に展開する予定である。このPMHは、日本の医療DXを強力に推進するための基盤となる情報連携システムであり、医療健康情報の連携を図ることで、国民の生活の質の向上、医療機関・自治体の業務効率化、そして質の高い医療提供体制の構築を目指している。従来、自治体が実施主体となっている医療費助成等分野の業務については、書面を用いた情報連携が主であり、国民、自治体、医療機関・薬局といった当事者にとって、負担が多く改善が必要との指摘があった。このため、この問題を解決するために、2023年6月2日に医療DX推進本部が決定した「医療DXの推進に関する工程表(注2)」において、「関係機関や行政機関等の間で必要な情報を安全に交換できる情報連携の仕組みを整備し、自治体システムの標準化の取組と連動しながら、介護保険、予防接種、母子保健、公費負担医療や地方単独の医療費助成などに係る情報を共有していく」こととされた。これを実現するための仕組みがPMHであり、現在は希望する自治体向けに医療費助成分野、予防接種・母子保健分野を対象とした先行実施事業を開始している。本稿では、このPMHの詳細を見ていくとともに、住民にとってPMHはどのような価値があるのかを見ていきたい。2.PublicMedicalHub(PMH)とは現在、自治体が実施している小児医療費助成や難病疾患に対する医療費助成等の公費医療費助成については、マイナ保険証と受給者証の両方を医療機関受診の際に提示する必要がある。また、公費医療費助成を受けている場合、高額療養費や付加給付等の健康保険からの給付との重複給付を防止するため、健保組合への届出が必要とされているが、必ずしも徹底されていない現状にある。医療機関においても、オンライン資格確認とは別に、公費助成の資格を個別に確認して手入力する手間がかかっているとされ、公費助成を行う自治体等も、受給者証の申請、更新、転入、転出や、助成に係る請求等に関する事務に膨大なコストがかかっているとされている。予防接種・母子保健(乳幼児健診等)についても、受診者は、予診票・問診票を何度も手書きしなければならず、また、母子手帳等の紙の書類を参照しないと健診結果や接種記録を確認することができないとされている。また、医療機関においても、予防接種や健診にかかる費用を自治体に請求するには、書面により費用請求を行う必要があり、非常に手間がかかっている。一方、自治体においても、医療機関から書面で提供される各種情報を、自治体の健康管理システムへ手入力で登録するため、その手間や誤登録のリスクがあるとされ、費用支払に対する事務コストも膨大である。医療にかかる情報化については、厚生労働省が、医療機関、薬局、介護施設でばらばらに保存・管理されている患者の医療関連情報を、一つに集約して共有・管理することを目指して、全国医療情報プラットフォームの構築を進めている。オンライン保険確認システムや電子カルテ情報共有サービスは、この取り組みの中で進められているものであり、全国の医療機関・薬局間で診療情報、薬歴情報等の連携は進んできている。一方で、自治体毎に行われている公費医療費助成や予防接種、母子保健等の施策については、各自治体が独自にこれら情報を扱う情報システム等の整備を進めているため、これら現状を考慮した情報連携の方式を考える必要がある。このため、デジタル庁では、これらの情報連携を実現する仕組みとして2023年度にPublicMedicalHub(PMH)と呼ばれる医療健康情報連携の「ハブ」となる仕組み(図1)の開発を開始し、希望する自治体向けに医療費助成分野、予防接種・母子保健分野を対象とした先行実施事業を行っている。図1PMHの概要図従来のマイナンバー制度による情報連携の仕組みでは、各自治体は他組織と情報連携する情報を、自治体が用意する中間サーバ内に記録し、情報提供ネットワークシステムを用いて他組織に提供する。この仕組みでは、各自治体が、標準仕様に準拠した自前の中間サーバを用意する必要があるだけでなく、新たな情報を中間サーバに追加するために、自治体内のシステムに中間サーバへ情報を送付するための改修を行う必要があり、多大なコストが発生する。またこの仕組みでは、公的機関では無い医療機関から自治体が有する情報の参照が出来ないことが課題となっていた。これに対して、PMHでは、情報連携に必要となるサーバ類は、デジタル庁が構築・運用することとし、自治体はPMHに対して、自治体内部のシステムから直接または間接的に、マイナンバーを含む氏名・住所生年月日等の個人情報に紐づけて、公費医療費助成の情報等を登録することとしている。自治体内の業務システムから、情報連携に必要な情報をファイル出力して、それをPMHに登録することも認められているため、自治体のシステム改修コストを大幅に削減でき、財政が厳しい自治体においても早期に情報連携を行うことが可能となる。ここで、現在、自治体等からPMHに登録が予定されている情報は、表1に示す通りである。次に、具体的な情報の登録、参照の仕組みを見ていこう。例えば、公費医療費助成情報に関する具体的な情報の登録、参照の仕組みは、以下の通りとなる(図2)(注3)。自治体は、PMHに対して、対象者のマイナンバーを含む対象者の個人情報、公費医療費助成情報等の登録を行う(これは、LGWAN回線等の閉域網を経由して行われる)。表1PMHに記録される情報PMHでは、医療保険資格との紐づけを行うために、審査支払基金が運用する医療保険者等向け中間サーバに対して個人番号を通知し、PMHとの連携に必要となるPMH-IDの採番処理を依頼する。医療保険者等向け中間サーバは、PMH-IDを採番して個人番号と共にPMHに回答し、PMHはPMH-IDを内部に格納する。また、医療保険者等向け中間サーバは、オンライン保険資格等確認システムとの間であらかじめ共有している紐付番号とPMH-IDと紐付けて、オンライン資格確認等システムへ送付する。オンライン資格確認等システムは、紐付番号をキーにマイナンバーカード(公的個人認証サービス:JPKI)の電子証明書のシリアル番号とPMH-IDを紐付けて保管する。医療機関でのオンライン保険資格確認時に公費医療費助成情報の要求があると、オンライン保険資格確認等システムはPMH-IDを暗号化して一時的に利用するためのPMH連携キーを生成し、医療機関内のオンライン資格確認端末に送付する。オンライン保険資格確認端末は、PMHにPMH連携キーで公費医療費助成の資格情報を照会し、PMHはPMH連携キーを復号してPMH-IDに紐づく資格情報をオンライン資格確認端末に回答する(PMH連携キーは都度作成され、利用後に削除される)。このため、オンライン資格確認端末を利用して、受診者がマイナンバーカードで認証し、同意することで医療機関は、公費医療資格情報の確認が可能となり、医療機関は、必要に応じて電子カルテ、電子レセプトなどに資格情報の取込みを行うことが可能となる。住民がマイナポータルから公費医療資格情報の確認を行う際には、まず、マイナポータルからオンライン資格確認等システムに対してPMH情報を参照するために必要となる識別子を要求する(マイナポータルからオンライン資格確認等システムに対して、健康保険の情報の閲覧を要求する方法と同じ仕組みを利用)。オンライン資格確認等システムは、マイナポータルに対してPMH-IDを回答し、マイナポータルは、PMH-IDからPMHとの連携に必要となるPMH仮名識別子を生成する。マイナポータルは、PMHにPMH仮名識別子をPMH-IDと紐付けて通知し、PMHはPMH仮名識別子を保存する(連携後、マイナポータルには、PMH仮名識別子のみが保存されPMH-IDは削除される)。以降、住民がマイナポータル経由で公費医療資格情報の確認をする際には、マイナポータルからPMH仮名識別子がPMHに送付されることで、自身の情報をPMHに照会し、確認することが可能となる。図2PMHを用いた公費医療費助成情報参照の流れ(資料3の図を一部改)予防接種・母子保健の情報についても、自治体からPMHへの情報の登録や住民本人が情報を参照する仕組みは、公費医療費助成の場合と同じとなるが、予防接種受診時や乳幼児健診時に、受診者はマイナポータルを介して予診票や問診票をPMHに登録することが可能となり、医療機関は、その情報を参照できる住民本人が明示的に医療機関への情報提供に同意する必要があるため、医療機関からの情報参照については、オンライン資格確認端末とは別の端末を用いてマイナンバーカードによる本人同意のもとで情報が開示される医療機関から予防接種の情報や乳幼児健診の情報をPMHに記録可能であり、受診者本人がマイナポータル経由でその情報を確認するだけでなく、自治体も記録された情報をダウンロードして自治体の健康管理システムに電子的に反映することができる等の点が異なっており、予防接種・母子保健情報の取り扱いに関する利便性向上を計っている。3.PMH導入のメリット次に、PMH導入による、住民、自治体、医療機関のメリットを見ることにする。①医療費助成分野住民のメリット紙の受給者証を持参する手間や受給者証の紛失リスクがなくなり、持参忘れ等による再来院も防止できる。また、マイナ保険証の利便性の向上によって、マイナ保険証自体の利用が促進されることになり、副次的に過去の服用薬剤や診療データに基づくより良い医療の提供が図られる。厚労省が示している2024年9月時点での年齢別マイナ保険証利用率(注4)を見ると、子ども医療費の受給者証を提示していると想定される0歳~19歳の子供のマイナ保険証利用率は5~7%台となっており、20歳以上の12~19%台に比べて低い水準にとどまっている。マイナ保険証と公費医療費助成用受給者証の一体化が進むことで、この年齢層のマイナ保険証の利用が促進されると想定される。自治体のメリット資格情報が電子的に提供されるため、正確な情報に基づき医療機関・薬局から請求が行われることになる。このため、資格過誤請求が係る事務負担の軽減、資格確認に関する自治体への照会の低減、患者の受給者証忘れによる自治体窓口での償還払い手続きの低減等が期待でき、自治体の事務負担を軽減できる。また、マイナ保険証での対応を希望する受給者に対して受給者証を発行しないこととした場合、受給者証を定期的に印刷・発行・送付するための事務負担やコストが削減できる。医療機関・薬局のメリット医療保険の資格情報と公的医療費助成の受給者証情報の自動入力による事務負担軽減、医療費助成の資格を有しているかどうかの確認に係る事務負担を軽減できる。また、正確な資格情報に基づき請求を行えるようになるため、資格過誤請求による事務負担を軽減できる。②予防接種・母子保健分野住民のメリットマイナポータル経由で、いつ、どのワクチン接種や健診が必要かを、スマホ等から確認することができるとともに、リマインド通知等に対応することで接種忘れや受診忘れ等を無くすことができる。また、PMHに検診結果等がほぼリアルタイムで電子的に保存されることになるため、いつどこからでも最新の情報を確認することができる。将来は、自治体の保健師や医師・助産師へオンラインでの相談を行うことも可能になる他、災害時や緊急搬送時に、救急隊が必要情報を即時確認できるようになる可能性がある。自治体のメリット母子手帳の電子化が遅れている自治体においても、PMHに検診結果等が電子的に保存されることになるため、電子母子健康サービス等の導入が容易になり、将来的な母子手帳の完全電子移行が可能となる。接種券・受診票も電子化することができ、印刷・封入にかかる手間やコストを大幅に削減することができる。また、リアルタイムで地区別・年齢別の接種率を分析することが可能となるため、これら情報を活用した政策立案や国等への報告書作成作業の簡素化を実現できる。医療機関のメリットPMHに記録された情報や予診票を電子カルテと連携することで、接種歴、妊娠経過、既往症を迅速に確認でき、診療の質の向上や診察にかかる事務負担の軽減が可能となる。予約システムと連動することで、ワクチンの在庫管理等を実現することや受診者へのリマインド通知等の実施による無断キャンセル率低減、廃棄ロスの削減を実現できる。4.終わりに本稿では、デジタル庁が中心となって整備が進められているPublicMedicalHubについて解説した。現在政府は、個人に関する様々な健康医療情報を利用者本人の意思で利活用できるPersonalHealthRecore(PHR)の導入を進めようとしており、厚生労働省が構築を進める全国医療情報プラットフォームは、医療機関で発生する情報をマイナポータルを介して利用者本人に提供するための役割を担っている。一方で、健康情報には、自治体等が行う様々な健診により発生する情報があり、これらは、保険医療に基づく情報ではないため、その取扱いを誰が行い、どのように利用者本人に提供するか課題となってきた。PMHは、自治体に代わって、これらの情報を利用者へ提供することとなるため、PHRの推進に多く寄与することが期待される。一方で、PMHに記録される情報の一部は、医療情報に近いセンシティブな情報であり、デジタル庁が一元的に収集管理することで、プライバシーやセキュリティのリスクを心配する声が上がることも想定される。また、PMHの導入により様々な情報が電子的に取り扱われることになり、多くの人にとっては利便性の高いものとなる反面、高齢者やデジタルリテラシーが低い人々にとって、利用に対するハードルが高くなる可能性がある。PMHが真価を発揮するには、全国のすべての自治体がPMHを利用し、医療機関や希望する住民がPMHに蓄積された情報を必要に応じて利活用できるようになることが必要であるため、皆が安全に安心してPMHを利用できるよう、デジタル庁、自治体、厚生労働省等のあらゆるプレーヤが連携してその普及と利便性向上に取り組むことを期待したい。<注釈>自治体・医療機関等をつなぐ情報連携システム(PublicMedicalHub:PMH)(デジタル庁),https://www.digital.go.jp/policies/health/public-medical-hub「医療DXの推進に関する工程表」(2023年6月2日医療DX推進本部決定)(内閣官房),https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryou_dx_suishin/pdf/suisin_kouteihyou.pdf各事務におけるPMH構成例(個人情報保護委員会提出資料)(デジタル庁),https://www.ppc.go.jp/files/pdf/231101_shiryou-1-2.pdf自治体と医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤(PMH:PublicMedicalHub)の構築を通じた医療費助成の効率化について(厚生労働省),https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001327546.pdf提供:税経システム研究所
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2025/08/29 経営レポート
昨今労務事情あれこれ(213)
1.はじめに去る6月13日に年金制度改正法が成立しました。企業にとっては、厚生年金保険料を含む毎月の社会保険料の負担は非常に大きいものですし、従業員側も年々増加する社会保険料負担に対し、これ以上の負担増には耐えられないとの悲鳴にも近い声が上がっています。先日行われた参議院議員選挙においても、社会保険料負担のあり方が争点の一つとなったのは記憶に新しいところです。保険料を負担している現役世代の中でも特に若い従業員から見ますと、現行の年金制度は「自分たちが受給する年齢になった頃には破綻しているに違いない」または「保険料を払っても損するので、できることなら厚生年金から脱退させてほしい」などネガティブな意見が少なくないことは、残念ながら紛れもない事実です。社会構造の変化に対応するため、年金制度は定期的に改正が行われていますが、今回の改正は少子高齢化への対応、多様な働き方への対応などを背景としたものとなっており、今回の法改正を踏まえて、定年を迎えた従業員の再雇用やパート・アルバイト従業員の雇用契約の見直し、賃金や退職金制度などについての見直しなど、企業経営の面でもさまざまな対応を迫られることとなります。また、経営者自身の将来の年金受給についても、「いつから・どのように」受給するのかを改めて考える必要があるのかもしれません。今回は、企業経営にも大きな影響を与える年金法改正についてのポイントを見ていきます。2.どのような目的で、何が変わる?今回の年金制度改正は、どのような点に注目して改正が行われるのでしょうか。厚生労働省の資料によれば、「働き方や男女の差等に中立的で、ライフスタイルや家族構成等の多様化を踏まえた年金制度を構築する」「所得再分配機能の強化や私的年金制度の拡充等により高齢期における生活の安定を図る」とされており、そうした目的のもと、以下の点が改正されることとなっています。厚生年金などの被用者保険の適用拡大在職中の年金受給のルール見直し厚生年金保険等の標準報酬月額の上限の段階的引き上げ遺族年金の見直しこれらの改正によって、どのような影響や効果があるのかを考えてみると、例えば、①により、育児や介護のため短時間しか労働できない方々も社会保険制度を利用することができるようになりますし、②の改正によって高齢者層が就労を続けやすくなるとともに、企業としても、雇用形態にとらわれずに人材の確保を図ることが可能となり、労働力不足の緩和に一役買うものと見られています。また③の改正では、会社経営者など高額の賃金・報酬を受けている層について、現行の上限額を超過することにより、保険料が抑えられた結果、将来の年金額が相対的に低くなってしまうことを緩和する効果があります。では、それぞれの改正の具体的な内容はどのようになっているのでしょうか。改正のうち、企業の人事・労務管理に関連する内容について個別に見ていきます。3.年金制度改正の概要それぞれの改正の具体的な内容は以下の通りです。①短時間労働者(パート・アルバイト等)の社会保険の適用拡大【従業員数の要件・賃金額の要件の撤廃】現行制度において、要件を満たした短時間労働者(注1)を社会保険に加入させる義務があるのは、被保険者となる従業員が51名以上の事業所とされています。今回の改正では、この従業員数の要件を段階的に撤廃(注2)するとともに、賃金額の要件も撤廃されることになりました(注3)。これにより、短時間労働者は勤務先の企業規模や賃金額に関わらず社会保険に加入することとなります。【新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者の保険料負担軽減支援】現行制度では、社会保険料の負担は労使折半が原則となっています。上記の各要件撤廃により新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者は新たに保険料負担が発生することになりますが、これに対し、事業主の希望により、事業主の保険料負担割合を増やし、短時間労働者の保険料負担を軽減する支援策が実施されます。(期間は3年間を予定・事業主が追加負担した額は全額を国が支援)②在職中の年金受給ルールの見直し定年を迎えた後に、再雇用などにより老齢厚生年金を受給しながら就労し賃金・報酬を受ける場合、「在職老齢年金」という年金額支給調整のルールが設けられています。老齢厚生年金を受給しながら就労する場合、現行制度では賃金等と年金受給額の合計が月額51万円を超えた場合、年金支給額の一部または全部が支給停止されることになっています。このルールによる年金の支給調整を避けるため、労働日数や労働時間を短くして賃金を抑えるなど、かえって労働意欲を削いでしまう悪影響が多く見られました。こうした影響に対応し、高齢者層の就労と年金受給の両立をしやすくするため、支給調整の基準額は現行の月額51万円から62万円に引き上げが行われます。③厚生年金保険等の標準報酬月額の上限を段階的に引き上げ「標準報酬月額」とは厚生年金保険料や健康保険料を算出する際に使用する、被保険者が受け取る賃金額を一定の幅で区分した報酬月額に当てはめて決定した額のことです。現行の標準報酬月額(厚生年金)の上限額は65万円となっており、この額を上回る標準報酬月額の被保険者は、賃金額がいくら高くても65万円として保険料が計算されます。その結果、保険料が相対的に低く抑えられてしまい、それに伴って「賃金が高ければ将来の年金額受給額も多くなる」の原則から外れて、賃金額に比べて年金額が低くなってしまっています。この上限額を65万円から75万円に段階的に引き上げる(注4)ことにより、賃金が高い被保険者は、これまでよりも保険料負担が増加する可能性がある一方で、将来、年金を受給する際には現役時代の賃金に見合った年金額が受け取れるようになります。4.制度改正に伴うコスト増は避けられない今回の改正による企業経営面への影響を考えると、やはり、会社負担分の社会保険料の増加が一番に挙げられるでしょう。上記①の通り、今後は従業員数や賃金額を問わず、パート等の短時間労働者は社会保険の加入対象とされます。また、③の標準報酬月額の上限引き上げも会社負担分の社会保険料増加要因です。今回の改正内容は項目にもよりますが2026年4月から順次実施されていきます。実施までには半年余りの時間がありますので、どのように対処していくのかは早めに検討しておきたいところです。また、年金受給をしながら就労している従業員や短時間労働者に該当する従業員から、就労条件の見直しを求める声が出てくることも予想されます。また、人事制度や賃金制度をはじめとする社内制度見直しにつながる契機になるかもしれません。こうした動きに連動するコスト増は小さくない負担となるわけですが、人材の確保と定着、従業員のモチベーション向上のためにも前向きな機会と捉えて対処していきたいものです。<注釈>短時間労働者の加入要件⇒①1週間の所定労働時間が20時間以上②雇用期間が2ヶ月以上と見込まれる③賃金が月88,000円以上④学生でないこと(定時制・通信制の学生は加入対象となる)2027年10月からは36名以上、2029年10月から21名以上、2032年10月から11名以上、2035年10月から10人以下と段階実施される撤廃の時期は全国の最低賃金の引き上げ状況を見極めた上で、法律の公布から3年以内とされる賃金が上昇傾向であることを踏まえ、2026年4月に62万円に引き上げた後、2027年9月から68万円、2028年9月から71万円、2029年9月から75万円に段階的に引き上げる提供:税経システム研究所
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2025/08/28 経営レポート
企業探検家 野長瀬先生の経営お悩み相談室(第20回)
毎回いろいろな企業経営者のお悩みをテーマとし、その悩みを解決する糸口を企業探検家・野長瀬裕二先生がアドバイス形式で解説していきます。筆者が見てきた様々な企業の成功例や工夫の事例、そこから見えてくる普遍的なノウハウを紹介し、各回のテーマの悩みに寄り添う情報をお伝えします。<相談内容>大手住宅メーカーの傘下で首都圏にて内装工事を営んでいる従業員数名の中小企業です。内装工事の受注量は横ばいで、近年は新事業である住宅リフォームに力を入れ、年商の半分をこちらで稼いでいます。先日、コンサルタントの先生から「自己資本比率が低い」という指摘を受けました。自己資本比率が低いと、財務面で安全性に欠けると映ることもあり、今後の経営戦略に影響してくる可能性があるとのことです。今後の経営戦略・財務戦略について考え方を教えてください。■市場の状況まず、御社の事業基盤となる住宅業界の市場について考えていきましょう。図1に示されていますが、新規住宅着工件数は、長期低落傾向にあります。リーマンショックの少し前から急落し、その後低迷し、どちらかというと持家の落ち込みの方が趨勢に影響しています。図1住宅着工件数の推移(国土交通省)御社の内装工事の事業については、現段階では、顧客である大手住宅メーカーは持家から借家まで幅広く受注していますので、一定の市場規模があります。御社は、首都圏という人口減少速度の比較的小さいエリアに立地しておられますので、市場の縮小は全国平均より緩やかなものです。徐々に後継者不足などで同業者が廃業していく中で、いかに生き残っていくかという市場と思われます。今後注意すべき市場動向として、図2に示される住宅ストック数と総世帯数のデータが参考となります。このグラフを見ると、人口減少は進んでいるのに、世帯数は増加し続けています。不動産市場においては、世帯数の増加という事実に着目することが重要です。一方空き家率も増加を続けています。不動産価値の維持という観点からは、首都圏の駅近くのマンションの需要は、世帯数が増えていることに加えて外国人投資家の需要もあって堅調であるのが現状です。図2住宅ストック数と総世帯数一方、空き家の内訳をみますと、賃貸用住宅の空き家が多いことがわかります。まず、地方圏、次いで都市圏郊外の賃貸住宅の需要が抑制されていく可能性が指摘出来るでしょう。純然たる空き家も一定数あるのですが、大都市圏の資産価値のある住宅については、リフォームして人に貸すか売却するという需要は今後もあるでしょう。その意味では、首都圏でリフォーム事業に力を入れている御社の事業戦略は妥当だと言えるでしょう。特に、日本の人口のマス層である団塊の世代が2025年に後期高齢者となったことから、今後大相続時代となることが推測されます。相続を受けた遺族が、大都市圏の資産価値のある物件については、リフォームして自らが活用するか売却、賃貸していく需要は一定のものがあると思われます。御社は現在大手住宅メーカーの内装工事の仕事を引き受けていらっしゃいますが、世帯数増加に伴う駅前マンション系の需要増については取りこぼしている面があります。それは、御社の顧客である大手住宅メーカーはマンション需要については、取りこぼしがあるからです。この市場に強い建設業者への食い込みが内装工事事業については余地が残されています。■今後の経営戦略の考え方筆者が大手製造業の経営者と「協力企業に何を求めるか」について対話すると、表1の1番目の“後継者の存在と一定水準の財務の安定性、商品やサービスの高品質”を求めるとする声が多いです。品質が良いということは、設備や従業員が揃っているということで、後継者がいて財務が良いということは長く付き合えるということです。御社はお子さんが複数いらっしゃるということで、財務的に安全で不安を抱かれない状況に持っていくことは、長期的な取引関係を持つ上で意義があります。帝国データバンクの評点がX点以上の企業としか付き合わないという経営者にもお会いしたことがあるので、情報業者とのコミュニケーションを重視し、高い評点をもらう努力をすることは有意義と思われます。表1経営戦略の体系後継者の存在と一定水準の安全性、商品サービスの高品質廃業する同業他社の需要を引き受ける戦略衰退市場から相対的に魅力的な市場へのシフトそのほか、2と3は人口が減少していく収縮市場において、生き残る戦略があるかどうかということです。■今後の財務分析の考え方御社はコンサルタントに方に自己資本比率が低いというご指摘を受けたということです。その点について、少し考えていきましょう。ご存じの通り、自己資本比率とは、図3に示されている総資本における自己資本の比率です。財務とは「調達して運用すること」ですから、資本調達において負債に依存せず自己資本の比率が高いことは安全性が高いとみなされることが多いです。御社の自己資本比率は20%を切った水準ですから、高いとは言えないでしょう。一般に、30%ぐらいあれば、そこそこで、50%以上あれば優良だとみなされます。一方、負債(流動負債+固定負債)は他人資本と呼ばれます。自己資本比率について述べる場合は、この負債の内訳がどうなっているかも見る必要があります。図3貸借対照表の構造どちらかというと固定負債(長期の負債)が流動負債(短期の負債)より多いと、安全性が高いとみなされます。金融機関が長期で貸付けるということは、何らかの理由で信頼されているということになります。表2に示される流動比率により、自己資本比率を補完することが多いです。御社の流動比率は115%ですので、これも高いとは言えません。この指標は優良企業ですと200%を超えているような場合もあります。しかし、指標である程度のことはわかるのですが、詳細には貸借対照表の中身を見ないと何とも言えません。さらに、流動負債の中身を見ると、きっちりとした経営をしているのか、だらしない経営をしているかどうかもわかります。ある中小企業の決算書を見ると、流動負債の中身は、多くが経営者の個人からの貸付であるという事例もあります。その企業は、金融機関からはあまり借りておらず経営者は「そのうち息子に会社を譲り、低い給料をもらいながら負債を返してもらう」とのことです。表2いくつかの経営指標流動比率流動資産/流動負債ROE利益/株主資本ROS利益/売上高損益分岐点比率損益分岐点/売上高経営指標には多彩なものがありますが、安全性と収益性を見て、さらに成長性を分析できれば十分です。安全性については、自己資本比率と流動比率を見るとある程度のことが分かります。厳しく見るときは流動資産の代わりに当座資産を用い、負債の中身を見るのです。成長性については横ばいということですから、残るは収益性の分析です。ROE(ReturnonEquity)は、利益を株主資本で割ったものです。中小企業の場合は、株主資本は自己資本と読み替えてもよいでしょう。ここは経営者により考え方が異なってきます。日本型優良企業においては、無借金企業の自己資本比率は不可避の負債を除くと90%近くなりますが、その状態でそれなりに高いROEを実現するのです。それに対して、負債をテコ(レバレッジ)にして、資本効率を大きくするという考えもあります。自己資本比率が高くなるとROEは低くなります。日本型優良企業の場合、ROEは10-15%程度になりますが、アップルコンピュータの場合、自己資本比率が20%以下と御社と似た水準でありながら、ROEは百数十%と高水準の決算を続けています。非上場の中小企業の場合、ROEの重要性は相対的に低いのですが、財務戦略の有無は重要です。ROS(ReturnOnSales)は、中小企業を見る時も5%以上あれば、業態にもよりますがそこそこで、10%以上あれば儲ける力があるとみなされます。損益分岐点比率は、小さいほど、売上高が落ちても赤字にならないとみなされます。厳密には、費用分解(費用の固定費と変動費への分解)の方法論がややアバウトです。そのため、「だいたい売上がX%落ちても大丈夫そうだ」という分析をします。御社の財務のディーデリジェンスをしたわけではないので、断言はできないのですが、非上場企業の場合、自己資本比率は高いに越したことはありません。30%程度あればコンサルタントの先生に指摘されずに済むかもしれません。その際に問われるのは、負債をテコにして高収益を目指すという財務戦略があるかどうか、負債の中身の筋が良いかとなります。■経営戦略と財務戦略はつながっているこうした経営戦略やビジョンを持つ経営者は、業界で信頼され、一目置かれる傾向があります。そして財務分析は、ある時点の経営状況を示すもので、人間の健康診断の数値のようなものです。例えば、身長180センチの男性が高身長かどうかについて、普通の日本人の中に入ると背が高いとみなされます。しかし、オランダに行くと平均身長にいくかいかないかです。プロバスケットのメンバーと比べると低身長です。このように、ある数値について、どのように解釈できるかが重要です。御社の場合は、取引先が求める安全性の水準をクリアし、情報業者の評点を高めるような収益力や将来ビジョンを備えることで、継続企業として次の世代も生き残る道が開けていくと思われます。提供:税経システム研究所
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2025/08/28 会計レポート
中小企業が身につけておきたい原価管理の知識(25)
1.はじめに本シリーズでは、経営・会計において欠かせない原価管理の考え方を紹介します。今回は、前回に続いて、富士フイルムビジネスイノベーション株式会社(以下、同社)による原価管理の取り組み例を説明します。開発活動で行われる原価企画は商品の収益性を高めるため大きな役割が期待されているものの、前回まで見たように、プロジェクトを実行する中でのコスト変動への対応が課題になっており、実際には原価企画だけで目標原価を達成するのは難しいことがあります。目標原価が未達だった場合、生産準備・量産段階で目標の達成度を継続的にフォローすることが重要になります。以下では、生産準備・量産段階における管理の進め方を紹介します。2.生産準備・量産段階で行われる目標の達成度管理同社では、企画、基本・量産設計が完了すると、生産準備、量産へと移行します。生産準備の段階では、生産出荷商品ごとに原価の目標額(この段階では、目標額は標準原価を表しています)が設定されます。その後、量産の段階に移ると、次年度が始まる前に生産しているすべての商品を対象に予算が編成され、標準原価が見直されます。これらの商品について、標準原価を用いた目標値の達成度管理が行われます。同社では、製造している商品が多岐にわたるため、代表的な商品を対象として製造原価の大部分を占める材料費と加工費の変動状況を月ごとにモニターすることで、目標値の達成度を確認しています。部品費は、工場で作成される原価情報を記載した部品表をもとに算出されています。加工費は、工数や実績賃率(「工場の総費用÷工場の総工数」で算出される比率)を用いて目標の達成度を把握しています(注1)。また、販売管理部門からの原価改善の要求によって、改善活動が始められることもあります。その時には、開発部門が中心となり、次期の開発商品の原価企画とともに、量産段階の改善活動を行うことが多いです。現状では、同社で2005年頃より始められた量産段階での新たな原価管理が定着してきています。販売開始後に生じる価格の継続的な下落は、時として年10%を超えることもあり、その対策が課題になっています。そのため、同社の原価管理では、製造するすべての商品を原価改善の対象として位置付け、部品費、加工費、その他の製造原価に関する改善の目標額を設定して、目標達成度の管理を行っています。目標達成度の管理では、役員がリーダーとなって、開発、生産、調達、生産技術の部門が連携しながら、週ごとにPDCA(Plan-Do-Check-Act)のサイクルを回した進捗状況の把握と問題点が見られた場合の改善策の検討を行っています。このように、同社では、原価企画を実行した後のフォローアップでも、原価に関する目標と実績の差異を明確にし、その差異を埋めるための課題への対応が重視されています。そのような実践を継続することで、目標の達成、そして商品の収益性向上へとつなげられています。以上紹介した同社の事例には、中小企業で原価管理を進める時にも参考になる点があります。まず、製品ライフサイクル全体を対象とした取り組みを行うために、原価見積で用いられたコストテーブル(第19回記事を参照)、コスト変動への対応時に使用された変動メニュー表(第24回記事を参照)のように、目標の進捗状況を把握できるようにするツール、および原価管理チームなどの組織体制(第20回記事を参照)を整えることが必要です。特に、経営陣のリーダーシップは、中小企業において原価管理を継続的に行ううえで欠かせません。次に、原価管理で得た教訓を次の活動に活かせるように環境を整えることも重要です。開発から量産に移行する中で、計画時の目標額と実行時に分かった実績額との間で大きな差異が生じることがあります。大きな差異が生じる場合、そもそも計画時の想定と実態とが乖離していることが考えられますので、その原因を究明するとともに、次の開発活動に活かせるように、プロジェクトの実行で得た情報を蓄積することも重要です。例えば、同社の変動メニュー表のような一覧表を作成することで、中小企業においても、原価の目標額を設定した後の実施段階で達成度を把握して、改善策をさらに検討するという一連の取り組みを継続して進めることが可能になります。参考文献谷武幸.2022.『エッセンシャル管理会計第4版』中央経済社.吉田栄介・伊藤治文.2021.『実践Q&Aコストダウンのはなし』中央経済社.<注釈>改善の検討時には、予算上で設定された賃率を用いて進捗状況を把握することが多いです。提供:税経システム研究所
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2025/08/28 経営レポート
退職に関わるトラブル回避(第11回) 内定取消し1
【サマリー】前回は、「希望退職募集」について解説いたしました。希望退職募集は、応募者が多すぎたり、予定数に全く満たないケースもあり、また会社として必要な人材が流出し、退職してもらいたい人材が残るリスクも留意する必要があることを確認いたしました。今回は、これから入社する予定の「内定者」について、入社前であれば内定を取消しできるか否かについて考察したいと思います。1.内定取消しとは我が国においては、人材の早期確保のため、在学中に採用内定通知をしたり、さらに内定を約する内々定を出すケースも多く存在します。ところが、入社までの間に予期しない事態により倒産のリスクを抱えるに至ったり、採用計画通りに進まなくなってしまった場合など、企業が内定を取消すケースがあります。このように、企業が内定者に対し出した採用内定を、その後一方的に撤回することを、一般的に「内定取消し」といっています。内定とは、法的には「始期付解約権留保付労働契約」として位置づけられ、最高裁(大日本印刷事件、電電公社近畿電通局事件)も、入社予定日を始期とし、内定から入社までの期間においては企業側に一定の解約権が認められるとしています。この契約形態が成立するためには、①内定通知以外に労働契約締結の特別な意思表示がないこと、②内定者が他の就職機会を放棄していることが重要です。複数内定を受けている場合や「滑り止め」内定などでは、労働契約の成立性が否定されることもあります。2.内定取消しの法的制約内定を出した時点で、一定の労働契約が成立するため、企業側が内定を取消すためには正当な理由が求められます。裁判所は以下のように要件を定義しています。「採用内定当時に企業が知ることができず、かつ知ることが期待できないような事実であり、それが合理的で、社会通念上相当と認められる場合に限り、内定の取消しが許容される。」このため、企業側の一方的な都合での取消しは原則として違法とされ、慎重な判断が必要です。3.内定取消しが認められる主な事由内定取消しが認められるのは、次のような事由が考えられます。卒業できなかった場合大学や専門学校などの卒業が内定条件となっている場合、卒業できなければ入社資格を満たさず、労働契約の前提が崩れるため、内定の取消しが認められます。健康上の重大な問題がある場合健康診断などにより、就業に重大な支障をきたす病気や障害が判明した場合、企業は業務遂行能力に基づき内定を取消すことができます。ただし、治療や配慮により就業可能な場合には慎重な判断が求められます。履歴書や申告内容に虚偽があった場合経歴や学歴、資格等について虚偽の申告が判明した場合は、信用性を損なう重大な背信行為とみなされ、内定取消しの合理的理由とされます。内定通知書・誓約書に記載された条件に違反した場合通知書や誓約書に記載された内定条件(例:違法行為を行わない、反社会的勢力と関係を持たない等)に違反した場合、企業の信頼を損ねる行為として取消しが可能となります。刑事事件を起こした場合内定後に刑事事件を起こした場合は、企業の社会的信用や業務運営に支障を来す恐れがあるため、内定取消しが裁判上も認められています。経営難による整理解雇に準ずる場合企業の経営状況が悪化し、やむを得ず人員削減を行う場合には、整理解雇の4要件(①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の妥当性)を満たすことで内定取消しも許容される場合があります。この際、在職社員よりも先に内定者の取消しを行うことには合理性があるとされています。したがって、経営状況の悪化に伴い人員整理が避けられない場合には、まず社内での経費削減などの対策を講じ、そのうえで内定者に対しても一定の補償案を提示し、誠実に協議を行うといった、一方的な内定取消しを避けるための努力を行うことが求められます。そうした対応を経てもなお合意が得られない場合に限って、内定の取消しが認められる余地があります。なお、整理解雇に関する判断基準の一つである「被解雇者の選定基準の合理性」に関しては、実際に雇用されている従業員ではなく、内定者に対して適用されることになります。この点について、インフォミックス事件(東京地裁判決平成9年10月31日)では、「すでに勤務している社員を対象とするのではなく、採用内定者を選定して内定を取消したとしても、特段に不合理とはいえない」と判断されています。すなわち、就労している社員を解雇するのではなく、内定者の採用を取消すという判断自体に、不合理性は認められないとされています。そもそも内定が成立していない場合労働条件の明示や合意がなく、正式な労働契約が成立していない段階(内々定など)であれば、企業は採用を見送る決定を行っても直ちに違法とはなりません。たとえば、最終面接の場で人事部長が「入社日は〇月〇日にしよう」と発言しただけでは、法的には内定が成立したとは認められず、その後に不採用としたことも違法とはされなかったケース(東京地裁判決平成23年11月16日)や、最終面接後に面接担当者が応募者へ電話で「採用したいので、翌日から出社してほしい」と伝えたものの、応募者が「翌日は出社できないので、出社可能な日を確認して連絡する」と返答し、その後何の連絡もなかった場合について、裁判所は内定が成立したとは認められないと判断したケース(東京地裁判決平成19年4月24日)があります。4.内定取消しの実務上の課題内定取消しは法的に可能な場合であっても、実務的には非常に慎重な対応が求められます。理由や対象者によっては社会的批判や訴訟リスク、企業イメージの毀損など、深刻な影響を及ぼす可能性があります。精神疾患や妊娠の場合精神疾患の場合、診断や就労可能性の予測が難しいため、内定取消しの正当性を判断するには慎重な医学的判断と法的検討が必要です。妊娠を理由とする内定取消しは、労働基準法上の労働者に該当しない内定者であっても、男女雇用機会均等法や育児介護休業法の趣旨から不当な差別的取扱いとみなされるリスクが高く、回避すべきです。内々定の取消し内々定の段階では法的に労働契約が成立していないとされるのが通例であり、取消し自体は違法とは限りません。しかし、求職者に対して労働契約の締結に強い期待を持たせていた場合には、信義則違反や不法行為責任が問われる可能性があります。実際、損害賠償が認められた判例も存在します(福岡地裁判決平成22年6月2日)。高卒者の内定取消し高卒採用は「一人一社制」が原則とされ、内定を取消した場合には翌年度以降の推薦枠が失われるなど、学校や公共職業安定所との信頼関係が損なわれます。大卒者以上に慎重な対応が求められる実務領域です。行政への報告義務と企業名公表のリスク内定取消しを複数年連続して行うなど、一定の基準を満たした場合には、企業名が厚生労働大臣により公表※される可能性があります(職業安定法施行規則17条の4)。企業の評判や採用活動への影響が大きく、安易な取消しは避けるべきです。また、新卒者の内定取消しについては、ハローワークに事前に通知することが義務付けられています(職業安定法施行規則第35条2項)。少しでも内定取り消しになるような事態を避けるためには、以下のような方策が考えられます。5.コロナ禍における内定取消しの実情新型コロナウイルスの感染拡大により、企業業績が悪化し、2020年~2021年の卒業生を中心に内定取消しが急増しました。実際、2020年3月卒業生では211件、2021年卒では136件の内定取消しが報告され、その多くがコロナ禍の影響によるものでした。ただし、経営難を理由にした内定取消しであっても、整理解雇の4要件を満たさない限り、正当とされない可能性があり、企業側の丁寧な対応が不可欠です。特に、内定者への事前説明、同意取得の努力、補償金提示といった対応が不十分な場合、違法性が問われるリスクが高まります。6.試用期間中の本採用拒否内定から入社に至る間だけでなく、入社後の試用期間中も「解雇権留保付き労働契約」と解されています。判例によれば、試用期間中の労働者を本採用しない場合、その判断は個々の契約内容に依存するものであることに注意を促しつつ、基本的には「解約権留保付き労働契約」として取り扱う考え方が確立されています。この留保解約権の行使は、通常の解雇よりも広く認められるものの、その理由として認められるのは、採用の時点では把握できなかった事実であり、そのうえで解約権の趣旨や目的に照らして、客観的に合理性があり、かつ社会常識に照らして相当と認められる場合に限られます。また、本採用を見送る(すなわち留保解約権を行使する)タイミングについては、契約書に「試用期間は6か月とし、終了後に正社員として登用する」「試用期間終了までに解雇できる」といった条項がある場合、それは「試用期間満了時に解雇できる権利がある」との趣旨であると解釈された例もあります。実務上は、期間の途中で本採用を拒否する可能性もあることを踏まえ、就業規則に「試用期間中であっても本採用を拒否することがある」といった文言を明記しておくことが望まれます。中途採用における試用期間の法的な扱いについては、新卒採用の場合と同様に考えられるものの、中途採用者の場合は、業務遂行能力や職務への適性に対する判断がより厳格となり、その結果、解約権の適用範囲も相対的に広くなります。また、試用を目的として契約期間を設定した場合においても、最高裁は「当該期間の満了により労働契約が終了するとの明確な合意があるなど、特別な事情がない限り、その契約は無期契約の試用期間として扱われる」と判断しています。実務上の留意点として、採用するかどうかに迷いがある場合に、ひとまず正社員として登用して様子を見るという対応は避けるべきです。なぜなら、試用期間中であれば本採用後よりも広い範囲で解約権の行使が認められているため、判断に迷う場合は、まず試用期間中の段階で解約権の行使を検討するのが適切です。7.まとめ内定取消しは、企業がやむを得ない事情を抱える場合であっても、法的・社会的なハードルが高く、慎重な判断が求められます。特に、契約が成立している場合は、社会通念上の相当性と合理的理由がなければ取消しは無効とされ、損害賠償請求の対象にもなり得ます。企業にとって重要なのは、取消しを回避する努力を最大限行うこと、取消しが不可避な場合は、事前の明示、説明責任の履行、誠意ある補償・対応を行うことです。これにより、トラブルや信頼毀損のリスクを最小限に抑えることができます。また、内々定の段階でも求職者に期待を抱かせる行為は慎重に行い、採用の意思決定過程を見直すことが望まれます。次回は内定取消しに関する裁判例について解説いたします。提供:税経システム研究所
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2025/08/25 審査事例
アスファルト舗装済で受け取った土地を駐車場用地で他へ賃貸した場合は、駐車場施設としての手が加えられた土地の貸付けであり、課税資産の譲渡等と判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】消費税法は「土地の貸付け」を非課税取引としつつ、一時的に使用させる場合その他の政令で定める場合(「駐車場その他の施設の利用に伴って土地が使用される場合」)には、課税対象としている。もっとも、駐車場としての利用であっても、その用途に応じる地面の整備又はフェンス、区画、建物の設置等をしていないとき、すなわち、土地に施設としての何らの手が加えられていないときは、例外的に、課税対象とされない(消費税法基本通達6-1-5の注書1)。本件の審査請求人はアスファルト舗装をして月ぎめ駐車場にしていた土地を、Aと事業用借地権設定契約を締結してAに貸付け、契約解約時に、土地は全面アスファルト舗装等に原状回復されて返還された。その後に、審査請求人は、この土地をBと賃貸借契約を締結してBに貸付け、Bは区画線や精算機など必要な設備を設置してコインパーキングとしての利用を開始した。審査請求人は税務署から消費税の無申告に対して決定処分等を受けたため、土地に駐車場施設として手を加えたのは自分ではないから、単なる土地の貸付であり、非課税取引である等と主張した。国税不服審判所は、審査請求人は、駐車場として利用されることに合意し、実際にその用途に応じるアスファルト舗装等がされた土地を貸し付けたのだから、「駐車場その他の施設の利用に伴って土地が使用される場合」に当たると判断した事例である。(平26.1.1~平27.12.31各課税期間の消費税等の各決定処分及び無申告加算税の各賦課決定処分・棄却・令和3年3月23日裁決(非公開))【主な争点】本件土地の貸付けは、消費税法施行令第8条に規定する「駐車場その他の施設の利用に伴って土地が使用される場合」に該当し、非課税でなく、課税資産の譲渡等に該当するか。【裁決の要旨】本件土地の状態について、賃貸借契約の締結時点において、駐車場用地としてのアスファルト舗装等がされ、駐車場としての用途に応じる地面の整備がされていたと認められる。審査請求人は、賃貸借契約に基づき、本件土地が無人時間貸駐車場として利用されることに合意し、実際に駐車場としての用途に応じるアスファルト舗装等がされた本件土地を貸し付け、Bは、必要な設備を設置して無人時間貸駐車場として本件土地を継続して利用していたと認められる。そうすると、審査請求人とBとの間の賃貸借契約に基づく本件土地の貸付けは、単なる土地の貸付けではなく、消費税法基本通達6-1-5の注書1に定める「駐車場としての用途に応じる地面の整備又はフェンス、区画、建物の設置等をしていないとき」に該当せず、消費税法施行令第8条に規定する「駐車場その他の施設の利用に伴って土地が使用される場合」に当たるというべきであるから、課税資産の譲渡等に該当する。本件土地の貸付けは、駐車場としての機能を備えた施設の利用に伴って土地が使用される場合に該当するものと判断される以上、原状回復に係るアスファルト舗装等の費用を審査請求人が支出していないことを理由に、本件の判断が左右されるものではない。【参照条文】消費税法第2条《定義》、第6条《非課税》消費税法施行令第8条《土地の貸付けから除外される場合》消費税法基本通達6-1-5《土地付建物等の貸付け》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2025/08/22 商事法レポート
「ストックオプション・プール」制度概要と発行までの流れ
1.はじめに現代のスタートアップエコシステムにおいて、優秀な人材の獲得と維持は当該スタートアップ企業の成長に不可欠な要素です。特に、創業後間もないステージにあるスタートアップ企業にとって、資金力に頼らずにインセンティブを提供できるストックオプション(募集新株予約権)は、強力な武器となります。本稿では、スタートアップ企業の資本政策に欠かすことのできないストックオプションの中でも、産業競争力強化法に基づく募集新株予約権(以下、「ストックオプション・プール」と称します)に焦点を当て、その制度概要から具体的な発行の流れについて解説いたします。2.ストックオプション制度の基本的理解と種類ストックオプションは、会社法でいう新株予約権(会社法第236条以下)に該当し、あらかじめ定められた価格(権利行使価額)で新株予約権を発行する会社の株式を取得できる権利そのものを指します。具体的には、発行会社が役員や従業員に対し、新株予約権を発行した後、付与を受けた者は一定期間内に権利行使価額を払い込むことで発行会社の株式を取得することになります。実務において、会社の役員や従業員に対してストックオプションを付与する場合は主に税制適格ストックオプションの構成を採用しますが、ここでいう税制適格ストックオプションとは、一定の要件(無償発行、譲渡制限、権利行使期間・限度額等)を満たすことで、権利行使時に課税はされず、株式売却時の譲渡益に対して課税されることになる新株予約権を指します(注1)。以上のように、ストックオプションは、企業側からしても現金流失を伴わずに優秀な人材の確保をできる可能性を高める制度であり、付与された者からしても業績が向上することは自社の株価の上昇につながる可能性をもつため、ストックオプションを保有する者に業績向上に対するモチベーションを与え、それが巡り巡ってストックオプション保有者の経済的利益をもたらすことにつながる好循環を産む可能性をもつ制度です。3.産業競争力強化法に基づく募集新株予約権の機動的な発行(ストックオプション・プール)制度の概要1.1総説非公開会社におけるストックオプションの発行は、優秀な人材確保のための重要なインセンティブ手段であるにもかかわらず、従来の会社法の下ではその機動的な運用が困難という課題を抱えていました。具体的には、募集事項の決定として、発行する募集新株予約権の内容を株主総会の特別決議で定める必要があり(会社法第238条第2項)、また取締役会に募集事項の決定を委任したとしても、その委任期間が1年間に限定される(会社法第239条第3項)ため、企業成長のタイミングに合わせた柔軟なストックオプションの発行が難しいと指摘がされていました。こうした実情を踏まえ、スタートアップ企業の経営陣がより機動的にストックオプションを発行し、優秀な人材を惹きつけ、育成できる環境を整備することを目的として、令和6年に会社法の特例として産業競争力強化法が改正され、「募集新株予約権の機動的な発行(ストックオプション・プール)」に関する制度(以下、「本制度」といいます)が創設されました。本制度は、従来の会社法がストックオプションの発行に際し、株主総会の関与を求めていたところ、その点に関する制約を緩和し、スタートアップ企業の経営陣にとって当該企業のステージに合わせて効果的な人材採用を展開できるような設計となっています。1.2本制度の効果:産業競争力強化法第21条の19第1項本制度は、非公開会社におけるストックオプションの発行に関して、以下の特例を設けることで、より機動的な運用の実現を目的としています。取締役会への委任期間の延長従来の1年間という制限を大幅に緩和し、設立後最長15年間にわたり募集事項の決定を取締役会に委任することが可能となります。これにより、企業の成長フェーズや人材ニーズの変化に合わせた、長期的な視点でのストックオプション戦略を策定・実行することが容易になります。委任事項の拡大従来は委任ができなかった権利行使価額および権利行使期間の決定についても、取締役会に委任できるようになります。これにより、企業価値の上昇後の株価に即応した権利行使価額を設定するなど柔軟なストックオプションとすることが可能となり、インセンティブとしての魅力を高めることができます。以上のことから、本制度を活用することは、特に事業環境の変化が速く、優秀な人材の獲得競争が激しいスタートアップ企業にとって、戦略的な人材マネジメントを行う上で極めて重要な意味を持つものといえます。2.1本制度利用のための要件:適用対象となる企業と求められる条件本制度がスタートアップ企業の成長を促進するという目的をもつため、本制度を利用するためには、以下の要件を全て満たす必要があります。設立の日以降の期間が15年未満であること本制度は、創業期の成長フェーズにあるスタートアップ企業を主な対象としています。そのため、企業の設立から15年未満(注2)であることが要件となります。この期間を超過した場合、本制度を利用して募集新株予約権を発行することはできません。非公開会社であること本制度は、会社法において取締役会決議による機動的な新株予約権の発行が認められていない非公開会社を対象としています。これに対し、公開会社の場合、会社法は取締役会決議による発行を可能としているため、本制度を利用するメリットがなく、確認の対象にはならないとされています(注3)。経済産業大臣および法務大臣の確認を受ける必要があること本制度の適用を受けるためには、事前に経済産業大臣および法務大臣による確認(以下、「確認」といいます)を受ける必要があります。この確認は、後述する省令の要件を満たしているかを審査するものであり、本制度の適正な運用を担保する重要なプロセスです。省令の要件を満たしていること本制度を利用して募集新株予約権を発行するためには、産業競争力強化法に基づく募集新株予約権の機動的な発行に関する省令(以下、「省令」といいます。)に定められた以下の要件を全て満たしている必要があります。この省令要件は、確認後においても、当該募集新株予約権の発行のそれぞれの時点で満たされていることが求められます。<省令第1条第1号=IPOやM&AによるEXIT(出口戦略)を想定している企業であることの確認>本制度は、将来的なEXITによる企業価値向上と、それを通じた人材へのインセンティブ付与を促進する目的を持つため、以下のいずれかの要件を満たし、明確なEXIT戦略を有していることが求められます。総議決権の3分の2以上の株主と上場や組織再編等の合意(上場等合意)がなされていること(理由:多数の株主が企業の将来的な上場やM&AといったEXIT戦略に賛同していることを示します。)投資事業有限責任組合(LPS)から出資を受けていること(理由:LPSは、投資先のEXITによるリターンを追求する性質を持つため、LPSからの出資はEXIT志向の表れと考えられています。)残余財産分配を内容とする種類株式または取得条項を内容とする種類株式が登記されていること(理由:これらの種類株式は、将来的な企業売却や上場時における株主間の利益調整を目的として発行されることが多く、EXITを前提とした資本政策がとられていることを示します。)<省令第1条第2号=ストックオプションの割当先が、人材確保の目的を達成するためであることの確認>本制度は、優秀な人材確保を目的とするため、確認申請時点において、以下のいずれかの対象者への割当てであることを表明する必要があります。発行会社またはその子会社の会社役員に対する割当てであること。発行会社またはその子会社の使用人(従業員)に対する割当てであること。発行会社に対して役務を提供する者(外部の人的リソース)に対する割当てであること。<省令第1条第3号=既存株主との間で将来発行するストックオプションから得られる利益に対する利益調整がされていることの確認>既存株主の利益を不当に害さないよう、以下の合意が求められます。新株予約権の発行条件や手続について、総議決権の3分の2以上の株主と合意(新株予約権発行合意)があること(理由:将来的な希薄化や価値変動の可能性について、主要な株主が理解・納得していることを確認する意味を有しています。)<省令第1条第4号=当該取締役会への委任が会社法によるものではなく、産業競争力強化法の規定による委任であることを株主が理解していることの確認>株主総会において、本制度により募集新株予約権の募集事項の決定を委任する場合の株主総会決議(以下、「特例委任決議」といいます。)を行う際に、本制度が会社法上の一般規定ではなく、産業競争力強化法に基づく特例であることを明確に説明することが求められます(理由:株主が制度の法的根拠と特例の性質を正確に理解した上で意思決定を行うことを保証するためであり、確認申請時点において、当該事項を表明すれば足ります。)。2.2確認の申請手続本制度を利用するために必要な大臣の確認を受けるためには、所定の申請書に加えて、一定の添付書類を提出する必要があります(注4)。具体的な必要書類は、経済産業省や法務省のウェブサイト(注5)で確認することが重要です。4.本制度を利用して募集新株予約権を発行する場合の流れ本制度を利用してストックオプションを発行する際には、以下の流れで進行します。特例委任決議株主総会において、本制度に基づく特例委任決議を行います。この決議では、以下の事項の決定することになります。その委任に基づいて募集事項の決定をすることができる募集新株予約権の内容(ただし、権利行使価額および権利行使期間を除く)。金銭の払い込みを要しないこととする場合には、その旨。上記以外の場合(金銭の払い込みを要する場合)には、募集新株予約権の払込金額の下限。前述のとおり、株主総会では、取締役会への委任が会社法によるものではなく、産業競争力強化法の規定による旨を説明することも必要です。なお他の要件を満たすことでいわゆる書面決議による株主総会の決議を省略することも可能となります。取締役会による募集事項の決定および株主への通知特例委任決議に基づいて、取締役会が以下の募集事項を決定します。権利行使価額および権利行使期間を含む新株予約権の内容。その他、募集新株予約権の募集に必要な事項。この募集事項を決定した後、割当日の2週間前までに、全ての株主に対して当該募集事項を通知する必要があります。これは、株主が当該ストックオプションの発行について事前に情報を得て、意見を述べる機会を確保するためです。以上のことから、募集事項の決定日と割当日の間には、最低でも2週間以上の期間を空ける必要があるとされています(注6)。割当決定/総数引受契約承認決議その後の流れについては、割当先の決定や総数引受契約の承認を行い、割当日をもって、当該ストックオプションの割当の効力が生じ、当該ストックオプションの発行は完了することになります(注7)。5.まとめ本制度は、非公開のスタートアップ企業が優秀な人材を惹きつけ、その成長を加速させるための画期的な仕組みです。会社法の特例として、投資契約等の契約ではなく、法規範として制度化されたことは、スタートアップ企業への支援に対し、本気で取り組んでいることが分かり、良い傾向にあると感じています。他方、本制度の利用には、経済産業大臣および法務大臣の確認に加え、株主の利益の確保に配慮しつつ産業競争力を強化することに資する場合として経済産業省令・法務省令で定める省令要件(EXIT戦略の明確化、人材確保目的の表明、既存株主との利益調整、制度内容の株主への説明)の遵守が制度利用を通じて求められており、スタートアップ企業にとっては注意深く管理しなければならない重要な規律となります。本制度の利用によって、スタートアップ企業の成長が速まることを期待し、今後の実務動向に注視していきたいと思います。<注釈>これに対し、税制非適格ストックオプションは、権利行使時に給与所得として課税され、その税率は最高で約55%となります。この他にも、権利行使時に課税されることということは実際に株式を売却して金銭を取得する前に納税することになるため、資金確保の面からも税制適格ストックオプションの方が役員・従業員にとって使い勝手が良いものとなります。株式公開までの基本的な期間や規制改革推進に関する中間答申における発言から本制度の期間が定められた旨を指摘するものとして、寺井大貴ほか「産業競争力強化法に基づく募集新株予約権の機動的な発行(ストックオプション・プール利用の会社法特例)に関する制度の解説」商事法務2391号(2025年)28頁。経済産業省・法務省「産業競争力強化法に基づく募集新株予約権の機動的な発行に関するQ&A」Q1-1前掲注3のQ1-6経済産業省「産業競争力強化法に基づく募集新株予約権の機動的な発行に関する制度」https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stockoptionpool/index.html前掲注2・33頁なお、前掲注2・34頁では、取締役会非設置会社においては、割当先の決定や総数引受契約の承認自体を株主総会決議で行うことになることから、定款に別段の定めを設けることで、新株予約権の割当ての決定や総数引受契約の承認権者を株主総会以外(例:代表取締役や特定の取締役)に委任することも検討する必要がある旨の示唆がされています。提供:税経システム研究所
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2025/08/21 会計レポート
中小企業向け国際財務報告基準第3版(3)
1.はじめに本シリーズでは、2025年2月に国際会計基準審議会(InternationalAccountingStandardsBoard:IASB)が公表した「中小企業向け国際財務報告基準(第3版)」(以下、「中小企業向けIFRS(第3版)」という)を説明しています。今回は、第29章「法人所得税(IncomeTax)」(IAS第12号に相当する)を解説します。2.範囲法人所得税には、課税所得にもとづくすべての国内外の税金が含まれます。また、法人所得税には、子会社、関連会社またはジョイント・アレンジメント(注1)から報告企業への分配について支払われる源泉徴収税なども含みます(29.1項)。法人所得税には、当期税金と繰延税金があります。3.当期税金の認識と測定当期税金とは、ある期の課税所得または税務上の欠損金について、納付すべきまたは還付される税額をいいます。日本でいう法人税等です。当期および過年度の課税所得に対する未払税金については、当期税金負債(未払法人税等)を認識します。当期および過年度の支払額がこれらの期間の支払うべき額を上回る場合、その超過額を当期税金資産(未収還付法人税等)として認識します(29.4項)。過年度に納付した税金の還付を受けるために繰戻控除ができる税務上の欠損金については、当期税金資産(未収還付法人税等)を認識します(29.5項)。当期税金負債・当期税金資産は、報告日までに制定されている、または実質的に制定されている税率と税法を用いて、それぞれ支払う・回収すると見込まれる金額で測定します(29.6項)。4.繰延税金の認識(1)一般認識原則資産と負債の認識には、企業がその資産の帳簿価額の回収、または負債の決済を予想していることが内在しています。帳簿価額の回収または決済により、将来の納税額が、回収または決済が税務上の影響を及ぼさない場合よりも大きくなる可能性が高い場合は繰延税金負債を、小さくなる可能性が高い場合は繰延税金資産を認識します。したがって、課税所得に影響を与えずに資産の帳簿価額を回収、または負債を決済すると予想される場合は、繰延税金は生じません(29.7項)。将来の期間における回収可能額について繰延税金資産が、支払額について繰延税金負債が認識されます。これらの税金は、財政状態計算書における企業の資産と負債の帳簿価額と、税務当局が資産と負債に帰属させている金額との差異(一時差異という)、税務上の欠損金、または繰越税額控除から生じます(29.8項)。次のような場合に一時差異は生じますが、これらの一時差異のすべてが繰延税金資産、繰延税金負債を生じさせるわけではありません(29.13項)。①企業結合で取得した識別可能な資産と引き受けた負債が公正価値で認識されているが、税務上では公正価値で認識されていない場合②資産を再測定したが、税務上では再測定されない場合(2)将来加算一時差異(繰延税金負債)と将来減算一時差異(繰延税金資産)すべての将来加算一時差異について繰延税金負債を認識しますが、繰延税金負債が次のいずれかから生じる場合は、繰延税金負債は認識されません。①のれんの当初認識②企業結合ではなく、かつ、取引時に会計上の利益にも課税所得(税務上の欠損金)にも影響を与えない取引における資産または負債の当初認識(注2)繰延税金資産は、将来減算一時差異を利用できる課税所得が生じる可能性が高い範囲内で、すべての将来減算一時差異について認識されます。ただし、上記②の当初認識に該当する場合は、繰延税金資産は認識されません(29.16項)。子会社、支店、関連会社に対する投資およびジョイント・アレンジメントに対する持分に関連して生じる将来加算一時差異については繰延税金負債を、将来減算一時差異については繰延税金資産を認識します(29.14項)。5.繰延税金と当期税金の測定繰延税金資産・負債は、報告日までに制定されている、または実質的に制定されている税率と税法にもとづいて、繰延税金資産が実現する期、または負債が決済される期に適用予定の税率で測定されます(29.27項)。なお、当期税金資産・負債(未収還付法人税等・未払法人税等)、繰延税金資産・負債を現在価値に割り引くことは認められていません(29.32項)6.表示と開示財政状態計算書では、繰延税金資産はすべて非流動資産に、繰延税金負債はすべて非流動負債に分類されます(29.36項)。当期税金資産(未収還付法人税等)と当期税金負債(未払法人税等)については、企業が金額を相殺する法的強制力のある権利を有しており、かつ、純額で決済するか、資産の実現と負債の決済を同時に行うことを意図している場合に限り、両者を相殺します(29.37項)。繰延税金資産と繰延税金負債については、以下の場合に限り、両者を相殺します(29.37A項)。①当期税金資産と当期税金負債を相殺する法的強制力のある権利を有しており、かつ、②繰延税金資産と繰延税金負債が、同一の税務当局が次のいずれかに対してされた法人所得税に関するものである同一の納税主体異なる納税主体ではあるが、重要な額の繰延税金資産の回収または繰延税金負債の決済が見込まれている将来の各期間において、当期税金資産(未収還付法人税等)と当期税金負債(未払法人税等)を純額で決済するか、またはこれら資産の実現と負債の決済を同時に行うことを意図している納税主体(注3)開示については、財務諸表の利用者が、当期税金と繰延税金の内容や財務的影響を評価できるような情報を開示します(29.38項)。税金費用(収益)の主要な内訳を別個に開示することとされており、この内訳には当期税金費用(収益)、一時差異の発生と解消に係る繰延税金費用(収益)の額などがあります(29.39項)。<注釈>ジョイント・アレンジメントは、複数の当事者が共同支配を有する取り決めです。日本基準には、②に相当する規定はありません。シンプルな例としては、連結グループ全体の繰延税金資産の合計が100、繰延税金負債の合計が70であれば、これらを相違して繰延税金資産30にするという感じです(納税制度は各国で異なりますので、完全かつ正確な説明ではありません)。なお、日本基準では、異なる納税主体の繰延税金資産と繰延税金負債の相殺表示は、連結納税制度が採用されている場合の連結納税グループ間での相殺を除いて、認められていません。提供:税経システム研究所
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2025/08/18 審査事例
損金算入が認められなかった福利厚生費について役員給与に該当するとして行われた源泉所得税の処分が取り消された事例(全部取り消し)
【裁決のポイント】課税庁には処分は適法であるという立証責任がある。もっとも、どういう証拠がどのように判断されるかは、納税者も意識すべきであり、きちんと帳簿をつけることが基本である。同族会社である審査請求人が、各事業年度に福利厚生費として計上して損金の額に算入した金額について、税務署は、支払先や内容の分かる資料の提示がなく、損金の額に算入できない、同額が簿外の現金による代表者への賞与(役員給与)と推認できるとして、源泉所得税の納税告知処分等を行った。審査請求人は、福利厚生費は支払っていないが、現金を代表者や親族の資金と区別して会社で保管しているから、賞与に該当しないと主張した。国税不服審判所は、本件各福利厚生費を損金の額に算入することはできないが、代表者がこれを何らかの形で取得したことが課税庁により立証されていないとして、役員給与に該当を前提とした源泉所得税の納税告知処分、不納付加算税の賦課決定処分の全部を取り消した事例である。(平成30年2月、平成31年2月及び令和2年2月の各月分の源泉徴収に係る所得税等の各納税告知処分並びに不納付加算税の各賦課決定処分、並びに令和2年3月から令和3年1月までの各月分の源泉徴収に係る所得税等の各納税告知処分・全部取消し・令和5年11月22日裁決(非公開))【主な争点】本件各福利厚生費は損金の額に算入されるか。また、本件各福利厚生費は代表者に対する給与等に該当するか。【裁決の要旨】本件各福利厚生費は、支出及び費途の確認ができず、審査請求人の事業との関連性も確認できないから、請求人の収益獲得のために費消された財貨及び役務の対価とも、請求人の事業の遂行上必要とされるものとも認められない。また、審査請求人に発生した資産の減少とも認められないから、損金の額に算入されない。本件各福利厚生費が代表者に対する給与等に該当すると認められるためには、代表者に対する金銭の給付又は経済的利益の供与が存在したこと、すなわち、代表者がこれを何らかの形で取得したことが積極的に立証されるか、少なくともそれを推認するに足りる事実が立証されることが必要であるところ、原処分関係資料等によっても代表者が審査請求人から各福利厚生費に係る金銭の給付を受けた事実又はその経済的利益を享受していた事実やそれらを推認するに足りる事実は認められない。したがって、本件各福利厚生費が代表者に対する給与等に該当するとは認められない。原処分庁は、本件各福利厚生費の相手勘定科目は現金勘定であったとみるのが相当であり、審査請求人の資金と代表者及び審査請求人の取締役である代表者妻の個人の資金とが混交している可能性があることから、本件各福利厚生費の計上によって帳簿外の現金が生じたことが否定できないことなどを踏まえ、合理的な使途の説明もない当該帳簿外の現金は代表者に対する賞与と推認できる旨主張する。しかしながら、本件各福利厚生費に係る一連の会計処理により、本件各福利厚生費に相当する帳簿外の現金が生じたことが確たる事実として認めることはできないから、原処分庁の主張には理由がない。給与等に該当することを前提とした本件各納税告知処分は違法であることから、その全部を取り消すべきである。【参照条文】法人税法第22条(第二款各事業年度の所得の金額の計算の通則)本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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関連項目 審査事例
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