実務情報
4297 件中 (1-10件表示)
-
2026/02/27 経営レポート
企業探検家 野長瀬先生の経営お悩み相談室(第23回)
毎回いろいろな企業経営者のお悩みをテーマとし、その悩みを解決する糸口を企業探検家・野長瀬裕二先生がアドバイス形式で解説していきます。筆者が見てきた様々な企業の成功例や工夫の事例、そこから見えてくる普遍的なノウハウを紹介し、各回のテーマの悩みに寄り添う情報をお伝えします。<相談内容>当社は、祖父の代から東北地方の県庁所在地でニット製品の製造を行っている中小企業です。これまで、商社経由で百貨店・専門店で製品販売を行ってきました。1着丸ごと立体的に編み上げるホールガーメント技術を取り入れ、地場ニット企業として生き残っています。しかし、商社ルートの売上高が大手アパレルチェーン店との競合で低下を続けています。私の代になってから自社製品の直販を工場併設店舗で始めましたが、トータルの売上高は微減状況を続けています。今、工場が町中と郊外に二か所あり、そのうちどちらかに仕事を集約し、空いた方の工場を不動産として有効活用しようと考えています。不動産事業についてどのように考えればよいでしょうか。■ニット業界の状況地場のニット産業は、大手チェーン店の成長もあり、全国的に厳しい状況にあります。ここ数年、廃業の事例も増えている業種です。御社の場合、自社製品の開発を行い、直販しているということで努力している地場企業と言えると思います。御社は、国内メーカーが開発した縫い目のないホールガーメント技術を取り入れるなど努力していますが、大手チェーン店も同様の機能を持つ設備を海外協力工場に導入しています。大手は、企画から製造・販売までを統合したSPA(SpecialitystoreretailerofPrivatelabelApparel)という業態を確立してグローバルに販売体制を整備しています。商社を介した既存の間接販売ルートは衰退しており、さらに直接販売ルートを強化するには企画・開発力が問われます。また、商社ルートの製品と競合した自社製品を販売することは業界慣習的に難しいです。そのため、用途や機能の面で商社ルートの製品とは明確に異なるものを企画・開発する必要があります。その意味では、この市場環境下でニット事業が微減で踏みとどまっているのは、御社は努力している中小企業であると言えます。■繊維系企業の第二創業のパターン繊維系の産業には、社歴が長い企業が多く、編物、織物、紡績など様々なものがあります。すでに淘汰された企業も数多くありますが、新事業により事業構造を変革し、生き残っている事例から学ぶ必要があります。ここでは、経営情報が公開されているSUMINOE株式会社、日清紡ホールディングス株式会社、帝国繊維株式会社、サイボー株式会社の事例を見てみましょう。表1SUMINOE株式会社の事業構造の変化祖業現在の事業構造、2025年5月期1883年、堺緞通(床敷物)で創業1891年、旧議事堂に高級カーペット納入鉄道、自動車用シート、内装材納入インテリア事業(カーペット等)自動車・車両内装事業(内装材):収益の柱機能資材事業(ホットカーペット等):赤字表1に示されている通り、SUMINOEは床敷物で創業した後、高級カーペット分野で地位を確立し、その後、繊維や素材の取り扱い能力を生かして自動車・車両内装事業に参入しています。現在の収益の柱は、自動車・車両内装事業となっていますから、製造業としての第二創業に成功していると言えるでしょう。表2日清紡ホールディングス株式会社の事業構造の変化祖業現在の事業構造、2025年5月期1907年、紡績業で創業、高分子に進出1995年、日清紡都市開発設立(不動産)日本無線、新日本無線子会社化無線・通信(日本無線等):売上最大マイクロデバイス(日清紡MD):赤字ブレーキ(日清紡ブレーキ)精密機器(日清紡メカトロニクス)化学品(日清紡ケミカル)繊維(日清紡テキスタイル)不動産(日清紡都市開発):収益の柱表2に示されている通り、日清紡HDは、短繊維を撚り合わせて長繊維を作る紡績業で創業後、高分子技術を取り入れて化学繊維に力を入れてきました。M&Aを繰り返し、無線・通信事業、素材技術を応用したブレーキ事業等に多角化し、1995年に不動産子会社を設立しています。事業規模は無線・通信事業が大きいのですが、決算を見る限り収益の柱は不動産事業です。なぜ不動産事業に参入するかというと、工場等の遊休不動産の活用の余地が事業のリストラクチャリングを通じて生じたからです。グループが保有する遊休資産の活用や事業所跡地の再開発、オフィス・商業施設の賃貸、宅地分譲に取り組んできました。東京都足立区の西新井社宅跡地を賃貸マンションへ再開発した事例、古い事務所ビルをオフィスビルへ再開発した品川シティビルの事例等があります。歴史ある企業の場合、利便性の高い地域に遊休不動産を保有している場合もあり、その利活用の余地があったのだと言えるでしょう。表3帝国繊維株式会社の事業構造の変化祖業現在の事業構造、2025年5月期1884年、紡績業で創業1902年、消防ホース参入1981年、不動産業に進出防災(消防ホース等):収益の柱繊維(高機能炭素素材等)不動産(SC向け土地賃貸等)表3に示されている通り、帝国繊維の場合も紡績業としての創業ですが、その後、消防ホースというニッチ市場を見つけ、事業機会をつかみ現在の収益の柱としています。不動産事業は、工場跡地をイオンタウン大垣にする等の遊休資産活用を行ったものです。不動産業も収益を計上していますが、利益構造的には製造業として生き残っていると言えます。表4サイボー株式会社の事業構造の変化祖業現在の事業構造、2025年5月期1948年、紡績業で創業、化繊に進出1984年に不動産業に進出繊維事業(原料、ユニフォーム等):赤字不動産業(商業施設、病院施設):収益の柱その他(ゴルフ練習場)表4に示されている通り、サイボーは紡績業として創業し、その後、ユニフォームに力を入れてきたのですが、繊維事業は収益面で苦しいようです。現在の収益の柱は不動産事業となっています。不動産事業では商業施設・病院施設に埼玉県川口市の遊休土地を貸し出しています。商業施設としては、イオンモール川口前川、イオンモール川口があり、病院施設としては、かわぐち心臓呼吸器病院、かわぐちレディースクリニック、2021年に医療モールとしてメディパーク川口前川Ⅱを開発し、支援事業としてビルメンテナンス業務も行っています。これらの事例を見てわかるとおり、戦前・戦後に創業した繊維産業は、二度のオイルショックを経て、他産業より先に縮小し、多角化を進めてきたのです。事業リストラクチャリングの一環で、工場や社宅、ビル等の遊休資産が生じ、その有効活用策として不動産事業が立ち上がっています。ここに掲げた4事例のうち、1.製造分野でより大きい市場をつかんだ事例(SUMINOE)、2.製造分野の新事業も確立されているが不動産事業が収益の柱となっている事例(日清紡HD)、3.不動産業にも進出しているが製造事業の方が収益の柱となっている事例(帝国繊維)、4.不動産業が主力事業となっている事例(サイボー)と分類できます。このように繊維産業では、不動産事業で稼いでいる事例が一定数あることが見て取れます。■不動産をどのように活用するかここまで述べたように繊維産業では不動産業に進出して成果を上げている事例が多いということが言えるでしょう。一方、御社が不動産事業をうまく立ち上げるには課題がいくつかあります。表5不動産事業を立ち上げる際の諸課題1.東北地域の人口減少への配慮2.用途の決定(商業、住宅、他)3.ビジネスパートナーの選定まず、御社は不動産事業に目を向けるのが時期的には少し遅かったかもしれません。先に記した不動産に進出している3事例を見ると、その進出時期は、繊維産業の退潮とまだ日本の人口成長の重なっていた1980年代から1990年代に集中しています。この時期に長期の賃貸借契約を結び、そこで得た資金を県外の成長地域の不動産に投入しておけば、今頃キャピタルゲインを得ることが出来ていたでしょう。今遊休資産の有効活用により不動産業を始める際に重要なのは、御社の立地している東北地方の県では人口減少が全国トップクラスで生じている現状を勘案することです。宮城県仙台市とその周辺に東北の人口は引き寄せられており、それ以外の地域は急減が続いています。御社は、仙台市ではありませんが県庁所在地に立地しているということでまだ人口の減り方は相対的にマイルドです。しかし、投資に対するリターンの面で、人口状況に依存する事業計画の場合リスクがあります。そのリスクに配慮して事業展開していくことになります。長期的収益が確実に見込める場合ですと、「大きく投資して大きく儲ける」というスタイルの事業計画が可能です。一方、リスクが見込まれる場合は、他の企業と連携してリスク分散していくなどの投資方法を考慮することが有益となります。次に考えるべき課題は、商業施設、住宅等の用途から、地域ニーズに合致するのはどれかを明らかにする必要があるということです。サイボーの事例のように、ショッピングモール等に土地を貸して、長期契約を締結し安定した地代が長期的に入ってくるのは魅力です。サイボーが不動産事業に進出していた当時、埼玉県南部は人口が増加していて、減少傾向が見られるようになったのは最近のことです。御社の現在とは事業環境が明らかに異なっています。また土地の大きさと立地次第で、何が向いているかは異なってきます。二つの工場のどちらが、どの事業に適しているかを専門家とディスカッションして考えていく必要があります。また、商業施設の場合、テナントの競争力があるかどうかに依存します。人口減少が進む地方圏では、中小の地場スーパーの廃業も各地で見られます。それに対して、食品スーパー大手は連結売上高1兆円を目指した戦いをしています。国内の人口が減少していく中で、勝ち組として生き残る企業と組まなければなりません。市場競争に敗れて倒産する脆弱なテナントを入れてしまうと収入が途絶えてしまうので、そこに注意が必要です。住宅の分譲や賃貸を選ぶ場合は、高齢化社会では徒歩圏に色々な施設が集中していること、集合住宅の場合は共有部分の機能や公共機関との連携が優れていることが魅力となります。最終的には、人口減少地域においても人が集まるような魅力を持つ施設を作るためのビジネスパートナーを連れてくることが最も重要となります。繊維産業による遊休不動産の利活用には成功例が多数ありますので、それらの成功要因を理解し、その上で表5に示される諸課題を意識して新事業を検討することが求められるでしょう。提供:税経システム研究所
続きを読む
関連項目 経営レポート,企業経営 -
2026/02/27 経営レポート
昨今労務事情あれこれ(219)
1.はじめにスマホひとつで簡単に借りることができるシェアサイクルが街角で多く見られるようになり、日頃から便利に使っている方もいらっしゃることと思います。自転車は老若男女を問わず手軽に扱える乗り物でもあり、企業においても、通勤時に最寄りの駅や職場まで自転車を利用している従業員は少なくないと思われます。自転車は法令上「軽車両」、つまり車両の一種です。免許は不要でも自転車乗車中は「ドライバー」。しかし、あまりに手軽すぎるが故に、傘やスマホを手にした片手運転や信号無視、歩道を高速で走り抜けるなど、マナーや法令遵守の自覚なき自転車ドライバーを多く目にすることは残念なことです。自転車というと、これまでは歩行者と同様に「交通弱者」として保護され、常に事故の被害者となってしまうようなイメージもありました。しかし、近年の電動アシスト自転車の普及に伴い、従来よりも速い速度での走行が可能となったことや車体の重量が大きく増加したために、停止中の自動車や歩行者との接触・自転車同士の衝突時には双方に与えるダメージが大きくなり、重大事故の加害者となるケースも多くみられています。このような状況に伴い、令和5年4月の道路交通法改正により、いわゆる「ながらスマホ」の禁止と罰則化、自転車乗車時のヘルメット着用(努力義務)などが行われてきましたが、令和8年4月1日からは自転車の交通違反に対し「交通反則通告制度」が開始されます。自動車を運転する方の中には、駐車違反や一時停止違反などの軽微な交通違反で青色の告知書(青切符)を交付されたという経験がある方もいらっしゃると思いますが、自転車に対しても、違反時には同様の取り扱いが開始されることになります。それに伴い、「信号無視」「一時不停止」「右側通行」など歩行者や他の車両にとって危険性・迷惑性が高い違反行為は青切符の交付により検挙される可能性があります。今回の自転車による交通違反の取り締まり厳格化をきっかけとして、通勤時や業務中などに事故が発生した場合をはじめ、注意しなければならない点がいくつか浮かびあがってきます。企業側としてどんな点に注意をしなければならないかを考えてみたいと思います。2.自転車事故の発生状況警察庁が発表した交通事故に関する統計(注1)によると、令和6年に発生した自転車関連事故件数は67,531件であり、10年前(平成26年)の約109,269件と比べると約40%減少しています。一方で、交通事故全体に占める自転車関連事故の割合は23.2%(令和6年)となっており、令和に入って以降は、毎年、交通事故件数の2割以上を自転車関連事故が占めるという状況が続いています。また、令和6年に発生した「自転車乗用中の死亡・重傷事故」のうち約75%(5,375件)は自転車側に法令違反があり、その態様は80%以上が「出会い頭」「右左折時」といった交差点での事故となっています。自社の従業員が事故の被害者となった時のことはもちろんですが、自転車を使用した業務中や自転車通勤の際に事故の加害者となってしまった時の対応も想定しておかなければなりません。どのような対応を考えておくべきなのでしょうか。3.自転車事故にまつわる企業としての対応【自転車を使用して業務中に加害者となった事故の場合】従業員が自転車を使用して業務を行っていた際に人身・物損など第三者に損害を与えてしまった場合には、会社は民法に定める「使用者責任」(715条)を問われることになります。使用者責任は、非常に幅広く適用されるものとされており、仮に会社側に何の落ち度がなかったとしても、多くの判例において免責は認められていません。例えば、日頃、徒歩や公共交通機関による移動で業務を行っている従業員が、会社に知らせることなく出先でシェアサイクルを利用して移動していた時に事故の加害者となった場合でも、客観的に見て「業務に関連する行為」とされれば、会社は損害賠償を免れることができません。死亡事故などの場合、5,000万円を超える賠償が命じられた例もありますので、もし、自社が使用者責任に基づいて賠償する義務を負うとなれば金銭的にも甚大なダメージを負うことになります。こうした事態を想定して、自転車事故でも賠償をカバーできる保険に加入しておくだけでなく、日頃から従業員にも十分に安全意識を高める教育を徹底しておきましょう。【自転車通勤の際に事故の加害者となった場合】先述の通り、自転車は法令上「軽車両」であることから、走行に当たっては多くのルールが定められているのですが、気軽な乗り物故にルールやマナーの周知が徹底されておらず、それが原因で事故の加害者となってしまうことがあります。通勤途中に第三者に損害を与えてしまった場合、上記の「使用者責任」が問われることになるのかが気になるところです。一般的には通勤時(=業務外)であれば、第一義的には当事者である従業員に賠償責任があると考えられます。しかし、当事者である従業員が十分な賠償をすることができないとなった場合に、被害者が「使用者責任」を持ち出して会社側に賠償を求めてくる、という事態は十分に考えられることです。会社が賠償に応じるか否かはその時々の判断となりますが、そもそも、従業員が金銭的な賠償を十分にできない…といった事態を避けるため、自転車通勤を行う従業員に対して、相応な金額の「個人賠償責任保険」に加入することを条件に、自転車通勤を許可する等の方策が考えられます。【業務中・通勤中に事故の被害者となってしまった場合】業務中の事故により従業員がケガを負ってしまった場合は労働災害として、労災保険の各種給付が行われます。また、自転車通勤をしている従業員が通勤途中で事故の被害者となった場合も、原則的には通勤災害として労災保険の各種給付が行われます。この場合、通勤災害として認められるためには労災保険法で明示されている「通勤」の定義に当てはまるかどうかによって判断されることになります。労災保険における「通勤」の定義「就業に関し」「①住居と就業の場所との間の往復②就業の場所から他の就業の場所への移動③住居と就業の場所との間の往復に先行しまたは後続する住居間の移動」を「合理的な経路および方法により行うこと」をいい、業務の性質を有するものを除く一言でいえば、「自宅と会社の往復以外は通勤として認められない」が原則ですが、実際の取り扱いは、出退勤途中に病院に立ち寄る、生活必需品の購入のためスーパーに立ち寄る等の経路の逸脱については、通院や買い物終了後に通常の経路に戻れば、戻った後は再び「通勤」として認められることとなっています。一方、いわゆる「寄り道」として、退勤時に習い事やスポーツジムなどに立ち寄る、または飲酒等により経路を逸脱した場合については、その後に通常の経路に戻ったとしても、逸脱後は通勤とは扱われません。そもそも飲酒後の自転車運転は飲酒運転ですので絶対NGです。また、自転車通勤をするか否かに関わらず、会社に通勤経路等を届出させることは通常行われていることと思いますが、仮に、ここで届出をした経路と違う場所で事故に遭ったとしても、それが一般的に考えうる合理的な経路であれば通勤災害として認められることになります。また、通勤手段として公共交通機関を届出していた社員が勝手に自転車通勤をして被害にあったような場合でも、その経路が上記の定義に合致していれば通勤災害として認定されます。(届出していた経路と方法で通勤していなかったという別の問題は残りますが、それは通勤災害の判断とは無関係です)さらに、通勤や業務で自転車を使用する際の社内規定を整備しておくようにしましょう。以下のような項目を中心に明文化しておくことにより、万一事故が発生した場合の責任の所在が明確になります。1.運行管理自転車の使用が認められるのはどのような場合か。その場合の手続きはどのようにするのか、賠償に備えた保険の内容(通勤に使用する場合)2.安全運転管理交通関係法令や交通ルールの遵守日頃の安全運転指導の方法など3.事故が発生した時の対応事故現場で取るべき行動通勤中・業務中の場合の社内での連絡先・連絡方法など4.規定に違反した場合の罰則規定に違反した場合にどのような制裁・処分が行われるかの明確化「自転車でここまでやるの?」と思われる向きもあるかもしれませんが、事が起きてから慌てることのないよう、十分な対策を整えておきたいものです。<注釈>自転車ポータルサイト「事故違反の発生状況」(警察庁)https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/bicycle/portal/accident.html提供:税経システム研究所
続きを読む
関連項目 経営レポート,人事労務管理 -
2026/02/27 経営レポート
退職に関わるトラブル回避(第14回) 雇止め法理2
【サマリー】今月のレポートでは、前回で取り上げた判例解説を踏まえつつ、企業実務において特に重要性の高い他の裁判例を取り上げます。形式上は有期契約や非常勤とされていても、実際の業務内容や人員配置、更新の経緯によっては、裁判所がその実態を評価するケースは少なくありません。本レポートでは、雇用形態の実質判断、雇止めにおける更新期待の有無、企業側に認められる裁量とその限界といった、現場対応を一歩誤るだけで紛争リスクが顕在化しやすい論点について、裁判所がどのような事実関係を重視し、どのような判断枠組みで結論に至っているのかを整理しました。1.重要判例1「東光高岳事件東京高裁令6.10.17判決」定年後に再雇用された労働者が、最初の契約更新時に、吸収合併後の親会社が提示した賃金減額を受け入れなかったことを理由として雇止めされた事案。第一審は、直前の労働条件と同一内容で契約が更新されるとの期待は認められないと判断しました。これに対し東京高裁は、労働契約法19条2号にいう「更新」は必ずしも同一条件での更新に限定されるものではないとした上で、合併後に労働条件を統一する必要性があることを踏まえ、企業の業績が堅調である点を考慮しても賃金減額には合理性があるとして、雇止めを有効と判断しました。<事案の概要>原告Xは、被告会社において定年前は無期雇用で勤務していましたが、60歳定年後、会社の継続雇用制度に基づき、基本賃金月額30万円の条件で、1年更新の有期雇用契約を締結しました。会社の再雇用規程では「原則65歳まで再雇用する」とされていたものの、同時に「労働条件は更新の都度、個別に決定する」と明記されており、同一条件での更新が制度上保証されていたわけではありませんでした。その後、会社は経営状況の悪化等を背景に、完全親会社へ吸収される形で企業統合が行われました。統合後は、人事制度・再雇用制度を親会社の規程に統一する方針が採られ、再雇用者の処遇についても親会社規程に沿った内容へ変更することが予定されていました。この方針については、事前に説明会等を通じて従業員に周知されていたとされています。契約更新の時期に、Xは従前と同一条件での更新を申し込みましたが、会社はこれを受け入れず、賃金引下げを含む複数の条件案を提示しました。Xはいずれの案にも同意せず、結果として契約は期間満了により終了しました。なお、同時期に再雇用されていた他の従業員約125名は、全員が親会社規程に沿った条件で契約を更新しており、Xのみが旧条件の維持を求めていた状況でした。<判決のポイント>本件の最大の争点は、労働契約法19条における「更新の合理的期待」の内容でした。Xは、「定年後も原則65歳まで再雇用されてきた実績があり、同一条件で更新される合理的期待があった」と主張し、会社が同条件更新を拒否したことは不合理な雇止めに当たると訴えました。これに対し、東京高裁はまず、「更新の合理的期待」について重要な整理を行いました。すなわち、更新期待は、必ずしも従前と全く同一の労働条件で更新されることまでを含むものではなく、労働条件が変更される可能性を前提とした上で、雇用が継続されるという期待も含み得ると判示しました。この点は、更新期待の概念を比較的広く捉えた判断として注目されます。しかし、高裁はその上で、本件では会社が提示した条件変更には合理性があり、同一条件での更新が当然に認められる状況ではなかったと判断しました。その理由として、①再雇用規程上、労働条件は更新の都度、決定されるとされていたこと、②企業統合という経営上の大きな変化があり、人事制度を統一する必要性があったこと、③その方針や経営状況について事前に説明や周知が行われていたこと、④他の再雇用者全員が同一ルールで契約しており、Xのみ旧条件を維持することは公平性を欠くこと、などの事情を総合的に考慮しています。これらを踏まえ、東京高裁は、本件雇止めは労働契約法19条に違反するものではなく、Xの請求は理由がないとして棄却しました。<実務への応用>本判決は、定年後再雇用の実務設計に対して非常に示唆的です。まず、「原則65歳まで再雇用する」と規程に記載していても、それだけで同一条件での更新まで約束したことにはならないことが改めて確認されました。再雇用後の労働条件を毎年見直す可能性があるのであれば、その旨を規程や雇用契約書に明確にし、運用と整合させておくことが重要です。次に、再雇用者の賃金引下げや処遇変更を行う場合には、変更の合理性を裏付ける事情を積み重ねることが不可欠であることが示されています。企業統合や経営環境の変化、職務内容や役割の変化、社内の賃金バランスなどを整理し、なぜその水準になるのかを説明できる状態にしておく必要があります。さらに、本件では「他の再雇用者との公平性」が強く意識されました。例外的な処遇を認めることは、職場の不公平感や人事運営上の混乱を招きかねません。再雇用制度は、個別対応よりも制度としての一貫性・説明可能性が重要であることを示しています。最後に、企業統合や制度改定を伴う場合には、早い段階からの説明と記録が極めて重要です。説明会や個別面談を通じて方針を周知し、その内容を記録として残しておくことが、後の紛争予防や裁判対応に直結します。本判決は、定年後再雇用を「単なる延長雇用」と捉えるのではなく、更新・条件変更を含む契約関係として丁寧に設計・運用すべきであることを、実務に強く示した判例だといえるでしょう。2.重要判例2「東京芸術大学事件東京地裁令4.3.28判決」有期の契約が更新されなかったことによる雇止めは不当であるとして、非常勤講師が地位の確認を求めた事案。当該非常勤講師は、委嘱契約の形で約20年にわたり契約更新を受けていました。東京地裁は、同人はそもそも労働契約法上の「労働者」には該当しないと判断し、請求を棄却しました。その理由として、授業内容の決定等について大学から具体的な指揮命令を受けていなかったこと、遅刻や早退に対する賃金控除や社会保険料の徴収が行われていなかったこと、さらに大学の本来的業務を担う不可欠な労働力として組織に組み込まれていなかった点などが考慮されました。<事案の概要>原告は、東京芸術大学において非常勤講師として長年授業を担当していました。契約は年度ごとの有期契約で、形式上は毎年更新されており、結果として約20年にわたり継続して講義を担当していました。担当授業は大学の正規カリキュラムに組み込まれ、教育活動として一定の継続性がありました。しかし大学側は、学内の任期・非常勤講師制度の見直し等を理由に、契約更新を行わず、契約期間満了により関係を終了させました。これに対し原告は、長期間にわたり更新が繰り返されてきたこと大学教育という恒常的業務を担っていたことを理由に、契約更新への合理的期待があったとして、雇止めは労働契約法19条に反すると主張しました。<判決のポイント>本判決のポイントは、雇止めの当否(労働契約法19条)を論じる前に、「そもそも労働契約法の適用対象となる“労働者”なのか」を正面から判断し、そこで結論を出した点にあります。つまり、原告が「20年更新してきたのだから雇止めはおかしい」と主張しても、裁判所はまず「その主張を支える法律(労契法)を使える立場か?」を問い直し、労働者性がない以上、労契法19条による保護(雇止め規制)自体が及ばないという構図を採りました。1)労働者性(使用従属性)の判断が“入口”で決まった裁判所が見たのは、簡単にいえば「大学が講師を“雇って指揮命令で働かせていた”と言えるか」ということです。非常勤講師という肩書があっても、実態が委任・準委任(専門家への業務委託)に近いなら、労基法・労契法上の労働者とはいえません。判決が重視した方向性(資料の趣旨)は、次の通りです。「大学は授業という枠組み(科目、時間割、成績評価の形式等)を用意するが、授業の具体的内容・方法は講師の専門性に委ねられ、大学が日々の労務提供の仕方を細かく指揮命令していたとは言い難い。したがって、講師は大学組織に使用従属して労務を提供する関係ではなく、労働契約法上の労働者には当たらない。」実務的に重要なのは、ここで裁判所が「長期更新」という事情を、労働者性を補強する決定打とは扱わなかった点です。更新が20年続いていても、指揮命令の密度・従属の程度が弱ければ、労働者とはいえないということです。2)それでも裁判所は“念のため”に更新期待も検討している本判決は入口(労働者性否定)で結論が出ますが、実務上の価値は、裁判所がさらに補足的に「仮に労働者だとしても…」という形で、雇止め法理の更新期待にも触れている点です。東光高岳事件とも共通しますが、更新が繰り返されていても、それが大学の教育課程運営上の必要に応じたものであり、制度上も任期制・有期であることが明確で、将来の継続を保証するような大学側の確約もない以上、「更新されるはずだ」という合理的期待までは認められないということになります。3)判決全体の構造を一文で言うと本件は、結論だけ言えば「雇止めが有効」ということですが、より正確には、第一段階:労契法の適用前提(労働者性)を否定→原告の主張する雇止め規制の枠組みがそもそも乗らない第二段階(補足):仮に労働者でも、任期制・確約なし等から更新期待は認めにくいという二段構えで、原告の主張を退けました。<実務への応用>本判決が実務に与える最大の示唆は、雇止めの適法性は「更新回数」や「勤続年数」ではなく、制度設計と実態の整合性によって決まるという点にあります。特に本件では、雇止めの是非を論じる以前に、「そもそも労働契約法の保護対象となる労働者か否か」という入口段階で結論が出されており、実務上のインパクトは非常に大きいといえます。まず重要なのは、長期間にわたり契約更新が続いていたとしても、それだけで労働契約法上の労働者性や雇止め規制が肯定されるわけではないという点です。大学側は、非常勤講師について、授業内容や方法に関する裁量を講師本人に委ね、勤務時間や業務遂行の細部まで指揮命令する関係にはなかったこと、また専属性も弱く、他大学での活動が自由に認められていたことなどから、「使用従属性」が否定されました。これは、大学や研究機関に限らず、企業が外部専門家や非常勤人材を活用する場面全般に当てはまる考え方です。実務的には、雇用として扱うのか、委任・準委任として扱うのかを最初に明確に決め、その位置づけを契約書・規程・現場運用で一貫させることが極めて重要になります。名目上は業務委託や非常勤であっても、実際には出退勤管理を行い、業務の進め方を細かく指示し、代替も認めず、事実上専属的に働かせていれば、労働者性が肯定されるリスクが高まります。本判決は、「肩書」や「契約書のタイトル」ではなく、実態が重要であることを改めて示しています。また、本判決は、仮に労働者性が認められる場合であっても、更新期待が当然に成立するわけではないことも明確にしています。この点から実務上導かれるのは、更新期待を生まないためには、制度と説明の積み重ねが不可欠だということです。契約書や規程で任期制・有期であることを明確にするだけでなく、更新時の面談や通知においても、「更新は自動ではない」「次年度の業務必要性等を踏まえて判断する」という点を、毎回きちんと伝える運用が重要になります。管理者が善意で発した「来年もお願いします」「長く続けてください」といった言葉が、後に更新期待を基礎づける不利な事情として評価されるリスクがあることにも注意が必要です。さらに、本判決は、雇止め対策は「最後の場面」ではなく、日常の運用設計から始まっていることを示しています。契約終了時だけ合理的理由を整えても、それまでの制度設計や説明が曖昧であれば、防御は困難になります。逆に、制度の趣旨、任期の位置づけ、更新の考え方が一貫していれば、20年という長期更新があっても、雇止めが直ちに違法とされるわけではないことが、本判決から読み取れます。総じて東京芸術大学事件は、非常勤・外部専門家・任期制人材を活用する組織に対し、「雇用か否か」「更新をどう位置づけるか」を曖昧にしたまま長年運用することのリスクと、逆に整理しておけば強力な防御になることを明確に示した判例です。実務においては、「雇止めになったらどうするか」ではなく、「雇止め問題が起きない制度と運用をどう作るか」という視点で、この判決を活用することが重要だといえるでしょう。3.重要判例3「グリーントラストうつのみや事件宇都宮地裁令2.6.10判決」緑地保全事業を担う公益財団法人に勤務する非常勤の嘱託職員が、契約更新の上限である5年に到達したことを理由に、平成30年3月末で雇止めとされた事案。背景として、市から財政状況の悪化を踏まえた人員削減の要請がなされていました。裁判所は、本件について整理解雇に関する法理を適用するのが相当であるとした上で、雇止めを回避するための具体的な検討や、対象者選定の合理性について何ら検討がなされた形跡が認められないとして、当該雇止めを無効と判断しました。あわせて、雇止め後に労働者が申し込んでいた無期転換の効力も認めています。<事案の概要>原告は、被告である公益的性格を有する団体(市の財政援助団体)において、当初は非常勤・臨時的な立場で雇用されました。しかし、契約更新を重ねる中で、原告の業務内容は次第に組織の基幹的業務を担う常用的なものへと変容していきました。にもかかわらず、雇用期間の定めは形式的に維持され、更新を含めた当初予定の3年間を大きく超えて契約は継続していました。裁判所は、この時点で、雇用期間の定めは「財源確保の必要性」よりも、使用者側が雇止めを容易にするための名目的なものになりつつあったと評価しています。また、契約更新の手続自体も、実質的な能力評価や業務必要性の検討はほとんど行われず、原告の意向確認を行うだけの形式的なものに変質していました。その後、被告は財政悪化を理由に、更新期間を5年までとする運用に転じ、無期転換申込権が発生する直前のタイミングで契約を更新せず終了させました。原告はこれを不当な雇止めとして、労働契約法19条に基づき地位確認等を求めて提訴しました。<判決のポイント>判決のポイントは、次の3点にまとめられます。1)更新期待を強く肯定した点(労契法19条2号該当)本判決の最大の特徴は、有期契約労働者における「雇用継続への期待」を極めて強く肯定した点にあります。裁判所は、形式的には有期雇用契約が繰り返し締結されていたものの、その実態に着目し、原告の就労状況は当初想定されていた臨時的・補助的業務から、法人の基幹的かつ常用的業務へと質的に変化していたと評価しました。また、雇用期間の定めについても、更新が当然視される運用が長期間継続していたことから、実質的には雇止めを容易にするための名目的なものに過ぎなくなっていたと指摘しています。加えて、契約更新時の手続についても、能力評価や業務必要性といった実質的な審査は行われず、形式的な意思確認にとどまっていた点が重視されました。これらの事情を総合すると、原告が「契約期間満了後も更新される」と期待することには合理的な理由があるとして、裁判所は本件契約が労働契約法19条2号に該当すると明確に認定しています。2)「人員整理的雇止め」として整理解雇法理を適用した点次に裁判所は、本件雇止めの性質について、単なる更新拒否ではなく、人員削減を目的とする「人員整理的雇止め」であると位置づけました。そのうえで、雇止めの有効性を判断するにあたっては、整理解雇と同様に、①人員整理の必要性、②雇止め回避努力の有無・程度、③対象者選定の合理性、④手続の妥当性、という、いわゆる整理解雇の4要件を総合的に考慮すべきと判断しています。しかし本件では、被告法人が市(人事課)からの指導をそのまま受け入れただけで、自らの経営状況や人員体制について主体的な検討を行った形跡が認められないこと、配置転換や契約条件の調整といった雇止め回避の努力が一切なされていないこと、さらに原告を雇止め対象とした合理的な理由や基準が検討されていないことなどが、厳しく指摘されました。また、事前の説明や協議といった手続面についても十分とはいえず、裁判所は、本件雇止めには客観的合理性も社会的相当性も認められないとして、労働契約法19条柱書にいう「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」に該当すると判断し、雇止めを無効としました。3)更新みなしと無期転換の連動を認めた点さらに注目されるのは、雇止め無効の効果として、更新みなし(労契法19条)と無期転換(労契法18条)を連動させて判断した点です。裁判所は、雇止めが無効である以上、被告は従前と同一の労働条件で契約更新を承諾したものとみなされるとしたうえで、原告がすでに無期転換の申込みを行っていたことから、平成31年4月1日以降は期間の定めのない労働契約が成立したものと解するのが相当と判断しました。これは、形式的な契約期間にとらわれず、実質的な雇用関係の継続性を重視する姿勢を明確に示した判断といえます。<実務への応用>本判決は、有期雇用を長期間・常用的に使い続けることのリスクを、最も端的に示した判例といえます。第一に、業務実態が基幹的・恒常的であるにもかかわらず、有期契約を形式的に更新し続ける運用は、実質的に雇止めを容易にするための名目にすぎないと見なされ、裁判所はその形式を容易に排斥し、労働者の更新期待を強く保護します。第二に、更新手続の「形式化」です。更新のたびに実質的な審査を行わず、単なる意向確認に終始していれば、それは「更新が当然視されていた」ことの裏返しとして評価され、更新期待を補強する事情となります。第三に、無期転換を回避する目的での雇止めは、人員整理的雇止めとして極めて厳格に審査されるという点です。財政事情や上位団体の指導があったとしても、それだけで合理性は認められません。雇止め回避努力、対象者選定の合理性、説明・協議といったプロセスを欠けば、整理解雇と同様に無効と判断されます。実務上は、有期雇用を5年近く継続させる場合、無期転換を前提に制度設計する基幹業務を担わせるのであれば、早期に無期雇用へ転換するやむを得ず雇止めを検討する場合でも、整理解雇に準じた検討・記録・手続を行うといった対応が不可欠になります。総じてグリーントラストうつのみや事件は、「有期雇用を便利に使い続けた結果、最も重い法的責任を負う」という実務上の警告として、無期転換・雇止め対応を考える際に必ず参考にすべき判例といえるでしょう。提供:税経システム研究所
続きを読む
関連項目 経営レポート,人事労務管理 -
2026/02/27 商事法レポート
親会社取締役の子会社管理責任
1はじめに親子関係にある会社において、子会社に不祥事が生じた場合、子会社の役員に子会社に対する責任問題が生じるのは当然のことです。では親会社の役員は、子会社の不祥事に関し、親会社に対し責任を負うことになるのでしょうか。親会社は、本来、子会社の株主にすぎず、これだけでは、子会社において不祥事が生じないよう注意すべき義務は負ってはいません。しかし、現行会社法は、取締役会の義務として、自社(親会社)・子会社からなる企業集団における内部統制の整備を義務づけています(会362条4項6号)。したがって子会社に不祥事が生じても、親会社の取締役は常に漫然とこれを看過していて良い訳ではありません。しかし、親会社の取締役が一般的に子会社を管理・監督する責任を負っているか否かに関しては、会社法上明確な規定がありません。そこで、本稿では、どのような場合に親会社の取締役が子会社の管理責任を負うことになるのかについて、学説・判例の状況を概観したいと思います。2親会社取締役における子会社管理義務の有無本来、株主が、自己の株主としての権利を行使するか否かは自由です。したがって、従来は、親会社の取締役が子会社管理のために株主権を行使しなかったとしても、原則的には責任は生じないとするのが多数説でした。その代表例である東京地判平成13・1・25判例時報1760号144頁(野村證券株主代表訴訟)は、親会社の米国100%孫会社が、ニューヨーク証券取引所に米国証券取引委員会規則違反を理由として課徴金を納付した事案です。親会社の株主が親会社の取締役に損害賠償を求めた株主代表訴訟においては、以下のように判示されています。すなわち、「親会社の取締役は、特段の事情のない限り、子会社の取締役の業務執行の結果子会社に損害が生じ、さらに親会社に損害を与えた場合であっても、直ちに親会社に対し任務懈怠の責任を負うものではない」。もっとも「親会社と子会社の特殊な資本関係に鑑み、親会社の取締役が子会社に指図をするなど、実質的に子会社の意思決定を支配したと評価しうる場合であって、かつ、親会社の取締役の右指図が親会社に対する善管注意義務や法令に違反するような場合には、右特段の事情があるとして、親会社について生じた損害について、親会社の取締役に損害賠償責任が肯定されると解される」というものです。しかし平成9(1997)年の独占禁止法の改正により純粋持株会社が解禁されたことを契機として、純粋持株会社の取締役は、対外的な事業活動を行わず、株式所有を基礎にして他の会社(子会社・孫会社)を支配しこれを統括管理することになるため、持株会社の株主の利益保護のために子会社を支配し管理する義務を負うことになると解されるようになりました。平成26(2014)年改正会社法における法制審議会会社法制部会では、会社法中に株式会社は子会社を管理・監督しなければならない旨の明文規定を置くか否かで積極・消極双方の立場の意見が厳しく対立しました。反対意見は、この場合の監督義務の範囲は不明確であり、これを明文化することはグループ経営に萎縮効果をもたらすと主張しており、結局、明文規定の設置についてはコンセンサスが得られず、明文規定の設置は見送られ、かわりにコンセンサスが得られた多重代表訴訟制度が創設されました(注1)。しかし、この部会では、親会社の取締役には、会社の資産である子会社の株式の価値を維持するために必要・適切な手段を講ずべき善管注意義務が要求されており、取ることのできる手段を適切に用いて対処するのは、当然この義務の内容に含まれるとする見解もあり、現在では、むしろこれが一般的な考え方となっています(注2)。3親会社取締役の責任類型子会社の取締役の不正行為に関して親会社の取締役が親会社に責任を負う場合は、①当該不正行為が親会社の取締役の違法または不当な指図に基づく場合(親会社取締役関与類型)、②親会社の取締役が子会社に対する監視・監督を怠った場合(企業グループにおける内部統制システムの整備を怠った場合も含まれる)(親会社取締役不作為類型)、③親会社取締役が不正行為を行った子会社取締役に対する責任追及を不当に怠った場合があります(親会社取締役懈怠類型)(注3)。そして、②は、さらに、(ⅰ)グループ内部統制システムの構築・運用を怠った場合(内部統制システム構築・運用懈怠類型)と、(ⅱ)不正な業務執行に対する必要な調査・是正の対応を怠った場合(調査・是正措置懈怠類型)に分かれます(注4)。これらの場合、親会社の取締役は親会社に対し善管注意義務違反による損害賠償責任を問われることになります。4子会社管理の手法親会社取締役における子会社管理の手法は多様であり、①子会社の人事から経営全般について親会社が強力な支配力を行使するか、それとも子会社の独立性を尊重するか、②子会社側の経営判断上の意思決定にまで深く介入するか、あるいは子会社の取締役の自主的判断に委ねるが、その意思決定についての適法性や妥当性の面で逸脱して親会社側に不利益が及ばないよう監視・監督システムを構築するかなどの区別が可能とされています。そしてこれらの手法のうち、どれが適切かを判断する場合には、以下の諸事情が考慮の対象となってきます。すなわち、①子会社の業種(事業リスクの高低、親会社と同業の事業か、金融機関等の規制業種であるか)、②子会社の規模(管理部門の有無等)、③子会社の数(多数の子会社を抱えているか、数は限定的か)、④株式の保有形態(直接保有か、間接保有か)、⑤株主構成(完全子会社か、合弁会社か等)、⑥上場・非上場の別、⑦国内子会社・海外子会社の別(所在国がどこかを含む)、⑧沿革(自社で設立した会社か、M&Aによって取得した会社か等)、⑨親会社ブランド(商号・ブランド等)の使用の有無、⑩親会社の形態・業態(純粋持株会社か事業会社か等)です。これらの諸要素を検討した上で子会社管理の手法を決定することには高度な経営上の知見・経験が必要であり、具体的な子会社管理の手法を決定する親会社取締役には幅の広い経営判断が尊重されるべきであると解されています(注5)。5内部統制の構築平時における親会社の子会社の業務に対する監督は、グループ全体の内部統制システムの構築・運用を通じて行われます。会社法によれば、大会社等は「株式会社およびその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」の決定を義務づけられています(会362条5項)。したがって、親会社の取締役は、善管注意義務の内容として、グループ全体の内部統制システムを構築しこれを運用しなければなりません。そして親会社の取締役は、子会社において不正な業務執行事実が発覚した場合やこれを疑わせる事実が発覚した有事の場合には、不正の疑惑の重要性等に応じて、自らまたは子会社をして事実関係の調査や、不正の是正につとめなければなりません。6海外子会社の管理海外子会社の取締役には、経営者としての一般的能力に加えて、現地の法制度や法慣習を熟知していることが求められます。したがって、誰を子会社の取締役とするかについては、親会社の取締役の経営判断事項であり、広範な裁量権が認められるとされています(注6)。大会社の取締役会は、子会社を含む企業集団における業務の適正を確保する体制について決定しなければならず(会362条4項6号、会社則100条1項5号)、この子会社には外国会社たる子会社も含まれます。そのため、海外子会社における業務の適正を確保するための議決権行使の方針、海外子会社の役員・使用人を兼任する親会社の役員・使用人による海外子会社との協力体制についても決定することが必要です。子会社株主として議決権や事実上の影響力を行使することについても、親会社の取締役には広範な裁量権が認められるとされています(注7)。73つの裁判例(1)福岡高判平成24・4・13金融商事判例1399号24頁(福岡魚市場株主代表訴訟)A社は、水産物・その加工品の販売受託業者であり、その100%子会社であるB社は食料品の購入・販売・あっせん業者です。平成14年11月、A社は取締役会において公認会計士から在庫管理に関する指導を受けました。平成15年12月頃、B社取締役Cから、B社の在庫が多く何か変であると報告を受けたA社専務取締役兼B社取締役会長のY1は、平成16年3月上旬、これをA社代表取締役兼B社非常勤取締役のY2に報告しました。Y2は、Y1を含む在庫問題を調査する調査委員会を立ち上げ、B社に報告書を提出させました。この調査委員会は、B社の担当者から聞き取り調査を行っていましたが、具体的な書類の確認作業は行っておらず、聞き取り調査を信頼しただけで、それ以上に踏み込んだ調査はしていませんでした。B社は、この調査報告書に基づき、最終的にはB社の特別損失額を14億円余りとする再建計画案をA社に提出しました。A社は、平成16年6月取締役会においてB社に対する20億円の貸付枠の設定を承認し、同年12月までにB社に総額19億1000万円を貸し付けるとともに、平成18年2月、本件貸付金中15億5000万円の債権を放棄し、さらにB社に対し、追加で3億3000万円を貸し付けました。本件は、A社の株主Xが、Y1らに対し、①本件グルグル回し取引(注8)についての監視義務違反、②本件貸付に関する善管注意義務・忠実義務違反を理由にして、A社への損害賠償を求めた株主代表訴訟です。第1審(福岡地判平成23・1・26金融商事判例1367号41頁)は、Y1らはA社への損害賠償責任を負うと認定しました。ついで訴審判決もこれと同旨でして、以下のように判示しています。すなわち「グルグル回し取引は、‥‥例外的な場合に限って行われたものでない限り、会社経営上において違法、不当なものであることは明らかである。」「A社の元役員であり、‥‥B社の役員でもあったY1らは、‥‥本件調査委員会を立ち上げて調査したのであるから、その不良在庫の発生に至る真の原因等を探求して、‥対処すべきであった。‥‥Y1らは、‥‥B社の不良在庫問題の実態を解明しないまま、‥‥A社の取締役として安易にB社の再建を口実に、むしろその真実の経営状況を外部に隠蔽したままにしておくために、業績に回復の具体的目処もなく、経済的に行き詰まって破綻間近となっていたことが明らかなB社に対して、資金の回収は当初から望めなかったのに、‥‥本件貸付けを実行して‥‥本件債権放棄‥‥さらに、‥‥本件新規貸付けを行ったものである。‥‥その経営判断には、‥‥取締役の忠実義務ないし善管注意義務違反があったことは明らかである」というものです。本件は、親会社から子会社への融資の回収不能から生じた直接損害について親会社取締役の親会社への賠償責任が認められた事案でして、子会社に生じた損害が親会社の株式の減価をもたらした間接損害について責任が認められたものではありません。しかし、子会社から情報を収集して、子会社に対し是正措置を講じえたにもかかわらず、これを怠ったことを認定していることから、一般に、本判決は親会社取締役における子会社の業務執行に対する監視監督義務を認めたものと理解されています(注9)。(2)東京地判令和2・2・27日金融法務事情2159号60頁(みずほフィナンシャルグループ株主代表訴訟)本件は、銀行持株会社であるA社(親会社(みずほフィナンシャルグループ))の完全子会社B銀行(みずほ銀行)とその関連会社C社との間の包括業務提携に基づく提携ローン(キャプティブローン)の中に反社会的勢力との取引が多く存在していたことに関する事案です。金融庁長官は、B銀行に対し業務改善命令を発出し、その後、一定期間本件キャプティブローンの新規取引を停止する業務改善命令を発出しました。また、A社の取締役会に対しても、グループ一体となって取り組むべき反社取引排除という課題を子会社の各部署任せにし、適切にグループ経営管理機能を発揮していなかったことを指摘して業務改善命令を発出しました。A社の株主Xは、A社の取締役Yらに対し、①新たに反社会的勢力との取引が発生することを防止するための体制を構築する義務、および、②B銀行に対し認識した当該反社会的勢力との取引を解消するために具体的措置を講ずるよう求める義務を怠った善管注意義務違反を理由に、A社に対する損害賠償を求めて株主代表訴訟を提起しました。しかし以下のような理由で、Xは敗訴しています。すなわち、「銀行持株会社であるA社の取締役であるYらは、‥‥Aグループ全体として顧客の属性判断を行う体制を内部統制システムとして構築する義務、そしてこれが適正かつ円滑に運用されるように監視する義務を負っていた‥‥。具体的には、A社において子会社の業務に関して反社会的勢力への対応に関する基本方針を定め、この基本方針が遵守されているかを監督し、必要に応じて是正を求めることをA社の取締役会で決議することなどの義務を負っていた。‥‥具体的な反社会的勢力排除の方法は種々考えられるため、このような組織体制の整備に当たっては、取締役の判断に一定の裁量が認められる」。「A社の取締役としてYらは、‥‥子会社の業務において上記のグループとしての内部統制システムの円滑な運用に支障を来すような事情が見受けられないにもかかわらず、子会社である銀行に対して具体的な業務を直接指導するなどの義務を負うことはない」。「Yらに求められる体制構築義務、監視・是正義務に加え、‥‥Yらにおいて、子会社であるB銀行に対し、本件キャプティブローンにおける反社会的勢力との取引に関して、具体的な取引解消のための措置‥‥をさせることをA社の取締役会で決議する義務を負担していたとまで認めることはできない」というものです。本件では、親会社はグループとしての内部統制システムを構築していることを認め、子会社の銀行における反社会的勢力との取引に関してまでは具体的に対策を指導する義務はなかったとしています。しかし、金融庁が親会社・子会社に対して業務改善命令を発出している事情を考慮すれば、疑問の残る判決です。(3)大阪地判令和6・1・26資料版商事法務482号130頁(東洋ゴム免震偽装株主代表訴訟)A会社はタイヤ事業・ダイバーテック事業を営む大規模会社ですが、完全子会社のB社の設立に伴い、それまでA社に置かれていた建築用免震積層ゴムの製造・開発・販売部門が同社に移管されました。本件は、B社が建築基準法所定の技術的基準(大臣評価基準)に適合しない建築用免震積層ゴムを販売したことに関し、A社の取締役4名に対し、①建築基準法所定の技術的基準に適合しない免震積層ゴムの出荷を停止する判断、および、②免震積層ゴムに関する問題を国土交通省に報告し一般に公表する判断を怠った善管注意義務違反を理由に、A社の株主がA社取締役Y1~Y4に株主代表訴訟を提起した事案です。以下のような判旨により、原告が勝訴しており、学説も結論を支持しています(注10)。すなわち、「A社のダイバーテック事業本部長の地位にあるとともにB会社の担当取締役として、B社による免震積層ゴムの出荷業務等についての一般的な指導監督を行う立場にあったY1は、本件出荷の停止を判断すべき注意義務を負っていた」。「Yらは、B会社の担当者の報告に基づいて(本件出荷品)の出荷の可否を検討し、Y1及びY2が参加した会議において、本件出荷が決定され、‥‥、本件出荷による損害賠償金もA社が支払っている」。「本件出荷に係る判断は、A社の業務執行の一環として行われたものというべきである」。「本件出荷品の大臣評価基準への適合性について必要があればその権限を行使し更なる調査を求めるなどして大臣評価基準に適合しない製品が出荷されないように取り組むべき責任を負う立場にあったY2は、本件出荷の停止を判断すべき注意義務を負っていた」というものです。本件の免震積層ゴムの製造・開発・販売事業は、本来は親会社の事業であり、それが子会社に移管されたものであって、実質的には親会社の事業の一部といえるものです。Yら親会社の取締役は子会社の取締役を兼ねており、子会社の当該業務を一般的に指導監督する立場にあり、本件の事情を十分知りえました。本件出荷を停止させるべき判断を怠ったことは、実質的には親会社の事業上の判断ミスとも言えるわけでして、親会社株主からの株主代表訴訟で善管注意義務違反を問われるのは当然のことでしょう。8完全子会社の損害と親会社の損害の関係親会社の取締役がなした子会社の代表取締役としての行為により、子会社が損害を被り、それにより親会社にも損害が生じた場合、親会社取締役としての義務違反と親会社の損害との間に相当因果関係が認められるならば、親会社取締役は親会社に対して損害賠償責任を負うことになります。判例は、①完全親会社には、完全子会社に生じた損害と同額の資産の減少が損害として生ずると解するものと(最判平成5・9・9民集47巻7号4814頁、東京地判令和3・11・25金融商事判例1642号44頁)、②親会社の損害は、同社が有する子会社株式の評価損と同額であるとするものに(東京高判平成6・8・29金判954号14頁)分かれていて、学説は②を支持しています(注11)。9むすび親会社取締役が子会社管理義務を負うからといって、親会社取締役は子会社の意思決定や業務の執行に逐一干渉すべきものではなく、一般には、具体的な管理システムや管理方法の運用にあたっては、親会社取締役には広範な裁量権限があるとされています。したがって、平時においては、企業グループに係る内部統制システムを整備し、このシステムにのっとって活動していればよいといえるでしょう。他面、有事においては、親会社取締役が子会社の業務が違法または不当になされていることまたはその兆候を察知した場合には、合理的な調査や適切な是正措置を講じて、事態に対応することが求められます。このことは海外の子会社における不祥事についてもいえることです。取締役の裁量権限とは、取締役が会社経営において自身の判断で業務を遂行できる権限をいいますが、取締役の作為・不作為行為が裁量権限内の行為として適法とされるか、裁量権限外の行為として違法とされるかの判断にあたっては、経営判断の原則が適用されます。すなわち、子会社管理の当該判断につき、十分に資料を収集しており、当該判断の過程および判断内容に著しく不合理な点がない限り、親会社取締役には親会社に対する善管注意義務違反はないと認定されます。しかし、安易な認定に流されず、具体的な諸般の状況をよく考慮したうえでの判断であることが求められます。特に、当該取締役が親会社と子会社の取締役を兼任している場合には、慎重な認定作業が必要です。<注釈>坂本三郎編著「一問一答平成26年改正会社法〔第2版〕」Q143、239頁。前掲「(注1)240頁。渡辺邦広・草原敦夫「親会社取締役の子会社管理責任」商事法務2158号33頁、太子堂敦子・藤井祐輔「親会社取締役の子会社管理責任に関する裁判例の現状と分析」監査役776号48頁以下。前掲(注2)渡辺・草原同頁。前掲(注2)太子堂・藤井49頁。前掲(注2)渡辺・草原35頁。大阪株式懇談会編「会社法実務問答集Ⅱ」(商事法務、2018)379頁(前田雅弘)。同上380頁。複数の企業が共謀して商品の転売や役務の提供をくりかえし、あたかも正当な取引が存在するかのように仮装して、売上げや利益を水増しする行為の総称(循環取引ともいう)。不正会計に該当する(日本公認会計士協会)。会社法判例百選[第4版]51事例「子会社管理に関する取締役の責任」(船津浩司)。船津浩司「判批」ジュリスト1598号2頁。田澤元章「判批」法学教室504号121頁。提供:税経システム研究所
続きを読む
関連項目 商事法レポート,論説 -
2026/02/26 会計レポート
中小企業が身につけておきたい原価管理の知識(29)
1.はじめに本シリーズでは、経営・会計において欠かせない原価管理の考え方を紹介します。前回の記事で、購買活動の原価管理は企業のコスト競争力を高めるため重要であることを確認しました。今回は、原価管理において購買部門が果たす役割を考えます。製造業(特に、加工組立型産業)を例として、購入額が大きい材料や部品の購買活動を対象とした原価管理を考えてみましょう。購買活動は、長期間にわたり行われます。製品ライフサイクルのうち、開発段階では、試作用の部品や金型を購入します。次に、本格的な量産を行う製造段階では、材料や部品の購買を行います。その後、製品が廃棄されるまでのメンテナンスに使用する部品等を購入します。この他、新製品のQCD(Q品質、C原価、D納期)目標を達成するために、一定水準の品質を確保しつつ、低コストで購入できる材料や部品、取引先の情報等を開発チームのメンバーに提案する役割も担っています。以下では、企画・開発段階、製造・保守段階に分けて、それぞれにおける購買部門の役割を詳しく見ていきます。2.企画・開発段階における購買部門の役割製品原価の多くの部分が決まるのは、企画、設計などの製品開発の段階です。製品によっては、原価にかかわる要因(コストドライバー)のうち70%から80%程度が製品開発の段階で決まってしまうとも考えられています(谷2022,p.227)。購買活動に関しても、材料や部品の発注や購入代金の支払いは製造段階で行われますが、その基礎となる購入先、購入単価は企画・開発段階で決定します。このため、購買部門も、早い時期から開発プロジェクトに参加して管理を行うことが、企業のコスト競争力を高めるために重要です。購買部門は、一般的に、下記のような活動を行います(吉田・伊藤2021,pp.87-88)。①から④が製造に必要な図面の作成が終わる前(出図前)の準備としての活動であり、⑤から⑪が出図後の活動です。購買部門の活動計画を作成。購入する材料や部品を開発部門、生産部門と協力して決定。購入する材料や部品ごとの購入先目標価格を設定。購入先候補を選定。購入先候補に対して見積りを依頼。購入先候補から見積回答を入手。コスト構造分析を用いて改善策を検討。購入する材料や部品の品質安定、荷姿・梱包形態と物流方法を最適化する施策を検討。購入先を選定。注文書を作成・発行。トラブルなどによる設計変更の内容確認と購入先への対応依頼を実施。まず、出図前の活動を見てみましょう。設計図面が作成されるまでに、購買部門は、購入の候補となる材料や部品の情報を積極的に収集して発信します。具体的に、購買部門は、材料や部品の低価格情報、低コストでの購入が可能な購入先情報、製造原価を低減できる技術情報等を開発部門に提供しており、開発部門との話し合いを通じて新製品の目標となる原価や数量等が決定されます。購買部門が早期から開発プロジェクトに参加している企業では、これらの取り組み(開発購買と言います)を進めています。次に、設計図面が作成された後(出図後)の活動について確認しましょう。出図後、購買部門では、機能、品質に関して要求する水準を満たし、かつできるだけ低コストで材料や部品を購入することを目指して、購入先からの見積りの評価、コスト構造分析を用いた改善策の検討(注1)、購入先の決定を行い、製造段階へスムーズにつなげるように努めます。上記のような取り組みの中で企画・開発段階で購買部門に求められることは、技術・製品開発の視点から提案や情報の提供を行って、開発チームの他メンバーとともに、新製品のQCD目標を達成できるようにすることです。3.製造・保守段階における購買部門の役割製造・保守段階において購買部門が果たす役割には、原価改善、購入先の管理、納期の管理があります。それぞれの内容を確認していきましょう。(1)原価改善原価改善において、購買部門は、活動の計画を作成して、対象とする部品や購入先を決め、改善策を実施して、その効果を評価します。原価改善の進め方には、取引先との協力による改善、代替購買・内製化、集中購買があります。購買部門は、取引先と協力しながら、取引先の工程の改善、包装・梱包形態の見直し、物流方法の見直し等を行います。また、開発部門も巻き込むことで、取引先の設備や工程にあわせた設計変更も可能になります。代替購買・内製化について、特定の企業から購入している部品で改善が進まないものが出てきた時に備えて、購買部門は代替的な取引先を探し、できるだけ複数社に依頼できるようにしておくことも重要です。他方で、自社にとって重要な部品で、社内である程度の技術を保持したい、または技術の獲得を検討しているという場合には、内製化を検討することも有効です。取引先には、内製化の可能性を伝えることで、価格交渉を持ちかけることもできます。集中購買について、購買部門は、取引先の集約化を行い、特定の購入先からの購入量を増やすことで、量産による効果がはたらくようにします。ただし、集約化を行う前に、複数の取引先を継続して観察し、一時的なコスト低減ではなく、真のコスト競争力につながるかどうかをよく検証してから、集約先を決めることが重要です。(2)取引先の管理購買部門は、生産計画で示された材料や部品の必要量を、できるだけ安く、一定水準の品質や納期で購入できるように取引先を選定することが重要です。このために、購買部門は、取引先の評価を定期的に行います。取引先の評価では、自社が要求する品質や納期の遵守、適正な見積価格、経営状況、設備能力、技術・開発力、法令遵守や環境保全等のCSR活動の状況を評価します。取引先の評価は、今後の取引の方向性を決める重要な情報になり、評価の結果を取引先にフィードバックして改善を促すこともあります。また、取引先の開拓では、評価内容を先方に説明して、評価に基づく改善の要求を採用の条件として示すことで、取引先を自社が要求するレベルへと近づけていきます(注2)。安定した品質の材料や部品を低コストで確保するためにも、取引先とは継続的に取引できる関係を構築することが重要です。時には、取引先の要望も聴きながら、自社の購買レベルを上げていきます。(3)納期の管理安定した品質の材料や部品を適切な時期に準備するため、購買部門による納期の管理が必要です。直前の生産計画に基づいた手配を行っていては本来必要な数量を確保できない可能性が出てきますので、購買部門には早期の対処が求められます。例えば、供給量の不足が予想される部品は、優先的に管理を行い、必要な量を確保しておくことがあげられます。また、歩留りが悪い部品は、重点的に改善を行うことも必要です。さらに、近年深刻化する政治、経済、社会情勢の不安定さによって、材料や部品の供給が遅延、停止すると事業の継続が困難になる可能性があることから、企業として材料や部品を安定的に確保することも課題になっています。そのために、企業全体でBCP(事業継続計画)を作成して、平常時から対処するための方針や運用体制を準備しておくことが求められています。購買部門でも、緊急時に事業の継続と早期の復旧を進められるようにしておくことが重要です。4.おわりに2と3では、購買部門の役割を、企画・開発段階、製造・保守段階に分けて確認しました。各段階での購買活動が異なっており、自社の購買活動の方針を明確にして、それぞれの内容に応じた管理を進めることが重要です。参考文献大和ハウス工業株式会社.2025.『大和ハウスグループサステナビリティレポート2025』.谷武幸.2022.『エッセンシャル管理会計第4版』中央経済社.吉田栄介・伊藤治文.2021.『実践Q&Aコストダウンのはなし』中央経済社.<注釈>例えば、購買部門では、購入先特有のコストを発見して低減することや、他の購入先と比較することで課題を探して改善することが行われています。例えば、大和ハウス工業株式会社では、品質、経営、納期、安全、モラル、環境に関して取引先(協力会社)を毎年評価し、A、B、C、Dの4段階で格付けしています。格付けが低い取引先に対しては、改善のための計画書の提出を求めたり、改善の指示を出したりするとともに、改善の効果を事後的に確認しながら、必要に応じて面談を実施して、取引先へのフォローアップを行っています。提供:税経システム研究所
続きを読む
関連項目 会計レポート,管理会計 -
2026/02/20 商事法レポート
事業承継が進まない高齢経営者・高齢株主を抱える会社の備え方
1.はじめに本稿は、中小企業の経営者や筆頭株主が高齢化した際に起こりえる会社運営上の法的な問題について、中村信男先生による「高齢化社会と会社運営上の課題:意思能力を欠いた支配株主の議決権行使による株主総会決議への影響と対応策」で示された法的リスクやその対応策から発想を得て、実務における経験をもとに、中小企業が現場で備えておくべきポイントを制度ごとにまとめたものとなります。2.本稿における高齢とは高齢とは何歳以上を指すかという点については、様々な考え方があり、一義的に定まっているわけではありません。一つの考え方として、現在、世界保健機関(WHO)では65歳以上を高齢者としていますが、日本では目的によって異なった考え方が採られています。例えば、「改正道路交通法」では70歳以上を「高齢者」として、高齢者講習の受講や高齢運転者標識の表示を課していますが、「高齢者の医療の確保に関する法律」では、65歳以上を高齢者とした上で、65-74歳までを前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と分けて定義しています(注1)。本稿では、健康保険法の適用がなくなる75歳以上を高齢と定義することにしたいと思いますが、中小企業庁が公表する2024年版「中小企業白書(注2)」によれば、経営者の年齢が75歳を超える中小企業は、全体の13.7%存在しているとされており、概ね6社に1社は本稿でいう高齢者が会社運営を行っていることを示唆しています(図1参照)。これを75歳以上の者が筆頭株主を務める会社でみた場合のデータは公表されていませんが、株式という財産権を生前に移動させることには様々な税負担や資金調達が必要になることに鑑みれば、高齢者である経営者以上に高齢者である株主の方が多く存在しているのではないかと予想することができ、中小企業が抱える現代社会における重要な検討課題といえます。図13.高齢経営者・高齢株主がいる会社が抱える問題と対処すべきこと75歳以上の経営者や株主(以下、本稿では、それらを「高齢経営者・高齢株主」と表示し、高齢経営者は代表権を有する業務執行取締役をいい、高齢株主は当該会社の議決権の過半数を有している株主である者を指すこととします)がいる会社が抱える問題は、高齢経営者・高齢株主が認知症等により判断能力を欠くことでそれらの者が行う意思表示が単独では完全に有効と言えない状態になり、結果として法的安定性を欠く事業運営が行われることになってしまう点にあります。したがって、実務上、備えておくべき視点は高齢経営者・高齢株主が単独で有効な意思表示ができなくなった時に会社運営を滞らせないための準備をしておくということに尽きます。(1)高齢経営者が採るべき対処法高齢経営者を抱える会社が採るべき具体的な対処法としては、高齢経営者以外にも業務執行ができる者を準備しておくことであり、高齢経営者以外に取締役がいない場合には取締役を選任することから始まります。他方、すでに取締役が複数名いる場合には、高齢経営者において正常な判断ができなくなった時の権限行使について明確な規定・順序を設けることで、いざその時においても会社運営を滞らせることなく事業を継続でき、正式に後継者が決まるまでの間に何かしらの問題が生じたとしても、会社の存続にかかわるような問題になることは回避できるといえるでしょう。なお、実務においては、高齢経営者の他に業務執行権限を有する取締役が、高齢経営者の意に反して単独で権利行使できないような仕組みをどのように構築するかいう点が問題になることがしばしありますが、本稿では議論が逸れることなるため、割愛することとします。(2)高齢株主としての対処法これに対し、高齢株主を抱える会社が採るべき具体的な対処法については、会社運営において空白期間を生まないようにするために、高齢株主が主導して、高齢株主が意思能力を欠いた場合に代わりに議決権行使ができるように、中村論文(注3)で指摘されたような任意後見制度や信託制度を活用し、万が一に備えておくことが望まれます。ただし、万が一に備える対応がうまく進まない場合には、会社の側から実際に高齢株主が判断できなくなった時点で強制的に株主が変更できるような仕組みづくりを行うことも、事業継続の点からは有益な発想でしょう。具体的には、実際に高齢者株主が判断できなくなった時に、当該高齢株主の株式を取得できるとする取得条項付種類株式にしておくことがあげられますが詳細については後述することといたします。(3)高齢経営者・高齢株主がいる場合における実務上の注意点前述のとおり高齢経営者や高齢株主がいる場合には、会社運営を滞らせないようにするための準備を講じることのほか、通常以上に積極的に高齢経営者や高齢株主と対話をし、それらの者の様子を常に把握しておくことは会社において強く求められる姿勢となるでしょう。例えば、高齢株主が存在する会社においては、株主名簿を整理する過程で当該高齢株主と積極的な対話を進め、緊急時の対応策について高齢株主の意向の把握に努めるなどしておくことや、生じうる問題点について共有の認識をもつことには一定の意味が存在するといえます。また、役員の任期管理をする中で、高齢経営者の任期満了後の再任の意向を確認しておくことも効果はありますが、実務においては、“誰がその対応や確認を行うのか”不確かなため具体的に対応できないことが問題となることもあります。この手の問題は、相当数が親族間において生じるものであり、その中でも親子間の問題であることが多く、次世代の当事者(この場合の子)から、先代の当事者には言いづらい側面があることもあるように思います。当事者としては、このような背景が存在することも強く意識しながら、税理士・弁護士・司法書士などの専門家を間に挟むなどして、これらの問題に対処していくことも有効な一つの策となるものと思います。高齢経営者や高齢株主を抱える会社の関係者は、高齢経営者・高齢株主のかかりつけ医(特に認知機能について診断できる医師)と顔なじみになっておき、認知機能の低下の兆候が見られたときにはすぐに対応できるようにしておくことも実務においては地味ながらも重要な視点であると思われます。4.実務の視点で見る会社を守るための選択肢の特徴(1)高齢経営者の場合の備え前述のとおり、高齢経営者を抱える会社が備えることとしては、高齢経営者以外に業務執行を行える人物を準備しておくことですので、(人選の問題はありますが)一見するとシンプルで実行自体もそれほど難しくありません。また、(あまり想定できないかもしれませんが)経営者は高齢であっても、株主自体が高齢ではない場合には、別途経営者を選任することで解決できる問題となりますので、実際のところ、そこまで問題とはならないでしょう。(2)高齢株主の場合の備えこれに対し、高齢株主を抱える会社が備えるべき対応策として会社が準備できることには限界があり、準備を進めるのは高齢株主自身です。もちろん、高齢株主自身においても認知機能が減退しないよう日々努力することも必要ですが、むしろ、衰えることを防ぐことは不可能と考え、時間の経過とともに自身の判断能力が低下していくことを理解した上で事業運営に空白が生じないように準備していくことが望まれます。(3)高齢株主が採りえる主な方策具体的に、高齢株主が採りえる方策として最も容易な対応策は、やはり高齢株主自身が保有する株式を次代に引き継ぐことでしょう。ただし、これができるのであれば、高齢になる前に行っていることが多く、高齢になっても株式の移動ができていない点には何らかの理由があるといわれています(注4)。そこで本稿では株式を引き継ぐことができないことを前提として検討しますが、その際に高齢株主として使いやすいのは、①民事信託、②任意後見の二つです。なお、成年後見制度(法定後見制度)の活用も検討の余地はありますが、会社運営において適切な制度とは考えませんので、本稿では最後に少し触れる程度にしたいと思います。民事信託や任意後見の制度の概要については、前述の中村論文に詳細が記載されていますので、ここでは実際に民事信託を組成する際に注意すべき点や任意後見制度を利用する場合における実務的な視点からそれぞれの課題を挙げたうえで、その課題の対処方法について触れていきます。①民事信託初めに①民事信託を利用する場合には、信託契約の内容として株主の共益権の行使の方針について、高齢株主の意思を理解し、(信託契約の内容とすることができるように)言語化することが求められます。すなわち、受託者としては、高齢株主が株主として重視すべき点や権利行使に際して重要視している点などを把握し、また、自身も株主がどのような存在であるかなどの知識も必要になるため、信託契約の締結までに負担が大きいことが実務においては課題と言えます。この点については複雑な信託契約書を作成しようとすればするほど、高齢株主にとって、契約締結時の意思能力の問題に発展しやすく、また、受託者自身も複雑な契約書を理解し実行できるのかという問題に行き着くことになります。その他にも契約書の作成に専門家の協力を得ることになりやすいため、契約書作成にコストや時間がかかることも課題となりえます。これらに対応するため、抽象的な表現を用いた契約書にしてしまうと高齢株主の真意が達成できず、そもそも契約締結ができないということにもなりかねないため、どこまで詳細な内容の契約書を作成するかという点には一定の課題が存在していると言えます。②任意後見次に②任意後見を利用する場合には、任意後見人自体が広範な代理権を有することになるため、その適任者を探すことに一定の困難が生じることが考えられます。ただし、任意後見人として知人の会社経営者を選任することも可能であり、任意後見人として信頼できる人物を見つけることができれば、株主としての共益権の行使については、問題解決も視野に入れることができそうです(ただし、任意後見人として、私生活上の支援を求められることも多いことから、株主としての権限行使と私生活における金銭管理の権限を分掌するなどして、複数人の任意後見人を選任した方が無難となる事例に発展することも想定され、その場合には、複数人分の任意後見人の報酬が発生する点には注意が必要です)。なお、任意後見制度は判断能力が存在している時に任意後見契約を締結し、任意後見委任者の判断能力が低下した際に、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで、任意後見契約の効力が発生します。すなわち、任意後見受任者(=株主として権利行使を任された者)は、任意後見委任者の判断能力の低下について細心の注意を払いながら、日々接していくことが求められます。③取得条項付種類株式最後に、実際に高齢者株主が判断できなくなった時に、当該高齢株主の株式を取得できるとする取得条項付種類株式について触れてみたいと思います。会社法は、「取得条項付株式」の定義を、株式会社がその発行する全部または一部の株式の内容として当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件として当該株式を取得することができる旨の定款の定め(会107条1項3号・同条2項3号・会108条1項6号・同条2項6号)を設けている場合における、当該株式をいう(会2条19号)としており、単一株式の種類だけでなく、種類株式の一つとして、取得条項付種類株式の発行を認めています。高齢者の株主が認知症等の精神上の障害により意思表示ができない場合において、成年後見人等の法定後見人が選任された場合には、成年後見人等が当該株主の財産を管理し、生活や療養に必要な契約を本人に代わって締結するなどして、本人の生活を支えることになるため、当該株主の財産を管理する観点から、当該株主が有する株式の議決権行使を成年後見人等が行うこと自体には、法的な制限はないでしょう。ただし、成年後見人等は、議決権の行使にあたっては、被後見人の意思を尊重しながらも、善管注意義務に従い、被後見人の財産を減少させないよう注意しなければならないと解され、リスクを抑えた財産管理が求められます(注5)。その点からしても成年後見人等の判断は会社運営上においても、消極的な判断となり、株主が本来持つべき利益を追求するための姿勢とは正反対なものになりやすいことから、私見としては成年後見人等が議決権を行使することには疑問を感じます。その面からも、高齢株主が存在する場合には、会社として、高齢株主の認知機能低下(例えば、いずれかの成年後見等の制度の開始の審判を受けること)を取得条項として、当該株主が保有する株式を会社が取得し、『当該株式を無議決権株式に転換させる』ことで会社の事業運営に空白が生じないようにすることも対応策の一つとして検討の余地があるように感じます。ただし、当該会社が会社法上の公開会社の場合には、議決権制限株式の数が発行済株式総数の2分の1を超えることはできない(会115条)ため、この方法を用いる場合には、高齢株主の議決権割合を十分考慮した上で、種類株式の設計を行うことに注意が必要です。5.終わりに多くの会社では経営者や株主が高齢化する前に事業承継に取り掛かり、実施されていますが、事業承継先が見つからずに経営者や筆頭株主が高齢化している中小企業も存在しています(図2参照)。図2経営者からすると「会社」は我が子のようなもので誰に託すかを決めることは容易なことではありません。他方、本稿で触れたような問題が生じることもまた現実ですので、慎重に事業承継を進めている高齢経営者や高齢株主としては、事業承継が遅れれば遅れるほど、本稿のような問題が生じることも肝に銘じ、心置きなく事業承継が進むことを実務の面から見守っていきたいと思います。<注釈>厚生労働省「健康日本21アクション支援システム」https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/dictionary/hale/ya-032中小企業庁「2024年版中小企業白書」https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2024/chusho/b1_3_6.html中村信男「高齢化社会と会社運営上の課題:意思能力を欠いた支配株主の議決権行使による株主総会決議への影響と対応策」(TVS)https://tvs.mjs.co.jp/working/commercial/businesslaw/detail/article/r69250733af76c.html(GWP)https://goodwill.mjs.co.jp/working/commercial/businesslaw/detail/article/a6925092833f0b.html実務において株式を承継できない(事業承継が進まない)理由の多くは、後継者が決まらない(承継先が決まらない)ことが最たる理由であるとされています。今川嘉文『中小企業オーナーのための財産・株式管理と承継の法律実務』5頁(弘文堂・2020年)提供:税経システム研究所
続きを読む
関連項目 商事法レポート,topics -
2026/02/19 会計レポート
金融商品に関する会計基準(案)(1)
1.はじめに2025年10月29日に、企業会計基準委員会(ASBJ)は、企業会計基準公開草案第89号「金融商品に関する会計基準(案)」(以下、「金融商品会計基準案」という)等を公表しました(コメントの提出期限は、2026年2月6日)。「金融商品会計基準案」は、日本の会計基準を国際的に整合性のあるものとするための取組みの1つとして、「金融商品の減損」に関して、国際的な整合性を図る観点から予想信用損失モデルを導入することを目的として開発が進められたものです。その際には、金融商品の分類に関する現行基準の枠組みを維持した上で、予想信用損失モデルを取り入れるにあたり最小限の見直しを行い、検討が重ねられてきました。「金融商品会計基準案」の具体的な適用時期は示されていませんが、最終基準の公表から3年程度経過した後の4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用することが提案されています。早期適用ができることも提案されています。「金融商品会計基準案」で大きな改正があったのは、「予想信用損失の算定」(現行基準における貸倒見積高の算定)です。そこで、本シリーズでは、現行基準から改正された点を中心に、中小企業に与えうる影響にも触れながら、「金融商品会計基準案」を解説します。今回は、「金融資産及び金融負債の貸借対照表価額等」について説明します。2.金融資産及び金融負債の貸借対照表価額等本節では、金融資産及び金融負債の貸借対照表価額等での「金融商品会計基準案」と現行基準を対比して解説します(改正部分に下線を付しています)。(1)債権「金融商品会計基準案」現行基準債権の貸借対照表価額は、原則として取得価額から予想信用損失に基づいて算定された貸倒引当金を控除した金額とする。受取手形、売掛金、貸付金その他の債権の貸借対照表価額は、取得価額から貸倒見積高に基づいて算定された貸倒引当金を控除した金額とする。現行基準での貸倒見積高という語句が、「金融商品会計基準案」では予想信用損失に置き換わっています。予想信用損失の詳細な説明は次回以降で行いますが、次のように説明されています。予想信用損失とは、信用損失を確率加重したものをいう。信用損失とは、企業に支払われるべきすべての契約上のキャッシュ・フローと、企業が受け取ると見込んでいるすべてのキャッシュ・フローとの差額(すなわち、すべてのキャッシュ・フローの不足額)を現在価値に割り引いたものをいう。「金融商品会計基準案」現行基準ただし、貸付金及び重要な金融要素を含む債権については、償却原価から予想信用損失に基づいて算定された貸倒引当金を控除した金額とする。貸付金代替性私募債については、貸付金に含めて取り扱う。また、リースにより生じた債権の貸借対照表価額は、企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」に基づいて算定された価額から予想信用損失に基づいて算定された貸倒引当金を控除した金額とする。ただし、債権を債権金額より低い価額又は高い価額で取得した場合において、取得価額と債権金額との差額の性格が金利の調整と認められるときは、償却原価法に基づいて算定された価額から貸倒見積高に基づいて算定された貸倒引当金を控除した金額としなければならない。現行基準では、取得価額と債権金額との差額の性格が金利の調整と認められるときに償却原価が用いられます。「金融商品会計基準案」では、貸付金及び重要な金融要素を含む債権については必ず償却原価が用いられます(重要な金融要素を含まない債権については別規定があります)。また、「金融商品会計基準案」では、貸付金代替性私募債の取り扱いやリースにより生じた債権の貸借対照表価額の規定が新設されています。【貸付金代替性私募債の規定が中小企業に与えうる影響】貸付金代替性私募債は、貸付金の代替として銀行が引き受けて保有する私募債です。貸付金代替性私募債は、通常、市場で売却することは想定されておらず銀行と取引先との関係性から満期まで保有することを前提に債券を引き受けているので、その経済的な実質が貸付金とほぼ同一であるとされています。このため、貸付金と同様に予想信用損失モデルの適用範囲に含めるとともに、現行基準における有価証券とする取扱いを見直し、貸付金に含めて取り扱うこととされました。このように、銀行は、貸付金代替性私募債の予想信用損失を見積もって、貸倒引当金を設定することになります。銀行は貸倒引当金の増加を回避するために、貸付金代替性私募債の引き受けに慎重になる可能性があります。(2)満期保有目的の債券「金融商品会計基準案」現行基準満期まで所有する意図をもって保有する社債その他の債券(以下「満期保有目的の債券」という。)は、償却原価から予想信用損失に基づいて算定された貸倒引当金を控除した金額をもって貸借対照表価額とする。満期まで所有する意図をもって保有する社債その他の債券(以下「満期保有目的の債券」という。)は、取得原価をもって貸借対照表価額とする。ただし、債券を債券金額より低い価額又は高い価額で取得した場合において、取得価額と債券金額との差額の性格が金利の調整と認められるときは、償却原価法に基づいて算定された価額をもって貸借対照表価額としなければならない。現行基準では、満期保有目的の債券については、満期までの間の金利変動による価格変動リスクを認める必要がないことから、取得原価をもって貸借対照表価額とされていました(一定の場合には、償却原価)。「金融商品会計基準案」では、満期保有目的の債券の経済的な実質が貸付金と類似しているため、貸付金と同様に予想信用損失モデルの対象としました。そこで、満期保有目的の債券の貸借対照表価額は、償却原価から予想信用損失に基づいて算定された貸倒引当金を控除した金額とされました(注1)。(3)金融保証契約「金融商品会計基準案」現行基準金融保証契約(注2)の発行者においては、金融保証契約は、以下のいずれか高い額をもって貸借対照表価額とする。①予想信用損失の金額②発生の認識時の価額から収益に認識された累計額を控除した金額新設現行基準では金融保証契約に関する取り扱いは定められておらず、「金融商品に関する実務指針」において債務保証契約についての定めが設けられていました。「金融商品会計基準案」では、金融保証契約が予想信用損失モデルの対象になることを明確化するために、金融保証契約の規定が定められました。第491回企業会計基準委員会の資料(注3)をもとに、金融保証契約の貸借対照表価額について説明します。【前提】保証期間:5年、保証額:100,000、保証料:0期に5年間分の10,000を徴求し(前受保証料10,000)、毎期2,000を収益として認識する。1期:信用リスクが当初認識以降に著しく増大していない。12か月の予想信用損失2,000を見積った。2期:信用リスクが当初認識以降に著しく増大した。全期間の予想信用損失15,000を見積った。1期2期①予想信用損失の金額2,00015,000②発生の認識時の価額から収益に認識された累計額を控除した金額8,000(10,000-2,000)6,000(10,000-2,000×2)③負債計上額(①と②の大きい方)8,00015,000(4)貸出コミットメント等「金融商品会計基準案」現行基準当座貸越契約及び貸出コミットメント(注4)並びにこれらに準ずる契約の発行者においては、貸出コミットメント等は、予想信用損失の金額をもって貸借対照表価額とする。新設現行基準では貸出コミットメント等に関する取り扱いは定められておらず、「金融商品に関する実務指針」において定めが設けられていました。「金融商品会計基準案」では、貸出コミットメント等が予想信用損失モデルの対象になることを明確化するために、規定が定められました。【貸出コミットメント等の規定が中小企業に与えうる影響】貸出コミットメント等が予想信用損失モデルの適用対象となったため、未使用枠についても信用リスクを想定した貸倒引当金の設定が必要になります。これにより、金融機関は引当金負担の増加や自己資本比率への影響を抑制するため、コミットメント枠の縮小や貸付実行条件の厳格化(保証人や担保要件の強化など)を図る可能性があります。<注釈>これに伴い、満期保有目的の債券は、時価が著しく下落した場合の規定から除外されました。金融保証契約とは、特定の債務者が金銭債務の当初又は変更後の条件に従って期日の到来時に所定の支払を行わないことにより契約保有者に発生する損失等を補償するために、当該保有者に対して所定の支払を行うことを契約発行者に要求する契約とされています(ただし、デリバティブに該当するものは除かれます)。簡単に言うと、主たる債務者が返済できなくなった場合に、保証人が代わりに支払う義務を負うことを約束する契約です。https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/20221121_09.pdf当座貸越契約及び貸出コミットメントは、金融機関等が顧客と合意した一定の限度まで現金を貸し付ける契約です。提供:税経システム研究所
続きを読む
関連項目 会計レポート,財務会計 -
2026/02/16 審査事例
賃借物件を譲ることで次の賃借人から受け取った2億円。「移転補償金(不課税)」V.S.「賃借人の地位の譲渡の対価(課税)」。いや、どちらでもない、次の賃借人への「役務提供の対価(課税)」との判断が示された事例(棄却)
【裁決のポイント】消費税法基本通達5-2-7《建物賃貸借契約の解除等に伴う立退料の取扱い》の本文は、建物等の賃借人が契約の解除に伴い賃貸人から収受する立退料は、賃貸借の権利が消滅することへの補償、営業上の損失や移転等の実費補償であり、資産の譲渡等の対価に該当しないこと、そして、注書は、建物等の賃借人たる地位を賃貸人以外の第三者に譲渡して立退料等として収受した場合は、建物等の賃借権の譲渡に係る対価であり、資産の譲渡等の対価に該当すると定めている。審査請求人は、Aと土地建物賃貸借契約を結び、パチンコ店を経営していたが撤退を考え、仲介により、Bとの間で、審査請求人がAとの契約の合意解除を行い、AがBとの間で新たに賃貸借契約を締結することに合意すること、Bは審査請求人に損失の補償として2億円を支払う等の条件を記載した「物件移転等に関する協定書」を作成した。そして、Aに賃料空白期間が生じないことを目的に、審査請求人、B及びAの間で、「契約上の地位継承に関する覚書」が作成され、審査請求人は、原状回復工事をしてAに土地建物を返した。税務署は、Bから受領した2億円は上記通達の注書により賃借人の地位の譲渡の対価の額に該当するとして更正処分を行ったため、審査請求人は通達の本文の補償に該当すると主張し、審査請求を行った。国税不服審判所は、審査請求人が行うべき①賃貸人Aとの間の原契約を合意解除する、②AからBとの新たな賃貸借契約に同意を得る、③Aへ土地建物の引渡すという各行為は、Bへの役務提供であり、Bから受け取った金員はその対価であると判断した事例である。(平成31年1月1日から令和元年12月31日の課税期間の消費税等の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分・棄却・令和4年8月23日裁決(非公開))【主な争点】本件金員は、課税資産の譲渡等の対価の額(消費税法第28条第1項)に該当するか。【裁決の要旨】本件金員が課税資産の譲渡等の対価の額に該当するか否かについては、請求人及びBの両者を規律している協定書や覚書の解釈を通じて定まるというべきであるが、その際には、協定書や覚書作成の前提とされている了解事項(共通認識)や作成に至る経緯等の事情をも総合的に考慮して判断する必要があるというべきである。審査請求人及びBは、協定書によって、審査請求人が行うべき各行為として、①賃貸人Aとの間で原契約の合意解除をすること、②AからBとの間の新たな賃貸借契約に係る同意を得ること及び③Aへの土地建物の引渡しを行うことを定めたものと認めるのが相当であり、これらは消費税法第2条第1項第8号に規定する役務の提供に該当する。本件金員は、Bが、協定書に基づき、審査請求人が行うべき各行為という役務の提供に対する対価として支払ったものであるから、消費税法第28条第1項に規定する課税資産の譲渡等の対価の額に該当する。③のAへの土地建物の引渡しを行うことが、審査請求人の原状回復義務の履行としての側面があったとしても、協定書に基づいて審査請求人とBとの間で定められ、それによって行われたものである以上、審査請求人がBに対して役務を提供したとの判断を左右するものではない。原処分庁は、各金員は、覚書に基づき、請求人が、原契約による請求人の賃借人としての契約上の地位をBに承継させたことの対価である旨主張する。しかしながら、覚書には、請求人及びBとの間で、原契約による請求人の賃借人としての契約上の地位を移転することに対する代金額を約したことは明らかではなく、むしろ覚書は、Aが受け取る土地建物の賃貸収入に空白期間が生じないようにするために作成されたものであるから、原契約による請求人の賃借人としての契約上の地位を承継させるために作成されたものとは認められない。したがって、この点に関する原処分庁の主張には理由がない。【参照条文】消費税法第2条《定義》、第4条《課税の対象》、第28条《課税標準》消費税法基本通達5-2-7《建物賃貸借契約の解除等に伴う立退料の取扱い》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
続きを読む
関連項目 審査事例 -
2026/02/16 審査事例
措置法の適用要件は厳格、拡張解釈は許されない。リフォームローンの事実上の返済者として金融機関が認識していようが、債務者でない以上、住宅ローン控除の適用を受けられないと判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】租税特別措置法(措置法)の規定は、本来ならば課税される税負担等について、政策的見地から、特定の要件に該当する場合にのみ特に税の軽減等を図るための特例として規定されたものであることから、その適用に当たっては、規定の文言から離れた拡張解釈や類推解釈は許されないと解されている。審査請求人は、自己所有の住宅の増改築のために金融機関の15年返済リフォームローンを検討したが、返済期間中に75歳となるため、返済期間が10年を超える契約を締結できず、金融機関と協議の上、妻を名義上の債務者とし、自身は連帯保証人になった(連帯債務者ではない)。ローンの返済は審査請求人の口座から行われた。審査請求人は毎年、所得税確定申告書を提出していたので、金融機関の申込書及び借入金の年末残高証明書を添付の上、住宅借入金等特別控除を適用して数年分の所得税の更正の請求を行ったが、税務署は、審査請求人は借入金を有していないとして、更正の請求を認めなかった。審査請求人は、ローン契約の全ての当事者が実質的な債務者は審査請求人であると認識しているケースでは、住宅借入金等特別控除を認めても、措置法の拡張解釈に当たらないと主張した。国税不服審判所は、単に事実上、住宅借入金等の返済をしているというだけでは、その控除を受けることができないことは措置法の規定の文言上明らかと判断した事例である。(平成29年分ないし令和3年分所得税及び復興特別所得税の各更正の請求に対してされた更正をすべき理由がない旨の各通知処分・棄却・令和6年1月18日裁決(非公開))【主な争点】審査請求人は、住宅借入金等特別控除を受けることができるか。【裁決の要旨】措置法第41条第1項は、居住者が住宅借入金等の金額を有するときは、一定の要件の下で、その者のその年分の所得税の額から、住宅借入金等特別税額控除額を控除する旨規定している。そして、住宅借入金等特別控除を受けるには、法律上の一定の要件を備えなければならず、措置法第41条第1項は、居住者が住宅借入金等の金額を有するときに住宅借入金等特別控除を適用する旨規定していることからすれば、単に事実上、住宅借入金等の返済をしているというだけでは、その控除を受けることができないことは措置法の規定の文言上明らかである。審査請求人が本件借入金を事実上返済している等の諸事情は、措置法の規定する要件に該当するものではないから、これを理由として住宅借入金等特別控除の適用を認めることはできない。【参照条文】租税特別措置法第41条《住宅借入金等を有する場合の所得税額の特別控除》租税特別措置法施行令第26条の3(現在は第26条の2)《住宅借入金等を有する場合の所得税額の特別控除に関する証明書等》租税特別措置法施行規則第18条の21《住宅借入金等を有する場合の所得税額の特別控除の適用を受ける場合の添付書類等》、第18条の22《住宅取得資金に係る借入金の年末残高等証明書》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
続きを読む
関連項目 審査事例 -
2026/02/13 商事法レポート
新規上場企業の破綻-オルツ事件が示すもの-
1はじめに2025年10月28日、証券取引等監視委員会は、株式会社オルツ(「人工知能及び人工知能関連技術の研究・開発及びこれに関するサービスの企画・開発・運営等」を目的とする会社)と、その代表取締役社長A、取締役兼最高財務責任者B、AISolutions事業部長Cおよび財務経理部長Dの4名を、金融商品取引法違反(図表1に記載のような虚偽有価証券届出書等提出)の嫌疑で、東京地方検察庁に告発しました(注1)。令和4年(2022年)1月から令和6年(2024年)6月30日までの損益計算書の部分が、有価証券届出書の虚偽記載、令和6年(2024年)1月1日から12月31日までの連結損益計算書類の部分が、有価証券報告書の虚偽記載に当たります。いずれの虚偽記載も、虚偽の売上高(架空売上)の計上によるものです。新規上場企業の上場申請時からの粉飾決算による破綻事件としては、エフオーアイ事件が著名ですが、オルツの不正会計はそれ程巧妙なものでもなかったようです。なぜ、関係者は欺かれてしまったのでしょうか。〔図表1〕https://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2025/2025/20251028-1.htmlより作成2オルツ事件の概要新聞報道(注2)によると、株式会社オルツは、2014年に設立され、2020年1月には、テレビ会議の発言を自動で記録するサブスクリプション(継続課金)型の議事録作成サービス「AI議事録(AIGIJIROKU)」の提供を開始します。そして、2021年3月に、大和証券と新規上場に関するアドバイザリー契約を締結して上場準備を進めました。2024年1月には、大和証券が主幹事証券会社として引受審査を開始し、同年9月に上場が承認されて、10月に東証グロース市場に新規上場しています。他方で、2020年4月頃には、A(米倉)社長の指示により、販売代理店に製品の購入費相当額以上の「営業支援金」等を提供する「同額取引」の検討が始まったとされており、2020年9月に、当時の監査法人から「オルツが実質的な費用負担をしているため売上計上できない」と指摘されました。そこで、オルツは、監査法人の指摘を回避するため、広告代理店を介して販売代理店側に資金を循環させるスキームを利用し始めます。2021年10月に入社したCFOのB(日置)とA社長は、この循環スキームの全容を情報共有していました。〔図表2〕2025年10月30日付日本経済新聞朝刊39面より作成2022年、当時の監査法人が「販売代理店と広告代理店が同一の企業グループであって循環取引のおそれがある」等と指摘したことから、A社長らは研究開発業者2社を加え、広告代理店を1社に集約するなどスキームを変更して、循環取引を継続しました。2022年7月、監査法人が「循環取引のおそれがあるため監査が実施できない」として、監査法人を辞任する旨をオルツに通告します。そこでオルツは、9月に、新たな監査法人シードと監査契約を締結しています。また、途中入社した経営企画部長S(塩川晃平氏)が不正に気づき、オルツ経営陣に警告するも聞き入れられず、退職しています。Sは、その後、証券取引等監視委員会等に情報提供し、事件発覚のきっかけになりました。2024年1月には、前述のように、大和証券が引受審査を開始し、上場が承認されて同年10月に上場していますが、このとき、大和証券は、「バーター取引の疑義がある」などとして、オルツに調査を求めていたものの、上場を止める判断には至りませんでした。しかし、2025年4月25日、オルツは証券取引等監視委員会の調査を受けたとして、第三者委員会の設置および2025年12月期第1四半期決算短信の開示遅延を公表します。そして、同年8月、オルツは上場廃止となり(注3)、9月の臨時株主総会でA社長らが取締役を辞任、10月には、東京地検特捜部がAら4人を金融商品取引法違反容疑で逮捕しました。なお、オルツは、2025年7月30日付で、東京地裁に民事再生法の適用を申請し、8月6日に再生手続開始の決定を受けますが、10月1日に東京地裁に提出した再生債権否認書によると、ベンチャーキャピタルや大和証券など8社が合計10億円の損害賠償を請求、また、三井住友信託銀行などがSBIインベストメントと運用するファンドも計7億9000万円の賠償請求をしたが認められなかった、とのことです。いずれにしても、11月13日には、オルツは民事再生の具体的な目途が立たず、会社の清算を前提に、債権者らへの返済を進めていく方針であると報じられています(注4)。3チェックはなぜ働かなかったのか(1)社内体制の不備なぜ、オルツの社内で、財務書類の虚偽記載に対するチェックが働かなかったのかについては、内部統制の欠如、ガバナンス体制の不備(社外取締役・監査役制度の形骸化)が指摘されています。これまでの報道による限りの話ですが、オルツの場合、代表取締役社長Aを含む4名の取締役が循環スキーム等を主導していますので、代表取締役社長や財務担当取締役が作成する内部統制報告書は、財務情報が虚偽であることを隠蔽すべく作成されることになります。内部統制報告書制度は、スタートアップ企業では形骸化しやすいといわれているようです。この点も含めて、社外取締役や監査役の監査に期待したいところですが、適切な人材を得ることができなければ、こちらも形骸化するおそれがあります。内部通報制度も通報の受け手が独立性の観点から社外取締役・監査役とされていても、同様に機能不全を起こします。その点では、独立性のある外部者(弁護士法人等)を通報先とする内部通報制度が求められますが、スタートアップでは、そこまでの資金的な余裕がないのかもしれません。財務書類や内部統制報告書を監査する立場にある監査法人は、どうでしょうか。当初の監査法人は辞任しており、その後就任した監査法人も、循環取引等の問題を認識していた可能性は高いですが、適切な対応をとっていません。監査法人の交代は、財務上の不正が疑われるメルクマールの一つといわれます。監査法人が循環取引等を指摘することで不利益を受けない環境を、任意監査についても整備する必要があるとも考えられます。(2)上場審査等こうした社内事情に加えて、オルツの場合、著名な大企業との協業により事業を華々しく展開していたことが、上場審査のチェックを難しくする方向に働いたとも考えられます。例えば、凸版印刷株式会社は、2021年1月にオルツと資本業務提携を締結し、デジタルクローン事業など新たなサービスの創出を目指すことを公表していますし(注5)、2023年9月8日には、オルツがキーエンスと資本業務提携し、生成AIを活用したソリューションの開発・提供へ向けたパートナーシップを開始したことが報じられています(注6)。さらに、オルツの上場決定時(2024年10月11日)、ヒューリックは、ヒューリックスタートアップ株式会社(ヒューリックの100%子会社)の運営するファンド(ヒューリックスタートアップ1号投資事業有限責任組合)の出資先であるオルツが、グロース市場上場を果たしたこと、また本件はヒューリックスタートアップ株式会社および同社が運営するファンドにおける最初のIPO案件であることをリリースしており(注7)、上場時の株主として、キーエンス、TOPPANホールディングス、ジャフコ、SBIインベストメントキャピタルなどが名を連ねていました。これらVCやCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の審査能力にも、問われるところがあるのでしょう。さらに、同年10月21日、オルツは、同日付けで経済産業省と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する国内生成AIの開発力強化プロジェクト「GENIAC(GenerativeAIAcceleratorChallenge)」の第2期に採択された旨を公表しています(注8)。4新規上場時の会計不正事例を踏まえた取引所の対応IPO連携会議(事務局:株式会社東京証券取引所および日本取引所自主規制法人)は、2025年12月12日、「新規上場時の会計不正事例を踏まえた取引所の対応について」を公表し、次の5点を挙げて、取引所の上場審査機能の質的向上に取り組むとともに、IPO関係者と連携・協力して再発防止に努めるとしています(注9)。不正リスクに応じた上場審査として、循環取引等の発生リスクを踏まえ、代理店の利用比率が高いビジネスモデルでは実質的な仕入先・販売先の状況等の確認、上場準備期間中に監査法人・主幹事証券会社あるいは各々の担当者が交代した場合、前任者に対する交代経緯等の確認内部通報体制の適切な整備に向けた審査と不正情報の収集・連携強化(新規上場申請会社における内部通報体制の整備状況の確認)、取引所通報窓口(上場準備会社の上場適格性に関する情報受領窓口)の存在について上場準備会社の役職員等への周知活動の実施と、受領情報について主幹事証券会社・監査法人との連携手続の整備経営幹部及び社外取締役・監査役に向けた「上場の責任」など啓発活動等IPO関係者との連携・協力(IPOに関与する監査法人の裾野拡大を踏まえ、日本公認会計士協会の登録上場会社等監査人による監査の信頼性向上に向けた取組みに取引所も協力、また、証券会社の適切な審査機能の発揮に向けて日本証券業協会と連携して対応)自主規制法人の上場審査能力の向上に向けた取組み(研修の充実、IPO関係者・関係機関との連携、業界関係者・専門家からのヒアリング、不正リスクに関する情報収集・分析能力の向上と自主規制法人内における不正リスクに応じた機動的な情報連携の徹底、不正リスクに関する上場審査体制の拡充、標準審査期間の弾力的な運用)5むすびに代えて近年、政府は、スタートアップの支援を政策課題の一つと位置づけ、関連する制度の改正を進めてきました。金融商品取引法や関連する自主規制ルール等の近時の改正によって、CVCに加えて、投資信託・投資法人を介した未上場のスタートアップ企業への出資が可能となり、調達金額5億円未満では、有価証券届出書の開示負担も軽減されています。仲介業者等に対する規制も、非上場有価証券特例仲介等業務として、要件の緩和が図られました。しかしながら、そうした規制緩和の推進と同時に、規制が緩和されることの反面として、CVCや投信等の審査能力と取引所の上場審査能力の向上、そして、スタートアップへの規律付けの強化も必要であることを、オルツ事件は示しているように思われます。<注釈>https://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2025/2025/20251028-1.html2025年10月10日付日本経済新聞朝刊35面・同月13日付日本経済新聞朝刊13面等。オルツは、上場審査時における宣誓書の違反によって上場廃止の決定がされた事案とされています(白川雄基「上場審査時における宣誓書違反に対する措置の概要と近時事例の解説」商事法務2408号(2025年)39頁)。2025年11月13日付日本経済新聞朝刊15面。https://www.holdings.toppan.com/ja/news/2021/02/newsrelease210217_1.htmlhttps://www.nikkei.com/article/DGXZRSP661805_Y3A900C2000000/https://www.hulic.co.jp/business/startup/pdf/release_alt20241011.pdfhttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000111.000111359.htmlちなみに、NEDOは、2025年8月1日、オルツへの交付決定の全部を取り消すと共に返還請求を実施し、9月4日付で補助金交付等の停止措置を講じたことを明らかにしています(https://www.nedo.go.jp/news/other/ZZRM_100001_00040.html)。詳しくは、https://www.jpx.co.jp/news/1020/20251212-01.html提供:税経システム研究所
続きを読む
関連項目 商事法レポート,topics
4297 件中 (1-10件表示)




