会計研究レポート
MJS税経システム研究所・会計システム研究会の顧問・客員研究員による新会計基準や制度改正等をできるだけわかりやすく解説した各種研究リポートを掲載しています。
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2025/11/27 管理会計
生成AIを活用した財務・非財務情報の分析(7)
1.経営情報の見える化の重要性企業経営において、意思決定の精度とスピードを高めるためには、財務・非財務情報を統合的に把握し、企業の業績の良否を適時に判断するための仕組みを構築することが重要です。近年、DX(Digitaltransformation)化の流れを受けて、これを可能にするツールやシステムが登場していますが、その導入には多額の費用がかかることが多く、依然として表計算ソフトを用いて、データの集計やグラフ作成を行っている企業も少なくありません。財務・非財務情報を統合的に可視化しつつ、組織の主要業績指標(KPI)をリアルタイムで監視・分析するためには、インタラクティブな情報システムが必要となります。ここで、インタラクティブとは、データを一方向的に閲覧できるだけなく、利用者が関心のある期間・部門・指標を自由に選択し、視点を切り替えながら動的に分析できることを意味します。つまり、経営層や管理者が単に情報を受け取るだけではなく、自らデータに触れ、仮説検証や意思決定に直結する洞察を導き出すことができることを指します。このように、組織の業績を財務・非財務情報の双方から統合的に把握し、インタラクティブに情報を分析するための仕組みは、管理会計や会計情報システムの領域において、ダッシュボード・システムまたはダッシュボード測定システム(Appelbaumetal.2017;DeBusketal.2003)と呼ばれ(以下、ダッシュボード)、効果的な経営管理を実現するうえで、極めて重要な役割を演ずるとされてきました。ダッシュボードは、全社の売上、利益、キャッシュフローなどの状況を見える化するだけでなく、必要に応じて、製品別、事業別、顧客別などの異なる観点で、KPI(重要業績指標)をリアルタイムまたは定期的に可視化し、マネジャーが組織のパフォーマンスを効率的に監視・評価できるようにする点に特徴があります。経営会議のなかでダッシュボードを活用することにより、多角的な視点からの分析が可能となり、意思決定の質とスピードを同時に高めることが可能になると言われます。2.生成AIでダッシュボードを作成するダッシュボードの活用は、経営層や管理者がリアルタイムに業績を把握・分析し、迅速かつ適切な意思決定を行ううえで極めて有益な手段となります。しかし、その構築にはBIツール(たとえばPowerBIやTableauなど)の導入や、Webアプリケーション開発に関するプログラムなどの専門的知識が必要でした。これらのツールは高機能であるものの、その一方で運用コストが高く、多くの企業においては導入のハードルが高いという課題がありました。しかし、生成AIの登場によって、状況は大きく変化しようとしています。本稿では、生成AIを活用して経営ダッシュボードを作成する方法をご紹介します。これまで必要とされていた高度なプログラミングの知識も、高額な運用コストも不要です。いわゆるノーコード(高度なプログラミングの知識は不要)でダッシュボードを活用するためのアプリケーションを作成できてしまうのです。しかも、用途に応じて様々な分析を追加したり、グラフ出力の方法を変更したりすることも可能です。本稿では、ChatGPTとPythonライブラリ(注1)であるStreamlit(Webブラウザ上で動くアプリケーションを作成するためのパッケージ)を組み合わせて、図表1のようなダッシュボードを作成していきます。図表1ダッシュボード3.ダッシュボード作成の手順家電・セキュリティ・デジタルの3事業について、過去10年間(2015–2024年)の売上高、営業利益、EBITDA(営業利益+金融収益)、営業キャッシュフロー、従業員数のデータが存在するものとしてダッシュボードを作成します。必要となるデータはあらかじめExcelファイルとして準備しておきます。今回は、注記(注2)に示すURLからExcelファイルのダウンロードをお願いいたします。今回は、ダッシュボードに以下の情報を表示できるようにしたいと思います。全社売上高および営業利益率の推移事業別売上高および営業利益率の推移事業別一人当たり売上高・営業利益率の推移事業別営業キャッシュフローの推移自動課題検出(利益率低下・キャッシュ悪化など)それでは、早速ダッシュボードを作成してみましょう。今回はWebアプリを作成用のPythonライブラリであるStreamlit(ストリームリット)を使用します。Pythonのプログラム構造を理解していなくても全く問題ありませんが、Webアプリを動かすためにPythonを使用しますので、以下のサイトからPythonの最新版をダウンロードしてください。手順1:以下のサイトからPython最新版をダウンロードするhttps://www.python.org/downloads/図表2Pythonダウンロード画面手順2:コマンドプロンプトを立ち上げるWindowsの場合:Win+Rで「ファイル名を指定して実行」を開き、cmdと入力Macの場合:Command+Spaceで検索バーを表示し、「Terminal」または「ターミナル」と入力手順3:図表3のようにコマンドプロンプトに以下のコマンドを入力し、実行する(実行はEnterキー)※プログラムの実行に必要なファイルがダウンロードされます。pipinstallstreamlitpandasplotlyopenpyxl図表3コマンドプロンプト入力画面手順4:任意の場所にDashboardという名前のフォルダを作成する(図表4参照)。どこでも構いませんが、ダッシュボードの作成に使うフォルダを新規に作成する必要があります。一般的には、ドキュメントファイルのなかに作成することが多いので、特にこだわりがなければ、ドキュメントのなかにDashboardという名前の新規フォルダを作成します。図表4新規フォルダ(Dashboard)の作成手順5:ChatGPTにダッシュボード作成のコード作成を依頼する。どのような内容のダッシュボードを作成したいのか、プロンプト(指示)をChatGPTに与えます。ChatGPTに注記2でダウンロードしたExcelファイルを添付し、以下のような指示を与えてみましょう。Streamlitを用いてWebアプリ上で動くダッシュボードを作成したい。今回は、ダッシュボードに以下の情報を表示できるようにしたい。全社売上高および営業利益率の推移事業別売上高および営業利益率の推移事業別一人当たり売上高・営業利益率の推移事業別営業キャッシュフローの推移自動課題検出(利益率低下・キャッシュ悪化など)使用するデータセットは添付のとおりです。フォルダのパスは"C:\Users\xxx\Documents\Dashboard"です。フォルダのパスは、読者の皆さんそれぞれ異なっています。手順4で作成したフォルダのパスをコピーしてご入力ください。実際の入力画面は図表5のようになります。これを実行すると、Streamlit用のPythonプログラムを作成してくれますので、ダウンロードします。図表5プロンプト入力画面手順6:出力されたプログラムファイルをダウンロードし、注記2でダウンロードしたExcelファイルとともにフォルダ(Dashboard)のなかに格納する(図表6参照)stream_app.py←ChatGPTが作成したPythonプログラム実行ファイル経営ダッシュボード_10年データ_2015_2024.xlsx←注記2よりダウンロード図表6フォルダ内にデータを格納手順7:手順6までの準備ができたら、コマンドプロンプトで実行する。コマンドプロンプトに以下のコマンドをコピーして、一行ずつ実行します(図表7参照)。cdC:\Users\t-met\Documents\Dashboardstreamlitrunstreamlit_app.py図表7プログラムを実行手順7を実行すると、Webブラウザが立ち上がり、図表8のようなダッシュボードが作成されます。ChatGPTが作成するプログラムは常に同じにはならないため、出力結果は図表8と異なることもあるかもしれませんが、おおよそ同様の内容のダッシュボードが作成されるものと思います。次回は、より多くの分析ができるようにダッシュボードをアレンジする方法をご紹介していきたいと思います。図表8作成されたダッシュボード参考文献Appelbaum,D.,A.Kogan,M.Vasarhelyi,andZ.Yan.2017.Impactofbusinessanalyticsandenterprisesystemsonmanagerialaccounting.Internationaljournalofaccountinginformationsystems25:29-44.DeBusk,G.K.,R.M.Brown,andL.N.Killough.2003.ComponentsandrelativeweightsinutilizationofdashboardmeasurementsystemsliketheBalancedScorecard.TheBritishAccountingReview35(3):215-231.<注釈>Python(パイソン)は、データ分析、AI・機械学習、Webアプリ開発など、様々な用途で用いられるプログラミング言語のひとつです。また、Pythonライブラリとは、Pythonでプログラムを効率的に実行するために、特定の用途にあわせたコードをパッケージとして整理したもので、数十万のライブラリが存在しています。https://www.dropbox.com/scl/fo/ec5if4hjuwvum74486us7/AAhuGsjgfq7O98sCXTa1j-U?rlkey=6ujssmlx88hmi9nzws6k57mqw&dl=0提供:税経システム研究所
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2025/11/27 管理会計
中小企業が身につけておきたい原価管理の知識(27)
1.はじめに本シリーズでは、経営・会計において欠かせない原価管理の考え方を紹介します。これまで10回にわたって、富士フイルムビジネスイノベーション株式会社(以下、同社)による原価管理の取り組み例を紹介してきました。今回は、これまで扱った内容を振り返るとともに、原価企画活動でおさえておきたい点を確認します。2.同社の原価企画のポイント原価企画で中心的な指標となる目標原価を達成するためには、継続的な管理の仕組みを整備して、社内のルールに沿って運用することが重要になります。同社では、「目標達成度管理」という進捗管理のための制度が運用されており、その中で活動状況に応じて改善策を実行できるようになっていました。また、同社において継続的な管理を定着させられた背景には、開発商品QCD責任者が活動全般を統括し、原価推進責任者が活動実行上のサポートを行うという組織体制が編成されてきたことも関係しています。これまでの記事で紹介した同社の原価企画について、重要な点をあげると以下のようになります。原価管理部門が中心となって、全ての商品を対象に、原価企画活動や目標達成度管理の仕組みを一元的に管理している。具体的には、目標設定から達成活動までの一連の活動を推進しており、コスト評価(コストの見積りと積み上げ)、目標達成に向けての管理を行っている(目標と実績との差異を確認して、改善策を決める)。その後、コストレビュー会で活動後の振り返りを行っている(第17回、第18回、第19回、第26回の記事)。ベンチマークやコストテーブルについて、全社で同一の手法を使用しており、部品や商品等の目標原価の設定・達成活動に使用している。また、原価の見積り、検証によって得られた情報は、新商品・現行商品の原価を低減させ、原価を作り込むための「コスト戦略」でも使用されている(第19回の記事)。部品の原価を出発点として各商品の製造原価を把握し、商品の貢献利益から全社の損益へつなげている。原価の構成表では、開発時、実績時、予算時に使用する情報が明確になっており、費目ごとの責任者が配置されている(第17回、第18回の記事)。原価管理部門は、予算編成も兼任しており、新商品の製造原価、量産移行後の総原価(製造原価と年間の生産台数の積)の予算・実績管理を行っている(第26回の記事)。原価管理チームの責任者から経営陣に至る各責任者が、原価管理の経過と目標の達成度についてコストレビュー会や商品化会議で定期的に報告を行い、目標達成の可否、予算と実績の差異とその改善に対する責任を明確化している(第17回、第18回、第23回、第24回、第25回の記事)。コスト変動のリスクを数値化し、活動の進捗状況に応じて軽減するための体制がとられている(第21回、第22回、第23回、第24回、第25回の記事)。開発活動だけで対処できなかった部分に対する量産後のフォローアップがとられている(第25回の記事)。3.継続的な管理に必要なこと2で取り上げたような開発から量産への移行に至る一連の活動を行ううえで基礎となるのが、原価の可視化です。計画時に目標値を設定し、活動を実行する中で目標と実績との差異を算定し、差異を改善するための施策を迅速に行うというPDCAサイクルを回していくためには、その都度、原価を把握できていることが必要になります。原価を可視化し、継続的な管理に活用することが、目標原価の達成や商品の収益性向上へとつながります。継続的な管理を行う中で、自社内や自社を取り巻く環境は変わっていきます。同社でも、常に同じ仕組みがとられている訳ではなく、対象となる商品の市場状況に応じたコスト変動への対応の見直し等がとられています。環境の変化に応じて原価企画の活動を実行できるように、柔軟性がある運用を行うことも重要です。また、時間が経つにつれて担当者が変わることから、特定の人に依存するような管理の進め方は避けたいものです。同社では、原価管理チームから経営陣に至るまで全社的に原価に対する強い意識を持って活動に取り組めるように、仕組みや作業のフローを文書として残し、従業員の間で共有して、伝達しています。同社のように、属人的な管理とならないような工夫も、継続的な管理を進めるために必要なことです。参考文献谷武幸.2022.『エッセンシャル管理会計第4版』中央経済社.吉田栄介・伊藤治文.2021.『実践Q&Aコストダウンのはなし』中央経済社.提供:税経システム研究所
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2025/11/20 財務会計
中小企業向け国際財務報告基準第3版(5)
1.はじめに本シリーズでは、2025年2月に国際会計基準審議会(InternationalAccountingStandardsBoard:IASB)が公表した「中小企業向け国際財務報告基準(第3版)」(以下、「中小企業向けIFRS(第3版)」という)を説明しています。今回は、第31章「超インフレ会計(Hyperinflation)」(IAS第29号「超インフレ経済下における財務報告」に相当する)を解説します。超インフレ会計に関する規定は日本基準にはありませんので、あまり馴染みがないテーマかも知れません(注1)。ただ、日本の会計基準を適用している企業でも、子会社などの在外営業活動体を有する場合には、超インフレ会計の処理が必要になることがあります。「IAS第29号」では、超インフレの会計処理を行う趣旨が次のように説明されています。超インフレ経済下では、経営成績および財政状態を修正再表示せずに現地通貨で報告することは有用ではない。貨幣の購買力が著しく低下するため、同一会計期間内であっても異なる時点で発生した取引その他の事象から生じた金額を比較することは、誤解を招く(3項)。つまり、超インフレ会計が必要とされるのは、期間の比較可能性を確保するためとされています。例えば、ある企業が80円で仕入れた商品を200円で販売している場合(原価率40%)において、仕入後のインフレにより物価が50%上昇し販売価格が300円になったら、売上300円、売上原価80円、売上総利益220円が計上されます(原価率26.7%)。棚卸資産の物価変動上昇分40円が利益220円の中に含まれてしまい、企業の収益性の期間比較が困難になります。ここで、売上原価に物価変動の調整を行って、売上原価を120円(=80円×150%)と表示すれば、売上300円と売上原価120円が計上されますので(原価率40%)、比較可能性を確保することができます。2.超インフレ会計の適用プロセス第31章は、機能通貨が超インフレ経済国の通貨である企業に対して、超インフレの影響について修正した財務諸表を作成するよう要求しています(31.1項)。超インフレ会計の適用プロセスを簡略化して示すと、①適用対象国の識別、②適用科目の特定と修正金額の算定、③報告通貨への換算(超インフレ経済下の在外営業活動体を連結する場合)になります。(1)適用対象国の識別超インフレ経済国に該当するか否かは、入手可能なすべての情報を考慮して判断する必要があります。超インフレの可能性がある兆候の一つとして、「3年間の累積インフレ率(注2)が、100%に近づいているか、または100%を超えている」ことが挙げられていますが、兆候のいずれかに当てはまったとしても、必ずしも超インフレの会計処理が求められるわけではありません(31.2項)。PwCによれば、2025年6月現在における超インフレ経済国として、アルゼンチン、ブルンジ、ガーナ、トルコなどが挙げられています(注3)。したがって、機能通貨がこれらいずれかである子会社などの在外営業活動体を有する日本企業は、IFRSにより作成された在外子会社等の財務情報を基礎として連結処理を行っている場合には、その在外子会社などにIAS第29号が適用される可能性があります。超インフレ会計を適用すべき国や在外営業活動体が識別されたら、適用科目を特定します。(2)適用科目の特定と修正金額の算定機能通貨が超インフレ経済国の通貨である企業の財務諸表のすべての金額は、報告期間の末日現在の測定単位で表示しなければならないとされています(31.3項)。超インフレの影響を反映させて財務諸表を修正再表示するためには、一般物価指数を用います(31.4項)。①財政状態計算書貨幣性項目(保有している貨幣および貨幣で受け取るかまたは支払う項目で、現金預金、売掛金、買掛金など)は、一般物価指数を適用した修正再表示は行われません(31.6項)(注4)。一方、非貨幣性項目(棚卸資産、固定資産、資本など)は、期末日の公正価値で計上されているものを除いて、一般物価指数を適用して修正再表示されます。その際には、原価評価されている項目は取得日から(注5)、過去に再評価されている項目(有形固定資産など)は再評価日から報告期間の末日までの一般物価指数の変動率を適用します(31.4項、31.8項)。利益剰余金を除いた所有者持分は、拠出時から末日までの一般物価指数の変動率を適用して修正再表示されます。修正再表示後の利益剰余金は、財政状態計算書上のその他のすべての項目を修正再表示することにより算定されます(31.9項)。②包括利益計算書とキャッシュ・フロー計算書包括利益計算書とキャッシュ・フロー計算書のすべての項目については、それを最初に認識した日から報告期間の末日までの一般物価指数の変動率を適用して修正再表示します(31.11項、31.12項)(注6)。【数値例】架空の貨幣単位としてMJを用いています。インフレがない通常時には、200MJで仕入れた商品を300MJで販売していたとします(売上原価率66.7%)。そして、インフレ会計を適用した場合と適用しない場合の数値は次のようになり、インフレ会計を適用すると売上原価率の期間比較性が保たれることになります。インフレ会計を適用しないインフレ会計を適用する売上高450MJ450MJ売上原価200MJ300MJ売上原価率44.4%66.7%③正味貨幣持高に係る利得または損失通常、インフレ時において貨幣性資産を貨幣性負債よりも多く保有していれば、購買力が減少しているので損失が生じます。逆に、貨幣性負債を貨幣性資産よりも多く保有していれば、負債の返済価値が減少しているので(購買力が増加しているので)利得が生じます。このような貨幣性資産と貨幣性負債の差額である正味貨幣持高に係る利得または損失は、純損益に含めます(31.13項)。IAS第29号によれば、正味貨幣持高に係る利得または損失は、貨幣性資産と貨幣性負債の差額の期間加重平均に、一般物価指数の変動率を適用して見積もります(27項)。(3)報告通貨への換算(超インフレ経済下の在外営業活動体を連結する場合)上記(2)の修正後の財務諸表項目すべてを決算日レート(CurrentRate:CR)で表示通貨に換算します。通常、外貨建ての財務諸表項目換算においては、資本には発生日レート(HistoricalRate:HR)、損益計算書には期中平均レート(AverageRate:AR)を用いますが、超インフレ会計の処理ではCRのみ用います。今回は、「超インフレ会計」について説明しました。日本では超インフレに関する会計基準はありませんが、考え方自体は超インフレの場合でなくても当てはまります。昨今、日本でもインフレが進行しており、インフレ率を意識した財務諸表の見方や分析(物価上昇を考慮した過年度比較など)、経営計画が必要になるかもしれません。以下では、参考資料としてIAS第29号(「中小企業向けIFRS(第3版)」ではなく)を適用した日本企業の事例を2つ紹介します。事例(1)日産自動車株式会社(2024年4月1日から2025年3月31日:日本基準)連結損益計算書の営業外収益の部に、正味貨幣持高に係る利得45,160百万円が計上されています。連結貸借対照表の純資産の部に、連結子会社の貨幣価値変動会計に基づく再評価積立金△112,691が計上されています。また、「超インフレ経済下にある子会社の収益及び費用は、超インフレ会計の適用により報告期間の期末日の為替レートにより円換算している」と注記されています。(2)日本ハム株式会社(2024年4月1日から2025年3月31日:国際会計基準)の注記2023年3月期において、トルコ共和国の全国卸売物価指数が、同国の3年間累積インフレ率が100%を超えたことを示したため、当社グループはトルコ・リラを機能通貨とするトルコ共和国の子会社について、超インフレ経済下で営業活動を行っていると判断しました。このため当社グループは、トルコ共和国における子会社の財務諸表について、IAS第29号「超インフレ経済下における財務報告」に定められる要件に従い、会計上の調整を加えています。当社グループは、トルコ共和国における子会社の財務諸表の修正のため、TheTurkishStatisticalInstitute(TUIK)が公表するトルコ共和国の消費者物価指数(CPI)から算出する変換係数を用いています。2003年3月以降のCPIとそれに対応する変換係数は以下のとおりです。貸借対照表日全国消費者物価指数(CPI)2003年6月=100変換係数2003年3月31日2004年3月31日(中略)2025年3月31日98.12106.36(中略)2954.6930.1127.78(中略)1.00トルコ共和国における子会社は、取得原価で表示されている有形固定資産等の非貨幣性項目について、取得日を基準に変換係数を用いて修正しております。現在原価で表示されている貨幣性項目及び非貨幣性項目については、報告期間の末日現在の測定単位で表示されていると考えられるため、修正しておりません。正味貨幣持高に係るインフレの影響は、連結損益計算書上「金融収益」又は「金融費用」に含めて表示しております。また、トルコ共和国における子会社の当連結会計年度の損益計算書及びキャッシュ・フロー計算書は、上記の表に記載の変換係数を適用して修正しております。トルコ共和国における子会社の財務諸表は、期末日の為替レートで換算し、当社グループの連結財務諸表に反映しております。<注釈>アメリカには、超インフレ会計に関する会計基準があります。累積インフレ率は、ある期間全体で商品やサービスの価格がどれだけ上昇したかを合計したものです。たとえば、現在100円の商品が1年後には102円になり(1年目のインフレ率は2%)、2年後には107.1円になった(2年目のインフレ率は5%:5.1円÷102円)場合は、累積インフレ率は7.1%になります(7.1円÷100円)。https://viewpoint.pwc.com/dt/jp/ja/pwc/in_briefs/in_briefs_JP/20250502_inbrief_int.html(最終アクセスは2025年10月3日)。貨幣性項目はすでに現在の購買力を反映した金額で表示されているため、一般物価指数を適用した修正再表示する必要がないと考えられています。償却性資産の場合には、減価償却累計額も同様に修正再表示します。インフレが期間を通してほぼ均一であり、収益と費用の項目が期間を通してほぼ均一に生じる場合には、包括利益計算書(損益計算書)には平均インフレ率を適用することもできます(31.11項)。提供:税経システム研究所
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2025/11/13 財務会計
公益法人制度の改正(9)
はじめに「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」が、昨年2024年(令和6年)5月に改正され、新たな公益法人制度が2025年(令和7年)4月から始まっています。この改正内容を受けて2024年(令和6年)12月に改正された「公益法人会計基準」(以下、改正会計基準)が公表されました。改正会計基準は、2025年4月1日からの適用とされていますが、経過措置として、2028年4月1日から適用することも認められています。今回は、改正会計基準のなかで、「財務諸表体系」を取り上げます。10.財務諸表体系(1)財務諸表の体系平成16年改正の公益法人会計基準では、貸借対照表、正味財産増減計算書及び財産目録(第一・2)を、さらにそれらにキャッシュ・フロー計算書(注解1)を加えて財務諸表としていました(第一・2)。その後、平成20年改正では、財産目録を財務諸表から除外するとともに、附属明細書が加えられました。財産目録を財務諸表から除外したのは、財産目録が単に貸借対照表と同様の情報を含むのではなく、むしろ資産の重要な内訳や所在地や利用目的等といった物量情報が中核であると位置づけて、たとえば使途を指定して行われた寄付の対象物が現在、どこでどのように使用されているのかを示すことを求めたためです。また附属明細書は、法の要求に従ったものでした。そして改正会計基準では、「財務諸表体系」とのタイトルのもと、「作成すべき財務諸表等」とのパラグラフが設けられており、そこでは、少なくとも、貸借対照表と活動計算書、キャッシュ・フロー計算書の3つは財務諸表に含まれることが明示されています(改正会計基準、par.16)。ただし、注記、付属明細書、財産目録が、財務諸表に含まれるのか否かは、明示的ではありません。いずれにせよ、財務諸表等として作成が求めているのは、次のとおりです。【作成が求められる財務諸表等】貸借対照表活動計算書キャッシュ・フロー計算書注記附属明細書財産目録上述より明らかなように、従来「正味財産増減計算書」と呼ばれていたものが、「活動計算書」という名称を用いるようになりました。この名称変更は、日本公認会計士協会が公表している「モデル会計基準」に合わせて、かつその用語法を他の非営利法人にも当てはめていくことで、非営利法人の形態の相違に関わらず、同一の名称を用いたいとの意図であると思われます。(2)財務諸表の構成要素作成が求められる財務諸表等を踏まえて、改正会計基準で、「財務諸表の構成要素」の定義が新たに示されました(以下の定義すべては、改正会計基準、par.15によります)。・資産の定義:「過去の取引又は事象の結果として、公益法人が支配している経済的資源であり、将来の経済的便益又はサービス提供能力をもたらすものをいう。」・負債の定義:「過去の取引又は事象の結果として、公益法人が資産を放棄する、若しくは引渡しを行う、又は用役を提供する義務をいう。」・純資産の定義:「公益法人に帰属する経済的資源の純額をいい、資産と負債の差額として表されるものをいう。」・収益の定義:「純資産(基金及び評価差額等を除く。)を増加させる項目であり、資産の増加や負債の減少に伴って生じる。」・費用の定義:「純資産(基金及び評価差額等を除く。)を減少させる項目であり、資産の減少や負債の増加に伴って生じる。」お気づきのとおり、これらは、財務諸表の構成要素というよりかは、貸借対照表と活動計算書の構成要素を定義づけたものです。(3)作成すべき財務諸表等の作成目的等以下では、財務諸表等の内容の概括的理解のために、それぞれの作成目的ないしはその内容を、紹介することにいたします。まず貸借対照表の作成目的は、「公益法人の財政状態を明らかにするため、貸借対照表日における全ての資産、負債及び純資産を示すものである。」(改正会計基準、par.17)と説明されています。活動計算書の作成目的は、「公益法人の活動状況を明らかにするため、一会計期間に属する公益法人の全ての収益及び費用の増減並びにその結果としての純資産の変動を示すものである。」(改正会計基準、par.33)と説明されています。キャッシュ・フロー計算書の作成目的は、「公益法人の一会計期間におけるキャッシュ・フローの状況を報告するため、キャッシュ・フローを一定の活動区分別に示すものである。」(改正会計基準、par.55)と説明されています。注記については、「公益法人の財務諸表は、情報利用者にとって分かりやすい形で財務諸表本体を作成するとともに、情報利用者のニーズに応えるため、注記に詳細な情報を含める。」(改正会計基準、par.66)と説明されています。附属明細書については、「当該事業年度における貸借対照表及び活動計算書に係る事項を表示するものとする。」(改正会計基準、par.77)とされています。財産目録については、その内容として「貸借対照表日における全ての資産及び負債につき、その名称、数量、使用目的、価額等を詳細に表示するものでなければならない。」(改正会計基準、par.80)とされています。提供:税経システム研究所
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2025/11/06 管理会計
中小企業が身につけておきたい原価管理の知識(26)
1.はじめに本シリーズでは、経営・会計において欠かせない原価管理の考え方を紹介します。今回も、前回に続いて、富士フイルムビジネスイノベーション株式会社(以下、同社)による原価管理の取り組み例を説明します。開発活動で行われる原価企画は、目標原価の進捗状況を全社的に管理する取り組みとして行われており、そのためには活動を実行するための組織体制が重要になります。以下では、同社における原価管理チームを紹介します。2.原価企画のための組織体制の例図1原価企画を実行する時の組織体制出所:吉田・伊藤(2021,p.135)を基に作成。同社では、図1のようにして、原価管理チームが編成されています。開発商品QCD(Q:品質、C:原価、D:納期)の担当者が、開発する商品に関する目標原価の管理を統括しています(注1)。具体的に、開発商品QCD責任者は、開発方針の策定、QCD目標の達成、開発機能チームの目標設定、採用する技術・機能・仕様の作りこみと判断を担当しています。ここで、開発機能チームとは、開発、調達、生産、原価管理の部門から集められたメンバーで構成される職能横断的チームです(注2)。開発活動は、20ほどの単位に分かれて行われます。開発機能チームも活動の単位に対応して編成され、それぞれに対して目標値が割り当てられます。開発機能チームでは、設計リーダーの指揮のもとで、開発、調達、生産、原価管理のメンバーが連携しながら目標原価の達成度管理を行います。チームによる原価管理の活動は、開発初期の商品企画段階から製造開始まで一貫して行われています。前回の記事でも見たように、目標が未達であった時の事後的な対処も重要になり、中には量産段階までチームによる活動が継続することもあります。3.原価推進責任者の役割同社では、原価管理部門(注3)から任命される原価推進責任者が原価管理チームの活動に対して実行上のサポートを行っています。具体的には、下記の4つの役割を担っています。原価企画の立案(原価条件、原価目標案の設定と各チームへの割り当て、活動計画等)と開発機能チームの編成原価目標達成活動の進捗管理商品製造原価の算出、開発段階移行時のコストレビュー会での報告コスト変動管理(開発期間中に発生するコスト変動のリスクを最小限にするための管理活動)の統括上記のように、同社では、開発商品QCD責任者が目標達成全般に対して責任を負い、原価推進責任者が原価目標達成活動の推進に責任を負うというように、役割分担がされています。例えば、目標の達成状況を判断する時に用いられる「目標達成の見通し値」(注4)や差異の算出・分析は原価推進責任者が行い、開発商品QCD責任者がその結果をみて、目標の未達があれば詳細を確認して、原価の他に品質や納期にも注意しながら、改善のための指示を出したり、関連する部門に対する協力の依頼を行ったりします。原価企画では目標原価が計画通りに達成できるとは限らず、活動の状況に応じたフォローが重要になることから、継続的に対処するためのチームが必要になります。今回紹介した同社の原価管理チームのように、原価管理で対象となる分野が多岐にわたる時には、全般的な統括役と活動実行上の推進役を明確に分けることで、組織全体でのバランスをとりつつ、目標の達成状況に応じた改善策を実行することが可能になります。参考文献谷武幸.2022.『エッセンシャル管理会計第4版』中央経済社.吉田栄介・伊藤治文.2021.『実践Q&Aコストダウンのはなし』中央経済社.<注釈>開発商品QCD責任者の上には、開発商品に関して目標原価の上位目標であるビジネス採算性目標(QCD目標値に基づく商品の貢献利益等)の達成に対して責任を負う商品開発の責任者がいます。必要な時には、海外の事業所や納入企業等の取引先のメンバーが活動に参加することもあります。原価管理部門は、以下の活動を行っています。利益計画を保証する中期原価計画の策定と推進、新商品製造原価の予算・策定、量産時の原価改善の推進と原価改善額の予算設定技術・商品開発、調達・生産に関する原価ベンチマーク活動の統括コストテーブルの策定・改訂、コストテーブルによる新商品や競合商品の評価・分析新商品の原価企画の策定と管理、原価目標達成活動の推進VE(ValueEngineering)活動の立案・実践「目標達成の見通し値」については、第20回の記事を参考にしてください。提供:税経システム研究所
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2025/10/23 管理会計
企業が生き残るための製品・サービスの原価計算の勘所(21)
1.岡本[2000]による販売費及び一般管理費の分類と販売費分析という意味前々々々回の(17)で、販売費及び一般管理費を分類するにあたり、一橋大学岡本清名誉教授の名著『原価計算』の最新版である六訂版[岡本,2000]では、まず、販売費及び一般管理費を、文字どおり販売費と一般管理費に分類し、さらに、販売費を注文獲得費、注文履行費、販売事務費に分けて説明していますが、一般管理費については勘定科目を例示しているものの、本文において説明はしていません。また、前々回の(19)で、岡本[2000]では、販売費は、これを経常的に製品へ配賦されることはなく、一般管理費とともに、期間原価として当該会計期間の収益と対応して計算するので、販売費の計算では、販売費会計(marketingcostaccounting)とはいわずに、販売費分析(marketingcostanalysis)というほうが普通である[p.700]と述べていることを説明しました。そして、岡本[2000]は、一般的に行われる販売セグメント別分析として、①製品品種別分析、②販売地域別分析、③顧客種類別分析、④注文規模別分析、⑤販売経路別分析の5項目をあげています[p.700]。2.岡本[2000]による製品品種別分析(その2)(1)純益法の計算例岡本[2000]が示す純益法の計算例は、図表1のとおりです。図表1を見ると、これは全部原価計算にもとづいた、A製品とB製品という2種の製品のセグメント別損益計算書の形式です。計算法は、売上高から売上原価を差し引いて売上総利益を計算し、売上総利益から販売費と一般管理費を差し引いて営業利益を計算しています。金額の右側には、売上高の金額に対する各項目の金額の割合を記載しています。その点についていうと、百分率損益計算書の形式であるともいえます。図表1は、販売費の分析をするための表ですから、販売費については項目ごとに金額と売上高に対する比率を記載しています。図表1を概観すると、売上総利益率はA製品が42.00%でB製品は34.00%です。製品品種別の販売費の各項目の金額をみると、すべてA製品の金額のほうが多くなっています。販売費を製品品種別に分析するにあたり、製品品種別に販売費の各項目の金額を把握するためには、販売間接費を製品品種別に配賦する必要があります。前回の(20)で、岡本[2000]による販売間接費を機能別に分類した項目ごとの配賦基準の例を紹介しました。その例では、販売間接費の各項目の費用を製品品種別に配賦するときの配賦基準として、多くの販売費の項目で製品品種別の売上高や売上原価を用いることがあると説明しています。図表1でも、直接販売費および販売事務費は、製品品種別の売上高に対してそれぞれ1%となっています。直接販売費と販売事務費が、製品品種別の売上高の1%ということから、この2項目については製品品種別の売上高を配賦基準としていると推測できます。他の販売費の項目について、どのような配賦基準を採用しているのかは、推測できませんが、何らかの基準によって販売費の各項目の金額を配賦していることは間違いありません。このことが、のちに述べる純益法のデメリットにもつながります。図表1製品品種別損益計算書の例出典:岡本[2000,p.702,表13-1]を修正(2)純益法による分析の長所岡本[2000]は、「純益法の長所および短所は、全部原価計算の長所および短所に由来する」[p.700]と述べています。岡本[2000]は、表1のような純益法による製品品種別損益計算書を作成している企業の経営者が、すべての原価が売上高によって回収できることが確認できると主張していることを紹介しています[pp.702-703]。確かに、売上原価と販売費及び一般管理費を売上高でカバーしていれば、営業損益の段階で利益を得ることができます。岡本[2000]も、「純益法による製品品種分析データは、あらゆる原価の回収を図るという意味において、長期の価格決定に役立つ資料となる」と述べています。(3)純益法による分析の短所一方、岡本[2000]は、純益法で得られたデータの信頼性について、懸念を述べています。その論点は、製品品種別の収益性情報の信頼性が、販売費を製品品種別に配賦するときの配賦基準の合理性に依存しており、売上高や売上原価など便宜的、恣意的な配賦基準が多く用いられると、この分析の信頼度は低くなる[岡本,2000,p.703]というのです。販売費の各項目が適切ではない配賦基準によって製品品種別に配賦された場合、図表1でいえば、製品品種別の営業利益額の信頼性が低いのであれば、この分析の意義に疑問をもたざるをえません。また、岡本[2000]は、純益法によると、製品品種に割り当てられたすべての原価を回収する能力がなければ、直ちにそれは、会社全体の利益に全く貢献していないかのように誤解する危険がある[p.703]と述べています。この論点は、ある製品が、営業損益で赤字になっていたとしても、売上総利益を稼いでいるのであれば、その製品は部分的ではあれ販売費の回収に貢献しているという考え方に依拠していると理解できます。そのため、岡本[2000]は、販売セグメントが責任センターであるとき、責任センターの管理者の業績測定に純益法を用いることは不適当であると指摘しています[p.703]。岡本[2000]が指摘するように、図表1のような純益法の計算による分析の短所は、全部原価計算の短所に由来している[p.702]という論点はうなづけます。参考文献伊藤嘉博・目時壮浩、2021『異論・正論管理会計』中央経済社。大蔵省企業会計審議会、1962「原価計算基準」大蔵省企業会計審議会。岡本清、2000『原価計算』六訂版、国元書房。岡本清・廣本敏郎、2024a『検定簿記講義/1級工業簿記・原価計算下巻』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎、2024b『検定簿記講義/2級工業簿記』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎・尾畑裕・挽文子、2008『管理会計』中央経済社。小林啓孝、1997『現代原価計算講義』第2版、中央経済社。小林啓孝・伊藤嘉博・清水孝・長谷川惠一、2017『スタンダード管理会計』第2版、東洋経済新報社。清水孝、2006『上級原価計算』第2版、中央経済社。清水孝、2014『現場で使える原価計算』中央経済社。清水孝・長谷川惠一・奥村雅史、2004『入門原価計算』第2版、中央経済社。園田智昭、2021『プラクティカル原価計算』中央経済社。谷武幸、2022『エッセンシャル管理会計』第4版、中央経済社。提供:税経システム研究所
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2025/09/25 管理会計
生成AIを活用した財務・非財務情報の分析(6)
1.不確実性をシミュレーションする企業を取り巻く経営環境は、かつてないほど予測困難になっています。地政学的リスク、資源価格の高騰、急速な気候変動対応、金利や為替の急変動といった要素が複雑に絡み合い、長期的な事業計画や設備投資の判断を行うことは増々難しくなっているのです。こうした状況は、近年ビジネス誌や新聞などでも頻繁にみられるようになったVUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)という言葉に象徴されています。もはや、未来を一方向に定め、事業はその通りに進んでいくという想定では、適切な経営意思決定はできません。経営者や会計専門家は、不確実性を前提にした柔軟かつ構造的な判断力が求められているのです。この点、これまでの実務においても、三点シナリオ(ベース・楽観・悲観)と呼ばれる、未来のいくつかの可能性を想定し、それぞれのシナリオに分けて事業計画や投資案の評価を行うことが行われてきました。しかし、VUCAの時代にあっては、このような限定的な想定だけでは、現実的なリスクを十分に織り込むことはできません。より広範な可能性を数多くシミュレーションし、期待する成果が得られるか否かのリスク評価を計画や評価に反映させることが求められているのです。このように、将来起こりうる様々な可能性についてシミュレーションを行うためには、統計モデリング、プログラミング、数理解析等のツールを使用する必要があり、大学院レベルの数学や統計の知識が必要とされていました。また、分析が実行できたとしても、分析結果を理解するためには前提知識が必要であり、シミュレーション結果が意思決定に反映されないという問題も生じていました。しかし、生成AIが登場したことで、状況は大きく変わろうとしています。生成AIに、自然言語(普段使用している言語)で指示するだけで分析は実行可能になり、分析結果についても生成AIがわかりやすく翻訳をしてくれるようになりました。前提知識を持たずとも、不確実性を織り込んだ将来のシミュレーションを経営に活用できる時代になったのです。2.将来の可能性を数万回シミュレーションする(モンテカルロ・シミュレーション)未来に揺らぎが伴うことを前提に、「起こりうる結果の分布」や「最悪・最良のケースが起こる確率」を可視化しながら意思決定を行う手法にモンテカルロ・シミュレーションがあります。モンテカルロ・シミュレーションは、未来の不確実性を何通りも試してみることで、結果のばらつきを可視化する方法です。例えば、設備投資を行う場合に「将来の売上」「為替」「原材料価格」などは必ず変動します。これらを単なる「予測値」ではなく、一定の幅を持つものとして設定し、「もし売上が少し高かったら?」「もし為替が円高になったら?」「もし原材料価格が上がったら?」というシナリオを何千回、何万回とランダムに試行するのです。たとえば、投資案の評価にモンテカルロ・シミュレーションを用いることで、意思決定者は以下のような情報を得ることができます。平均的な結果最悪の場合どこまで落ち込むか大成功する確率投資が黒字になる確率従来行われてきたシナリオ分析は特定の状況(楽観・悲観・標準)を切り抜いたスナップ写真のように例えられますが、モンテカルロ・シミュレーションは動画や地図のように未来の全体像を確率的に示す方法であると言われます。それでは、具体的に投資案の評価の場面でどのように用いることができるか見てみましょう。3.生成AI(ChatGPT)を用いたモンテカルロ・シミュレーションの実行今回は、以下の設備投資案を想定します。なお、正味現在価値(NPV)をもとに投資案の評価を行うものと仮定します。初期投資:100億円投資期間:10年売上ベース想定:毎年45億円コストベース想定:毎年30億円為替:1ドル=150円を基準に±10円変動主要部材価格:現在水準を基準に±10%変動資金調達コスト(割引率):5%固定試行回数:10,000回それでは、モンテカルロ・シミュレーションを実行するために、ChatGPT(GPT-5)に、以下の指示を与えてみましょう(図表1参照)(注1)。初期投資100億円,投資期間10年の設備投資について,売上は毎年45億円,コストは30億円を想定。為替は150円±10円,部材価格は±10%動くと仮定し,資金調達コストを5%に設定して,NPVを10,000回シミュレーションしてください。なお,作図にあたっては,添付の日本語ファイルを使用してください。図表1ChatGPTへの指示画面出所:筆者作成すると、以下の計算結果を出力してくれます。試行回数:10,000回NPV中央値:15.8億円NPVの5パーセンタイル(下位5%)=11.3億円NPVの95パーセンタイル(上位5%)=20.3億円NPVが0パーセント未満となる確率:0%前提条件をもとに10,000回計算を行った結果、NPVは11.3億円~20.3億円となる可能性が高く、もっとも可能性が高い値としては、15.8億円程度となるという結果が導かれました。また、NPV<0となる(将来得られるキャッシュローが投資額を下回る)可能性はほぼ皆無であることも示されています(注2)。また、ChatGPTに「結果を要約してください」と伝えることで、意思決定者に伝えるためのレポートを作成してもらうことも可能です(図表2参照)。図表2ChatGPTによる結果のレポーティングこのように、生成AIを活用することで、モンテカルロ・シミュレーションのような高度なシミュレーションを容易に実行することができます。不確実な未来に対応し、経営を高度化するために、強い武器となるのではないでしょうか。<注釈>作図にあたっては、日本語フォントを指示する必要があります。以下のURLからダウンロードをお願いいたします。https://www.dropbox.com/scl/fo/0b8awcpp78osp7nxyv2um/APEnwru4ADXkUVFwvfXZ5JM?rlkey=c0y2izoezrrxi0zt33c0bc2ba&dl=0今回ChatGPTに与えている指示は最低限の情報となります。より精緻な情報を得るためには、部材価格の市場動向や売上の過年度実績データを追加で与える必要があります。提供:税経システム研究所
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2025/09/18 財務会計
中小企業向け国際財務報告基準第3版(4)
1.はじめに本シリーズでは、2025年2月に国際会計基準審議会(InternationalAccountingStandardsBoard:IASB)が公表した「中小企業向け国際財務報告基準(第3版)」(以下、「中小企業向けIFRS(第3版)」という)を説明しています。今回は、第30章「外貨換算(ForeignCurrencyTranslation)」(IAS第21号「外国為替レート変動の影響」に相当する)を解説します。2.範囲本章では、財務諸表に外貨取引および在外営業活動体(foreignoperations)(注1)を含める方法と、財務諸表を表示通貨(presentationcurrency)に換算するための方法が規定されています(30.1項)。3.機能通貨各企業は、機能通貨(functionalcurrency)(注2)を識別する必要があります。機能通貨とは、企業が主たる経済環境において営業活動を行う際に使用する通貨です(30.2項)。企業が営業活動を行う主たる経済環境とは、通常、企業が主に現金の創出や支出を行う環境をいいます(30.3項)。一度決めた機能通貨は原則として変更できませんが、理由があって機能通貨を変更した場合(注3)は、新しい機能通貨に適用される換算手続を変更の日から将来に向かって適用します(30.14項)。したがって、すべての項目を変更日の機能通貨の為替レートで換算します(過去の財務諸表は遡及修正しません)。これによる非貨幣性項目の換算額は、取得原価として扱われます(30.16項)。なお、報告企業または重要な在外営業活動体の機能通貨に変更が生じた場合は、その旨と機能通貨の変更の理由を開示します(30.27項)。4.機能通貨での外貨建取引の報告(1)当初認識外貨建取引は、外貨で表示されているか、または外貨での決済を要求する取引であり、次のような取引が該当します(30.6項)。価格が外貨で表示されている財やサービスを売買する取引。受取額・支払額が外貨で表示されている資金の貸付け・借入れをする取引。機能通貨での当初認識時には、機能通貨と外貨の取引日における直物為替レートを適用して、外貨建取引を機能通貨で記録します(30.7項)(注4)。外貨で前払金や前受金を授受した場合は、非貨幣性資産または非貨幣性負債を認識します。このときに用いられる為替レートは、非貨幣性資産または非貨幣性負債を当初認識した日の為替レートです(30.8A項)。(2)当初認識後の各期末における報告企業は、各期末において、次の処理をします(30.9項)。外貨建ての貨幣性項目を、決算日レートで換算します。外貨建ての取得原価で測定されている非貨幣性項目(建物、土地、前払金など)は、取引日レートで換算します。外貨建ての公正価値で測定されている非貨幣性項目(公正価値測定される投資不動産など)は、公正価値が測定された日の為替レートで換算します。外貨建ての貨幣性項目の決済または換算から生じた換算差額(為替差損益)は、一定の場合(下記で示す在外営業活動体に対する純投資)を除いて、それが発生した期間の純損益に含めます(30.10項)。外貨建ての非貨幣性項目に係る利得・損失については、非貨幣性項目の損益がその他包括利益に計上される場合は、利得・損失の為替差額部分もその他包括利益に計上します。逆に、非貨幣性項目の損益が純損益に認識される場合は、利得・損失の為替差額部分も純損益に計上します(30.11項)。5.在外営業活動体に対する純投資在外営業活動体とは、その事業活動が報告企業の国や通貨とは異なる国や通貨で行われている報告企業の子会社、関連会社、ジョイント・アレンジメント(共同支配の取決め)または支店です。企業は、在外営業活動体に対して貨幣性項目を有していることがあります。決済の予定がなく、予見可能な将来において決済される可能性が低い項目は、実質的には在外営業活動体に対する企業の純投資の一部と考え、次段落で説明する30.13項に従って処理されます。こうした貨幣性項目には、長期の売掛金や貸付金は含まれますが、営業債権や営業債務は含まれません(30.12項)。在外営業活動体に対する報告企業の純投資を構成する貨幣性項目について生じた換算差額は、報告企業の個別財務諸表上では純損益に含めますが、連結財務諸表上ではその他の包括利益(純資産)として認識されます(30.13項)(注5)。6.機能通貨以外の表示通貨の使用表示通貨(presentationcurrency)は、財務諸表が表示される通貨です。財務諸表をどの通貨で表示することも認められていますので、表示通貨が機能通貨と異なる場合は、次の要領で表示通貨に換算します。なお、機能通貨が超インフレ経済の通貨ではないときを前提としています。資産と負債は、期末の決算日レートで換算します。収益と費用は、取引日の為替レートで換算します(平均レートの使用については、脚注3と同様)結果として生じたすべての為替差額は、その他の包括利益に認識し、資本の内訳項目とします。その後、この差額を純損益に振り替えることはできません。7.第30章の補遺―適用指針―2023年8月に、IASBは「交換可能性の欠如(IAS第21号の改訂)」を公表しました。本改訂は、2025年1月1日以降に開始する事業年度から適用されます。本改訂が行われた背景は、次のとおりです。IAS第21号には通貨の交換可能性が一時的に欠如している場合に使用すべき為替レートの規定はありましたが、通貨の交換可能性が長期的に欠如している場合に使用すべき為替レートについての規定はありませんでした。そのため、実務上、交換可能性があるかどうかの判断や交換可能性がない場合に使用する為替レートについて一貫性がないことが指摘されていました。そこで、本改訂では、ある通貨が他の通貨に交換可能であるとはどのような状態か、他の通貨に交換可能でない場合にどのような為替レートを使用すべきかが定められました。これに整合させる形で、同様の規定が「中小企業向けIFRS(第3版)」に「第30章の補遺―適用指針―」(以下、「適用指針」という)として追加されました。そこで、簡単に説明します。「適用指針」の目的は、企業が、通貨が交換可能かどうかを評価し、通貨が交換不可能である場合に直物為替レートを見積もりやすくすることです。ある通貨が他の通貨に交換可能であるとは、一定の時間内に、強制可能な権利義務を生じさせる市場または交換メカニズムを通して、企業が通貨を他の通貨に交換することができる状態をいいます。「適用指針」は、2つのステップを示しています。ステップ1では、いくつかの事項(注6)に照らして、ある通貨が他の通貨に交換可能かどうかの判定を行います。通貨が他の通貨に交換可能であると判定された場合は、第30章の規定を適用します。測定日において、ある通貨が他の通貨に交換不能な場合(注7)は、企業は当該日における直物為替レートを見積もる必要があります(30.5A項)。そこで、ステップ2では、通貨が交換不能な場合における直物為替レートの見積りについて規定されています。ただし、通貨が交換不能な場合における直物為替レートの具体的な見積り方法は示されておらず、調整されていない観察可能な為替レート、またはその他の見積技法のいずれかを用いることができるとされています。8.日本における中小企業に関する会計「中小企業の会計に関する指針」では、次のように定められています(76~77項。有価証券に関する規定は省略)。外貨建取引は、原則として、当該取引発生時の為替相場による円換算額をもって記録します。外国通貨、外貨建金銭債権債務(外貨預金を含む)については、決算時の為替相場による円換算額を付します。「中小企業の会計に関する基本要領」では、次のように定められています(12項)。外貨建取引は、その取引発生時の為替相場による円換算額で計上します。外貨建金銭債権債務については、取得時の為替相場または決算時の為替相場による円換算額で計上します。今回は、「中小企業向けIFRS(第3版)」という)の第30章「外貨換算」を説明しました。その結果、IAS第21号に近い規定であること、日本の「外貨建取引等会計処理基準」にはない規定があること、日本の中小企業に関する会計よりも詳細に規定されていることが指摘できます。<注釈>日本の「外貨建取引等会計処理基準」では、在外営業活動体という統一した概念はなく、在外支店や在外子会社等の組織形態に分けて、それぞれ換算方法が定められています。日本の「外貨建取引等会計処理基準」には、機能通貨に関する規定はありません。たとえば、主要な販売市場や仕入市場が変わった場合などが挙げられます。実務上の理由から、取引日のレートに近似するレート(例えば、1週間や1か月の平均レート)が使用されることも多いですが、為替レートが著しく変動している場合は、一定期間の平均レートの使用は不適切であるとされています(30.8項)。日本の「外貨建取引等会計処理基準」には、在外営業活動体に対する純投資から生じた換算差額に関する規定はありません。例えば、他の通貨を獲得する能力の有無、強制可能な権利義務を生じさせる市場や交換メカニズム、他の通貨を獲得する目的などが挙げられています。交換不能な場合の例としては、政府による為替管理、ハイパーインフレーション、国際的な経済制裁などがあります。提供:税経システム研究所
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2025/09/11 管理会計
企業が生き残るための製品・サービスの原価計算の勘所(20)
1.岡本[2000]による販売費及び一般管理費の分類と「販売費分析」という意味前々々回の(17)で、販売費及び一般管理費を分類するにあたり、一橋大学岡本清名誉教授の名著『原価計算』の最新版である六訂版[岡本,2000]では、まず、販売費及び一般管理費を、文字どおり販売費と一般管理費に分類し、さらに、販売費を注文獲得費、注文履行費、販売事務費に分けて説明していますが、一般管理費については勘定科目を例示しているものの、本文において説明はしていません。また、前回の(19)で、岡本[2000]では、販売費は、これを経常的に製品へ配賦されることはなく、一般管理費とともに、期間原価として当該会計期間の収益と対応して計算するので、販売費の計算では、販売費会計(marketingcostaccounting)とはいわずに、販売費分析(marketingcostanalysis)というほうが普通である[p.700]と述べていることを説明しました。そして、岡本[2000]は、一般的に行われる販売セグメント別分析として、①製品品種別分析、②販売地域別分析、③顧客種類別分析、④注文規模別分析、⑤販売経路別分析の5項目をあげています[p.700]。2.岡本[2000]による製品品種別分析(その1)(1)純益法と貢献利益法では、岡本[2000]に依拠して、具体的な分析手法の説明について概説していきます。岡本[2000]は、販売費を販売セグメント別に分析する方法として、製品品種分析に純益法と貢献利益法があると説明しています[pp.701-713]。純益法では、岡本[2000]によると、全部原価計算にもとづき、製造原価、販売費及び一般管理費のすべてを各製品品種に割り当て、製品品種別の純利益を計算することにより、各品種の収益性を分析します[p.701]。一方の貢献利益法は、直接原価計算にもとづき、各製品品種別売上高から変動製造費および変動販売費を差引いて「貢献利益」を計算し、「貢献利益」から品種別の個別固定費(製造費および販売費)を差引いて「製品貢献利益」を計算して、各品種の収益性を分析する方法です[岡本,2000,p.703]。日本商工会議所簿記検定試験のテキスト[岡本・廣本,2024a]においても、同様の説明をしています[p.42]。(2)純益法における販売費及び一般管理費の直課と配賦1)販売直接費の直課今回と次回にわたり、純益法について概観します。岡本[2000]は、純益法の計算手続では、販売直接費を各製品品種に直課すると説明しています[p.701]。販売直接費の例として、岡本[2000]は、製品品種別の広告費、製品品種別の見本費、特定の製品品種のみを担当する販売員の給料、販売員手数料、特定の製品のみを保管する倉庫費などをあげています[p.701]。この販売費の分類は、機能別分類にもとづく費目を前提にしています。2)販売間接費の配賦岡本[2000]はまた、純益法において、販売間接費を特定の配賦基準によって各製品品種に配賦すると説明しています[p.701]。岡本[2000]では、販売間接費の配賦において販売費を分類するにあたり、販売直接費と同様に機能別分類にもとづいた費目ごとに、図表1のように配賦基準を例示しています[pp.701-702]。図表1販売間接費の配賦基準の例機能別販売間接費配賦基準の例広告費および販売促進費製品品種別売上高(これは、合理的な基準ではなく、便宜的基準であって、実際または予算売上高が用いられる)直接販売費製品品種別売上高販売員の報告書に記載された製品品種別の接客時間数多数の販売担当者の判断による製品品種別販売努力の平均的割合市場調査費製品品種別売上高倉庫費製品品種別専有面積×保管日数在庫品の平均価額取扱品の個数・重量運送費製品品種別売上高売上品の個数・重量(トラック運送の場合の)製品品種別トンキロ数掛売集金費製品品種別売上高製品品種別顧客数または送状数販売事務費製品品種別送状数製品品種別売上高製品品種別売上原価岡本[2000,pp.701-702]をもとに、筆者作成3)一般管理費の配賦岡本[2000]は、一般管理費の分析について、販売間接費と同様に、一般管理費を製品品種別に配賦すると説明しています[p.701]。とはいえ、「一般管理費は製品品種別売上高または売上原価で配賦されることが多い」[岡本,2000,p.702]と述べており、販売間接費のように機能別に分類した費目ごとではなく、いわば製造間接費の配賦における「総括配賦」のように、製品品種別売上高または製品品種別売上原価という「一つの配賦基準で総額を配賦する」方法を説明しています。さらにいえば、岡本[2000]では、機能別分類による「販売費および一般管理費分類表」[p.694]においては、一般管理費の分類を次のように例示しています。各管理部門費の次に示している費目はすべて給料となっていますが、この点は、「一般管理費を販売セグメントに配賦すること」の難しさを物語っていると考えます。そもそも、費用の配賦計算は、適切な配賦基準にもとづいて行われるべきです。ここでいう適切な配賦基準とは、配賦する費用のコスト・ビヘイビアを説明できる何らかの基準のことで、よく使われるのが経営の活動量を示す操業度です。たとえば、製造量を操業度とした場合、製造原価を変動費と固定費に分解したときには、製造量の増減にともなって製造原価がどのように発生するのかを把握できます。したがって、製造活動と製造原価との間に、いわば「関数関係」を描くことができるという前提で、製造原価の測定や分析を行います。しかしながら、一般管理費の発生については、各製品品種の製造活動を反映する操業度の増減によってコスト・ビヘイビアを説明することができず、いわば「関数関係」を描くのは困難です。とはいえ、岡本[2000]のいうように、「販売間接費(および一般管理費)は、各製品品種へなんらかの基準にもとづいて配賦する」[p.701、下線引用者]ことが求められるという前提であれば、操業度の尺度である「製品品種別売上高または売上原価で配賦されることが多い」[岡本,2000,p.702]というのも、致し方ないのかもしれません。とはいえ、各管理部門の活動との関連で、一般管理費の各費目がどのようなコスト・ビヘイビアを描くのか、ということをある程度は測定できるかもしれません。この点を詳細に検討するにあたっては、活動基準原価計算(activity-basedcosting:ABC)によって解決策を見いだせる可能性があると、筆者は考えています。参考文献伊藤嘉博・目時壮浩、2021『異論・正論管理会計』中央経済社。大蔵省企業会計審議会、1962「原価計算基準」大蔵省企業会計審議会。岡本清、2000『原価計算』六訂版、国元書房。岡本清・廣本敏郎、2024a『検定簿記講義/1級工業簿記・原価計算下巻』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎、2024b『検定簿記講義/2級工業簿記』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎・尾畑裕・挽文子、2008『管理会計』中央経済社。小林啓孝、1997『現代原価計算講義』第2版、中央経済社。小林啓孝・伊藤嘉博・清水孝・長谷川惠一、2017『スタンダード管理会計』第2版、東洋経済新報社。清水孝、2006『上級原価計算』第2版、中央経済社。清水孝、2014『現場で使える原価計算』中央経済社。清水孝・長谷川惠一・奥村雅史、2004『入門原価計算』第2版、中央経済社。園田智昭、2021『プラクティカル原価計算』中央経済社。谷武幸、2022『エッセンシャル管理会計』第4版、中央経済社。提供:税経システム研究所
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2025/09/04 財務会計
公益法人制度の改正(8)
はじめに「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」が、昨年2024年(令和6年)5月に改正され、新たな公益法人制度が2025年(令和7年)4月から始まっています。この改正内容を受けて2024年(令和6年)12月に改正された「公益法人会計基準」(以下、改正会計基準)が公表されました。改正会計基準は、2025年4月1日からの適用とされていますが、経過措置として、2028年4月1日から適用することも認められています。いわば、2028年3月31日までは改正前の会計基準を適用することが可能です。前回では、改正会基準において、その冒頭に追加された「財務報告の目的」を取り上げました。今回は、引き続き、改正会計基準のなかで、改正前と同様の位置づけとして記されている「総論」の内容を確認していきたいと思います。9.総論(1)重要な改正点改正前の会計基準では記されていた「一般原則」のタイトルが削除されたことが、重要な改正点となります。改正前の会計基準で示されていた一般原則は、具体的には、真実性の原則、明りょう性の原則、正規の簿記の原則、継続性の原則、重要性の原則の5つでした。改正前の会計基準では、これら5つの原則は次のように記されていました。「(1)財務諸表は、資産、負債及び正味財産の状態並びに正味財産増減の状況に関する真実な内容を明りょうに表示するものでなければならない。(2)財務諸表は、正規の簿記の原則に従って正しく記帳された会計帳簿に基づいて作成しなければならない。(3)会計処理の原則及び手続き並びに財務諸表の表示方法は、毎事業年度これを継続して適用し、みだりに変更してはならない。(4)重要性の乏しいものについては、会計処理の原則及び手続並びに財務諸表の表示方法の適用に際して、本来の厳密な方法によらず、他の簡便な方法によることができる。」(平成20年度改正「公益法人会計基準」第1・3)後述するとおり、これら5つの一般原則のなかで、継続性の原則と重要性の原則は、改正会計基準でも引き継がれています。そのため実質的に削除されたのは、真実性の原則、明りょう性の原則、正規の簿記の原則の3つの原則となります。真実性の原則が削除されたのは、前回のリポートで取り上げた「財務報告の目的」において、意思決定有用性を主眼において財務報告の目的を定めようとしたため、すなわち有用性を強調したためと思われます。また明りょう性の原則は表示を規制する原則ですが、財務諸表の表示や注記に関する規定がより具体的に設けられることにより、その必要性が低下したことが、削除される背景に含まれるように思われます。さらに正規の簿記の原則は、改正会計基準が財務諸表を手段とした財務情報の提供に重きを置いており、複式簿記と財務諸表との有機的なつながりへの意識が希薄化していることを示しています。(2)改正会計基準の「総論」の内容まず改正会計基準の「目的及び適用範囲」については、「この会計基準は、公益法人の財務諸表、注記、附属明細書及び財産目録の作成の基準を定め、公益法人の健全なる運営に資すことを目的とする。」(改正会計基準、par.8)と記されています。この規定では、「注記」が追加されている点が、改正前とは相違します。この追加は、改正会計基準において、注記を重要視していることを意味しています。情報の作成者である法人の多くの関係者から、改正会計基準について、財務諸表は単純化されたかも知れないが、注記を考慮すると、何もわかりやすくもなく、単純にもなっていないとの指摘を受けていますが、この指摘はまさに重要な事項が注記での記載へ変更されていることを意味しています。次に「継続組織の前提」については、「この会計基準は、公益法人が継続して活動することを前提としている。したがって、組織の清算や全事業の廃止など、組織の継続を予定していない場合には、この会計基準は適用されない。」(改正会計基準、par.9)と記されています。ここでは、改正前と全く同じ文章が継承されています。そして改正会計基準では、新たに「会計方針」と「重要性」が独立したタイトルを付されて記されています。「会計方針」については、「公益法人が財務諸表の作成に当たって、その会計情報を正しく示すために採用した会計処理の原則及び手続きを会計方針という。会計方針は、正当な理由により変更を行う場合を除き、毎期継続して適用する。」(改正会計基準、par.10)と規定されています。すなわち、この規定は会計方針に係る継続性の原則が示されています。改正前との相違としては、財務諸表の表示方法を対象とした継続性の原則ではない点です。また、正当な理由としては、会計基準の改正に伴う会計方針の変更とそれ以外の正当な理由に分けられるとしています。後者は、自発的に行う会計方針の変更の場合ですが、何をもって正当な理由となるのかは不明であり、会計基準の規定文としては課題を残しています。なお、注記すべき事項として、「重要な会計方針等の注記」として、表示方法の変更を行った場合には、その内容を記すことが、また会計方針の変更が行われたときは、その旨や、その理由、財務諸表への影響等を記すことが、求められています(改正会計基準、par.68)。そのため、継続性の原則の適用として、表示方法も意識されていることが含意されるとともに、法人自らの判断で正当な理由により重要な会計方針の変更を行った場合には、その理由等を記さなければならない措置が取られています。つづいて「重要性」については、「重要性の乏しいものについては、会計処理の原則及び手続並びに財務諸表の表示方法の適用に際しては、本来の厳密な方法によらず、他の簡便な方法によることができる。」(改正会計基準、par.11)と記されています。この規定そのものは、改正前と同じものです。ただし、改正会計基準では重要性の原則の適用により、簡便な方法によることができる例が挙げられています。たとえば、消耗品や貯蔵品等の金額に重要性が乏しい場合には、その買入時または払出時に経常費用として処理できることや、寄付金等の金額に重要性がない場合で、資源提供者からの制約の期間が当該事業年度末までのときは、一般純資産の増加額として処理することができること、収益事業に係る課税所得の額に重要性が乏しい場合には、税効果会計の適用を行わない処理ができることなど(改正会計基準、par.12)が挙げられています。加えて、「事業年度」について、「公益法人の事業年度は、定款で定められた期間によるものとする。」(改正会計基準、par.13)と記されています。これは改正前と同一の文章となっています。さらに「会計区分」については、「公益法人は、法令により、必要と認めた場合には会計区分を設けなければならない。」(改正会計基準、par.14)と記しています。会計区分とは、企業会計でいうところの会計単位に相当します。公益認定を受けている法人は、周知のとおり、たとえば公益目的事業や収益事業、法人といった会計区分が設けられうることになります。この規定もまた、改正前の同様の内容となっています。提供:税経システム研究所
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