商事法研究レポート
MJS税経システム研究所・商事法研究会の顧問・客員研究員による商事法関係の論説、重要判例研究や法律相談に関する各種リポートを掲載しています。
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2026/03/13 論説
アルゴリズムカルテル - AI時代のカルテルの新しいかたち -
1.はじめに経済のデジタル化が進展し、その利活用によって企業競争がますます激化する中で、多くの企業が最先端技術であるアルゴリズム(algorithm:計算手順)とAI(ArtificialIntelligence:人工知能)を活用して事業活動を行うようになってきています。いまやアルゴリズムとAIは、企業の事業展開や商業的・戦略的な意思決定にも影響を及ぼすに至っています。そのなかでも、企業は価格決定の迅速化と最適化を目指して、アルゴリズムとAIを用いた動的価格決定(ダイナミック・プライシング)を活用しています。これが現代の企業の競争力の源泉となりつつあります。ここでアルゴリズムとは、特定の問題を解く方法や目標を達成する方法を示した一連の「手順・計算方法」をいいます。公正取引委員会経済取引局「デジタル市場における競争政策に関する研究会報告書」(令和3年3月公表。以下「研究会報告書」といいます)(注1)によると、「アルゴリズム」の概念自体はコンピューターが誕生する以前から存在しているものの、普遍的な定義はまだないといわれており、「アルゴリズム」という用語は、デジタル分野に限って使用されるものではなく、多義的な意味を持つとされています。このアルゴリズムの経済活動における活用は、市場効率性を高める有益なものであるとともに、他方において新たな競争法上の問題を惹き起こすに至っています。特にアルゴリズムを利用した情報プラットフォームの開発や運用についてカルテル(不当な取引制限)が問題になっています。2.アルゴリズムカルテルとは前述のように、競争事業者の価格の調査や自社商品・サービスの価格決定にアルゴリズムやAIが活用されるようになっており、カルテルの合意や実施がこれまで以上に容易になったり、新たな形態の協調的行為が出現するようになってきています。それがアルゴリズムカルテルと呼ばれるものです(注2)。アルゴリズム・AIとカルテルの問題については既に海外においてはOECDや欧州競争当局をはじめ諸外国において活発に議論がされており、デジタルカルテルの出現が予見されていました。いまやそれが現実のものとして企業社会の公正な競争への新たな障害となりつつあるのです。上述の研究会報告書によると、アルゴリズムカルテルに分類されるものとして、①監視型アルゴリズム、②アルゴリズムの並行利用による協調的行為、③シグナリングアルゴリズムを利用する行為、④自己学習アルゴリズムによる協調的行為に分けられます。〈図表1.アルゴリズムカルテルの分類〉①監視型アルゴリズム競争事業者間で価格カルテルなどの合意が行われている場合に、その合意の実効性を確保する目的で、競争事業者の価格情報等を収集したり、合意からの逸脱がある場合に報復したりするために価格調査アルゴリズムを用いる類型②アルゴリズムの並行利用による協調的行為アルゴリズムが競争事業者間の価格を同調させる役割を果たす類型。さらに競争事業者以外の第三者が慣用するかどうかにより、ⅰ)競争事業者間で価格カルテルなどの合意が行われている場合にその合意に従って価格を付けるように設定されたアルゴリズムを当該事業者間で用いる場合、ⅱ)複数の競争事業者が同一の第三者(価格アルゴリズムベンダーなど)が提供するアルゴリズムを利用することにより価格が同調する場合とに分けられる。③シグナリングアルゴリズムを利用する行為値上げのシグナリングを行うとともに、それに対する競争事業者の反応を確認するためにアルゴリズムを用いる類型。シグナリングを行う事業者は継続的に将来の値上げの意図に係る情報などのシグナルを送るとともにそれに反応して他の事業者が送るシグナルを監視する。④自己学習アルゴリズムによる協調的行為各競争事業者が機械学習や深層学習を利用して価格設定を行った結果、互いに競争的な価格を上回る価格に至る類型。各事業者は自己学習アルゴリズムを利用して価格設定を行うだけで相互に価格を同調させる意思がなくても自己学習アルゴリズム間の相互作用により競争的な価格を上回る価格に至る可能性がある。〈図表2.アルゴリズムカルテルの分類(図解)〉(デジタル市場における競争政策に関する研究会報告書「アルゴリズム/AIと競争政策」(概要)より)以上の類型のうち特に重要なものは、アルゴリズムの並行利用による協調的行為(類型②)であり、さらにそのうちの第三者が関与する場合ⅱ)が問題とされています。前述のとおり、第三者が関与する場合としては、複数の競争事業者が価格設定アルゴリズムのベンダーなどの同一の第三者が提供するアルゴリズムを利用することによって価格が同調する場合が問題です。たとえば、複数の競争事業者が、特定のアルゴリズムベンダーにそれぞれの価格を同調させるような価格設定アルゴリズムを開発させ、そのアルゴリズムを利用する場合などです。また、利用事業者間に価格を同調させる意思はないものの、特定の市場において利用される価格設定アルゴリズムの大半を提供しているベンダーが、利用事業者に知らせずに、利用事業者間の価格を同調させるアルゴリズムを提供する場合も、協調的な価格設定をもたらすといわれています。3.アルゴリズムカルテルと独占禁止法⑴不当な取引制限(カルテル)規制の概要独占禁止法は、複数の事業者が相互に連絡を取り合い、各事業者が個別に自主的に決めるべき商品の価格や販売・生産数量などを共同で取り決める行為を不当な取引制限として禁止しています(カルテルの禁止)。独占禁止法はカルテルを共同行為として禁止行為としているため、他の事業者と「共同して」行うことが要件とされています。「共同して」行うとは、複数の事業者に相互に「意思の連絡」があることが必要であるとされています。ただし、合意は「明示」に行われる場合だけではなく、相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、これを暗黙で認容する「黙示」による意思の連絡をも含むと解されています。すなわち、競争者間の明示的な合意は認められなくとも、各事業者による独立の価格設定(後記の意識的並行行為)とは評価できないような場合には、並行的な価格の引上げといった外形的な事実に加え、それが独立の行動によって行われたことを排除する事実等によって、黙示による意思の連絡が推認されます。また、事業者が競争事業者の価格引上げを観察して、自らも追随することが利益になると判断して、自らも値上げをすることを決定する場合など、事業者間にコンタクトがなく、それぞれが独立して価格決定した結果、同じ価格水準に至ることもあり得ますが、このような行為は意識的並行行為と呼ばれて、カルテル規制の対象とはされていません。このように、独占禁止法のカルテル規制では、競争事業者間の相互の意思の連絡が要件とされていることには注意が必要です。この点、アルゴリズムカルテルにおいては、競争事業者間の意思の連絡の認定に関して、アルゴリズムを介した協調行為であって、従前のカルテルのように人間同士の会話や文書による合意が存在しないために立証が困難であるといわれています。そこで、黙示的意思の連絡の認定が問題となり、同一アルゴリズムや同一データソースを利用することで、結果的に競争事業者間の価格戦略が一致することで意思の連絡が推認される場合があります。その際、価格変動の同期性、アルゴリズム設計の共通性、ベンダーを介した情報共有などが意思の連絡を推認する際の間接事実となります。⑵ハブアンドスポーク型カルテルの意義ところで、前述したような第三者である同一のアルゴリズムベンダーを複数の事業者が利用することによって価格が同調する場合は、当該第三者を中心(ハブ)として価格が同調することから、ハブアンドスポーク型カルテルと呼ばれています。アルゴリズムベンダーを介したハブアンドスポーク型の価格協調行為は、スポーク(アルゴリズム利用事業者)間で情報交換を行わない場合やスポークが価格を同調させるアルゴリズムの存在を知らない場合であっても(結果的に)価格の同調がもたらされることがあります。そして、競争事業者間に意思の連絡が要件とされている独占禁止法のカルテル規制の適用において、アルゴリズムを利用した価格協調的行為については、競争事業者間の意思の連絡が明確ではなくその適用に困難を伴うことが少なくありません。特にアルゴリズムベンダーを介したハブアンドスポーク型カルテルにおいては、アルゴリズムを利用する競争事業者間で情報交換を行わなくても、それぞれの価格を同調させることができるため、価格の協調はあくまで結果に過ぎないともいえます。また、値上げを公に発信するシグナリングアルゴリズム(図表1③)においても、競争事業者に向けた価格引上げの勧誘とみるかあるいは通常の事業活動であるかの区別は困難です。さらに、自己学習アルゴリズム(図表1④)の場合、アルゴリズム利用の結果として価格の協調がもたらされているにすぎず、事業者間に協調的意思が存在しない場合もあります。またハブアンドスポーク型において、競争事業者間で情報交換を行わずに価格を同調させるためにはハブであるアルゴリズム提供者の役割が重要となり、アルゴリズム提供者が協調的行為において積極的役割を担うこともあります。⑶アルゴリズムカルテルに対する独占禁止法適用上の問題点さらに、アルゴリズムカルテルに対する独占禁止法適用上の問題点について検討します。ここでは特に問題の大きい、監視型アルゴリズム(図表1①)と並行利用型アルゴリズム(図表1②)について説明をします。アまず、監視型アルゴリズムについてです。ここにおいて、合意の実施を監視するためにアルゴリズムを用いる場合および合意に従った価格設定を自動で行うためにアルゴリズムを並行利用する場合においては、アルゴリズムを利用して合意の実施状況を監視したり、合意に従った価格設定を行っているものの、アルゴリズムの利用以前に一定の行動を取ることについて複数事業者の合意が存在するためにカルテルとなり得るとされています。これらの場合において、アルゴリズムは、合意参加者の合意からの逸脱の監視や逸脱に対する報復、合意に従った価格設定を自動化するなど、合意の実施を促進する役割を果たしているものです。イ次に、並行利用型アルゴリズムについてですが、これは前述したハブアンドスポーク型になります。ハブアンドスポーク型については、競合関係にある複数のアルゴリズム利用事業者が、同一の第三者から提供されるアルゴリズムを用いることにより価格が同調することについて共通の認識がある場合と、利用事業者には当該アルゴリズムを利用することにより価格が同調するという認識はないものの、同一の第三者が、複数の利用事業者にそれぞれの価格を同調させるようなアルゴリズムを提供する場合とに分けることができます。前者の利用事業者間に価格が同調することの共通の認識がある場合については、複数の競争事業者が、同一のベンダーや事業者団体といった同一の第三者が提供する価格設定アルゴリズムを利用することによって相互に価格が同調することを認識しながら当該アルゴリズムを用いる場合や、価格設定アルゴリズムを提供するプラットフォーム事業者がすべての利用事業者の販売価格に同じ割引率の上限を課すことを利用事業者に周知し、利用事業者がそれを認識しながら利用する場合などは、利用事業者間において直接・間接の情報交換はない場合でも、利用事業者間で価格が同調することの共通の認識があると考えられます。そのような認識のうえで当該アルゴリズムを利用している場合には、利用事業者による独立の価格設定とは評価できず、利用事業者間に意思の連絡が認められ、カルテルとして独占禁止法違反となり得ると考えられます(注3)。また、後者の利用事業者には価格が同調することの認識はないものの、アルゴリズムの提供事業者が複数の利用事業者の価格を同調させる場合、たとえば、特定の市場において利用される価格設定アルゴリズムの大半を提供している事業者が、利用事業者に知らせずに、利用事業者間の価格を同調させるアルゴリズムを提供するような場合には、利用事業者間の意思の連絡を認めることはできませんが、利用事業者間の価格の同調を主導したアルゴリズム提供事業者の行為は、一定の場合には独占禁止法違反(支配型私的独占)となり得ると考えられます。4.アルゴリズムと独占禁止法(競争法)に関する国内外の動向⑴国内の動向について-食べログ事件価格アルゴリズムと独占禁止法に関する最近の事例として食べログ事件があります。これは、飲食店のポータルサイトの一つである食べログを運営する株式会社カカクコムが実施した(価格)アルゴリズムの変更が独占禁止法に違反するかが問題となった事案です。すなわち被告が食べログにおける飲食店の点数(評点)を算出するためのアルゴリズムに同一運営主体が複数店舗を運営している飲食店(チェーン店)の評点を下方修正する変更を実施したのに対し、ユーザーである原告が被告によるアルゴリズムの変更が優越的地位の濫用に当たるとして、独占禁止法違反を理由とする損害賠償請求ならびにアルゴリズムの使用差止請求をし、一審は、被告の行為は優越的地位の濫用に当たるとして損害賠償請求を認容し、差止請求を認めませんでした(東京地判令和4・6・16LEX/DB【文献番号】25593696)。これに対し、控訴審は、控訴人(原審被告)の敗訴部分を取消しています(東京高判令和6・1・19裁判所WEBhttps://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/890/092890_hanrei.pdf)。なお、本事件はわが国で初めてのアルゴリズム変更の独禁法違反性を争点としたもので社会的にも大きな注目を集めました。本稿は判例評釈ではないので同事件を巡る諸検討については各評釈を参照いただくこととして詳細には触れませんが、いわゆるデジタルプラットフォームが優越的地位に該当することならびにアルゴリズムベンダーによるアルゴリズム変更が独占禁止法違反の可能性を生じ得ることを判示した点で重要な意義を有すると考えます。⑵海外の動向米国においては既にアルゴリズムが価格決定や取引条件に何らかの形で影響することによって競争の制限が生じたとして、市民または連邦政府もしくは州政府によって、ソフトウェア運営事業者や当該事業者と取引を行っていた関係者に複数の訴訟が提起されるとともに、各州などにおいて一定のアルゴリズムによる価格決定を禁止する法律または条例が制定されるに至っています。特にアルゴリズムを用いた値付けが反トラスト法(シャーマン法)に違反するかどうかが多くの訴訟の争点となっています。アルゴリズム価格設定が問題とされている業界としては、ホテル事業(ホテルの客室価格の設定)、医療保険業界(医療報酬の設定)、賃貸マンション事業(賃料の価格設定)などがあります。アルゴリズム価格設定に係る訴訟のうち最も注目を集めている事件としてはRealPage事件があります。同事件は、RealPage社のソフトウェアを利用する家主から、アパートの賃料等の非公開かつ競争上重要な情報を、当該ソフトウェアの訓練等のために収集した上で、賃料価格や他の条件を含む「推奨値(recommendations)」を共通のアルゴリズムを用いて生成し、算出した推奨価格に従ったことが価格固定の合意とみなされたというハブアンドスポーク型の事案です。現時点(2026年1月)においてまだ裁判所による重要な判断はされていない状態です(注4)。5.おわりにアルゴリズムカルテルに関する議論が本格化してまだ間もなく、明確な基準が示されているというわけではありません。この点、公正取引委員会が2025年6月20日に公表した「実効的な独占禁止法コンプライアンスプログラムの整備・運用のためのガイド」(令和7年6月改訂版)(注5)においてアルゴリズムカルテルについて、「競争事業者の価格の調査や自社の商品・役務の価格設定にアルゴリズムが活用されるようになっていることに伴い、カルテルの合意や実施がより容易になったり、新たな形態の協調的行為が出現」しているとして注意喚起をしています。確かにAIの進歩により様々なアルゴリズムベンダーから次々と提供されるサービスは事業者にとって利便性が高く、競争力の強化にも資する魅力あるものではありますが、そのようなサービスを活用した事業活動には独占禁止法違反のリスクも伴い、いつの間にか自社が、例えばハブアンドスポーク型カルテルに関わっていたなどということがないように、平時から高い独占禁止法コンプライアンス意識を持ちながら利活用をするように努める必要があります。<注釈>https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2021/mar/210331_digital.html矢吹公敏「実務解説『事業者間の協調行為』となるケースとは『アルゴリズムカルテル』による独禁法違反リスク回避の留意点」経理情報1756号(2025年10月)58頁以下アルゴリズム・AIによる意思の連絡があり得るか、という点については、これをハブアンドスポーク問題の一つとして捉えられるものの、アルゴリズム・AIを道具として用いて伝統的な意味での意思の連絡が行われるということはあるが、人や組織の作用があるわけではないのにアルゴリズム・AIが独自に動いて価格の斉一化などをもたらした、というに過ぎない場合は、意思の連絡と扱って人や組織を法的に非難するというコンセンサスは、まだない、という指摘があります(白石忠志『独占禁止法〔第4版〕』(有斐閣・2024年)234頁)。しかし、その後の技術の進歩状況を見ると、アルゴリズムベンダーによるアルゴリズム等の設定が恣意的に行われることへの懸念は払拭し切れず、法的対応の可能性については引き続き検討が必要と思われます。池田武義・浅尾昇太・赤川圭「海外紛争解決トレンド(59)米国におけるアルゴリズムによる価格設定に関する訴訟の動向」JCAジャーナル73巻1号(2026年1月)47頁以下https://www.jftc.go.jp/dk/250620_compliance_tougoguide.pdf提供:税経システム研究所
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2026/02/27 論説
親会社取締役の子会社管理責任
1はじめに親子関係にある会社において、子会社に不祥事が生じた場合、子会社の役員に子会社に対する責任問題が生じるのは当然のことです。では親会社の役員は、子会社の不祥事に関し、親会社に対し責任を負うことになるのでしょうか。親会社は、本来、子会社の株主にすぎず、これだけでは、子会社において不祥事が生じないよう注意すべき義務は負ってはいません。しかし、現行会社法は、取締役会の義務として、自社(親会社)・子会社からなる企業集団における内部統制の整備を義務づけています(会362条4項6号)。したがって子会社に不祥事が生じても、親会社の取締役は常に漫然とこれを看過していて良い訳ではありません。しかし、親会社の取締役が一般的に子会社を管理・監督する責任を負っているか否かに関しては、会社法上明確な規定がありません。そこで、本稿では、どのような場合に親会社の取締役が子会社の管理責任を負うことになるのかについて、学説・判例の状況を概観したいと思います。2親会社取締役における子会社管理義務の有無本来、株主が、自己の株主としての権利を行使するか否かは自由です。したがって、従来は、親会社の取締役が子会社管理のために株主権を行使しなかったとしても、原則的には責任は生じないとするのが多数説でした。その代表例である東京地判平成13・1・25判例時報1760号144頁(野村證券株主代表訴訟)は、親会社の米国100%孫会社が、ニューヨーク証券取引所に米国証券取引委員会規則違反を理由として課徴金を納付した事案です。親会社の株主が親会社の取締役に損害賠償を求めた株主代表訴訟においては、以下のように判示されています。すなわち、「親会社の取締役は、特段の事情のない限り、子会社の取締役の業務執行の結果子会社に損害が生じ、さらに親会社に損害を与えた場合であっても、直ちに親会社に対し任務懈怠の責任を負うものではない」。もっとも「親会社と子会社の特殊な資本関係に鑑み、親会社の取締役が子会社に指図をするなど、実質的に子会社の意思決定を支配したと評価しうる場合であって、かつ、親会社の取締役の右指図が親会社に対する善管注意義務や法令に違反するような場合には、右特段の事情があるとして、親会社について生じた損害について、親会社の取締役に損害賠償責任が肯定されると解される」というものです。しかし平成9(1997)年の独占禁止法の改正により純粋持株会社が解禁されたことを契機として、純粋持株会社の取締役は、対外的な事業活動を行わず、株式所有を基礎にして他の会社(子会社・孫会社)を支配しこれを統括管理することになるため、持株会社の株主の利益保護のために子会社を支配し管理する義務を負うことになると解されるようになりました。平成26(2014)年改正会社法における法制審議会会社法制部会では、会社法中に株式会社は子会社を管理・監督しなければならない旨の明文規定を置くか否かで積極・消極双方の立場の意見が厳しく対立しました。反対意見は、この場合の監督義務の範囲は不明確であり、これを明文化することはグループ経営に萎縮効果をもたらすと主張しており、結局、明文規定の設置についてはコンセンサスが得られず、明文規定の設置は見送られ、かわりにコンセンサスが得られた多重代表訴訟制度が創設されました(注1)。しかし、この部会では、親会社の取締役には、会社の資産である子会社の株式の価値を維持するために必要・適切な手段を講ずべき善管注意義務が要求されており、取ることのできる手段を適切に用いて対処するのは、当然この義務の内容に含まれるとする見解もあり、現在では、むしろこれが一般的な考え方となっています(注2)。3親会社取締役の責任類型子会社の取締役の不正行為に関して親会社の取締役が親会社に責任を負う場合は、①当該不正行為が親会社の取締役の違法または不当な指図に基づく場合(親会社取締役関与類型)、②親会社の取締役が子会社に対する監視・監督を怠った場合(企業グループにおける内部統制システムの整備を怠った場合も含まれる)(親会社取締役不作為類型)、③親会社取締役が不正行為を行った子会社取締役に対する責任追及を不当に怠った場合があります(親会社取締役懈怠類型)(注3)。そして、②は、さらに、(ⅰ)グループ内部統制システムの構築・運用を怠った場合(内部統制システム構築・運用懈怠類型)と、(ⅱ)不正な業務執行に対する必要な調査・是正の対応を怠った場合(調査・是正措置懈怠類型)に分かれます(注4)。これらの場合、親会社の取締役は親会社に対し善管注意義務違反による損害賠償責任を問われることになります。4子会社管理の手法親会社取締役における子会社管理の手法は多様であり、①子会社の人事から経営全般について親会社が強力な支配力を行使するか、それとも子会社の独立性を尊重するか、②子会社側の経営判断上の意思決定にまで深く介入するか、あるいは子会社の取締役の自主的判断に委ねるが、その意思決定についての適法性や妥当性の面で逸脱して親会社側に不利益が及ばないよう監視・監督システムを構築するかなどの区別が可能とされています。そしてこれらの手法のうち、どれが適切かを判断する場合には、以下の諸事情が考慮の対象となってきます。すなわち、①子会社の業種(事業リスクの高低、親会社と同業の事業か、金融機関等の規制業種であるか)、②子会社の規模(管理部門の有無等)、③子会社の数(多数の子会社を抱えているか、数は限定的か)、④株式の保有形態(直接保有か、間接保有か)、⑤株主構成(完全子会社か、合弁会社か等)、⑥上場・非上場の別、⑦国内子会社・海外子会社の別(所在国がどこかを含む)、⑧沿革(自社で設立した会社か、M&Aによって取得した会社か等)、⑨親会社ブランド(商号・ブランド等)の使用の有無、⑩親会社の形態・業態(純粋持株会社か事業会社か等)です。これらの諸要素を検討した上で子会社管理の手法を決定することには高度な経営上の知見・経験が必要であり、具体的な子会社管理の手法を決定する親会社取締役には幅の広い経営判断が尊重されるべきであると解されています(注5)。5内部統制の構築平時における親会社の子会社の業務に対する監督は、グループ全体の内部統制システムの構築・運用を通じて行われます。会社法によれば、大会社等は「株式会社およびその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」の決定を義務づけられています(会362条5項)。したがって、親会社の取締役は、善管注意義務の内容として、グループ全体の内部統制システムを構築しこれを運用しなければなりません。そして親会社の取締役は、子会社において不正な業務執行事実が発覚した場合やこれを疑わせる事実が発覚した有事の場合には、不正の疑惑の重要性等に応じて、自らまたは子会社をして事実関係の調査や、不正の是正につとめなければなりません。6海外子会社の管理海外子会社の取締役には、経営者としての一般的能力に加えて、現地の法制度や法慣習を熟知していることが求められます。したがって、誰を子会社の取締役とするかについては、親会社の取締役の経営判断事項であり、広範な裁量権が認められるとされています(注6)。大会社の取締役会は、子会社を含む企業集団における業務の適正を確保する体制について決定しなければならず(会362条4項6号、会社則100条1項5号)、この子会社には外国会社たる子会社も含まれます。そのため、海外子会社における業務の適正を確保するための議決権行使の方針、海外子会社の役員・使用人を兼任する親会社の役員・使用人による海外子会社との協力体制についても決定することが必要です。子会社株主として議決権や事実上の影響力を行使することについても、親会社の取締役には広範な裁量権が認められるとされています(注7)。73つの裁判例(1)福岡高判平成24・4・13金融商事判例1399号24頁(福岡魚市場株主代表訴訟)A社は、水産物・その加工品の販売受託業者であり、その100%子会社であるB社は食料品の購入・販売・あっせん業者です。平成14年11月、A社は取締役会において公認会計士から在庫管理に関する指導を受けました。平成15年12月頃、B社取締役Cから、B社の在庫が多く何か変であると報告を受けたA社専務取締役兼B社取締役会長のY1は、平成16年3月上旬、これをA社代表取締役兼B社非常勤取締役のY2に報告しました。Y2は、Y1を含む在庫問題を調査する調査委員会を立ち上げ、B社に報告書を提出させました。この調査委員会は、B社の担当者から聞き取り調査を行っていましたが、具体的な書類の確認作業は行っておらず、聞き取り調査を信頼しただけで、それ以上に踏み込んだ調査はしていませんでした。B社は、この調査報告書に基づき、最終的にはB社の特別損失額を14億円余りとする再建計画案をA社に提出しました。A社は、平成16年6月取締役会においてB社に対する20億円の貸付枠の設定を承認し、同年12月までにB社に総額19億1000万円を貸し付けるとともに、平成18年2月、本件貸付金中15億5000万円の債権を放棄し、さらにB社に対し、追加で3億3000万円を貸し付けました。本件は、A社の株主Xが、Y1らに対し、①本件グルグル回し取引(注8)についての監視義務違反、②本件貸付に関する善管注意義務・忠実義務違反を理由にして、A社への損害賠償を求めた株主代表訴訟です。第1審(福岡地判平成23・1・26金融商事判例1367号41頁)は、Y1らはA社への損害賠償責任を負うと認定しました。ついで訴審判決もこれと同旨でして、以下のように判示しています。すなわち「グルグル回し取引は、‥‥例外的な場合に限って行われたものでない限り、会社経営上において違法、不当なものであることは明らかである。」「A社の元役員であり、‥‥B社の役員でもあったY1らは、‥‥本件調査委員会を立ち上げて調査したのであるから、その不良在庫の発生に至る真の原因等を探求して、‥対処すべきであった。‥‥Y1らは、‥‥B社の不良在庫問題の実態を解明しないまま、‥‥A社の取締役として安易にB社の再建を口実に、むしろその真実の経営状況を外部に隠蔽したままにしておくために、業績に回復の具体的目処もなく、経済的に行き詰まって破綻間近となっていたことが明らかなB社に対して、資金の回収は当初から望めなかったのに、‥‥本件貸付けを実行して‥‥本件債権放棄‥‥さらに、‥‥本件新規貸付けを行ったものである。‥‥その経営判断には、‥‥取締役の忠実義務ないし善管注意義務違反があったことは明らかである」というものです。本件は、親会社から子会社への融資の回収不能から生じた直接損害について親会社取締役の親会社への賠償責任が認められた事案でして、子会社に生じた損害が親会社の株式の減価をもたらした間接損害について責任が認められたものではありません。しかし、子会社から情報を収集して、子会社に対し是正措置を講じえたにもかかわらず、これを怠ったことを認定していることから、一般に、本判決は親会社取締役における子会社の業務執行に対する監視監督義務を認めたものと理解されています(注9)。(2)東京地判令和2・2・27日金融法務事情2159号60頁(みずほフィナンシャルグループ株主代表訴訟)本件は、銀行持株会社であるA社(親会社(みずほフィナンシャルグループ))の完全子会社B銀行(みずほ銀行)とその関連会社C社との間の包括業務提携に基づく提携ローン(キャプティブローン)の中に反社会的勢力との取引が多く存在していたことに関する事案です。金融庁長官は、B銀行に対し業務改善命令を発出し、その後、一定期間本件キャプティブローンの新規取引を停止する業務改善命令を発出しました。また、A社の取締役会に対しても、グループ一体となって取り組むべき反社取引排除という課題を子会社の各部署任せにし、適切にグループ経営管理機能を発揮していなかったことを指摘して業務改善命令を発出しました。A社の株主Xは、A社の取締役Yらに対し、①新たに反社会的勢力との取引が発生することを防止するための体制を構築する義務、および、②B銀行に対し認識した当該反社会的勢力との取引を解消するために具体的措置を講ずるよう求める義務を怠った善管注意義務違反を理由に、A社に対する損害賠償を求めて株主代表訴訟を提起しました。しかし以下のような理由で、Xは敗訴しています。すなわち、「銀行持株会社であるA社の取締役であるYらは、‥‥Aグループ全体として顧客の属性判断を行う体制を内部統制システムとして構築する義務、そしてこれが適正かつ円滑に運用されるように監視する義務を負っていた‥‥。具体的には、A社において子会社の業務に関して反社会的勢力への対応に関する基本方針を定め、この基本方針が遵守されているかを監督し、必要に応じて是正を求めることをA社の取締役会で決議することなどの義務を負っていた。‥‥具体的な反社会的勢力排除の方法は種々考えられるため、このような組織体制の整備に当たっては、取締役の判断に一定の裁量が認められる」。「A社の取締役としてYらは、‥‥子会社の業務において上記のグループとしての内部統制システムの円滑な運用に支障を来すような事情が見受けられないにもかかわらず、子会社である銀行に対して具体的な業務を直接指導するなどの義務を負うことはない」。「Yらに求められる体制構築義務、監視・是正義務に加え、‥‥Yらにおいて、子会社であるB銀行に対し、本件キャプティブローンにおける反社会的勢力との取引に関して、具体的な取引解消のための措置‥‥をさせることをA社の取締役会で決議する義務を負担していたとまで認めることはできない」というものです。本件では、親会社はグループとしての内部統制システムを構築していることを認め、子会社の銀行における反社会的勢力との取引に関してまでは具体的に対策を指導する義務はなかったとしています。しかし、金融庁が親会社・子会社に対して業務改善命令を発出している事情を考慮すれば、疑問の残る判決です。(3)大阪地判令和6・1・26資料版商事法務482号130頁(東洋ゴム免震偽装株主代表訴訟)A会社はタイヤ事業・ダイバーテック事業を営む大規模会社ですが、完全子会社のB社の設立に伴い、それまでA社に置かれていた建築用免震積層ゴムの製造・開発・販売部門が同社に移管されました。本件は、B社が建築基準法所定の技術的基準(大臣評価基準)に適合しない建築用免震積層ゴムを販売したことに関し、A社の取締役4名に対し、①建築基準法所定の技術的基準に適合しない免震積層ゴムの出荷を停止する判断、および、②免震積層ゴムに関する問題を国土交通省に報告し一般に公表する判断を怠った善管注意義務違反を理由に、A社の株主がA社取締役Y1~Y4に株主代表訴訟を提起した事案です。以下のような判旨により、原告が勝訴しており、学説も結論を支持しています(注10)。すなわち、「A社のダイバーテック事業本部長の地位にあるとともにB会社の担当取締役として、B社による免震積層ゴムの出荷業務等についての一般的な指導監督を行う立場にあったY1は、本件出荷の停止を判断すべき注意義務を負っていた」。「Yらは、B会社の担当者の報告に基づいて(本件出荷品)の出荷の可否を検討し、Y1及びY2が参加した会議において、本件出荷が決定され、‥‥、本件出荷による損害賠償金もA社が支払っている」。「本件出荷に係る判断は、A社の業務執行の一環として行われたものというべきである」。「本件出荷品の大臣評価基準への適合性について必要があればその権限を行使し更なる調査を求めるなどして大臣評価基準に適合しない製品が出荷されないように取り組むべき責任を負う立場にあったY2は、本件出荷の停止を判断すべき注意義務を負っていた」というものです。本件の免震積層ゴムの製造・開発・販売事業は、本来は親会社の事業であり、それが子会社に移管されたものであって、実質的には親会社の事業の一部といえるものです。Yら親会社の取締役は子会社の取締役を兼ねており、子会社の当該業務を一般的に指導監督する立場にあり、本件の事情を十分知りえました。本件出荷を停止させるべき判断を怠ったことは、実質的には親会社の事業上の判断ミスとも言えるわけでして、親会社株主からの株主代表訴訟で善管注意義務違反を問われるのは当然のことでしょう。8完全子会社の損害と親会社の損害の関係親会社の取締役がなした子会社の代表取締役としての行為により、子会社が損害を被り、それにより親会社にも損害が生じた場合、親会社取締役としての義務違反と親会社の損害との間に相当因果関係が認められるならば、親会社取締役は親会社に対して損害賠償責任を負うことになります。判例は、①完全親会社には、完全子会社に生じた損害と同額の資産の減少が損害として生ずると解するものと(最判平成5・9・9民集47巻7号4814頁、東京地判令和3・11・25金融商事判例1642号44頁)、②親会社の損害は、同社が有する子会社株式の評価損と同額であるとするものに(東京高判平成6・8・29金判954号14頁)分かれていて、学説は②を支持しています(注11)。9むすび親会社取締役が子会社管理義務を負うからといって、親会社取締役は子会社の意思決定や業務の執行に逐一干渉すべきものではなく、一般には、具体的な管理システムや管理方法の運用にあたっては、親会社取締役には広範な裁量権限があるとされています。したがって、平時においては、企業グループに係る内部統制システムを整備し、このシステムにのっとって活動していればよいといえるでしょう。他面、有事においては、親会社取締役が子会社の業務が違法または不当になされていることまたはその兆候を察知した場合には、合理的な調査や適切な是正措置を講じて、事態に対応することが求められます。このことは海外の子会社における不祥事についてもいえることです。取締役の裁量権限とは、取締役が会社経営において自身の判断で業務を遂行できる権限をいいますが、取締役の作為・不作為行為が裁量権限内の行為として適法とされるか、裁量権限外の行為として違法とされるかの判断にあたっては、経営判断の原則が適用されます。すなわち、子会社管理の当該判断につき、十分に資料を収集しており、当該判断の過程および判断内容に著しく不合理な点がない限り、親会社取締役には親会社に対する善管注意義務違反はないと認定されます。しかし、安易な認定に流されず、具体的な諸般の状況をよく考慮したうえでの判断であることが求められます。特に、当該取締役が親会社と子会社の取締役を兼任している場合には、慎重な認定作業が必要です。<注釈>坂本三郎編著「一問一答平成26年改正会社法〔第2版〕」Q143、239頁。前掲「(注1)240頁。渡辺邦広・草原敦夫「親会社取締役の子会社管理責任」商事法務2158号33頁、太子堂敦子・藤井祐輔「親会社取締役の子会社管理責任に関する裁判例の現状と分析」監査役776号48頁以下。前掲(注2)渡辺・草原同頁。前掲(注2)太子堂・藤井49頁。前掲(注2)渡辺・草原35頁。大阪株式懇談会編「会社法実務問答集Ⅱ」(商事法務、2018)379頁(前田雅弘)。同上380頁。複数の企業が共謀して商品の転売や役務の提供をくりかえし、あたかも正当な取引が存在するかのように仮装して、売上げや利益を水増しする行為の総称(循環取引ともいう)。不正会計に該当する(日本公認会計士協会)。会社法判例百選[第4版]51事例「子会社管理に関する取締役の責任」(船津浩司)。船津浩司「判批」ジュリスト1598号2頁。田澤元章「判批」法学教室504号121頁。提供:税経システム研究所
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2026/02/20 topics
事業承継が進まない高齢経営者・高齢株主を抱える会社の備え方
1.はじめに本稿は、中小企業の経営者や筆頭株主が高齢化した際に起こりえる会社運営上の法的な問題について、中村信男先生による「高齢化社会と会社運営上の課題:意思能力を欠いた支配株主の議決権行使による株主総会決議への影響と対応策」で示された法的リスクやその対応策から発想を得て、実務における経験をもとに、中小企業が現場で備えておくべきポイントを制度ごとにまとめたものとなります。2.本稿における高齢とは高齢とは何歳以上を指すかという点については、様々な考え方があり、一義的に定まっているわけではありません。一つの考え方として、現在、世界保健機関(WHO)では65歳以上を高齢者としていますが、日本では目的によって異なった考え方が採られています。例えば、「改正道路交通法」では70歳以上を「高齢者」として、高齢者講習の受講や高齢運転者標識の表示を課していますが、「高齢者の医療の確保に関する法律」では、65歳以上を高齢者とした上で、65-74歳までを前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と分けて定義しています(注1)。本稿では、健康保険法の適用がなくなる75歳以上を高齢と定義することにしたいと思いますが、中小企業庁が公表する2024年版「中小企業白書(注2)」によれば、経営者の年齢が75歳を超える中小企業は、全体の13.7%存在しているとされており、概ね6社に1社は本稿でいう高齢者が会社運営を行っていることを示唆しています(図1参照)。これを75歳以上の者が筆頭株主を務める会社でみた場合のデータは公表されていませんが、株式という財産権を生前に移動させることには様々な税負担や資金調達が必要になることに鑑みれば、高齢者である経営者以上に高齢者である株主の方が多く存在しているのではないかと予想することができ、中小企業が抱える現代社会における重要な検討課題といえます。図13.高齢経営者・高齢株主がいる会社が抱える問題と対処すべきこと75歳以上の経営者や株主(以下、本稿では、それらを「高齢経営者・高齢株主」と表示し、高齢経営者は代表権を有する業務執行取締役をいい、高齢株主は当該会社の議決権の過半数を有している株主である者を指すこととします)がいる会社が抱える問題は、高齢経営者・高齢株主が認知症等により判断能力を欠くことでそれらの者が行う意思表示が単独では完全に有効と言えない状態になり、結果として法的安定性を欠く事業運営が行われることになってしまう点にあります。したがって、実務上、備えておくべき視点は高齢経営者・高齢株主が単独で有効な意思表示ができなくなった時に会社運営を滞らせないための準備をしておくということに尽きます。(1)高齢経営者が採るべき対処法高齢経営者を抱える会社が採るべき具体的な対処法としては、高齢経営者以外にも業務執行ができる者を準備しておくことであり、高齢経営者以外に取締役がいない場合には取締役を選任することから始まります。他方、すでに取締役が複数名いる場合には、高齢経営者において正常な判断ができなくなった時の権限行使について明確な規定・順序を設けることで、いざその時においても会社運営を滞らせることなく事業を継続でき、正式に後継者が決まるまでの間に何かしらの問題が生じたとしても、会社の存続にかかわるような問題になることは回避できるといえるでしょう。なお、実務においては、高齢経営者の他に業務執行権限を有する取締役が、高齢経営者の意に反して単独で権利行使できないような仕組みをどのように構築するかいう点が問題になることがしばしありますが、本稿では議論が逸れることなるため、割愛することとします。(2)高齢株主としての対処法これに対し、高齢株主を抱える会社が採るべき具体的な対処法については、会社運営において空白期間を生まないようにするために、高齢株主が主導して、高齢株主が意思能力を欠いた場合に代わりに議決権行使ができるように、中村論文(注3)で指摘されたような任意後見制度や信託制度を活用し、万が一に備えておくことが望まれます。ただし、万が一に備える対応がうまく進まない場合には、会社の側から実際に高齢株主が判断できなくなった時点で強制的に株主が変更できるような仕組みづくりを行うことも、事業継続の点からは有益な発想でしょう。具体的には、実際に高齢者株主が判断できなくなった時に、当該高齢株主の株式を取得できるとする取得条項付種類株式にしておくことがあげられますが詳細については後述することといたします。(3)高齢経営者・高齢株主がいる場合における実務上の注意点前述のとおり高齢経営者や高齢株主がいる場合には、会社運営を滞らせないようにするための準備を講じることのほか、通常以上に積極的に高齢経営者や高齢株主と対話をし、それらの者の様子を常に把握しておくことは会社において強く求められる姿勢となるでしょう。例えば、高齢株主が存在する会社においては、株主名簿を整理する過程で当該高齢株主と積極的な対話を進め、緊急時の対応策について高齢株主の意向の把握に努めるなどしておくことや、生じうる問題点について共有の認識をもつことには一定の意味が存在するといえます。また、役員の任期管理をする中で、高齢経営者の任期満了後の再任の意向を確認しておくことも効果はありますが、実務においては、“誰がその対応や確認を行うのか”不確かなため具体的に対応できないことが問題となることもあります。この手の問題は、相当数が親族間において生じるものであり、その中でも親子間の問題であることが多く、次世代の当事者(この場合の子)から、先代の当事者には言いづらい側面があることもあるように思います。当事者としては、このような背景が存在することも強く意識しながら、税理士・弁護士・司法書士などの専門家を間に挟むなどして、これらの問題に対処していくことも有効な一つの策となるものと思います。高齢経営者や高齢株主を抱える会社の関係者は、高齢経営者・高齢株主のかかりつけ医(特に認知機能について診断できる医師)と顔なじみになっておき、認知機能の低下の兆候が見られたときにはすぐに対応できるようにしておくことも実務においては地味ながらも重要な視点であると思われます。4.実務の視点で見る会社を守るための選択肢の特徴(1)高齢経営者の場合の備え前述のとおり、高齢経営者を抱える会社が備えることとしては、高齢経営者以外に業務執行を行える人物を準備しておくことですので、(人選の問題はありますが)一見するとシンプルで実行自体もそれほど難しくありません。また、(あまり想定できないかもしれませんが)経営者は高齢であっても、株主自体が高齢ではない場合には、別途経営者を選任することで解決できる問題となりますので、実際のところ、そこまで問題とはならないでしょう。(2)高齢株主の場合の備えこれに対し、高齢株主を抱える会社が備えるべき対応策として会社が準備できることには限界があり、準備を進めるのは高齢株主自身です。もちろん、高齢株主自身においても認知機能が減退しないよう日々努力することも必要ですが、むしろ、衰えることを防ぐことは不可能と考え、時間の経過とともに自身の判断能力が低下していくことを理解した上で事業運営に空白が生じないように準備していくことが望まれます。(3)高齢株主が採りえる主な方策具体的に、高齢株主が採りえる方策として最も容易な対応策は、やはり高齢株主自身が保有する株式を次代に引き継ぐことでしょう。ただし、これができるのであれば、高齢になる前に行っていることが多く、高齢になっても株式の移動ができていない点には何らかの理由があるといわれています(注4)。そこで本稿では株式を引き継ぐことができないことを前提として検討しますが、その際に高齢株主として使いやすいのは、①民事信託、②任意後見の二つです。なお、成年後見制度(法定後見制度)の活用も検討の余地はありますが、会社運営において適切な制度とは考えませんので、本稿では最後に少し触れる程度にしたいと思います。民事信託や任意後見の制度の概要については、前述の中村論文に詳細が記載されていますので、ここでは実際に民事信託を組成する際に注意すべき点や任意後見制度を利用する場合における実務的な視点からそれぞれの課題を挙げたうえで、その課題の対処方法について触れていきます。①民事信託初めに①民事信託を利用する場合には、信託契約の内容として株主の共益権の行使の方針について、高齢株主の意思を理解し、(信託契約の内容とすることができるように)言語化することが求められます。すなわち、受託者としては、高齢株主が株主として重視すべき点や権利行使に際して重要視している点などを把握し、また、自身も株主がどのような存在であるかなどの知識も必要になるため、信託契約の締結までに負担が大きいことが実務においては課題と言えます。この点については複雑な信託契約書を作成しようとすればするほど、高齢株主にとって、契約締結時の意思能力の問題に発展しやすく、また、受託者自身も複雑な契約書を理解し実行できるのかという問題に行き着くことになります。その他にも契約書の作成に専門家の協力を得ることになりやすいため、契約書作成にコストや時間がかかることも課題となりえます。これらに対応するため、抽象的な表現を用いた契約書にしてしまうと高齢株主の真意が達成できず、そもそも契約締結ができないということにもなりかねないため、どこまで詳細な内容の契約書を作成するかという点には一定の課題が存在していると言えます。②任意後見次に②任意後見を利用する場合には、任意後見人自体が広範な代理権を有することになるため、その適任者を探すことに一定の困難が生じることが考えられます。ただし、任意後見人として知人の会社経営者を選任することも可能であり、任意後見人として信頼できる人物を見つけることができれば、株主としての共益権の行使については、問題解決も視野に入れることができそうです(ただし、任意後見人として、私生活上の支援を求められることも多いことから、株主としての権限行使と私生活における金銭管理の権限を分掌するなどして、複数人の任意後見人を選任した方が無難となる事例に発展することも想定され、その場合には、複数人分の任意後見人の報酬が発生する点には注意が必要です)。なお、任意後見制度は判断能力が存在している時に任意後見契約を締結し、任意後見委任者の判断能力が低下した際に、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで、任意後見契約の効力が発生します。すなわち、任意後見受任者(=株主として権利行使を任された者)は、任意後見委任者の判断能力の低下について細心の注意を払いながら、日々接していくことが求められます。③取得条項付種類株式最後に、実際に高齢者株主が判断できなくなった時に、当該高齢株主の株式を取得できるとする取得条項付種類株式について触れてみたいと思います。会社法は、「取得条項付株式」の定義を、株式会社がその発行する全部または一部の株式の内容として当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件として当該株式を取得することができる旨の定款の定め(会107条1項3号・同条2項3号・会108条1項6号・同条2項6号)を設けている場合における、当該株式をいう(会2条19号)としており、単一株式の種類だけでなく、種類株式の一つとして、取得条項付種類株式の発行を認めています。高齢者の株主が認知症等の精神上の障害により意思表示ができない場合において、成年後見人等の法定後見人が選任された場合には、成年後見人等が当該株主の財産を管理し、生活や療養に必要な契約を本人に代わって締結するなどして、本人の生活を支えることになるため、当該株主の財産を管理する観点から、当該株主が有する株式の議決権行使を成年後見人等が行うこと自体には、法的な制限はないでしょう。ただし、成年後見人等は、議決権の行使にあたっては、被後見人の意思を尊重しながらも、善管注意義務に従い、被後見人の財産を減少させないよう注意しなければならないと解され、リスクを抑えた財産管理が求められます(注5)。その点からしても成年後見人等の判断は会社運営上においても、消極的な判断となり、株主が本来持つべき利益を追求するための姿勢とは正反対なものになりやすいことから、私見としては成年後見人等が議決権を行使することには疑問を感じます。その面からも、高齢株主が存在する場合には、会社として、高齢株主の認知機能低下(例えば、いずれかの成年後見等の制度の開始の審判を受けること)を取得条項として、当該株主が保有する株式を会社が取得し、『当該株式を無議決権株式に転換させる』ことで会社の事業運営に空白が生じないようにすることも対応策の一つとして検討の余地があるように感じます。ただし、当該会社が会社法上の公開会社の場合には、議決権制限株式の数が発行済株式総数の2分の1を超えることはできない(会115条)ため、この方法を用いる場合には、高齢株主の議決権割合を十分考慮した上で、種類株式の設計を行うことに注意が必要です。5.終わりに多くの会社では経営者や株主が高齢化する前に事業承継に取り掛かり、実施されていますが、事業承継先が見つからずに経営者や筆頭株主が高齢化している中小企業も存在しています(図2参照)。図2経営者からすると「会社」は我が子のようなもので誰に託すかを決めることは容易なことではありません。他方、本稿で触れたような問題が生じることもまた現実ですので、慎重に事業承継を進めている高齢経営者や高齢株主としては、事業承継が遅れれば遅れるほど、本稿のような問題が生じることも肝に銘じ、心置きなく事業承継が進むことを実務の面から見守っていきたいと思います。<注釈>厚生労働省「健康日本21アクション支援システム」https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/dictionary/hale/ya-032中小企業庁「2024年版中小企業白書」https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2024/chusho/b1_3_6.html中村信男「高齢化社会と会社運営上の課題:意思能力を欠いた支配株主の議決権行使による株主総会決議への影響と対応策」(TVS)https://tvs.mjs.co.jp/working/commercial/businesslaw/detail/article/r69250733af76c.html(GWP)https://goodwill.mjs.co.jp/working/commercial/businesslaw/detail/article/a6925092833f0b.html実務において株式を承継できない(事業承継が進まない)理由の多くは、後継者が決まらない(承継先が決まらない)ことが最たる理由であるとされています。今川嘉文『中小企業オーナーのための財産・株式管理と承継の法律実務』5頁(弘文堂・2020年)提供:税経システム研究所
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2026/02/13 topics
新規上場企業の破綻-オルツ事件が示すもの-
1はじめに2025年10月28日、証券取引等監視委員会は、株式会社オルツ(「人工知能及び人工知能関連技術の研究・開発及びこれに関するサービスの企画・開発・運営等」を目的とする会社)と、その代表取締役社長A、取締役兼最高財務責任者B、AISolutions事業部長Cおよび財務経理部長Dの4名を、金融商品取引法違反(図表1に記載のような虚偽有価証券届出書等提出)の嫌疑で、東京地方検察庁に告発しました(注1)。令和4年(2022年)1月から令和6年(2024年)6月30日までの損益計算書の部分が、有価証券届出書の虚偽記載、令和6年(2024年)1月1日から12月31日までの連結損益計算書類の部分が、有価証券報告書の虚偽記載に当たります。いずれの虚偽記載も、虚偽の売上高(架空売上)の計上によるものです。新規上場企業の上場申請時からの粉飾決算による破綻事件としては、エフオーアイ事件が著名ですが、オルツの不正会計はそれ程巧妙なものでもなかったようです。なぜ、関係者は欺かれてしまったのでしょうか。〔図表1〕https://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2025/2025/20251028-1.htmlより作成2オルツ事件の概要新聞報道(注2)によると、株式会社オルツは、2014年に設立され、2020年1月には、テレビ会議の発言を自動で記録するサブスクリプション(継続課金)型の議事録作成サービス「AI議事録(AIGIJIROKU)」の提供を開始します。そして、2021年3月に、大和証券と新規上場に関するアドバイザリー契約を締結して上場準備を進めました。2024年1月には、大和証券が主幹事証券会社として引受審査を開始し、同年9月に上場が承認されて、10月に東証グロース市場に新規上場しています。他方で、2020年4月頃には、A(米倉)社長の指示により、販売代理店に製品の購入費相当額以上の「営業支援金」等を提供する「同額取引」の検討が始まったとされており、2020年9月に、当時の監査法人から「オルツが実質的な費用負担をしているため売上計上できない」と指摘されました。そこで、オルツは、監査法人の指摘を回避するため、広告代理店を介して販売代理店側に資金を循環させるスキームを利用し始めます。2021年10月に入社したCFOのB(日置)とA社長は、この循環スキームの全容を情報共有していました。〔図表2〕2025年10月30日付日本経済新聞朝刊39面より作成2022年、当時の監査法人が「販売代理店と広告代理店が同一の企業グループであって循環取引のおそれがある」等と指摘したことから、A社長らは研究開発業者2社を加え、広告代理店を1社に集約するなどスキームを変更して、循環取引を継続しました。2022年7月、監査法人が「循環取引のおそれがあるため監査が実施できない」として、監査法人を辞任する旨をオルツに通告します。そこでオルツは、9月に、新たな監査法人シードと監査契約を締結しています。また、途中入社した経営企画部長S(塩川晃平氏)が不正に気づき、オルツ経営陣に警告するも聞き入れられず、退職しています。Sは、その後、証券取引等監視委員会等に情報提供し、事件発覚のきっかけになりました。2024年1月には、前述のように、大和証券が引受審査を開始し、上場が承認されて同年10月に上場していますが、このとき、大和証券は、「バーター取引の疑義がある」などとして、オルツに調査を求めていたものの、上場を止める判断には至りませんでした。しかし、2025年4月25日、オルツは証券取引等監視委員会の調査を受けたとして、第三者委員会の設置および2025年12月期第1四半期決算短信の開示遅延を公表します。そして、同年8月、オルツは上場廃止となり(注3)、9月の臨時株主総会でA社長らが取締役を辞任、10月には、東京地検特捜部がAら4人を金融商品取引法違反容疑で逮捕しました。なお、オルツは、2025年7月30日付で、東京地裁に民事再生法の適用を申請し、8月6日に再生手続開始の決定を受けますが、10月1日に東京地裁に提出した再生債権否認書によると、ベンチャーキャピタルや大和証券など8社が合計10億円の損害賠償を請求、また、三井住友信託銀行などがSBIインベストメントと運用するファンドも計7億9000万円の賠償請求をしたが認められなかった、とのことです。いずれにしても、11月13日には、オルツは民事再生の具体的な目途が立たず、会社の清算を前提に、債権者らへの返済を進めていく方針であると報じられています(注4)。3チェックはなぜ働かなかったのか(1)社内体制の不備なぜ、オルツの社内で、財務書類の虚偽記載に対するチェックが働かなかったのかについては、内部統制の欠如、ガバナンス体制の不備(社外取締役・監査役制度の形骸化)が指摘されています。これまでの報道による限りの話ですが、オルツの場合、代表取締役社長Aを含む4名の取締役が循環スキーム等を主導していますので、代表取締役社長や財務担当取締役が作成する内部統制報告書は、財務情報が虚偽であることを隠蔽すべく作成されることになります。内部統制報告書制度は、スタートアップ企業では形骸化しやすいといわれているようです。この点も含めて、社外取締役や監査役の監査に期待したいところですが、適切な人材を得ることができなければ、こちらも形骸化するおそれがあります。内部通報制度も通報の受け手が独立性の観点から社外取締役・監査役とされていても、同様に機能不全を起こします。その点では、独立性のある外部者(弁護士法人等)を通報先とする内部通報制度が求められますが、スタートアップでは、そこまでの資金的な余裕がないのかもしれません。財務書類や内部統制報告書を監査する立場にある監査法人は、どうでしょうか。当初の監査法人は辞任しており、その後就任した監査法人も、循環取引等の問題を認識していた可能性は高いですが、適切な対応をとっていません。監査法人の交代は、財務上の不正が疑われるメルクマールの一つといわれます。監査法人が循環取引等を指摘することで不利益を受けない環境を、任意監査についても整備する必要があるとも考えられます。(2)上場審査等こうした社内事情に加えて、オルツの場合、著名な大企業との協業により事業を華々しく展開していたことが、上場審査のチェックを難しくする方向に働いたとも考えられます。例えば、凸版印刷株式会社は、2021年1月にオルツと資本業務提携を締結し、デジタルクローン事業など新たなサービスの創出を目指すことを公表していますし(注5)、2023年9月8日には、オルツがキーエンスと資本業務提携し、生成AIを活用したソリューションの開発・提供へ向けたパートナーシップを開始したことが報じられています(注6)。さらに、オルツの上場決定時(2024年10月11日)、ヒューリックは、ヒューリックスタートアップ株式会社(ヒューリックの100%子会社)の運営するファンド(ヒューリックスタートアップ1号投資事業有限責任組合)の出資先であるオルツが、グロース市場上場を果たしたこと、また本件はヒューリックスタートアップ株式会社および同社が運営するファンドにおける最初のIPO案件であることをリリースしており(注7)、上場時の株主として、キーエンス、TOPPANホールディングス、ジャフコ、SBIインベストメントキャピタルなどが名を連ねていました。これらVCやCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の審査能力にも、問われるところがあるのでしょう。さらに、同年10月21日、オルツは、同日付けで経済産業省と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する国内生成AIの開発力強化プロジェクト「GENIAC(GenerativeAIAcceleratorChallenge)」の第2期に採択された旨を公表しています(注8)。4新規上場時の会計不正事例を踏まえた取引所の対応IPO連携会議(事務局:株式会社東京証券取引所および日本取引所自主規制法人)は、2025年12月12日、「新規上場時の会計不正事例を踏まえた取引所の対応について」を公表し、次の5点を挙げて、取引所の上場審査機能の質的向上に取り組むとともに、IPO関係者と連携・協力して再発防止に努めるとしています(注9)。不正リスクに応じた上場審査として、循環取引等の発生リスクを踏まえ、代理店の利用比率が高いビジネスモデルでは実質的な仕入先・販売先の状況等の確認、上場準備期間中に監査法人・主幹事証券会社あるいは各々の担当者が交代した場合、前任者に対する交代経緯等の確認内部通報体制の適切な整備に向けた審査と不正情報の収集・連携強化(新規上場申請会社における内部通報体制の整備状況の確認)、取引所通報窓口(上場準備会社の上場適格性に関する情報受領窓口)の存在について上場準備会社の役職員等への周知活動の実施と、受領情報について主幹事証券会社・監査法人との連携手続の整備経営幹部及び社外取締役・監査役に向けた「上場の責任」など啓発活動等IPO関係者との連携・協力(IPOに関与する監査法人の裾野拡大を踏まえ、日本公認会計士協会の登録上場会社等監査人による監査の信頼性向上に向けた取組みに取引所も協力、また、証券会社の適切な審査機能の発揮に向けて日本証券業協会と連携して対応)自主規制法人の上場審査能力の向上に向けた取組み(研修の充実、IPO関係者・関係機関との連携、業界関係者・専門家からのヒアリング、不正リスクに関する情報収集・分析能力の向上と自主規制法人内における不正リスクに応じた機動的な情報連携の徹底、不正リスクに関する上場審査体制の拡充、標準審査期間の弾力的な運用)5むすびに代えて近年、政府は、スタートアップの支援を政策課題の一つと位置づけ、関連する制度の改正を進めてきました。金融商品取引法や関連する自主規制ルール等の近時の改正によって、CVCに加えて、投資信託・投資法人を介した未上場のスタートアップ企業への出資が可能となり、調達金額5億円未満では、有価証券届出書の開示負担も軽減されています。仲介業者等に対する規制も、非上場有価証券特例仲介等業務として、要件の緩和が図られました。しかしながら、そうした規制緩和の推進と同時に、規制が緩和されることの反面として、CVCや投信等の審査能力と取引所の上場審査能力の向上、そして、スタートアップへの規律付けの強化も必要であることを、オルツ事件は示しているように思われます。<注釈>https://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2025/2025/20251028-1.html2025年10月10日付日本経済新聞朝刊35面・同月13日付日本経済新聞朝刊13面等。オルツは、上場審査時における宣誓書の違反によって上場廃止の決定がされた事案とされています(白川雄基「上場審査時における宣誓書違反に対する措置の概要と近時事例の解説」商事法務2408号(2025年)39頁)。2025年11月13日付日本経済新聞朝刊15面。https://www.holdings.toppan.com/ja/news/2021/02/newsrelease210217_1.htmlhttps://www.nikkei.com/article/DGXZRSP661805_Y3A900C2000000/https://www.hulic.co.jp/business/startup/pdf/release_alt20241011.pdfhttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000111.000111359.htmlちなみに、NEDOは、2025年8月1日、オルツへの交付決定の全部を取り消すと共に返還請求を実施し、9月4日付で補助金交付等の停止措置を講じたことを明らかにしています(https://www.nedo.go.jp/news/other/ZZRM_100001_00040.html)。詳しくは、https://www.jpx.co.jp/news/1020/20251212-01.html提供:税経システム研究所
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2026/01/23 topics
マンションの管理・再生の円滑化等のための区分所有法改正の概要
1.はじめにマンションの大きな問題は、「2つの老い」です。1つはマンションの老い、もう1つはその居住者の老いです(注1)。国土交通省の「令和5年度マンション総合調査」によれば、国民の1割超が居住していると推計されています(注2)。2024年時点で、築40年以上のマンションは148万戸あり(注3)、今後増えてゆくことは確実です。これが「マンションの老い」です。また、世帯主が70歳以上のマンション住戸の割合は25.9%である一方、若手(30歳以下)の世帯主比率は下がっています(「居住者の老い」)(注4)。これに伴い、マンションの外壁剥落等の危険性が高まることや、マンション管理組合の役員の担い手不足や集会の決議を得ることが困難になるといった課題が深刻化しています。そこで、2025(令和7)年5月23日に、「老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第47号)が成立しました(同月30日公布。以下「改正法」といいます)(注5)。この法律は、法務省が所管する、建物の区分所有等に関する法律(昭和37年法律第69号。以下「区分所有法」や「改正区分所有法」といいます)等を一括して改正するものです。本稿では、区分所有法を取り扱います。2.区分所有法の概要ここではまず、区分所有法とはどのような法律であるか、その概要を説明しておきます。(1)区分所有権とは一個の物の全体を何人かで共同で所有することを、共有といいます。各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができるため(民法249条1項)、例えば、一台の自動車をAとBが共有した場合に、AもBも自動車の全体をそれぞれの権利の割合(持分)に応じて使用できます。これに対して、一個の物の一部分だけを所有することを、区分所有といいます。上の例を当てはめると一台の自動車の前半分をAが、後半分をBが所有し、A・Bは自分の所有部分しか権利をもたない所有形態です。しかし、Aは車の前半分しか権利行使できないのでは自動車として用をなしませんし、A・B以外の第三者には権利者がどの部分の権利をもつのかわかりません。そこで、民法では所有の一形態として、共有は認めるものの、区分所有は原則として認めません。そこで特別の法規制(民法の特別法)として、区分所有法が制定されています。区分所有法は、分譲マンション等に適用されます。(2)区分所有建物マンションのように、一棟の建物を構造上数個の部分(◯号室、△号室、等)に区分し、各部分を独立して住居・店舗・事務所等として利用することができます。このような各部分には、独立した所有権(区分所有権)が成立し、区分所有権が成立する建物は区分所有建物といわれます(注6)。区分所有建物は、専有部分と共用部分に分けられます。区分所有者は、自分の専有部分に対する個人所有者としての権利と、共用部分に対する共有者としての権利の双方をもつことになります。(一)専有部分とは、区分所有権の目的となる建物の部分です(区分所有法2条3項)。区分所有者は、原則として自分の専有部分を自由に使用・収益・処分できます。ただし、1棟の建物の一部分にすぎませんから、他の区分所有者を害する権利行使に対してはさまざまな規制があります。(二)共用部分とは、専有部分以外の建物部分(廊下・階段・建物の玄関・外壁・貯水槽・エレベーター室等)と、専有部分に属しない建物付属物(ガス・水道管、電気配線等)、区分所有者の全員または一部の者の共用に供される部分(建物内の一室を集会室とした場合や共用の物置場・車庫)等です(区分所有法2条4項)。共用部分は原則として共有者全員の共有となります(区分所有法11条1項本文)。共有者のもつ権利の割合(持分)は、各共有者の専有部分の床面積の割合で決定されます(同法14条1項)。雨漏りの修理等、共用部分を保存(現状維持)するために必要な行為は、各共有者が単独で行うことができます(同法18条1項ただし書)。これに対し、集会室をどう使うかといった利用の方法の決定や、外壁の塗装といった簡単な改良行為のような共用部分の管理行為は、規約に別段の規定がない限り、区分所有者の集会の決議が必要になります。共用部分の維持・管理に必要な費用は、各区分所有者がその専有部分の面積に応じて負担し、また、共用部分から生じる利益(賃貸駐車場による収益金等)は各区分所有者がその専有部分の面積に応じて分配を受けます。ただし、この負担・分配については規約で別の方法を決めることもできます(区分所有法19条)。(3)敷地利用権区分所有者は、専有部分を所有するために建物の敷地に関する権利(敷地利用権)を有します(区分所有法2条6項)。建物の敷地とは、建物所在地(これを法定敷地といいます)と、建物所在地と一体として管理・使用される土地(庭、通路、駐車場等)で、規約によって建物の敷地とされたものを指します(区分所有法5条1項)。建物を所有するためにはその建物の敷地を使用する権利が必要です。そのため、区分所有者は、規約に別の定めがない限り、専有部分と専有部分についての敷地利用権とを分離して処分することはできません(同法22条1項)。(4)管理組合区分所有建物には、(2)・(3)で述べた共用部分と敷地利用権があり、区分所有者がそれらを共同で管理するほか、専用部分も隣接しているため、それを利用するには区分所有者相互の調整を行うための管理のルールが必要になります。そこで、区分所有者は、全員で、建物、その敷地および附属施設の管理を行う団体(管理組合)を構成します。区分所有者となった者は、自動的にこの団体(管理組合)の構成員となります。団体(管理組合)は、区分所有法の規定に従い、集会を開き、規約を定め、管理者を置くことができます(区分所有法3条前段)。区分所有者は集会の決議によって管理者を選任し(同法25条1項)、共用部分等の保存、集会の決議の実行、規約で定めた行為を行わせることができます(同法26条1項)。また、管理組合は、集会における4分の3以上の賛成決議を行い、その主たる事務所の所在地で登記することによって法人となることができます(同法47条1項。管理組合法人)。3.マンションの管理と区分所有法の改正マンションの老いに対応するには、外壁の修繕等の管理を適切に行うことが必要です。そのために、改正法は、管理を円滑に行うことができるように、区分所有法についてさまざまな改正を行っています。ここでは、マンションの管理に絞って3つの改正事項を取り上げます。(1)集会における決議の円滑化まず、集会の決議に関する改正です。(一)欠席者を除く出席者の多数決建物の管理に関する重要事項(規約の設定・変更、管理者の選任、共用部分や敷地の管理・変更など)は、原則として区分所有者の集会によって定められます。集会の招集は原則として管理者が行ない(区分所有法34条1項)。管理者は少なくとも年に一回は集会(通常集会)を招集しなければなりません(同条2項)。区分所有者は一定の場合に臨時集会の招集を請求することができます(同条3項)。マンションに居住する区分所有者の中には、決議に参加しない無関心な者も多く見受けられます。そこで改正法は、建替決議等の区分所有権の処分に伴う決議を除いて、出席者の多数決に基づくものとします。すなわち、集会の議事は、区分所有法または規約に別段の定めがない限り、出席した区分所有者(議決権を有しないものを除く)およびその議決権の各過半数で決することになります(改正区分所有法38条の2)。(二)所在等不明区分所有者の除外所在等不明区分所有者とは、その者を知ることができずまたはその所在を知ることができない区分所有者、つまり必要な調査を尽くしても氏名等や所在が不明な区分所有者のことです(改正区分所有法38条の2第1項)(注7)。所在等不明区分所有者がいると区分所有者による決議を円滑に行うことができません。そこで、所在等不明区分所有者以外の区分所有者(一般区分所有者)または管理者が、裁判所に対して、一般区分所有者の請求により集会の決議を行うことができる旨の制度を設けます(同条1項)。これが裁判所で認められれば、所在等不明区分所有者を決議の定足数から除外できます。これらの改正によれば、出席者の多数決によって集会の決議を行うことができるようになります。(2)共用部分に係る損害賠償請求権等の行使の円滑化2(4)で述べたように、区分所有法は、集会によって管理者を置き、共用部分等の保存、集会の決議の実行等を行うことができます。もっとも、現行法では、管理者が、区分所有者を代理して共用部分について損害賠償請求権等を行使する場合に、区分所有権が転売されたときの取扱いが明確ではなく、訴訟追行を認めない例があることが問題となっています(注8)。すなわち、マンションの分譲業者が、瑕疵のあるマンションを販売した場合に、一部でも区分所有権の転売があったマンションでは、管理者が一括して損害賠償請求を行うことができないとされています。しかし、マンションの管理を適切に行うという観点からすれば、管理者は、元区分所有者も含めて、一括して損害賠償請求できるのが便宜です。そこで、管理者は、その職務(損害保険契約に基づく保険金、共用部分等について生じた損害賠償金および不当利得による返還金の請求及び受領を含む)に関し、区分所有者を代理すると規定を明確化しました(改正区分所有法26条2項)。この改正により、損害賠償請求をすることが認められ、受け取った損害金は、各々が修繕以外の用途に使用することもできると解されています。(3)共有部分の変更決議の多数決要件の緩和共有部分の変更について、共有部分の形状や効用の著しい変更がある場合には、原則として、集会において、区分所有者((1)で述べたように議決権を有しないものを除く)の過半数のものであって議決権の過半数を有するものが出席し、出席した区分所有権者およびその議決権の各4分の3以上の多数による決議で決することになります(改正区分所有法17条1項)。もっとも、①共用部分の設置・保存の瑕疵により権利侵害のおそれがある場合や、②バリアフリー化の場合には、工事を行う必要性があります(注9)が、集会の多数決要件が高いため、工事を迅速に行うことができないという問題があります。そこで改正法は、高齢者、障害者等の移動若しくは施設の利用にかかる身体の負担を軽減することにより、その移動上若しくは施設の利用上の利便性および安全性を向上させるために必要となる共用部分の変更について、多数決要件を、3分の2に引き下げています(改正区分所有法17条5項)(注10)。1で述べたように、マンションの居住者の高齢化が進展していることを考えれば必要な改正ということができます。4.改正法の施行日本稿では、改正区分所有法のうちマンションの管理に関連する改正点を取り上げました。改正区分所有法は、2026(令和8)年4月1日から施行されます。マンションの老朽化対策は待ったなしであり、改正法が施行される前から計画を立てておくことが望まれます。本稿の記述がその一助になれば幸いです。<注釈>国土交通省住宅局=法務省民事局「マンションの管理・再生の円滑化等のための改正法(令和7年7月)」4頁(https://www.moj.go.jp/content/001443230.pdf[最終アクセス2025年11月29日])。2024(令和6)年末時点現在のマンションストック総数は約704.3万戸、これに2020(令和2)年国勢調査による1世帯当たり平均人員2.2人をかけると、約1,600万人となり、それによる算定(「分譲マンションストック数の推移(2024(令和6)年末現在)」(2025(令和7)年8月5日更新)https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001903886.pdf)。「築40年以上の分譲マンション数の推移(2024(令和6)年末現在)」(2025(令和7)年8月5日更新)(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001903887.pdf)。マンションの世帯主は、「60歳代」が27.8%と最も多く、5年前(前回調査平成30年)と比較すると、30歳以下は7.1%から6.2%へと減少する一方で、70歳以上は22.2%から25.9%へと増加しているとのことです(「令和5年度マンション総合調査結果〔概要編〕」22頁(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001750161.pdf)、「令和5年度マンション総合調査結果〔データ編〕」360頁(https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001750165.pdf)。老朽化マンション等の管理及び再生の円滑化等を図るための建物の区分所有等に関する法律等の一部を改正する法律は、区分所有法のほか、法務省の保管する被災区分所有建物の再建等に関する特別措置法(平成7年法律第43号)、国土交通省が所管する、マンションの管理の適正化の推進に関する法律(平成12年法律第149号)やマンションの建替え等の円滑化に関する法律(平成14年法律第78号)等を一括して改正するものです(https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00375.html)。この改正法については、曽根圭竹「(商事法研究レポート:topics)区分所有法制の改正要綱案から見るマンション管理における課題」を参照。石田剛ほか『民法Ⅱ物権(第4版)』(有斐閣、2022年)187頁〔秋山靖浩〕。住民票等通常アクセスできる公簿上の住所等を調査しても所在が明らかでない場合、区分所有者が死亡しているが、調査をしてもその相続人の安否が不明である場合等がその具体例として挙げられます(国土交通省住宅局=法務省民事局・前掲(注1)11頁)。国土交通省住宅局=法務省民事局・前掲(注1)14頁。倒壊等のおそれのある立体駐車場を取り壊して平置きの駐車場とする場合や、階段しかない5階建てのマンションにエレベーターを設置すること等がその例として挙げられます(国土交通省住宅局=法務省民事局・前掲(注1)15頁)。改正区分所有法17条5項は、大要、次のように定めています。この場合の多数決要件を、3分の2に引き下げることとしています。すなわち、共有部分の設置もしくは保存に瑕疵があることによって他人の権利若しくは法律上保護される利益が侵害され、若しくは侵害されるおそれがある場合におけるその瑕疵の除去に関して必要となる共有部分の変更または高齢者、障害者等の移動若しくは施設の利用にかかる身体の負担を軽減することにより、その移動上若しくは施設の利用上の利便性および安全性を向上させるために必要となる共用部分の変更についての第1項および第3項の規定の適用については、これらの規定中「4分の3」とあるのは、「3分の2」とする。提供:税経システム研究所
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2026/01/09 論説
中小受託事業者の経営状況への影響がある法改正 -「下請法」から「取適法」、「下請振興法」から「振興法」への改正の影響-
1.優越的地位濫用規制の変遷第二次世界大戦後の日本がまだ連合国軍最高司令官総司令部(GeneralHeadquarters,theSupremeCommanderfortheAlliedPowers、以下GHQと略します)の間接統治下にあった1947(昭和22)年に、GHQの指示及び立法への関与により制定・施行された「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」(以下、「独占禁止法」と略します)は、1952年4月にサンフランシスコ条約が発効し、日本が独立を回復したことにより、1953(昭和28)年に改正され、不況・合理化カルテルの認可、再販売価格維持契約の承認、会社の株式保有・合併規制などの緩和が行われました。その際に事業能力の較差自体を解消しようとする企業規模による不当な事業能力の較差是正に関する規定も削除されましたが、大規模事業者がその地位を濫用して中小企業を不当に圧迫する事態等への懸念から、代わりにその較差から生じる弊害を個別に解消することを目的とする優越的地位濫用規制が設けられました。この優越的地位濫用規制が導入された当時の背景には、大企業が中小企業を隷属させ、その下に多数の低賃金労働者が苦しんでいたという状況がありますが、現在でも大企業と中小企業の取引上の地位や競争条件にはかなりの較差がありますので、必ずしも対等な契約当事者としての自由な交渉によって取引条件が決められる状況ではなく、またこうした場合に取引の締結・継続を願う弱者からの申立てはあまり期待できない為、契約違反や公序良俗違反を理由にした民事法による救済では不十分であることから、行政的に手当てをする優越的地位濫用規制が設けられました。優越的地位濫用規制としては、独占禁止法の特別法として、1956(昭和31)年に制定・施行された「下請代金遅延防止法」(以下、下請法と略します)、同法の2013(平成25)年改正に関連して設けられた「下請代金遅延防止法施行令」、独占禁止法2条9項が規定する不公正な取引方法に基づく同項6号が定める1982(昭和57)年公正取引委員会告示による一般指定「不公正な取引方法」、1999(平成11)年の公正取引委員会告示による「新聞業における特定の不公正な取引方法」、2004(平成16)年の公正取引委員会告示に基づく物流特殊指定「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の不公正な取引方法」、2005(平成17)年の公正取引委員会告示による「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」等があります。また、これらは幾度かの改正を経るとともに、様々な運用基準やガイドラインによって、これらの優越的地位濫用規制が運用されてきました(注1)。また、立法の主目的は優越的地位濫用規制ではありませんが、1962(昭和37)年に制定された「不当景品及び不当表示防止法」や1993(平成5)年に制定、翌年に施行された「不正競争防止法」などの適用が検討される場面もあります。2.「下請代金遅延防止法」(下請法)から「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(取適法)への改正経緯近時、中小受託事業に従事する人やその近親者以外の人においても、もやし農家の苦境・たまご農家の苦境・原材料高騰による製造業者の苦境などは、日常の買い物による価格高騰や供給不足の実感及び報道によって、トラック運転者や運送業者の苦境及び将来的な供給不足予想などは、PA・SA・路上などの長時間かつ多数のトラックの駐車状況や長時間労働の是正対策としての宅配ボックス等の普及、繁忙期の運送業者の受付中止等による実感や報道によって、一般の人々にも認識されるようになってきました。また、物価高騰対策として、政府が企業に求めた賃上要求も、中小企業ではその経営状況から中々応じられていないということも実感及び報道で認識されるようになっています。そこで政府は、①近年の急激な賃金・原材料費・エネルギー代等のコストの上昇を受け、物価の上昇を上回る賃上げを実現するために、事業者において賃上げの原資の確保が必要であること、②中小企業をはじめとする事業者が各々賃上げの原資を確保するためには、サプライチェーン(原材料の調達・製造・物流・販売等の供給連鎖)全体で適切な価格転嫁を定着させる構造的な価格転嫁の実現を図っていく必要があること、③協議に応じない一方的な価格決定行為など、価格転嫁を阻害し、受注者に負担を押しつける商慣習を一掃していくことで、取引を適正化し、価格転嫁をさらに進めていくことを目標として下請法及び「下請中小企業振興法」の改正を検討してきました(注2)。2017(平成29)年度に80人で発足した下請Gメンは、徐々に人数を増やし、昨年末には全国に48か所ある無料相談窓口「下請かけこみ寺」の相談員に権限を与えて330人体制となるとともに、公正取引委員会も優越的地位の濫用のおそれがある企業を調べる専門の部隊である優越Gメンを2020年度に設けて100人程度の体制で調査にあたってきました。下請Gメンはプッシュ型で年1万社以上の中小企業にアプローチをし、下請かけこみ寺も年1万社以上の相談に応じています(注3)。また、2024(令和6年)度に中小企業庁が行った親事業者5.5万者、当該事業者と取引を行う下請事業者24万者に対する調査においては、違反のおそれがある5,801者に対する注意喚起文を発出しています(注4)。こうした事態を踏まえた下請法の改正は、1962年の改正で報復措置の禁止が規定されて以来、小改訂はあったものの、54年ぶりの法律名の改称を伴う大改正となりました。新法律名は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(以下、「取適法」と略します)となり、2026(令和8)年1月1日に施行され、また一部は本法律の公布の日(2025(令和7)年5月16日)から施行されています。3.下請法から取適法への改正点(注5)(1)「下請」等の用語の見直し「下請代金支払遅延等防止法」は、「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」という名称に改められます。略称として、中小受託取引適正化法や中小受託法が用いられることもありますが、政府広報では「取適法」という呼称が用いられています。名称変更の背景には、「下請」という用語が発注者と受注者が対等な関係ではないという語感を与えるという指摘があり、時代の変化により、発注者側でも下請という用語が使われなくなっている為です。その他、以下の用語の見直しも行われることになりました。「親事業者」は「委託事業者」に「下請事業者」は「中小受託事業者」に「下請代金」は「製造委託等代金」に変更されました。企業としては、契約書や社内規定などで使用している用語を、この新しい用語に合わせて見直すことが推奨されます。(2)一方的代金決定の禁止、価格協議の義務化一方的代金決定の禁止は、近年の物価高騰や賃金・原材料価格・エネルギー価格等のコストの上昇局面で、価格転嫁が適切に行われない問題に対応するために新設されました。従前の下請法にも「買いたたき」を禁止する規定はありますが、これは「通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること」を禁止するものでした(注6)。しかし、単価等の見直しをせずに下請代金を据え置く行為は、それだけでは直ちに代金が引き下げられる場合にあたらず、買いたたきの要件に該当しない場合があり、これが下請事業者の経営を圧迫しているという指摘がありました。そこで、取適法では、委託事業者(旧親事業者)と中小受託事業者(旧下請事業者)との間で実行的な価格交渉がなされることを確保するという観点から、新たな禁止規定を追加しました。具体的には、中小受託事業者の給付に係る費用の変動が生じた場合などに、中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、委託事業者が以下の行為を行うことを禁止しました。協議に応じないこと。協議において中小受託事業者が求めた事項について必要な説明や情報を提供しないこと。一方的に製造委託等代金の額を決定すること。これらの行為によって中小受託事業者の利益を不当に害することが禁止されます。これまでは価格が「著しく低い」場合に問題とされていましたが、今後は価格決定プロセスにおける不当な行為も規制されることになります。委託事業者には、価格協議の要請があった際には適切に応じ、必要な説明や情報を提供し、一方的な決定を避ける義務が生じます。これを怠ると、公正取引委員会から是正勧告を受け、企業名などが公表される可能性があります(後述5参照)。支払条件の見直しは、中小受託事業者の資金繰りを改善し、より確実な代金受領を目的としています。従前の下請法の下では、手形やファクタリング(注7)、電子記録債権(注8)などを用いた支払いが認められていました。しかし、紙の手形は2027(令和9)年3月末までで廃止される予定です(注9)。加えて、電子記録債権や一括決済方式による支払いでは、下請代金の全額を現金で受領するまでに、給付受領日から起算して60日を超える期間を要することが多いという問題点が指摘されていました。現行法では、支払期日は受領日から60日以内と規定されていますが、手形決済の場合、手形交付から現金化までにさらに時間がかかることが課題でした。そこで、支払手段として手形払いは認めない、金銭以外の支払手段(ファクタリング、電子記録債権等)についても、支払期日までに製造委託等代金(旧下請代金)の満額の現金と引き換えることが困難であるものは認めないとすることにしました。これにより、委託事業者は、手形払いを廃止し、現金またはそれに準ずる支払期日までに確実に現金化できる支払方法に切り替える準備が急務となります。(2)その他の適用拡大「製造委託」の対象物の追加:これまで対象物に含まれていなかった木型、製造・加工による補助工具・器具である治具等も、「製造委託」の対象物に追加されました。減額された代金分の支払についても遅延利息の対象となること:製造委託等代金が減額された場合、その減額された代金分の支払いについても、中小受託事業者の給付を受領した日から起算して60日を経過した日から支払をする日までの期間について、年率14.6%の遅延利息の対象とされます。電磁的方法による書面交付の容認:従前の下請法第3条に基づき交付が義務付けられている書面について、中小受託事業者(旧下請事業者)の承諾なくして電磁的方法により提供できるように変更されました。是正済み違反に対する再発防止勧告:委託事業者(旧親事業者)が取適法第5条に規定する禁止規定に違反した場合、たとえその違反行為が既に是正されていたとしても、公正取引委員会が再発防止策を勧告できるという規定が新設されました。振込手数料の中小受託事業者の負担の禁止:委託事業者が製造委託等代金を振込むときの振込手数料は、必ず委託事業者が負担しなければなりません。違反に対する対応:委託事業者は、取適法が定める4つの義務及び11の禁止行為に違反した場合には、勧告、指導のほか、50万円以下の罰金が科されることがあります。(3)物流分野への適用拡大2003(平成15)年の下請法改正で、役務提供委託が対象取引に追加され、元請運送事業者と下請運送事業者の間の取引は下請法の対象となりました。しかし、発荷主(荷物の所有者や発注者)から運送事業者への運送業務の委託は、これまで下請法の適用対象外とされていました。これらの取引は前述の独占禁止法に基づく物流特殊指定によって規制されてはいましたが、買いたたきや、契約にない荷役の無償強制、長時間の荷待ちといった問題が依然として高止まりしており、運送事業者が不利益を被るケースが多数指摘されていました。これらの課題に対応するため、取適法では、「特定運送委託」を適用対象取引としました。「特定運送委託」とは、事業者が、業として行う販売・製造・修理の目的物たる物品、または情報成果物が記載等された物品の販売等をした場合に、取引の相手方に対する運送の行為の全部または一部を他の事業者に委託する行為を指します。(4)適用基準の追加適用基準の追加は、「下請法逃れ」と呼ばれる、法の適用を意図的に免れる行為に対応するために行われました。これまでの下請法では、適用対象となる取引の範囲は、事業者の資本金の額と取引内容の2つの要件で定められていました。しかし、会社法における資本金制度の柔軟化(会社法下における1円設立の許容)や減資手続きの緩和が進んだ結果、事業規模が大きな事業者であっても、少額の資本金で会社が設立されたり、減資によって法の適用対象から外れたりする事例が指摘されていました。この問題を解決するため、取適法では、従来の資本金基準に加えて、常時使用する従業員数を新たな適用基準として追加しました。物品の製造・修理委託および政令で定める情報成果物・役務提供委託・特定運送委託:委託事業者(旧親事業者)が「常時使用する従業員数が300人超」で中小受託事業者(旧下請事業者)が「常時使用する従業員数が300人以下」の場合が追加されました。上記以外の情報成果物作成・役務提供委託を行う場合:委託事業者(旧親事業者)が「常時使用する従業員数が100人超」で中小受託事業者(旧下請事業者)が「常時使用する従業員数が100人以下」の場合が追加されました。この従業員数基準の追加により、これまで下請法の適用対象外だった事業者との取引が、新たに適用対象となるケースが大幅に増加すると予測されています。企業としては、自社の取引先について、新たに中小受託事業者に該当する企業がないか、従業員数を確認し、対象取引を洗い出す作業が急務となります。なお、中小受託事業者がフリーランス(特定受託事業者)にも該当する場合に、取適法と特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(略称:フリーランス・事業者間取引適正化等法)のいずれにも違反する行為が、委託受託事業者から行われた場合は、原則として、後者が優先適用されます。4.「下請中小企業振興法」から「受託中小企業振興法」への改正点(注10)1970(昭和55)年に制定・施行された「下請中小企業振興法」(以下、「下請振興法」と略します)は、親事業者の協力のもとに、下請事業者自らが、その事業を運営し、その能力を最も有効に発揮することができるよう体質を強化して独立性のある企業への成長を促すことを目的とする法律です。下請事業者との取引の適正化を図ることを目的とする点で、下請法との類似点も多いのですが、下請法が規制法規であるのに対し、下請振興法は下請中小企業を育成・振興する支援するための規制です。今回、その下請振興法の正式名称も「受託中小企業振興法」(以下、「振興法」と略します)に改称されました。それに伴い一部の用語も取適法と同様に変更されました(前述3(1)参照)。振興法上の「委託事業者」とは、資本金・出資金(以下、「資本金等」とします)又は従業員数(こちらは今回の改正で、個人に加えて法人も追加)が自己より小さい中小企業者(取適法と同基準)に対し、振興法が定める一定の行為を委託することを業として行うものをいいます。「中小委託事業者」とは、中小企業者のうち、前述の資本金等又は従業員数が自己より大きい又は多いものから委託を受けて、振興法が定める一定の行為を業として行うものをいいます。振興法と下請法では法令の目的が異なることから、それぞれの法令が適用される取引は完全に一致していません。そのため、下請法が適用される取引であると同時に振興法が適用される取引となる場合もあれば、下請法は適用されないが振興法は適用される取引となる場合もある点には注意が必要です。今回の改正の要点は以下のとおりです。(1)多段階の事業者が連携した取組みへの支援現在は、サプライチェーンの取引段階が深くなるにつれて価格転嫁割合が低くなる傾向があります。それは直接の取引先を越えて、1つ先、数次先の取引先まで含めて、価格交渉しない商習慣にあるとされます。そこで、多段階の取引からなるサプライチェーンにおいて、2以上の取引段階にある事業者が作成する振興事業計画に対し、承認・支援できる旨の規定が追加されました。(2)適用対象の追加取適法と同様に製造・販売等の目的物の引渡しに必要な運送の委託が対象取引に追加されました(前述3(3)参照)。また、前述のように従業員基準の対象に法人同士の場合が追加されました(基準は取適用法と同様になりました。前述3(4)参照)。(3)地方公共団体との連携強化地方における価格転嫁の推進には、都道府県ごとの取引適正化に向けた取組みが重要であるとして、国及び地方公共団体が連携し、全国各地の事業者の振興に向けた取組みを講じる旨の責務と、関係者が情報交換など密接な連携に努める旨の規定が追加されました。(4)主務大臣による執行強化下請Gメンのヒアリング結果や価格交渉促進月間における調査結果を受けて、価格交渉・価格転嫁等の状況が芳しくない事業者に対し、主務大臣による指導・助言を実施するとともに、何度か指導・助言をしたものの、どのような取組を講じるべきか具体的検討が不十分で、取引方法が改善されない事業者に対しては、より具体的な措置を示して改善を促すことができる旨の規定が追加されました。5.中小企業への注意点優越的地位濫用規制のあり方をめぐっては、これまで中小企業庁や公正取引委員会が違反行為に対して指導・助言を行ってきましたが、面的執行の強化として、事業所管省庁の主務大臣にもその権限が付与されました。また、報復措置を受けた場合の情報提供先としても事業所管省庁が追加されました。中小企業庁は、中小企業を日本経済の重要な担い手と位置付けており、今回の改正は中小企業従業者等の賃上げ原資の確保を目的とした施策であることから、中小企業の経営改善に意欲をみせています。一方で、所管である公正取引委員会は、大企業と中小企業との取引だけでなく、大企業同士、中小企業同士の取引においても優越的地位の濫用があるとして、優越的地位濫用規制は中小企業保護政策とは一線を画するものであることを強調しています。これまで中小企業庁と公正取引委員会はこうした立場の違いから対立する場面もあったようですが、2025年12月2日に大きく実名報道(注11)された公正取引委員会が(株)スニックに勧告を行った事例においては、中小企業庁が調査を行い、公正取引委員会に勧告を求めるという連携がみられます。(株)スニックは、資本金1億1,000万円、従業員数1,264人のスズキ(株)の子会社ですが(注12)、2024年以降、自動車の修理等で使われる300種類超の「補給部品」の製造を委託した下請事業者約10社に対し、量産を終えて発注量が大幅に減少し、製造コストが上がったにもかかわらず、価格協議に応じなかったとして、公正取引委員会がこうしたケースに「買いたたき」を認定する初の事態となりました。また同社が長期間発注の見込みがない部品の製造に使う金型など約800個を下請事業者に無償で保管させていたことは「不当な経済上の利益の提供要請」として認定できるとしています(注13)。会社法上の大会社は内部統制体制の構築が義務付けられており(会社法362条4項6号・5号、同348条3項4号・4号参照)、また公正取引委員会は、プレスリリースで優越的地位濫用規制違反の事例を公表してきましたが(注14)、優越的地位濫用規制は、会社法上の大会社でない規模の会社をも対象にしているものです。中小企業のイメージ低下はその取引や資金繰りにも影響を与え、場合によっては死活問題になります。また取締役や会社代表者の対第三者責任(会社法350条・429条1項)の追及が行われる可能性もあります。この改正の内容が社会一般に浸透していくにしたがって、当然厳しく助言・指導され、悪質な場合は、会社名を公表されたり罰金を科せられたりするおそれがありますから、対象企業の会社役員はもとより、営業担当社員等も早期に改正内容の認識を持つ必要があります。(おわり)<注釈>公正取引委員会事務局編集・独占禁止政策三十年史(1977・大蔵省印刷局)、平林英勝・独占禁止法の歴史(上)(下)(上2012年・下2016年・信山社)、参照。公正取引委員会・中小企業庁「下請法・下請振興法の概要」(2025.5)、参照。https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2025/may/250516_gaiyou02.pdf2025.5.15経済産業委員会下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律案(2回目)、参照。https://www.youtube.com/watch?v=8lVG5gnqrwA中小企業庁「令和6年度における下請代金支払遅延防止法に基づく取組」(2025.6.11)、参照。https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/2025/250611.html公正取引委員会・中小企業庁「下請法・下請振興法改正法案の概要」(2025.3)、参照。また、この項目は、MJSMonthlyReport2026年1月号に毛塚衛先生の解説が掲載される他、MJS会計システム研究会で作成している「経営センスチェック」にて、経理視点で下請法改正を取り上げた記事を公開しております。MonthlyReport2026年1月号(TVS)https://tvs.mjs.co.jp/fileadmin/migratedNewsAssets/Files/MonthlyReport204_2026_01.pdfMonthlyReport2026年1月号(GWP)https://goodwill.mjs.co.jp/fileadmin/migratedNewsAssets/Files/MonthlyReport204_2026_01.pdf経営センスチェックhttps://www.mjs.co.jp/topics/keieisense/20251013/東京地判令和6年2月15日判タ1532号183頁参照。ファクタリングとは、企業が有する売掛金をファクタリング会社に売却することで売掛金の入金前に現金化する方法です。債務者の承認は不要で、融資とは異なり負債とならず、また売掛債権先企業の業績悪化等による債権回収リスクも負いませんが、通常、審査があり手数料がかかる為、それほど迅速でもなく、また売掛金債権満額の回収ができません。紙の手形を使わず、でんさいネットのような電子債権記録機関の記録原簿に電子的に記録する金銭債権です。事務手続きの簡略化、印紙税の削減、紛失・盗難ないし公示催告・除権決定の手続きや善意取得等を回避できるメリットがあります。河内隆史・手形・小切手の廃止~電子交換所の終了~(2025.7商事法研究レポート)、参照。(TVS)https://tvs.mjs.co.jp/working/commercial/businesslaw/detail/article/n685b6eb4135fd.html(GWP)https://goodwill.mjs.co.jp/working/commercial/businesslaw/detail/article/j685b71efc9741.html公正取引委員会・中小企業庁「下請法・下請振興法改正法案の概要」(前掲注2)参照。中小企業庁「下請中小企業振興法に基づく「振興基準」を改正しました」(2025.10.2)、参照。https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/2025/251002.html、公正取引委員会・中小企業庁「(令和7年5月16日)『下請代金遅延防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律』の成立について」(2025.5.16)、参照。https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2025/may/250516_toritekiseiritsu.html「スズキ系業者が買いたたき、下請け業者に委託の部品の製造単価据え置く…公取委が下請法違反で勧告へ」(2025.12.2読売新聞オンライン)https://www.yomiuri.co.jp/national/20251202-GYT1T00074/「スズキ子会社、下請法違反で勧告へ量産後の部品製造で買いたたき」(2025.12.2朝日新聞デジタル)https://www.asahi.com/articles/ASTD21DHVTD2UTIL00QM.html?msockid=066ec6c84dea64a20728d2df4cb465b3株式会社スニックHPの会社概要(2025.12.7閲覧)においては、資本金1億1,000万円、従業員数1,264人です。http://www.snic.jp/about_us/outline.html公正取引委員会の調査により、(株)スズキ自販大分(資本金6,000万円)が、遅くとも2022年5月から2024年8月まで、自社が請け負う自動車の修理の顧客に代車として貸し出すために、下請事業者8名に対し、合計25台の自動車を自己のために無償で提供させることにより、下請事業者の利益を不当に害していたことが判明し、同社は、総額853万6,123円を下請事業者に支払うとともに、同社取締役・営業担当社員・従業員にも法令順守の徹底が促されています。公正取引委員会「(令和7年4月24日)株式会社スズキ自販大分に対する勧告について」https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2025/apr/250424_kyuusyu_shitauke.html金型無償保管については、2025年2月には、大会社である日産の完全子会社愛知機械工業(株)(2025年3月時の資本金85億1,800万円、従業員1,304名)やトヨタ系の中央発條(株)(2025年3月期の資本金108億3,700万人、東証スタンダード上場、臨時従業員を含む従業員1,613人(単独)・4,362人(連結))に対する実名報道がありました。「『商慣習に流された』金型無償保管、今度は日産子会社とトヨタ系で」(2025.2.18朝日新聞)https://www.asahi.com/articles/AST2L3QTTT2LULFA00SM.html。ただし、スニックのような規模の会社に対する大きな実名報道は、今までになく、業界に衝撃を与えたと思われます。提供:税経システム研究所
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2025/12/19 論説
法律上、決算はいつ確定するの? − 計算書類の承認・確定について
1はじめにわが国の会社法では、計算書類(この書類には貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、個別注記表が含まれます。会社法施行規則116条、会社計算規則59条1項参照(注1))、および、その附属明細書(計算書類の内容を補足する重要な事項を表示する書類です。詳細については会社計算規則117条参照)を作成し、取締役会や株主総会といった機関で承認を受け、公告等をすることとされています。そして、これらの一連の行為が「決算」と呼ばれます(注2)。本稿では、この決算のプロセスについて概観し、とりわけ『計算書類の承認・確定』の意義について考えてみたいと思います。なぜなら、わが国では、計算書類の承認を含む計算に関する事項についての株主総会決議は、会社法に関するテキストにおいても株主総会の主要な決議事項として挙げられることもある一方(注3)、後述するように、他の国では、会計・財務に関する書類について株主総会の承認決議を必要とせず、そうした書類を「確定させる」ということにそれほど重きを置いていないと思われる国もあるからです。なお、本稿では、過度に話を複雑にすることを避けるため、主に取締役会を設置している会社を念頭に置くこととし、かつ、会計参与を設置している会社については念頭に置あかずに話を進めていくことにします。2計算書類の承認・確定のプロセス計算書類等の作成は代表取締役(指名委員会等設置会社では取締役会が選定した執行役)によって行われます(注4)。そのうえで、監査役を置いている会社(定款上、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨を定めた会社も含みます)は、計算書類および事業報告ならびにそれらの附属明細書について監査役の監査を受けなければなりません(会社法436条1項)。また、監査等委員会設置会社では監査等委員会、指名委員会等設置会社では監査委員会が監査を行います(会社法436条2項1号)。そのうえで、会計監査人設置会社では、ある意味で当然ですが、計算関係書類(計算書類およびその附属明細書をいいます。会社法施行規則2条3項11号ロ、会社計算規則2条3項3号ロ)について会計監査人の監査も受ける必要があります(会社法436条2項)。次に、計算関係書類は事業報告、それらの附属明細書と併せて取締役会の承認を受けることになります(会社法436条3項)。ここで、上場会社については、四半期ごとに金融商品取引所を通じていわゆる決算短信を発表することになっていますが、事業年度または連結会計年度に関するいわゆる通期決算短信については、計算書類等についてこの取締役会の承認があった段階で発表され、3月決算の会社であれば、一般には5月中旬に発表されることが多いと言われています(注5)。その後、定時株主総会の招集を株主に対して通知する際には、取締役会の承認を受けた計算書類および事業報告、加えて(監査役を置く会社、監査等委員会設置会社または指名委員会等設置会社の場合は)監査報告および(会計監査人設置会社の場合は)会計監査報告も提供することとされています(会社法437条)。そして、計算書類、事業報告およびそれらの附属明細書(ある場合には監査報告・会計監査報告)は、株主や債権者の閲覧等に供するため、原則として定時株主総会の日の2週間前から本店に5年間、支店にはその写しを3年間備え置かなければならないとされています(会社法442条)。計算書類は、以上の手続きを経たうえで事業報告とともに定時株主総会に提出され、株主総会の承認を受けることとされています(会社法348条2項。なお、事業報告については株主総会の承認を経ることなく、その内容が報告されるに留まります。同条3項)。ここで、計算書類について株主総会の承認が求められているのは、一つの会計事実につき複数の会計処理のいずれを適用するかといった政策判断の余地があり得るから、との説明がされています(注6)。歴史的な観点から述べますと、会社法が制定される前である平成17年(2005年)改正前商法の下において、昭和56年(1981年)改正で同法284条の規定が削除されるまで、計算書類の承認決議後、2年以内に別段の決議がなければ、会社は不正の行為があった場合を除いて取締役および監査役に対しての計算書類に関する責任を解除したものとみなすとされていました。また、現行会社法が制定されるまでは、利益の処分(≒現在における「剰余金の処分」)または損失の処理に関する案は、計算書類ととともに定時株主総会における承認内容に含まれ、それらがまとめて承認対象とされていました。これに対し、現在の会社法は、剰余金の配当は計算書類の承認決議とは別の株主総会決議に基づいて行うものとされています(会社法453条、454条参照。なお、取締役の任期が1年以内である会計監査人設置会社については、定款の規定がある場合に、取締役会決議による剰余金配当も可能とされています。同法459条参照)。その結果、現在の会社法は株主総会による計算書類の承認決議に対し、「それによって計算書類を確定させる」という意味がより込められている、といえるでしょう。いずれにしても、株主総会の承認によって計算書類は確定され、当該計算書類は「最終事業年度にかかる計算書類」となり、剰余金の額や分配可能額の算定の基礎となります(会社法446条、461条2項など参照(注7))。仮に承認決議が否決された場合は、計算書類は確定できないこととなりますが、そうした場合、取締役会は必要と認める場合に計算書類を修正し、再度「定時株主総会」を招集してその承認を求めるほかないとされています(注8)。なお、承認された計算書類の内容が法令に違反していたときは、承認決議は無効確認の訴えの対象となりますし(会社法830条2項)、計算書類の内容自体に違反性はないものの、計算書類を承認する株主総会の招集手続もしくは承認決議の方法が法令・定款に違反し、または著しく不公正であった場合は、決議取消の訴えの対象となります(注9)。ところで、会計監査人設置会社については、株主総会における計算書類の承認について特則が設けられています。すなわち、計算書類が法令・定款に従って株式会社の財産・損益の状況を正しく表示しているものとして一定の要件を満たす場合、具体的には、①会計監査報告の内容として「無限定適正意見」が含まれること、②会計監査報告にかかる監査役・監査役会・監査等委員会・監査委員会の監査報告が期限内になされており、その内容として会計監査人の監査の方法または結果を相当でないと認める意見がないこと、③取締役会を設置していること、などの要件を満たしている場合(会社計算規則135条参照)、定時株主総会での承認は必要とされず、同総会への報告で足りるとされています(会社法439条)。これは、会計監査人設置会社のような会社については、会計監査人の監査によって計算書類の内容の適法性についての担保がなされていること、そうした会社の複雑な計算書類については株主総会で審査を行い、承認することは適当でない、と考えられていることによります(注10)。まとめれば、会計監査人設置会社では、会計監査人、監査役等から(会計)監査報告を受け、それら報告に特段の問題がない場合は、取締役会の承認を受けた時点で計算書類が確定することになります(注11)。とはいえ、会計監査人設置会社についてのこうした取り扱いは、あくまで「特則」という位置づけであり、会社法は、計算書類の承認については株主総会決議に依るものということがやはり本則であるといった建て付けであるように思います。いずれにしても、計算書類は以上のようにして確定されることになりますが、会社は定時株主総会後に遅滞なく貸借対照表(大会社については貸借対照表および損益計算書。なお、公告方法が官報または時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙への掲載である場合は、貸借対照表の要旨で足りるとされています)を公告することとされています(会社法440条)。ただし、金融商品取引法に基づき有価証券報告書を提出しなければならない会社については、こうした公告は行わなくてもよいとされています(会社法440条3項)。3ドイツ、イギリスおよびアメリカの状況ここで、決算のプロセスに関する他の国(ドイツ、イギリスおよびアメリカ)の状況について簡単にみてみたいと思います。⑴ドイツ上述したように、わが国では決算を「確定する」という考え方が採られていますが、これはドイツの影響を受けた可能性がありそうです。すなわち、ドイツの株式法では、監査役会が年次決算を承認した場合、取締役会および監査役会がその年次決算の確定を株主総会に委ねる旨を決議しない限り、当該年度の年次決算は確定(Feststellung)されたものとみなされるとし(同法172条1項)、取締役会および監査役会が年次決算の確定を株主総会に委ねる旨を決議した場合、あるいは監査役会が年次決算を承認しなかった場合には、株主総会が年次決算を確定する(同法173条1項)と定めています。こうした定めと関連して、わが国において株主総会を計算書類の承認機関としていることについて解説している古いコンメンタールの中には、「・・・確定(Feststellung)とは、会社の終局的な決定であって、それによりその期の計算は対内的にも対外的にも不動のものとなる。いかなる事実をもってそのような終局的な決定があったものとするかということは、株式会社における法定の機関権限の問題であり(そのことを最も明確に規定するのは、西ドイツ株式法172条・173条である)・・・(わが国では)その要件事実を定時総会の承認に求めているものと解される」としているものがあります(注12)。⑵イギリス他方で、イギリスでは、「確定」といった文言は使われていませんが、株式会社における年次計算書類(annualaccounts)は取締役会によって承認されなければならない(mustbeapproved)とされています(2006年会社法414条1項)。また、取締役たちは、年次計算書類が資産、負債、財務状況および損益を真実かつ公正に表示していない限り、当該年次計算書類を承認してはならない旨が定められています(同法393条1項)。そのうえで、公開会社(PublicCompany:株式を公募できたり、5万ポンド以上の最低資本金規制をクリアし、定款にPublicCompanyであることを定めている会社のことをいいます。これ以外の会社は(私会社PrivateCompany)と位置づけられます)については、取締役会の承認を受けた年次計算書類は、株主総会の21日前までに株主等に送付し(同法423条、424条)、株主総会において会社に提出しなければならない(mustlaybeforethecompanyingeneralmeeting)とされています(同法437条1項)。ただし、これら規定はあくまで年次計算書類が株主総会に提出されればよいとしているだけであり、株主総会での承認は特段要求されていません(なお、私会社については、上場会社でない限り、そもそも年次株主総会の開催自体が要求されていません(同法336条項))。なお、年次計算書類と各種報告書は、会計年度末から6か月以内にCompaniesHouseという会社そのものの登記と各種情報の公開を行っている政府機関に登録しなければならないとされています。また、上場会社については、CompaniesHouseへの登録に加えて、FCA(FinancialConductAuthority)が定めるDisclosureGuidanceandTransparencyRules(DTR)4.1に基づき、監査済みの計算書類を含む各種報告書等を「年次財務報告(AnnualFinancialReport)」として会計年度末から4か月以内にNationalStorageMechanismを通じて提出し、広く開示されることとされています(この年次財務報告に含まれる会計・財務関係の書類は、CompaniesHouseへ登録した計算書類と同じものとなっており、日本のように、計算書類と有価証券報告書内の財務諸表、といったような二本立てとはなっていないとのことです)。⑶アメリカアメリカでは、各州の会社法ごとに規律が異なっていますが、一般には、計算・財務に関する書類作成や承認に関する詳細な規定は設けられていません。多くの会社が設立・登録をしているデラウェア州の会社法では、帳簿(BookandRecords)の概念に過去3年分の年次財務報告が含まれるとされ、株主がそれを閲覧等できるとする規定はあるものの(デラウェア州一般会社法220条)、その年次財務報告の作成については、取締役会の一般的な権限のもとで行われると考えられているにすぎないようです。他方で、カリフォルニア州のように、具体的に貸借対照表、損益計算書およびキャッシュフロー計算書を含む年次報告書を作成すべきことや、それら報告書の一定期間内における株主への送付について定めている州もありますが(カリフォルニア州会社法1501条)、そうした州でも計算・財務に関する書類の承認や確定については詳細には定められておらず、やはりそれらは取締役会の権限のもとで適宜行われるものと考えられてきているようです。なお、上場会社については、財務報告を含む年次報告(Form10-K)の提出・開示、加えて、いわゆる株主向けの年次報告(AnnualReporttoShareholders:ARS)を株主総会前に株主に対して提供する必要があり、それらのプロセスにおいて、SECが財務報告に対する監査等について、厳格な規制を行っています。ただし、これらは主に適正かつ公正な情報開示(ディスクロージャー)とそれによる市場の高潔性(Integrity)の確保の観点からの規制であり、財務報告の承認・確定という点についてはそれほど意識がされていません。4まとめ以上を踏まえますと、計算書類等の「確定」という考え方を重視し、さらにその要件を株主総会の承認に求めるという法制を採っているわが国の法制は、他の国と比較して特徴的であるように思われます。わが国の現在の法制度が、適切であるかどうかはいろいろな見方ができるかと思います。筆者の推測ですが、おそらく、わが国ではいわゆる所有と経営があまり分離していない中小規模の株式会社が圧倒的に多く、そうした会社については、計算書類の確定に対し、株主にコミットさせた方が良いと考えられてきたのではないか、加えて、わが国の株式会社のガバナンスに関する議論では、株主総会の存在やそこでの意思決定をとくに重視してきており、そのために株主総会の権限を比較的大きく設定し、株主提案権制度等の関連制度を充実させ、適切に情報提供や議論がなされるように誘導してきたことから、計算書類等の確定もそうした株主総会に委ねた方がよい、と考えられてきたことがあるように思います(ちなみに、会社法上、合名会社、合資会社および合同会社から成る持分会社については、それらの会社に計算書類の作成義務があることが定められているのみであり、計算書類の確定を含む決算のプロセスについてはほとんど定められていません。会社法617条参照)。他方で、イギリスやアメリカの現状を踏まえますと、それらの国々ではそもそも計算・財務に関する書類の「確定」という考え方が採られていませんし、原則として、そうした書類の作成は取締役または取締役会が行うものであり、株主は、そうした書類に記載されている情報の提供を確実に受け取ることこそが重要であるとして、ある意味で受け身的な立場として位置づけられてきているように思います。現状では、わが国がいますぐ他の国に倣うべきだ、ということはありませんが、いずれにしても、決算のプロセス関する法制度、計算書類の承認・確定のあり方に関するスタンスは、株式会社制度における株主の位置づけについての考え方と密接な関連があるように思います。また、本稿ではほとんど触れませんでしたが、国ごとの会計制度、ディスクロージャー制度、さらには剰余金の配当規制との兼ね合いもあります。そうした意味で、本稿で述べたことは喫緊の課題というわけではないもののが、継続的かつ地道な研究や検討を行っていくべきテーマであるように思います。<注釈>これに対し、金融商品取引法に基づいて作成される『財務諸表』は、貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書およびキャッシュ・フロー計算書ならびに附属明細表からなるとされています(財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則1条1項1号参照)。江頭憲治郎『株式会社法〔第9版〕』(有斐閣、2025年)635−636頁。江頭・前掲注⑵322頁。江頭・前掲注⑵630頁。江頭・前掲注⑵659頁参照。江頭・前掲注⑵662頁。江頭憲治郎=弥永真生編『会社法コンメンタール10−計算等⑴』(商事法務、2011年)378頁〔片木晴彦〕。片木・前掲注⑺378頁。片木・前掲注⑺378頁。江頭・前掲注⑵665頁、片木・前掲注⑺379頁。片木・前掲注⑺381頁。上柳克郎ほか編『新版注釈会社法⑻会社の計算⑴』(有斐閣、1987年)76頁〔倉沢康一郎〕。提供:税経システム研究所
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2025/12/12 topics
高齢化社会と会社運営上の課題:意思能力を欠いた支配株主の議決権行使による株主総会決議への影響と対応策(注1)
2025/12/15追記本記事中の注記に誤りがありました。謹んでお詫び申し上げますとともに、下記のとおり訂正いたします。(変更前)(注13)同旨、阿多・前掲(注13)5頁、今川・前掲(注13)5頁。(注14)阿多・前掲(注13)5頁、今川・前掲(注13)5頁。(変更後)(注13)同旨、阿多・前掲(注12)5頁、今川・前掲(注12)5頁。(注14)阿多・前掲(注12)5頁、今川・前掲(注12)5頁。1日本社会の高齢化の進展・認知症患者等の増加と会社運営への影響わが国が高齢化社会であることは周知の通りです。内閣府の令和6年度版高齢社会白書(注2)によれば、高齢化率は29.1%で、今後もその数値が上昇すると予測されます。それに伴い認知症患者数やMCI(軽度認知障害)患者数も増える傾向にあります(下記グラフ(注3)参照)。こうした社会環境の変化を反映してか、近時、株主が判断能力を喪失したまま株主総会での議決権行使に及ぶ等したことで、株主総会決議の効力が争われたり否定されたりする事例が散見されるようになってきました(注4)。前掲の高齢社会白書の将来予測に鑑みると、今後も、株主の意思能力の欠如を理由に株主総会の決議の効力が争われる事例が生じ、その件数も増加するものと予想され、それが、支配株主が存在することが少なくない中小(非上場)会社では法的紛争の温床になるばかりか、会社運営に対する重大な支障・リスクの要因ともなることが懸念されます。そこで、本稿では、最近の裁判例を参考に、株主に意思能力の欠如が認められる場合の対応のあり方について概観することとします。2株主の議決権行使と意思能力欠如の下での法律行為の効力に関する民法3条の2(1)民法3条の2の規律民法には意思能力に関する同法3条の2の規定が置かれ、同条によれば、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。」とされます。意思能力の有無が法律行為の効力の有無を決めるカギとなるところ、民法には意思能力の定義規定がありません。しかし、従来、意思能力の意義は、「自分の行為の結果を判断することのできる精神能力であって、正常な認識力と予期力を含む」もの(成年被後見人につき意思能力の欠如を認定した東京地判平成30年5月16日LEXDB25553689)(注5)、「自分の行為の結果を正しく認識し、これに基づいて正しく意思決定する精神能力をいう」(東京地判平成17年9月29日判タ1203号173頁)と解されており、民法はこうした解釈を前提としています(注6)。ちなみに、意思能力の有無は個々の法律行為ごとにその難易や重大性等も考慮して、行為の結果を正しく認識・判断していたか否かを中心に判断されるべきものです(前掲東京地判平成30年5月16日)(注7)。そのため、行為者がアルツハイマー型認知症であるからと言って当然に意思無能力であると判断されるわけでないことに留意が必要ですが、以下では、株主が民法3条の2にいう意思能力を欠いている状態にあることを前提に話を進めます。(2)意思能力を欠いた株主の議決権の行使等と民法3条の2意思能力を欠く株主が株主総会において議決権を行使しまたは議決権行使を他人に委任することや、会社法319条1項による書面決議のための同意の意思表示を行うことについて、民法3条の2が適用され、その効力は無効であると解するのが裁判所のほぼ一致した考え方です(注8)。①東京地判令和5年4月28日のケース例えば、第1に、東京地判令和5年4月28日LEXDB25596678の事案では、被告株式会社の定款変更議案が原告株主Xを含む株主全員の出席のもと株主総会に付議されたところ、出席株主Aが、少なくとも議決権総数の60%を有する株主Bから行使を委任された議決権と自らの議決権を合わせて行使し当該議案に賛成したため、定款変更決議が成立したとされたことに対し、Xが、アルツハイマー型認知症で要介護4の認定を受けていたBは意思能力を欠いているため、BのAに対する議決権行使の委任が無効であり、その結果、定款変更のための株主総会決議に係る定足数(会社法309条2項参照)を欠き株主総会の決議方法が法令に違反するとして、当該決議の取消を主張しました。東京地裁は、Bが当時、日常生活の意思決定が日常的に困難であったため意思能力を欠いていたとして、議決権行使の委任を無効と認定し、当該決議の取消請求を認容しています。②東京地判令和6年9月27日のケース第2に、東京地判令和6年9月27日(注9)は、公開会社でない被告株式会社の唯一の株主Aが同意して行われた、代表取締役を取締役の互選により定める旨の定款規定を削除し取締役は各自会社を代表する旨の定めを設ける令和4年7月13日付の定款変更決議(以下、「令和4年書面決議」)と、当該決議の成立を前提に取締役の一人であるB(Aの子)の提案のもとAの同意により令和5年1月16日付で行われた、原告X(Aの養子)を取締役から解任しC(Bの配偶者)を取締役に選任する旨の決議(以下、「令和5年書面決議」)について、Xが、①令和4年書面決議は株主Aの意思能力の欠如ゆえに無効であると主張すると共に、②令和5年書面決議は令和4年書面決議が無効である以上、代表取締役に互選されていないBの提案に対し行われたものであり決議方法が法令に違反すること、Aも同意の意思表示を行えるだけの意思能力を欠いており会社法341条の要件を充足しないことを理由に、同決議の取消を求めた事案です。東京地裁は、Aのアルツハイマー型認知症が相当程度進行して知的能力が著しく低下し、支援を受けてもAが契約の意味内容を理解し判断することは不可能であるとの保佐開始申立時の鑑定人の鑑定意見を踏まえ、Aが意思能力を欠いていたと認定し、令和4年書面決議に係る同意の意思表示の効力が無効であり、当該決議が不存在であると判示しています。東京地裁は、令和5年書面決議については、Xの請求に引っ張られたこともあり、Aによる同意の意思表示が無効であるとした上で、同決議の取消請求を認容しています。3株主が意思能力を欠いている場合の法的対応(1)法的対応の必要性近時のこうした裁判例を踏まえると、株主とりわけ支配株主が高齢化して認知症等を発症し意思能力を欠いていると認められる場合に、そのまま株主総会で議決権の行使またはその委任をさせること、書面決議のための同意の意思表示を行わせることは、株主総会決議の不存在または取消のリスクを伴います。そこで、その種の事態を回避する法的措置を講じておく必要があり、それが成年後見制度と、意思能力喪失と判断される前に利用される任意後見契約制度および信託です。(2)成年後見制度の利用第1に、成年後見制度とは、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」を、本人、配偶者、4親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人または検察官の請求により家庭裁判所が後見開始の審判をもって成年被後見人とし、これに成年後見人を付すものです(民法7条、8条)。家庭裁判所が後見開始の審判を行うと、後見登記等に関する法律に基づき、後見の種別や審判確定年月日や成年被後見人・成年後見人等に関する情報が後見登記等ファイルに記録され(同法4条1項)、成年被後見人、成年後見人または成年後見監督人が登記事項証明書の交付を請求できるとされます(同法10条1項・2項)。ここで問題となるのは、株主が意思能力を有しない場合に、当該株主が「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある」という成年被後見人の要件を充足するかという点です。意思能力と事理弁識能力とは法的には異なる概念ですが、両者は密接に関連し、財産に関する取引の能力については、事理弁識能力が欠けた常況にある者は意思能力も認められない場合が多いとされています(注10)。それゆえ、意思能力を欠く株主は、それが認知症等の精神上の障害によれば成年被後見人と認定されることになると考えられ(注11)、その限りで、成年後見制度の対象になり得るといえます。当該株主を成年被後見人として成年後見人が付された場合、成年後見人は、成年被後見人の財産を管理し、かつその財産に関する法律行為について当該成年被後見人を代表し(民法859条1項)、包括的な代理権を有することとなります。株主権の行使は基本的には株式という財産の管理に属するといえ、剰余金配当請求権その他の自益権の行使は株主財産の維持・保全に関わるため、成年後見人の権限の範疇に含まれると解されます(注12)。これに対し、議決権の行使は、株式併合決議(会社法180条2項・309条2項4号)や会社解散決議(同法471条3号・309条2項11号)等では株主地位の重大な変動を生じさせるため、株式管理の一環といえるかが問題となりますが、議決権は株主自身の利益のために行使できる上に、成年後見人が成年被後見人の財産管理に関する事務を行うに当たり成年被後見人の意思を尊重しなければならないこと(民法858条)を踏まえると、成年後見人が成年被後見人である株主の議決権を代理行使できる(注13)と解して良いと思われます。同様の理由から、書面決議に係る株主としての同意も、成年後見人が行えると考えられます。ちなみに、議決権行使に関し問題となるのが、①議決権行使代理人の資格を株主に制限する定款規定と、②議決権行使の代理権授与を株主総会ごとにしなければならないとする会社法310条2項の適用の有無です。①については、成年後見人の代理権が法定代理権であるため、当該定款規定の適用が排除されると解されます(注14)。②についても、株主が意思能力を欠く状態にあることを前提にすると、当該株主から成年後見人への議決権行使の代理権授与を株主総会ごとに行うことを要求するのはナンセンスです。加えて、株主の議決権の代理行使が取締役等による会社支配の手段として濫用されることを防ぐという会社法310条2項の趣旨に鑑みても、成年後見人が法定代理人であることを踏まえ、成年後見人による成年被後見人たる株主の議決権の代理行使については、会社法310条2項が適用されないと解されます(注15)。(3)任意後見契約制度の利用第2は、任意後見契約制度の利用です。任意後見契約とは、「任意後見契約に関する法律」に基づき、ある者が、精神上の障害により事理弁識能力が不十分な状況になった場合に備えて、その者の生活、療養看護および財産の管理に関する事務の全部または一部を任意後見人に委託し、委託事務について代理権を授与する委任契約であって、本人、配偶者、四親等内の親族または任意後見受任者の請求により家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力を生ずる旨の定めがあるものをいいます(同法2条1号)。この契約は、法務省令所定の書式を備えた公正証書により作成することを要するほか(同法3条)、公証人の嘱託により登記され(後見登記等に関する法律5条)、これが任意後見人の代理権を証する委任状の代わりとなります(注16)。このように任意後見契約は、その締結時に本人に判断能力があるケースが典型的な利用場面として想定されているため、意思能力の喪失等の場合に利用される有事利用型の成年後見制度に比べ、事前導入型といえます。ともあれ、株主を本人とする任意後見契約に基づき選任された任意後見人が議決権を代理行使する場合は、当該株主の意思を尊重することを要しますが(同法6条)、成年後見人による議決権代理行使と同様、議決権行使代理人の資格を制限する定款規定の適用は受けないと解すべきでしょう。他方、任意後見人による議決権の代理行使に関しては、成年後見制度の利用の場合と異なり会社法310条2項が適用されると解されます。(4)民事信託の利用第3は、信託の利用です。株主が意思能力を喪失する前に自らを受益者とし保有株式を信託財産とする信託を後継者など特定の者を受託者として設定する方法がこれで、任意後見契約と同様、事前導入型です。この種の目的のため信託が利用される場合、株式が受託者名議となり、議決権は受託者が株主として行使する形をとりますが、会社法310条2項の脱法的要素は通常は認められないので、当該信託の効力は有効であり、株主総会ごとに議決権行使を委任する必要はないでしょう。また、書面決議の同意も受託者が行えると解されますが、いずれにせよ、信託の利用は、当該株主が意思能力を喪失したときも、当該信託に基づき受託者が委託者・受益者たる株主の最善の利益のために議決権を行使することとなるため、有効な対策の一つといえるでしょう。4おわりに意思能力を欠いた支配株主が議決権行使や書面決議の同意を行うことによりもたらされる法的な影響を回避するための法的方策は、上記の通り、後見制度と信託制度とに大別されますが、任意後見契約および信託では、任意後見人・受託者に株主の推定相続人の一人が選任されると、他の推定相続人の不満を生じさせるおそれがあるので、その人選には注意が必要です。その点で、成年後見人は家庭裁判所が選任し、従前と異なり親族以外の第三者が成年後見人となるケースが8割程度を占めている(注17)ため、推定相続人間の紛争発生リスクは小さいといえますが、有事利用型であるため、事前の備えとしては利用しにくい面もある等、一長一短です。それゆえ、それぞれの制度の特徴や長所短所を勘案し、適切な制度を選択することが肝要であり、本稿がその一助となれば幸いです。<注釈>本稿は、2025年9月25日開催の早稲田大学商法判例研究会における内田千秋新潟大学法学部教授の判例研究報告「判断能力の低下した一人株主と書面決議の有効性(東京地判令和6年9月27日)」に触発され執筆したものです。https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2024/html/zenbun/s1_1_1.html内閣府「令和6年版高齢化社会白書」の資料を元に筆者が作成。https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2024/html/zenbun/s1_2_2.html例えば、東京地判平成26年1月21日LEXDB25517212は、被告株式会社の株主の議決権の総数の約89%を有する株主が認知機能検査MMSEで22/30との判定を受け混合型認知症との診断を受けていたところ、当該株主の参加した株主総会で行われた取締役・監査役の選任決議につき、当該株主の意思能力の欠如を理由に当該決議の不存在確認が求められた事案において、当該株主の意思能力を肯定し請求を棄却しています。これに対し、東京地判令和6年9月27日LEXDB25615825は、唯一の株主が行った書面決議につき当該株主の意思無能力を理由に決議不存在確認請求を認容しています。ほぼ同旨、福島地判令和元年12月13日判タ1492号99頁(アルツハイマー型認知症である相続人の一人につき意思能力欠如とはいえないと判断)、東京地判平成29年10月30日LEXDB25539823(相続人の一人に金員を生前贈与したアルツハイマー型認知症の被相続人につき意思能力欠如を認定)、東京地判平成28年10月19日LEXDB25538096(アルツハイマー型認知症の建物所有者が当該建物を原告らの被相続人に賃貸したことにつき当該賃貸人の意思能力欠如を認定)等。内田貴『民法Ⅰ-1[第5版]総則』(東京大学出版会、2025年)124頁。同旨、東京地判平成29年10月30日・前掲(注5)、東京地判平成28年10月19日・前掲(注5)。京都地判平成20年5月28日金判1345号53頁、東京地判令和元年10月17日金判1582号30頁、東京地判令和6年9月27日・前掲(注4)。前掲(注4)。山野目章夫『新注釈民法(1)総則(1)』(有斐閣、2018年)490頁(小賀野晶一)。内田・前掲(注6)138頁参照。阿多博文「成年後見と株主権の行使」金融法務事情2031号(2015年)5頁、今川嘉文『中小企業オーナーのための財産・株式管理と承継の法律実務』(弘文堂、2020年)4頁~5頁。同旨、阿多・前掲(注12)5頁、今川・前掲(注12)5頁。阿多・前掲(注12)5頁、今川・前掲(注12)5頁。上柳克郎ほか編集代表『新版注釈会社法(5)』(有斐閣、1986年)193頁(菱田政宏)、酒巻俊雄・龍田節編集代表『逐条解説会社法第4巻』(中央経済社、2008年)136頁(浜田道代)。内田・前掲(注6)193頁。内田・前掲(注6)155頁。提供:税経システム研究所
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2025/11/28 topics
2025年新設「早期事業再生法」で事業再生はどう変わる?
1はじめに債権者全員の同意を必要としない私的整理を可能とする「円滑な事業再生を図るための事業者の金融機関等に対する債務の調整の手続等に関する法律」(令和七年法律第六十七号。以下「早期事業再生法」といいます)が2025年6月6日に成立しました。早期事業再生法は、これまで債権者全員の同意が必要であった私的整理に多数決原理を導入するものであり、事業者の事業再生に大きな影響を与える可能性があり、注視していく必要があります。そこで、本稿では近時成立した早期事業再生法についてその概要をご紹介していくことといたします。2制定の経緯と施行日日本企業の債務残高(総額)は、コロナ禍前の2019年12月の約578兆円から、2024年6月には約700兆円となり、120兆円以上増加しました(注1)。また、近時は、原材料高や人手不足の進行等を受け、日本企業の倒産件数も増加しており、2024年の倒産件数は、11年ぶりに年間1万件を超過しました(注2)。そのような経済社会情勢の動向を踏まえると、経済的に窮境に陥るおそれがある事業者が早期に事業再生に取り組むことによって、事業価値の毀損や技術・人材の散逸を回避することが求められます。企業の事業再生を図るための現行の制度としては、民事再生手続等の裁判所の関与する法的整理手続と、産業競争力強化法に基づく特定認証紛争解決手続(産業競争力強化法2条22項。以下「事業再生ADR」といいます)、中小企業の事業再生等に関するガイドライン等の裁判所が関与しない私的整理手続があります。法的整理手続による事業再生では、原則として全債権を対象とし、債権者の多数決(民事再生法172条の3第1項)及び裁判所の認可(民事再生法174条1項)によって、債務の減免等が認められますが(民事再生法178条1項、179条1項)、手続開始時に公告(民事再生法35条1項)が行われ、債務者の取引関係に大きな影響を及ぼしやすく、事業価値や収益性の毀損への影響の程度が大きいという問題点があります(注3)。これに対して、私的整理手続による事業再生は、法的整理手続と異なり、手続開始時に公告がなされず非公開で行われ、主として金融機関等の金融債権に限定して手続を進めることができるため、事業価値の毀損を抑えやすいものの、対象債権者全員の同意が得られない限り、私的整理手続が成立しないという問題点がありました(注4)。このように、企業の事業再生を図るための現行の制度には、それぞれ長所と短所がありました。また、欧州各国では、倒産手続とは別に、倒産状態前において裁判所の認可の下で債権者の多数決により債務整理を行う制度が存在していましたが、わが国にはそのような制度は存在していませんでした。法的整理手続、私的整理手続、早期事業再生手続の違いそこで、欧州各国の制度を参考に、経済的に窮境に陥るおそれのある事業者について早期での円滑な事業再生を促すために、事業者の事業再生の実施のため、公正かつ中立な第三者が関与して金融機関等であるその債権者の一定の割合以上の多数の同意を得、かつ、裁判所の認可を受けた当該債権者の決議により、当該債権者に対する当該事業者の債務に係る権利関係の調整を行うことができる早期事業再生法が制定されました(早期事業再生法1条)。早期事業再生手続は、現行の法定整理手続の利点である裁判所の関与による対象債権者全員の同意を必要としない手続の成立と、私的整理手続の利点である公告が不要で対象債権者が金融債権者に限定されているという、双方の手続の良いところどりをした、ハイブリッドな手続となっています(注5)。早期事業再生法は、原則として、公布の日(2025年6月13日)から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行されます(附則1条)。3対象事業者と対象債権(1)対象事業者早期事業再生手続を利用できる対象事業者は、経済的に窮境に陥るおそれのある事業者です(早期事業再生法1条、3条1項)。対象事業者は、事業者であればよく、法人だけではなく、個人でも利用することができます(注6)。また、対象事業者は、倒産前の早期かつ迅速な事業再生を促進する観点から、民事再生法上の「経済的に窮境にある」(民事再生法1条)状態の前段階として、「経済的に窮境に陥るおそれのある事業者」となっており、民事再生手続より前の段階で利用可能となっています。早期事業再生手続は、事業再生ADR等の私的整理で必要となる全員同意が得にくい事業者の利用が想定されるため、主として、金融債権者の数が相対的に多い大企業や中堅企業の活用が想定されています(注7)。また、早期事業再生手続は、第三者機関や裁判所が関与する手続であり、相応のコストと手続の負担を要するので、負債が数億円以下の規模の事業者の利用は難しいとされています(注8)。(2)対象債権早期事業再生手続の対象債権は、金融機関は専門的知識に基づき与信を行う「プロ債権者」であること、事業再生の慣行として、私的整理により金融債権のみを減免して事業再生を図る一定の規範が形成されつつあることから、「金融機関等」(早期事業再生法2条1項)が有する「貸付債権等」(早期事業再生法2条2項)に限定されています(注9)。「金融機関等」には、金融機関の他に、保険会社、地方公共団体、債権回収会社も含まれます(早期事業再生法2条1項)。また、「貸付債権等」とは、貸付債権その他信用の供与に基づく債権として経済産業省令で定めるものをいいます(早期事業再生法2条2項)。4手続の概要早期事業再生手続は、①事業者による手続申請、②指定確認調査機関による確認、③一時停止要請と中止命令、④早期事業再生計画等の作成・提出、⑤指定確認調査機関の調査、⑥対象債権者集会における決議、⑦裁判所による認可という流れになっています。(1)事業者による手続申請まず、事業者(債務者)が第三者機関である指定確認調査機関に手続を申請します(早期事業再生法3条1項)。指定確認調査機関は、手続の監督等を行う公正な第三者機関として、事業再生の専門的知識・実務経験を有する者を事案ごとに選任できる等の要件を満たす者であって経済産業大臣が指定した法人です(早期事業再生法46条1項)。(2)指定確認調査機関による確認指定確認調査機関は、事業者から提出された金融機関等が有する貸金債権等の権利変更の方向性や事業再生の方向性等を記載した権利変更概要書面、貸付債権等一覧表から、経済的に窮境に陥るおそれ、債権者集会の決議成立の見込み、金融機関等の一般の利益(清算価値保障)に適合する見込み等を確認します(早期事業再生法3条1項)。指定確認調査機関による確認を受けた事業者を「確認事業者」といいます(早期事業再生法2条3項)。また、指定確認調査機関の確認後に、通知を受けた対象債権を有する者を「対象債権者」といいます(早期事業再生法2条4項)。(3)一時停止要請と中止命令指定確認調査機関は、確認後、速やかに、全ての対象債権者に対し、対象債権の回収等をしないこと(一時停止)を要請しなければなりません(早期事業再生法6条1項)。もっとも、指定確認調査機関による一時停止要請は、あくまでも「要請」であり、法的拘束力がなく、対象債権者が一時停止要請に従わずに、債権回収を試みることも考えられます。そこで、そのような場合には、裁判所による強制執行等の中止命令(早期事業再生法7条1項)や、担保権の実行手続の中止命令(早期事業再生法8条1項)で対処することになります。(4)早期事業再生計画等の作成・提出確認事業者は、指定確認調査機関の確認後6月以内に、権利変更概要書等に基づき、早期事業再生計画を作成し、権利変更議案の内容を記載した書面と共に指定確認調査機関に提出しなければなりません(早期事業再生法14条1項)。(5)指定確認調査機関の調査指定確認調査機関は、確認事業者から提出された権利変更議案、早期事業再生計画及び財産評価書等について調査を行います(早期事業再生法15条1項)。(6)対象債権者集会における決議確認事業者は、指定確認調査機関の調査結果の報告を受けたときは、遅滞なく、権利変更議案を決議するために対象債権者集会を招集します(早期事業再生法16条1項)。対象債権者集会において、対象債権者の多数決(議決権の総額の3/4以上の同意。単一の債権者が議決権の総額の3/4以上を有する場合には、議決権者の過半数の同意も必要。)により、対象債権のうち担保で保全されていない部分の権利変更を可決します(早期事業再生法20条1項)。対象債権者集会において、対象債権者全員の同意を得られれば、それによって権利変更ができ、裁判所の認可は不要となります。(7)裁判所の認可対象債権者集会において、権利変更決議があったが、権利変更議案につき、議決権者の全ての同意を得られなかったときは、確認事業者は、遅滞なく、裁判所に対し、当該権利変更決議の認可の申立てをし、裁判所は、不認可事由がない限り、認可決定をします(早期事業再生法26条1項、27条1項)。4おわりに本稿では、近時成立した早期事業再生法の概要をご紹介してきました。早期事業再生手続は、法定整理手続と、私的整理手続の双方の良いところどりをした、ハイブリッドな手続となっており、今後は、中堅・大企業の私的整理の主流は、事業再生ADRから早期事業再生手続に移行するものと考えられます(注10)。また、早期事業再生手続は、第三者機関や裁判所が関与する手続であり、相応のコストと手続の負担を要するので、負債が数億円以下の規模の事業者の利用は難しいとの指摘もなされています。もっとも、地方の中小企業において、対象債権者の一部において、引当余力がなく、債権放棄を伴う抜本的な再建計画に同意することが困難となっており、問題先送りになっている場合もあります。過剰な債務負担に苦しむ中小企業の事業再生を早期事業再生手続の活用によって推進すべく、早期事業再生手続における規模に見合ったコストの削減や手続の負担軽減が図られることが求められます(注11)。<注釈>産業構造審議会経済産業政策新機軸部会事業再構築小委員会報告書(2025年2月18日)「早期での事業再生の円滑化に向けて」1頁産業構造審議会経済産業政策新機軸部会事業再構築小委員会報告書・前掲(注1)6頁産業構造審議会経済産業政策新機軸部会事業再構築小委員会報告書・前掲(注1)8-9頁産業構造審議会経済産業政策新機軸部会事業再構築小委員会報告書・前掲(注1)9頁藤原総一郎『解説早期事業再生法-多数決による私的整理の実務』(商事法務、2025年)5頁藤原・前掲(注5)26頁産業構造審議会経済産業政策新機軸部会事業再構築小委員会報告書・前掲(注1)15頁藤原・前掲(注5)26頁。事業再生ADRにおいては、手続費用も含めて、1000万円以上かかることが多いと言われています(髙井章光『法律実務家のための私的再生の基礎』(有斐閣、2025年)166頁)産業構造審議会経済産業政策新機軸部会事業再構築小委員会報告書・前掲(注1)17頁藤原・前掲(注5)10頁藤原・前掲(注5)111頁提供:税経システム研究所
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2025/11/14 論説
合同会社の現状と法的論点の再考-近時の判例より-
1.はじめに1.1本稿の目的と概要本稿は、来年の5月で施行から20年を迎える合同会社制度について、その現状を整理し、併せて近時の判例で示された法的論点について解説することを目的としています。合同会社制度が始まった平成18年から令和6年までの登記統計(注1)をみると、合同会社の設立登記件数は毎年増加しており、各年における株式会社と合同会社の設立件数を比較したグラフ(オレンジが株式会社を表し、青が合同会社を表します)で見比べても、その存在感が増していることが容易に見て取れます(図1参照)。合同会社は、設立手続の簡便さや組織運営の柔軟さからその設立件数が増えているものと思われますが、株式会社とは異なる独自の特徴を有するため、株式会社と同じ感覚で合同会社の仕組みを理解せずに運営していると、思いもよらぬ課題やリスクに直面するかもしれません。本稿では、まず合同会社の会社法上の特徴と会計(損益分配に関する部分)の特徴を再確認した上で、近年の合同会社に関する判例を題材に実務において知っておくべき「合同会社の法的論点」の解説を試みたいと思います。合同会社の税務顧問になる可能性が高まっている中で、税務申告の前提となる法的論点について、少しでも理解していただく一助となれば幸いです。2.合同会社の会社法上の特徴2.1合同会社の分類合同会社は、2006年5月に施行された会社法で新たに設けられた持分会社(注2)の一つに分類されます。合同会社はその構成員である社員のすべてが有限責任である(会576条4項)という点で、株式会社と共通していますが、根幹の考え方については、株式会社が「所有と経営の分離(構成員である株主と業務執行を担う取締役を区別する考え方)」を前提とするのに対し、合同会社は「所有と経営の一致(構成員である社員がそのまま業務執行を担う者となる考え方)」を原則としている点で大きく相違しています。2.2合同会社の設立合同会社も株式会社と同様に設立の登記をすることによって成立します(会579条)。具体的な合同会社の設立の流れは①定款の作成、②出資の履行、③設立登記の申請の順となります。①定款の作成合同会社の設立にあたっては、まずは定款を作成する必要があります。定款は会社運営の基本的なルールであって、合同会社の構成員である社員に関する規定や合同会社の業務執行について様々な規定が置かれます。具体的な作成は、合同会社の構成員である社員が行うことになり、以下の事項について記載されている必要があります。【持分会社における定款の絶対的記載事項】目的商号本店の所在地社員の氏名又は名称及び住所社員が無限責任社員又は有限責任社員のいずれであるかの別社員の出資の目的及びその価額又は評価の標準設立手続の面で株式会社との相違点は、作成した定款について公証人の認証を受ける必要があるか否かであり、株式会社については定款の内容について公証人の定款認証が必須とされている(法30条1項)のに対し、合同会社(他の持分会社も同様)については、定款認証は必要とされていません。定款認証を必要としない理由としては、株式会社ほどの複雑な法律関係を生じないことや会社成立後も社員自身が業務執行をし、定款変更についても原則として社員全員の同意が必要であり、定款の有無やその内容につき紛争が生ずる可能性が低いなどと説明されています(注3)。なお、設立登記の申請にあたって定款認証を要しないことは、株式会社の設立と比較して、合同会社の設立が簡便と考えられ、かつ、定款認証の費用がかからないことで株式会社よりも、設立コストがかからないこと(注4)も、合同会社の設立件数の増加に寄与していると思われます。②出資の履行定款作成後については、出資の履行をすることになりますが、有限責任社員の出資は「金銭等」に限るとされており(法576条1項6号括弧書き)、直接労務等の形で出資することは認められていません。この点について、株式会社は出資される財産の価額を明記することが求められており、合同会社においても、社員全員が出資の価額の範囲で責任を負う有限責任という面から、出資時にその評価額を定める事ができる必要があることになりますが、金銭以外の財産の拠出に際し、一定額を超えても検査役の選任が不要な点は株式会社と異なる仕組み(注5)となっています。なお、合同会社の社員になろうとする者は、その全員が有限責任であるため、合同会社の債権者を保護する面から、合同会社の設立の登記までに、その出資に係る金銭(金銭以外の財産にあってはその財産)を拠出する必要があります(法578条)。③設立登記の申請定款作成及び出資の履行が完了し、その他の設立時に決定を要する事項の決定がなされた後は設立登記を申請することになり、登記申請が完了することで合同会社が成立することになります。なお、法務局の開庁日は平日に限られており、土日・祝日・年末年始は除かれるため、1月1日に会社を設立することは現状、不可能となっています。2.3合同会社の社員と業務執行機関合同会社の構成員は社員と呼ばれますが、ここでいう社員は世間一般にいう「従業員」を意味しているわけではなく、合同会社の構成員を意味します。なお、社員について特に資格はなく、自然人のみならず法人も社員となることができます。合同会社の社員になるためには、原則として、出資をする必要があり、出資することで合同会社の「持分」を取得することになります。なお、持分の取得方法については、出資のほかに、他の社員の全員の同意に得た持分の譲渡(社員となる者からすると譲受)によることも可能です(法585条1項(注6))。次に、合同会社を含む持分会社の社員は、定款に別段の定めがある場合を除き、持分会社の業務を執行する権利と義務を有します(法590条)。さらに、業務執行社員は持分会社を代表すると規定されている(法599条1項本文)ため、持分会社では「社員=業務執行社員=代表社員」が原則となります。このような点からも業務執行者に任期という概念はなく、株式会社において取締役に任期(最長10年)となる点と異なります。ただし、定款において別段の定めを設けることで、社員の中から特定の者を業務執行社員や代表社員とすることや任期を設定することも可能な制度設計になっています。なお、法人が社員になり業務執行を行う場合には、当該法人を代表して職務を執行する「職務執行者」を選任する必要があります(法598条1項)。会社法は、合同会社の業務執行社員に対し、一定の報酬を支給することも可能となります(法593条4項)。ただし、法律上の原則は無報酬となりますので、業務執行社員に対し、報酬を支給するのであれば、それについて根拠となる定款規定を設けておく必要がある点に注意が必要です(注7)。2.4合同会社からの退社合同会社の社員は、原則として、事業年度の終了の時において退社することができ、これを「任意退社」といいます(法606条)。退社した社員は、その出資の種類を問わず、その持分の払戻しを受けることができます(法611条1項)。これは、合同会社の社員の地位と持分が連動しており、社員としての地位と持分の一方のみが欠ける状況が想定されていないためです。なお、各社員は6か月前までに退社の予告をしなければなりませんが、この規定に対しては、定款で別段の定めをすることも可能です。また予告しなくても「やむを得ない事由がある場合」には、いつでも退社することができる(法606条3項)と規定されていますが、具体的にどのような場合が「やむを得ない事由」に該当するかは、後述の4で検討することとします。会社法は上述の任意退社のほかに、以下の事由が生じた場合には、当然に退社する「法定退社」に関する規定も設けており、当該事由の発生によって、対象社員は、社員の意思にかかわらず法律上当然に社員の地位を失うことになります(注8)。【持分会社における法定退社事由】定款で定めた事由の発生総社員の同意死亡合併(合併により当該法人である社員が消滅する場合に限る)破産手続開始の決定解散(合併及び破産手続開始の決定によるものを除く)後見開始の審判を受けたこと除名退社した社員が持分の払戻しを受ける場合には、退社の時における合同会社の財産の状況に従って払戻しをしなければならず、この払戻しは金銭で払い戻すことも可能です(法611条2項・3項)。会社が保有する財産が現金や預貯金が中心であれば払戻しは容易ですが、土地建物等の換金性の低い財産の場合には、払戻し資金を確保するために当該財産を売却せざるを得ないことも想定され、そのような状態になると合同会社の事業継続にも支障をきたすこともあり得るため、実務上は、退社について一定の制限を定款で規定するなどの工夫が求められます。なお、社員が死亡した場合や合併により消滅した場合には、当該相続人その他一般承継人が当該社員の持分を承継する旨を定款で定めることができます(法608条1項)ので、必要に応じて当該規定の導入を検討することが望まれます。3.合同会社における会計上の特徴3.1合同会社の計算書類合同会社においても株式会社と同様に、計算書類(各事業年度に係る貸借対照表、損益計算書、社員資本等変動計算書、個別注記表)を作成し、保存する義務があります(法617条)。他方、株式会社と異なり、合同会社には、計算書類の承認手続が法定されていません。この点について、計算書類の作成すべき者が作成することで計算書類自体が直ちに正式なものになるとする見解(注9)もありますが、計算書類の作成行為は事実行為であり、作成された計算書類を権限ある機関が承認することで確定すると考えるべきです(注10)ので、実務上の対応として、定款に計算書類の確定に関する規定を設けておくことが望ましいでしょう。なお、合同会社においては、株式会社と異なり、企業規模が大きくなっても会計監査人設置会社のような会計監査を受ける義務はなく、決算公告義務も負っていない点で特徴があります。3.2各社員別会計合同会社を含む持分会社においては、会社全体の損益・純資産計算を行うだけでは足りず、各社員における持分計算が必要となります。具体的には、社員ごとに、資本金・資本剰余金・利益剰余金を区分管理することが望ましいとされており、次に述べる損益分配・利益配当にも大きく関係することになります(注11)。3.3合同会社の損益分配・利益配当合同会社が事業から生じた利益又は損失を社員に分配するためには、①合同会社の利益又は損失を計算(分配)し、社員の持分を増減させる段階と、②社員の持分権に基づき実際に払い戻す利益の配当の段階を経る必要があります。社員間の損益分配については、定款に別段の定めがない限り、社員の出資の価額に応じて損益を分配します(法622条)。ただし、出資額に関わらず、定款で別段の定めをおくことで、特定の社員に多くの利益を分配したり、あるいは特定の社員に損失を負担させたりすることも可能です。これにより、株式会社における株主とは異なり、各社員の貢献度に応じて損益分配を調整する取扱いができることは、合同会社の大きな特徴の一つです。ただし、出資比率と異なる損益分配の割合を定める場合、経済合理性がないと、課税リスクがあることは明白であり、実務上は出資比率と異なる損益分配の割合を定める事はほとんどないと指摘されています(注12)。次に、合同会社の社員は、合同会社に対し、原則としていつでも利益の配当を請求することができ(法621条1項)、その配当原資は、利益剰余金となります(会計規32条2項4号)。この点は、その他資本剰余金からも配当することができる株式会社と異なります。なお、合同会社は、利益の配当額が配当をする日における利益額を超える場合には、利益配当をすることができません(法628条)が、株式会社と異なり、純資産額が300万円を下回る場合には配当ができないというような規定や配当時に資本準備金又は利益準備金を計上するという規定は存在しません。前述のとおり、合同会社の社員はいつでも利益の配当を請求することができますが、定款で利益の配当請求を一定程度制限することも認められると解されていますので、実務上の工夫として、社員がいつでも利益の配当を請求できる状態にしないような定款規定を置くことも有益であると示唆しているものもあります(注13)。【株式会社と合同会社の比較表-相違点のみ-】4.合同会社における法的な論点-近時の判例の紹介-ここからは合同会社における近時の判例で、合同会社の任意退社に関する定款規定の解釈について判断されたものを概観し、今後の実務における参考にしたいと思います。ここで扱う判例は、令和5年10月20日に東京地方裁判所で言い渡された損害賠償請求事件の判決(注14)です。事案の概要としては、被告合同会社の有限責任社員であった原告Xが、被告会社及び同社の代表社員Yを相手取り、Xの退社に伴う持分の払戻しを求めたものです。本事案の払戻請求の根拠として、原告Xは、被告会社の定款規定に基づく任意退社を主張し、併せて選択的に会社法606条3項に基づく「やむを得ない事由」に基づく退社を根拠としました。なお、代表社員Yも共同で被告とした理由は、本来、代表社員は原告の退社に伴い持分の払戻しをしなければならないところ、本件においてはこれを懈怠し、又は業務執行に際して悪意又は重過失があったと評価して、業務執行社員の第三者に対する損害賠償責任を追求したことによるものとなります。裁判所は、まず、会社法606条3項に定める「やむを得ない事由」による即時退社について、原告Xの即時退社の主張時点では、被告会社の定款規定に基づく任意退社が利用可能であったこと、即時退社の効果による払戻金の回収可能性と任意退社の効果による払戻金の回収可能性に現実的な差異があるとは認められないことなどから、「やむを得ない事由」の存在を否定しました。判旨では「やむをえない事由」とは、社員が単に当初の意思を変更したというだけでは足りず、定款規定を定めたときや入社・設立時に前提としていた状況等が著しく変更され、もはや当初の合意どおりに社員を続けることができなくなった場合等がこれに当たると解され、…中略…『やむを得ない事由』があるといえるためには、…中略…任意退社による期間の経過を待つことなく、即時退社を認めるに足りる必要性があることを要すると解すべきであるとしました。次に、裁判所は、原告Xの令和4年8月1日の退社申請に基づき、同年10月31日をもって被告会社を退社したと認定し、被告会社の定款規定に基づく任意退社自体は認めました(注15)。これに対し、被告会社の定款で規定されている「代表社員の裁量により被告会社全体の払戻金額の総額の制限を設け、また、払戻金額の社員毎の割当を行うことができる点」については、本件において裁量権の合理的な行使として是認されるものといえる証拠も事情も見当たらないとして、有効と判断せず、この規定に基づき払戻請求が制限されることはないと判断しました。なお、代表社員Yに対する会社法597条に基づく責任(業務執行社員の第三者に対する損害賠償責任)については、退社に伴い持分の払戻請求権を行使することはできるため、本件においては認められていません。結果として、裁判所は、原告の会社法611条1項に基づく持分払戻請求権1900万円を認め、被告会社に対し、令和4年11月1日からの遅延損害金とともに支払いを命じ、(前述のとおり)代表社員Yに対する任務懈怠(法597条)に基づく損害賠償請求については、原告は被告会社から払戻金および遅延損害金を回収できることから、Yの行為による損害との因果関係が認められないとして棄却しています。本判決がもつ意義としては、「やむを得ない事由」がある場合について、一定の状態を示した点と合同会社の定款で任意退社に関する制限規定(定款15条本文)の有効性を認めつつ、代表社員の裁量に基づく持分払戻し制限(定款15条ただし書)の効力について限界を示した点にあると考えます。具体的に、「やむを得ない事由がある場合」とは、社員が単に当初の意思を変更したというだけでは足りず、定款規定を定めたときや入社・設立時に前提としていた状況等が著しく変更され、もはや当初の合意どおりに社員を続けることができなくなった場合等がこれに当たるとしており、実務においては、当初の合意どおりに社員を続けることができなくなる場合を定義づけするなどしてやむを得ない状況が発生する始期を明確にしておくことで不要なトラブルを回避することにつながることが示唆されたように思われます。また、任意退社に際し、代表社員による払戻しの一部を制限する規定については有効としつつ、その決定が有効といえるためには、会社の財務状況等を踏まえ、事業継続の必要性と社員の払戻権の保障を調和させる合理的な裁量権の行使として是認されるかどうかによるとした判断も腑に落ちる考え方であり、実務上参考にすべきものではないでしょうか。なお、実務においては、代表社員による払戻しの一部が事業継続上必要である理由や数値上の根拠を明確にすることで、合理的な裁量権の行使ということを疎明していくことが求められるものと思われます。5.終わりに本稿では、合同会社の特徴を概観し、近時の判例を基に実務における法的論点を解説しました。合同会社は、その柔軟性ゆえに、定款の定め方や社員間の合意内容が、株式会社よりも重要となります。事業承継や社員の追加を見据え、予め持分の譲渡制限、相続による承継の可否、損益分配の方法などの規定について検討していくことは専門家として関与する場合に求められる重要な視点の一つであり、会社法に規定のない事柄について、定款に根拠規定を置くことで、税務上の判断に有用な場合があることを理解いただければ本稿は一定の目的を達成したものといえます。本稿が、皆様の専門知識をさらに深め、顧問先の企業価値向上に貢献する一助となれば幸いです。<注釈>令和6年における合同会社の設立件数は41,774件であり、会社法施行から合計すると40万社以上が設立されています。他方、令和6年における株式会社の設立件数は98,671件であり、令和5年の設立件数を少し下回るものの、増加傾向にあるということができます。なお、有名な合同会社には、Google合同会社、AppleJapan合同会社、アマゾンジャパン合同会社、西友、DMM.com、ユニバーサルミュージックなどあり、多くの外資系や大手企業でも採用されています。持分会社の他の類型としては、すべての社員が無限責任を負う合名会社(法576条2項)や無限責任社員と有限責任社員が混在する合資会社(法576条3項)があります。江頭憲治郎=中村直人編著『論点体系会社法<第2版>4』林宏和「第575条(定款の作成)」387頁(第一法規、2021年)設立登記にかかる登録免許税についても株式会社と合同会社では最低額に違いがあります。具体的には、株式会社における設立登記にかかる登録免許税額の最低額は15万円であるのに対し、合同会社におけるそれは6万円であるため、その点についても設立する会社の類型として合同会社は選ばれやすい制度となっています。合同会社において現物出資された財産の客観的な価額が定款に定められた価額に不足している場合であっても、有限責任社員が不足額の填補責任を負わない点について疑問を呈している見解として安部慶彦「詳解合同会社の法務と税務」38頁(中央経済社、2023年)があり、私見としても同意見である。なお、業務を執行しない有限責任社員については、業務執行社員の全員の承諾により持分の譲渡が可能とされています(同条2項)。この点株式会社についても、会社と取締役の関係が委任関係であるため無報酬を原則としますが、実務上、取締役が報酬を受けることは常態化しています。法607条2項に一部例外あり。岩原伸作=山下友信=神田秀樹編者代表「会社・金融・法〔上巻〕」大杉健一「持分会社・民法組合の法律問題」64頁(商事法務、2013年)森本滋「合同会社の法と実務」181頁(商事法務、2019年)具体的な記載例としては税務経理協会「税経通信9月号」特集1合同会社の社員の法務と税法上の取扱い(税務経理協会、2025年)をご参照ください。前掲注8・203頁や前掲注9・41頁前掲注9・48頁東京地方裁判所令和5年10月20日判決【令和5年(ワ)70159号】当該被告会社の定款15条(任意退社)は、「各社員は、被告会社への入社から1か月を経過した日以降、いつでも、被告会社に対して申し出ることにより、次の払戻方法の定めに従い、被告会社をした上で払戻金額を金銭にて受領することができる。かかる場合、当該社員は申出日の属する月の翌々月の末日をもって退社するものとする。(中略)ただし、代表社員は、その裁量により被告会社全体の払戻金額の総額の制限を設け、また、払戻金額の各社員毎の割当を行うことができる。」とする規定が置かれていました。提供:税経システム研究所
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