経営研究レポート
MJS税経システム研究所・経営システム研究会の顧問・客員研究員による中小・中堅企業の生産性向上、事業活性化など、経営に関する多彩な各種研究リポートを掲載しています。
1347 件の結果のうち、 1 から 10 までを表示
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2025/08/29 行政DX
自治体と医療機関・薬局・個人をつなぐ情報連携基盤
1.はじめにデジタル庁は、2023年より自治体が実施主体となっている医療費助成、母子保健、予防接種、介護保険等分野の情報連携を行うためのネットワーク(PMH:PublicMedicalHub)(注1)の開発を進めており、順次全国に展開する予定である。このPMHは、日本の医療DXを強力に推進するための基盤となる情報連携システムであり、医療健康情報の連携を図ることで、国民の生活の質の向上、医療機関・自治体の業務効率化、そして質の高い医療提供体制の構築を目指している。従来、自治体が実施主体となっている医療費助成等分野の業務については、書面を用いた情報連携が主であり、国民、自治体、医療機関・薬局といった当事者にとって、負担が多く改善が必要との指摘があった。このため、この問題を解決するために、2023年6月2日に医療DX推進本部が決定した「医療DXの推進に関する工程表(注2)」において、「関係機関や行政機関等の間で必要な情報を安全に交換できる情報連携の仕組みを整備し、自治体システムの標準化の取組と連動しながら、介護保険、予防接種、母子保健、公費負担医療や地方単独の医療費助成などに係る情報を共有していく」こととされた。これを実現するための仕組みがPMHであり、現在は希望する自治体向けに医療費助成分野、予防接種・母子保健分野を対象とした先行実施事業を開始している。本稿では、このPMHの詳細を見ていくとともに、住民にとってPMHはどのような価値があるのかを見ていきたい。2.PublicMedicalHub(PMH)とは現在、自治体が実施している小児医療費助成や難病疾患に対する医療費助成等の公費医療費助成については、マイナ保険証と受給者証の両方を医療機関受診の際に提示する必要がある。また、公費医療費助成を受けている場合、高額療養費や付加給付等の健康保険からの給付との重複給付を防止するため、健保組合への届出が必要とされているが、必ずしも徹底されていない現状にある。医療機関においても、オンライン資格確認とは別に、公費助成の資格を個別に確認して手入力する手間がかかっているとされ、公費助成を行う自治体等も、受給者証の申請、更新、転入、転出や、助成に係る請求等に関する事務に膨大なコストがかかっているとされている。予防接種・母子保健(乳幼児健診等)についても、受診者は、予診票・問診票を何度も手書きしなければならず、また、母子手帳等の紙の書類を参照しないと健診結果や接種記録を確認することができないとされている。また、医療機関においても、予防接種や健診にかかる費用を自治体に請求するには、書面により費用請求を行う必要があり、非常に手間がかかっている。一方、自治体においても、医療機関から書面で提供される各種情報を、自治体の健康管理システムへ手入力で登録するため、その手間や誤登録のリスクがあるとされ、費用支払に対する事務コストも膨大である。医療にかかる情報化については、厚生労働省が、医療機関、薬局、介護施設でばらばらに保存・管理されている患者の医療関連情報を、一つに集約して共有・管理することを目指して、全国医療情報プラットフォームの構築を進めている。オンライン保険確認システムや電子カルテ情報共有サービスは、この取り組みの中で進められているものであり、全国の医療機関・薬局間で診療情報、薬歴情報等の連携は進んできている。一方で、自治体毎に行われている公費医療費助成や予防接種、母子保健等の施策については、各自治体が独自にこれら情報を扱う情報システム等の整備を進めているため、これら現状を考慮した情報連携の方式を考える必要がある。このため、デジタル庁では、これらの情報連携を実現する仕組みとして2023年度にPublicMedicalHub(PMH)と呼ばれる医療健康情報連携の「ハブ」となる仕組み(図1)の開発を開始し、希望する自治体向けに医療費助成分野、予防接種・母子保健分野を対象とした先行実施事業を行っている。図1PMHの概要図従来のマイナンバー制度による情報連携の仕組みでは、各自治体は他組織と情報連携する情報を、自治体が用意する中間サーバ内に記録し、情報提供ネットワークシステムを用いて他組織に提供する。この仕組みでは、各自治体が、標準仕様に準拠した自前の中間サーバを用意する必要があるだけでなく、新たな情報を中間サーバに追加するために、自治体内のシステムに中間サーバへ情報を送付するための改修を行う必要があり、多大なコストが発生する。またこの仕組みでは、公的機関では無い医療機関から自治体が有する情報の参照が出来ないことが課題となっていた。これに対して、PMHでは、情報連携に必要となるサーバ類は、デジタル庁が構築・運用することとし、自治体はPMHに対して、自治体内部のシステムから直接または間接的に、マイナンバーを含む氏名・住所生年月日等の個人情報に紐づけて、公費医療費助成の情報等を登録することとしている。自治体内の業務システムから、情報連携に必要な情報をファイル出力して、それをPMHに登録することも認められているため、自治体のシステム改修コストを大幅に削減でき、財政が厳しい自治体においても早期に情報連携を行うことが可能となる。ここで、現在、自治体等からPMHに登録が予定されている情報は、表1に示す通りである。次に、具体的な情報の登録、参照の仕組みを見ていこう。例えば、公費医療費助成情報に関する具体的な情報の登録、参照の仕組みは、以下の通りとなる(図2)(注3)。自治体は、PMHに対して、対象者のマイナンバーを含む対象者の個人情報、公費医療費助成情報等の登録を行う(これは、LGWAN回線等の閉域網を経由して行われる)。表1PMHに記録される情報PMHでは、医療保険資格との紐づけを行うために、審査支払基金が運用する医療保険者等向け中間サーバに対して個人番号を通知し、PMHとの連携に必要となるPMH-IDの採番処理を依頼する。医療保険者等向け中間サーバは、PMH-IDを採番して個人番号と共にPMHに回答し、PMHはPMH-IDを内部に格納する。また、医療保険者等向け中間サーバは、オンライン保険資格等確認システムとの間であらかじめ共有している紐付番号とPMH-IDと紐付けて、オンライン資格確認等システムへ送付する。オンライン資格確認等システムは、紐付番号をキーにマイナンバーカード(公的個人認証サービス:JPKI)の電子証明書のシリアル番号とPMH-IDを紐付けて保管する。医療機関でのオンライン保険資格確認時に公費医療費助成情報の要求があると、オンライン保険資格確認等システムはPMH-IDを暗号化して一時的に利用するためのPMH連携キーを生成し、医療機関内のオンライン資格確認端末に送付する。オンライン保険資格確認端末は、PMHにPMH連携キーで公費医療費助成の資格情報を照会し、PMHはPMH連携キーを復号してPMH-IDに紐づく資格情報をオンライン資格確認端末に回答する(PMH連携キーは都度作成され、利用後に削除される)。このため、オンライン資格確認端末を利用して、受診者がマイナンバーカードで認証し、同意することで医療機関は、公費医療資格情報の確認が可能となり、医療機関は、必要に応じて電子カルテ、電子レセプトなどに資格情報の取込みを行うことが可能となる。住民がマイナポータルから公費医療資格情報の確認を行う際には、まず、マイナポータルからオンライン資格確認等システムに対してPMH情報を参照するために必要となる識別子を要求する(マイナポータルからオンライン資格確認等システムに対して、健康保険の情報の閲覧を要求する方法と同じ仕組みを利用)。オンライン資格確認等システムは、マイナポータルに対してPMH-IDを回答し、マイナポータルは、PMH-IDからPMHとの連携に必要となるPMH仮名識別子を生成する。マイナポータルは、PMHにPMH仮名識別子をPMH-IDと紐付けて通知し、PMHはPMH仮名識別子を保存する(連携後、マイナポータルには、PMH仮名識別子のみが保存されPMH-IDは削除される)。以降、住民がマイナポータル経由で公費医療資格情報の確認をする際には、マイナポータルからPMH仮名識別子がPMHに送付されることで、自身の情報をPMHに照会し、確認することが可能となる。図2PMHを用いた公費医療費助成情報参照の流れ(資料3の図を一部改)予防接種・母子保健の情報についても、自治体からPMHへの情報の登録や住民本人が情報を参照する仕組みは、公費医療費助成の場合と同じとなるが、予防接種受診時や乳幼児健診時に、受診者はマイナポータルを介して予診票や問診票をPMHに登録することが可能となり、医療機関は、その情報を参照できる住民本人が明示的に医療機関への情報提供に同意する必要があるため、医療機関からの情報参照については、オンライン資格確認端末とは別の端末を用いてマイナンバーカードによる本人同意のもとで情報が開示される医療機関から予防接種の情報や乳幼児健診の情報をPMHに記録可能であり、受診者本人がマイナポータル経由でその情報を確認するだけでなく、自治体も記録された情報をダウンロードして自治体の健康管理システムに電子的に反映することができる等の点が異なっており、予防接種・母子保健情報の取り扱いに関する利便性向上を計っている。3.PMH導入のメリット次に、PMH導入による、住民、自治体、医療機関のメリットを見ることにする。①医療費助成分野住民のメリット紙の受給者証を持参する手間や受給者証の紛失リスクがなくなり、持参忘れ等による再来院も防止できる。また、マイナ保険証の利便性の向上によって、マイナ保険証自体の利用が促進されることになり、副次的に過去の服用薬剤や診療データに基づくより良い医療の提供が図られる。厚労省が示している2024年9月時点での年齢別マイナ保険証利用率(注4)を見ると、子ども医療費の受給者証を提示していると想定される0歳~19歳の子供のマイナ保険証利用率は5~7%台となっており、20歳以上の12~19%台に比べて低い水準にとどまっている。マイナ保険証と公費医療費助成用受給者証の一体化が進むことで、この年齢層のマイナ保険証の利用が促進されると想定される。自治体のメリット資格情報が電子的に提供されるため、正確な情報に基づき医療機関・薬局から請求が行われることになる。このため、資格過誤請求が係る事務負担の軽減、資格確認に関する自治体への照会の低減、患者の受給者証忘れによる自治体窓口での償還払い手続きの低減等が期待でき、自治体の事務負担を軽減できる。また、マイナ保険証での対応を希望する受給者に対して受給者証を発行しないこととした場合、受給者証を定期的に印刷・発行・送付するための事務負担やコストが削減できる。医療機関・薬局のメリット医療保険の資格情報と公的医療費助成の受給者証情報の自動入力による事務負担軽減、医療費助成の資格を有しているかどうかの確認に係る事務負担を軽減できる。また、正確な資格情報に基づき請求を行えるようになるため、資格過誤請求による事務負担を軽減できる。②予防接種・母子保健分野住民のメリットマイナポータル経由で、いつ、どのワクチン接種や健診が必要かを、スマホ等から確認することができるとともに、リマインド通知等に対応することで接種忘れや受診忘れ等を無くすことができる。また、PMHに検診結果等がほぼリアルタイムで電子的に保存されることになるため、いつどこからでも最新の情報を確認することができる。将来は、自治体の保健師や医師・助産師へオンラインでの相談を行うことも可能になる他、災害時や緊急搬送時に、救急隊が必要情報を即時確認できるようになる可能性がある。自治体のメリット母子手帳の電子化が遅れている自治体においても、PMHに検診結果等が電子的に保存されることになるため、電子母子健康サービス等の導入が容易になり、将来的な母子手帳の完全電子移行が可能となる。接種券・受診票も電子化することができ、印刷・封入にかかる手間やコストを大幅に削減することができる。また、リアルタイムで地区別・年齢別の接種率を分析することが可能となるため、これら情報を活用した政策立案や国等への報告書作成作業の簡素化を実現できる。医療機関のメリットPMHに記録された情報や予診票を電子カルテと連携することで、接種歴、妊娠経過、既往症を迅速に確認でき、診療の質の向上や診察にかかる事務負担の軽減が可能となる。予約システムと連動することで、ワクチンの在庫管理等を実現することや受診者へのリマインド通知等の実施による無断キャンセル率低減、廃棄ロスの削減を実現できる。4.終わりに本稿では、デジタル庁が中心となって整備が進められているPublicMedicalHubについて解説した。現在政府は、個人に関する様々な健康医療情報を利用者本人の意思で利活用できるPersonalHealthRecore(PHR)の導入を進めようとしており、厚生労働省が構築を進める全国医療情報プラットフォームは、医療機関で発生する情報をマイナポータルを介して利用者本人に提供するための役割を担っている。一方で、健康情報には、自治体等が行う様々な健診により発生する情報があり、これらは、保険医療に基づく情報ではないため、その取扱いを誰が行い、どのように利用者本人に提供するか課題となってきた。PMHは、自治体に代わって、これらの情報を利用者へ提供することとなるため、PHRの推進に多く寄与することが期待される。一方で、PMHに記録される情報の一部は、医療情報に近いセンシティブな情報であり、デジタル庁が一元的に収集管理することで、プライバシーやセキュリティのリスクを心配する声が上がることも想定される。また、PMHの導入により様々な情報が電子的に取り扱われることになり、多くの人にとっては利便性の高いものとなる反面、高齢者やデジタルリテラシーが低い人々にとって、利用に対するハードルが高くなる可能性がある。PMHが真価を発揮するには、全国のすべての自治体がPMHを利用し、医療機関や希望する住民がPMHに蓄積された情報を必要に応じて利活用できるようになることが必要であるため、皆が安全に安心してPMHを利用できるよう、デジタル庁、自治体、厚生労働省等のあらゆるプレーヤが連携してその普及と利便性向上に取り組むことを期待したい。<注釈>自治体・医療機関等をつなぐ情報連携システム(PublicMedicalHub:PMH)(デジタル庁),https://www.digital.go.jp/policies/health/public-medical-hub「医療DXの推進に関する工程表」(2023年6月2日医療DX推進本部決定)(内閣官房),https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/iryou_dx_suishin/pdf/suisin_kouteihyou.pdf各事務におけるPMH構成例(個人情報保護委員会提出資料)(デジタル庁),https://www.ppc.go.jp/files/pdf/231101_shiryou-1-2.pdf自治体と医療機関・薬局をつなぐ情報連携基盤(PMH:PublicMedicalHub)の構築を通じた医療費助成の効率化について(厚生労働省),https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001327546.pdf提供:税経システム研究所
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2025/08/29 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(213)
1.はじめに去る6月13日に年金制度改正法が成立しました。企業にとっては、厚生年金保険料を含む毎月の社会保険料の負担は非常に大きいものですし、従業員側も年々増加する社会保険料負担に対し、これ以上の負担増には耐えられないとの悲鳴にも近い声が上がっています。先日行われた参議院議員選挙においても、社会保険料負担のあり方が争点の一つとなったのは記憶に新しいところです。保険料を負担している現役世代の中でも特に若い従業員から見ますと、現行の年金制度は「自分たちが受給する年齢になった頃には破綻しているに違いない」または「保険料を払っても損するので、できることなら厚生年金から脱退させてほしい」などネガティブな意見が少なくないことは、残念ながら紛れもない事実です。社会構造の変化に対応するため、年金制度は定期的に改正が行われていますが、今回の改正は少子高齢化への対応、多様な働き方への対応などを背景としたものとなっており、今回の法改正を踏まえて、定年を迎えた従業員の再雇用やパート・アルバイト従業員の雇用契約の見直し、賃金や退職金制度などについての見直しなど、企業経営の面でもさまざまな対応を迫られることとなります。また、経営者自身の将来の年金受給についても、「いつから・どのように」受給するのかを改めて考える必要があるのかもしれません。今回は、企業経営にも大きな影響を与える年金法改正についてのポイントを見ていきます。2.どのような目的で、何が変わる?今回の年金制度改正は、どのような点に注目して改正が行われるのでしょうか。厚生労働省の資料によれば、「働き方や男女の差等に中立的で、ライフスタイルや家族構成等の多様化を踏まえた年金制度を構築する」「所得再分配機能の強化や私的年金制度の拡充等により高齢期における生活の安定を図る」とされており、そうした目的のもと、以下の点が改正されることとなっています。厚生年金などの被用者保険の適用拡大在職中の年金受給のルール見直し厚生年金保険等の標準報酬月額の上限の段階的引き上げ遺族年金の見直しこれらの改正によって、どのような影響や効果があるのかを考えてみると、例えば、①により、育児や介護のため短時間しか労働できない方々も社会保険制度を利用することができるようになりますし、②の改正によって高齢者層が就労を続けやすくなるとともに、企業としても、雇用形態にとらわれずに人材の確保を図ることが可能となり、労働力不足の緩和に一役買うものと見られています。また③の改正では、会社経営者など高額の賃金・報酬を受けている層について、現行の上限額を超過することにより、保険料が抑えられた結果、将来の年金額が相対的に低くなってしまうことを緩和する効果があります。では、それぞれの改正の具体的な内容はどのようになっているのでしょうか。改正のうち、企業の人事・労務管理に関連する内容について個別に見ていきます。3.年金制度改正の概要それぞれの改正の具体的な内容は以下の通りです。①短時間労働者(パート・アルバイト等)の社会保険の適用拡大【従業員数の要件・賃金額の要件の撤廃】現行制度において、要件を満たした短時間労働者(注1)を社会保険に加入させる義務があるのは、被保険者となる従業員が51名以上の事業所とされています。今回の改正では、この従業員数の要件を段階的に撤廃(注2)するとともに、賃金額の要件も撤廃されることになりました(注3)。これにより、短時間労働者は勤務先の企業規模や賃金額に関わらず社会保険に加入することとなります。【新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者の保険料負担軽減支援】現行制度では、社会保険料の負担は労使折半が原則となっています。上記の各要件撤廃により新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者は新たに保険料負担が発生することになりますが、これに対し、事業主の希望により、事業主の保険料負担割合を増やし、短時間労働者の保険料負担を軽減する支援策が実施されます。(期間は3年間を予定・事業主が追加負担した額は全額を国が支援)②在職中の年金受給ルールの見直し定年を迎えた後に、再雇用などにより老齢厚生年金を受給しながら就労し賃金・報酬を受ける場合、「在職老齢年金」という年金額支給調整のルールが設けられています。老齢厚生年金を受給しながら就労する場合、現行制度では賃金等と年金受給額の合計が月額51万円を超えた場合、年金支給額の一部または全部が支給停止されることになっています。このルールによる年金の支給調整を避けるため、労働日数や労働時間を短くして賃金を抑えるなど、かえって労働意欲を削いでしまう悪影響が多く見られました。こうした影響に対応し、高齢者層の就労と年金受給の両立をしやすくするため、支給調整の基準額は現行の月額51万円から62万円に引き上げが行われます。③厚生年金保険等の標準報酬月額の上限を段階的に引き上げ「標準報酬月額」とは厚生年金保険料や健康保険料を算出する際に使用する、被保険者が受け取る賃金額を一定の幅で区分した報酬月額に当てはめて決定した額のことです。現行の標準報酬月額(厚生年金)の上限額は65万円となっており、この額を上回る標準報酬月額の被保険者は、賃金額がいくら高くても65万円として保険料が計算されます。その結果、保険料が相対的に低く抑えられてしまい、それに伴って「賃金が高ければ将来の年金額受給額も多くなる」の原則から外れて、賃金額に比べて年金額が低くなってしまっています。この上限額を65万円から75万円に段階的に引き上げる(注4)ことにより、賃金が高い被保険者は、これまでよりも保険料負担が増加する可能性がある一方で、将来、年金を受給する際には現役時代の賃金に見合った年金額が受け取れるようになります。4.制度改正に伴うコスト増は避けられない今回の改正による企業経営面への影響を考えると、やはり、会社負担分の社会保険料の増加が一番に挙げられるでしょう。上記①の通り、今後は従業員数や賃金額を問わず、パート等の短時間労働者は社会保険の加入対象とされます。また、③の標準報酬月額の上限引き上げも会社負担分の社会保険料増加要因です。今回の改正内容は項目にもよりますが2026年4月から順次実施されていきます。実施までには半年余りの時間がありますので、どのように対処していくのかは早めに検討しておきたいところです。また、年金受給をしながら就労している従業員や短時間労働者に該当する従業員から、就労条件の見直しを求める声が出てくることも予想されます。また、人事制度や賃金制度をはじめとする社内制度見直しにつながる契機になるかもしれません。こうした動きに連動するコスト増は小さくない負担となるわけですが、人材の確保と定着、従業員のモチベーション向上のためにも前向きな機会と捉えて対処していきたいものです。<注釈>短時間労働者の加入要件⇒①1週間の所定労働時間が20時間以上②雇用期間が2ヶ月以上と見込まれる③賃金が月88,000円以上④学生でないこと(定時制・通信制の学生は加入対象となる)2027年10月からは36名以上、2029年10月から21名以上、2032年10月から11名以上、2035年10月から10人以下と段階実施される撤廃の時期は全国の最低賃金の引き上げ状況を見極めた上で、法律の公布から3年以内とされる賃金が上昇傾向であることを踏まえ、2026年4月に62万円に引き上げた後、2027年9月から68万円、2028年9月から71万円、2029年9月から75万円に段階的に引き上げる提供:税経システム研究所
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2025/08/28 企業経営
企業探検家 野長瀬先生の経営お悩み相談室(第20回)
毎回いろいろな企業経営者のお悩みをテーマとし、その悩みを解決する糸口を企業探検家・野長瀬裕二先生がアドバイス形式で解説していきます。筆者が見てきた様々な企業の成功例や工夫の事例、そこから見えてくる普遍的なノウハウを紹介し、各回のテーマの悩みに寄り添う情報をお伝えします。<相談内容>大手住宅メーカーの傘下で首都圏にて内装工事を営んでいる従業員数名の中小企業です。内装工事の受注量は横ばいで、近年は新事業である住宅リフォームに力を入れ、年商の半分をこちらで稼いでいます。先日、コンサルタントの先生から「自己資本比率が低い」という指摘を受けました。自己資本比率が低いと、財務面で安全性に欠けると映ることもあり、今後の経営戦略に影響してくる可能性があるとのことです。今後の経営戦略・財務戦略について考え方を教えてください。■市場の状況まず、御社の事業基盤となる住宅業界の市場について考えていきましょう。図1に示されていますが、新規住宅着工件数は、長期低落傾向にあります。リーマンショックの少し前から急落し、その後低迷し、どちらかというと持家の落ち込みの方が趨勢に影響しています。図1住宅着工件数の推移(国土交通省)御社の内装工事の事業については、現段階では、顧客である大手住宅メーカーは持家から借家まで幅広く受注していますので、一定の市場規模があります。御社は、首都圏という人口減少速度の比較的小さいエリアに立地しておられますので、市場の縮小は全国平均より緩やかなものです。徐々に後継者不足などで同業者が廃業していく中で、いかに生き残っていくかという市場と思われます。今後注意すべき市場動向として、図2に示される住宅ストック数と総世帯数のデータが参考となります。このグラフを見ると、人口減少は進んでいるのに、世帯数は増加し続けています。不動産市場においては、世帯数の増加という事実に着目することが重要です。一方空き家率も増加を続けています。不動産価値の維持という観点からは、首都圏の駅近くのマンションの需要は、世帯数が増えていることに加えて外国人投資家の需要もあって堅調であるのが現状です。図2住宅ストック数と総世帯数一方、空き家の内訳をみますと、賃貸用住宅の空き家が多いことがわかります。まず、地方圏、次いで都市圏郊外の賃貸住宅の需要が抑制されていく可能性が指摘出来るでしょう。純然たる空き家も一定数あるのですが、大都市圏の資産価値のある住宅については、リフォームして人に貸すか売却するという需要は今後もあるでしょう。その意味では、首都圏でリフォーム事業に力を入れている御社の事業戦略は妥当だと言えるでしょう。特に、日本の人口のマス層である団塊の世代が2025年に後期高齢者となったことから、今後大相続時代となることが推測されます。相続を受けた遺族が、大都市圏の資産価値のある物件については、リフォームして自らが活用するか売却、賃貸していく需要は一定のものがあると思われます。御社は現在大手住宅メーカーの内装工事の仕事を引き受けていらっしゃいますが、世帯数増加に伴う駅前マンション系の需要増については取りこぼしている面があります。それは、御社の顧客である大手住宅メーカーはマンション需要については、取りこぼしがあるからです。この市場に強い建設業者への食い込みが内装工事事業については余地が残されています。■今後の経営戦略の考え方筆者が大手製造業の経営者と「協力企業に何を求めるか」について対話すると、表1の1番目の“後継者の存在と一定水準の財務の安定性、商品やサービスの高品質”を求めるとする声が多いです。品質が良いということは、設備や従業員が揃っているということで、後継者がいて財務が良いということは長く付き合えるということです。御社はお子さんが複数いらっしゃるということで、財務的に安全で不安を抱かれない状況に持っていくことは、長期的な取引関係を持つ上で意義があります。帝国データバンクの評点がX点以上の企業としか付き合わないという経営者にもお会いしたことがあるので、情報業者とのコミュニケーションを重視し、高い評点をもらう努力をすることは有意義と思われます。表1経営戦略の体系後継者の存在と一定水準の安全性、商品サービスの高品質廃業する同業他社の需要を引き受ける戦略衰退市場から相対的に魅力的な市場へのシフトそのほか、2と3は人口が減少していく収縮市場において、生き残る戦略があるかどうかということです。■今後の財務分析の考え方御社はコンサルタントに方に自己資本比率が低いというご指摘を受けたということです。その点について、少し考えていきましょう。ご存じの通り、自己資本比率とは、図3に示されている総資本における自己資本の比率です。財務とは「調達して運用すること」ですから、資本調達において負債に依存せず自己資本の比率が高いことは安全性が高いとみなされることが多いです。御社の自己資本比率は20%を切った水準ですから、高いとは言えないでしょう。一般に、30%ぐらいあれば、そこそこで、50%以上あれば優良だとみなされます。一方、負債(流動負債+固定負債)は他人資本と呼ばれます。自己資本比率について述べる場合は、この負債の内訳がどうなっているかも見る必要があります。図3貸借対照表の構造どちらかというと固定負債(長期の負債)が流動負債(短期の負債)より多いと、安全性が高いとみなされます。金融機関が長期で貸付けるということは、何らかの理由で信頼されているということになります。表2に示される流動比率により、自己資本比率を補完することが多いです。御社の流動比率は115%ですので、これも高いとは言えません。この指標は優良企業ですと200%を超えているような場合もあります。しかし、指標である程度のことはわかるのですが、詳細には貸借対照表の中身を見ないと何とも言えません。さらに、流動負債の中身を見ると、きっちりとした経営をしているのか、だらしない経営をしているかどうかもわかります。ある中小企業の決算書を見ると、流動負債の中身は、多くが経営者の個人からの貸付であるという事例もあります。その企業は、金融機関からはあまり借りておらず経営者は「そのうち息子に会社を譲り、低い給料をもらいながら負債を返してもらう」とのことです。表2いくつかの経営指標流動比率流動資産/流動負債ROE利益/株主資本ROS利益/売上高損益分岐点比率損益分岐点/売上高経営指標には多彩なものがありますが、安全性と収益性を見て、さらに成長性を分析できれば十分です。安全性については、自己資本比率と流動比率を見るとある程度のことが分かります。厳しく見るときは流動資産の代わりに当座資産を用い、負債の中身を見るのです。成長性については横ばいということですから、残るは収益性の分析です。ROE(ReturnonEquity)は、利益を株主資本で割ったものです。中小企業の場合は、株主資本は自己資本と読み替えてもよいでしょう。ここは経営者により考え方が異なってきます。日本型優良企業においては、無借金企業の自己資本比率は不可避の負債を除くと90%近くなりますが、その状態でそれなりに高いROEを実現するのです。それに対して、負債をテコ(レバレッジ)にして、資本効率を大きくするという考えもあります。自己資本比率が高くなるとROEは低くなります。日本型優良企業の場合、ROEは10-15%程度になりますが、アップルコンピュータの場合、自己資本比率が20%以下と御社と似た水準でありながら、ROEは百数十%と高水準の決算を続けています。非上場の中小企業の場合、ROEの重要性は相対的に低いのですが、財務戦略の有無は重要です。ROS(ReturnOnSales)は、中小企業を見る時も5%以上あれば、業態にもよりますがそこそこで、10%以上あれば儲ける力があるとみなされます。損益分岐点比率は、小さいほど、売上高が落ちても赤字にならないとみなされます。厳密には、費用分解(費用の固定費と変動費への分解)の方法論がややアバウトです。そのため、「だいたい売上がX%落ちても大丈夫そうだ」という分析をします。御社の財務のディーデリジェンスをしたわけではないので、断言はできないのですが、非上場企業の場合、自己資本比率は高いに越したことはありません。30%程度あればコンサルタントの先生に指摘されずに済むかもしれません。その際に問われるのは、負債をテコにして高収益を目指すという財務戦略があるかどうか、負債の中身の筋が良いかとなります。■経営戦略と財務戦略はつながっているこうした経営戦略やビジョンを持つ経営者は、業界で信頼され、一目置かれる傾向があります。そして財務分析は、ある時点の経営状況を示すもので、人間の健康診断の数値のようなものです。例えば、身長180センチの男性が高身長かどうかについて、普通の日本人の中に入ると背が高いとみなされます。しかし、オランダに行くと平均身長にいくかいかないかです。プロバスケットのメンバーと比べると低身長です。このように、ある数値について、どのように解釈できるかが重要です。御社の場合は、取引先が求める安全性の水準をクリアし、情報業者の評点を高めるような収益力や将来ビジョンを備えることで、継続企業として次の世代も生き残る道が開けていくと思われます。提供:税経システム研究所
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2025/08/28 人事労務管理
退職に関わるトラブル回避(第11回) 内定取消し1
【サマリー】前回は、「希望退職募集」について解説いたしました。希望退職募集は、応募者が多すぎたり、予定数に全く満たないケースもあり、また会社として必要な人材が流出し、退職してもらいたい人材が残るリスクも留意する必要があることを確認いたしました。今回は、これから入社する予定の「内定者」について、入社前であれば内定を取消しできるか否かについて考察したいと思います。1.内定取消しとは我が国においては、人材の早期確保のため、在学中に採用内定通知をしたり、さらに内定を約する内々定を出すケースも多く存在します。ところが、入社までの間に予期しない事態により倒産のリスクを抱えるに至ったり、採用計画通りに進まなくなってしまった場合など、企業が内定を取消すケースがあります。このように、企業が内定者に対し出した採用内定を、その後一方的に撤回することを、一般的に「内定取消し」といっています。内定とは、法的には「始期付解約権留保付労働契約」として位置づけられ、最高裁(大日本印刷事件、電電公社近畿電通局事件)も、入社予定日を始期とし、内定から入社までの期間においては企業側に一定の解約権が認められるとしています。この契約形態が成立するためには、①内定通知以外に労働契約締結の特別な意思表示がないこと、②内定者が他の就職機会を放棄していることが重要です。複数内定を受けている場合や「滑り止め」内定などでは、労働契約の成立性が否定されることもあります。2.内定取消しの法的制約内定を出した時点で、一定の労働契約が成立するため、企業側が内定を取消すためには正当な理由が求められます。裁判所は以下のように要件を定義しています。「採用内定当時に企業が知ることができず、かつ知ることが期待できないような事実であり、それが合理的で、社会通念上相当と認められる場合に限り、内定の取消しが許容される。」このため、企業側の一方的な都合での取消しは原則として違法とされ、慎重な判断が必要です。3.内定取消しが認められる主な事由内定取消しが認められるのは、次のような事由が考えられます。卒業できなかった場合大学や専門学校などの卒業が内定条件となっている場合、卒業できなければ入社資格を満たさず、労働契約の前提が崩れるため、内定の取消しが認められます。健康上の重大な問題がある場合健康診断などにより、就業に重大な支障をきたす病気や障害が判明した場合、企業は業務遂行能力に基づき内定を取消すことができます。ただし、治療や配慮により就業可能な場合には慎重な判断が求められます。履歴書や申告内容に虚偽があった場合経歴や学歴、資格等について虚偽の申告が判明した場合は、信用性を損なう重大な背信行為とみなされ、内定取消しの合理的理由とされます。内定通知書・誓約書に記載された条件に違反した場合通知書や誓約書に記載された内定条件(例:違法行為を行わない、反社会的勢力と関係を持たない等)に違反した場合、企業の信頼を損ねる行為として取消しが可能となります。刑事事件を起こした場合内定後に刑事事件を起こした場合は、企業の社会的信用や業務運営に支障を来す恐れがあるため、内定取消しが裁判上も認められています。経営難による整理解雇に準ずる場合企業の経営状況が悪化し、やむを得ず人員削減を行う場合には、整理解雇の4要件(①人員削減の必要性、②解雇回避努力、③人選の合理性、④手続の妥当性)を満たすことで内定取消しも許容される場合があります。この際、在職社員よりも先に内定者の取消しを行うことには合理性があるとされています。したがって、経営状況の悪化に伴い人員整理が避けられない場合には、まず社内での経費削減などの対策を講じ、そのうえで内定者に対しても一定の補償案を提示し、誠実に協議を行うといった、一方的な内定取消しを避けるための努力を行うことが求められます。そうした対応を経てもなお合意が得られない場合に限って、内定の取消しが認められる余地があります。なお、整理解雇に関する判断基準の一つである「被解雇者の選定基準の合理性」に関しては、実際に雇用されている従業員ではなく、内定者に対して適用されることになります。この点について、インフォミックス事件(東京地裁判決平成9年10月31日)では、「すでに勤務している社員を対象とするのではなく、採用内定者を選定して内定を取消したとしても、特段に不合理とはいえない」と判断されています。すなわち、就労している社員を解雇するのではなく、内定者の採用を取消すという判断自体に、不合理性は認められないとされています。そもそも内定が成立していない場合労働条件の明示や合意がなく、正式な労働契約が成立していない段階(内々定など)であれば、企業は採用を見送る決定を行っても直ちに違法とはなりません。たとえば、最終面接の場で人事部長が「入社日は〇月〇日にしよう」と発言しただけでは、法的には内定が成立したとは認められず、その後に不採用としたことも違法とはされなかったケース(東京地裁判決平成23年11月16日)や、最終面接後に面接担当者が応募者へ電話で「採用したいので、翌日から出社してほしい」と伝えたものの、応募者が「翌日は出社できないので、出社可能な日を確認して連絡する」と返答し、その後何の連絡もなかった場合について、裁判所は内定が成立したとは認められないと判断したケース(東京地裁判決平成19年4月24日)があります。4.内定取消しの実務上の課題内定取消しは法的に可能な場合であっても、実務的には非常に慎重な対応が求められます。理由や対象者によっては社会的批判や訴訟リスク、企業イメージの毀損など、深刻な影響を及ぼす可能性があります。精神疾患や妊娠の場合精神疾患の場合、診断や就労可能性の予測が難しいため、内定取消しの正当性を判断するには慎重な医学的判断と法的検討が必要です。妊娠を理由とする内定取消しは、労働基準法上の労働者に該当しない内定者であっても、男女雇用機会均等法や育児介護休業法の趣旨から不当な差別的取扱いとみなされるリスクが高く、回避すべきです。内々定の取消し内々定の段階では法的に労働契約が成立していないとされるのが通例であり、取消し自体は違法とは限りません。しかし、求職者に対して労働契約の締結に強い期待を持たせていた場合には、信義則違反や不法行為責任が問われる可能性があります。実際、損害賠償が認められた判例も存在します(福岡地裁判決平成22年6月2日)。高卒者の内定取消し高卒採用は「一人一社制」が原則とされ、内定を取消した場合には翌年度以降の推薦枠が失われるなど、学校や公共職業安定所との信頼関係が損なわれます。大卒者以上に慎重な対応が求められる実務領域です。行政への報告義務と企業名公表のリスク内定取消しを複数年連続して行うなど、一定の基準を満たした場合には、企業名が厚生労働大臣により公表※される可能性があります(職業安定法施行規則17条の4)。企業の評判や採用活動への影響が大きく、安易な取消しは避けるべきです。また、新卒者の内定取消しについては、ハローワークに事前に通知することが義務付けられています(職業安定法施行規則第35条2項)。少しでも内定取り消しになるような事態を避けるためには、以下のような方策が考えられます。5.コロナ禍における内定取消しの実情新型コロナウイルスの感染拡大により、企業業績が悪化し、2020年~2021年の卒業生を中心に内定取消しが急増しました。実際、2020年3月卒業生では211件、2021年卒では136件の内定取消しが報告され、その多くがコロナ禍の影響によるものでした。ただし、経営難を理由にした内定取消しであっても、整理解雇の4要件を満たさない限り、正当とされない可能性があり、企業側の丁寧な対応が不可欠です。特に、内定者への事前説明、同意取得の努力、補償金提示といった対応が不十分な場合、違法性が問われるリスクが高まります。6.試用期間中の本採用拒否内定から入社に至る間だけでなく、入社後の試用期間中も「解雇権留保付き労働契約」と解されています。判例によれば、試用期間中の労働者を本採用しない場合、その判断は個々の契約内容に依存するものであることに注意を促しつつ、基本的には「解約権留保付き労働契約」として取り扱う考え方が確立されています。この留保解約権の行使は、通常の解雇よりも広く認められるものの、その理由として認められるのは、採用の時点では把握できなかった事実であり、そのうえで解約権の趣旨や目的に照らして、客観的に合理性があり、かつ社会常識に照らして相当と認められる場合に限られます。また、本採用を見送る(すなわち留保解約権を行使する)タイミングについては、契約書に「試用期間は6か月とし、終了後に正社員として登用する」「試用期間終了までに解雇できる」といった条項がある場合、それは「試用期間満了時に解雇できる権利がある」との趣旨であると解釈された例もあります。実務上は、期間の途中で本採用を拒否する可能性もあることを踏まえ、就業規則に「試用期間中であっても本採用を拒否することがある」といった文言を明記しておくことが望まれます。中途採用における試用期間の法的な扱いについては、新卒採用の場合と同様に考えられるものの、中途採用者の場合は、業務遂行能力や職務への適性に対する判断がより厳格となり、その結果、解約権の適用範囲も相対的に広くなります。また、試用を目的として契約期間を設定した場合においても、最高裁は「当該期間の満了により労働契約が終了するとの明確な合意があるなど、特別な事情がない限り、その契約は無期契約の試用期間として扱われる」と判断しています。実務上の留意点として、採用するかどうかに迷いがある場合に、ひとまず正社員として登用して様子を見るという対応は避けるべきです。なぜなら、試用期間中であれば本採用後よりも広い範囲で解約権の行使が認められているため、判断に迷う場合は、まず試用期間中の段階で解約権の行使を検討するのが適切です。7.まとめ内定取消しは、企業がやむを得ない事情を抱える場合であっても、法的・社会的なハードルが高く、慎重な判断が求められます。特に、契約が成立している場合は、社会通念上の相当性と合理的理由がなければ取消しは無効とされ、損害賠償請求の対象にもなり得ます。企業にとって重要なのは、取消しを回避する努力を最大限行うこと、取消しが不可避な場合は、事前の明示、説明責任の履行、誠意ある補償・対応を行うことです。これにより、トラブルや信頼毀損のリスクを最小限に抑えることができます。また、内々定の段階でも求職者に期待を抱かせる行為は慎重に行い、採用の意思決定過程を見直すことが望まれます。次回は内定取消しに関する裁判例について解説いたします。提供:税経システム研究所
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2025/07/31 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(212)
1.はじめに昨今、オンラインカジノをめぐる報道をよく目にするようになっています。警察庁などからも情報が発信されている通り、たとえ海外で合法的に運営されているオンラインカジノであっても、国内からこれにアクセスして金銭を賭ける行為は賭博罪や常習賭博罪に該当し、常習賭博罪とされた場合には、3年以下の拘禁刑が刑法で定められています。今年の年明け以降、タレントやスポーツ選手などがオンラインカジノを利用したことが発覚し、書類送検、一定期間の活動自粛、制裁金が課されるなどの法的、または社会的な処分を受けています。また、某放送局においては、社内調査により従業員がオンラインカジノを利用していたことが判明し、社内で厳重注意処分を受けた後も利用をやめず、その賭金も多額であったことが露見したことから、常習賭博の容疑で逮捕されるといった事態になっています。2024年に警察庁が行った調査によれば、国内におけるオンラインカジノサイトの利用経験者は推計で約336万9千人とされており、国内における年間賭額は推計1兆2千億円あまりとなっています。テレビやラジオ、ネットや動画サイトで著名人を使って宣伝し、あたかも合法であるように謳って客集めをしていたということもあり、また、スマホとクレジットカードで簡単にカジノに参加できる手軽さもあり、この調査結果を併せて見ると、仕事関係者の中にオンラインカジノを利用した人がいても不思議ではないように思えてしまいます(注1)。オンラインカジノの利用は、業務とは無関係の私生活上の犯罪行為ということになりますが、私生活上の犯罪や問題行動が、企業の業務や信用などに悪い影響を及ぼすような場合に、解雇を含めた懲戒処分を行うことはできるのでしょうか。今回は私生活上の問題行動による懲戒処分の可否について、判例などを踏まえながら考えていきます。2.雇用契約上の会社と従業員の関係とは会社と従業員は雇用契約を締結し、従業員は雇用契約の内容や就業規則に定められた服務規律などに則って労働を提供することになります。就業規則における懲戒規定においては、「会社は、企業秩序や職場規律を乱した場合に、該当する従業員を懲戒処分できる」といったような表現がよく見られますが、雇用契約や就業規則は、各従業員の私生活にまで効力が及ぶわけではなく、あくまでも就業中の行動について定めを行っているに過ぎません。したがって、従業員が業務時間外に起こした私的な問題行動を理由として、会社が直ちに懲戒処分を行うことは、私生活に過度に介入することになるため、原則としてこれは認められないとされています。例えば、電車内での痴漢行為により罰金刑を受けた従業員を諭旨解雇とした懲戒処分に対し、裁判所は「解雇権の濫用」として無効と判断しています。(東京メトロ事件H27.12.25東京地裁)(注2)では、従業員が私生活上で起こした問題行動により、会社がなんらかの損害を被った場合などに該当する従業員に対して懲戒処分を行うことはどのように評価されるのでしょうか。3.会社の社会的評価に影響がある場合は処分が可能雇用契約や就業規則は就業中の行動について定めたものであることを先述しました。その一方で、従業員は雇用契約に付随する義務として、業務中はもとより、業務外においても、会社の利益や名誉、信用を毀損することなく行動する義務を負っているものと解されています。会社としては、事業を運営していくために、名誉、信用や評判といった社会的評価を維持していくことは不可欠であり、これらに重大な影響を与える従業員の行為については、私的なものであっても、なんらかの処分を行うことは可能であると考えられています。では、どのような場合が「重大な影響を与える行為」とされるのでしょうか。この点について、裁判例では「従業員の不名誉な行為が会社の体面を著しく汚したというためには、当該行為の性質、情状のほか、会社の事業の種類・態様・規模、会社の経済界における地位、経営方針及びその従業員の会社における地位、職種等諸般の事情から総合的に判断して、会社の社会的評価に及ぼす影響が相当に重大であると客観的に評価される場合でなければならない」(要旨)とされています。(日本鋼管事件S49.3.15最高裁)端的に言えば、「懲戒処分ができるかどうかはケースバイケース」とも読み取れますが、会社も従業員も「コンプライアンス」が強く求められる令和の時代において、具体的にどのようなケースが懲戒処分に該当する行為とされるのかを考えてみましょう。4.懲戒処分の対象となる私生活上の問題行動とは?「会社の社会的評価に重大な影響を及ぼす」と考えられる私生活上の問題行動として、以下のようなものが想定されます。①犯罪とされる行為:暴行傷害、窃盗、性犯罪、飲酒運転による交通事故、賭博など犯罪行為の態様や程度が悪質かつ重大であり、犯行の経緯・動機に酌量の余地もなく、また、会社名などを含めてマスコミで実名報道されたような場合は、会社に対して有形無形のダメージを与えたものとして、懲戒処分を行っても問題ないものと考えられます。②SNS他ネットにおける不適切な投稿会社を強く誹謗中傷する投稿や企業秘密に該当する内容を投稿したような場合には一定の懲戒処分が認められる可能性が高いのですが、このようなケース以外でも、個人のアカウントにおいて、業務時間外に行われた投稿が、社会常識に照らして不適切な内容だとして「炎上」してしまうことがあります。アカウントが本名ではなくハンドルネーム(ネット上でのニックネーム)であったとしても、最近では、本名や住所、勤務先をはじめとした個人情報があっという間に特定され、ネット上に晒されてしまうことが珍しくありません。こうなると、投稿内容が業務に無関係な内容だったとしても、会社に苦情の電話やメールが殺到し業務に支障をきたすばかりでなく、いわゆるクチコミサイトなどに会社の評判として虚実入り交じった内容が書き込まれるなど、会社の名誉や信用が大きく毀損されることになります。このような場合は、その質や程度などにより会社の行う懲戒処分が認められやすくなります。③社内の不倫倫理的な問題はありますが、単に不倫が行われているだけでは懲戒処分は困難であると言わざるを得ませんが、事情により判断は異なります。例えば、同じ部署内で不倫が発覚して部署内の雰囲気が悪くなるなどにより業務遂行に著しい影響を及ぼした場合や、職場風紀・秩序を乱し正常な企業運営を阻害した場合のほか、男女間の関係を厳しく律することが相応しい職場(例:バス運転手とバスガイドなど)における不倫行為などで他の従業員に不安と動揺を与えたようなケースでは懲戒処分を有効とした判例があります。(長野電鉄事件S41.7.30東京高裁)5.問題行動と懲戒処分の内容とのバランスは?懲戒処分することが問題ないと判断されたケースでも、問題行動と処分の内容のバランスも考えなければなりません。一言で「懲戒処分」と言っても、就業規則においては譴責から懲戒解雇まで様々な処分の態様が定められているはずです。問題行動の内容や会社が受けた損害と照らして、バランスを欠いた不当に重い処分を行ったような場合、その懲戒処分が無効と判断されることがあるため、処分内容を検討する際には慎重を期することが必要です。会社側からすれば、「私生活上の問題行為発覚⇒即懲戒処分」と考えがちですが、その問題行為が会社にどれだけの損害や悪い影響を及ぼしているのかについてまずは考えなければなりません。問題行動を起こした従業員は責められてもやむを得ないとはいえ、処分を考える際は一旦冷静になり客観的な視点で判断する必要があります。<注釈>警察庁オンラインカジノの実態把握のための調査研究結果(概要)https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/hoan/onlinecasino/jittaichosa.png一方で類似の痴漢事案において、有罪判決を受けたことを理由とした懲戒解雇を有効とした判例もある(小田急電鉄事件H15.12.11東京高裁)提供:税経システム研究所
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2025/07/29 人事労務管理
退職に関わるトラブル回避(第10回) 整理解雇3
【サマリー】前回は、「整理解雇」に関する重要判例と、コロナ禍での「整理解雇」の判例について解説いたしました。コロナ禍という未曽有の事態においても、「整理解雇の4要件」を厳しく求められることを確認いたしました。今回は、我が国における「整理解雇」の手段の1つである、「希望退職募集」について解説したいと思います。1.希望退職募集と早期退職優遇制度希望退職募集とは、自主的な退職を促進するために、退職金の上積などの特別利益を提示して、合意退職を実現する経営施策です。日本では、解雇権濫用法理により解雇が制限されているため、人員削減が必要な場合でも、解雇時に生じる可能性がある係争を回避するため、とくに大企業・中堅規模企業では希望退職募集の手法が定着しています。類似するものとして、早期退職優遇制度があります。これは高齢化対策の一環として、定年を迎える前に第2の人生に踏み出す者に対して退職金に優遇措置を講じる制度です。希望退職募集との比較では、希望退職募集が臨時的施策であるのに対し、早期退職優遇制度は恒常的な制度とされる傾向がみられます。希望退職募集は、労働者の退職の意思表示(申込み)を誘引する事実行為であり、退職を強要するものではありません。したがって、使用者は希望退職をある程度自由に募集できます。一般的に、希望退職募集の際、①募集時期、②募集人員、③募集対象者、④退職上積金の有無――などが提示され、その条件や方法なども、使用者が自由に決定できるものとなっています。また、希望退職募集の対象者を制限することも原則として可能です。たとえば、募集対象を一定年齢以上に制限したり、地方工場の従業員のみを対象にしたりすることも法的に問題ありません。労働者はその意思に基づき、自己都合で自由に退職できるため、労働者の権利が制限されないからです。退職金の加算などの好条件を提示して希望退職を募ると、有能な人材が流出してしまう可能性がある一方で、退職してほしい人材が残り、経営の維持が困難となる事態が生じることがあります。この問題を避けるため、多くの場合は、希望退職募集の際に「退職上積金の支給を会社が承認した者に限る」とする会社承認規定を設ける手法が採られています。このような定めをすることも、労働者が本来有する自己都合での退職の権利は制限されず、問題はないとされています。会社承認規定は、退職金を加算する早期退職優遇制度、または希望退職募集と一体にして運用することにより、合意退職という形で労働者の意思を尊重できます。使用者の業務上の必要性にも応え、さらには解雇に伴う労使紛争の回避も可能とするものとなり、重要な意義を有しています。会社承認規定に基づいて使用者が承認するか否かは、人事政策目的などの合理的な観点から、使用者の広い裁量が認められるべきです。仮にこれを制約するとしても、使用者の不承認が信義に反するような特段の事情が存するなど、極めて例外的な場合に限られます。会社承認規定の実務上のポイントは、従業員へ事前に「退職上積金の支給を受けられるのは、使用者が承認した者だけであり、承認しない者には支給しない」と周知することです。そうしないと、使用者が対象外とする従業員が応募した場合、退職上積金の支給を受けられず、退職する意思があることのみ使用者に知られ、以後在籍しづらくなるという問題が生じてしまいます。実務上さらに重要なのは、会社承認規定を設けるとともに、有能な従業員に「残ってほしい。応募して来ても承認しない」と知らせることです。そうすれば、不承認により在籍しづらくなる事態を避け、有能な人材の流出の防止につながります。会社承認規定を設けない場合は、有能な人材へ事前に「残ってほしい。会社の中心になると考えている。期待している」などと述べるしか方法がありません。承認権者は、人事部長や社長など、使用者の意図を十分理解して判断できる者に限定しておくと良いでしょう。承認権者には使用者の意図を十分に伝達し、情に流されて対象者以外を承認してしまうような事態は避ける必要があります。希望退職募集の際、従業員は会社に必要とされているか、応募するか否かによるメリット、デメリットなどに悩むので、使用者は、従業員が応募を判断する際に必要な情報を十分提供しなければなりません。2.重要判例1「大手ガラス製造会社事件東京地裁平21・8・24判決」大手ガラス製造会社(以下、会社)が実施した早期退職優遇制度に関連して、同制度の適用除外とされた元社員が、会社に対して優遇措置を受ける権利があるとして提訴した事案。<事件の概要>原告は、長年同社に勤務し、一定の役職に就いていましたが、会社の経営合理化策の一環として早期退職制度(転進支援制度)の募集がなされた際、当初の条件に基づいて退職の意思を示し、退職願を提出しました。ところが、退職願提出後に会社が制度内容を一部改訂し、新たに退職金に約5,000万円を加算する「早期退職者優遇制度」を導入しました。原告は、制度変更後の優遇措置を受けられるべきであると主張し、これを認めなかった会社に対して退職金の増額分の支払いを求めて訴訟を提起しました。<判決のポイント>第一に、裁判所は、原告と会社の間で当初の早期退職制度(転進支援制度)に基づく「合意退職」がすでに成立していたと認定しました。すなわち、退職願の提出と、会社からの承認・退職条件の通知をもって、両者間の合意退職が成立していたという見解です。第二に、裁判所は、原告が主張するような「新制度(早期退職者優遇制度)の周知義務」については、法的根拠がないと判断しました。すでに合意退職が成立した後で制度が新設された場合、その適用対象となるか否かは企業側の裁量に委ねられ、会社が特に原告に対して新制度の内容を知らせる義務を負うとはいえないとしました。第三に、早期退職優遇制度の支給対象者の選定や支給額の決定は、企業の人事政策に関する広範な裁量に属する事項であるとし、その裁量行使に社会通念上著しい逸脱や濫用がない限り違法とはならないという、いわゆる「裁量権法理」を適用しました。その結果、会社の判断は信義則違反にもあたらず、原告の請求は棄却されました。<まとめ>本判例は、企業が実施する早期退職優遇制度において、制度の設計・運用がどこまで企業の裁量に委ねられるか、また制度変更時における適用の可否や情報提供の義務の有無などについて、重要な判断を示したものです。まず、退職に関する合意は、労働者の申込み(退職願提出)と企業の承諾(条件提示や承認)によって成立するものであり、その後に制度内容が変更されたとしても、すでに成立した合意に遡って適用されるわけではないことが確認されました。次に、企業が新たな優遇制度を導入した場合、それをすでに退職が決定した者に遡及的に適用する義務はなく、周知義務や公平配慮義務といったものが当然に発生するわけではない点は、制度設計の実務上非常に重要です。さらに、早期退職優遇制度や転進支援金制度の支給対象者の選定は、企業の合理的裁量の範囲内で決定できるという考えが明確に示されたことで、今後の人員整理施策や退職勧奨の設計においても企業側が注意すべき枠組みが確認されたといえます。この判例は、労働契約における合意解約の成立時期や、優遇制度適用の境界線に関する重要な実務指針を与えるもので、今後の制度運用においても参考とすべき裁判例といえるでしょう。3.重要判例2「外資系ソフトウエア会社事件東京地裁平15・11・18判決」会社が実施した早期退職制度に対し、従業員が応募したものの、会社による承認前に自己都合で退職したため、特別退職金の支給が行われなかった件について、当該従業員は、制度の他の適用者と同様の扱いを求めて訴えを提起した事件。<事件の概要>会社は平成14年12月19日、早期退職優遇制度(以下「本制度」)を発表しました。本制度では、退職を希望する従業員に対して、通常よりも有利な特別退職金などが支給される内容であり、従業員にとって魅力ある条件が提示されていました。会社が発行した文書には、本制度の利用にあたっては、対象となる従業員がまず応募し、その後、会社が応募内容を確認した上で承認するか否かを決定するという手続きが明示されていました。さらに、本制度を利用せずに自己都合で退職する場合には、離職票に記載される退職理由は「会社都合」ではなく「自己都合」となる旨の記載もありました。原告は、平成14年11月19日頃、上司に対し、複数の企業から転職の誘いを受けていることを伝えました。これに対し上司は、原告が当時システム統合プロジェクトにおいて購買部門の日本側責任者を務めていた点に着目し、その経験は今後社内でのコンサルタント業務への転身に活かせるとして、原告を会社に引き留めました。そして本制度が公表された平成14年12月19日、上司は総務部全体を対象に説明会を開き、制度の概要を説明し、その後、原告と個別に面談を行って会社への残留を強く促しました。さらに12月24日には、2回目の個別面談を実施し、再び慰留の意向を示した上で、会社にとって重要な人材は原則として制度の対象外であると告げました。翌年の平成15年1月7日、3回目の面談が行われ、原告が退職の意思を明確に示したうえで本制度の適用を求めたのに対し、上司は原告が特別退職金の対象にはならないことを伝えました。それでも原告は、1月8日付で正式に本制度への応募を行いましたが、1月17日、会社から本制度の適用対象外である旨の通知を受けました。<判決のポイント>本件で争点となっている特別退職金付きの早期退職制度は、原告と被告との間の既存の雇用契約とは別個の契約の成立が問題となるものです。そのため、原告の請求を認めるには、当該早期退職制度(以下「本プログラム」)の適用を前提とした雇用契約の解約について、原告と被告の間で合意が成立している必要があります。しかしながら、本プログラムにおいては、従業員からの応募に対し、会社側がその適用の可否を判断する権限を留保していると解されます。したがって、従業員からの応募は、あくまでも雇用契約終了に向けた「申込み」にとどまり、会社がこれを承認してはじめて「承諾」となり、契約として成立する構造になっていました。このような前提からすれば、本件において原告と被告の間で、プログラムに基づく雇用契約終了の合意が成立しているとは認められません。これに対し原告は、他の適用者との公平性や信義則の観点から、被告には原告にも本プログラムを適用すべき義務があると主張しました。しかしながら、仮に平等取扱いや信義則を考慮したとしても、それだけで会社に対して本プログラムの申込みを承諾する法的義務が生じるとは言い難いと、原告の主張を退けました。さらに仮に原告の主張を前提としても、原告が信義則違反の根拠とする点──すなわち、他の従業員にはプログラム適用を積極的に勧めたのに、原告には適用を拒否したことが整理解雇を回避するための形式的手段(潜脱)であるという主張──についても、仮にそれが真実であれば、制度そのものの有効性が否定される可能性があり、かえって原告にも本プログラムを適用すべき法的根拠とはならないとしました。<まとめ>名称は企業によって異なるものの、早期退職制度を導入し、退職希望者に対して退職金の上乗せなどの優遇措置を講じる企業は少なくありません。ただし、こうした制度には、企業側が一定の適用条件を設けているのが一般的です。そのため、制度の適用を受けられなかった元従業員が企業を相手に訴訟を起こすケースも多く見られます。裁判例では、制度上定められた条件を満たしていない場合には、優遇措置を受ける権利は認められないとする判断が多数を占めています。4.実際の事例(コロナ禍における整理解雇)都内に貸しビル数件とビジネスホテルを4件運営しているA社が、コロナ禍でホテル部門の売上が85%減少したことに加え、以前から老朽化が懸念されていたホテルがあったため、そのホテルを売却することとして、ホテル部門の人員削減をすることになりました。そこで筆者に「人員再編計画(リストラ)」の策定の依頼があり、慎重に打合せを重ねた結果、ホテル部門120名の1/3となる40名を最終的に整理解雇することとし、まずは希望退職者の募集を実施することになりました(図表1参照)。図表1<人員再編計画>ホテル1棟売却に伴う人員再編計画を書面と説明会にてホテル部門の全従業員に周知しました。募集対象者は、公平性を保つため、売却するホテルに勤務している従業員のみならず、ホテル部門の本社管理部を含めた全ての従業員としました。また、万が一退職されては困る従業員が応募した場合に備えて、会社承認規定を設け、念のため事前に個別に慰留しておくことなど、慎重に準備をしたうえで募集要項に従って募集を開始しました。予定人員に達しない場合、最終的には解雇をも視野に入れることも周知しました。希望退職者の募集要項は次の通りです。結果は、当初の予想に反して募集開始から2日間で募集人数を上回る47名の応募があり、即日打ち切りとなりました。募集人数に及ばずに退職勧奨、さらには解雇ともなれば訴訟に発展しかねない事案だったがゆえに、「整理解雇」としては大成功だったと言えるかもしれませんが、応募人数通りの退職者を認めるとなると業務に支障を来すのは必至でした。そのため、数名のベテラン従業員に対して残留するように説得し、最終的に42名の退職希望者を承認することとなりました。コロナ禍で先行きが不透明な時期であったことも影響して、他の業種へ職種転換を希望する者が多かったのも、予想以上に応募人数が多かった要因と考えられます。このように、希望退職募集は、会社の思惑通りに行く場合ばかりではなく、今回のケースのように予定数を大幅に上回る応募者があったり、逆に、予定数に満たないケースもあります。また前述の通り、会社として必要な人材が流出し、退職してもらいたい人材が残るリスクがある点も留意しておかなければなりません。提供:税経システム研究所
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2025/07/28 企業経営
中小企業のM&Aと企業価値評価(第18回)
【サマリー】引き続き我が国の中小企業におけるM&Aと企業価値評価の実務について解説します。前回はデュー・デリジェンスの実施で明らかとなった検出事項への対応について説明しました。本稿では最終契約の締結に向けた詳細条件の交渉について説明します。本稿では引き続き下記図表1の10.について説明します。【図表1M&Aの基本的な流れ】DDが完了すると、最終契約締結に向けた手続に移行することになります。DDで発見された検出事項(前稿で説明しました)や基本合意の段階では検討が不足していた事項などについて双方で交渉して、詳細な条件を最終契約書に落とし込むことがこのフェーズでの目標となります。本稿では最終契約の締結に向けた詳細条件に関する交渉のポイントについて説明します。1.株式に関する事項中小企業のM&Aの場合、売り手サイドの株主はオーナーまたはその一族が100%保有しているケースが多いために、株式譲渡の際には100%の株式が売り手サイドから買い手サイドに容易に移転することになりますが、オーナー関係者以外の株主(少数株主)が存在する場合、当該少数株主の株式をどう取り扱うかが論点となります。実務的には、オーナーが当該少数株主から一旦株式を買い取って100%にまとめることが一般的です。従って、買い手サイドからは売り手サイドのオーナーに対して事前に100%にまとめることを要請することになるものと考えます。2.契約に関する事項ターゲット企業の経営権が買い手サイドに移った後でも、従来から存在する契約を継続することが望ましい場合には買い手サイドは当該契約を継続できるように売り手サイドの協力を要請することとなります。例えばオーナーの不動産を賃借している場合、オーナーの関係者等が保有している重要な特許やライセンスなどを使用している場合、その他株主が変更することが契約終了の条件となっている重要な契約(チェンジ・オブ・コントロール条項のある契約)などがそれに該当します。重要な契約については法務DD等でリスト化されていると思われますので、買い手サイドでは改めて個々の契約内容を検討してその継続の可否を判断することになります。また、中小企業のM&Aの場合、オーナーが金融機関などに会社債務に関する個人保証契約を締結している場合が多く、M&Aの成立後、売り手サイドのオーナーは直ちに当該保証の解除を求めることになると考えられます。買い手サイドとしてこのような保証解除はやむを得ないと思われます。DDによってターゲット企業の契約書の整備が十分でないという検出事項があれば、取引基本契約や金銭消費貸借契約などの重要な契約についてはクロージングまでに契約書の作成を要請することとなります。3.役員・従業員に関する事項M&Aの完了後、ターゲット企業の新たな役員の選定とそれまでの役員の退職金をどのようにするかを決める必要があります。中小企業のM&Aは後継者不在を理由とするケースが多いために、売り手サイドのオーナーはクロージングの後に引退することが多く見受けられます。但し、ターゲット企業の営業や技術のノウハウはオーナーに帰属していることも多いために、一定の期間は引継ぎの名目で役員ではない顧問契約を結ぶことも実務ではよくあることです。役員退職金についても今までの貢献度を考慮して双方交渉によって決めることになりますが、株式の譲渡価格にも影響を与えるため買い手サイドは慎重に判断すべきです。従業員の雇用条件の検討も重要論点です。一般的には現状の雇用条件を一定期間継続するケースが多いといえますが、ターゲット企業の業績が芳しくない場合には、買い手サイドはクロージング前にリストラなどを要請することになるものと思われます。ターゲット企業に役員への貸付金や役員からの借入金がある場合には、買い手サイドはクロージング日までに回収または返済を完了させることが望ましいといえます。オーナーが私的な理由でターゲット企業にゴルフ会員権、生命保険、保養所などの不動産を所有させている場合にもオーナーに買い取ってもらうのが良いでしょう。4.その他の事項最終契約書の日付と実際の株式の譲渡日であるクロージング日をいつに設定するかも重要です。買い手企業が上場企業であれば最終契約書の日に情報開示することになると思われます。上場企業でなくても、最終契約書に織り込むべき事項が双方で合意できた段階で速やかに最終契約書を作成するのが良いでしょう。クロージング日についても前提条件として売り手サイドにDDで発見された検出事項に対応する義務を負わせた場合には、その履行状況をモニタリングするために一定の期間を設けることがあります。一方で小規模なM&Aや売り手サイドに特段の義務がない場合には最終契約書の日付とクロージング日を同じ日に設定することもあります。最終契約の締結に向けた詳細条件のフェーズは、売り手サイド及び買い手サイドにとっても自分たちにいかに有利な条件を引き出せるか、まさにM&Aの大詰めの局面です。重要なことは双方ともに譲歩できない条件とある程度譲歩できる条件を整理しておくことです。買い手サイドは株式価格の引き下げやリスク低減、売り手サイドは買い手サイドの要求に対する対応が論点となりますが、M&Aも結局は人間が主役ですので、感情的なしこりを残さないように成功裏にクロージングさせることを心がけるべきといえます。提供:税経システム研究所
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2025/06/30 人事労務管理
昨今労務事情あれこれ(211)
1.はじめに近年、「大人の発達障害」に関する記事をマスコミやメディアで見聞きすることが多くなってきました。曰く、「職場において、他の従業員とは一風変わった言動がみられる、空気が読めない、周りと協力することができない、何度指導しても頑固に自分のやり方を変えない」などなど…。厚生労働省が5年に1度実施する障害者雇用実態調査(令和5年度調査)によれば、従業員5人以上の事業所に雇用されている障害者数約110万7000人のうち発達障害者は約9万1000人となっています。前回調査(平成30年)では約3万9000人という結果でしたので、雇用者数で言えば2倍超の増加ということになります。また、2022年12月に厚生労働省から発表された「生活のしづらさなどに関する調査」(令和4年)によると、医師から発達障害と診断された者の数(推定値)は87万2000人となっています。先述のような言動があるとしても、安易にレッテルを貼ることは慎まなければなりません。国立大学法人山梨大学事件(甲府地判.R2.2.25)では、発達障害とのレッテルを貼ったような人事課長の発言が違法であると断じられています。一方で、日本では約10人に1人の割合で発達障害の傾向のある人がいると推定されていることを踏まえると、職場に発達障害の傾向をもつ従業員がいることは特別なことではないと考えることもできます。今回は、こうした傾向をもつ従業員に対し、どのように接していけばいいのかについて考えていきます。2.発達障害とはそもそも、発達障害とはどのようなものなのでしょうか。発達障害は生まれつきの脳機能の障害の一種であり、法令(発達障害者支援法)においては以下のように定義されています。自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの一言で「発達障害」と言ってもいくつかの種類があり、それぞれに異なった特性を持っています。①自閉症スペクトラム障害(ASD)過去には「自閉症」「広汎性発達障害」「アスペルガー症候群」などとされていた障害を統合した障害。対人関係の構築や他者とのコミュニケーションが不得手、特定の物に強いこだわりを持つなどの特性を持つ。②注意欠陥多動性障害(ADHD)不注意や多動性、衝動性などの特性を持つ。単純なミスが多い、頻繁に物を失くしたり忘れ物をしたりする、順番や約束を守るのが不得手などの行動がみられる。③学習障害(LD)知的な遅れがないにもかかわらず、読み書きや計算、話す、聞くなどのうち、特定の行為が著しく苦手で、学習が困難な状態である障害。文章がスムーズに読めない、誤字脱字が多い、図形やグラフを理解できないなどの特性がみられる。定義では「低年齢において発現する」とされていますが、発達障害の症状の有無は外見からは判別困難で、日常生活でも特に支障なく生活できることも少なくありません。そのため、本人や周囲も発達障害に気づかず医師の診断も受けないまま社会人になり、職場でのコミュケーションや業務遂行上のトラブルなどで「自分は発達障害かもしれない…」と気になり受診した結果、大人になってから診断されるケースが多くなっています。また、受診をしても「傾向はあるものの診断基準を満たさない」として正式に発達障害と診断されない「発達障害グレーゾーン」の方々も存在しています。では、これらの方々が職場で直面する問題の典型例はどのようなものなのでしょうか。3.発達障害を持つ従業員にまつわる職場でのあれこれ各障害の特性にもよりますが、職場で直面する問題には、対人関係や業務の進め方に関するものが多くみられます。①あいまいな表現や抽象的な指示を理解しにくいASDの場合、「適当にやっといて」のような曖昧な指示を受けても、具体的に何を求められているのか十分に理解や推測ができないため、期待と異なる成果物を出してしまうことがあります。②優先順位付けが難しい、ケアレスミスが多いADHDの場合、業務の優先順位付けが苦手で、重要業務を後回しにしてしまう、期限を守れないなどがみられることがあります。また、不注意や細かい確認作業が苦手な結果、データ入力ミスや書類の記入漏れなどを多発させてしまうことがあります。③対人関係のトラブルASDの場合、対人関係の構築が苦手であり、また、表情や声色などの非言語的な相手のメッセージを察することが難しい場合が多いことから、上司・同僚などとコミュニケーション上の行き違いにより対人関係のトラブルにつながることがあります。これらの光景、どこかで見た…という方も多いかもしれません。では、様々な障害の特性を踏まえ、会社側はどのように接していくべきなのでしょうか。4.会社側の対応は?-ひと工夫と合理的配慮発達障害をもつ従業員(グレーゾーンを含む)が働きやすい職場とするためには、各障害の特性に即した形で、業務遂行のためのひと工夫が欠かせません。具体的には以下のような対処が考えられます。【コミュニケーション面】指示を明確かつ具体的に「適当に」「なるべく早く」といった曖昧な指示ではなく、業務内容やそのゴール地点、期限などを明確に指示する。その際、メールやグループウェアなどを用いて指示の記録を文字に残すことも効果的。丁寧なフィードバック進捗状況や、指示を出した側が意図しない方向に進んでいないかなどは定期的に確認する。【職場環境面】長時間じっとしていられないなど集中力が散漫になりやすい場合、業務を短い時間に区切る、短いタスクに区切るなどにより達成感を感じやすくする。感覚過敏なケースもあるため、周囲の音(電話の着信音や話し声など)や職場の明るさなどに対して、遮音目的のヘッドホンの使用を認める、照明の明るさを抑えるなどの配慮を行う。そもそも、企業は障害のある従業員がその特性を理由に不利益を被ることがないよう、環境整備や業務内容の調整など「合理的配慮」の提供が義務づけられています(障害者差別解消法第5条)。発達障害を持つ従業員の場合、苦手な部分を周囲がサポートすることにより、こだわりの強い分野の業務などで高い能力を発揮することがあります。細かな配慮は一見すると面倒な、後ろ向きの対処に思えるかもしれませんが、彼らだけではなく、すべての従業員にとっても働きやすい環境を作ることにつながります。本稿は法令等に準じた形で「障害」の表記にしています。提供:税経システム研究所
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2025/06/27 企業経営
昨今の経済情勢を背景に地域企業経営はどう対処するのか
【サマリー】経済産業省、中小企業庁、厚生労働省、外郭団体、自治体等が出している多くの補助金・助成金の受給ニーズが高まっています。今回は補助金・助成金の基本的なところから、主に補助金についてご紹介していきます。税金社保料をはじめ様々なコストが上昇する傾向が続いています。2030年代半ばまでに最低賃金を1,500円とする政府方針を受けて政策やメディアは給料(人件費)をあげる必要を説いていますが、売上成長の見通しが明るいわけではない情勢でこのようにコスト圧力が急激にかかる環境変化は、地域企業にとって由々しき事態となっています。私がお受けする相談で目立って増えているのは「法人税の節約」「運用」に加えて、「補助金・助成金」です。今回は「補助金・助成金」についてご紹介していきます。(1)補助金・助成金の基本基本的に補助金は経産省や中企庁、助成金は主に(他外郭なども助成金という名称を使用します)厚労省が管轄しています。補助金と助成金の違いは、管轄官庁が違うということだけではありません。厚労省が出している助成金の予算原資は私たちが支払う社会保険料の雇用保険部分から拠出されています。税金ではないのかと驚かれる方も多いです。社会保険料がどんどん上がっていき(雇用保険も労災保険も上がってきています)、今や所得税よりも負担が重くなってきている情勢です。このように厚労省の助成金は私たちが納めている社会保険料の一部が原資であるため、全事業者がまんべんなく受給できる配慮がされていると言われています。つまり納めた社会保険料の一部が助成金で戻されるという構造です。つまり、「比較的受給しやすい」のです。対して「補助金」の予算原資は主に税金です。「比較的受給しにくく、受給後の進捗報告などの義務があります。また、助成金は人事労務関連の制度で、比較的申請負担が少なく、金額が少額の場合が一般的です。補助金は事業存続と成長に関連する制度で、申請時の事務負担がかなり大きく、上限数億円にのぼるような大きな制度もあります。事務の煩雑さと負担の重さで足踏みする企業も多いでしょう。(2)補助金の誤解補助金受給を希望する事業者の多くは、当初の段階で大きな誤解があることが多いです。「国からお金がもらえる」という認識です。それには条件があるのです。何かを買った一部を補助するのが補助金なので何か買わないといけない。購買物の価格の一部を補助するのが原則。つまり自腹を切ることがつきまとう。補助金は買ってから後に支給されるので先に資金が必要。補助金は損益計算書に「雑収入」として計上され、税金がかかる。受給後は、当初提出した申請資料に記載された事業や改善が計画通りに進んでいるか報告義務が発生する。申請事務が煩雑で負担が重いのは、不正受給を抑止するためです。ただし、それが理由で事務負担が重くなりすぎてしまうことが、一般の事業者が補助金を活用しづらい要因になっています。(3)補助金申請の段取り2020年から補助金は電子申請することになりました。これまでは書類申請だったわけです。電子申請をするためには、申請1か月前くらいにID取得の手続きをしておく必要があります。電子申請システムの名称は「Jグランツ」と言います。当初は経産省の補助金制度のみの対応となっていましたが、現在はその他の省庁や自治体等の補助金制度についても順次対応が進められています。補助金申請で必要になるのは「法人代表自身」または「個人事業主自身」が取得することができる「GビズIDプライム」というアカウントです。オンライン申請と書類郵送申請があり、発行期間はオンラインなら最短即日、郵送なら原則2週間以内とされています。申請したい補助金の申請期限を鑑みて、余裕をもって早めに取得することをおすすめします。(4)申請数が多いとされる(使い勝手の良い)補助金小規模事業者持続化補助金【一般型】本補助金事業は、小規模事業者自らが作成した持続的な経営に向けた経営計画に基づく、地道な販路開拓等の取組(例:新たな市場への参入に向けた売り方の工夫や新たな顧客層の獲得に向けた商品の改良・開発等)や、地道な販路開拓等と併せて行う業務効率化(生産性向上)の取組を支援するため、それに要する経費の一部を補助するものです。(出典:公式HPhttps://r6.jizokukahojokin.info/index.php)ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金(もの補助)ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金は、中小企業・小規模事業者等が今後複数年にわたり相次いで直面する制度変更(働き方改革や被用者保険の適用拡大、賃上げ、インボイス導入等)等に対応するため、中小企業・小規模事業者等が取り組む革新的サービス開発・試作品開発・生産プロセスの改善を行うための設備投資等を支援するものです。(出典:公式HPhttps://portal.monodukuri-hojo.jp/)IT導入補助金IT導入補助金は、中小企業・小規模事業者等の労働生産性の向上を目的として、業務効率化やDX等に向けたITツール(ソフトウェア、サービス等)の導入を支援する補助金です。対象となるITツール(ソフトウェア、サービス等)は事前に事務局の審査を受け、補助金HPに公開(登録)されているものとなります。また、相談対応等のサポート費用やクラウドサービス利用料等も補助対象に含まれます。(出典:公式HPhttps://it-shien.smrj.go.jp/)(5)補助金・助成金の申請を外注する場合の注意点補助金・助成金の申請を外注で請け負う事業者があります。もともと、厚労省の助成金は社労士が、経産省・中企庁の補助金は中小企業診断士や行政書士などが外注を受けるのが一般的でした。不適切な受給が明らかになった場合は、申請主体の事業者のみならず申請を代行した請負事業者までが責任を負わねばならなくなります。たとえば、コロナ禍の雇用調整助成金の不正受給の頻発を経て、社労士事務所の中には助成金の申請の請負に慎重になっているところもあります。その一方で、申請外注を受けている社労士事務所への依頼が集中しています。そこで近年、申請代行業者が増えています。一般的な申請代行業者は事務効率をよくし、採択率の高い制度に絞って請け負っています。つまり依頼する事業者の現状に応じた補助金・助成金にオーダーメードで対応してくれるわけではありません。費用は、着手金と成功報酬です。低額で請け負ってくれる業者に実際に依頼したところ、採択されやすいように申請内容を事実と全く異なる内容(異なる事業)で申請されていました。十分なヒアリングをしないで申請書類を作成しているようでした。申請事前事後報告もなく、補助金事務局から問い合わせが来たことで申請を知るという状況。補助金事務局からの質問や確認の電話は申請事業者の代表者に入るので、大混乱になります。虚偽申請は不正受給なので、重いペナルティを覚悟しなければなりません。経産省・中企庁の補助金は記載内容が「経営計画」「事業計画」であるため、事業の詳細情報を理解しなければ申請資料作成ができません。そのため、外注できる業者は限られると考えるべきです。信用できる外注業者は、業務内容からみて、低価格では到底請け負えません。採択率を上げる申請書類作成の自動化を可能にした、専門のAIシステムの開発をした会社があります。自社で申請する申請書類作成作業を大幅に効率化するため社内でエンジニアが手弁当で開発したそうです。彼らは一般事業会社で、クライアントの要請に応じてAIシステムを貸出し、営業成績が大きくアップしたと聞いています。この企業のように、自社申請する方向でその効率化を進めることができるのが理想的と考えます。(6)まとめコスト高に追い込まれる経営環境での、補助金・助成金の活用は良い対策に間違いありません。さらに活用している企業も格段に増えました。ただ、最初にして最大の悩みは、自社が受給できる補助金・助成金を全部ピックアップすることです。これがとてつもない時間を食います。さらに自社に適合するかどうかの判断のために補助金・助成金個々の細かい資料を読み込まねばなりません。その結果、自社は申請資格がないことが発覚したりすると、長い原稿のデータが一気に飛んだ時のような感覚になります。自前申請をするにあたって私が試した中で、これに落ち着いているという方法をご紹介します。「補助金・助成金そのものを調べる」と前述のような罠にはまります。そこで、「○○の課題解決制度」などでネット検索してみてください。検索結果に中央官庁、地方自治体問わず、補助金・助成金の情報がヒットします。地方自治体も補助制度を多数出しています。自治体の制度は予告なく自治体HPに掲載されて始まり、予算が満了すると静かにHPから消えて終わります。人気の制度では、「省エネ設備導入補助」などがあります。新型のエアコンに入れ替える際に活用されています。私の取っているリサーチ方法で面倒なのは、補助金・助成金の過年度のHPも混在してヒットすることです。同じ名前の助成金補助金制度でも、毎年、一部が変更になっていますので、当然進行期の情報にアクセスしなければなりません。また、法人のみならず個人が受給する制度も混在してヒットしてきますので、選別に労力と集中力が必要となります。まず1つ納得のいく補助金・助成金をみつけて、申請実務をやってみてください。そうすると「百聞は一見に如かず」です。1つ実行するとコツがわかって、調べ方も改善され、申請事務の効率化も図られていきます。提供:税経システム研究所
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2025/06/26 医療経営
戦略的医療機関経営 その166
【サマリー】施設基準の見直しによる増収も今回で最後です。最後は食事や生活に関する費用と保険外併用療養費です。とくに増収を考えるうえで、保険外併用療養費の対策がちょっとしたアイデアや知恵が増収に結びつきます。それぞれの医療機関の特徴や強み合わせて料金設定などを考えてみてください。1.今後の執筆予定施設基準とは(構造、主な要件、用語)基本診療料(主な施設基準、入院基本料、)重症度、医療・看護必要度、在宅復帰率特掲診療料施設基準の届出適時調査入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費2.入院時食事療養費について入院患者に限らず、医療において、「食事」の位置づけは、以下のようなことが考えられます。疾病の予防高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満などの生活習慣病は、適切な食事管理によって予防可能です。さらに健康的な食事は、がんや認知症などの発症リスクも低減させます。治療糖尿病では「食事療法」が治療の基本柱の一つです。慢性腎臓病ではタンパク質や塩分の制限が不可欠です。胃潰瘍や消化器疾患でも、刺激物の制限などで症状が改善することが知られています。参考)治療食エネルギーコントロール食(糖尿病、肥満症、脂肪肝、脂質異常症、心臓疾患、妊娠中毒症、高血圧)たんぱく質・ナトリウムコントロール食(急性腎炎、慢性腎炎、ネフローゼ症候群、急性腎不全、慢性腎不全、腎盂腎炎、透析、糖尿病性腎症、妊娠高血圧症候群、慢性肝炎、肝硬変)脂質コントロール食糖尿病食腎臓病食肝臓病食胃潰瘍食貧血食膵臓病食脂質異常症食痛風食回復の促進や合併症の予防、入院患者では、十分な栄養をとることが回復を早め、褥瘡や感染症の予防につながります。特に手術後やがん治療中は、エネルギー・タンパク質の需要が高まり、食事管理が回復に直結します。生活の質(QOL)の向上そもそも食べることを嫌いな人は基本的にはいないでしょうが、好きな食事を楽しめることは、患者の精神的満足や意欲に良い影響を与えます。摂食・嚥下機能が落ちた患者には、安全で美味しい食事の工夫が重要。(とろみ、きざみ、ミキサー等)チーム医療管理栄養士が医師・看護師・薬剤師と連携し、栄養状態を評価し、個別の食事計画を立てます。また近年では栄養サポートチーム(NST)として、重症患者への栄養介入を行うケースに診療報酬で評価する傾向にあります。入院時食事療養費は、上記のような理由で医療の一環として、患者の病状等に応じて必要な栄養量の食事を提供するものです。入院中の1食の提供に係る費用のうち、標準負担額を患者自身が負担し、残りを保険者が負担します。ちなみにどんな大食漢でも入院時食事療養費の算定は1日3食に限られています。入院時食事療養費は、(Ⅰ)(Ⅱ)に分かれています。食事療養費Ⅰは、対象が特別な栄養管理が必要な患者(例:糖尿病、腎臓病などで特別な食事管理が必要な場合)で、内容は管理栄養士が個別に作成した治療食になります。特別な献立や調理など手間暇がかかるので、費用は一般的に高めです。(医療保険の適用があるが、通常の食事よりコストがかかる)対して、食事療養費Ⅱの対象は特別な食事制限のない一般の入院患者です。内容は普通の病院食(標準的な栄養バランスの食事)「常食」と言います。費用は定額での自己負担(現在は1食あたり510円が基本)です。さらに患者に事前にメニューから選択させて食事を提供した場合は、別途追加料金を取ることができます。このように細かな配慮をすることによって、患者満足度を上げること、(嫌いなものは残すので)食材のロスの低減、収入のアップにもつながります。近年の食材の高騰によって、入院患者の食事を提供する委託業者の値上げラッシュが続いています。医療機関側もその金額で契約せざるを得ない状況です。場合によっては食事に関する費用が収入を上回ってしまうこともあります。少しでも安い食材を使った献立や食材の入手ルートの模索などが現場では行われています。3.入院時生活療養費について入院時生活療養費とは、介護保険との均衡の観点から、医療療養病床に入院する65歳以上の者の生活療養(食事療養並びに温度、照明及び給水に関する適切な療養環境の形成である療養をいう。)に要した費用について、保険給付として入院時生活療養費を支給されるものです。入院時生活療養費の額は、生活療養に要する平均的な費用の額を勘案して算定した額から、平均的な家計における食費及び光熱水費の状況等を勘案して厚生労働大臣が定める生活療養標準負担額、病状の程度、治療の内容その他の状況をしん酌して厚生労働省令で定める者については、別に軽減して定める額を控除した額となっています。出典:全国健康保険協会4.保険外併用療養費について保険外併用療養費とは、文字通り医療保険が認められていないものです。通常であれば、1つの疾患の治療行為の中で、保険が認められているものと認められていないものを一緒に行ってはいけないルールになっています(混合診療)もし実施してしまったら、保険が認められているものの3割負担だったものが、治療の開始時に遡って100%自己負担となります。しかし、保険が認められるまでに非常に長い時間がかかるのも事実なので、そのタイムラグの救済のために、保険外併用療養費という部分的な混合診療の制度ができました。保険で、点数が決められていませんので、医療業界では珍しく医療機関自身が価格を決められます。保険外併用療養費制度には大きく3つに分類されます。選定療養、評価療養、患者申し出療養です。「選定療養」は、基本的に将来の保険導入を前提にしていません。患者の自由な選択によって実施することができます。患者から徴収する金額は医療機関側が自由に決められますが、事前に地方厚生(支)局へ届出る必要があります。代表的な選定療養費は「差額ベッド代」です。個室の場合の差額ベッド代は1日当たりの平均費用は8,437円(2023年7月1日現在、厚労省・中央社会保険医療協議会)です。2~4人部屋だと1日当たり平均2,724~3,137円となっています。ただ、差額ベッド代は病院によって差が大きく、平均値では実態がつかみにくいです。最低額はわずか50円。最高額は福岡県北九州市の小倉記念病院の特別室で、1日当たり38万5,000円(2023年)、1泊2日だと77万円にもなります。差額ベッド代が高い医療金の傾向としては、大学病院、(芸能人など著名人が出産する)産婦人科病院などが高い金額が設定されていることが多いです次に「評価療養」ですが、将来的に公的保険給付の対象とするべきかどうか評価を行う療養の事です。先進医療(※1)や治験(※2)など厚生労働省が定める高度な療養で、現在は公的保険の対象ではないが、将来的な保険導入のための評価を行うものとして認められた療養のことです。先進医療先進医療とは、日本の医療制度において、厚生労働大臣が認めた高度で最先端の医療技術のことです。まだ保険適用にはなっていないけれど、有効性や安全性について一定の評価がされており、保険診療と組み合わせて受けることができるのが特徴です。例を挙げると、がんの治療の重粒子線治療や、眼科の多焦点眼内レンズを使った手術などがあります。治験治験とは、新しい薬や治療法が本当に安全で効果があるかを確認するために、人に協力してもらって行う試験のことです。正式には「臨床試験」と呼ばれます。流れとしては動物実験などで安全性を確認し、健康な人で安全性を確認(第Ⅰ相)し、患者さんで効果や副作用を確認(第Ⅱ相)し、より多くの患者さんで最終確認(第Ⅲ相)します。大きくはこの3つにフェーズが分かれています。そして、最後に国に申請→承認されると一般に使えるようになります(薬価がつくということ)。最後に患者申し出療養ですが、最終的に実施する医療の内容は先進医療となりますが、患者が申し出の起点であることがポイントです。さらに実施する医療機関は安全性を鑑みて、臨床研究中核病院で行われます。収入を少しでも上げるための保険外併用療養費を考えるとき、患者申し出療養や評価療養の「先進医療」の取り組みは非常に高額な料金設定が可能です(弊社クライアント病院で重粒子線知慮意を行っていますが、患者負担は数百万円です)が、実施するための医師、設備などを準備することも困難です。そのような取り組みの素地などがあるなど以外は取り組まないほうが無難です。すぐにできる保険外併用療養費対策としては、差額ベッド代です。具体的には高額な差額ベッド代が徴収できるような豪華な個室にするとか、複数人の入院患者の部屋をパーテーションで区切り、準個室として差額ベッド代を徴収する取り組みが考えられます。提供:税経システム研究所
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