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2025/04/28 経営レポート
会計事務所が指導するDPOによる最短1ヵ月、最大9,900万円の資金調達
【サマリー】DPO(DirectPublicOffering=自己募集)を通じて1,000万円~8,000万円の資金調達に成功した3社の事例紹介。本稿執筆時点において、CFSPの指導により並行して6社がDPOを準備中。続々と案件が広がっている。DPOは約1ヶ月でほぼ確実に返済不要の資金が調達できる上、株主からの有形無形の応援を得られるなどメリットが多い。DPO指導は会計事務所の新たな収益となる。別会社を設立するケースが多く顧問先の拡大にもつながる。会計事務所にはDPO指導業務の担い手の役割が期待される。5DPOによる資金調達事例最大99百万円を最短1ヵ月で調達できるDPO(DirectPublicOffering)ですが、実際に調達に成功している事例が続々と生まれています。ここではいくつかの事例を紹介して参りましょう。(1)新会社設立後1ヵ月で8千万円を資金調達した飲食店Y社Y社は、農家向けサポート事業を行っているM社の創業経営者K氏が飲食店を立ち上げるために2025年10月に設立した新会社です。Y社では地域の農家直送野菜を特徴とするイートインデリのスタイルのカフェレストランを全国展開する計画です。Y社はK氏が9割を出資して資本金100万円で設立。第1号店の店舗設備及び初期運転資金の調達を目的にDPOを実施することにしました。発行する株式は、残余財産分配優先権及び剰余金配当優先権のある優先株式。税引後利益の30%を総額として優先配当する株式です。Y社では、募集上限を8千万円に設定。財務局に有価証券通知書を提出し、K氏の知人・友人・ファンを含むメルマガ配信先6,000名を対象に一斉同報メール送信で需要調査(出資意向調査)を実施しました。その結果、株主として出資をすることに関心があるとの有効回答は106名。出資意向の総額は1億2,800万円となりました。有効回答率は配信数に対して1.8%と平均値の3%よりも低い数値ではありますが、Y社では想定を上回る出資意向が集まったことで、通常3回配信するメールを1回のみで打ち切っています。通常は調査締切3日前のリマインドと、締切前日の配信の計3回の配信を行っていますので、Y社においても3回の配信を行えば3%前後になったと想定されます。需要調査終了後、ただちに有効回答者に対して、新株式発行概要書(目論見書)等の書類をメールで送付。株式申込証フォームにて正式な株式申込を受け付けました。正式申込を行ったのは、76名(申込率71.7%)、申込総額8,400万円(申込率65.6%)となりました。申込率は過去の平均値の50%と比較して高い値です。一人当たりの投資金額は平均110万円で、これはほぼ平均値です。なお、Y社では募集上限を8,000万円として有価証券通知書を提出していることから、増資額は8,000万円で打ち切り。超過額の400万円は返金しています。資本金100万円でスタートしたY社ですが、8,000万円の資本調達をして気になるのは議決権構成です。A種優先株式は剰余金の配当優先権と残余財産の優先分配権を持つ性格上、普通株式と比較して1株あたりの発行価格が高く設定されているのが特徴です。その結果、A種優先株主の議決権は全て合わせて15%。普通株主である創業経営者グループが増資後も議決権の85%を維持しています。(2)9,900万円の調達を実現した創業支援コンサルティング会社E社E社は起業家育成及び創業支援に力を入れるコンサルティング会社です。地域の自治体との連携により創業支援イベントの企画運営を進めるとともに補助金等のサポートを行っています。E社では将来の上場を念頭にすでに有償新株予約権の発行による資本調達を行っているとともに、優先株式により、合わせて5,000万円の資本参加の意向を数社からいただいたところですが、これを機会にDPOでの募集を組み合わせることにしました。DPOのご案内先は、T社長の名刺交換4,000名ほど。これに加えて、2,500名のフォロワー数のあるNoteでの発信も行っています。DPOでの需要調査フォームは、CFSPにて標準化。以下の形式によって、優先株式への関心に加えて、出資可能金額について選択肢で回答していただいています。選択肢は50万円程度、100万円程度、200万円~300万円。500万円程度、1,000万円程度、2,000万円以上の6つ。50万円という回答が比較的多くなりますが、調査対象の母集団によっては、高額の選択が多いケースもあります。E社の場合、需要調査の有効回答数は40件と多くはありませんでしたが、意向総額は66百万円と高い水準となりました。正式申込件数は28件、4,900万円。これに募集前から意向のあった50百万円を加えて99百万円の増資となりました。E社の場合、28件の正式申込の平均投資単価は175万円と通常の2倍近く。需要調査において「2,000万円以上」と回答された1名が実際に2,000万円の申込をされていることが平均単価を押し上げました。「1,000万円程度」や「2,000万円以上」を選択される方は、50件に1件くらいのイメージですが、それでも選択肢を置くことで、時にはこのような大口の出資を得ることができる場合もあります。(3)800人の需要調査で1,100万円を調達。医療系スタートアップA社。調達金額の大きな2社の事例を紹介しましたが、多くのDPOではむしろもう少し小粒な調達が行われています。再生医療に必要な細胞の選別装置(セルソーター)を開発するA社。VC3社からの1億円の資金調達に加えて、株式投資型クラウドファンディングで5千万円を調達。これに続いて行ったのがDPOです。DPOでは、追加の運転資金を調達すべく1千万円程度を目標として約500名の医師その他メディカル系のネットワークと既存の株主及び新株予約権者300名ほどを対象に需要調査を行っています。A社では既にVCに対してA種優先株式とB種優先株式を発行していることから、今回設計したのはC種優先株式。前の2社とは異なり研究開発型スタートアップで開発が先行して当面、利益の計上が見込めないこともあり、剰余金の優先配当はなく、残余財産の優先分配権のみを有する株式としてC種優先株式を設計しています。需要調査の結果は、有効回答数44名(5.5%)と平均値を大幅に上回る水準でした。ただ意向総額は3,050万円。一人当たりの平均意向額は69万円と平均水準を下回りました。正式申込件数は19名(申込率43%)、申込金額は1,050万円と目標は上回ったものの、一人当たりの申込金額は平均55万円で、平均値の100万円と比較すると低い水準でした。A社では既存株主と既存新株予約権者300名を需要調査対象としていますす。その大半が株式投資型クラウドファンディングの投資家です。ご紹介した2社とは異なり、EXITによる金銭的リターンを目的とする投資家も多いこと、分散投資でより多くの案件に投資をしたいと思っている投資家も多いことが、このような結果につながったと思われます。有効回答率が高いのは、母数の中で株式投資の経験者が多いこと、スタートアップへの理解が深いことが要因と考えられます。以上、3つの事例を紹介してきましたが、本稿の執筆を行っている2025年3月8日現在、4社が平行してDPOの準備を進めています。このうち環境関連スタートアップのC社は、SNSのフォロワー約5,000人を中心に需要調査を実施。有効回答数は90件で意向総額は1億円を超えました。このほか小売店向けマーケティング支援、食品製造業、DX関連スタートアップの3社が需要調査の準備に入っています。続いて、資本政策の打ち合わせを行っている会社がDXサポートを事業とする中小企業が2社あります。この2社は、まず自らがDPOを実行した後に、当社CFSPのパートナーとして、DPOをそれぞれの得意先に広げることを検討しています。1社は介護施設向けにDXサポートを行う会社で。もう1社は大企業及び中堅企業向けにSAPなどERPの導入コンサルを行う会社です。それぞれのイメージは自社の製品やサービスのファイナンス付販売です。返済不要の暖かい資金であるDPOは本来、中堅中小企業向けです。従来の融資やリースと同様、製品サービスの販売に組み合わせることで、飛躍的に利用者は増えることでしょう。6DPOのメリット・デメリット(1)DPOのメリット中小企業にとってこれまで縁遠かった資本調達(エクイティファイナンス)を身近なものとしたDPOですが、そのメリットを整理すると次の通りです。顔の分かった知り合いだけの投資参加による安心感株式を発行して資金調達をするイメージは、VCやCVCなどの専門投資家や証券会社の周囲の個人投資家、あるいは資本提携先となる企業など、ハードルが高く感じられるのが通常でした。また見ず知らずの投資家が株主として参加することへの不安も感じられました。DPOでは、需要調査対象は、知人、友人、お客様、お取引先など、会社や経営者の身近の人たちです。株主として参加されるのはそのうち事業に共感、賛同するいわばファン。需要調査のご案内をお送りしない人からが株主になることはないことから、安心感があります。返済不要の安定資金の確保借入と異なり株式発行による資金調達(資本調達)は返済不要。借入の場合は、返済原資を利益から生み出してこなければならないことから、むしろ月々の資金繰りは厳しくなるのが実際です。これに対して資本調達の場合は、調達後の資金繰りに不安を感じることなく、設備投資や開発投資など、長期的な視点で会社の未来を見据えた先行投資をすることが可能です。投資後の株主からのサポート身近なファンからの投資は、金銭的リターンよりも経営者及び事業への共感や支援の目的意識が強いのが特徴です。小売店や飲食店などBtoCの事業では、株主自らが顧客として応援いただけるほか、顧客紹介などで売上増に貢献いただけます。株主にとってもサポートを通じて会社の業績が上がれば、配当や企業価値向上につながるまさにWIN=WINの関係です。需要調査によるプロモーション効果需要調査でのポジティブな回答率は平均3%と説明しましたが、残り97%の方は、需要調査でどのように感じているのでしょう?調査シートには最後に「ご意見、ご質問」の項目があり、自由にコメントを記載いただけるようになっています。実は、投資にポジティブな反応をいただけなかった人も多くがコメントをしていただいています。株主になっていただけなかった理由は様々です。最低単位の50万円の資金拠出が厳しいと感じられる方、株式投資はそもそも行わない方針の方、株式についてよくわからないと思っている方など。共通するのは投資ができなかったことを「申し訳ない」と感じていることです。それは投資とは別の形で応援したいという気持ちの裏返しとも言えます。需要調査では、事業概要や事業計画の要約などを添付してお送りします。図らずも自然な形で身近な多くの方へ事業内容が伝わります。DPOの後で売上が増加する会社が多いのは、株主からの支援だけでなく、需要調査対象となった遍く多くの皆さんが事業への理解を深め、応援の輪が広がっている証と言えましょう。安定的な経営権の維持事例でご紹介した3つのケースではいずれも優先株式を発行しています。剰余金の配当や残余財産の分配の優先権がある一方で、議決権シェアを低く設定しているのが特徴です。Y社のケースでは、設立時の資本金は100万円。全て普通株式で発行価格は10円。100,000株を発行しています。これに対してDPOで発行した優先株式は1株あたり50,000円で合わせて1,600株を発行し、8,000万円を調達しています。優先株主は、剰余金の範囲内で、当期純利益の3割を総額に普通株主に優先して配当を受けることができる上に、会社解散時には残余財産から投資額と同額の1株あたり50,000円の優先分配を受ける権利を持ちます。1株当たりの議決権は、普通株式も優先株式も同じであることから、増資後も創業株主は86.2%の議決権比率を維持していることになります。将来の上場を計画するシード期のスタートアップでは、優先株式に代えて株価を定めずに次回の増資の株価に株価を連動させる有償新株予約権(J-KISS型新株予約権)等、CFSPでは、その会社の状況に応じて最適なエクイティファイナンスを提案しています。最短1ヵ月で確実な資金調達VCやCVCからの資本調達では、相手の組織的な意思決定に時間を要することから、資金調達が実現するのは最短でも3ヶ月先。長いケースでは6ヶ月待たされることもあり、それも投資意思決定に至らないことも少なくありません。資金調達する側としては、その間、不安な精神状態で待ち続けなければなりません。これに対してDPOは、調達資金の額に多寡はあるとはいえ、最短1ヵ月でほぼ確実に資金調達ができるのが特徴です。それは対象が個人であり、50万円からの投資ができるので、その日のうちにYES、NOの意思決定ができるからです。前編の標準スケジュール表で示したとおり、最初の2週間で準備をして3週目で需要調査。4週目を正式な申込期間として設定すれば、1ヵ月後には着金されます。株主に束縛されないことVCやCVCからの調達では、、投資契約又は株主間契約を結ばされるのが一般的です。会社法では株主を保護する目的で、株主の権利と経営者の責任を明確にしていますが、投資契約や株主間契約では、特定の株主に対する経営者の責任を重くしているのが特徴です。例えば、会社法では経営意思決定は株主総会で定めるべきことを除き、取締役又は取締役会が決定できることとされていますが、株主間契約書で一定の事項については事前にVC等の特定の株主の承認を必要とする旨を定めたりします。VC等はファンドの投資家に対してパフォーマンスを確保する責任を負っていることから、投資先を厳しく監視し指導することが求められていますので、経営者はそれを覚悟で経営に臨む必要があります。勿論VC等による経営監視と指導が原動力となって会社が成長し、上場に至るケースもありますが、実際にはVC等の年間投資件数1,500件に対し、上場するのは年間100社のみ。事業計画通りに進まない場合、多くのケースでは経営者にとって精神的につらい立場が続きます。これに対して、DPOの場合は、優先株主に株主間合意書に合意を求めるものの、VCとの株主間契約書とは異なり、株主が万が一、反社に該当した場合などの強制買取条項など、経営者にとって有利な条項が示されています。経営者の株主に対する責任は当然ありますが、それは会社法が定める忠実義務の範囲です。株主からの暖かい支援をいただきながら、それに甘えることなく、事業目的の遂行のために誠実に経営を行うこと。すなわち会社法が期待する株式会社の本来の姿を実現するのがDPOなのです。(2)DPOのデメリットと留意点DPOの最大のデメリットとして指摘されているのは株主の増加です。非上場会社においては上場会社と異なり、株主名簿管理や株主総会の開催についての知見や人的リソースが不足していることが多く、コスト増が懸念されるところです。ただ、近年においては会社法の改正によって電磁的な方法による株主間コミュニケーションが進んでおり、以前ほどコストや手間を意識しなくても良くなっています。具体的には、株主総会の招集通知の発送、委任状による議決権代理行使について、郵送ではなく電子メールで行えるようになりました。取締役会設置会社においては、招集通知は原則として郵送で送らなければなりませんが、株主の承諾を前提に電子メールにより発送することができます。CFSPが指導するDPOにおいては、株式申込の際に合意いただく株主間合意書に電磁的方法による招集通知の送付への承諾の条項が含まれています。なお、取締役会非設置会社については、招集通知はどのような方法で送付しても良いことから、電子メールで送付することに制約はありません。議決権の代理行使については、会社が承諾すれば、委任状を電磁的な方法により送付することが可能です。そもそも電磁的な方法での議決権代理行使の方法を用意するのであれば承諾しているということになります。また委任状はメールに添付して送る方式のほか、Googleフォームや他のフォームアプリを使った委任状フォームに入力する方法も電磁的方法として認められます。招集通知をメールでお送りした上で、委任状フォームに誘導する形でスムーズな運用が可能です。なお、株主総会の開催については、一定の条件のもとで上場会社が行う場合を除き、完全なオンライン開催は認められていません。リアルの会場は用意しなければなりませんが、ハイブリッドによる開催は可能です。ただしオンライン参加の株主はオンライン上での議決権行使は認められません。上記の委任状を電磁的に提出することで議決権の代理行使をしていただくことなります。株主名簿管理については、CFSPのサポートメニューとして株主名簿の作成及び管理を代行しています。定款で定める株主名簿管理人ではなく、あくまで会社の行う名簿管理業務のサポートとして行っています。実質的には株式の異動はほとんどありません。CFSPの提携する会計事務所の行う会計税務業務と連動して、会社法が求める計算書類等の作成を行うとともに、招集通知として株主名簿に登録されている株主を対象として、会社にメール送信をいただく指導をしております。株主が増加することについてもう一つデメリットとして指摘されているのは、反社会的勢力またはその関係者(以下「反社」といいます。)が株主に含まれてしまうリスクが高まることです。上場準備をしている会社は上場審査に大きな影響が及ぶとともに、VC等がそれを懸念して資金調達が難しくなる場合もあります。ただしDPOの場合は、経営者の知り合いで構成される需要調査先のみが株主として参加しており、株主が多くなるといっても、経営者自身が反社関係者でなければ、周囲に反社がいる可能性は極めて低いと言えましょう。また、株主が増加するといってもその数は、多くても100名程度。何千人もの株主が増えるわけではありません。さらに、先に紹介した株主間合意書には、万が一、DPOで参加した株主が反社と関係があることが判明した場合における、強制買取条項が含まれています。しかも契約行為代理権を経営株主に付与する条項も含まれており、強制的かつ自動的に買取ができる強力な合意書となっています。したがって、反社が株主に含まれて問題となるリスクは、ほぼゼロといってよいでしょう。このほか、留意点としては、図らずも金融商品取引法に違反してしまうリスクです。特に、私募の人数通算規定、募集の金額通算規定が極めて複雑な規定となっていることから注意が必要です。例えばDPOで8千万円の調達を行った後、3ヶ月以内に私募で2千万円以上の調達を行い、合計で1億円以上となってしまった場合です。私募で参加する株主が1名であったとしても、過去3ヶ月以内に行った増資と通算して勧誘人数が50人以上となると募集となり、その金額の合計が1億円以上となると有価証券届出書が必要な募集に該当してしまいます。また1年以内に募集を何度か行って、その金額が1億円以上となった場合には、やはり有価証券届出書が必要な募集に該当します。気を付けなければならないのは、通算される有価証券の種類です。私募の人数通算と募集の金額通算では、通算される有価証券種類の範囲が異なっています。私募通算では、配当条件の異なる種類株式は別の種類とされて通算されませんが、募集通算では、配当条件は関係なく、すべての株式及び新株予約権は同じ種類として通算されます。一度、金融商品取引法違反をすると、その後のファイナンスに大きな影響が及ぶので、専門家のサポートを受けながら慎重に行う必要があります。金融商品取引法違反で別の観点で注意が必要なのは、金融商品取引業者としての無登録勧誘に該当するリスクです。次項では、会計事務所がCFSPのパートナーとしてDPOサポートをする場合における留意点として、会計事務所のリスクを説明していますが、同様に、発行会社が他のコンサルティング会社やマーケティング指導会社に自ら行うべき投資勧誘を委託したり、顧問など役員や社員でない者がその者の周囲に勧誘を行ってしまうと金融商品取引法違反となる可能性があるので十分に注意する必要があります。7会計事務所の行う顧問先DPOサポート筆者が代表を務めるCFSPでは、DPOの指導ノウハウの標準化を進めています。DPOでは、優先株式などのエクイティスキームの設計やそれを含む資本政策の策定、金融商品取引法の規制に則った書類の作成と提出、需要調査の手続きと回答フォームの書式およびその集計、目論見書および株式申込み手続きのドキュメントなど、一連の専門知識とノウハウが必要です。個々の企業の実情に応じた最適な資本調達を指導する責任があります。CFSPでは、これらの専門知識とノウハウを専門家に提供し、事業を拡大いただくパートナー制度を運営しています。その中心を担うのが会計事務所です。CFSPとパートナー契約を締結し、その指導に従ってDPOサポート業務を行っていただいています。日本では株式を発行して資金を調達しているのは主に4,000社の上場会社と将来の上場を考える10,000社ほど。一般の中小企業では外部株主が増資を引き受ける形で資金調達する慣行はこれまでありませんでした。それは株式を金融商品として投資する対象と考える投資家からの資金調達のみを考えてきたからです。会社法の原点に立ち返り、株主の共同事業としての株式会社が、本来の株主を募るのであれば、その対象は、会計事務所の顧問先である200万社の中小企業に広げることができるのです。ただ、歴史のある中小企業にとっては、外部の株主が参画そのものに抵抗があることも少なくありません。そこで、会計事務所が中小企業の顧問先のDPOをサポートする際に、特にCFSPがお勧めしているのが、別会社を新設する方法です。例えば、工場の生産性を高めるためにロボットの導入を検討している中小企業を考えてみましょう。銀行借入を受けられれば問題ありませんが、すでに売上高と比較して高い水準の借入残高となっている場合や、キャッシュフローから返済原資が生まれないと判断される場合等、融資が受けられないとロボットの導入も進められません。このようなケースでCFSPがお勧めしているのは、ロボットを保有することを目的とする子会社の設立です。子会社がDPOで資金調達を行い、ロボットを購入。そのロボットを親会社に賃貸するスキームです。DPOに投資参加した優先株主には、親会社から受領するロボット賃貸収益を原資に子会社から優先配当をすることができます。この方法では、親会社となる会社は株式会社でなくても問題ありません。社団法人、社会福祉法人、医療法人、あるいは個人事業主であっても可能です。DPOを行うのは子会社でなくても、事例で紹介したY社のように、経営者個人が発起人となって出資する会社でも問題ありません。CFSPでは、現在、パートナーとなる会計事務所の行うDPOサポートを支援するアプリケーションとして、「DPO-AIアシスタンス」を開発中です。AIを活用して、DPO指導業務の一部を自動化するアプリです。この夏のリリースを予定しています。DPO指導業務における会計事務所の手数料は、CFSPの受取手数料の最大30%相当額。顧問先をCFSPにつなぐだけでも、10%のフィーが得られます。CFSPの報酬は調達金額の10%なので、5,000万円の資本調達をサポートした場合、最大150万円の手数料を獲得できることになります。しかも、別会社を設立するケースが多いと想定されることから、DPOを指導するたび新たな顧問先が増加することも見逃せません。ただ一つ、パートナーとなる会計事務所に是非ご注意いただきたいことがあります。それは、金融商品取引法に抵触することがないようコンプライアンスを徹底いただくことです。顧問先がDPO(自己募集)として株式を周囲にご案内しているのであれば問題ありませんが、気を利かせ過ぎて会計事務所が他の顧問先などに声をかけてしまうと、金融商品を無登録で投資勧誘したみなされ、金融商品取引法違反で罰せられる恐れがあります。CFSPの指導に従って、会計事務所としては、手続の指導とドキュメント作成指導に徹することが極めて重要です。8DPOに関するQ&A最後にDPOに関するよくある質問について整理してみました。それぞれの回答をご参考としてください。(Q1)当社は資本金100万円ですが、3,000万円の増資を行って経営権に問題が出ませんでしょうか?(A1)時価発行や種類株式によって増資後の経営者の議決権割合は9割程度を確保する設計をおこなっています。無議決権株式やJ-KISS型新株予約権で外部株主が全く議決権を保有しない設計を行う設計も可能ですが、経営の参加意識を持っていただくことで応援いただきやすくなるプラスの効果もあります。様々な状況を考慮して最適な議決権となるように自由に設計が可能ですので、改めてご相談ください。(Q2)49名以上への増資はできないと聞いていましたが、法律上問題ないのでしょうか?(A2)多くの方が誤解していますが、日本の法律(金融商品取引法)では、50名以上への投資勧誘(募集)はできないのではなく、募集をするために「開示規制」と呼ばれる規制に従う必要があります。特に1億円以上の募集については、公認会計士(又は監査法人)の監査証明付された財務諸表を伴う「有価証券届出書」という50頁にも及ぶ書類を提出し、EDINETという金融庁の公開WEBサイトで一般に開示することが求められています。有価証券届出書を提出した会社はその後、継続して上場会社と同様の「有価証券報告書」を毎年決算期から3ヶ月以内に提出し、開示しなければなりません。有価証券報告書に含まれる財務諸表には公認会計士の監査が必要です。したがって監査を受けていない企業は1億円以上の募集を行うことはできません。一方、1億円未満に募集については「有価証券届出書」の提出は免除されており、2頁のみの簡易な「有価証券通知書」を財務局に提出すれば足りることとなっています。「有価証券通知書」は一般に開示されるものではありません。CFSPのDPOサポートは、1億円未満の募集(50人以上の不特定多数への勧誘)を、金融商品取引法に従って「有価証券通知書」を提出して行うものです。(Q3)上場前に株主が増えると上場できなくなると言う人がいますが、どうなんでしょうか?(A3)証券取引所や上場引受主幹事は上場審査にあたって反社会的勢力が関わっていないことを確認する必要があります。そのために全ての株主について反社チェックを行っています。株主が多いとその確認の手間が増えることがあるのと、株主が多くなることでその中に反社が含まれるリスクが高まるとの考えから、上場審査への影響に言及する人がいます。しかしながら、反社チェックの結果、問題がなければ株主が多いこと自体が上場審査にマイナスとなることはありません。むしろ流動性確保の観点から上場審査においては一定の株主数が必要とされており、上場審査上は、株主が多いことはむしろプラスとなります。会社として会社を応援する株主が多いことで、株主からの有形無形のサポートを得られ、会社の発展にはプラスとなることが多いと考えられます。(Q4)増資後に株主から買戻しを求められた場合には、どうしたら良いのでしょう?(A4)金銭を対価とする取得請求権付の種類株式を発行する場合を除き、株主から会社が買い取る義務はありません。ただ、経営者等と売買契約を締結の上、任意で買い取ることは可能です。(Q5)当社としては、特に親しくしている20名ほどに限定して増資を行いたいのですが、どうでしょうか?(A5)20名に対する投資勧誘は「私募」となりDPOではありません。DPOが多くの人を対象に需要調査を行うのは確率論からであり、誰が会社や事業にどの程度関心を持っているかや、株式に対する投資をそもそも行うか否か、金銭的な余裕などが、わからないことがあります。あらかじめ、身近な20名の投資意向が明らかなのであれば、敢えてDPOとして募集を行う必要もありません。ただし私募で行う場合には、記載したDPOのメリットは得られませんのでご注意ください。(Q6)DPOの後、ただちにVCに向けて1億円の第三者割当増資を行うことは可能でしょうか?(A6)金融商品取引法では有価証券の私募の通算規定があり、過去3ヶ月以内に行われた「同一種類の有価証券の投資勧誘を通算して人数が50名以上となり、金額が1億円以上となる場合には、有価証券届出書が必要な募集」に該当するとされています。ここで「同一種類」というのは配当条件が同一ということなので、配当条件が異なる株式であれば可能です。また3か月後であれば同一種類の株式であっても問題ありません。(Q7)DPOの資金調達について調達時及び調達後のコストはどのくらい必要でしょう?(A7)CFSPでは完全成功報酬型のサポートでは調達金額の15%、CFO代行サービスを行う場合には、月額10万円+成功報酬10%のコストとなります。当方としては、その後の継続的なサポートも含めて行うCFO代行サービス付きをお勧めています。なお会計税務顧問を希望される場合はこのコストに含まれます。CFSPに対するコストのほか、増資の登記費用(増加資本金額の7/1000と司法書士報酬(5万円~10万円程度))が必要となります。株主総会の招集及び運営については、オンラインで行う場合にはほとんどコストはかかりません。(Q8)DPOにおいてCFSPは投資家を集めてくれるのでしょうか?(A8)DPOは創業経営者等の周囲から自ら募集する仕組みであってCFSPが外部の投資家から資金を調達するものではありません。非上場会社が外部の投資家から資金を集める方法としては「株式投資型クラウドファンディング」があります。第一種金融商品取引業又は第一種少額電子募集取扱業のライセンスがあれば可能ですが、法律により投資者一人当たりの投資金額の上限が50万円となっています(特定投資家は除く)。CFSPは株式投資型クラウドファンディング事業を2024年5月に売却しており、現在は行っていません。9おわりに筆者が1997年に創業して2010年まで代表を務めていたディー・ブレイン証券。当時、日本で唯一のIPO専業証券会社として、日本証券業協会が運営するグリーンシート市場の募集取扱主幹事業務で9割を超えるシェア、福岡証券取引所と札幌証券取引所の新規上場引受主幹事業務では6割とシェアと極めて高い存在感で中小企業の資金調達をサポートしていました。証券取引所における新規上場引受主幹事業務にかかるディー・ブレイン証券のビジネスモデルはいわば製販分離。投資家への販売はその100%をネット証券や中堅証券会社に委託し、ディー・ブレイン証券は引受主幹事としての指導、審査及び引受に特化するユニークなビジネスモデルを構築していました。一方、グリーンシート市場では直接、投資家に販売していましたが、対象の投資家は主に「拡大縁故募集」と称して、発行会社の周囲の知人・友人・取引先等でした。そのコンセプトは本稿で紹介したDPOと同じです。会社法が期待する株主の共同事業としての株式会社。その真の株主を募集していた唯一の証券会社がディー・ブレイン証券でした。ディー・ブレイン証券では1999年から2010年までの約10年間に、グリーンシートの募集取扱業務を通じて、140社の中小企業に対して、合わせて110億円の資本調達を仲介してきました。グリーンシートにはPTS(私設証券売買システム)による流通市場が整備され、換金の場も用意されていました。いま再び、非上場株式のための売買市場をつくろうとする動きが活発ですが、グリーンシートでは、当時、すでに非上場株式のための最先端の取引市場が機能していたのです。そのグリーンシートは2011年の金融審議会で廃止が決定。非上場会社の資本調達を金融商品取引業者が仲介する制度は、株式投資型クラウドファンディング(ECF)と株主コミュニティ制度に受け継がれました。筆者は2015年にCFSPの前身となるDANベンチャーキャピタルを設立。2017年にECF専業の金融商品取引業者のライセンスを金融庁から取得し、ECF業務を開始しました。ECFにより20社に対して4億円の資本調達をサポートしたものの昨年には、ブラットフォームであるCFAngelsを含むECF事業を東証プライム上場のジャパンインベストメントアドバイザーに売却。筆者の経営するCFSPでは、現在、上場会社270社のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)担当者が参加する「CVC投資戦略研究会」の運営を通じたスタートアップとCVCのマッチング、並びに本稿で紹介したDPOによって、非上場会社の資本調達をサポートしています。中小企業のための完成度の高いインフラであったグリーンシート市場と、その後継制度のECF制度。いずれも事業として継続を断念せざるを得なかった最大の要因は、金融商品取引業者としての規制の壁を乗り越えられなかったことにあります。金融商品取引法の趣旨は投資家保護を目的に金融商品取引の安全を図ること。例えそれが、金銭的リターンを目的としない非上場会社の株式への投資であったとしても、金融商品取引業者が仲介するのであれば、上場株式と同じ土俵で、金融商品とし発行会社には開示規制、金融商品取引業者には行為規制と呼ばれる様々な制約が課されます。その規制は発行会社と金融商品取引業者のコストアップを招き、資本調達の中小企業に広げる障害となるだけでなく、制度そのものの破綻に繋がってしまいます。その点、金融商品取引業者の仲介を必要とせず、開示規制も少額要件により対象外であるDPOは、中小企業に大きく資本調達を広げることができる可能性を秘めています。その最も有力な担い手となり得るのが会計事務所であると筆者は考えています。しかし、気をつけなければならないのは、このような制度を悪用して投資家から不当に資金を詐取するような事件が起きる可能性もあることです。1社1億円未満の範囲であれば、新会社を設立して優先株式による高い配当を謳い、高齢者など不特定多数から資金を集めるようなことができてしまいます。次々と新会社を作って資金を集めるような詐欺的な募集が横行すると、金融庁としても規制強化や新たな規制を考えざるを得なくなり、DPOも衰退してしまう恐れがあります。筆者としては、DPOが健全に発展できるよう、これをサポートする専門家の守るべき規範を整備するとともに、DPO指導手続のさらなる標準化と一部自動化を進めるAI-DPOアシスタンスの開発で、全国の会計事務所等の専門家を通じた普及を図る所存です。ディー・ブレイン証券が生まれるきっかけとなったのは、筆者が1996年にリリースした「インターネットベンチャー投資マート」でした。会社を応援する株主を募ることを目的としたこのシステムは、今日の株式型クラウドファンディングの世界の草分けとも言えますが、その法的な性格は、発行会社の自己募集の支援システムでした。ディー・ブレイン証券の前身の株式会社ディー・ブレインが運営しているブラットフォーム「インターネットベンチャー投資マート」。株式の仲介をしているとの誤解も生む仕組みが問題と指摘され、証券会社化することになり、それが金融商品取引の規制に翻弄される結果を招きました。30年の月日を経て、筆者としては金融商品取引法を徹底して遵守して、誰が見ても透明性が高く、悪用もされない中小企業の資本調達のインフラとしてDPOを確立、発展させていく覚悟です。前編の冒頭で紹介したように、今回が筆者の本研究レポートの執筆の最終回となりました。ディー・ブレイン証券の代表を辞任した翌年の2011年にミロク情報サービスの是枝会長にお声がけいただいてから14年。読者の皆様には、長年にわたり拙稿をお読みいただき、心より感謝申し上げます。またどこかで、お目にかかれますことを楽しみにしています。提供:税経システム研究所
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関連項目 経営レポート,企業経営 -
2025/04/28 審査事例
4つの事項に照らして、出来高払いの給与であるという審査請求人の主張を認めなかった事例(棄却)
【裁決のポイント】消費税法は、国内において事業者が行った資産の譲渡等に消費税を課するとし、消費税法基本通達1-1-1《個人事業者と給与所得者の区分》は、個人の行う役務の提供が、事業者によるものか給与所得者によるものかの判断は、当該役務の提供の基礎となった契約を基に行うこと、さらに、契約形態が明らかでない場合には、契約内容について、当該役務の提供にあたって指揮監督の有無など4つの事項に照らして判断することを示している。本件の審査請求人は損害保険会社の営業職員で、会社には営業職員就業規則があり、直販社員給与規則及び直販社員給与適用上の細則に基づき、審査請求人に役務の提供の対価(本件対価)が支払われた。税務署は審査請求人の役務提供は消費税法上の「事業」に該当するとして消費税の無申告に対して処分を行った。審査請求人は「出来高払いの給与所得者である」と主張した。なお、会社の本件対価の経理処理は課税仕入れであった。国税不服審判所は、本件対価が出来高払の給与か、請負あるいは委任による報酬(事業)かについて、上記の基本通達1-1-1に沿って、審査請求人が損害保険会社の指揮監督の有無などを総合勘案し、事業に該当すると判断し、請求を棄却した事例である。(平成29年、平成30年、令和3年の消費税等の各決定処分及び無申告加算税の各賦課決定処分他・棄却・令和5年6月13日裁決(非公開))【主な争点】審査請求人の役務の提供は、消費税法上の「事業」に該当するか【裁決の要旨】(1)役務の提供に当たり事業者の指揮監督を受けるか審査請求人は、所属している本件損害保険会社に出勤することなく、保険契約の募集については、所属上長の指示や許可によらず自らの責任と判断で決定しており、所得上長は報告を求めることはなかったことからすると、役務の提供に当たり損害保険会社の指揮監督を受けていたとは認められない。(2)役務の提供に係る材料又は用具等を供与されているか接待交際費、販売促進費並びに審査請求人の事務補助社員の給与及び通勤費等は全て審査請求人が負担していることから、役務の提供に係る材料又は用具等を本件損害保険会社から供与されていたとは認められない。(3)既に提供した役務に係る報酬の請求をなすことができるか審査請求人は取り消された保険契約に係る報酬を得ることはできない。そうすると、審査請求人は、既に提供した役務に係る報酬の請求をなすことができるとはいえない。(4)その契約に係る役務の提供の内容が他人の代替を容れるか審査請求人が選任した他の営業職員又は社員に審査請求人の業務を行わせる場合があることから、審査請求人の役務の提供の内容は他人の代替を容れるものであると認められる。以上のとおり、上記の事項に係る事情を総合勘案したところ、本件対価は請負あるいは委任による報酬と認められるから、請求人の役務の提供は消費税法上の「事業」に該当する。消費税法上の「事業」に該当するか否かは、消費税法の各規定やその趣旨に従って判断すべきであるから、各社会保険料が課されていること及び審査請求人が労働組合法上の営業職員労働組合に加入している各事実は、当審判所の判断を左右するものではない。【参照条文】消費税法第2条《定義》、第4条《課税の対象》、第5条《納税義務者》消費税法基本通達1-1-1《個人事業者と給与所得者の区分》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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関連項目 審査事例 -
2025/04/25 経営レポート
企業探検家 野長瀬先生の経営お悩み相談室(第18回)
毎回いろいろな企業経営者のお悩みをテーマとし、その悩みを解決する糸口を企業探検家・野長瀬裕二先生がアドバイス形式で解説していきます。筆者が見てきた様々な企業の成功例や工夫の事例、そこから見えてくる普遍的なノウハウを紹介し、各回のテーマの悩みに寄り添う情報をお伝えします。<相談内容>首都圏で、建設機械や建設機材のリース・レンタル業を営んでいます。一定の顧客基盤があり、従業員も100人強おります。毎年、新卒採用を若干名、その他、必要に応じて中途採用を行ってきました。基本新卒採用を中心にしてきたのですが、最近高卒の採用が難しくなり、大卒の採用について当たり外れも増えてきたように感じています。採用の方法について、どのようにすべきか悩んでいます。■どのような人材が必要か御社の顧客である建設業も人材不足、熟練職人の育成に悩んでいます。建設にかかわる周辺産業においても、人材不足は大きな問題となっています。御社の悩みは業界共通のものと言えるでしょう。人口減少社会においては、建設業全体で人材不足による廃業やM&Aが進行していきます。財務的に優良な中小企業であっても、人材が採用できないために、より経営基盤がしっかりした企業に売却するといった事例を目にすることが近年増えています。そのような経営環境において、生き残る顧客企業を見定めて、密なパイプを構築していき、市場シェアを向上していくことが御社の基本戦略となります。また、リース・レンタル業は一旦設備や資材を購入してからそれを貸し出す業態です。ある意味で金融業と似た部分があります。与信について意識が高い人材も必要です。高額設備のリースについては、保守・メンテナンスを高品質かつ安価にこなす人材も収益を確保するカギとなります。購入する設備や資材についての目利き力、商品知識を備えた人材も重要です。相対的に安価な軽仮設資材と高額な建設機械ではリースに関する考え方も異なっています。商材ごとの営業戦略を理解した人材も必要となります。建設業にかかわるICT機器・省エネ機器等のニーズも高まっており、ワンストップで多彩な商材を提案することも、顧客数が減少していく状況下では求められていきます。最後に顧客企業に対して商談のクロージングまでもっていく決定力が売上高確保には必要です。表1どのようなスキルが必要か1.顧客と密なパイプを構築できるコミュニケーション能力2.与信やリース・レンタルについての金融等の実務知識3.多彩な商品の保守・メンテナンスを高品質で遂行する能力4.商材ごとの営業戦略・商品を理解する能力5.ワンストップで顧客ニーズに合致した提案する力6.商談をクロージングする決定力表1に示されるようなスキルを新卒が保有していることは通常ありません。採用後に本人の適性を見ながら配属された職場で学んでいくことになります。最重要なのは、表1の1に示される「顧客と密なパイプを構築できるコミュニケーション能力」であり、そこに2~6の能力が付随していくことが望ましいと思われます。顧客企業のニーズを丁寧に聞き取り、顧客企業の責任者から「あなたが言うのだから信用する」という感覚を持っていただくことがビジネスの入り口となります。コミュニケーション能力は、「a.話す能力」のみならず「b.聞く能力」、さらには「c.顧客の顕在化されたニーズ、潜在的なニーズを理解する能力」で構成されます。ニーズに合致した提案を行い、クロージングする。そこまでの流れをフォローできる人材をどこの企業も欲しがっています。■最近の新卒の状況図1文科省による18歳人口の将来推計(出典)2022年以前は文部科学省「学校基本統計」、2023年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)(出生中位・死亡中位)」を元に作成図1に文科省による18歳人口の将来推計が示されています。今後、18歳人口は徐々に減少していきます。現在は、100万人強の18歳人口ですが、2024年の出生数は72万人で、外国人の出生数を除くと70万人を切っているとのことです。つまり、今でも厳しい高卒の採用が18年後には3割減るので、さらに厳しくなるのです。移民が社会問題化している欧州では、産婦人科で生まれるお子さんの半分以上が移民家庭となっている国、ムハンマド君が最も多い子どもの名前となった国もあるようです。いずれにせよ、高卒の人口は大幅に減り、大学の定員は減らないとすると進学率は向上し、定員に満たない部分は留学生で埋めることとなります。企業が留学生を受け入れする際にも試行錯誤を経験してノウハウを蓄積する必要がでてきます。今国会で高校の無償化という法案が通りました。先行してこの制度を運用している自治体の状況を見る限り、子供が減る中で私学に志願者が流れ、公立高校に学生が集まらなくなっています。公立の工業高校や商業高校といった実業系の学校が地方圏では維持できなくなる可能性も出てくるでしょう。工業高校から大学等への進学者も増えていくため、工業高校卒の中小企業による採用は、さらに難しくなっていくことは間違いないでしょう。大学学費の無償化を目指している政党もありますが、その政策が実現すると高卒就職する人はさらに減少していくでしょう。近年、通信制の高校卒業生の比率が少しずつですが増えています。この人たちの受け皿となる通信制大学も開学しています。そうなると、大卒といっても、自宅で勉強して大卒の資格を取得した学生を企業がどのように受け入れるかが問われてきます。このように、入学者や入試制度が多様化しています。昔は「A大学を出た学生ならこのぐらいの基礎があるだろう」と思って採用したなら、ある程度、推測が当たっていたかもしれません。しかし、しかし今や、大学入試の主戦場は秋までのAO入試、公募制推薦入試、指定校推薦入試等に移りつつあり、冬の一般入試に残っている受験生が減り続けています。年明けに行われる国公立大学を中心とする共通テストについても、年内に合格を出す私学との競合から、中堅国公立大学では、共通テスト前の年内に学生を確保しようとする流れが今後起きるといわれています。単純に学力で測るなら、一般入試や共通テストで高得点を取った人が優れているかもしれません。しかし、企業側は採用時に、どの入試制度で合格したかまで確認することは通常ありません。ある企業の人事責任者は地頭の良い人かどうかを把握するには、もはや「卒業高校」を見るしかないとおっしゃっていました。一方、高卒時の学力とは、「参照物を何も持ち込まずにテストを何点取れるか」ということです。一方、現在はインターネットやスマートフォンで情報を検索することができるので、従来型の記憶力の優れた人の社会におけるアドバンテージは昔に比べて下がっています。価値ある情報を見出す能力、収集した情報から正しい結論を導き出す能力、得た情報に基づき実行に移す能力の方が、社会に出てから価値が高くなる傾向があります。ただし、本当に優秀な人は、どのような入試制度であっても高得点を取り、社会でも通用しますが、そうした人は限られています。海外のエリート層と付き合う際には、教養等の幅広い能力が求められますが、そうした力を持つ人はさらに限られてきます。現実には、大学入試にスマートフォン持ち込みをOKとしただけで、学力の下克上がかなり起きます。もちろん、訓練が必要な数学・物理等の理系分野は、スマートフォンを持ち込んでも、その場で正答することは難しいですが。AO入試等ではディスカッションを行わせると、学生のコミュニケーション能力の一端が把握できます。企業の入社試験でも、グループディスカッションやディベートを取り入れる事例が増えています。一方、日本人は寡黙だが優秀な人が、特に技術者等では一定数おり、こうした試験方法では不利になることがあります。また、ビジネスにおいては、「話す能力」より、「聞く能力」が重要な場合が多いのですが、短時間のディスカッションでは「話す能力」を中心に判定することとなります。学生たちに「自分の長所」は何か、と質問すると「友達が多い」ことだと言う場合が多いです。一方、チームで何かを成し遂げる能力については、単に友達が多いと述べる学生より、運動部やボランティア活動で頑張ってきた学生等に「チームワーク」が身についている傾向が見られます。短時間の面接ではこの能力を判定することは難しいと言えるでしょう。友達が多いと自称する学生に、「友達の定義は?」、「困っているときに10万円貸してと言って貸してくれる友達は何人いるかな?」と聞くと、回答に詰まる場合が多いです。■中小企業の採用はどうあるべきか先日、自治体の人材採用について研究会を行ったのですが、ある中堅自治体では「尖っている人」を増やすという方針を打ち出していました。中堅クラスの自治体の予算規模は、中堅上場企業の売上と近い金額であり、企業に例えると大企業相当の組織と言えるでしょう。一方、筆者は大学の産学連携組織を数人で回していた時、「尖っているがチームワークをとることが苦手な人」がチームに加わっているという経験をしてきました。数人のチームのうち一人が尖っていると、産学連携が個人プレー主導に陥ることがあるのです。現在筆者が会長をしている一般社団法人首都圏産業活性化協会では、事務局に新しい人を採用するときに「チームワークを大切にする人」という条件を付けて、企業向けのサービスを協力して実施する体制を意識しています。特殊能力がある人を、外部の連携パートナーとしてご協力いただく方法で、今のところ「助け合って仕事が出来る」という環境が実現できています。もちろん尖っていてチームワークを取ることができる人が採用できれば理想的なのですが、尖っている人は長所と短所が両方とも大きいということがしばしばあります。100人の組織であれば、1人か2人尖った人がいることは有益ですが、数人以下の組織では、リーダーがしっかりしていないと、尖った人に能力を発揮してもらうマネジメントが実現できないことがあります。御社の場合、100人強のスタッフを抱えているので、尖った人を若干名抱えることが可能な規模です。しかし、そうした特殊な人をピラミッド型組織の最下層に置いておくといつの間にか周囲との不適合で、辞めてしまうことが多いです。社長直下の組織で仕事をしてもらうか、尖った人をマネジメントできる幹部の下に付けるという方法が一般的です。表1で述べたコミュニケーション能力が高い人材をどのように採用するかも重要なポイントです。先に述べたように、高卒や高専卒は、進学してしまう比率が高まり、昔のように中小企業による採用が難しくなっています。一流と言われる大学の技術系大学院卒は、大企業、一部の高賃金のベンチャー企業、外資系企業等に採用されていきます。中小企業は、そうしたピカピカの学生たちに入社してもらうことは難しいかもしれません。しかし、それでも優れた人材を抱えている中小企業事例を目にすることは多いです。それには、経営者が、人材に関心を持ち、手間と情熱をかけることです。コミュニケーション能力の高い人や、チームワークを大切にできる人を採用するには、30分から1時間の面接を行うだけでは不十分です。インターンシップを行うなどして、じっくりと見極めることが一つの方法です。実は、中途採用の場合、自分の知っている人を連れてくるのが最も確実な方法で、信頼できる知人の紹介で採用する方法もあります。また、先ほど述べたように、インターネットで情報検索することが許されるなら、一流といわれる大学の卒業生を打ち破ることのできるような「掘り出し物の人材」も偏差値的に下位の大学生に存在しています。こうした人材をどのように確保するかが中小企業経営者の腕の見せ所です。筆者のゼミ生でも、学内の成績は普通なのですが、好きなことに集中するとある部分は優秀という学生が毎年います。興味のあることに集中するとすごいのです。この学生が企業に面接に行くと、成績は普通で、雄弁に話すわけでもないかもしれません。こうした学生は「掘り出し物候補」なのですが、就活で苦戦する場合もあります。プロ野球で、育成契約という仕組みがあります。侍ジャパンの代表捕手を務める甲斐拓也選手やメジャーリーグで投手として活躍する千賀滉大選手は、通常のドラフトでは指名されないが見どころがあるということで、育成指名されたものです。ただし、スカウトが長年全国を歩き回り、手間暇をかけて、探した中で「掘り出し物」となったわけです。ある中小企業経営者は、定期的にいろいろな大学の研究室をこまめに回っています。時として、産学連携で大学と一緒に仕事をすることもあります。そうしたご縁で採用につながることもあります。日々、学生を見ている先生たちから「この学生は、ここは欠点だがここは長所だ」、あるいは「この男は、頭はよくないが,真面目で人柄が抜群に良い」という類の情報を得ているのです。私のゼミで、成績は普通、さらに口が重いので就活の面接で落ちてしまう学生がいたのですが、「この学生さんは、私が忙しそうにしていると、資料配りとかを頼みもしないのに自発的に手伝うんですよ」という話をしたら、製造業向きで採用したいということになりました。この間、採用後よくやっているとのご一報が社長様から来たところです。大手の人材会社に何百万円も使っているのに、応募学生が1人しかこなかった。こういう話を聞くこともあります。大手企業の人材募集支援サービスを使うのも悪いことではないのですが、それで成果が出ない場合は、正しい手間暇のかけ方を見出すことが重要と思われます。提供:税経システム研究所
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2025/04/24 会計レポート
中小企業が身につけておきたい原価管理の知識(22)
1.はじめに本シリーズでは、経営・会計において欠かせない原価管理の考え方を紹介します。今回は、前回に続き、原価企画の例として、富士フイルムビジネスイノベーション株式会社(以下、同社)による開発時の取り組みを説明します。原価企画では、計画時の見積額から原価が大きく変動することがあり、企業が商品の目標原価を達成するためにコスト変動を可能な限り抑えることが求められます。以下では、同社のコスト変動管理で用いられる予備費について説明します。2.予備費の設定製品開発では不測の事態がしばしば起こりますので、開発機能単位ごとに割り付けられた目標原価の達成状況が芳しくないという時にどのように対処するかが原価管理で重要になります。例えば、品質トラブルに対処するため想定していた以上のコストがかかるようなことが相次いで起これば、その後の活動で余裕がなくなってしまい、最終的に商品の目標原価の達成が難しくなります。そればかりでなく、目標値と実績値との乖離があまりに大きくなることで、最悪の場合、目標原価自体が原価管理上の目標値としての意味をなさなくなる可能性もあります。このような課題に対して、同社のコスト変動管理では、予備費を用いて進捗状況に応じた管理が行われています。予備費は、商品の目標原価を費目ごとに分解する時に、将来見込まれるコスト増大への備えとして設定されます。「部品予備費」、「金型予備費」、「加工費予備費」を各費目の目標値とは別に確保し、各機能単位に割り付けます。部品予備費を例として、予備費の決め方を見てみます。同社では、過去の経験に基づいて、出図された図面に対して発生するコストの増大額と改善額の合計から、この先のコスト増大の予想額が算出されます。予備費の金額は、商品化会議の提案時に原価管理機能部門の設定基準として決められます。その後、各フェーズ移行提案時のコストレビューで確認されます。目標原価の達成活動中に生じるコスト変動に対して、開発機能単位の目標値を対象としたコスト変動管理を行います。この時、初めに設定した予備費の範囲で収まるように、コスト変動を管理します。この管理を量産製造の開始前まで行い、その時点で予備費に残額があれば商品の目標原価を達成したことになります。3.予備費の運用例図1コスト変動管理の組織体制出所:吉田・伊藤(2021,p.135)を基に作成。同社では、図1のような組織体制でコスト変動管理が行われています。コスト変動管理全体を開発商品QCD(Quality品質-Cost原価-Delivery納期)責任者が統括しており、その実行管理を原価推進責任者(注1)が各開発機能チームの設計リーダーと協力して行います。ここでは、予備費の基本的な運用方法を見ていきましょう。まず、開発商品QCD責任者の指示で使用可能な予備費の上限が決められます。これを基に、原価推進責任者が設計リーダーから申告されたコスト変動の予測額を積み上げ、予備費の範囲で収まるかを確認します(注2)。原価推進責任者は、申告されたコスト変動額が適正な水準に達していないと判断すると、申告してきた設計リーダーに対してより正確な見積りを求め、確認します。コスト変動のメニューや金額を原価推進責任者が集約することで、コスト変動額が大きい案件をタイムリーに捉え、変動内容を確認し、開発商品QCD責任者とともにコスト変動を最小限に抑えるための活動を進めることができます。また、コスト変動のメニューによっては、複数の分野をまたがる対応が必要になり、開発機能チーム間での調整が行われる可能性もあります。その時には、原価推進責任者の裁量で開発機能チームが活動しやすいように調整することもあります(注3)。なお、予備費には、不測の事態への備えとしての役割が求められているものの、必要以上に見積られてしまうことになれば、目標原価に対する設計チームの意識が希薄になり、士気の低下につながりかねません。そのため、同社でコスト変動管理を実行する時には、原価推進責任者を中心に、設計チームのモチベーションも考慮して予備費の運用状況をモニターすることが重要です。このようにして、同社では、活動の進捗状況に注意しつつ、コスト変動管理が継続的に行われています。参考文献谷武幸.2022.『エッセンシャル管理会計第4版』中央経済社.吉田栄介・伊藤治文.2021.『実践Q&Aコストダウンのはなし』中央経済社.<注釈>原価推進責任者は、原価管理機能部門から任命され、目標原価達成の活動を推進するために下記の4つの役割を担っています。今回の記事で取り上げているのはこのうちの4にあたる役割です。原価企画の立案(原価条件、目標原価案の設定と細分割付、活動計画等)と、コストチームの編成。目標原価達成活動の進捗管理。商品の製造原価の算出、開発ステージ移行時のコストレビュー会での報告。コスト変動管理(開発期間中に発生するコスト変動のリスクを最小限に抑えるための管理活動)の推進。同社では、予備費の管理は家計簿管理とも言われています。上記のような原価推進責任者を中心に予備費を管理する方法の他に、開発機能チームで管理を行う方法もあります。この方法では、開発機能チームの設計リーダーに、コスト変動管理の予備費を割り付け、管理します。各開発機能チームは、自分たちのチームに与えられた目標値の範囲であれば予備費を柔軟に運用することができます。ただし、この方法では目標原価の数値と予備費の数値の両方を開発機能チームで扱うことになり、進捗管理において2つの目標値の識別が難しくなってしまうという問題もあります。提供:税経システム研究所
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2025/04/23 経営レポート
戦略的医療機関経営 その164
【サマリー】今回のレポートは、施設基準には届出のルールがある。ルールを正しく理解することは、届出後の適切な管理にもつながる。届出のルールと事例をご紹介する。1.今後の執筆予定施設基準とは(構造、主な要件、用語)基本診療料(主な施設基準、入院基本料、)重症度、医療・看護必要度、在宅復帰率特掲診療料施設基準の届出適時調査入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費2.施設基準の届出診療報酬の算定では、「施設基準を満たす必要がある項目」と「施設基準の要件がない項目」があります。さらに施設基準を満たす項目の中に、届出が「必要」な項目と「必要ない」項目があります。届出が必要な項目は必要書類を都道府県にある地方厚生(支)局(※)に提出します。提出しただけではなく、受理されて初めて診療報酬で算定できることになります。ただし、算定は月の最初の開庁日に届出すれば、当月1日から算定可能となりますが、届出日が開庁日の翌日以降になると、算定できる月が翌月からとなります。1日の違いが1か月の収入に影響することもあるので、届出日にも注意が必要です。※地方厚生(支)局地方厚生(支)局とは、厚生労働省の地方支分部局のことを指します。医療機関の所在地にある地方厚生(支)局に施設基準の届出は提出します。ちなみに、中国四国厚生局は、広島市に「本局」があり、高松市に「四国厚生支局」があります。そのため「地方厚生(支)局」に、(支)が入っています。3.届出の流れ(届出の流れは、基本診療料も特掲診療料も同じ流れになります)□算定可能な施設基準を確認自施設で算定可能な施設基準を確認します。この確認が医療機関の収入をあげるためには、最も重要です。ただ単に現在の状況で算定可能かどうかという確認だけではなく、現在の状況を改善すれば算定可能になるということまで範囲を広げて確認することがポイントです。具体的な施設基準の確認事項としては、施設基準の実績期間を満たしているかどうか(満たしていない場合は満たす見通しはあるのかどうか)の確認です。基本診療料では実績*が「1か月間」となっている項目が多いです。近年の項目ではこの実績が求められることが多いので、院内ですぐに実績の集計が可能な体制を日ごろから整えておくことが肝要です。※実績について基本診療では実績が1か月間となっている項目が多いと記述しました。ただし例外もあります。例外具体例)基本診療料4か月の実績:「精神科急性治療病棟入院料」「精神科救急急性期医療入院料」等6か月の実績:「回復期リハビリテーション病棟入院料1~4」1年間の実績「地域移行機能強化入院料」例外具体例)特掲診療料実績期間が1年間以外、それぞれの実績期間が定められている開放型病院の施設基準(届出前30日間の実績が必要)検査、画像診断の施設共同利用率、輸血、病理診断の割合等在宅、検査、手術等の年間実施件数等□厚生局に届出書を提出届出に必要な書類(※)を整えて、厚生局に届出書を提出します。書類を受け取った厚生局は、届出書や添付書類の内容を確認して施設基準の要件に照らし合わせて審査します。この要件審査は原則として2週間以内の期間を要します。遅くても提出から1か月以内には、届出の受理、不受理の連絡が医療機関にあります。施設基準の中には、院内掲示などが求められている事項もありますので、審査されている期間中に準備しておくとよいでしょう。※届出書類届出様式は、施設基準の項目ごとに定められています。さらに項目によっては届け出書類のほかに添付書類も準備しなければならない項目もあります。届出様式は地方厚生(支)局のホームページからダウンロードできます。□届出書の保管届出書の様式は項目ごとに定められていることが多いです。提出は1通ですが、必ず控えを取っておき、受理通知と一緒に適切に保管、管理しておきます。新しく届出した項目は、その後の適時調査などの外部監査の時に書類を確認されることが多いです。適時調査で届け出内容に不備があると、届出の変更や取り下げが指示されます。さらに指示後に指摘事項が改善されていなかった場合は、届出の受理が取り消されたり、6か月間届出ができなくなります。届出事項は、厚生(支)局のホームページで閲覧できます。届出書類は「行政文書」として管理され、情報開示の対象にもなります。一方で保健医療機関は院内掲示などで届出内容の情報を伝える義務があります。□届出の変更や取り下げ届出をしている施設基準の要件に適合しなくなった場合等には、届出の変更*や辞退の手続きを行います。もし、要件を満たしていない状態が続いているのにも関わらず、診療報酬を算定している場合、患者への返金を指示されることもあります。この返金は、要件を満たさなくなった時点までさかのぼりますので、多額の返金となるケースもあります。※届出の変更例外規定施設基準の要件を満たせなくなっても、一定の条件の範囲で一時的な変動が認められている施設基準もあります。例えば、「月平均夜勤時間数72時間以下」の基準では、3か月を超えない期間の1割以内の一時的変動が認められています。4.届出が不要なケース施設基準を満たすことは必須条件ですが、届出は不要なものもあります。具体的には3パターンに分かれます。いずれのパターンでも施設基準を満たしている根拠を示す書類や体制などを常に管理しておくことが必要です。施設基準の要件を満たしていればよい具体例)夜間・早朝等加算届出に関する事項:「夜間・早朝等加算の施設基準に係る取扱いについては、当該基準を満たしていればよく」と示されています。「当該基準」とは施設基準の要件を指します。他の項目の届出をおこなっていればよい具体例)認知症地域包括診療料届出に関する事項に「地域包括診療料1又は2の届出をおこなっていればよく・・・」と記載されています。ある項目を届出、受理されていた場合、すでに必要な要件は満たしていると認められているわけです。指定グループ内の1つの届出をしたら個別の届出は不要2024年度の診療報酬改定において、特掲診療料の中に、同じグループ内にある項目の1つを届出すれば、個別の届出が不要とされました。具体例)持続血糖測定器加算「次の(1)から(16)までに掲げているものについては、それぞれの点数のうちいずれか1つについて届出を行っていれば、当該届出を行った点数と同一の区分に属する点数も算定できるものであり、点数ごとに別々の届出を行う必要はない」5.他の項目の届出が必要他の項目の届出が、施設基準の要件になっている項目があります。具体例)データ提出加算データ提出加算の施設基準には、「診療録管理体制加算の届出を行っている保健医療機関であること」と明記されています。したがって、データ提出加算の前に診療録管理体制の届出を行う必要があります。診療録管理体制の施設基準が仮に満たせなくなった場合は、診療録管理体制加算の事態届と一緒にデータ提出加算の辞退届も提出しなければなりません。提供:税経システム研究所
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2025/04/21 審査事例
「代表者親族へ会社所有車を無償貸与」「代表者親族や知人の健康診断料を会社で負担」「代表者への現金交付を帳簿に記載していない」(一部取消し)
【裁決のポイント】国税通則法第68条第1項にいう「事実」を「隠蔽」するとは、課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実について、これを隠蔽し、あるいは故意に脱漏することをいい、「事実」を「仮装」するとは、所得、財産又は取引上の名義等に関し、あたかも、それが真実であるかのように装う等、故意に事実をわい曲することをいうと解される。本件の審査請求人は税務調査で指摘を受け、修正申告等に応じたが、(1)従業員ではない代表者親族が会社の車を無料で使っており使用料相当額の収入計上漏れがあった、(2)取締役(代表者の妻)の親族や知人に、労働安全衛生法上の義務として会社が従業員に受診させる健康診断を受診させ、福利厚生費として損金計上した、(3)現金不足の原因は代表者への現金交付であるが帳簿に記載しなかった、ことに「仮装・隠ぺい」があるとして重加算税が課されたことから、取消しを求めて審査請求を行った。国税審判所は、(1)使用料相当額がないことが真実であるかのように装ったとはいえない、(2)請求人の従業員のための健康診断その他必要な費用であるかのように装って帳簿書類に記載したといえる、(3)源泉徴収の対象となる代表者への賞与に該当する支払い事実を隠した、と判断して、(1)について課された重加算税の賦課決定処分を取消した事例である。(平成29年5月期から令和3年5月期までの各事業年度の法人税に係る重加算税の各賦課決定処分、平成27年5月他の各月分の源泉徴収に係る所得税等の重加算税の各賦課決定処分他・一部取消し、棄却・令和5年6月1日裁決(非公開))【主な争点】審査請求人に、重加算税を課す「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認められるか。【裁決の要旨】(1)本件使用料相当額の計上漏れについて審査請求人と本件使用者(代表者親族)又はA取締役(代表者の妻)との間では本件使用者が本件車両を使用する合意があった一方で、その使用に伴う使用料について何ら具体的な取り決めをしていなかったと認められるから、本件車両は無償で貸借されていたと認められるものの、それ以上に、審査請求人が本件使用料相当額を収入として計上しなければならないことを認識しながら、あえて使用料について取り決めをせずに貸与し、本件使用料相当額の請求やその収入計上を行わなかったとまでは認める証拠はない。審査請求人には、本件使用料相当額を隠蔽し、あるいは故意に脱漏するといったことや、あたかも、本件使用料相当額がないことが真実であるかのように装うといったことがあったとはいえないから、審査請求人に「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったとは認められない。(2)本件健康診断料について事業者たる審査請求人に義務付けられている健康診断の対象は、その使用する労働者すなわち審査請求人の従業員である。審査請求人が、従業員ではない者らを請求人が健康診断を受診させる必要がある従業員であるかのように装って、健康診断を受診させた上、その費用である本件健康診断料について、審査請求人が負担すべき従業員のための健康診断その他必要な費用であるかのように装って帳簿書類に記載したものといえるから、審査請求人には、「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認められる。(3)本件現金不足額について審査請求人は、長年にわたり事業を営み、代表者も長年にわたり務めていたのであるから、審査請求人の現金を代表者に交付をする際は帳簿書類に記録をすべきであることは、当然認識していたはずであるところ、代表者に現金を交付した事実を帳簿書類に記録せず、残存しない現金を帳簿書類に載せ続けることで代表者に対する給与等の支払の事実を隠蔽したといえるから、審査請求人には、「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったと認められる(源泉所得税への重加算税)。【参照条文】国税通則法第68条《重加算税》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2025/04/18 商事法レポート
理事長の不祥事と大学ガバナンス改革の行方
1はじめに私立医大の不祥事が、また世間の注目を集めています。新校舎建設のアドバイザー業務に関連して、大学トップである元理事長が、理事会で強く推薦した建築士に対し、大学が支出した資金を自身に還流させたという背任容疑で、2025年1月、逮捕されました。同年2月には、別の工事でも不正に資金を流出させて大学に損害を与えたとして、再逮捕されています。立件額は、計2億8700万円に及びます。元理事長は、当該建築士へ過大な報酬を支払う内容の稟議書を大学の理事会で承認させていたようです。背景には、私立学校法(「私学法」といいます。)が理事長などの不正に対して十分な抑止力となっていなかった問題がある、といわれています。現行私学法の下では、学校法人の自主性を重視して、ガバナンスの仕組みを大学が運営規則等で定めることができるため、多くの私大では理事会に権限が集中し、理事会に意見する立場の評議員も理事との兼務が多く監視機能は弱かった、と指摘されています(注1)私立大学のガバナンスを規律する法律である私学法は、ガバナンスを強化する方向で令和5(2023)年4月に改正されましたが、その施行は、2025年4月からとされており(注2)、事件当時は、まだ適用されていません。改正された私学法(「改正私学法」といいます。)は、今回の事件のような私大トップの暴走を防ぐことができるのでしょうか。2従来の私立大学のガバナンス私立大学の必須のガバナンス機関には、理事会、理事長、評議員会および監事があります。令和5年改正前の私学法(「旧私学法」といいます。)では、どのような機関だったのでしょうか(図1参照)。旧私学法の下では、学校法人には、役員として、理事5人以上と監事2人以上が必要で、理事のうち1人は寄附行為(注3)の定めるところにより理事長となる、とされていました(旧私学法35条1項・2項)。そして、理事を構成員とする理事会が、学校法人の業務を決し、理事の職務の執行を監督する(同法36条2項)一方で、理事長は学校法人を代表し、その業務を総理すると定められ(同法37条1項)、理事会の議長も理事長が務め、キャスティングボードも握っていました(同法36条4項・6項)。理事長を除く理事は、寄附行為の定めにより、学校法人を代表し、理事長を補佐して学校法人の業務を掌理し、理事長に事故あるときはその職務を代理し、理事長が欠けたときはその職務を行う(同法37条2項)、とされ、理事会は、理事の職務の執行を監督すると規定されていたものの、理事達は理事長を監督する機関の構成員として明確に位置づけられていなかったようにも見受けられます。評議員は、寄附行為の定めにより、①法人の職員、②卒業生で25歳以上の者、③その他の者のうちから選任された者で構成され、①の評議員は退職すると評議員の職も失います(同法44条)。前述のように、評議員は役員とは位置づけられていません。評議員会は、理事の定数の2倍を超える数の評議員で組織され、理事長に招集権限がありますが(同法41条2項・3項)、評議員総数の3分の1以上の評議員から議題を示して招集を請求された場合、理事長は評議員会を招集しなければなりません(同法41条5項)。とはいえ、評議員会は諮問機関であり、理事長は、予算・事業計画、事業に関する中期計画、借入金および重要な資産の処分に関する事項、役員の報酬等の支給基準などの法定事項や寄附行為で定める業務に関する重要事項について、予め評議員会の意見を聴くことを要し(同法42条1項)、寄附行為により、これらを評議員会の決議事項とすることもできる、とされていました(同法42条2項)。監事は、学校法人の業務、財産状況、理事の業務執行の状況を監査する学校法人の監査機関です(同法37条3項1号~3号)。理事の業務執行状況の監査は、令和元(2019)年改正により、監事の職務に加えられました。他方、監事の選任は、評議員会の同意を得て、理事長が行う(同法38条4項)とされ、また監事の選任方法については寄附行為その他の規程で定める(同法30条1項5号)必要がありました。監事は、理事、評議員または学校法人職員との兼務を禁止されます(同法39条)。実際には、理事会が監事の候補者を決定し、評議員会の同意を得た後、理事長がその候補者を監事に選任することが多いといわれています(注4)。理事会や理事長は、監事に監査される側ですから、監査される側の理事長が監事を選任するという選任方法には、問題があると指摘されていました。【図1:旧私学法における機関の相互関係】旧私学法は令和元年に改正された法律ですが、その施行後も、巨大私学の理事長の暴走や理事会の機能不全を示す事件が発生したこと等を受けて、同法の改正が再度検討され、令和5年改正私学法の成立に至ります。改正私学法の基本的な考え方は、理事会・評議員会・監事の間で、監視・監督の役割を明確化し、建設的な協働(複層的な仕組み)によって、不祥事防止の機能強化を図る、というものです。3改正私学法における私立大学のガバナンスでは、改正私学法では、3つのガバナンス機関はどのようなものになったのでしょうか(図2参照)。【図2:改正私学法における機関の相互関係】(1)理事・理事長・理事会改正私学法は、理事の選任については、「理事選任機関」を寄附行為で定めることとし、理事選任機関は、理事の選任に当たってはあらかじめ評議員会の意見を聴くとしています(改正私学法29条・30条2項)。理事と監事・評議員との兼任は禁止し(同法31条3項)、理事の解任も、寄附行為の定めるところにより、理事選任機関が行います(同法33条1項)。理事の任期は寄附行為で定めますが、上限は4年で、評議員・監事の任期を超えないものとされています(同法32条1・2項)。理事の中には、外部理事1名以上(同法31条4項)、大臣所轄学校法人等では外部理事2名以上(146条1項)の選任が必要で、外部理事は、株式会社における社外取締役に相当するものと考えられます。理事選任機関は理事の選任・解任を行う常設の機関とされており、理事選任機関を評議員会とする私立大学も多いのではないかと思われます。また、理事長の選定・解職は、理事会で行いますが(同法37条)、実質的には、理事選任機関が、理事長となる想定で特定の者を理事に選任することになるでしょう。代表業務執行理事や業務執行理事についても、理事選任機関が、理事を選ぶ段階から代表業務執行理事等になることを想定して、特定の者を理事に選任するのではないかと思われます。改正私学法上の理事会は、学校法人の業務を決定し業務執行理事等による業務の執行を監督する機関とされ(同法36条2項1号・2号)、株式会社の取締役会との類似性を強めています。理事会は重要な業務の決定を理事に委任できない、とされ(同法36条3項)、大臣所轄学校法人等では、理事には年4回以上の理事会への報告(同法146条2項)が義務づけられています。さらに、重要な業務の決定の一部については、評議員会の意見を聴くものとされており(36条4項)、大臣所轄学校法人等では、寄附行為の変更、任意解散および合併の決定は、評議員会の決議がなければ効力を生じません(同法150条)。このように、部分的には、評議員会に株主総会に相当する決定権限が与えられており、寄附行為で評議員会を理事選任機関と定めれば、株主総会との類似性がさらに高まります。(2)評議員・評議員会このように重要性を増している評議員会について、改正私学法は、「諮問機関」である評議員会のチェック機能を高める方向で改正を行っています。まず、評議員の選任は、寄附行為の定めにより大学の自治に委ねられますが、「教育又は研究の特性を理解し、学校法人の適正な運営に必要な識見を有する者」から、「年齢、性別、職業等に著しい偏りが生じないように配慮して」行わなければならず(同法61条1項・2項)、任期は6年以内(同法63条1項)、また、評議員は6人以上、理事は5人以上とした上で、寄附行為の定めにより評議員の定数が常に理事の定数を超えること(同法18条3項)を求めています。また、理事・理事会が選任する評議員の割合や、評議員の総数に占める役員近親者や教職員等の割合に上限を設け、理事・理事会が選任する評議員は評議員総数の1/2以内、職員評議員は1/3以内に制限し、また役員・評議員の特別利害関係者は評議員総数の1/6以内、特定の評議員と特別利害関係のある評議員は1名以内としています(同法62条4項・5項1号・2号・3号)。従来、いわゆる総合大学等では、各学部の学部長等が評議員になる、という大学もありましたが、このような選任方法は、教職員評議員を評議員総数の1/3以内とする改正私学法との関係で、難しくなるかと思われます。評議員会は「諮問機関」という位置づけを維持しつつ、大臣所轄学校法人等では、重要な寄付行為の変更・任意解散・合併には、理事会と評議員会の決議を要求しており(同法36条3項、150条)、いずれかが反対すれば決定できません。また、役員・評議員・会計監査人の責任免除等には、評議員会の責任免除等の決議が必要です(同法88条・91条・92条)。さらに、評議員会は、理事選任機関が機能しない場合には、理事の解任を理事選任機関に求め、監事が機能しない場合に理事の行為の差止請求・責任追及(同法33条2項、67条、140条)を求める機関ともされていて、単なる諮問機関の枠を超えて、監視・監督機関としての補助的な役割も担っています。(3)監事監事の独立性確保のために、監事の選任・解任は、寄附行為の定めにより評議員会の決議によることとし(同法45条1項、48条1項)、他方で、資格(欠格事由)を法定し、任期も上限6年と定め(同法46条1項、47条)、理事との兼任に加え、評議員や職員等との兼任、特別利害関係者(他の監事・2人以上の評議員の特別利害関係者)の就任を禁止しました(同法46条2・3項)。さらに、大臣所轄学校法人等のうち、所定の基準(収入100億円または負債200億円以上)を満たす法人には常勤監事の選任、また、大臣所轄学校法人等には、理事会に内部統制体制の整備が義務付けられています(同法145条1項、148条1項、36条3項5号)。他にも、大臣所轄学校法人等では、会計監査人の設置義務づけ、会計監査人と監事の連携(同法144条、86条2項)、中期事業計画の作成や財務情報等の一般公開が義務づけられました(同法148条2項、149条1項・2項)。4大学トップの暴走を阻止しうるガバナンス体制の構築に向けて今回逮捕された理事長は、理事会に虚偽の稟議書を提出し「他の人に頼むより安く済む」と訴えたところ、出席理事から異論は出ず、報酬額の根拠や業務内容を精査することなく当該建築士への依頼が決まった、と報じられていて、理事長による事実上のワンマン経営で理事会は反論できる雰囲気ではなかった、との大学幹部の証言もあるようです(注5)。2024年11月に公表された同大学の「私立大学ガバナンス・コード」遵守状況報告書には、「理事長が絶対的な権力を保持し、他の理事は追従せざるを得ず、監督機能が形骸化していた。理事長は法務担当理事を兼務し内部監査室は理事長直轄となっていたため、理事長に対する疑義があっても、その報告は法人内で躊躇され、内部チェック機能は十分に働いていなかった。更に、理事長は財務担当理事(本学では経営統括理事のこと)を兼務していたため、経営統括部に権力が集中して他部署によるけん制機能は働いていなかった。」との記載(注6)があります。旧私学法の下でも、図1のように、理事会には学外者(役員・職員でない者)が必要でしたが、理事の大半を学校法人の職員とすることも可能で、そうした職員理事には、学内の人事権を掌握する理事長に対して、けん制機能を果たせないリスクがありました。改正私学法は、評議員と理事の兼任を禁止し、職員評議員の上限を3分の1にするなど、評議員会の理事・理事長からの独立性を高めた上で、評議員に理事の解任請求権等を与えて理事長の暴走に対する歯止めとなることを期待しています。しかしながら、実際の理事会や評議員会自体が不活発では、ガバナンスの向上につながりません。評議員会が年1回の定時評議員会だけでは、評議員が得られる情報も限られますし、大学ガバナンスに対する関心も高まりません。令和5年改正の際の衆議院文部科学委員会の附帯決議(2023年3月22日)でも、学校法人ガバナンスの強化には、理事会・評議員会の活性化が重要であることを踏まえ、理事会・評議員会を理事および評議員の出席のもと定期的に開催するなどの工夫により、積極的に意見交換するよう周知すること等が挙げられています。年4回の開催が義務づけられた理事会についても、学外理事等に対して議題に関する事前説明の機会を設ける、学外理事と評議員・監事との情報交換の会合を定期的に開催するといった、上場会社の社外役員について活用されている実務を取り入れることも、有益でしょう。また、例えば、日本私大連盟の私立大学ガバナンス・コード1.1には、重点項目3-2「ガバナンスを担保する内部チェック機能を高めるため、有効な内部統制体制の確立を図る。」と、更に具体的な実施項目が設けられています。コードの形式的な遵守に陥ることなく、私立大学ガバナンス・コードの求めに真摯に対応していくこと、そうした積み重ねが重要であると考えられます。<注釈>例えば、2025年1月15日付け日本経済新聞朝刊35面。令和5年改正私学法の施行日は、令和7(2025)年4月1日とされていますが、評議員構成等については経過措置が設けられており、理事と評議員の兼職は、令和7年度の最初の定時評議員会終結の時を解消の時点とし、評議員会の構成等については、大臣所轄学校法人等では、令和8年度の最初の定時評議員会の時までに対応を行うものとされています。私立大学は大臣所轄学校法人です。学校法人の寄附行為とは、株式会社の定款と同様に、各法人の組織・運営・管理のあり方について定める根本規則です。私学法は、所定の事項について、各法人の寄附行為に定めることを求めています。監事監査研究会『私学法改正で変わる監事監査の研究』(学校経理研究会、2019年)11頁。2025年1月21日付日本経済新聞朝刊38面。これは、遵守原則3-2「会員法人は、~役職者の選解任過程等に関する透明性の確保を通じて、理事会による理事の職務の執行監督機能の実質化を図るとともに、大学で起こり得る利益相反~の防止のために必要とされる制度整備を行い、実行する。」に関する記載です。https://twmu.ac.jp/doc/about/twmu_governance_code_2023.pdf提供:税経システム研究所
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2025/04/17 会計レポート
IFRS第 18号「財務諸表における表示及び開示」 (7)
本レポートでは、IASBより2024年4月に公表された会計基準IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示(PresentationandDisclosureinFinancialStatements)」(以下、IFRS18といいます)について解説をしてきました。IFRS18は従来のIAS1「財務諸表の表示(PresentationofFinancialStatements)」を置き換えるものであり、IFRS18の適用は2027年1月1日と規定されていますが、それより前の早期適用も認められています(注1)。IFRS18は、とくに損益計算書に大きくかかわるものであり、国際会計基準を任意適用している日本企業にも影響を与えることとなります。今回は、これまで確認をしてきた損益計算書のポイント等について、その全体を簡潔に纏めて、本レポートの最後としたいと思います。5.損益計算書のポイント(了)下記の損益計算書は、以前のレポート「IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」(1)」において示した、IFRS18における損益計算書の様式に、①~⑥の吹き出し(▢)等を加えたものになります。①~⑥は、これまでのレポートに対応していますので、より詳細な事項については、そちらを御確認下さい。■損益計算書(Statementofprofitorloss)(注2)①カテゴリーIFRS18における損益計算書は、大枠として、営業、投資、財務という3つのカテゴリーに区分されます。ただし、これら3つのカテゴリーの名称自体が損益計算書に表示されるわけではありません。②営業のカテゴリー営業のカテゴリーは直接的には定義されておらず、投資と財務のカテゴリーに含まれないものが営業のカテゴリーに入ることとなります。そのため、日本の損益計算書における特別損益項目については、営業のカテゴリーに入ることとなります。国際会計基準では、日本の損益計算書にみられるような特別損益に係る区分自体がない、ということに注意する必要があります。詳しくは「IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」(3)」をご確認ください。③持分法に関連する投資損益日本の損益計算書では、持分法による投資損益は営業外損益の区分に表示されます。IFRS18では、投資のカテゴリーに表示されることとなります。詳しくは「IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」(3)」をご確認ください。④追加的な小計IFRS18では、追加的な小計というものが示されています。これは、「有用な体系化された要約」を表すものであるとされています。何が追加的な小計になるのかについては、企業の判断が入ることになると考えられます。本レポートで示している損益計算書の雛形において赤文字で示されているものは、あくまでもその例示ではありますが、判断をするうえでの参考になるでしょう。詳しくは「IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」(3)」をご確認ください。⑤「その他」の表示IFRS18では、「その他」の表示が限定されています。そのため、「その他」の中身をよく検討して、可能な限り、その中身にふさわしい名称で表示する必要があります。詳しくは「IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」(5)」をご確認ください。⑥為替差額IFRS18では、為替差額が発生することとなった元々の項目の属性に従って、その為替差額が損益計算書のどのカテゴリーに表示されるのかが決定されます。その例として、売掛金から発生した為替差額は営業のカテゴリーに、借入金から発生した為替差額は財務カテゴリーに表示されることが示されていました。詳しくは「IFRS第18号「財務諸表における表示及び開示」(6)」をご確認ください。*****以上のように、IFRS18における損益計算書は日本の損益計算書とは異なる箇所が多々あります。財務諸表の作成者は十分に準備をする必要があり、また、財務諸表の利用者もポイントをよく理解しておく必要があるでしょう。本レポートが、その一助になれば幸いです。<注釈>PrimaryFinancialStatements,FinalStage[https://www.ifrs.org/projects/completed-projects/2024/primary-financial-statements/#final-stage](accessedon2024/11/18)PrimaryFinancialStatements,Publisheddocuments「EffectsAnalysis:IFRS18PresentationandDisclosureinFinancialStatements」p.16[https://www.ifrs.org/projects/completed-projects/2024/primary-financial-statements/#published-documents](accessedon2024/11/18)*上記ファイル自体のURLは以下[https://www.ifrs.org/content/dam/ifrs/publications/amendments/english/2024/effect-analysis-ifrs18-april2024.pdf](accessedon2024/11/18)提供:税経システム研究所
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2025/04/14 審査事例
「偽りその他不正な行為」の要件も満たすとして、7年分について重加算税の処分がなされた事例(棄却)
【裁決のポイント】納税申告を依頼した者による隠ぺい・仮装行為について、納税者がどこまで責任を負うべきかは、納税者とその者との関係、隠ぺい・仮装行為に対する納税者の認識の可能性、納税者の黙認の有無、納税者の払った注意の程度などに照らして、事案ごとに判断される。本件は、P法人の理事長である審査請求人の母が、審査請求人がP法人に寄附をしたという内容虚偽の領収書を作成して審査請求人に寄附金控除を適用して行った所得税申告について、税務署が、母の仮装行為は審査請求人の仮装行為と認められるとして重加算税を課し、その処分の対象期間を通常の5年分でなく7年分とさらに重くしたことから、審査請求人は、母の長年の勘違いで悪意はなかった等と主張した。国税不服審判所は、税務署の処分を適法と判断した事例である。(平成26年分及び平成27年分の各更正処分並びに過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分、平成28年分ないし令和2年分の重加算税の各賦課決定処分・棄却・令和5年2月1日(非公開))【主な争点】(争点1)審査請求人に重加算税が課される「隠蔽し、又は仮装し」に該当する事実があったか(国税通則法第68条第1項)、(争点2)審査請求人に更正決定等をすることができる期間を7年にできる「偽りその他不正の行為」に該当する事実があったか(国税通則法第70条第5項)。【裁決の要旨】(争点1)母が内容虚偽の本件各領収書を作成したことは、審査請求人があたかも、本件各年分においてP法人に対し寄附金を支出し、それをP法人が受領したことが真実であるかのように装い、故意に事実をわい曲したもので、「仮装」行為に該当する。審査請求人は、母に対し、本件各年分の所得税等の確定申告について、各確定申告書の作成及び提出を委任していたことから、母の行為は、審査請求人の行為と認められる。母は、(借入金によってP法人に寄附をした父の借入金返済を審査請求人が実質的に負担しているからと)単純な間違いを長年繰り返していたものであり、悪意があって作成したものではないという審査請求人の主張には理由がない。(争点2)国税通則法第70条第5項は、偽りその他不正の行為によって国税の全部又は一部を免れた納税者がある場合にこれに対して適正な課税を行うことができるよう、より長期の除斥期間(この期間を過ぎると処分ができない)を規定したものであり、同項にいう「偽りその他不正の行為」とは、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行っていることをいうものと解される。審査請求人の行為は、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為と認められ、「偽りその他不正の行為」に該当する事実があったといえる。【参照条文】国税通則法第68条《重加算税》、第70条《国税の更正、決定等の期間制限》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2025/04/07 審査事例
権限なく行われた申告であるが、納税者本人が追認したと認められるから、当該申告は有効と判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】納税申告は、原則として納税義務者本人が申告書を提出して行うこととされているから(国税通則法第17条等)、他人が、本人の承諾なく納税義務者の申告書を作成し、提出した場合には、その納税申告は無効である。もっとも、その他人が、本人から明示又は黙示に当該申告行為をする権限を与えられている場合、また民法第113条《無権代理》第1項より、本人が当該納税申告を追認した場合には、当該納税申告は有効になると解される。本件の審査請求人は、知人Aから仕事の登録に必要であると言われ、銀行情報や個人情報を渡すと、Aは国税庁HPの申告書作成コーナーから審査請求人の5年分の所得税還付申告書を作成して提出し、振り込まれた還付金を自分の口座へ移した。審査請求人は税務署から還付金振込通知書が届いた時にAに異議を述べることも、税務署へ問い合わせすることもなく放置したが、税務調査を受け、修正申告をしなかったために更正処分、過少申告加算税賦課決定処分がなされたので、他人によるなりすましの納税申告は無効であると主張して処分の取消しを求めた。国税不服審判所は、審査請求人はAに明示又は黙示に各申告をする権限を与えられていたとは認められないが、各申告を黙示に追認していたと認められるから、各申告は有効となり、税務署長の《更正》の前提となる「納税申告書の提出があった場合」に該当すると判断した。(平成28年分から令和2年分の所得税及び復興特別所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分・棄却・令和6年4月15日裁決)【主な争点】知人Aによる本件各申告書の提出は、有効で、国税通則法第24条《更正》に規定する「納税申告書の提出があった場合」に該当するか。【裁決の要旨】1)Aに対する明示の権限の授与があったか本件各申告に関して、審査請求人とAとの間で何らかのやり取りがされていたことを示す証拠は見当たらないから、認めることはできない。2)Aに対する黙示の権限の授与があったか審査請求人が、当初から申告に利用されることを知ったうえで、審査請求人名義の預金口座の利用や本人確認書類として運転免許証の写真撮影を許諾したと認めることはできない。3)Aの申告を事後的に容認、追認していたか審査請求人が本件各申告書の提出を知った時期は、その主張どおり、還付金振込通知書を受領した時及び調査担当職員による質問検査の時であると認められる。しかし、還付金振込通知書を受け取り、不正に還付金を受領することになることも認識していたにもかかわらず、原処分庁に問い合わせず、Aに異議を述べずに事態を放置したこと、父の指示を受けるまで預金口座を解約しなかったことは、審査請求人が、Aによる本件各申告について、事後的に容認していたことを示すものであるということができる。審査請求人がAに対し明示又は黙示に本件各申告をする権限を与えていたとは認められないが、審査請求人は、権限なくされたAによる本件各申告を本件各申告書が提出された後に追認したといえるから、本件各申告は有効となり、Aによる本件各申告書の提出は、国税通則法第24条《更正》に規定する「納税申告書の提出があった場合」に該当する。警察に相談した事実は納税申告の追認より後であるから、追認があったとの認定を覆すまでの事情でもない。【参照条文】国税通則法第17条《期限内申告》、第24条《更正》、第65条《過少申告加算税》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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