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2025/06/09 経営レポート
米中分断の中の日本
1アメリカの動向トランプ共和党が圧勝して、日本を含めて世界の多くの国々ではトランプ関税で大騒ぎをしている。そのトランプ大統領の政策を支えているのがピーター・ナバロ氏(75歳)だ。彼は、第一次トランプ政権の時からトランプ大統領を支持してきた。彼はタフツ大学卒業後、ハーバード大学大学院で博士の資格をとっているが、その時も資源の豊富なアメリカにとって、関税政策はアメリカの利益になるという論文を書いている。そのため、第一次トランプ政権でも、中国はもとより、日本等の同盟国にも関税を課すことを主張し、当時のムニューシン財務長官と対立をしたが、結局関税対策は財務長官や当時のロバート・ライザ通商代表にゆだねて、関税政策は大きな問題とはならなかった。当時からナバロ氏は「自動車の3割、船舶の4割、テレビの6割、コンピューターの8割が中国製で、AIやロボット工学でも中国が脅威になっている」と主張し、中国に対する高関税を主張していた。また、ナバロ氏は「コロナウィルスはアメリカアレルギー研究所のアンソニー・ファウチ博士が中国の研究所に資金援助してウィルスを開発していたものだ」と主張したり、2020年の大統領選の不正陰謀論を広めたとして、2022年に議会から召喚されている。しかも、2023年にはナバロ氏は議会侮辱罪で有罪判決を受けて、2024年3月から7月までフロリダの連邦刑務所に服役している。かくのごとく、ナバロ氏はトランプ大統領を支えてきたために、トランプ大統領は現幹部メンバーの中でもナバロ氏を最も信頼していると言われている。こうしたことから、トランプ大統領は就任するや否や、ナバロ氏を通商・製造業担当上級顧問に正式任命した。2025年2月には、彼が主導してカナダ、メキシコ、中国の鉄鋼、アルミに対し25%の相互関税を課すこととなった。彼は「関税調整は長期的には自国の経済を促進するため、国内減税分を賄うのに十分な歳入を生み出す」と主張している。このような議論が米国内で支持されるのは、グローバリズムは米国にとって有利に働かないという考え方だ。米国は戦後、グローバリズムを進め、米ソ冷戦に勝ち、グローバリズムこそ米国のシンボルとまで言われてきた。しかし、実際は中国等の安い人件費におされて、貿易収支は大幅な赤字となった。しかも、民主党政権下での社会福祉政策の推進や、ウクライナとカザフ等への援助で米国政府の国家財政は大幅な赤字となり、米国の国債発行額は急増し、いずれ国民への増税が必要となってくることが明らかとなっていた。そこで、トランプ大統領は中国等のグローバル化で有利な状況を作ってきた国々からの輸入に関税をかけて、自国の貿易赤字を減らし、国内投資を増加させて国内生産を増加させようと考えているようだ。しかし、この政策では結局当面の輸入物価が上昇して、国内消費者物価が上昇することは明らかだ。もちろん、国家財政は他国製品に対する関税収入でその分だけ潤う。しかし、インフレによって国内経済が落ち込む恐れもあり、結果は分からない。こうした政策をトランプ大統領が主張し、かなりの米国民が支持しているのは「グローバル化で得をした国々から、損をした米国民が返してもらうべきだ」という素朴な国民感情を刺激しているからだ。今や、米国はグローバル化の騎手どころか、グローバリズムからの撤退が明らかになってきた。今や、関税政策のみならず国際機関からの脱退や、国際分担令の拠出金縮小等を進めはじめた。環境問題に対するパリ条約から脱退し、WHOの拠出金縮小等も主張している。今後も相互関税の交渉は日本を含めて各国と行われるが、トランプ大統領の本当の狙いは中国に対する関税だ。今日、中国は世界各国へのインフルエンスを強め、いずれ米国を凌駕するのではないかと思われ始めている。現状はなお、米国の軍事力が中国の軍事力を上回っているが、時間が経てば経つほど、流れは中国へと傾いていくと米国政府、特にトランプ大統領とその取り巻きが考えていることだ。たしかに中国は人口が14億人余りと世界一の大国で、その軍事力も米国につぐ国となっている。したがって、中国がこのまま経済成長を続けていくと人口が3,4億人の米国を上回る可能性は高いと思われる。特に、中国の習近平政権の台湾に対する軍事力を背景とした高圧的態度や、ウィグルに対する人権侵害等は、欧米人の恐怖心をあおっていると思われる。しかも、中国国営企業がグリーンランドの希少金属を含む土地を買い占めたり、パナマ運河の利権を香港の会社が取得したり、世界各地で中国利権が広がっていることをトランプ大統領は抑止しようとしているようだ。2中国の動向中国は胡錦濤政権までは鄧小平の路線「共産党青年団の中から優秀な人材を総書記にする」という考え方で進んできたが、共産党青年団出身でない江沢民氏が、共産党青年団出身者の勢力を弱めるために、習近平氏を重用したところから、自らに後ろ盾のいない習近平氏が共産党青年団出身者を賄賂をもらっていたとして、次々と追放し、今や習近平氏の独裁的体制が確立されてしまった。昔の指導者が次々と失脚していった結果、中国の有識者からは「今の中国は習近平王朝になった」という声がきかれるようになった。しかも、習総書記の取り巻きは、優秀な人材を集めた共産党青年団出身者以外から選別されているため、習近平氏のイエスマンばかりが閣僚になっていると言われている。習近平氏は、リーマンショックの米国の時代を見て「いずれ米国型の資本主義は破滅する」との考えになったようだ。そこで、米国に代わって中国が世界の中心となるべく「一帯一路」の路線を打ち出し、西欧諸国との連携も強めていった。ロシアとも連携して東欧諸国やドイツ等にも近づいて、中国製の安い製品を輸出し、半導体に必要なリチウム等の希少金属が自国で生産できる立場を利用して、勢力拡大を図ってきた。特にメルケル時代のドイツ等に近づき、ドイツ車等の輸入を図る一方、中国製品を輸出して、中国の経済発展を推進してきた。また、アフリカや南米等の国々への援助も積極的に行い、「グローバルサウス」という枠組みで欧米に対抗する勢力を作り始め、国際機関もこれらの国の同意なしには動かないという状況になってきている。その一方、習近平総書記は軍事力強化に努め、陸、海、空軍とは別に宇宙軍や情報軍のような組織も作って近代化を進めている。今年の全人代でも経済回復を宣言したものの、大した対策は盛り込まれず、むしろ防衛費は7.5%も増加させることを決めた。軍事費を拡大し、軍事大国の道を進む一方、経済はアメリカの金融資本主義を否定するため「金融羞恥」という言葉で排斥している。そのため、アメリカで金融を学んだ経済人や学者は中国から離れ、アメリカ、イギリス、カナダ等に移っているようだ。現在、中国は不動産不況が続いていて、不動産に支えられてきた経済は全般的に不況の中にある。新卒の、技術を持たない学生は就職できず、若者の失業率は20%を超える状況にある。そのため、日本に留学して日本企業に就職して、技術やマナーを覚えてから中国企業に移るという学生も増加している。特にアメリカの大学は、中国人学生には理科系のコースを認めていないため、日本の大学への留学を目指す学生が多いという。アメリカではアメリカの技術が盗まれるとして大学の受入れのみならず、民間の先端技術の企業では中国学生の採用を控えだしている。この背景には、中国が習近平政権において「中国人および中国企業が外国で得た技術や情報は中国政府の求めに応じて報告する義務」を課したからだ。日本で最近、外為法の政令改正によって、そのような国からの投資には規制をかけられるようにされた。アメリカのトランプ関税に対しても、習近平政権は交渉を拒否してアメリカの輸入品には100%以上の高関税を課すという政策を打ち出した。まさに、米中の関税戦争という状況を呈している。最近、経済担当大臣クラスで一応の決着(アメリカ30%、中国10%の相互関税)がついたかに見えているが、細目は決まっておらず、むしろ今後も交渉は続いていく。これは、関税にとどまらずいわば経済戦争という状況にもなってきている。昔であれば通常の軍事的な「戦争」にもつながる状況がおきていると思われる。3結論以上述べてきた通り、米中の分断は急速に進んできているように思われる。中国やロシアや北朝鮮のような独裁政治が行われている国だけでなく、グローバルサウスの国々(イラン、南アフリカ等)も民主主義といってもいわば独裁型の政治が行われ、人権侵害の出来事も多く起きている。その上、米国もトランプ大統領の登場により、共和党が議会(上院・下院)、司法(連邦最高裁判所)も含めた三権を掌握して、いわば独裁体制が確立してしまった。そうした中、日本や韓国では少数与党の政権が議会での与野党の調整の中でダッチロールの如き状況になっている。特に日本は、米国との間で安全保障条約を結び、いわば米国組に属している。しかし、地理的には米国は距離的に遠く、中国と極めて近い場所に位置しているため、米中激突の場合、日本は中国との最前線に立つことになる。しかも、米中両国ともに日本は経済的に深いつながりを持っている。外交、政治、経済あらゆる面で日本は厳しい状況を迎えている。これからの日本の状況は、まさに内憂外患の時代の始まりと思われる事態に追い込まれている。提供:税経システム研究所
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2025/06/09 審査事例
据付後に異常停止を繰り返す機械装置にお手上げ、検査等が未了でも取得したとして行った減価償却費の損金算入が、所有権は移転していないとして認められなかった事例(棄却)
【裁決のポイント】減価償却資産の償却方法を規定する法人税法施行令第48条の2が「取得をされた減価償却資産」を対象としていることに照らせば、法人税法上、法人が減価償却資産の償却費を損金の額に算入するためには、当該法人が各事業年度終了の時において減価償却資産を取得していることが要件とされており、そのためには、所有権等を法律上取得するか又はこれと同視できる事情があることが必要と解される。本件の審査請求人は、経営する牧場で生じる廃棄物から堆肥を生産する事業を計画し、A社に機械装置を発注し納品されたが、試運転で異常停止を繰り返す状態の中で平成29年9月決算期末を迎え、建設仮勘定から機械装置勘定に振り替えて、減価償却費(特別償却を含む)を計算し損金の額に算入したところ、税務調査で、A社との契約内容などから本件械装置を取得したといえないとして、更正処分等を受けた。審査請求人は、数日程度は稼働し、本件機械装置の成果物を使用したから、事業の用に供したと主張した。国税不服審判所は、各契約書面によれば、審査請求人が本件機械装置の据付後に、検査を行い、結果をA社に通知し、代金を全額決済した後で、A社から本件機械装置の所有権が審査請求人に移転すると認められる、しかし検査も支払いも未了で、審査請求人への所有権移転は認められないと判断した事例である。(平成29年9月期の事業年度の法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分、他・棄却・令和5年6月1日裁決(非公開))【主な争点】審査請求人は、平成29年9月30日までに、本件機械装置を取得して、これを事業の用に供したか。【裁決の要旨】本件各契約書面においては、契約締結時に代金の一部を、つぎに、その契約の対象となる物の引渡(納品)時に代金の一部を、最後に、その物の検査(検収)終了時に残りの代金をそれぞれ支払い、そして、代金の全額の支払が完了したところでその物の所有権が移転するという一連の取引が定められているものと認められる。そうすると、この本件各契約書面でいう「引渡し」とは、単に本件機械装置を審査請求人の所在地に据え付けることを意味するにすぎず、この定めの「引渡し」をもって相手方に所有権が移転するものではないと解するのが相当である。1)審査請求人は、前事業年度中に「引渡し」を受けていたが、本件機械装置は異常停止を繰り返し、継続して安定した稼動をしておらず、現に、審査請求人は、本件各契約書面で定められた機械装置の検査結果をA社に通知していない。2)審査請求人は〇〇知事に対して廃棄物の処理に関して必要な法令上の手続を行っていなかったことから、審査請求人はA社から完成図書の交付を受けていない。これらのことから、請求人は、平成29年9月30日までに、本件各契約書面でいうところの本件機械装置の「受渡し」をA社から受けていなかったものと認められる。3)審査請求人は、平成29年9月30日において、本件機械装置に係る代金の全額の支払を完了していないことから、同日までに本件機械装置の所有権が請求人に「移転」しているとは認められない。審査請求人は、平成29年9月30日までに本件機械装置を取得したとは認められないことから、減価償却費を本件事業年度の法人税の所得の金額の計算上、損金の額に算入することはできず、税込取得価額に対する消費税額を本件課税期間の消費税の控除対象仕入税額として控除することもできない。【参照条文】法人税法第31条《減価償却資産の償却費の計算及びその償却の方法》租税特別措置法第42条の6《中小企業者等が機械等を取得した場合の特別償却又は法人税額の特別控除》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2025/06/06 商事法レポート
「税理士のコンプライアンスと留意点ー国税庁による処分事例を参考にー」
1はじめに税理士が脱税指南や無資格者への税理士の名義貸し等、税理士法上禁止されている行為を行う等して国税庁の懲戒処分を受ける事例が増加しているという問題は、既に10年以上前に新聞で報じられ、2014年度の懲戒処分事例が合計59件に上り、3年連続で過去最多を更新したことが紹介されていました(注1)。これに対し、税理士法の改正による罰則強化等の対策が講じられましたが、必ずしも奏功したとはいえないようです。国税庁のウェブサイトを見ると、令和元年度に43件あった税理士処分件数が令和2年度から令和4年度までの間は20件前後と半減していましたが、その後また増加に転じ、令和5(2023)年度は38件であった税理士処分件数が令和6(2024)年度は64件へと大幅増加している(注2)からです。筆者が某税理士会関係者から聞いたところでは、国税庁としてもこの状況を問題視し、税理士会またはその支部に対し実効的な対策の実施を求めているとのことです。(出典:国税庁「税理士等に対する処分等」https://www.nta.go.jp/taxes/zeirishi/chokai/chokai.htm)そこで、本レポートでは、上記の状況に鑑み、国税庁の税理士等に対する懲戒処分事例を参考に、税理士にとってのコンプライアンス確保の重要性・必要性を確認し、実務上の留意点等を検討することとします。2税理士業務によるコンプライアンス(1)税理士法上の遵守規定・禁止行為等税理士がその業務を適切に遂行するに当たり、関連法令を遵守すべきことはいうまでもありません。関連する各種税法はもちろんですが、本レポートでは、税理士業務を一般的に規律する税理士法との関係で、税理士がどのような規定を遵守する必要があるかを確認しておきます。国税庁による税理士処分事案は、基本的に税理士法の関連規定の違反を理由とする(注3)からです。税理士は、税理士法(以下、「法」と表記)1条に定める通り、「税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそつて、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ること」を使命とします。そのため、税理士業務の遂行に当たり基本となるのは、法1条所定の税理士の使命であり、これに即した行動をとることを求められます。その上で、法は36条以下でこれを具体化する各種の行為規範および禁止規定を定めており、その概要は以下の表に示した通りです。(表)税理士法上の行為規範・禁止規定法36条、48条の16不正に国税・地方税の賦課・徴収を免れること、不正に国税等の還付を受けることについて指示し、相談に応じ、その他類似行為をすることの禁止法37条、48条の16税理士の信用・品位を害する行為の禁止法37条の2、48条の16非税理士に対する税理士・税理士法人の名義貸しの禁止法38条守秘義務法39条所属税理士会・日本税理士会連合会の会則遵守義務法39条の2資質向上のための研修履修義務法41条帳簿作成・保存義務(帳簿閉鎖後5年間)法41条の2税理士業務のため使用する使用人その他の従業者に対する監督義務法41条の3委嘱者が不正に国税等を免れている事実等を知ったときの是正助言義務なお、税理士事務所では、税理士資格を有しない使用人・従業者を補助者として税理士業務に関与させることが少なくないと思料されますが、これら使用人等が委嘱者(顧客)と直接対面することもあるため、使用人等が税理士法に違反しないよう確保する必要があることから、法41条の2で税理士の使用人等に対する監督義務が法定されています。(2)税理士法違反がもたらす影響税理士が上記の各義務に違反した場合、税理士法違反となり、その結果として、第1に、国税庁による懲戒処分の対象となります。例えば、税理士が故意に、真正の事実に反して税務代理もしくは税務書類の作成をしたとき、または脱税相談等を禁止する法36条に違反する行為をしたときは、財務大臣により、2年以内の税理士業務の停止または税理士業務の禁止の処分に処せられます(法45条1項)。過失による場合は、当該税理士は、戒告または2年以内の業務停止処分に処せられます(同条2項)。また、不真正税務書類の作成または脱税相談等以外の税理士法違反行為または国税・地方税関連法令の違反行為があったときは、当該税理士は、戒告、2年以内の税理士業務の停止または税理士業務の禁止のいずれかの懲戒処分に処せられます(法44条、46条)。第2に、税理士法では罰則も法定されており、例えば、脱税相談等の場合は、違反者は3年以下の懲役または200万円以下の罰金に処せられます(法58条)。また、税理士でない者に対する税理士の名義貸しの場合は、違反者は2年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられます(法59条)。3国税庁の税理士懲戒処分事例にみる非違事例の類型と特徴(1)非違事例の類型税理士法は、同法1条の税理士の使命を実現する各種行為規範・禁止行為に対する違反に対し、懲戒処分や刑事罰をもって臨み、その実効性を確保しようとしていますが、冒頭に指摘したように、現実には違反事例が少なくないのが現状です。これが氷山の一角であるのか極めて限られた例外的事象であるのかは明らかではありません。いずれにせよ、税理士制度の信頼を確保するためにも、また個々の税理士が法的制裁・責任の追及リスクを極力小さくするためにも、国税庁の税理士懲戒処分事例を踏まえ、重点を置くべきポイントを押さえ、自らの行動を律することが必要です。また、懲戒処分の中でも税理士業務の禁止(法44条3号)は、当該処分を受けた日から3年を経過しない者は税理士の欠格事由とされているため(法4条6項)、要注意点です。そこで、まず、税理士・税理士法人に対する懲戒処分の理由となる非違事例を確認しておくと、筆者が国税庁公表の処分事例を調べたところ、非違事例は、大要、以下の7類型に整理されます。Ⅰ)故意による不真正税務書類の作成Ⅱ)過失による不真正税務書類の作成Ⅲ)非税理士に対する名義貸しⅣ)帳簿作成義務の懈怠Ⅴ)信用失墜行為Ⅵ)業務停止処分違反Ⅶ)税理士法人の不当な運営このうち、信用失墜行為は、(ⅰ)自己脱税、(ⅱ)多額かつ反職業倫理的な自己申告漏れ、(ⅲ)税務職員の調査妨害、(ⅳ)税理士業務を停止されている税理士に対する名義貸し、(ⅴ)業務懈怠、(ⅵ)会費滞納、および、(ⅶ)その他反職業倫理的行為が具体例とされています(注4)。(2)公表非違事例の特徴次に、国税庁の税理士等の懲戒処分事例を、直近の公表事例をもとに整理し、留意すべき点を確認します。国税庁の公表事例を見ると、第1に、上記の非違事例の中でも最多を数えるのが、故意による不真正税務書類の作成事案です。しかも、当該事案には、委嘱者である会社の法人税の確定申告に当たり、税理士が自らの判断で棚卸資産計上額を調整する等して不正に所得金額を圧縮する事例のように、税理士が自らの判断で意図的に真正でない税務申告を行う事例もありますが、多くは、委嘱者である会社の代表者や委嘱者である個人からの依頼・要請・指示により税理士が認識しながら真実でない税務申告を行うという事案です。この種の事案では、税理士は、法41条の3により、当該委嘱者に対して是正を助言すべき義務を負うはずですが、当該義務が履行されないケースが多いようです。ともあれ、故意による不真正税務書類の作成事案は、法36条違反ともなり得るだけに、同条違反事例が公表懲戒処分事案の中でも最多数を占めることは、由々しき事態であるとともに、税理士業務の適切な遂行の確保および税理士制度に対する社会的信頼の維持・向上の観点から、この種の事案をいかに抑制し減少させるかが重要な課題であるといえます。ちなみに、過失による不真正税務書類の作成事案は、公表事例を見る限り故意の事例に比し少数であり、故意による不真正税務書類の作成事案の多さが際立ちます。第2に、税理士でない者に対する税理士の名義貸しの事例も、件数が少なくなく、依然、非違事例の典型例として目立っています。この事例も、懲戒処分の事由となるだけでなく、罰則の対象となるので、故意による不真正税務書類の作成事案と同様、いかにその発生を抑止するかが、課題です。第3に、公表事例の中で故意による不真正税務書類の作成についで目立つのが、信用失墜行為のうち「多額かつ反職業倫理的な自己申告漏れ」の事案です。これは、税理士が自己の所得税等の確定申告に当たって、所得等の申告漏れや必要経費の過大計上等により所得金額等の申告漏れを生じさせる行為のことですが、信用失墜行為の上記類型の中でも群を抜いて懲戒処分の事由とされています。なお、信用失墜行為を理由に税理士が懲戒処分を受けている事例は、上記の信用失墜行為の各類型(調査妨害を除く。)に応じそれぞれ公表されており、看過はできません。4税理士におけるコンプライアンス確保に向けた施策(1)故意による不真正税務書類の作成事案に対する施策税理士が税理士法に違反し懲戒処分を受けた事例として公表されているところを見ると、上記のように、故意による不真正税務書類の作成事案が最多かつ深刻で、それに次いで非税理士に対する税理士の名義貸し事例や信用失墜行為事例の件数の多さが注目されます。そうすると、税理士におけるコンプライアンスの確保を図る上では、これらの事案を要留意事案と考え、その抑止に向けた施策を重点的に実施する必要があると思われます。第1に、故意による不真正税務書類の作成事案については、当該事案に係る公表懲戒処分事案を反面教師とし、また今一度、法1条に謳われる税理士の使命を認識し、意図的な不真正税務書類の作成を行わないよう自覚することを、税理士会等の定期的研修とその履修を通じ確保することが求められます。この種の事案は、懲戒処分の中でも最も重い業務禁止となるだけでなく刑事罰の対象ともなり得ることを、税理士に改めて認識させる必要があり、それには定期的な意識づけが必要であるからです。(2)委嘱者(顧客)からの不正申告要求等に対する施策第2に、故意による不真正税務書類の作成事案は、その多くが委嘱者側からの依頼・要請・指示に基づくものであったことは前述しました。この種の事案は、2015年9月22日の日本経済新聞での報道でも問題として指摘されており、税理士間の顧客獲得競争が激しくなる中、委嘱者(顧客)の要求を断り切れないという事情があることが背景原因として指摘されていました(注5)が、当該事案の発生件数の公表懲戒処分事案に占める割合の大きさを見ると、現在も同様の問題が依然残っているといえそうです。そのことを踏まえると、この種の事案の抑制には、税理士個人だけの努力等だけでは足りず、委嘱先(顧客)の対応改善も併せ図る必要があります。もちろん、これは、「言うは易く行うは難し」ということですが、税理士としては、法41条の3により、税理士業務を行うにあたり、委嘱者が不正に国税もしくは地方税の賦課もしくは徴収を免れている事実、不正に国税もしくは地方税の還付を受けている事実または国税もしくは地方税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の全部もしくは一部を隠蔽し、もしくは仮装している事実があることを知ったときは、直ちに、その是正をするよう助言しなければならないとされていることを銘記することが必要です。また、法36条が、税理士に対し、不正に国税等の賦課・徴収を免れること、または不正に国税等の還付を受けることについて、指示はもちろん、相談に応じること、その他これらに類似する行為をすることを禁止し、同法が、その違反に対し、業務禁止を含む懲戒処分のみならず税理士法上最も重い3年以下の懲役または200万円以下の罰金という刑事罰を科していることの趣旨を、税理士として改めて認識し、税理士の使命を全うする観点から、委嘱者(顧客)に対し毅然とした態度で臨むことが肝要です。(3)非税理士に対する税理士の名義貸し事案に対する施策第3に、懲戒処分事案の中で比較的件数が多い非税理士に対する税理士の名義貸しという税理士法違反行為も、従来、後を絶たない事案であることが指摘されていましたが、これが現在も同様であることは、国税庁による税理士等の懲戒処分事案から明らかであり、依然、根が深い問題です。これは、税理士自身の認識の問題であるといえることから、特効薬といえる施策は見当たりませんが、税理士法がこの種の事案に対しても、国税庁による懲戒処分だけでなく2年以下の懲役または100万円以下の罰金を以て禁圧しようとする趣旨を税理士会での研修等を通じて税理士自身に改めて認識させるとともに、税理士自身としても税理士としての使命に鑑み、この種の行為に手を染めないことの強い自覚を持つことが必要であると思われます。5おわりに税理士がその業務を独立した公正な立場で遂行し、納税者の適正な納税義務の実現に寄与することは、納税義務者間の実質的公平を確保し、国民に税制に対する信頼感を抱いてもらい納税義務を適切に尽くしてもらうためにも必要不可欠です。それだけに、税理士自身の関連法令のコンプライアンス確保は、極めて重要な課題です。本レポートでは、必ずしも具体的な施策を示しているわけではありませんが、税理士のコンプライアンス確保にとって多少なりとも参考になれば幸いです。<注釈>日本経済新聞2015年9月22日付朝刊31頁。国税庁「税理士等に対する処分等https://www.nta.go.jp/taxes/zeirishi/chokai/chokai.htm国税庁「税理士等・税理士法人に対する懲戒処分等の考え方(令和5年4月1日以後にした不正行為に係る懲戒処分等に適用)」https://www.nta.go.jp/taxes/zeirishi/chokai/shobun/230401.htm国税庁「税理士制度のQ&A」の「6税理士法違反行為」問6-16から問6-22参照。https://www.nta.go.jp/taxes/zeirishi/zeirishiseido/qa/index.htm日本経済新聞・前掲(注1)31頁。提供:税経システム研究所
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2025/06/05 会計レポート
公益法人制度の改正(6)
はじめに「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」が、昨年2024年(令和6年)5月に改正され、新たな公益法人制度が2025年(令和7年)4月から始まっています。この新制度の主たる改正内容を、これまでのリポートにて確認してきました。今回は、そうした改正内容を受けて2024年(令和6年)12月に公表された「公益法人会計基準」(以下、改正後会計基準)の構成の変化に注目します。7.「公益法人会計基準」の改正(1)改正前の公益法人会計基準元来「公益法人会計基準」は、1977年(昭和52年)3月に公益法人の監督官庁の連絡会議となる公益法人監督事務連絡協議会の申し合せとして設定されました。当時は、公益認定と法人格の付与が一体化した制度でした。いわば監督目的のための会計基準でした。その後、2004年(平成16年)10月に、外部報告向けの会計基準へと変更する重要な改正が行われました。この改正により収支予算書等は内部管理目的であるとして、公益法人会計基準からは除外され、別途の申し合わせとして規定されることになりました。そして従前の公益法人会計基準(以下、改正前会計基準)(注1)は、法人格の付与と公益性の認定が一体化していた制度から、準則主義により法人格が付与されるとともに、別途公益性の認定がなされるという、いわゆる二階建ての制度への変革に合わせて、特に公益認定等に資するように2008年(平成20年)4月に改正されました。また改正前会計基準では、会計情報の具体的な作成方法等については、その運用指針のなかで定められていました。改正後会計基準との相違を浮き彫りにするために、改正前会計基準の構成を次に示しておきます。【改正前会計基準の構成】(2)改正後会計基準既述のとおり、公益法人会計基準は、公益認定基準の変更に対応するための改正、換言するならば改正された財務規律(中期的収支均衡等)に適合するような情報開示となるような改正が行われました。そしてそれとともに、「わかりやすい財務諸表」を標榜した改正もなされました。そのため、公益認定基準の改正に合わせるという意味とは異なる趣旨が包含されたものとなっています。そのことは、改正後会計基準の構成をみれば明らかであると思われます。【改正後会計基準の構成】上記より、会計基準の構成そのものを大きく変更したことがわかります。この変更は、日本公認会計士協会の非営利組織会計検討会より2019年(平成31年)7月に公表されていた「非営利組織モデル会計基準」(注2)を導入しようとする意図があったためと考えられます。非営利組織モデル会計基準の構成は、その詳細は省略して示すならば、次のとおりです。【非営利組織モデル会計基準の構成】今回の公益法人会計基準の改正は、改正前会計基準を基盤に置いて、公益法人制度の改正に合わせるように開発されたものではなく、非営利組織モデル会計基準を基盤として、公益法人制度における要請を加味したものとなっていると解するのが、合理的理解であるといえます。<注釈>2008年(平成20年)4月に公表された後、2009年(平成21年)10月および2020年(令和2年)5月に改正されています。https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/0-0-0-2c-20200918_1.pdf提供:税経システム研究所
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2025/06/02 審査事例
類似する不動産で価格があるものが存在しない場合、固定資産評価基準に定める評価方法に則して算定すべきとした事例(一部取消し)
【裁決のポイント】登録免許税の課税標準となる「不動産の価額」は、市町村の固定資産課税台帳に登録された価格(評価額)がある場合には、原則その価格とされ、価格がない場合は、当該不動産の登記の申請の日において当該不動産に類似する不動産で登録された価格のあるものが存在する場合には、その類似する不動産の価格に相当する価額とされている。不動産業者である審査請求人は、取得した各土地は固定資産税が非課税で固定資産課税台帳に価格がないため、法務局に「固定資産評価額証明情報請求書」を提出し、「土地の評価額等については、次のとおり」として価格が示された。同年12月にその価格を登録免許税の課税標準として同法務局に登記申請し、納付をした。法務局登記官は、登記申請とおりに各土地の価額を認定した(登記官認定額)。その後、審査請求人は、年の途中の地籍調査後に再評価が行われているから登記申請の日には各土地には価格があった、登記官認定額を課税標準とすべきでないと主張して、法務局に対して税務署に登録免許税の還付通知(還付手続を依頼する通知)をするよう求めたが、認められなかった。国税不服審判所は、登記官認定額は登録免許税の課税標準として過大である、類似する不動産で価格があるものが存在しない本件各土地は、固定資産評価基準に定める評価方法で算定するのが相当として、処分の一部が取り消された事例である。(令和4年12月登記により納付された登録免許税に係る還付通知をすべき理由がない旨の通知処分・一部取消し・令和6年5月27日裁決)【主な争点】本件登記官認定額は登録免許税の課税標準たる本件各土地の価額として過大か。【裁決の要旨】本件各土地は、地籍調査の前後を通して固定資産課税台帳に登録する価格が算定されることはなかったから、審査請求人の認識には誤りがある。また、土地の評価額等を示すために法務局が採用した本件各土地に類似する不動産は、本件各土地とは形状が大きく異なるほか、地積や接道状況等にも違いがあるため、本件各土地に類似する不動産とは認められないから、本件登記官認定額は、登録免許税法施行令附則第3項に規定する登記機関が認定した価額として適正なものとはいえない。固定資産課税台帳に登録された不動産の価格は、固定資産評価基準に定める評価方法に従って決定された価格が登録されたものであり、それとの均衡等を考慮すると、課税台帳に登録された価格のない不動産について、当該不動産に類似する不動産が存在しない場合にも、特段の事情がない限り、固定資産評価基準に定める評価方法に従って決定するのが相当であり、それによって決定した価額をもって、課税標準たる当該不動産の価額と推認することができるものと解される。当審判所における調査の結果においても、本件各土地に類似する不動産は存在しないから、本件各土地の登録免許税の課税標準たる価額は、本件各土地を固定資産評価基準に定める評価方法に則して算定した台帳価格相当額とすべきである。過誤納に係る部分は違法であるから、当該部分を取り消すべきである。【参照条文】登録免許税法第9条《課税標準及び税率》、第10条《不動産等の価額》、附則第7条《不動産登記に係る不動産価額の特例》登録免許税法施行令附則第3項固定資産評価基準第1章《土地》第1節《通則》一《土地の評価の基本》、第3節《宅地》一《宅地の評価》、別表第3《画地計算法》の2《画地の認定》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2025/05/29 経営レポート
昨今労務事情あれこれ(210)
1.はじめに少子高齢化の進展に伴う労働人口の減少により、企業の人材不足が深刻化しています。我が国の生産年齢人口(15歳から64歳)は1995年(平成7年)には8,716万人、総人口に占める割合は69.3%であったのですが、この年をピークとして減少に転じ、2023年(令和5年)には7,395万人、総人口に占める割合は59.5%となっています。特に、飲食や宿泊などの業界では、コロナ禍からの旅行需要の回復やインバウンド需要の高まりもあり、人手不足が顕著となっています。また、スーパーやコンビニといった店舗型の小売業では、低賃金や長時間労働、休日の取得しにくさなどが人手不足の原因となっているようです。今後も労働人口の減少が避けられない状況の中で、国は「働き方改革」の柱のひとつとして、シニア人材と言われる65歳以上の高齢者を働き手として積極的に雇用していくことを推奨しています。2021年には改正高齢者雇用安定法の中で、定年制度の廃止や定年の70歳まで引き上げなどの措置により70歳までの就労機会を確保することを努力義務として定めています。シニア人材の中には、豊富な経験や知識を持ち、これまで培ってきた技術やノウハウ、人脈などを活かし即戦力として活躍する可能性のある人々が多く存在しています。こうした企業側のメリットだけでなく、生涯現役として生きがいや意欲が高まる、健康な生活を送る一助となるなど、シニア人材側にも多くのメリットが生まれるものと考えられます。今回は人手不足解消の手段としてのシニア層活用について、メリットや注意点などを考えていきたいと思います。2.シニア人材採用の背景とメリット先述の通り、労働力人口の減少に伴う人手不足を補う手段として、シニア人材の活用は不可欠とも言えるものですが、労働意欲が高い高齢者が多いこともシニア人材の活用の追い風となっています。高齢社会白書(令和6年版)によれば、60代後半就業率は男性で6割以上、女性4割以上と65歳を過ぎても多くの人が就業している実態があります。また、現在収入のある仕事をしている60歳以上の者のうち「働けるうちはいつまでも働きたい」との回答が約4割にのぼり、「70歳くらいまで」と合わせると約9割が高齢期にも高い就業意欲を持っていることが明らかになっています。こうした高い意欲を持ち、豊富な経験や知識、ノウハウや人脈をもつシニア人材を即戦力として活用できることは、企業にとって大きなメリットと言えます。さらにこれまで培った技術やノウハウを若手の従業員に継承してもらうことによるシニア人材の役割は非常に大きいものとも言え、競争力の向上につながることが期待できます。一方で、労働意欲が高いとはいえ、現役世代のように週40時間のフルタイム勤務は体力面で厳しいという声も少なくありません。これに対応するために、時短勤務やフレックスタイム、時差出勤などいわゆる「柔軟な働き方」を整備していくことが考えられます。整備の過程で仕事の進め方の見直し、業務効率化を図るツールの導入などの取り組みは、シニア人材だけでなく全社的な労働環境の改善につながる可能性がある点もメリットとして考えて良いでしょう。こうしたメリットの反面で、シニア人材を活用していく上での課題といったものも存在しています。どのような点に注意し、改善を図っていく必要があるのでしょうか。3.シニア人材活用における課題体力面・健康面への配慮シニア人材の活用を考える上で、最も重要かつ優先される課題はやはり健康面ではないでしょうか。働く意欲も高く、元気な方が多いとはいえ、体力、記憶力、判断力などはどうしても現役世代には劣ってしまいます。また、持病や慢性痛(肩腰膝などの関節痛)などの様々な健康面のリスクを抱えていることも多いため、業務負荷が過重とならないよう企業側が配慮することが求められます。IT・デジタルへの対応力どのような業界・業務であっても、今やIT・デジタル機器なしで完結する仕事はほとんどないといっても過言ではありません。現在のシニア層は、パソコンが一般化した「Window95」が登場した頃には30代から40代であり、いわばバリバリの現役世代でしたので、以前の高齢世代と比べればITやデジタルへの対応は容易とはいえ、日進月歩のIT・デジタルツールへの対応となると、時間がかかってしまう面があるのはやむをえないとも言えます。こうした点をフォローする仕組みを整備することも企業側が配慮すべき点のひとつと言えるでしょう。若手世代との摩擦人は歳をとると頑固になりがちです。豊富な経験や知識を持つシニア人材ですが、昔のやり方にこだわってしまったり、新しい考え方を受け入れなかったりすることで、若手社員との摩擦を起こしてしまうことがあります。逆に、若手世代・現役世代の中にはシニア人材を「昔の人」として軽んじた扱いをしてしまい、シニア人材のモチベーションを下げてしまうケースもあります。企業として、シニア人材に期待する役割を明確にするとともに、シニア人材に対して最新の業界動向やビジネスモデルを学ぶ機会を提供して新しい考え方を取り入れやすい環境を整えることが必要です。モチベーションやコミュニケーションの問題働く意欲が高いとされるシニア人材ですが、中にモチベーションが低く、仕事に対する姿勢が受け身がちというケースも散見します。積極的に業務に関与せず指示を受けたことだけしかやらないという姿勢を目にした若手社員が不満を募らせて、組織全体の雰囲気や生産性に悪影響を及ぼしてしまう恐れもあります。また、他者とのコミュニケーションの際の距離感の取り方が近く、昨今の若手社員に対し、必要以上にプライベートに踏み込んだコミュニケーションをとってしまい、鬱陶しがられる例も存在します。価値観の違いと言ってしまえばそれまでなのですが、こうしたことでコミュニケーションが不足してしまっては本末転倒です。若手社員とシニア人材が緩い雰囲気で率直な意見交換をできる場を設けるなどの配慮が必要となるでしょう。多くの配慮や環境整備が必要とはいえ、人材不足を補うだけでなく、若手社員のモチベーションアップや組織の活性化につながるなどシニア人材がうまく活用できた際には、配慮や環境整備の労力を上回るメリットがあります。能力を十分に発揮してもらえるような仕組みづくりが大切です。提供:税経システム研究所
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2025/05/29 会計レポート
中小企業が身につけておきたい原価管理の知識(23)
1.はじめに本シリーズでは、経営・会計において欠かせない原価管理の考え方を紹介します。今回は、前回に続き、原価企画の例として、富士フイルムビジネスイノベーション株式会社(以下、同社)による開発時の取り組みを説明します。原価企画では、計画時の見積額からコストが大きく変動することがあり、その対処が必要になります。以下では、前回の記事で確認した予備費を使用しながら同社で行われるコスト変動管理の進め方を説明します。2.コスト変動管理の進め方図1コスト変動管理の手順(出所)筆者作成。同社では、コスト変動のリスクを最小限に抑えて、商品の目標原価を達成することを目的に、コスト変動管理が行われます。コスト変動管理は、図1のような手順で進められています。(1)コスト変動事項の把握とリスト化開発期間中に生じる部品費や金型費等に関するコスト変動事項を把握します。例えば、本格的な試作や品質評価による予想外の品質不良の発生、保守・安全・環境対応のトラブルの発生、企画時に曖昧さを残したまま設計を開始したことで事後的に起こる仕様の変更があります。コストの変動を最小限に抑えるため、変動事項とともに予想される変動額をリスト化して、改善策を考えるために準備します。コスト変動の予想額は、主に図面を作成する設計者が算定します。経験が浅い設計者が担当する場合には、原価管理機能部門が補助を行うことで、予測の精度を高めるようにしています。(2)変更の申請手順(1)でリストアップされたコスト変動事項や予想額について、主に開発機能チームの設計リーダーが、その内容と開発機能の目標を達成しているかを確認して、開発商品QCD(Quality品質-Cost原価-Delivery納期)責任者に申告します(注1)。(3)コスト変動の確認と承認開発機能チームの設計リーダーから申告を受けると、開発商品QCD責任者は、コスト変動の内容と予測額を確認し、妥当な変更か、変動額を最小限に抑える他の案は無いか、目標値以内に入っているか等を確認します。もし、他の案があったり、目標原価が未達であったりした時には、開発機能チームの設計リーダーに戻されて、再度検討を求められます。上記の確認で変更内容に問題がなければ承認されます。開発商品QCD責任者や原価推進責任者は、手順(1)から手順(3)の取り組みを素早く進めて、コスト変動をより最小限に抑えた案が承認されるように統制することで、開発活動をスムーズに進めるように努力しています。(4)図面の変更変更案が承認されると、図面を変更するための手続きが始められ、出図され、部品等の供給企業へと渡ります。供給企業には、変更後の原価見積が依頼されます。(5)供給企業からの原価見積額の回答供給企業からの原価見積回答額が予定の変動額を下回れば、図面の変更がそのまま進められます。逆に、原価見積回答額が予定の変動額を上回ってしまうと、調達部門による供給企業との交渉を中心に原価低減の活動を行います。交渉だけではコストの乖離が解消できないと判断される時は、同社の開発機能チームに戻されて、設計者による改善の検討を行うこともあります。(6)コスト変動状況の集計と確認開発機能ごとに算定されたコスト変動の予想額と実績額を、原価推進責任者が全体で集計し、その状況を開発商品QCD責任者が確認することで、コスト変動額が目標設定時の予備費以下になるように管理します。また、コスト変動の推移を可視化することで、開発機能チームの設計者にとって予備費がどの程度使用されたかが分かり、コスト変動を抑制する動機付けにもなります。上記の手順を通じて、コスト変動を抑え、商品の目標原価を達成するため継続的な管理が進められています。3.コスト変動管理での状況に応じた対処コスト変動管理では、基本的に、開発機能チームを中心に、予備費を使用したり、開発機能ごとの目標値の達成状況を基にした変更可否の判断を行ったりしています。ただし、ある開発機能チームの目標達成が厳しい時には、開発商品QCD責任者が開発機能全体での達成状況を確認した上で、変更の可否を判断します。例えば、手順(5)で、コストの乖離が残るものの、製造段階までの時間的な余裕がないという時には、図面の大きな変更はせずに製造段階での対処事項としておき、製造開始後のコスト変動を抑制する活動の中でフォローアップします。このように活動の進行状況に応じて対処することも、コスト変動を継続的に管理する上で重要な取り組みだと言えるでしょう。参考文献谷武幸.2022.『エッセンシャル管理会計第4版』中央経済社.吉田栄介・伊藤治文.2021.『実践Q&Aコストダウンのはなし』中央経済社.<注釈>同社では、コスト変動管理全体を開発商品QCD責任者が統括し、その実行管理を原価推進責任者が各開発機能チームの設計リーダーと協力して行います。コスト変動管理を行う上での組織体制は前回の記事でも解説していますのでご覧ください。提供:税経システム研究所
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2025/05/27 経営レポート
中小企業のM&Aと企業価値評価(第17回)
【サマリー】引き続き我が国の中小企業におけるM&Aと企業価値評価の実務について解説します。前回はデュー・デリジェンスの目的と種類について説明しました。本稿ではデュー・デリジェンスの実施で明らかとなった検出事項への対応について説明します。本稿では引き続き下記図表1の9.について説明します。【図表1M&Aの基本的な流れ】1.デュー・デリジェンスにおける検出事項デュー・デリジェンス(以下、DD)を実施した結果、当初想定されていなかった様々な問題点が検出されます(これを検出事項と呼びます)。前回ご紹介したDDによって、例えば以下のような検出事項が考えられます。《財務DDによる検出事項》棚卸資産や固定資産に多額の含み損が存在していること本来営業費用として処理すべき勘定科目が営業外損益や特別損益項目に含まれていることによる正常収益力分析の修正訴訟による賠償責任などの負債が会計帳簿に記載されていないこと財務制限条項(金融機関から借り入れを行う際に金融機関から遵守を要請されている事項)に抵触している、または抵触する可能性があること役員や親族へ金銭を多額に貸し付けていること業績不振の子会社株式を保有していること他社または親族が経営している会社へ債務保証していること《人事DDまたは法務DDによる検出事項》従業員に対して適切な残業代を支払っていないことここ数年の間、離職率が高水準で推移していること第三者より訴訟を提起されている事実保有する土地や建物に有害物質(PCB、アスベストなど)が使われていること規程類が十分に整備されていないこと2.検出事項に対する対応策上記のような検出事項が発見された場合、買い手サイドはどのように対応すればよいでしょうか。筆者は様々な対応策を見てきましたが、主なものを説明します。①検出事項をそのまま受け入れる検出事項が軽微かつ限定的であり、ディールの実行に大きな影響を与えないと判断されたリスクについては、契約変更や金額変更もせずにそのまま受け入れることが考えられます。但し、判断の見極めが非常に難しいために明らかに軽微なものを除き、そのまま受け入れることには慎重さが求められます。②買収価格の調整多額の含み損を抱える資産の存在、業績不振の子会社株式などの検出事項については、当該潜在的損失額を買収価格から減額させることで買い手サイドのリスクを減殺することができます。また、正常収益力分析に変更がある場合には、DCF法で算定された株式価値を変更する必要があります。➂買収スキームの変更会計帳簿に計上されていない債務が発見された場合、買い手サイドが株式を取得した後に当該債務を負担することになります。このような状況では、株式取得に変えて事業譲受けなどのスキームに変更することで予期せぬ債務の引き継ぎを避けることができます。また、役員や親族へ金銭を多額に貸し付けている場合や業績不振の子会社株式を保有している場合には、売り手サイドに引き取ってもらうことも考えられます。④最終契約書への反映DDで発見された検出事項におけるリスクの程度や発生可能性の評価が難しい場合、最終契約書に以下の事項を織り込むことでリスクを売り手に移転させることが可能となります。(ア)クロージングの前提条件への反映検出事項が発見されても、クロージング日までに当該リスクが解消されていれば買い手サイドの立場からは問題ありません。そのため、クロージングの前提条件として、最終契約書の中で当該リスクをクロージング日までに解消することを約束させる方法があります。例えば、事業を継続する上で重要な役割を果たしている従業員がクロージングの後に在籍するかどうかが不透明な場合、売り手サイドが当該従業員に対して継続して在籍することの同意を入手することを約束させることは有用と思われます。(イ)表明保証DDは時間的及び予算的制約の下で実施されるために、ターゲット企業のリスク要因をすべて洗い出すことは実務上困難といえます。そのため、調査により明らかとなったもの以外の偶発債務や簿外債務がないことを売り手サイドが表明して保証することを最終契約書に織り込むことが一般的です。これを表明保証と呼びます。表明保証があるにもかかわらず、予期せぬ簿外債務等が発見された場合には売り手サイドに賠償責任が生じるために買い手サイドとしては一定の安心感を持つことができます。また表明保証には、賠償請求の他に違反した場合に買い手サイドがディールをキャンセルできる権利を付すこともあります。違反がある場合には買い手サイドがキャンセルできるために買い手サイドには有利な条件ではありますが、売り手サイドでは重要性に乏しい違反事実があったとしてもキャンセルの可能性があるために、実務上は「売主による表明及び保証が重要な点において真実かつ正確であること」などの文言を入れることが多いといえます。➄譲渡代金の一部後払いクロージングに当たっては、通常は譲渡代金の全額を支払うことが一般的ですが、表明保証違反がないことを一定期間確認する意味で譲渡代金の一部後払いを選択することも考えられます。⑥買収自体の断念DDによる検出事項が買収後の事業に与える影響が大きい、または不確実性が高いと買い手サイドが判断した場合には買収自体を断念することになるでしょう。特に訴訟に関する損害賠償請求額が多額となる可能性が高い、簿外債務がないことが確信できない場合(有害物質の影響も含む)などは、断念を検討する必要性が高まるものと思われます。提供:税経システム研究所
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2025/05/26 審査事例
航空会社等へ直接支払うものでないから、源泉徴収対象の対価又は報酬に含まれると判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】非居住者または外国法人が国内において行った人的役務提供事業(所属事務所などが所属者による人的役務を提供する)の対価又は人的役務の提供(本人が自己の役務を提供する)に対する報酬は、源泉徴収の対象となる国内源泉所得であり、支払者は、支払時に、原則として20.42%の税率で源泉徴収をして、翌月10日までに納付する義務がある。多くの租税条約は、その人的役務の提供に係る所得が国内の恒久的施設に帰属していなければ、免税扱いにしているが、芸能人や職業運動家(囲碁やチェス等競技者も含む)による役務提供は例外で、役務提供地課税になっている。そして、所得税基本通達161-19《旅費、滞在費等》(161-40《旅費、滞在費等》に準用)は、支払者が、旅費、滞在費等の名目で負担する費用について、それらが航空会社やホテル等へ直接支払われ、かつ、その金額がその費用として通常必要であると認められる範囲内のものであるときはこの限りでない、つまり源泉徴収対象である対価又は報酬に含めなくてよいとしている。本件の審査請求人は、海外から音楽家を招くにあたり、各相手(各支払先)から航空券代等に相当する金額(各金員)を請求されて支払ったが、源泉徴収をしていなかったため、納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受け、それらは立替払いの実費精算にすぎず源泉徴収義務はないと主張した。国税不服審判所は、各通達の取扱いは相当であり、航空会社等へ直接支払いをしていないから、処分は適法と判断した事例である。(平成27年2月分から平成30年10月分までの各月分の源泉徴収に係る所得税等の各納税告知処分及び不納付加算税の各賦課決定処分・棄却・令和3年1月14日裁決(非公開))【主な争点】本件各金員は国内源泉所得に該当し、支払の際に審査請求人に源泉徴収義務があるか。【裁決の要旨】所得税基本基通161-9《旅費、滞在費等》、161-40《旅費、滞在費等》の取扱いは、当審判所においても相当と認められる。本件各金員は、審査請求人が海外の音楽家を公演のために日本に招く際に、当該音楽家の航空券代等に相当する額として本件各支払先から請求された金額を本件各支払先に支払ったものであり、海外の音楽家による日本国内での公演という人的役務の提供に要する費用を負担したものであると認められるから、本件各金員は、所得税法第161条《国内源泉所得》第1項第6号(人的役務提供事業の対価)又は同項第12号イ(人的役務の提供に対する報酬)に規定する、人的役務の提供の対価としての実質を有するものであり、国内源泉所得に該当する。そして、本件各金員は、審査請求人が、航空会社等に対して直接支払ったものではないから、所得税基本基通161-9、同161-40が定める源泉徴収をしなくて差し支えないものにはならない。以上のことから、本件各金員は、本件非居住者の国内源泉所得に該当し、審査請求人には、本件各金員の支払につき所得税法第212条《源泉徴収義務》第1項に規定する源泉徴収義務があるというべきである。提出された証拠並びに当審判所の調査及び審理によっても、審査請求人が航空会社等に対して直接航空券代等に係る債務を負っていた事実は認められないから、本件各金員は、本件各支払先が審査請求人のために立替払したものであると認めることはできない。【参照条文】所得税法第161条《国内源泉所得》、第212条《源泉徴収義務》所得税法施行令第282条《人的役務の提供を主たる内容とする事業の範囲》所得税基本通達161-19《旅費、滞在費等》、161-40《旅費、滞在費等》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2025/05/23 商事法レポート
不祥事発生時における株主総会運営の留意点
1.はじめに-相次ぐ企業不祥事と困難に直面する株主総会運営近時、企業不祥事が相次いでいます。実際にも大手中古自動車販売業者、芸能事務所、さらには損害保険会社などの企業不祥事が連日報道されるに至っています。企業が不祥事を起こした場合、企業の製品やサービスの売上が低下するなど、企業の業績に直接影響が出るとともに、企業の風評(レピュテーション)にも影響が及び、間接的にも事業活動や社会的信用にも傷がつき、企業価値を大きく下げることにもなりかねません。そして、企業不祥事が当該企業の株主総会の直前に発生した場合は、当該企業不祥事が株主総会において取り上げられることともなり、当該企業の株主総会運営において困難な場面に直面することにもなります。このように不祥事を起こした企業の株主総会運営において直面する困難な問題としては、まず、決議事項の決議に関するものとして、①役員選任議案など会社提案議案が否決される危険性の増加の問題、また、②株主総会においてアクティビスト等による株主提案が行われた場合の問題、さらに、③企業不祥事に関する取締役の説明義務の問題、④不祥事の説明などを求める出席株主の増加への対応の問題などを考えることができます(注1)。2.企業不祥事により株主総会において会社提案議案が否決される危険性の増加(1)機関投資家の議決権行使方針の厳格化や投票動向の変化とアクティビスト株主の活動の変化の傾向ISSやグラスルイスなどの議決権行使助言会社や機関投資家の議決権行使基準が厳格化し、会社提案議案の賛成率が低下する事例が増加しています。このような動向は、株主提案議案の賛成率にも影響があり、株主提案議案であっても、それが企業価値向上やガバナンス改善に資すると判断された場合には、株主提案議案が賛成票を集める事例も増加する傾向にあります。また、アクティビスト株主も、単に株主還元の強化を求める議案から、ガバナンス関連の議案を提案する比率が高まっている傾向が見られるといわれています。(2)支配権獲得を意図した役員選任議案が提案された場合の問題点①定款の員数上限を超える役員選任議案が上程された場合の対応方法定款上、取締役や監査役の員数について上限が設けられている場合(例えば、「当会社の取締役は、〇名以内とする」)に、会社提案議案と株主提案議案の候補者の総数が、定款の員数上限を超える場合の対応については議論のあるところです。実務上は、a)得票数が上位の者から定款上の員数上限までの人数を当選とし、定款の員数上限を超える人数の候補者が過半数の賛成を得ていた場合でも、残りは落選とする方法、b)あらかじめ定款の員数上限(から非改選の取締役等を控除した人数)の候補者にしか賛成票を投じられないこととし、定款の員数上限を超えて賛成票を投じた場合には全候補者について無効扱いとするという方法のいずれかが採用されてきましたが、近時は、a)の方法が支配的となりつつあります。②委任状一体型議決権行使書を巡る議論また、経営支配権をめぐり委任状勧誘戦(プロキシーファイト)が行われる株主総会において、議決権行使書と委任状用紙を一体の書面(以下「委任状一体型議決権行使書」といいます。)として用いることが実務で行われています。このような委任状一体型議決権行使書が利用されるのは、株式取扱規程において委任状に本人確認資料として添付が求められている議決権行使書用紙を確実に提出させることで集めた委任状をできる限り有効にすることや、議決権行使書用紙の回収によって議決権行使書と委任状による議決権の重複行使を回避することなどといったものがあります。しかし、委任状一体型議決権行使書については、議決権行使書に会社提案に反対とし、株主提案に賛成と記載して、議決権行使書による議決権行使を意図して返送したにも関わらず委任状を切り離し忘れてしまうと、白紙委任状と扱われて、株主の意図とは逆に、会社提案に賛成、株主提案に反対と扱われてしまうなどの問題があるため、実務上用いられなくなりつつあります。③株主提案議案が可決されることを条件とする剰余金配当議案提案株主から株主提案議案が可決されることを条件とする剰余金配当議案が提案された場合、条件付の剰余金配当議案は適法と解されていることから、株主総会決議に基づいて剰余金の配当がなされる場合、当該配当が株主からの要求や株主提案に起因するものであっても、利益供与(会社法120条1項)に該当しないと考えられています。しかし、このような剰余金配当議案は、実質的に見ると、会社財産を用いて、株主提案にかかる取締役候補者への賛成の議決権行使を誘引するものであり、株主の議決権行使を歪めるという側面があることは否定できません。3.企業不祥事発生時の株主総会の運営(1)不祥事対応時の株主総会の特殊性上場会社にとって、企業不祥事は会社の存続に影響する重大な危機であり、対応を誤れば事業活動やグループの信用を大きく毀損することになりかねません。特に不祥事が定時株主総会に近接したタイミングで生じた場合、当該不祥事について一般株主からの追及がされるなど、株主総会運営にも大きな影響をもたらします。そこで、不祥事が生じた場合の株主総会には以下のような特徴が指摘されます。①会社経営への影響まず、定時株主総会では取締役・監査役の選任議案が上程されているため、不祥事の内容次第では、会社提案候補者が落選したり、株主提案候補者が当選したりする可能性が否定できません。また、株主総会において取締役等には説明義務(会社法314条本文)が課されており、説明義務違反は決議方法の法令違反として株主総会決議取消事由(会社法831条1項1号)となります。②運営面での留意点まず、株主には原則として株主総会への出席権(総会参与権)があり、会社は株主総会に参加する株主を選ぶことはできません。また、定時株主総会の開催時期を大きく変更することは原則としてできないため、不祥事の調査が完了していない段階で総会を迎えてしまうこともありえます。さらに、株主総会の運営は、通常は代表取締役社長等である議長自身が行う必要があり、社長等が不祥事にかかわっている場合には対応に困難を来します。また、不祥事に関する質疑応答以外にも、監査報告、事業報告、他の議案についての質疑応答、採決といった手続を全て完了して、法的に瑕疵のない総会運営をする必要があります。③情報開示上の問題まず、不祥事の内容次第では、定時株主総会に際して開示される事業報告等の書面に記載する必要があります。次に、取締役等の株主総会での発言内容は、株主総会議事録に記録されます。(2)企業不祥事に関する取締役等の説明義務の範囲取締役、会計参与、監査役および執行役は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をしなければならないこととされています(説明義務。会社法314条本文)。ただし、株主総会の目的事項に関しないものである場合や説明をすることにより株主共同の利益を著しく害する場合等には説明義務が生じません(同条ただし書、施行規則71条)。なお、説明義務の範囲について、一般的には、決議事項については、株主総会参考書類の記載事項を敷衍する程度の説明でよく、報告事項については、計算書類および事業報告の内容を補足、敷衍する程度、具体的には、附属明細書の記載事項を説明しておけば足りると解されています(注2)。ただし、違法行為のチェックという観点からは、相当な根拠をもって違法ではないかと指摘された事項については説明義務が生じうると解されています。そのため、企業不祥事については、事業報告等に記載があれば株主総会の目的事項に関連することは明らかですが、記載がなかったとしても、企業不祥事が違法行為である場合には、実務的には、説明義務の範囲に含まれるという立場に立って対応する必要があり、また違法行為には当たらないとしても、会社の信用に影響し、営業上の支障が生じているような場合や会社が財産的損害を被るような事態に至っているような場合には、取締役の職務執行状況に関する質問または(当該取締役の選任議案が株主総会に上程されている場合には)取締役選任議案に関連する質問として、説明義務の範囲に含まれると解されています(注3)。もっとも、企業不祥事の発覚が株主総会の直前であるなど、まだ調査が進行中であるような場合には、「現在調査中であり、詳細は回答できないが、調査が完了次第、情報開示をする」旨の回答にとどめ、調査に支障のない範囲で、その段階でわかっていることを回答することを検討することとなると解されます。(3)企業不祥事が生じた場合の総会運営の問題点①取締役等役員選任議案への影響企業不祥事の内容が、株主総会で選任を予定していた取締役等役員個人のスキャンダルであったり、当該役員候補者が企業不祥事に直接関与していたりする場合には、当該候補者に係る取締役等役員選任議案の賛成率が低下する可能性が高まります。そのため、取締役等役員選任議案の公表前に企業不祥事が発覚した場合には、同議案への賛成率への影響も見極めて、役員候補者の見直しも含めて検討をする必要があり、同議案の公表後に企業不祥事が発覚した場合には、当該候補者が役員として適任であると判断した理由を具体的かつ明確に説明し、株主の理解を求めたうえで、それでもなお事前の議決権行使結果から否決の可能性が高いと見込まれるような場合には、やむを得ず議案の取下げをも検討せざるを得ないこととなります。②企業不祥事が生じた場合の株主総会の議事運営上の留意点株主想定問答の準備前述したとおり、企業不祥事については取締役等に説明義務が生じ得ますが、説明義務違反は株主総会決議取消事由(会社法831条1項1号)であるため、株主総会において企業不祥事に関して株主との質疑応答が予想される場合には、企業不祥事に関する株主想定問答の準備が必要となります。そして、企業不祥事においては、株主による株主代表訴訟の提起(会社法847条3項)による責任追及の対象となる可能性もあることから、株主総会における企業不祥事に関する取締役等と株主との質疑応答のやり取りは、事後的に訴訟で証拠とされる可能性も視野に入れて、株主想定問答の準備を進めて行く必要があります。議事進行シナリオの準備企業不祥事発生後の株主総会においては、企業不祥事に関する質問が多数出されることが予想されます。そのため、企業不祥事がマスコミ等で話題となり、株主総会の質疑応答で取り上げられることが強く予想される場合には、むしろ株主の質疑応答に入る前のタイミングで、会社側から企業不祥事を説明する場を設けて、企業不祥事について積極的に説明を行うことも実務において比較的よくみられる対応です。このような対応を行うことで、会社側が企業不祥事に真摯に対応している姿勢を示すことができるとともに、その後の株主との質疑応答時においても、既に説明済みの事項に関する質問が株主からなされた場合には、既に説明済みである旨を回答することも可能となります。このような対応を行う場合には、冒頭の企業不祥事に関する説明を必要十分で簡潔なものとするために、事前の答弁シナリオの準備が重要となります。しかし、企業不祥事を起こした企業としては、当該企業不祥事についても株主に対して説明義務を負っている以上、一定の説明をすることはどうしても避けられず、事前の答弁原稿に腐心してそこに安易に逃げ込むような対応では、かえって企業が不祥事に真摯に向き合っていないという印象を株主に与えてしまいかねない危険性があります。リハーサルの重要性以上述べたとおり、企業不祥事に関する質問には、慎重かつ適切な対応が必要となりますが、議長はもちろん、答弁者となる取締役等があらかじめ想定問答をよく読んで十分に消化しておくことが大切です。そして、企業不祥事が株主総会で取り上げられる可能性がある場合には、株主との質疑応答も、通常の総会と比べて緊迫感のあるものとなる可能性があるため、その対応のために株主総会のリハーサルを通例以上に入念に行うことが大切です。このように企業不祥事が起こった場合の株主総会では、様々な事態に対応できるように、通常の株主総会よりも周到かつ入念な準備が必要とされます。③出席株主の増加への対応出席株主の増加の可能性企業不祥事が起こった場合、マスコミ報道等により社会的な関心が高まり、当該不祥事を起こした企業の株主総会においては、平時よりも出席株主が増加することがあります。特に不祥事への社会的注目度が高いような場合には大幅に出席株主が増加する傾向があります。そこで、このような場合に備えて、不祥事を起こした企業においては、あらかじめ平時の株主総会におけるよりも出席株主数が増加することを見積もって収容人員数が多めの総会会場を準備するなどの対応を取ることが行われます。しかし、実際上、当日の出席株主数を事前に正確に把握することは困難であると言わざるを得ません。株主の出席権の保障と総会の決議取消事由の関係これまで株主には株主総会への出席権が保障されるとして株主総会の開催にあたって会社は合理的な出席株主を予測し、それに見合った会場を確保することが必要であると考えられてきました。しかし、会社が合理的に予想した以上の数の株主が来場した場合に、結果的に一部の株主の入場を拒むことになってしまいます。これが総会決議取消事由に該当するかについては争いがあり、招集手続または決議方法の法令違反として決議取消事由に該当するという見解と、直ちに決議取消事由に該当するものではないという見解があります。そこで、実務においては、一定数以上の株主が入場できず議事に参加できない場合に決議取消事由になり得る見解を踏まえて、第二会場、さらに第三会場を用意すること等を含め、合理的に予想した来場株主数にある程度余裕を加えた収容人員の会場を確保し、できる限り株主全員を収容できるように努めるという対応が取られてきました(注4)。なお、これに関して、会場の定員1,110名前後の株主は会場に入場できたものの入場できなかった株主が少なくとも約300名いたという事案について、裁判所は、何らかの方法で入場できない株主に対し議決権行使の機会を与えるべきであり、当日それが不可能なときには株主総会の期日を変更、延期、または続行等の措置をとならなければならないとして決議取消事由があると判示した裁判例(大阪地判昭和49年3月28日判時736号20頁)があります(注5)。入場制限や定員制の採用の可否この点、新型コロナウイルス感染拡大期において、経済産業省「株主総会運営に係るQ&A」(注6)は、「新型コロナウイルスの感染拡大防止に必要な対応をとるために、やむを得ないと判断される場合には、合理的な範囲内において、自社会議室を活用するなど、例年より会場の規模を縮小することや、会場に入場できる株主の人数を制限することも可能」であり、また「入場できる株主の人数の制限に当たり、株主総会に出席を希望する者に事前登録を依頼し、事前登録をした株主を優先的に入場させる等の措置をとることも可能」であるとして、入場制限や事前登録をした株主を優先的に入場させる措置が可能である旨を示していたところです。それでは、特段の事情のない平時において新型コロナ感染症拡大時のような入場制限や定員制を採用することは可能なのでしょうか(注7)。まず、コロナ禍の下での人数制限は、感染予防、参加者の健康維持のためということで、信義則や公共の福祉の観点から正当化することができるとされていますが、一般論としては株主の株主総会出席権を最大限保障する会場設定をする必要があると解されます。この点、従前の実務では、当日、会場に収容し切れなかった株主にはその場で帰ってもらうことを伝えなければならなかったところ、定員制・事前登録制を採用することで、事前に来場しても席がない旨を伝えることができるようになります。これまでの総会実務においても、当然には決議取消事由にならず、少なくとも裁量棄却の余地があると解されていました。そのため、会場に収容し切れなかった株主の入場を拒否しても決議取消しにはならないといえる程度の収容力のある会場を用意した上で、定員制および事前登録制を設け、定員を超える株主について出席を拒否したとしても決議取消しのリスクは必ずしも高まるとはいえないと考えられます。たとえば定員が500人の場合(ただし、500人という設定には合理性が必要)、早い者勝ちで事前登録が500番までの人は必ず入場できるが、それを超えた人は入場できない、席に余裕があった場合にのみ入場できるというものであれば、違法とはいえないと考えられます。一方、事前登録時に定員を超えたため入場できない扱いとされ、余裕があった場合に入場できる旨の告知もないような場合は、実際に会場に来た株主が500人に満たなかった場合に総会が事後的にどう判断されるかというリスクがあります(注8)。また、バーチャル株主総会を実施し、オンライン出席の方法を認めることにより、実会場の定員を大きく減らすという措置が認められるのでしょうか。この点、合理的な範囲の定員を定めた事前登録制にし、定員を超えた場合には、当日あふれた株主の出席を拒絶することがあることを警告した上で、それでも株主が株主総会に来たときは拒絶することができるという見解が示されています(注9)。しかし、ハイブリッド型総会が普及し、会場への来場者数が減少すれば、それを踏まえた規模の会場を用意すれば足りるとはいえますが、オンライン出席が可能であるという理由で実会場の大きさを過度に縮小することには、実際の出席者数を正確に見積もることが困難な状況下では企業側は相当のリスクを伴うことになります。その一方で、全株主が出席可能な会場を用意することは事実上不可能であり、実際の総会は一部の株主しか出席しないという前提で運営されている以上、出席型バーチャル株主総会などの実際の出席に替わる方法を設けた上で、あらかじめ入場できる人数を限定することは会社の裁量として認められるという見解もあります。ただし、その場合の会社の裁量も合理的な範囲で行使されるべきであり、ことさらに狭い会場を用意して来場者を限定したり、あるいは特定の株主を恣意的に入場させないといったことがあれば、それは決議の方法の著しい不公正として決議取消事由に該当する可能性があることは否定できません(注10)。4.おわりに以上述べたように、企業不祥事が発生した場合の株主総会運営には、通常以上に周到な準備と慎重な対応が求められます。企業における不祥事対応の適切さが、企業の信用回復や株主の信頼獲得に直結するため、まさに株主総会担当者の叡智が試される場面といえます。<注釈>生方紀裕『株主総会有事対応の理論と実務』(中央経済社・2023年)1頁中村直人編著「株主総会ハンドブック〔第5版〕」(商事法務・2023年)461頁桃尾・松尾・難波法律事務所編著「Q&A株主総会の実務」(商事法務・2012年)266頁渡辺邦広=若林功晃「コロナ後の株主総会運営の実務―株主総会Q&A更新を踏まえて―」商事法務2326号33頁なお、同控訴審判決(大阪高判昭和54年9月27日判時945号23頁)は、入場制限の瑕疵は修正動議無視に比べそれほど重大視すべきものではないと判断しています。https://www.meti.go.jp/covid-19/kabunushi_sokai_qa.html北村雅史ほか「座談会会社法における会議体とそのあり方〔Ⅰ〕─株主総会編─」商事法務2326号21~24頁なお、事前登録制の抽選により限定された株主のみ入場を認める方式で行われようとした株主総会に対し、株主が総会開催禁止仮処分命令を申し立てた事案(スルガ銀行事件・静岡地沼津支決令和4年6月27日金融・商事判例1652号37頁)においては、「株主総会開催にあたっては会場の規模や時間的制約等により出席株主数を無制限とすることはできず、株主が総会参与権を有するとしても、希望すれば必ず株主総会に出席できる権利であるとは認めることはできない」と判示されています。倉橋雄作「特集バーチャル株主総会のさらなる活用Ⅱハイブリッド型バーチャル株主総会における会場規模の縮小とWEBでの質問受付」商事法務2296号31~32頁松井秀征=斎藤誠「『〈座談会〉株主総会実務の将来展望』を読んで(1)―研究者へのインタビュー―」商事法務2324号7頁提供:税経システム研究所
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関連項目 商事法レポート,論説
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