実務情報
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2025/06/30 経営レポート
昨今労務事情あれこれ(211)
1.はじめに近年、「大人の発達障害」に関する記事をマスコミやメディアで見聞きすることが多くなってきました。曰く、「職場において、他の従業員とは一風変わった言動がみられる、空気が読めない、周りと協力することができない、何度指導しても頑固に自分のやり方を変えない」などなど…。厚生労働省が5年に1度実施する障害者雇用実態調査(令和5年度調査)によれば、従業員5人以上の事業所に雇用されている障害者数約110万7000人のうち発達障害者は約9万1000人となっています。前回調査(平成30年)では約3万9000人という結果でしたので、雇用者数で言えば2倍超の増加ということになります。また、2022年12月に厚生労働省から発表された「生活のしづらさなどに関する調査」(令和4年)によると、医師から発達障害と診断された者の数(推定値)は87万2000人となっています。先述のような言動があるとしても、安易にレッテルを貼ることは慎まなければなりません。国立大学法人山梨大学事件(甲府地判.R2.2.25)では、発達障害とのレッテルを貼ったような人事課長の発言が違法であると断じられています。一方で、日本では約10人に1人の割合で発達障害の傾向のある人がいると推定されていることを踏まえると、職場に発達障害の傾向をもつ従業員がいることは特別なことではないと考えることもできます。今回は、こうした傾向をもつ従業員に対し、どのように接していけばいいのかについて考えていきます。2.発達障害とはそもそも、発達障害とはどのようなものなのでしょうか。発達障害は生まれつきの脳機能の障害の一種であり、法令(発達障害者支援法)においては以下のように定義されています。自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの一言で「発達障害」と言ってもいくつかの種類があり、それぞれに異なった特性を持っています。①自閉症スペクトラム障害(ASD)過去には「自閉症」「広汎性発達障害」「アスペルガー症候群」などとされていた障害を統合した障害。対人関係の構築や他者とのコミュニケーションが不得手、特定の物に強いこだわりを持つなどの特性を持つ。②注意欠陥多動性障害(ADHD)不注意や多動性、衝動性などの特性を持つ。単純なミスが多い、頻繁に物を失くしたり忘れ物をしたりする、順番や約束を守るのが不得手などの行動がみられる。③学習障害(LD)知的な遅れがないにもかかわらず、読み書きや計算、話す、聞くなどのうち、特定の行為が著しく苦手で、学習が困難な状態である障害。文章がスムーズに読めない、誤字脱字が多い、図形やグラフを理解できないなどの特性がみられる。定義では「低年齢において発現する」とされていますが、発達障害の症状の有無は外見からは判別困難で、日常生活でも特に支障なく生活できることも少なくありません。そのため、本人や周囲も発達障害に気づかず医師の診断も受けないまま社会人になり、職場でのコミュケーションや業務遂行上のトラブルなどで「自分は発達障害かもしれない…」と気になり受診した結果、大人になってから診断されるケースが多くなっています。また、受診をしても「傾向はあるものの診断基準を満たさない」として正式に発達障害と診断されない「発達障害グレーゾーン」の方々も存在しています。では、これらの方々が職場で直面する問題の典型例はどのようなものなのでしょうか。3.発達障害を持つ従業員にまつわる職場でのあれこれ各障害の特性にもよりますが、職場で直面する問題には、対人関係や業務の進め方に関するものが多くみられます。①あいまいな表現や抽象的な指示を理解しにくいASDの場合、「適当にやっといて」のような曖昧な指示を受けても、具体的に何を求められているのか十分に理解や推測ができないため、期待と異なる成果物を出してしまうことがあります。②優先順位付けが難しい、ケアレスミスが多いADHDの場合、業務の優先順位付けが苦手で、重要業務を後回しにしてしまう、期限を守れないなどがみられることがあります。また、不注意や細かい確認作業が苦手な結果、データ入力ミスや書類の記入漏れなどを多発させてしまうことがあります。③対人関係のトラブルASDの場合、対人関係の構築が苦手であり、また、表情や声色などの非言語的な相手のメッセージを察することが難しい場合が多いことから、上司・同僚などとコミュニケーション上の行き違いにより対人関係のトラブルにつながることがあります。これらの光景、どこかで見た…という方も多いかもしれません。では、様々な障害の特性を踏まえ、会社側はどのように接していくべきなのでしょうか。4.会社側の対応は?-ひと工夫と合理的配慮発達障害をもつ従業員(グレーゾーンを含む)が働きやすい職場とするためには、各障害の特性に即した形で、業務遂行のためのひと工夫が欠かせません。具体的には以下のような対処が考えられます。【コミュニケーション面】指示を明確かつ具体的に「適当に」「なるべく早く」といった曖昧な指示ではなく、業務内容やそのゴール地点、期限などを明確に指示する。その際、メールやグループウェアなどを用いて指示の記録を文字に残すことも効果的。丁寧なフィードバック進捗状況や、指示を出した側が意図しない方向に進んでいないかなどは定期的に確認する。【職場環境面】長時間じっとしていられないなど集中力が散漫になりやすい場合、業務を短い時間に区切る、短いタスクに区切るなどにより達成感を感じやすくする。感覚過敏なケースもあるため、周囲の音(電話の着信音や話し声など)や職場の明るさなどに対して、遮音目的のヘッドホンの使用を認める、照明の明るさを抑えるなどの配慮を行う。そもそも、企業は障害のある従業員がその特性を理由に不利益を被ることがないよう、環境整備や業務内容の調整など「合理的配慮」の提供が義務づけられています(障害者差別解消法第5条)。発達障害を持つ従業員の場合、苦手な部分を周囲がサポートすることにより、こだわりの強い分野の業務などで高い能力を発揮することがあります。細かな配慮は一見すると面倒な、後ろ向きの対処に思えるかもしれませんが、彼らだけではなく、すべての従業員にとっても働きやすい環境を作ることにつながります。本稿は法令等に準じた形で「障害」の表記にしています。提供:税経システム研究所
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2025/06/27 経営レポート
昨今の経済情勢を背景に地域企業経営はどう対処するのか
【サマリー】経済産業省、中小企業庁、厚生労働省、外郭団体、自治体等が出している多くの補助金・助成金の受給ニーズが高まっています。今回は補助金・助成金の基本的なところから、主に補助金についてご紹介していきます。税金社保料をはじめ様々なコストが上昇する傾向が続いています。2030年代半ばまでに最低賃金を1,500円とする政府方針を受けて政策やメディアは給料(人件費)をあげる必要を説いていますが、売上成長の見通しが明るいわけではない情勢でこのようにコスト圧力が急激にかかる環境変化は、地域企業にとって由々しき事態となっています。私がお受けする相談で目立って増えているのは「法人税の節約」「運用」に加えて、「補助金・助成金」です。今回は「補助金・助成金」についてご紹介していきます。(1)補助金・助成金の基本基本的に補助金は経産省や中企庁、助成金は主に(他外郭なども助成金という名称を使用します)厚労省が管轄しています。補助金と助成金の違いは、管轄官庁が違うということだけではありません。厚労省が出している助成金の予算原資は私たちが支払う社会保険料の雇用保険部分から拠出されています。税金ではないのかと驚かれる方も多いです。社会保険料がどんどん上がっていき(雇用保険も労災保険も上がってきています)、今や所得税よりも負担が重くなってきている情勢です。このように厚労省の助成金は私たちが納めている社会保険料の一部が原資であるため、全事業者がまんべんなく受給できる配慮がされていると言われています。つまり納めた社会保険料の一部が助成金で戻されるという構造です。つまり、「比較的受給しやすい」のです。対して「補助金」の予算原資は主に税金です。「比較的受給しにくく、受給後の進捗報告などの義務があります。また、助成金は人事労務関連の制度で、比較的申請負担が少なく、金額が少額の場合が一般的です。補助金は事業存続と成長に関連する制度で、申請時の事務負担がかなり大きく、上限数億円にのぼるような大きな制度もあります。事務の煩雑さと負担の重さで足踏みする企業も多いでしょう。(2)補助金の誤解補助金受給を希望する事業者の多くは、当初の段階で大きな誤解があることが多いです。「国からお金がもらえる」という認識です。それには条件があるのです。何かを買った一部を補助するのが補助金なので何か買わないといけない。購買物の価格の一部を補助するのが原則。つまり自腹を切ることがつきまとう。補助金は買ってから後に支給されるので先に資金が必要。補助金は損益計算書に「雑収入」として計上され、税金がかかる。受給後は、当初提出した申請資料に記載された事業や改善が計画通りに進んでいるか報告義務が発生する。申請事務が煩雑で負担が重いのは、不正受給を抑止するためです。ただし、それが理由で事務負担が重くなりすぎてしまうことが、一般の事業者が補助金を活用しづらい要因になっています。(3)補助金申請の段取り2020年から補助金は電子申請することになりました。これまでは書類申請だったわけです。電子申請をするためには、申請1か月前くらいにID取得の手続きをしておく必要があります。電子申請システムの名称は「Jグランツ」と言います。当初は経産省の補助金制度のみの対応となっていましたが、現在はその他の省庁や自治体等の補助金制度についても順次対応が進められています。補助金申請で必要になるのは「法人代表自身」または「個人事業主自身」が取得することができる「GビズIDプライム」というアカウントです。オンライン申請と書類郵送申請があり、発行期間はオンラインなら最短即日、郵送なら原則2週間以内とされています。申請したい補助金の申請期限を鑑みて、余裕をもって早めに取得することをおすすめします。(4)申請数が多いとされる(使い勝手の良い)補助金小規模事業者持続化補助金【一般型】本補助金事業は、小規模事業者自らが作成した持続的な経営に向けた経営計画に基づく、地道な販路開拓等の取組(例:新たな市場への参入に向けた売り方の工夫や新たな顧客層の獲得に向けた商品の改良・開発等)や、地道な販路開拓等と併せて行う業務効率化(生産性向上)の取組を支援するため、それに要する経費の一部を補助するものです。(出典:公式HPhttps://r6.jizokukahojokin.info/index.php)ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金(もの補助)ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金は、中小企業・小規模事業者等が今後複数年にわたり相次いで直面する制度変更(働き方改革や被用者保険の適用拡大、賃上げ、インボイス導入等)等に対応するため、中小企業・小規模事業者等が取り組む革新的サービス開発・試作品開発・生産プロセスの改善を行うための設備投資等を支援するものです。(出典:公式HPhttps://portal.monodukuri-hojo.jp/)IT導入補助金IT導入補助金は、中小企業・小規模事業者等の労働生産性の向上を目的として、業務効率化やDX等に向けたITツール(ソフトウェア、サービス等)の導入を支援する補助金です。対象となるITツール(ソフトウェア、サービス等)は事前に事務局の審査を受け、補助金HPに公開(登録)されているものとなります。また、相談対応等のサポート費用やクラウドサービス利用料等も補助対象に含まれます。(出典:公式HPhttps://it-shien.smrj.go.jp/)(5)補助金・助成金の申請を外注する場合の注意点補助金・助成金の申請を外注で請け負う事業者があります。もともと、厚労省の助成金は社労士が、経産省・中企庁の補助金は中小企業診断士や行政書士などが外注を受けるのが一般的でした。不適切な受給が明らかになった場合は、申請主体の事業者のみならず申請を代行した請負事業者までが責任を負わねばならなくなります。たとえば、コロナ禍の雇用調整助成金の不正受給の頻発を経て、社労士事務所の中には助成金の申請の請負に慎重になっているところもあります。その一方で、申請外注を受けている社労士事務所への依頼が集中しています。そこで近年、申請代行業者が増えています。一般的な申請代行業者は事務効率をよくし、採択率の高い制度に絞って請け負っています。つまり依頼する事業者の現状に応じた補助金・助成金にオーダーメードで対応してくれるわけではありません。費用は、着手金と成功報酬です。低額で請け負ってくれる業者に実際に依頼したところ、採択されやすいように申請内容を事実と全く異なる内容(異なる事業)で申請されていました。十分なヒアリングをしないで申請書類を作成しているようでした。申請事前事後報告もなく、補助金事務局から問い合わせが来たことで申請を知るという状況。補助金事務局からの質問や確認の電話は申請事業者の代表者に入るので、大混乱になります。虚偽申請は不正受給なので、重いペナルティを覚悟しなければなりません。経産省・中企庁の補助金は記載内容が「経営計画」「事業計画」であるため、事業の詳細情報を理解しなければ申請資料作成ができません。そのため、外注できる業者は限られると考えるべきです。信用できる外注業者は、業務内容からみて、低価格では到底請け負えません。採択率を上げる申請書類作成の自動化を可能にした、専門のAIシステムの開発をした会社があります。自社で申請する申請書類作成作業を大幅に効率化するため社内でエンジニアが手弁当で開発したそうです。彼らは一般事業会社で、クライアントの要請に応じてAIシステムを貸出し、営業成績が大きくアップしたと聞いています。この企業のように、自社申請する方向でその効率化を進めることができるのが理想的と考えます。(6)まとめコスト高に追い込まれる経営環境での、補助金・助成金の活用は良い対策に間違いありません。さらに活用している企業も格段に増えました。ただ、最初にして最大の悩みは、自社が受給できる補助金・助成金を全部ピックアップすることです。これがとてつもない時間を食います。さらに自社に適合するかどうかの判断のために補助金・助成金個々の細かい資料を読み込まねばなりません。その結果、自社は申請資格がないことが発覚したりすると、長い原稿のデータが一気に飛んだ時のような感覚になります。自前申請をするにあたって私が試した中で、これに落ち着いているという方法をご紹介します。「補助金・助成金そのものを調べる」と前述のような罠にはまります。そこで、「○○の課題解決制度」などでネット検索してみてください。検索結果に中央官庁、地方自治体問わず、補助金・助成金の情報がヒットします。地方自治体も補助制度を多数出しています。自治体の制度は予告なく自治体HPに掲載されて始まり、予算が満了すると静かにHPから消えて終わります。人気の制度では、「省エネ設備導入補助」などがあります。新型のエアコンに入れ替える際に活用されています。私の取っているリサーチ方法で面倒なのは、補助金・助成金の過年度のHPも混在してヒットすることです。同じ名前の助成金補助金制度でも、毎年、一部が変更になっていますので、当然進行期の情報にアクセスしなければなりません。また、法人のみならず個人が受給する制度も混在してヒットしてきますので、選別に労力と集中力が必要となります。まず1つ納得のいく補助金・助成金をみつけて、申請実務をやってみてください。そうすると「百聞は一見に如かず」です。1つ実行するとコツがわかって、調べ方も改善され、申請事務の効率化も図られていきます。提供:税経システム研究所
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2025/06/26 会計レポート
生成AIを活用した財務・非財務情報の分析(4)
1.利益計画の実現手段としての予算の重要性経営計画において設定された利益目標を実現するためには、利益目標をその実行計画である予算に落とし込み、予算が確実に実行されるようにこれを効果的に運用しなければなりません。利益目標を実現するためには、財務目標数値を各責任単位(事業部、部門、課など)に割当てて予算目標を設定し、②目標達成のために必要となる経営資源を各部門間で調整し、③各部門の財務目標の達成に向けて責任と権限を明確化し各部門の統制をはかる必要があります。利益目標を実現するためには、予算をいかに効果的に運用できるかがカギになるのです。予算を効果的に運用するためには、図表1に示すように、予算のPDCAサイクルを回していくことが必要です。すなわち、適切な予算目標の設定(Plan)、期中における予算目標の遂行(Do)、月末・四半期・年度末の目標達成度評価(Check)、アクションプランや次期以降の改善・計画修正(Action)というサイクルを回すことで、予算目標の達成を確実にするとともに、さらなる改善を図っていくのです。図表1予算のPDCAサイクル出所:筆者作成2.効果的な予算のためのデータ分析の活用予算のPDCAサイクルをまわしていくうえでも、データ分析は強い武器となります。たとえば、データを活用することで、予算目標の達成度を月次で確認しながら年間の予算目標の達成可能性をシミュレーションすることや、予算目標の設定レベル(目標の達成難易度)と達成率の因果関係を分析することなどの分析を行うことが可能です。複数年度に渡る予算・実績のデータが蓄積されていれば、過年度の情報をもとにして、翌年度の予算編成の基礎数値(推定売上高、推定コスト、推定利益)などを計算することも可能です。これらの分析をするためには、継続的に予算と実績値に関するデータが蓄積されていることが必要です。予算のために会計・情報システムを導入していれば、一定のルールに基づいて過年度データが蓄積されているはずですから、分析に必要となるデータを出力することは容易でしょう。しかし、多くの企業では、予算のためのデータは表計算ソフト(Excel等)を用いて手動で作成されていることが少なくありません。その場合、データの集計方法や集計範囲が異なると、適切な分析を実行することができなくなってしまいますので、データ集計にあたってのルールを作成しておくことも重要です。3.予算達成度のシミュレーション(予算フォーキャスト)今回のリポートでは、データ分析を予算に活用する一例として、予算目標の達成可能性をシミュレーションする予算フォーキャストをご紹介したいと思います。予算フォーキャストとは、毎月(もしくは四半期ごと)の予算達成度から予算目標の達成可能性をシミュレーションし、環境変化にあわせて予算の柔軟な運用を可能にする仕組みです。シミュレーションの結果、予算目標の達成が難しくなってきた場合には、目標達成に向けて早期にアクションプランの修正を図り、逆に、予算目標が前倒しで達成できる場合は、早期に目標の上方修正を行います。これによって、予算目標の達成可能性を高め、環境変化に応じた予算の柔軟な運用を行うのです。予算フォーキャストでは、月次もしくは四半期ごとに予算目標の達成度を確認しながら、過年度の予算・実績データや市場・経済環境の動向を踏まえつつ、年度の予算目標の達成度をシミュレーションしていきます。図表2は予算フォーキャストのイメージ図を示しています。この図では、第3四半期時点で、予算目標達成ラインに11,000(76,000-65,000)届いていません。このまま期末を迎えると売上高の着地がどうなるかについてシミュレーションをした結果が、第3四半期時点から期末にかけての破線で表されており、このままでは期末着地時点の売上は80,000にとどまってしまうことが推定されています。このように、予算目標の達成可能性を評価し、可能な限り早い段階から予算目標の達成に向けたアクションプランや、予算目標の見直しを図るのが予算フォーキャストなのです。図表2予算フォーキャストのイメージ図出典:筆者作成4.生成AIで予算フォーキャストを実行するそれでは、ChatGPT4o(omni)を用いて売上高に関する予算フォーキャストを実行してみましょう。データは、ある企業の2021年第1四半期から2024年第2四半期までの14四半期分のデータを用います。これを用いて、2024年第3四半期および第4四半期の売上高を推定し、着地時点の予算目標達成度をシミュレーションしてもらいましょう。データは注に示すURL(注1)からダウンロードしてください。まず、ChatGPTにフォーキャストを実行してもらうための指示を出してみましょう(図表3)。指示にあたっては、どのような分析を実行したいのか、シミュレーションにどのようなデータを使用するのか、グラフ化にあたってどのような点に注意して欲しいのかを明確に指示することがポイントです。#実行して欲しい内容2024年期末の予算目標売上高は48,000,000円です。これを実現するための各四半期のあるべき売上高と、実績売上高のギャップが知りたい。また、過年度の売上高の実績を踏まえて、2024年第3四半期、期末時点の着地予想売上高をシミュレーションしてください。これをグラフ化し、各四半期の予算目標達成率も示してください。#データの説明シミュレーションにあたっては、data202505.xlsxのなかの売上高のデータを用いてください。これには自社の2021年第1四半期から2024年第2四半期までの売上高データが入っています。#グラフ出力の注意点グラフの出力にあっての注意点は以下のとおりです。日本語フォントは添付のフォントデータを使用してください累積売上で目標とのギャップを示してくださいQ1、Q2は実績、Q3、Q4は見込みとして線種を変えて表示してください各点に金額と達成率のラベルを表示し、Q4でギャップを矢印で示してください売上金額は百万円単位で表示してください各四半期のあるべき売上高と実績値の金額を可視化してください図表3ChatGPTへの指示出典:筆者作成(ChatGPTへの指示画面)やや複雑な指示を与えていますので、期待する結果がすぐに出力されるとは限りませんが、期待と異なる出力結果となった場合には、改善して欲しい内容を追加指示することで、再度分析を実行してくれます。分析の結果、図表4のような結果が得られました。図表4ChatGPTを用いた売上高に関する予算フォーキャスト出典:ChatGPTを用いて出力予算目標である48,000,000円の売上高を実現するために各四半期で達成すべき売上高と実績値のギャップや、第3四半期、第4四半期(期末)の着地予想売上高が計算されています。これによると、第2四半期までの売上実績値のまま推移した場合、期末時点では目標の91.3%にしか届かず、目標未達に終わってしまうという結果がシミュレーションされています。第2四半期終了時に期末の着地点をシミュレーションすることで、早期のうちに改善策を検討し、どのようにして遅れを取り戻すのかについての策を検討することができるのです。また、図表4のように、今後の推移を可視化することができれば、問題の重要性を直感的にも理解させることも可能になります。予算を効果的に運用するために、生成AIの力を借りてみてはいかがでしょうか。<注釈>https://www.dropbox.com/scl/fo/3pnbn1dmgho6xg1jlx9xz/AORITDUjREbDwQoyeh3s-ww?rlkey=xyb5omanca3osgcpli6knr61x&dl=0提供:税経システム研究所
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2025/06/26 経営レポート
戦略的医療機関経営 その166
【サマリー】施設基準の見直しによる増収も今回で最後です。最後は食事や生活に関する費用と保険外併用療養費です。とくに増収を考えるうえで、保険外併用療養費の対策がちょっとしたアイデアや知恵が増収に結びつきます。それぞれの医療機関の特徴や強み合わせて料金設定などを考えてみてください。1.今後の執筆予定施設基準とは(構造、主な要件、用語)基本診療料(主な施設基準、入院基本料、)重症度、医療・看護必要度、在宅復帰率特掲診療料施設基準の届出適時調査入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費2.入院時食事療養費について入院患者に限らず、医療において、「食事」の位置づけは、以下のようなことが考えられます。疾病の予防高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満などの生活習慣病は、適切な食事管理によって予防可能です。さらに健康的な食事は、がんや認知症などの発症リスクも低減させます。治療糖尿病では「食事療法」が治療の基本柱の一つです。慢性腎臓病ではタンパク質や塩分の制限が不可欠です。胃潰瘍や消化器疾患でも、刺激物の制限などで症状が改善することが知られています。参考)治療食エネルギーコントロール食(糖尿病、肥満症、脂肪肝、脂質異常症、心臓疾患、妊娠中毒症、高血圧)たんぱく質・ナトリウムコントロール食(急性腎炎、慢性腎炎、ネフローゼ症候群、急性腎不全、慢性腎不全、腎盂腎炎、透析、糖尿病性腎症、妊娠高血圧症候群、慢性肝炎、肝硬変)脂質コントロール食糖尿病食腎臓病食肝臓病食胃潰瘍食貧血食膵臓病食脂質異常症食痛風食回復の促進や合併症の予防、入院患者では、十分な栄養をとることが回復を早め、褥瘡や感染症の予防につながります。特に手術後やがん治療中は、エネルギー・タンパク質の需要が高まり、食事管理が回復に直結します。生活の質(QOL)の向上そもそも食べることを嫌いな人は基本的にはいないでしょうが、好きな食事を楽しめることは、患者の精神的満足や意欲に良い影響を与えます。摂食・嚥下機能が落ちた患者には、安全で美味しい食事の工夫が重要。(とろみ、きざみ、ミキサー等)チーム医療管理栄養士が医師・看護師・薬剤師と連携し、栄養状態を評価し、個別の食事計画を立てます。また近年では栄養サポートチーム(NST)として、重症患者への栄養介入を行うケースに診療報酬で評価する傾向にあります。入院時食事療養費は、上記のような理由で医療の一環として、患者の病状等に応じて必要な栄養量の食事を提供するものです。入院中の1食の提供に係る費用のうち、標準負担額を患者自身が負担し、残りを保険者が負担します。ちなみにどんな大食漢でも入院時食事療養費の算定は1日3食に限られています。入院時食事療養費は、(Ⅰ)(Ⅱ)に分かれています。食事療養費Ⅰは、対象が特別な栄養管理が必要な患者(例:糖尿病、腎臓病などで特別な食事管理が必要な場合)で、内容は管理栄養士が個別に作成した治療食になります。特別な献立や調理など手間暇がかかるので、費用は一般的に高めです。(医療保険の適用があるが、通常の食事よりコストがかかる)対して、食事療養費Ⅱの対象は特別な食事制限のない一般の入院患者です。内容は普通の病院食(標準的な栄養バランスの食事)「常食」と言います。費用は定額での自己負担(現在は1食あたり510円が基本)です。さらに患者に事前にメニューから選択させて食事を提供した場合は、別途追加料金を取ることができます。このように細かな配慮をすることによって、患者満足度を上げること、(嫌いなものは残すので)食材のロスの低減、収入のアップにもつながります。近年の食材の高騰によって、入院患者の食事を提供する委託業者の値上げラッシュが続いています。医療機関側もその金額で契約せざるを得ない状況です。場合によっては食事に関する費用が収入を上回ってしまうこともあります。少しでも安い食材を使った献立や食材の入手ルートの模索などが現場では行われています。3.入院時生活療養費について入院時生活療養費とは、介護保険との均衡の観点から、医療療養病床に入院する65歳以上の者の生活療養(食事療養並びに温度、照明及び給水に関する適切な療養環境の形成である療養をいう。)に要した費用について、保険給付として入院時生活療養費を支給されるものです。入院時生活療養費の額は、生活療養に要する平均的な費用の額を勘案して算定した額から、平均的な家計における食費及び光熱水費の状況等を勘案して厚生労働大臣が定める生活療養標準負担額、病状の程度、治療の内容その他の状況をしん酌して厚生労働省令で定める者については、別に軽減して定める額を控除した額となっています。出典:全国健康保険協会4.保険外併用療養費について保険外併用療養費とは、文字通り医療保険が認められていないものです。通常であれば、1つの疾患の治療行為の中で、保険が認められているものと認められていないものを一緒に行ってはいけないルールになっています(混合診療)もし実施してしまったら、保険が認められているものの3割負担だったものが、治療の開始時に遡って100%自己負担となります。しかし、保険が認められるまでに非常に長い時間がかかるのも事実なので、そのタイムラグの救済のために、保険外併用療養費という部分的な混合診療の制度ができました。保険で、点数が決められていませんので、医療業界では珍しく医療機関自身が価格を決められます。保険外併用療養費制度には大きく3つに分類されます。選定療養、評価療養、患者申し出療養です。「選定療養」は、基本的に将来の保険導入を前提にしていません。患者の自由な選択によって実施することができます。患者から徴収する金額は医療機関側が自由に決められますが、事前に地方厚生(支)局へ届出る必要があります。代表的な選定療養費は「差額ベッド代」です。個室の場合の差額ベッド代は1日当たりの平均費用は8,437円(2023年7月1日現在、厚労省・中央社会保険医療協議会)です。2~4人部屋だと1日当たり平均2,724~3,137円となっています。ただ、差額ベッド代は病院によって差が大きく、平均値では実態がつかみにくいです。最低額はわずか50円。最高額は福岡県北九州市の小倉記念病院の特別室で、1日当たり38万5,000円(2023年)、1泊2日だと77万円にもなります。差額ベッド代が高い医療金の傾向としては、大学病院、(芸能人など著名人が出産する)産婦人科病院などが高い金額が設定されていることが多いです次に「評価療養」ですが、将来的に公的保険給付の対象とするべきかどうか評価を行う療養の事です。先進医療(※1)や治験(※2)など厚生労働省が定める高度な療養で、現在は公的保険の対象ではないが、将来的な保険導入のための評価を行うものとして認められた療養のことです。先進医療先進医療とは、日本の医療制度において、厚生労働大臣が認めた高度で最先端の医療技術のことです。まだ保険適用にはなっていないけれど、有効性や安全性について一定の評価がされており、保険診療と組み合わせて受けることができるのが特徴です。例を挙げると、がんの治療の重粒子線治療や、眼科の多焦点眼内レンズを使った手術などがあります。治験治験とは、新しい薬や治療法が本当に安全で効果があるかを確認するために、人に協力してもらって行う試験のことです。正式には「臨床試験」と呼ばれます。流れとしては動物実験などで安全性を確認し、健康な人で安全性を確認(第Ⅰ相)し、患者さんで効果や副作用を確認(第Ⅱ相)し、より多くの患者さんで最終確認(第Ⅲ相)します。大きくはこの3つにフェーズが分かれています。そして、最後に国に申請→承認されると一般に使えるようになります(薬価がつくということ)。最後に患者申し出療養ですが、最終的に実施する医療の内容は先進医療となりますが、患者が申し出の起点であることがポイントです。さらに実施する医療機関は安全性を鑑みて、臨床研究中核病院で行われます。収入を少しでも上げるための保険外併用療養費を考えるとき、患者申し出療養や評価療養の「先進医療」の取り組みは非常に高額な料金設定が可能です(弊社クライアント病院で重粒子線知慮意を行っていますが、患者負担は数百万円です)が、実施するための医師、設備などを準備することも困難です。そのような取り組みの素地などがあるなど以外は取り組まないほうが無難です。すぐにできる保険外併用療養費対策としては、差額ベッド代です。具体的には高額な差額ベッド代が徴収できるような豪華な個室にするとか、複数人の入院患者の部屋をパーテーションで区切り、準個室として差額ベッド代を徴収する取り組みが考えられます。提供:税経システム研究所
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2025/06/23 審査事例
暗号資産の個人間取引の損失の額を立証できていないから、損失の額はなかったと推認されると判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】課税処分においては、原則として、原処分庁がその課税要件事実についての主張立証責任を負う。しかし、必要経費の金額と同様、所得の損失の金額は所得金額の計算上の減算要素で、納税者には有利な事柄である上、納税者の支配領域内の出来事で、通常、納税者の方が原処分庁よりも主張立証が容易であるから、納税者が積極的に損失の金額を主張立証しない場合には、存在しないことが事実上推認されるものと解されている。本件の審査請求人は確定申告をしていたが、暗号資産の取引からの雑所得を申告していなかった。税務署は、各暗号資産交換業者が運営する暗号資産取引所を調査し、審査請求人に係る暗号資産の取引を把握して、各年分の所得税等に係る各更正処分等をした。審査請求人は、個人間取引の損失がある、税務署は立証責任を完全に審査請求人に転嫁しているなどと主張した。国税不服審判所は、審査請求人は主張立証しないから、損失が生じたという個人間取引はなかったと推認されると判断した事例である。(平成29年分及び平成30年分の所得税及び復興特別所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分・棄却・令和5年6月15日裁決(非公開))【主な争点】税務署が算定した各年分の暗号資産取引に係る雑所得の金額に誤りがあるか。【裁決の要旨】個人間取引については、審査請求人は、証拠書類はほとんど残していないとして、税務署に提出済みのメモ以外の資料を提示していないが、当該提出メモによれば、600万円弱から1,000万円強の取引を計7回行っているところ、このような高額な取引を複数回行っているにもかかわらず、取引時のニックネームを覚えていない、スマホを買い替えたなどの理由で、これらを客観的に確認できる資料を一切残していないというのは、通常考えにくい。雑所得の金額については、原則として原処分庁がその主張立証責任を負うものであるが、審査請求人の主張する個人間取引は、損失が生じているものとされており、これを前提とすると、当該個人間取引は、審査請求人に有利な事柄である上、その取引は審査請求人の支配領域内の出来事であるから、その主張立証は、審査請求人の方が原処分庁より容易であるところ、審査請求人が積極的にこれを主張立証しているとはいい難い。審査請求人の主張する個人間取引については、立証責任が原処分庁にあることを前提にしてもなお、個人間取引はなかったと推認される。【参照条文】所得税法第35条《雑所得》、第36条《収入金額》、第37条《必要経費》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2025/06/20 商事法レポート
カスハラについて ~安心して働くための過度なクレームへの対処法~
Ⅰはじめに近時、日本では、パワハラ、セクハラ、LGBTハラに加えて、カスハラも大きな社会問題となっています。カスハラ(customerharassment)はコンビニや中小の商店のレジや店頭ばかりでなく、大企業においても対応する従業員や企業自体にとって大きなストレスとなっています。カスハラは従業員や当該企業そして他の顧客等にとっても様々な悪影響を及ぼしますので、放って置くわけにはいきません。しかし、カスハラについては他の上記各種のカスハラと違って、直接的な関係法令はありません。そのかわり、事態の深刻さに対応して、近時、『「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」厚生労働省、カスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成事業検討委員会(令和3年度厚生労働省委託事業、東京海上ディーアール株式会社受託)』(以下「マニュアル」と略記します。)が公表されており、これに準拠して最近は東京都、北海道、三重県はじめ多くの地方公共団体や各企業において、それぞれのカスハラ防止条例や対策基準が作成されてきています。そこで、本稿では、カスハラに関する諸問題に関し、この「マニュアル」および『あらましとQ&Aでわかるカスハラ』(弁護士法人中央総合法律事務所編)(きんざい、2020年)(以下「カスハラ」と略記します。)における説明の概略内容を紹介しようと思います。Ⅱカスタマーハラスメントとは「マニュアル」は、カスタマーハラスメントについて「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と意義づけています。そして、会社が顧客から受ける苦情(クレーム)を、①会社の経営やサービスの改善につながる有益なもの、②会社の経営やサービスの改善につながらないが、その内容や態様が悪質とまではいえないもの、③会社の経営やサービスの改善につながらず、その内容や態様が悪質なもの、に分類しています(カスハラ7頁)。このうち、③が会社がクレーマーから受ける悪質なクレームでして、カスハラに該当します。このカスハラに該当するか否かの判断基準としては、(1)顧客等の要求内容に妥当性があるか、(2)要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か否かがあります。(1)の「顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合」の例としては、①企業の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合と、②要求の内容が、企業の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合があります。また、(2)の「要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な言動」の例としては、(ⅰ)「要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いもの」と(ⅱ)「要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるもの」に分かれます。そして、(ⅰ)には、身体的な攻撃(暴行、傷害)、精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)、威圧的な言動、土下座の要求、継続的な(繰り返される)あるいは執拗な(しつこい)言動、拘束的な行動(不退去、居座り、監禁)、差別的な言動、性的な言動、従業員個人への攻撃・要求があります。また、(ⅱ)としては、商品交換の要求、金銭補償の要求、謝罪の要求(土下座を除く)、があります(マニュアル7~8頁)。Ⅲカスハラ対策の必要性カスハラは当該企業の従業員や当該企業あるいは他の顧客に対し以下のような悪影響を及ぼしますから、会社は従業員に対し、労働契約上の安全配慮義務の観点から(最判昭和59・4・10、川義事件)、何らかのカスハラ対策を講じなければなりません。従業員への影響としては、その者の業務のパフォーマンスの低下、健康不良(頭痛、睡眠不良、精神疾患、耳鳴り等)、あるいは、現場対応への恐怖・苦痛による従業員の配置転換、休職、退職、等があります。当該企業への影響としては、時間の浪費(現場でのクレームの対応、電話対応、謝罪訪問、社内での対応方法の検討、弁護士への相談、等)、業務上の支障(顧客対応によって他の業務が行えない、等)、人員確保(従業員離職に伴う従業員の新規採用、教育コスト、等)、金銭的損失(商品、サービスの値下げ、慰謝料要求への対応、代替品の提供、等)、店舗・企業に対するブランド・イメージの低下、等があります。他の顧客等への影響としては、来店する他の顧客の利用環境・雰囲気の悪化、業務遅滞によって他の顧客がサービスを受けられなくなること、等です。Ⅵ企業が取り組むべきカスハラ対策1事前の準備カスハラに対する事前の準備としては、①事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、このことの従業員への周知・啓発、②従業員(被害者)のための相談対応体制の準備、③対応方法・手順の策定、④社内対応ルールの従業員等への教育・研修、等があります(マニュアル18頁)。2実際の対応実際にカスハラが起こった際の対応としては、①事実関係の正確な確認と事案への対応、②従業員への配慮の措置、③再発防止のための取組、等があります(マニュアル19頁)。②に関しては。相談者のプライバシーを保護するため必要な措置を講じ、これを従業員に周知することや、相談したことを理由として不利益な取扱を行ってはならない旨を定め、従業員に周知すること、等があります。メンタルヘルスの不調への対応も必要です。カスハラにまで発展させないための現場でのクレーム初期対応の一つとしては、対象となる事実や事象に関し、明確かつ限定的に謝罪することがあります。「この度は不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません。」等、不快感を抱かせたことを謝りますが、正確に状況が把握できない段階では、企業として非を認めるような発言をするのは望ましくありません(マニュアル30頁以下)。悪質クレーマーとは真摯に折衝しなければなりませんが、①議論はしないこと。正論を述べても怒りを買うことになります。②話をかみ合わそうとしないこと。かみ合っても新たなクレームのきっかけを与えることになります。こちらの言い分を繰り返し伝えること。③説得しないこと。説得しようとしてもかえって怒りを買うだけです。④できる限りその場で対応し、宿題をもらわないことに留意すること、です(カスハラ55頁以下)。相談対応者または窓口対応者が従業員から相談を受けた場合には、まず事実関係を整理し、ハラスメントに該当するか否かを判断しなければなりません。(ⅰ)時系列で、起こった状況、事実関係を正確に把握・理解すること。まずは、顧客の名前・住所・連絡先等の情報を得なければなりません。(ⅱ)顧客が求めている内容を把握し、それが妥当か否かを検討すること、(ⅲ)顧客の要求の手段・態様が社会通念上相当か否かを検討する必要があります(マニュアル36頁)。確認した情報は、現場監督者または相談窓口対応者と共有します。悪質クレーム案件の対応は、①情報収集、②対応方針の決定、③対応、となります。情報収集にあたっては、5W1Hを明確にしたうえで、時系列に従って把握することが重要です。すなわち、Who(誰が)、When(いつ)、Where(どこで)、What(何を)、Why(なぜ)、How(どのように)、です(カスハラ21頁以下)。(ⅰ)顧客の話によればどういう5W1Hなのか、(ⅱ)当方の話によればどういう5W1Hなのか、(ⅲ)(ⅰ)と(ⅱ)を分ける重要な事実は何か、(ⅳ)顧客の主張対応はどのようなものか明確にします。会社がクレーマーの要求事項に対応する義務があるか否かについては、「一般人の感覚」すなわち「常識」で判断します。①競業他社の動向、②他事案との平仄、③これを実施するための、ヒト、モノ、カネ、時間、④レピュテーションリスク、⑤過剰要求の呼び水となるリスク等を考えて経営判断します(カスハラ26頁)。Ⅴハラスメントの行為類型と対応策カスハラは、以下のように分類されています(マニュアル26頁以下)。(1)時間拘束型:これは、居座りをしたり、長時間電話を続けるなどして、長時間にわたり従業員を拘束する形態です。この場合には、これ以上対応できない理由を説明したり、応じられないことを明確に伝えた後、膠着状態が一定時間を越えた場合には、お引き取り願うか、電話を切ることです。顧客が帰らない場合には、毅然とした態度で退去を求め、場合によっては弁護士への相談や警察への通報を検討しましょう。(2)リピート型:これは、理不尽な要望を繰り返し電話で問い合わせてきたり、面会を求める形態です。頻繁に来店し、その度にクレームをつけたり、複数の部署にまたがって複数回クレームをよこす行為などもあります。これに対しては、連絡先を取得し、繰り返し不合理な問い合わせがきたなら注意し、次回は対応できない旨を伝えましょう。それでも繰り返し連絡が来る場合には、リスト化して通話内容を記録し、窓口を一本化して、今後同様の問い合わせは止めることを毅然として伝えることです。弁護士への相談や警察への通報も検討することです。(3)暴言型:これは、大声で怒鳴ったり、「馬鹿」などの侮辱的発言や、人格を否定し名誉を毀損する発言をするものです。暴言で執拗にオペレーターを責めたり、店内で大声をあげて秩序を乱したり、大声で恫喝・罵声・暴言を繰り返す等の行為があります。これに対しては、録音し、程度がひどい場合には、退去を求めることです。(4)暴力型:これは殴る、蹴る、たたく、物を投げつける、わざとぶつかるなどの行為です。クレーマーとは、一定の距離を保って離れ、対応者の安全を確保するとともに、警備員に連絡し、複数名で対応し、警察に通報する必要もあります。悪質クレーマーの中には暴力・監禁等をする者もいます。悪質クレーマーの支配圏内(自宅等)での折衝は原則的にしないこと。やむを得ない場合には、複数人で入ること。訪問する担当者の氏名・人数を伝えて、了解を取り、面談時間についてもあらかじめ決めておくことです。(5)威嚇・脅迫型:これは「殺されたいか」等の脅迫的発言、反社会的勢力とのつながりをほのめかす言葉を発し、異常に従業員に接近し、怖がらせる行為をとるものです。「対応しなければ株主総会で糾弾する」、「SNSにあげる」、「口コミで悪く評価する」等のブランド・イメージを下げるような脅しをかける場合もあります。これに対しては、複数名で対応し、警備員と連絡をとりつつ、対応者の安全確保を優先する必要があります。警察への連絡も検討すべきです。(6)権威型:これは正当な理由なく、権威をかざして要求を通そうとするものです。断っても執拗に特別扱いを求め、文章等による謝罪や、土下座を要求することもあります。これに対しては、不用意な発言はせず、対応を上位者と交代し、要求には応じないことです。土下座の強要は強要罪にあたり、従う必要はありません。(7)店舗外拘束型:これはクレームの詳細がはっきりしない状態で、職場外にある顧客等の自宅や特定の喫茶店などに呼びつけるものです。基本的に単独で対応してはいけません。クレームの詳細を確認したうえで、対応を検討しましょう。事前に返金等に対する一定の金額基準、時間、距離、購入からの期間などについて制限を設けておいて、基準を作っておきましょう。対応の場所は公共性のある所を指定しましょう。クレーマーががんとして従業員を帰さないときは、弁護士への相談や警察への通報を検討しましょう。(8)SNSやインターネット上での誹謗中傷型:これはインターネット上に、名誉を毀損したり、プライバシーを侵害する情報を掲載するものです。これに対しては、掲載先のホームページ等の運営者(管理人)に削除を求めたり、投稿者に損害賠償を請求する方法があります。必要に応じて弁護士に相談しつつ、発信者情報の開示を請求しましょう。投稿者の処罰を望む場合には、弁護士や警察へ相談します。解決策や削除の求め方が分からないときは、法務局や違法・有害情報センター、「誹謗中傷ホットライン」「セーファーインターネット協会」に相談しましょう。(9)セクハラ型:これには特定の従業員の身体に触れる、待ち伏せする、つきまとう等の性的行動・猥褻行為、食事やデートに誘う、性的な冗談や性的内容の発言等があります。これに対しては、性的な言動については録音・録画を残し、被害者及び加害者に事実認定を行い、加害者には警告することです。執拗なつきまとい、待ち伏せに対しては、施設への出入り禁止を伝え、それでも繰り返す場合には、弁護士への相談や警察への通報を検討することです。Ⅵ折衝のしかた従業員が悪質クレーマーと折衝するときは、店頭ではせず、応接室等の個室に招いて、こちらは2人以上でいたしましょう。相手が感情的になっていても丁寧な話し方で冷静に対応することです。専門用語などは使わないようにしましょう。質問しながら要点のメモをとり、必要があれば相手の了解を得て録音しましょう。極力議論は避けて、問題を解決しようとする前向きな姿勢を感じさせましょう。折衝にあたっては、担当者を複数名用意し、折衝目的の確認、終了時刻の伝達、録音する旨を通知しましょう。終了時間が到来し、常識的な対応時間が経過したなら、相手方が了解しなくても折衝を打ち切りましょう。電話で対応する場合は、毅然とした真摯な態度で対応していることを示すために、大きめな声でおどおどせずにはっきりと話しましょう。メモをとりながら話を聞き、復唱して確認すること。対応できることとできないこととをはっきりさせ、相手に過大な期待を抱かせないようにしましょう。即時に回答できない内容については、事実を確認してから追って返事をするようにすること。途中で電話を中断するときは、社内で相談している内容が漏れないよう、電話の保留機能を利用することです。常に録音されていることを想定し、慎重に言葉を選んで対応しましょう。こちらも録音していることを伝えるのもよいことです。電話対応に関しては、苦情を専門に受け付ける専用電話を設置し、録音できるようにしておきましょう。基本的には第1受信者が責任を持ち、問い合わせ案件のたらい回しをしないようにしましょう(カスハラ60頁以下)。顧客のもとに訪問して対応する場合には、夜間や早朝の訪問は避けましょう。喫茶店など周囲から聞かれる場所や決められた場所以外には行かないこと。あらかじめ、訪問先や問題点について情報を集め、問い合わせ内容への対応方針を決めておくこと。まずは相手の言い分を聞くだけにしましょう。原因がはっきりしない時点では安易な推定で説明しないことです。面談する場合、毅然とした態度で、複数人で、真摯に対応すべきです(マニュアル32頁)。書面での折衝の場合には、伝えるべき事項を必要かつ十分に記載し、書きすぎないようにしましょう。書面の差出人、窓口となる担当者の氏名と電話番号を記載します。相手に「届いていない」といわせないためには特定記録郵便で出し、解除通知書や相殺の通知書のようにこちらの意思が到達することに法的意義がある場合には、配達証明付内容証明郵便で送付しましょう(カスハラ65頁)。メールでの折衝は、安易に返信してしまいがちであり、拡散性が高いので、なるべく避けるべきです。行わざるをえない場合には、拡散されても恥ずかしくない内容を記載してください(カスハラ68頁)。Ⅶむすびカスタマーハラスメントの場合、会社と顧客との間には雇用関係がないため、企業内ハラスメントの場合のように、行為者に対しては指導・懲戒等の措置をとることはできません。そのため、出入り禁止や行為の差止といった直接的措置を定めた利用規約や裁判が必要となります。個々の会社としては弁護士との連携、業界としては所轄官庁との連携が必要となります。カスハラを未然に完全に防ぐことは不可能でして、未然防止のための体制整備が必要です。実際の悪質クレーム案件に関しては、折衝状況をデータベース化して社内勉強会で共有しましょう。悪質クレーマーは1つのクレームを複数の部署に申し立てる傾向にありますから、会社としての言動に矛盾が生じないよう「窓口の一本化」をはかることが必要です。「社長を出せ」と言われても、出す必要はありません。「私が対応いたします」と伝えて対応するか、上司が出るかを選択しましょう(カスハラ33頁、108頁)。なお、カスハラが該当する罪としては以下のようなものが考えられます。傷害罪(刑204条)、暴行罪(刑208条)、脅迫罪(刑222条)、恐喝罪(刑249条1項)、未遂罪(刑250条)、強要罪(刑223条)、名誉毀損罪(刑230条)、侮辱罪(刑231条)、信用毀損罪及び業務妨害罪(刑233条)、威力業務妨害罪(刑234条)、不退去罪(刑130条)、等です。提供:税経システム研究所
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2025/06/19 会計レポート
中小企業向け国際財務報告基準第3版(2)
1.はじめに本シリーズでは、2025年2月に国際会計基準審議会(InternationalAccountingStandardsBoard:IASB)が公表した「中小企業向け国際財務報告基準(第3版)」(以下、「中小企業向けIFRS(第3版)」という)を説明しています。今回は、IFRS第13号「公正価値測定」と整合させるために新設された第12章「公正価値測定」を解説します。両者の内容はほぼ同じですが、「中小企業向けIFRS(第3版)」では簡略化、簡素化されている箇所(例えば、開示規定)もあります。2.定義と範囲公正価値は、測定日における市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取るであろう価格、または負債を移転するために支払うであろう価格と定義されています(Glossaryofterms)。このように、公正価値はいわゆる出口価格とされています。第12章は、他の章で公正価値測定または公正価値測定に関する開示が要求または許容されている場合に適用されますが、第26章「株式に基づく報酬」と第20章「リース」には適用されません(12.1項)。また開示規定については、第28章「従業員給付」において公正価値測定される年金資産と、第27章「資産の減損」において回収可能価額が公正価値から処分費用を控除した額とされる資産には適用されません(12.2項)。3.測定(1)公正価値の目的公正価値測定の目的は、測定日における市場参加者間で、資産の売却または負債の移転が秩序ある取引として行われるであろう価格を見積もることです(12.3項)。(2)測定原則公正価値は、企業固有の測定ではなく、市場に基づく測定です。したがって、公正価値は、市場参加者が資産または負債の価格を決定する際に使用する前提と同じものを用いて測定されます。企業が資産を保有する意図や負債を決済する意図は反映させません(12.4項)。公正価値測定においては、資産の売却取引または負債の移転取引が主要な市場(主要な市場が存在しない場合は、最も有利な市場)で行われることを仮定します(12.6項)。主要な市場は、資産や負債の取引数量と頻度が最も大きい市場です。最も有利な市場は、取得や売却にかかる付随費用を考慮したうえで、資産の売却による受取額を最大化または負債の移転に対する支払額を最小化できる市場です(末尾に設例を記載してあります)。(3)非金融資産への適用非金融資産の公正価値測定は、市場参加者による資産の最有効使用(企業がその資産を最有効使用するまたは資産を最有効使用する他の市場参加者に売却する)を基礎に測定されます(12.10項)。(4)評価技法同一の資産または負債の価格が市場で直接観察できない場合、企業は評価技法を用いて公正価値を測定します。その際には、関連する観察可能なインプットの使用を最大化し、観察不能なインプットの使用を最小化しなければなりません。(12.14項)。評価技法としては、次の3つが挙げられています(12.15項)。マーケットアプローチ同一または類似の資産、負債について市場取引から生じた価格と、その他の関連する情報を用いて評価する方法です。コストアプローチ資産の用役能力(servicecapacity)を再調達するために、現時点で必要とされる金額を計算する方法です。インカムアプローチ将来の金額を単一の現在価値に割り引いて評価する方法です。例えば、割引キャッシュ・フロー法やオプション価格算定モデルが該当します。(5)公正価値のヒエラルキー(階層)公正価値を測定するために用いる評価技法へのインプットは、3つのレベルに区分されています(12.22項)。レベル1測定日において企業がアクセスできる同一の資産、負債に関する活発な市場における無調整の相場価格です。レベル2レベル1に含まれる相場価格以外のインプットのうち、資産、負債について直接的または間接的に観察可能なものです。例えば、活発な市場における類似の資産の相場価格などです。レベル3資産、負債に関して観察不能なインプットです。4.開示企業は、当初認識後の財政状態計算書において、公正価値で測定される資産および負債の種類ごとに、以下の事項を開示します(12.28項)。報告期間末日における帳簿価額公正価値ヒエラルキーのレベル公正価値測定に用いた評価技法に関する記述レベル3に分類される経常的な公正価値測定(recurringfairvaluemeasurements)(注1)については、当期中に純損益またはその他の包括利益として認識した額も開示されます(12.29項)。【設例】主要な市場または最も有利な市場A社は、トレーディング目的で保有する棚卸資産について、X市場とY市場で販売している。両市場とも活動な市場であり、公正価値の入手可能性などの条件は満たしているものとする。X市場:売却価格30百万円付随費用5百万円Y市場:売却価格28百万円付随費用2百万円X市場が主要な市場であると判断した場合、資産の公正価値は30百万円(付随費用は調整しない)です。一方、Y市場が主要な市場であると判断した場合、資産の公正価値は28百万円(付随費用は調整しない)です。いずれの市場も主要な市場でないと判断した場合、資産の公正価値は最も有利な市場における額とします。付随費用を考慮した受取代金は、X市場では25百万円(=30百万円-5百万円)、Y市場は26百万円(=28百万円-2百万円)なので、Y市場が最も有利な市場になります。したがって、資産の公正価値はY市場における売却価格28百万円(付随費用は調整しない)です。<注釈>経常的な公正価値測定とは、各報告期間末において要求または許容されている公正価値測定です。提供:税経システム研究所
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2025/06/18 経営レポート
企業探検家 野長瀬先生の経営お悩み相談室(第19回)
毎回いろいろな企業経営者のお悩みをテーマとし、その悩みを解決する糸口を企業探検家・野長瀬裕二先生がアドバイス形式で解説していきます。筆者が見てきた様々な企業の成功例や工夫の事例、そこから見えてくる普遍的なノウハウを紹介し、各回のテーマの悩みに寄り添う情報をお伝えします。<相談内容>首都圏で、ピアノ教室を親の代から営んでおります。一人娘である私も音楽大学を卒業し、親と私で二か所の教室を経営しております。教室のある土地も建物も、親の名義で、交通の便も良い立地にあります。教室のある地域は、少子化の流れの中ですが、子供の数は横ばいと恵まれています。しかし、最近、近隣に新しい音楽教室が複数できているので、競争が生じています。今のところ、当社教室にはたくさんの子供が通ってくれていますが、今後の経営について不安があります。どのように手を打っていくべきでしょうか。■市場の状況ご相談の通り、図1に示されていますが、15歳未満の子供の人口比率は今や10%近くであり、年々、減少しています。御社の教室の立地する地域は子供が横ばいということですから、首都圏の中でも好立地にあるということができます。図1年代別人口割合推移(令和6年総務省統計)一方、好立地であるから競合の教室も新設されるのでしょう。今は、多くの生徒さんが集まっているからよいのでしょうが、これからどのようにしていくべきか。明確な経営戦略を打ち出すべき時期と言えるでしょう。■強みと課題を考えよう御社の強みは、親御さんから二代にわたり、地域でピアノ教室を運営し続けてきたことにあると言えるでしょう。生徒の親御さんとのつながりがあり、昔の生徒さんが今度は子供を持つ親になるといった部分で、紹介により生徒が集まる機会を多く持っています。また、不動産を親御さんがお持ちですから、新しく地域に参入するライバルより、家賃等の固定費が低く抑えられています。音楽教室を開くには、不動産のコストに加えて、防音工事、高額な楽器代等の初期コストがかかります。すでに投資を回収している先行業者が有利と言えるでしょう。その意味では、地域におけるコストリーダーシップを持っていますので、いざとなれば低価格戦略を採用する余地も残されています。一方、市場の変化に対応した戦略を採用せずとも、これまではうまくいっていました。そのために、時流を読み先手を打つような経営がなされてこなかったことが課題と言えるでしょう。ここで、親御さんの若いころと今との経営環境の違いを考えましょう。出生数の減少を除くと、共働き家庭の増加が大きな違いです。税金と社会保障費を合計した国民負担率が上昇しているため、共働き家庭が増え、どの家庭も、子供の教育に関して社会で活躍する母親の発言力が強くなっています。また、教育ビジネスとしては、学習塾や通信教育といった学力を伸ばす習い事があり、そこに人気のある水泳・英語・ピアノが学ぶ候補に加わり、家庭によってはサッカーや野球のチームに参加させる場合もあります。つまり、地域の教育市場においては、「一定の所得水準があり教育熱心な共働き家庭」が重要顧客であり、その顧客が様々な習い事に優先順位をつけて子供に投資していくのです。その意味では、「ピアノに一番力を入れる家庭」から「色々な習い事を並行させる家庭」まで多彩であり、各層に対して満足度を向上させていくような指導メソッドが求められています。旧来型の音楽教室は、この部分への対応が遅れていることがあります。御社の場合は、地域の既存の人脈から生徒が集まるようですが、他地域から転居してきたご夫婦はインターネットで検索して習い事の教室を選ぶことが多いです。その意味では、スマホ対応のWEBページ作成、SNS活用については、対応が急がれると考えられます。■顧客ニーズにどう対応すべきか表1顧客ニーズの階層layer1音楽の専門家を目指すlayer2音楽の優先度が高いlayer3受験を優先するが音楽もlayer4色々な習い事を並行子供でピアノを習う子供のご家庭は、大きく表1に示される4つの層(layer)に分かれます。習うのはお子さんですが、お金の出し手はご両親や祖父母ということになります。高度な芸事を身に着けようと思うと、専門的な指導が必要となります。表1のlayerの上位層になるほど、合理的かつ厳格な指導の必要性が高くなります。これは、スポーツの場合でも、サッカーや野球でプロを目指すような層と、楽しく遊べばよいとする層では、必要となる反復練習の質と量が異なることと一緒です。趣味で音楽をやる人は、それなりの曲を10分弾くことができれば、精神的な満足が得られます。一方、プロになるということは、2時間のコンサートの曲を完璧に演奏し聴衆を満足させなければならず、そのレパートリーを複数持っていないとなりません。コンクールで入賞するには、バッハの対位法の曲、古典のソナタ、ロマン派や現代音楽の名曲といった課題曲を一通り弾かねばならないのです。以前、日本で一番権威があるとされる国内コンクールの優勝者を30年間分見たことがあるのですが、国際的にご活躍されている方はごく一部です。コンクールに挑む人は上手な人ばかりなのですが、国内の一流コンクールに入賞するのはごく一部で、そのごく一部が国際的に活躍しているのが実態です。上位層の生徒の指導については、国内外の水準を知っている教師による教育メソッドと過去の指導実績が問われます。教室とご両親の連携により、教え子のコンクールへの挑戦、音大の受験といった実績を積み重ねていくことで、資質ある生徒が集まるようになります。一方、市場における顧客の数で行くとlayer3、layer4の習い事を掛け持ちする家庭のウェートが大きくなります。子供の能力を色々な方向で伸ばしていきたいとする教育熱心な家庭は、負担できる教育費の範囲で音楽を習わせようとします。この層は、受験が近づくと習い事をやめていくことが多いので、幼稚園の年長から小学校4年ぐらいまでのお子さんが生徒の主流となります。この層を対象にする場合に、layer1、layer2の生徒たちのように基礎の反復練習をしっかりやっていくと、時間的な制約もあって何も身につかないことがあります。この層の親御さんは、自宅に来客が来た時に、子供が「難易度は低いが聴き映えのする曲」を弾いて褒められれば大満足という場合もあります。ゲーム音楽でもアニメの主題曲でも、もちろんクラシックでもよいのですが、聴き映えの良い曲群を「~年頑張ればこれが弾ける」という学習モデルを作っていくことが顧客満足につながります。■今後の経営戦略のあり方経営戦略の体系を要約すると表2の通りに示されます。基本戦略は、まずは地域内の競争優位をいかに確保するか(戦略1)となります。地域内の競合に勝っていくには、表1における各layerを満足させて行くメソッドを確立することが重要となります。特定のlayerに強みを持つような方向もありますが、必要に応じて外部人材の力を借りて指導コンテンツを充実させていくことも必要です。メソッドがあると、著書を出版し、教育者向けのセミナーを開催するといった事業も展開可能です。layer毎にコースを設けて、料金体系を多様化するという方法もあります。表2経営戦略の体系1.各layerに対応したメソッドを確立して地域内の競争優位を確保2.経営資源の有効活用、外部人材の登用、付帯収入を確保3.増えつつあるシニア層の市場の確保地域内の競争優位性を確保した上で、経営資源について考えていく(戦略2)ことが次に考えられます。設備としては、よい立地にピアノと防音室を複数お持ちなので、生徒さんが空き時間に借りて練習できるようにすることで付帯収入が得られます。近年はマンション住まいの比率が高く、生徒は電子ピアノしか弾くことのできない環境にいる場合が多いです。よいアコースティック楽器で練習する機会が都市部では不足しています。また、家族だけで教室を運営していると、多数の生徒を捌ききれません。外部人材を登用することで、教室の稼働率を増やすことが可能となります。専門性の高い上位層については、外部のプロとの連携を行うことも有益です。さらには最適な楽譜や楽器の紹介による手数料の確保も考えられます。layer3、layer4の顧客には、知的財産権に注意しつつ、曲のアレンジを行い、作業を外部人材と連携するなどして手数料収入を得ることも可能です。WEB、SNSの活用による集客・収益化も、家族の協力や外部人材との連携により可能となります。YouTuberの中には、音楽で100万登録するツワモノもいますが、言語を超えたコンテンツだからでしょう。日本国内の人のみが視聴するコンテンツでも万単位の登録にこぎつけている方もいて、そこまでいけば教室の宣伝と収益化に寄与することになります。御社の最も取りこぼしているのが、図1にも示されている通り、人口が増え続けているシニアの市場です。大手の楽器メーカー系音楽教室も近年ここに力を入れています。解散した金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査(総世帯)」(令和5年)によると、年代別の貯蓄額は表3の通りとなっています。小学生の親は30歳代が多いと思われますが、貯蓄額でみると50歳代、60歳代は、その倍以上の資産をお持ちです。60歳代になるとさらに時間の余裕もあります。まさに時間とお金に余裕がある層向けのマーケティングは、少子化の流れの中で重要となります。動体視力や反射神経が落ちる中でも、音楽は老化防止に有益と言われています。この世代は、仕事の一線から退いた後、あるいは子育てが一段落した後、学びと人間的なつながりを求めています。音楽を学びつつ、仲間を持ち、教養を高めるような場への参加は、長続きする傾向があるようです。表3年代別の金融資産保有額(令和5年金融広報中央委員会)小学生のように受験で辞めるということもありません。一方、シニアの場合、若いころに弾いた経験のあった人と全くの初心者では、指導方法もまるで異なります。プライドの高い人もおり、その意味では子供を教える以上に多様性への対応が必要です。いずれにせよ、layer1-layer4の各層への対応、経営資源の活用、シニア市場の確保といった戦略の中からできる部分を徐々に行っていくことが成長の原動力となります。成長などせず「うちはそこそこでよい」と考えた時点で、新規参入する若手がこれらの戦略を採用してくると市場を根こそぎ奪われてしまいます。少子化とは、多くのサービス業において、そうしたリスクがあるということです。自分の市場を守るためにも、成長するという前提で、可能なところから試行錯誤していくことが必要です。過去に、映像系のベンチャーの経営が行き詰った事例を見たことがありますが、よい映画作品を創る能力と、それを収益につなげる能力は別物なようです。それと同様に、よい音楽を演奏し、よい音楽家を育てる能力があっても、経営能力を磨いていくことは音楽教室の経営者にとり重要です。経営的なものの考え方を徐々に強化していかれるよう祈念申し上げます。提供:税経システム研究所
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2025/06/16 審査事例
課税事業者から免税事業者になった場合の棚卸資産に係る消費税額の調整の対象であると判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】消費税法第36条《納税義務の免除を受けないこととなった場合等の棚卸資産に係る消費税額の調整》第5項は、課税事業者(原則課税の適用中)が免税事業者となった場合、免税事業者となる課税期間の直前課税期間の課税仕入れである棚卸資産を有しているときは、その棚卸資産の仕入れに係る消費税額は、その直前課税期間の仕入れ税額控除の計算の基礎に含めない(控除できない)という調整を行うことを規定している。ただし、消費税法は棚卸資産とは商品、製品、半製品といった種類を掲げるにとどまり、それらの具体的な内容を定義していない。本件の審査請求人は、不動産管理や飲食業経営などを定款で事業目的に掲げる2月決算の合同会社で、2月28日にJ社から金地金67kg(本件金地金)を523,638,500円(税込)で取得し、資産の部の「その他の投資等」に計上、消費税額を仕入れ税額控除の計算に含めて確定申告した。そして、免税事業者になった翌期早々の3月3日にJ社へ本件金地金を524,744,000円(税込)で売却した(あわせて本件金地金取引)。税務署は、本件金地金は消費税法上の棚卸資産に該当するから、法第36条第5項の適用があるとして更正処分を行った。審査請求人は、金地金取引は定款の事業目的外の取引で、審査請求人の営業に当たらず、「棚卸資産」に該当しないなどと主張した。国税不服審判所は、金地金の売買が審査請求人の事業目的から離れたところで行われたものとはいえないなどとして、当該金地金は「棚卸資産」に該当すると判断した事例である。(令和3年3月1日から令和4年2月28日までの課税期間の消費税及び地方消費税の更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分・棄却・令和6年4月25日裁決)【主な争点】本件金地金は、消費税法第36条第5項に規定する「棚卸資産」に該当するか。【裁決の要旨】消費税法第36条第5項に規定する「棚卸資産」に該当するか否かについては、会計処理のみにより形式的に判断するのではなく、判断の対象とされている資産と事業者の属性及び事業目的との関係、当該資産の取得時の使用・収益・処分に係る方針等といった客観的な事実に基づき、事業者が、通常の営業過程、すなわち、その事業目的に係る業務の過程において売却することを目的として保有する資産に当たるといえるかどうかにより実質的に判断するのが相当である。審査請求人が行う金地金の売買に係る取引額が審査請求人の事業規模に照らして大きく、事業に及ぼす影響が大きいことからすると、審査請求人における金地金の売買は、補助ないし付随的な活動とはいえず、定款に明示的に掲げられた事業目的そのものではないとしても、事業目的から離れたところで行われているものとはいえない。本件金地金は、審査請求人の事業目的に係る取引の客体にほかならない。また、本件金地金の取得から売却に至る経緯(購入した金地金を受取る前に買取り用の郵送キットを請求済み)及び本件金地金を取得するための借入金を返済するためには本件金地金を売却する必要があったこと等からすると、審査請求人は、本件金地金を取得した時点において、将来、これを売却する方針を有していたと認められる。これらの事実に基づけば、審査請求人は、その事業目的に係る業務の過程において売却することを目的として本件金地金を保有していたものと認められるから、本件金地金は消費税法第36条第5項に規定する「棚卸資産」に該当する。【参照条文】消費税法第9条《小規模事業者に係る納税義務の免除》、第30条《仕入れに係る消費税額の控除》、第36条《納税義務の免除を受けないこととなった場合等の棚卸資産に係る消費税額の調整》消費税法施行令第4条《棚卸資産の範囲》棚卸資産会計基準第3項本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2025/06/12 会計レポート
企業が生き残るための製品・サービスの原価計算の勘所(18)
1.岡本[2000]による販売費及び一般管理費の分類前回の(17)で、販売費及び一般管理費を分類するにあたり、一橋大学岡本清名誉教授の名著『原価計算』の最新版である六訂版[岡本,2000]による販売費及び一般管理費の分類にもとづいて、どのような観点から体系づければよいかについて検討しました。岡本[2000]では、「営業費の分類例」において、4桁のコードを用いて機能別分類を強調した分類例を示しています[岡本,2000,pp.694-696]。岡本[2000]では、まず、販売費及び一般管理費を、文字どおり販売費と一般管理費に分類し、さらに、販売費を注文獲得費、注文履行費、販売事務費に分けて説明していますが、一般管理費については勘定科目を例示しているものの、本文において説明はしていません。2.岡本[2000]による販売費及び一般管理費の管理についての説明(1)注文獲得費および注文履行費の発生と受注活動との関係岡本[2000]では、第13章「営業費計算」の第3節で、「販売費の機能別分類とその管理」として注文獲得費と注文履行費の管理について説明しています[岡本,2000,pp.697-700]。冒頭で岡本[2000]は、再度、注文獲得費、注文履行費および販売事務費が機能別の分類であることを注意喚起しています。そして、問答形式によって「注文獲得費および注文履行費の定義と、これらの費用と受注活動との関係」を説明しています。問答の「問」は、次のとおりです[岡本,2000,p.697]。[例題13-2]注文獲得費と注文履行費の内容、および受注とこれらの費用との因果関係を説明しなさい。岡本[2000]では、これに対する問答の「答」において、①注文獲得費の定義、②注文履行費の定義、を説明した後、③これらの費用と受注活動との因果関係について、販売活動の計画が原因となって注文獲得費が発生し、注文獲得費の発生によって受注活動という結果が生じ、受注活動が原因となって注文履行費が発生する、という因果連鎖を図によって説明しています[p.697]。(2)注文獲得費の管理注文獲得費の管理について、岡本[2000]は、「受注獲得費の効果測定は極めて困難であり、これをいかほど発生させるべきかは、明確に把握できないために、その発生額は、経営者が方針で定めざるをえず、その管理方法は、注文獲得費予算を割当予算(appropriationbudget)の形で設定し、その予算と実績との比較によらざるを得ない」[pp.697-698]と述べています。そして、この注文獲得費予算の割当額は、販売活動計画にもとづいて設定するべきであると述べています[岡本,2000,p.698]。また、予算と実績との比較について、岡本[2000]は、①注文獲得費を予算どおりに使ったとしても顧客の注文を獲得できなければ意味がない、②割当予算の多くは自由裁量固定費であるから、通常予算どおりに使用されて予算差異はほとんど生じない、③注文獲得費の管理は、コントロールの段階よりも、プランニングの段階のほうがはるかに重要である、とも述べています[p.698]。注文獲得費の管理については、日本商工会議所簿記検定試験のテキスト[岡本・廣本,2024a;2024b]においても、同様の説明があります。(3)注文履行費の管理岡本[2000]は、注文履行費は、機械的、反復的な作業から発生するため、標準原価ないし変動予算による管理が可能となる[p.699]と述べています。注文履行費の管理については、日本商工会議所簿記検定試験のテキスト[岡本・廣本,2024a;2024b]においても、同様の説明があります。標準原価や変動予算で管理するためには、反復作業の作業量を測定するための「管理要素単位(controlfactorunit)」を設定する必要があるとして、次のような例をあげています[p.699]。そして岡本[2000]では、上述のように選定した管理要素単位について、動作研究、時間研究にもとづいて標準を設定したら、たとえば納品書1通を作成するための標準時間が3分であったとすると、1時間当たりの納品書標準作成数は20通であると見積り、このデータにもとづいて納品書作成作業の労務費予算を設定した後、納品書の実際作成数に見合う予算許容額と実績とを比較し、差異分析を行う、と説明しています[pp.699-700]。この管理要素単位を用いた方法は、「営業費計算」の章を追加した『原価計算』第三版[岡本,1980]から寸分違わず説明されています。この方法は、キャプラン(RobertS.Kaplan)とクーパー(RobinCooper)たちが提唱した活動基準原価計算(activity-basedcosting:ABC)の考え方と非常に似ています。とはいえ、キャプランとクーパーがABCを提唱したのは1980年代後半ですので、それに先立ち『原価計算』第三版[岡本,1980]で上述のような方法を提案している岡本名誉教授の慧眼については、本当に敬服いたします。参考文献伊藤嘉博・目時壮浩、2021『異論・正論管理会計』中央経済社。大蔵省企業会計審議会、1962「原価計算基準」大蔵省企業会計審議会。岡本清、1980『原価計算』三訂版、国元書房。岡本清、2000『原価計算』六訂版、国元書房。岡本清・廣本敏郎、2024a『検定簿記講義/1級工業簿記・原価計算下巻』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎、2024b『検定簿記講義/2級工業簿記』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎・尾畑裕・挽文子、2008『管理会計』中央経済社。小林啓孝、1997『現代原価計算講義』第2版、中央経済社。小林啓孝・伊藤嘉博・清水孝・長谷川惠一、2017『スタンダード管理会計』第2版、東洋経済新報社。清水孝、2006『上級原価計算』第2版、中央経済社。清水孝、2014『現場で使える原価計算』中央経済社。清水孝・長谷川惠一・奥村雅史、2004『入門原価計算』第2版、中央経済社。園田智昭、2021『プラクティカル原価計算』中央経済社。谷武幸、2022『エッセンシャル管理会計』第4版、中央経済社。提供:税経システム研究所
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