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2026/09/17 会計レポート
法人税等に関する会計基準の概要
1.はじめに2026年7月7日に、企業会計基準委員会(ASBJ)は、現行の企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(以下、「現行基準」という)を改正した「法人税等に関する会計基準」(以下、「改正基準」という)を公表しました。「改正基準」は、2028年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用されます(早期適用は可能です)。「改正基準」が公表された経緯を簡単にまとめると、次のようになります。「現行基準」は、具体的な税金を挙げて、各税金について規定する税法を参照することにより、適用対象となる税金を特定して会計処理と開示を定めていました。このため、ASBJは、これまで個別の税金が創設されるつど、基準改正を行ってきました。したがって、新たな税金(たとえば、2025年度税制改正における防衛特別法人税(注1))の創設に対応した会計基準等の改正を行う場合、税制改正から適用までの短期間で会計基準等の改正を行う必要がありました。このような状況を踏まえ、ASBJは、2025年5月から会計基準の適用対象となる税金に関する原則的な定めを置くことについて審議を開始し、検討を進め、「改正基準」の公表に至りました。2.範囲「改正基準」の目的は、主として法人税その他の課税対象利益(注2)を基礎とする税金に関する会計処理と開示を定めることです。「改正基準」の適用範囲は次のとおりであり、「現行基準」から大きな変更はありません(2項、2-2項)。(1)法人税その他の課税対象利益を基礎とする税金(2)課税対象利益を基礎とする税金に該当しないもので、次のようなものがあります。住民税(均等割)事業税(付加価値割)および事業税(資本割)受取利息および受取配当金等に課される源泉所得税等親会社および国内子会社が外国の法令に従い納付する税金で課税対象利益を基礎とする税金に該当しないもの3.会計処理と開示「改正基準」では、課税対象利益を基礎とする税金と、課税対象利益を基礎とする税金に該当しない税金に分けて、会計処理と開示が定められています。(1)課税対象利益を基礎とする税金課税対象利益を基礎とする税金には、法人税、住民税(法人税割)、事業税(所得割)があります。①会計処理納付済みの額に納付予定の額を加算した額(または還付見込額を減算した額)を、法令を適用して算定し、損益に計上します(5項)。②開示損益計算書では、税金の額を損益計算書の税引前当期純利益(または損失)の次に、「法人税等」などの科目で表示します(9項)。「現行基準」では、「法人税、住民税及び事業税」などの科目で表示するとされているので、表示科目の名称が変更されることになります。貸借対照表では、納付されていない税額には1年基準が適用され、流動負債の区分に「未払法人税等」などの科目で、または固定負債の区分に「長期未払法人税等」などの科目で表示します(11項)。「現行基準」では、未納付額は流動負債の区分に表示するとされているので、「改正基準」ではこの点が変更されています(注3)。また、還付税額のうち受領されていない税額は、流動資産の区分に「未収還付法人税等」などの科目で表示します(12項)。(2)課税対象利益を基礎とする税金に該当しないものここでは、住民税(均等割)、事業税(付加価値割)および事業税(資本割)の扱いだけ説明します。①会計処理これらの税金については、法令を適用して算定した額を損益に計上します(8-3項)。②開示損益計算書では、これらの税金は「法人税等」に含めず、その内容に応じた適切な区分に表示します(18-2項)。したがって、これらの税金は、売上原価、販売費及び一般管理費また営業外費用のうち適切な区分に表示されることになります(注4)。「現行基準」では、住民税(均等割)は法人税、住民税及び事業税等の適切な科目で表示されますので、「改正基準」では、その表示区分が変更されています。また、「現行基準」では、事業税(付加価値割)と事業税(資本割)は、原則として、損益計算書の販売費及び一般管理費の区分に表示されますので、この点も変更されています。貸借対照表では、納付されていない税額は、「未払法人税等」以外のその内容に応じた適切な科目で、還付税額のうち受領されていない税額は、「未収還付法人税等」以外のその内容に応じた適切な科目で表示します。ただし、重要性が乏しい場合は、未払法人税等または未収還付法人税等にそれぞれ含めて表示することができます(18-3項:下線は筆者による)。以上をまとめると、「現行基準」からの大きな変更点は、次の2つと言えるでしょう。課税対象利益を基礎とする税金の表示科目の名称が「法人税等」に変更される。この結果、次のような表示方法が示されています(個別損益計算書の場合)。住民税(均等割)は、「法人税等」に含めず、その内容に応じた適切な区分に表示される。住民税(均等割)は、販売費及び一般管理費に表示されるケースが多くなると予想されますが、会社の実態に応じて、どの区分に表示するのが最適かを判断し、その根拠を整理しておく必要がありそうです。例えば、本社管理部門に関連する分は販売費及び一般管理費、製造部門の人数を基準に負担させているのであれば売上原価といった表示区分も想定できます。それに伴い、「改正基準」に合わせた会計システムの設定変更が必要になる可能性があります。<注釈>防衛特別法人税は、日本の防衛力強化の財源を安定的に確保するために創設されたものであり、2026年4月1日以降に開始する事業年度から課税対象になります。防衛特別法人税は、(基準法人税額-基礎控除額500万円)×4%で算定されます。したがって、基準法人税額が500万円以下であれば防衛特別法人税は生じません。なお、2026年2月に、ASBJは実務対応報告第48号「防衛特別法人税の会計処理及び開示に関する当面の取扱いを」公表しましたが、「改正基準」の公表により、実務対応報告第48号の適用は終了することとされています。課税対象利益とは、課税当局の定めに従って算定された特定の事業年度の利益であり、その利益を対象として税金が課されるものをいいます。「現行基準」は、通常の法人税等の申告・納付期限(原則として各事業年度終了の日の翌日から2か月以内)を前提としていました。しかし、グローバル・ミニマム課税制度では、申告・納付期限が各対象会計年度終了の日の翌日から1年3か月(グローバル・ミニマム課税制度に関する申告書を最初に提出すべき場合には1年6か月)以内とされており、貸借対照表日の翌日から起算して1年を超えて支払う場合もあるので、長期未払法人税等が加わりました。公開草案では、住民税(均等割)は、課税対象利益を基礎とする税金に該当しないため、法人税等には含めず、売上原価、販売費及び一般管理費、営業外費用のうち適切な区分に表示する案が示されていました。しかし、営業外費用として表示することは通常想定されないといった指摘があり、具体的な表示区分を列挙する案は修正され、その内容に応じた適切な区分に表示することとされました。「改正基準」では、住民税(均等割)を営業外費用の区分に表示することは禁止されていませんが、現実的にはほとんど想定されていないと言えるでしょう。提供:税経システム研究所
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2026/09/14 審査事例
一括取得した土地建物の価額の配分、「建物価額が不合理に高額だ」vs「収益を生むのは建物だ」。法定耐用年数経過後も収益性が認められる建物について、鑑定評価額による配分が認められる(一部取り消し)
【裁決のポイント】土地建物が一括売買され、土地建物の各価額がその客観的な価値と比較して著しく不合理なものである場合に、これを「当該資産の購入の代価」(所得税法施行令第126条《減価償却資産の取得価額》)としてそのまま認めれば、売買契約の際、土地と建物への代金額の割り付けを操作することで、容易に建物の減価償却費を過大に計上することができ、課税の公平を損なうこととなる。審査請求人は土地建物の一括取得を繰り返す個人の不動産賃貸業者である。税務署は物件の調査を行い、建物の取得価額について、売買契約書で売手買手が建物価額に合意した物件、売手保管の契約書上に建物価額の記載がないなど合意のない物件のいずれも、売買代金が建物価額に過剰に配分されているとして、売買代金を各固定資産税評価額の比で配分する更正処分をした。その後の再調査決定において、審査請求人提出の鑑定評価額の比による配分が認められたのは1物件のみであったため、審査請求人は不服審査請求を行った。国税不服審判所は、(建物の売買価額/土地の売買価額)の割合が、各固定資産税評価額を使った割合から大きく乖離しているから、客観的価値と比較し著しく不合理な配分である、売買価額の配分は原則として各固定資産税評価額の比、建物に収益性が認められる3物件は適正な鑑定評価額による比が合理的であると判断した事例である。(平成29年分ないし令和3年分所得税等の各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分他、・一部取消し・令和6年11月14日裁決(非公開))【主な争点】本件各物件の建物等の取得価額の算定方法、具体的には、一括取得した建物土地の売買代金を合理的に各取得価額にあん分する方法。【裁決の要旨】「建物の売買価額を土地の売買価額で除した割合」と「建物の固定資産税評価額を土地の固定資産税評価額で除した割合」を比較すると、大きく乖離し、審査請求人が申告において算定したこれらの各物件の建物の取得価額は、いずれも売買代金総額から過剰に価額が配分されたというべきであり、そのような配分による土地及び建物のそれぞれの価額は、それらの客観的な価値と比較して著しく不合理なものと認められる。固定資産税評価額は、一定の基準時におけるその適正な時価を反映しているものであることからすれば、売買価額総額を土地及び建物の各固定資産税評価額の価額比によりそれぞれあん分して建物の「購入の代価」を算定することは、一般的に合理的な基準による算定であるといえる。ただし、本件各物件について、それぞれの個別事情を考慮した適正な鑑定が行われ、その結果、固定資産税評価額と異なる評価がされ、土地及び建物それぞれの価額比においても実質的な差異が生じた場合には、建物の「購入の代価」の算定に当たり固定資産税評価額による価額比を用いてあん分する合理性を肯定する根拠は失われているといえる。審査請求人から再調査審理庁に鑑定評価書の提出があった物件の「購入の代価」については、法定耐用年数経過後においても現在に至るまで継続的に利用されており、その収益性に係る経済的価値を認めることができるものであることからすると、これら各物件について、鑑定評価額あん分法により、その他の本件各物件の「購入の代価」については固定資産税評価額あん分法により、それぞれあん分して算定することとなる。固定資産税評価額あん分法は一般的に合理的な算定方法と認められることから、すべからく鑑定評価額あん分法で更正を行うべきという審査請求人の主張には理由がない。【参照条文】所得税法第49条《減価償却資産の償却費の計算及びその債却の方法》所得税法施行令第126条《減価償却資産の取得価額》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2026/09/11 商事法レポート
役員および主要株主の短期売買差益提供制度と売買報告書制度について −近時のアメリカの立法による日本企業への影響も含めて
1はじめに金融商品取引法(以下、「金商法」とします)164条は、上場会社等の役員または主要株主(ここでの主要株主は、原則として「自己又は他人の名義をもって総株主等の議決権の100分の10以上の議決権を保有している株主」をいいます。金商法163条1項参照)が、当該上場会社等の特定有価証券(株券や社債券などが含まれます)等を6か月以内に売買して利益を得た場合に、その利益を当該上場会社等が自らに提供するよう請求できる旨を定めています。このような制度(以下、「短期売買差益提供制度」といいます)を金商法が定めている趣旨については、条文上の文言によれば、役員または主要株主が「その職務または地位により取得した秘密を不当に利用することを防止するため」とされており(同条1項参照)、概ねインサイダー取引の防止にあるといえます。加えて、この短期売買差益提供制度を実効的にエンフォースするべく、上場会社等の役員または主要株主が、自己の計算で特定有価証券等の買付等または売付等をした場合に、翌月の15日までに売買報告書を内閣総理大臣(実務的には財務局長となります。有価証券の取引等の規制に関する内閣府令(以下、「取引規制府令」といいます)29条2項・3項参照)に対して提出すべきとされています(金商法163条、金融商品取引法施行令43条の10第1項。以下、こうした制度を「売買報告書制度」といいます)。なお、売買を金融商品取引業者等に委託して行った場合には、当該業者を経由して売買報告書を提出することとされており(金商法163条2項)、いずれにしても行政当局が個々の役員および主要株主の取引の動向を継続して捕捉できる体制も採られています。こうした短期売買差益提供制度および売買報告書制度において、(ⅰ)売買報告書の提出義務が、インサイダー取引の疑いの有無を問わず、個々の売買等という客観的事実のみによって発生し、そして(ⅱ)利益提供義務も、取引者の主観的意図や情報の不当利用の事実の立証を要せず、6か月以内の反対売買という外形的取引パターンが捕捉されさえすれば発生するとされ、「客観的・形式的な」義務または責任として設計されているのは、この制度の母法であるアメリカの制度に倣ったものです(後述3参照)。以下、本稿では、こうした短期売買差益提供制度と売買報告書制度についてもう少し詳しくみていくとともに、近時、両制度をとりまく形でアメリカ市場に上場しているわが国の会社関係者に起こっている問題について言及したいと思います。2短期売買差益提供制度の詳細(1)役員・主要株主が支払うべき利益額の算定方法短期売買差益提供制度における1つの大きな技術的な問題は、支払われるべき利益額の算定です。この点、取引規制府令34条1項は、6か月以内に行われた売買等のうち、数量の小さい方(売買合致数量)を基準として、売付け等の価額から買付け等の価額を控除した額から、当該売買合致数量に対応する手数料相当額を差し引いた額を利益額とする旨を定めています。複数回にわたる売買等が行われた場合の組み合わせ方法についても、取引規制府令34条2項が先入先出法、すなわち、最も早い時期に行われた売買等から順次売買合致数量(売付け等の数量と特定有価証券等の買付け等の数量のうちいずれか大きくない数量をいいます。同条4項参照)に達するまで割り当てる方法を採用するとしており、同一日に複数の売買等が行われた場合については、最も単価の低い買付け等と最も単価の高い売付け等から順次組み合わせるものとしています。加えて、ある売買等のうち売買合致数量を超えた部分については別個の売買等とみなし、さらに6か月以内の間隔で行われた対応取引との組み合わせを繰り返して利益を算定していくとしています(同条3項)。このように、利益額の算定は機械的に行われますので、結果として、役員または主要株主が実際に得た経済的利益額と算定された利益額とは必ずしも一致しない可能性が高いといえます。ただ、その点は別に構わないとされています。なぜなら、短期売買差益提供制度は、内部者の短期売買とそれによる利益の獲得、そして何よりもインサイダー取引を抑止するということが目的であるためです。(2)短期売買差益提供制度のエンフォースメント次に、短期売買差益提供制度のエンフォースメントの局面における特徴として、その執行過程において行政(財務局)が能動的に関与する仕組みが採られている点が挙げられます。まず、財務局長は、売買報告書の記載内容から役員または主要株主が短期売買利益を得ていると認められる場合に、利益関係書類(写)を当該役員または主要株主に送付します(金商法164条4項)。送付を受けた役員または主要株主は、受領日から起算して20日以内に、関東財務局長に対して当該書類に記載された売買等を行っていない旨の申立てをすることができ(同条5項、取引規制府令31条)、申立てがなされた部分については、報告された売買がなかったものとみなされます(同条6項)。他方、当該役員または主要株主から申立てがなされず、かつ、発行会社への任意の利益提供がなされたことも確認できない場合、「利益関係書類(写)」が当該上場会社等に送付され(同条4項)、さらに、送付から30日以内に会社への利益提供が確認できないときは、当該書類の写しが関東財務局に備え置かれ、公衆の縦覧にも供されます(同条7項、取引規制府令32条。ただし、この縦覧はEDINETでは行われず、関東財務局での紙面の縦覧に限られます)。縦覧期間は利益取得日から2年間とされています(【図1】参照)。【図1売買報告書の提出から公衆縦覧までの流れ】財務省関東財務局理財部統括証券監査官『「役員及び主要株主の売買報告制度」と「短期売買利益の提供制度」について(注1)』16頁より上記のプロセスは、私法上の請求権(会社の役員・主要株主に対する利益提供請求権)の行使について、行政機関による確認・通知・公示という一種の準司法的な手続を介することにより、実効性を高めているといえます。なお、会社が株主からの請求後60日以内に利益提供請求権を行使しない場合、(公衆の縦覧によって事実を知った)株主は会社に代位して同請求権を行使することができるとされています(金商法164条2項)、株主代表訴訟に類似した代位請求制度も用意されています。(3)違反に対する制裁売買報告書を提出しなかったり、または虚偽の記載をした売買報告書を提出した者、そして虚偽の申立てをした者には、6か月以下の拘禁刑もしくは50万円以下の罰金(併科可)が科されます(金商法205条19号、164条5項、165条の2第1項、第2項、第10項)。また、法人の代表者、代理人、使用人その他の従業者が業務に関してこれらの違反行為を行った場合には、行為者本人に加えて当該法人にも罰金刑が科される両罰規定も置かれています(金商法207条1項6号)。もっとも、これらの罰則が対象としているのはあくまで報告義務違反または虚偽の申立てであって、短期売買それ自体を犯罪として処罰するものではありません。短期売買差益提供制度の本体である利益の提供義務は、あくまでも私法上の請求権として構成されており、その履行を確保するための情報開示や行政が関与するプロセスにおいて違反行為があった場合にのみ、刑事罰が科されるという制度設計となっています。(4)短期売買差益提供制度に関する事案これまでの短期売買差益提供制度に関する公表裁判例は多くはありません。主要株主が約2,018万円の差益を得た事案において、上場会社等の役員・主要株主がその職務または地位により取得した秘密を不当に利用したことや一般投資家に損害が発生したことは、短期売買差益提供制度を適用するための要件ではないとし、また、同制度は憲法29条に定める財産権の侵害にも当たらない旨を判示した2002年の技研興業株式会社事件(注2)と、2024年の東京機械製作所事件(注3)2件があるくらいです。東京機械製作所事件についてもう少し詳しく述べますと、この事件は、経営権取得を目的に同社の株式を40%弱買い集めた主要株主が、日本証券金融会社が貸借取引の申込停止措置により現引き(信用取引における買い建玉を決済する際に、証券会社から借り入れた資金を返済したうえ、購入代金や金利などの諸経費を全額現金で支払って、現物株式として自分の手元に引き取る方法)にかかる制度の利用が不可能であった状況の下で、保有株式の現物化のために信用取引における買い建玉を返済売りし(本件売付け)、それと同時に同数・同額の現物買い(いわゆるクロス取引)を行ったところ、本件売付けによって主要株主が短期売買による利益を得たとして、会社がその支払いを請求したという事案でした。主要株主側は、本件取引はクロス取引であって、株式の実質的な帰属が変化するものではなく、また自らは利益を得ていないとして短期売買差益提供制度の適用を否定する旨の主張をしました。こうした主張に対し、裁判所は、金商法164条9項に定められ、また、前掲平成14年最判が認められるとした解釈によって認められる類型的適用除外取引に本件取引が該当するか否かの判断においては、取引に関する個別的事情や取引主体の主観的事情(目的・動機)を考慮することは許されないとし、非任意性を客観的・一般的事情によって判定する立場を明示したうえで、主要株主側に19億4300万円余りの支払いを命じました。また、判例ではありませんが、短期売買差益提供制度を潜脱した可能性のあるケースもあります。2024年のダイドーリミテッド事件では、議決権の約32%を保有する運用会社が投資一任契約に基づいて運用していたことから、「自己の計算」による売買には当たらないと考えられ、また名義上の株主であった信託銀行も主要株主に該当しないと考えられる状況のもとで、短期売買差益提供制度に基づく請求の可否が問題とされましたが、取引規制府令24条1号が「信託業を営む者が信託財産として所有する株式」を主要株主該当性の判定の基礎となる議決権から除外していることもあり、断念されたようです。そもそも、わが国の現行制度の下では、短期売買差益提供制度および売買報告書制度の運用状況が外部から観測しにくい状況にあります。たとえば、財務局が「利益関係書類(写)」を上場会社等に送付した後、30日以内に任意に利益提供がなされない場合でなければ、同写しは公衆縦覧に付されません(前掲【図1】参照)。また、その公衆縦覧もEDINETを介する形では行われません(本章2(2)参照)。この点、後述するように、アメリカではわが国の売買報告書にあたるForm4等がEDGARを通じてすべて情報開示されているのと対照的です。また、日本では、利益の提供事案の実態を把握する手段も事実上存在していません。このように、表に出ている事案の少なさも相まって、わが国では、制度の実効性という観点から複数の問題があるといえます。3アメリカ法の状況(1)概要アメリカでは、1934年証券取引所法16条が、3つの規律を置いています。すなわち、(a)項で上場会社等の役員(officer)、取締役および10%超の株式等を保有する者らについて株式等の取引に関する報告義務を定め、(b)項で6か月以内の短期売買から得た利益の発行会社への吐出しについて定めるとともに、(c)項が、(a)項に定める者らによる空売りを禁止する旨を定めています。重要なのは、これらが独立した3つの制度ではなく、相互に関係し合っているという点です。まず、(a)項の報告は、その内容がEDGAR(アメリカにおいて上場している会社やその関係者等が、SEC(証券取引委員会)に提出が義務付けられている書類を、自動収集・確認・分類・受理等するためのシステム(注4))を通じて投資者にも開示されることになっています。また、(a)項の報告は、(b)項の吐出し請求を成り立たせる事実上の基礎にもなっています。すなわち、誰がいつ何株売り買いしたかが公開されなければ、6か月以内の対向取引を特定して利益を計算することはできません。EDGARでの開示を通じて(b)項の責任を果たさせる——この関係がアメリカの制度の幹となっているといえます。こうした構造それ自体は、上述した日本の金商法163条と164条に共通しています。なぜなら、日本の規定はもともとアメリカ法をほぼそのまま継受したものであり、報告義務が吐出し請求権の実効性を担保するという設計思想は同一のものだからです。とはいえ、以下に述べるように、両国の制度には決して小さくはない差異もみられています。(2)報告の書式(a)項が要求する報告は、以下のForm3・4・5という3つの書式に従って行われます。①Form3:いわゆる当初報告です。就任時または対象者となった時点における保有状況を報告するものであり、取引に関する記載欄は設けられていません。②Form4:制度の中核をなす書式です。報告義務者が持分証券の売買を行った場合、当該取引の執行日の翌々営業日の終了までに提出しなければなりません。SECは、提出がなされた翌営業日終了までにこれを公衆がアクセス可能なサイトに掲載する義務を負い、発行会社もまた、企業ウェブサイトを有する場合には同期限までに当該書式を掲載し、12か月以上アクセス可能な状態を維持しなければなりません。このForm4により取引主体、取引日、数量および価格が、事実上ほぼ即時に開示される仕組みとなっています。③Form5:いわゆる年次報告です。事業年度終了後45日以内に提出します。小規模な取得や既往の報告漏れを事後的に補完することを目的としています。なお、以上の16条(a)の報告義務違反に対しては、SECによる行政上のエンフォースメントが行われることがあります。2024年9月25日には、Schedule13D/GおよびForm3・4・5の遅延提出につき、23の法人・個人の責任が問われ、SECが課した制裁金総額は380万ドルを超えた旨が公表されました。また、同種のエンフォースメントは2014年、2015年、2020年、2023年にも実施されたとのことです(注5)。(3)報告義務の対象者(a)項の報告義務の対象者についてもう少し詳しくみてみますと、①12条に基づき登録された持分証券の10%超の実質的所有者、②発行会社の取締役、③役員です。加えて、後述するように、近時では、外国民間発行体(FPI)の取締役と役員も対象に加えられました。なお、「役員(officer)」は肩書きではなく機能で決まります。社長・最高財務責任者、主要部門を統括する副社長のほか、「政策決定機能を果たす(performsapolicy-makingfunction)」者が広く含まれ、親会社や子会社の役員であっても、当該発行会社のために政策決定機能を果たしている場合は役員とみなされます(注6)。こうした点は、地位によって形式的に画される日本法での「役員」(基本的には、会社法329条1項所定の取締役・会計参与・監査役、そして執行役を基礎としています)とは異なっています。また、①の「実質的所有者(beneficialowner)」については、まず、10%超か否かについての判定において1934年証券取引所法13条(d)における基準−議決権または投資権限(株式の取得、保持、売却を決定・指示できる権限)の有無−が用いられています。次に、実際に報告すべき保有数量や異動の算定については、「金銭的利益(pecuniaryinterest)」基準が用いられます(注7)。ここで、金銭的利益とは、当該証券の取引から生じる利益を得または共有する機会がある場合のことをいい、同一世帯の近親者による保有、パートナーシップにおけるゼネラル・パートナーの比例的持分、信託を通じた持分、デリバティブの行使により株式を取得する権利などをもつ場合も間接的に同利益を得ているとして「金銭的利益」を得ているとみられます。そして、わが国と決定的に異なっているのが「合算」についてです。10%超にあたるか否かの判定において、わが国におけるところの大量保有報告書制度の対象者について定める13条(d)を用いる結果、共同保有者(group)の保有分も合算されることになっています。たとえば、13条(d)(3)は、二人以上の者が、発行会社の証券を取得・保有・処分する目的で、パートナーシップ、リミテッド・パートナーシップ、シンジケートその他のグループとして行動する場合、当該グループを1個の「者」とみなすと定めています。グループの認定に際して書面の合意は要らず、共同行動の合意が事実上認められれば足りるとされています(注8)。その結果、各人の保有が単独では10%超に満たなくとも、グループとして合算した結果10%を超えれば、構成員の各人が16条各項の対象となる「主要株主」となり得ます。もっとも、わが国とアメリカの差異は、合算の有無にとどまりません。判定の物差しそのものについても違いがあります。すなわち、米国では、上述のとおり、10%超か否かの判定に13条(d)にある基準を用いており、これは大量保有報告制度と共通の物差しです。これに対し、わが国では、旧証券取引法の平成13年改正により、「主要株主」の判定基準が、それまでの持株数基準から議決権基準へと改められました。その結果、株券等保有割合を基礎とする大量保有報告制度の「保有」概念と、短期売買差益提供制度の「主要株主」概念とは、別の物差しで測られることとなり、両制度の間に乖離が生じています。とりわけ、2026年5月1日に施行された大量保有報告制度の改正により(金商法27条の23第3項3号参照)、現金決済型デリバティブに対しても従来と比較して広く同制度が適用されることとなった結果、両制度の乖離はいっそう際立つこととなりました。たとえば、短期売買差益提供制度および売買報告書制度においては、議決権基準により、エクイティ・デリバティブを用いて実質的にはいつでも10%以上の株式を取得し得る状態にある者であっても、あくまでその時点では議決権を保有していないため、制度の対象とはならないことになります。なお、一般に、アメリカでは、アクティビストの株式取得割合は10%未満にとどまるといわれていますが、その要因として、ポイズン・ピルのトリガー割合、各州の支配株主に課される法規範等、そして、16条(b)の短期売買差益提供規制の適用に対する考慮が挙げられています(注9)。4HFIAAによる適用対象の外国民間発行体への拡張−わが国への影響2025年12月18日、HoldingForeignInsidersAccountableAct(以下、「HFIAA」といいます)が成立し、同日から90日後の2026年3月18日に施行されました(注10)(なお、同法は国防授権法(NationalDefenseAuthorizationAct)の一部(第8103条)として制定されたものであり、証券規制に関わる単独の立法ではありません)。このHFIAAが証券規制に関して行った改正は、極めて限定的なものです。すなわち、同法は16条(a)項を改正し、外国民間発行体(foreignprivateissuer、以下「FPI」といいます)の取締役および役員を原則として同項の報告義務者に加えることとしました(FPIの株式等の10%超の保有者は除外されています)。これにより、簡単に言いますとアメリカの市場に上場している日本を含む外国企業の取締役等が、同項の報告義務者に加えられたことになります。他方で、HFIAAは、16条(a)(5)項を新設し、SECに対し、外国法域の法が取締役および役員、証券および取引等に対し、「実質的に類似する要件(substantiallysimilarrequirements)」を適用しているとSECが判断した場合は、規則、規制または命令によって、条件付きまたは無条件で16条(a)項の要件を免除する権限を付与しています。その後、SECは、2026年3月5日にこの権限を行使し、免除命令を発しました(注11)。同命令は、(イ)「適格法域(qualifyingjurisdiction)」において設立または組織され、かつ、(ロ)「適格規制(qualifyingregulation)」に服するFPIの取締役および役員を、16条(a)項の報告義務から免除するというものです。当初の適格法域は、カナダ、チリ、欧州経済領域(theEuropeanEconomicArea:27のEU加盟国にアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーを加えた国で構成されます)、韓国、スイスおよび英国の6法域でしたが、2026年5月20日の追加命令により、オーストラリア、インドおよびシンガポールが追加されていました(注12)。注目すべきは、SECが各法域の制度を「適格規制」と認定するにあたって用いた基準です。命令の内容を整理すると、次の5点に分解できます。対象者が、当該発行体の取締役および役員(executives)を含むこと初期保有および実質的所有の変動を、速やかに(promptly)報告すべきものとされていること報告内容に、証券の種類、取引の性質、価格および数量が含まれること当該報告が一般公衆に利用可能とされること(madeavailabletothegeneralpublic)適格規制に基づいて提出された報告が、その公表後2営業日以内に英語で一般公衆に利用可能とされること現に、韓国については、資本市場法(FinancialInvestmentServicesandCapitalMarketsAct)173条および同法施行令200条につき、SECはそれらを、取締役および執行役員が初期保有および実質的所有の変動を速やかに報告すべきこと、報告に証券の種類・取引の性質・価格および数量が含まれること、ならびに当該報告が一般公衆に利用可能とされることを要求する制度として評価しています。また、他の法域についても、カナダのNationalInstrument55-104、EUおよび英国の市場阻害行為規則(MarketAbuseRegulation)、スイス取引所の上場規則、インドのSEBIインサイダー取引禁止規則などについて、いずれも同一の基準で審査しています(注13)。他方で、日本については、本稿執筆時点において、いずれの命令においても適格法域として指定されていません(注14)。このように、日本が適格法域として認められていない理由について、SECの命令や関連する文書では明らかにはされていません。考えられるとすれば、163条に基づく売買報告書の報告が原則として財務局にとどまるものであり、提出の期限も「翌月15日まで」とされ、そして何よりも、その後の公衆縦覧が、①短期売買利益が認定され、②20日以内に否認の申立てがなく、③会社への利益提供も確認できず、④さらに30日が経過した場合に限定されるとともに、縦覧の態様も、紙面の「利益関係書類(写)」の縦覧が財務局内で行われるにとどまっていることにあるように思われます。これらがSECの要求する「2営業日以内・英語で・一般公開」という基準を満たしていないことは明らかであり、この点が考慮されたと考えるのが自然であるように思われます。この結果、2026年3月18日、三菱UFJフィナンシャル・グループ、トヨタ自動車、武田薬品工業、日本郵政、三井住友フィナンシャルグループをはじめとする日本の主要企業の取締役らは、SECのEDGARシステムに向けて、英語でForm3(保有状況報告書)を提出するに至っています。実際、筆者がEDGARを通じて確認したところ、同日から2026年7月22日までの間に、日本を拠点とする16社について、Form3が217件、Form4が220件、合計437件提出されており、会社の内訳を見てみますと、三菱UFJ93件、トヨタ83件、武田薬品64件、みずほ51件、日本郵政47件と大企業が上位を占めていました。また、16社すべてがHFIAAの施行日である3月18日にForm3を揃えて提出していました(注15)。5おわりに本稿では、金商法上の短期売買差益提供制度および売買報告書制度の趣旨、仕組みおよびエンフォースメントについて概観したうえで、その母法であるアメリカ1934年証券取引所法16条との比較、さらには2025年のHFIAAによるFPIの取締役や役員への報告義務の拡張と、それに伴うSECの適格法域指定において、わが国が除外されている状況について紹介してきました。このうち、SECによる適格法域指定においてわが国が除外されたことは、単なる立法技術上の偶然ではなく、わが国の制度が抱える構造的な課題を図らずも顕在化させたものと捉えることができるように思われます。以下では、本稿の検討から浮かび上がる課題を、太田洋弁護士による近時の論稿も踏まえながら、2点に絞って述べたいと思います。第1に、売買報告書の開示のあり方です。アメリカでは、Form3・4・5がEDGARを通じて取引の執行から最長でも3営業日というスピードで一般に公開され、これが16条(b)の利益吐出し責任を機能させる事実上の基盤となっています。これに対し、わが国では、売買報告書それ自体が公衆縦覧に付されることは原則としてなく、財務局が短期売買利益の取得を認め、20日以内に否認の申立てがなく、かつ送付から30日以内に会社への任意の利益提供もなされなかった場合に、初めて紙面としての「利益関係書類(写)」が公衆縦覧に供されるにすぎません。太田弁護士も、売買報告書制度の導入から約38年が経過しているにもかかわらず、上場会社の株価や投資家の投資判断に大きな影響を与える主要株主の変動が、売買報告書の公衆縦覧を通じて一般に開示されていない現状を不合理であると評し、少なくとも主要株主の売買報告書についてはすべて公衆縦覧の対象とすべきであると提言しています(注16)。本稿の4でみたとおり、HFIAAに基づく適格規制の認定基準は、報告が一般公衆に利用可能であること、および2営業日以内に開示されることを明示的に要求しており、わが国の現行制度がこの基準を満たし得ないことは明らかです。そのため、売買報告書の開示のあり方については、投資家保護の観点からはもとより、国際的な文脈においても、早急に見直されるべき課題であるといえます。現状では、同一の日本企業の取締役が、アメリカ市場では取引執行後2営業日以内にForm4を提出し、遅くとも3営業日以内にはEDGARで氏名・取引日・数量・価格が英語で公開される一方で、日本国内では同じ人物の同種の取引が原則として公衆縦覧の対象にすらなっていません。HFIAAの施行により、こうした非対称が現実の事象として顕在化しました(本稿4でみた437件の提出はその象徴といえます)。第2に、短期売買差益提供制度および売買報告書制度における報告義務者の範囲、とりわけ共同保有者概念の不存在です。わが国の「主要株主」概念は、大量保有報告規制とは異なり、共同保有者による保有分の合算を予定していません。実際、複数の投資主体が実質的に協働しながら、それぞれの議決権割合を10%未満にとどめることで、短期売買差益提供制度の適用を意図的に回避しているのではないかと疑われる事例が散見されます。太田弁護士の論稿によりますと、2023年のYFOグループによる東洋建設株式大量取得事例でも、共同保有者である4つのエンティティの株券等保有割合は、それぞれ9.75%、9.74%、6.24%、2.78%(合計28.51%)にとどまっていました(注17)。アメリカでは、1934年証券取引所法13条(d)の共同保有者(group)概念により、複数の者が共同して株式を取得・保有・処分する場合には合算して10%基準の該当性が判定されるため(本稿3(3)参照)、こうした潜脱は生じにくくなっています。太田弁護士は、この点についても、米国の制度と平仄を合わせるべく、わが国においても「主要株主」該当性の判定に際して共同保有者による保有分を考慮すべきであるとし、あわせて、大量保有報告書制度と整合を図るべく、平成13年改正以降用いられている議決権基準を持株数基準に戻し、「保有」概念についても大量保有報告規制のそれと揃え、さらには、エクイティ・デリバティブによるポジションの積み上げについても規制を及ぼすべきであると提言しています(注18)。私見も、この方向性には基本的に賛成です。以上の2つの課題は、実は根っこの部分でつながっています。共同保有者の保有分が合算されない結果、複数のアクティビストが協調しながら10%未満の持分にとどめて短期売買差益提供制度の適用を免れることが可能となっている一方、その取引の全容は、開示制度の不透明性ゆえに、事後的にも十分に捕捉されません。アメリカでは、アクティビストの株式取得割合が10%未満にとどまる一因として16条(b)の存在が指摘されていますが(本稿3(3)参照)、わが国では、報告義務者の範囲の狭さと開示における不透明性という2つの制度上の問題が相まって、そうした抑止機能がほとんど働いていないのではないかと思われます。近時、わが国において20%から40%程度、あるいはそれ以上の大量の株式取得を伴う非通例的な株主アクティビズムの事例が目立っていることの一因は、こうした点にも起因しているように思われます。もっとも、以上の問題については、経済産業省「公正な買収の在り方に関する研究会」でも、短期売買差益提供制度が導入から約40年もの間、実質的な改正を経ていないことに対する問題意識がすでに示されており(注19)、制度見直しの機運は徐々に高まってきているように見受けられます。今回のアメリカでのHFIAAの施行とわが国の適格法域からの除外は、こうした国内の議論を後押しする一つの契機とすべきように思います。<注釈>同資料は、https://lfb.mof.go.jp/kantou/content/000165705.pdfより入手可能です。最大判平成14年2月13日民集56巻2号331頁。東京高判令和6年7月31日金融・商事判例1705号18頁。SEC,EDGAR—SearchFilings,https://www.sec.gov/search-filings(2026年8月2日閲覧).SEC,SECLeviesMoreThan$3.8MillioninPenaltiesinSweepofLateBeneficialOwnershipandInsiderTransactionReports(PressRelease2024-148),https://www.sec.gov/newsroom/press-releases/2024-148:BarbaraBaksa,SECEnforcementofSection16Reporting(2023),https://www.naspp.com/blog/section-16-reporting-enforcement(2026年8月2日閲覧).17C.F.R.§240.16a-1(f).17C.F.R.§240.16a-1(a)(1)–(2).15U.S.C.§78m(d)(3);17C.F.R.§240.13d-5.MiraGanor,ToeholdCollaborationsBeyondInsiderTrading,14N.Y.U.J.L.&Bus.187,194,201-02(2017).また、太田洋「わが国短期売買差益提供規制の課題と改正の方向性−levelplayingfield確保の観点から」商事法務2425号(2026年)27-30頁。HoldingForeignInsidersAccountableAct,Pub.L.No.119-60,§8103(Dec.18,2025)(15U.S.C.§78p(a)を改正).OrderGrantingDirectorsandOfficersofCertainForeignPrivateIssuersanExemptionfromtheFilingRequirementsofSection16(a)oftheExchangeAct,ExchangeActReleaseNo.34-104931(Mar.5,2026).OrderGrantingAdditionalDirectorsandOfficersofCertainForeignPrivateIssuersanExemptionfromtheFilingRequirementsofSection16(a)oftheExchangeAct,ExchangeActReleaseNo.34-105517(May20,2026).SEC,HoldingForeignInsidersAccountableAct:Section16(a)ReportingRequirements,https://www.sec.gov/about/divisions-offices/division-corporation-finance/holding-foreign-insiders-accountable-act-section-16a-reporting-requirements(最終更新2026年5月20日、2026年8月2日閲覧).なお、同ページでは、承認済みの免除命令と免除が認められた法域が一覧の形で掲載されています。前掲注⑾・⑿参照。本稿における日本を拠点とし、アメリカで上場している企業等16社に関するForm3・4の提出状況についての集計は、筆者が開発したPythonツールedgar-form345を用いて、SECEDGARのSubmissionsAPI(https://www.sec.gov/search-filings/edgar-application-programming-interfaces)から機械的に取得したデータに基づいています。この点について説明するうえで、EDGARに関連する基本概念について簡単な説明を加えておきます。CIK(CentralIndexKey)とは、SECがEDGARに登録するすべての発行体・個人(役員・主要株主等)に対して付与する一意の番号であり、日本法における法人番号に類する識別子です。Form20-Fは、外国民間発行体(ForeignPrivateIssuer)が米国内国発行体のForm10-Kに相当するものとして提出する年次報告書であり、Form6-Kは、外国民間発行体が本国で開示した重要事実等を米国市場にも随時報告するための臨時報告書です。いずれも、当該発行体が米国市場において継続的に開示義務を負う存在であることを示す指標として利用可能です。以上を踏まえ、筆者が行った具体的な集計手順は次のとおりです。①まず、EDGARの企業検索機能(browse-edgar)を用いて、所在地コードM0(Japan)に該当する発行体を、Form20-Fおよび6-Kの提出履歴から列挙しました。②次に、列挙された各発行体のCIKについて、提出済み書類一覧のうちForm3・4・5(本文で述べた保有状況報告書、異動報告書および年次報告書)を、HFIAA施行日(2026年3月18日)以降に絞り込んで集計しました(集計対象は2026年7月22日時点のデータです)。なお、以上の方法についてはいくつかの限界もあると考えます。第1に、発行体の「所在地」(businessaddress)と「設立準拠法国」(stateofincorporation)は別概念であり、後者はSECのsubmissions.jsonのstateOfIncorporationフィールドの記載に依存しています。しかし、このフィールドを欠く発行体も存在します(本稿の対象では、三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャルグループ、武田薬品工業、MEGACHIPSCorp、SoftBankGroupCorpの5社についてそうした欠落が確認されました)。このうち三菱UFJ、みずほおよび武田薬品の3社については、Form20-Fの提出実績により当該CIKを確認できており、日本を設立準拠法国とする外国民間発行体であることが独立に裏付けられました。他方、MEGACHIPSおよびソフトバンクの2社については、当該CIKに20-F、10-Kまたは40-Fのいずれの提出履歴も見当たりませんでしたが、両社の企業ウェブサイト(IR情報等)を確認したところ、いずれも日本法に基づいて設立された会社であることを確認しました。したがって、本稿の対象16社は、SECに提出されたデータまたは各社の公表情報のいずれかによって、すべて日本を設立準拠法国とする発行体であることが確認されています。第2に、所在地コードに基づく発行体の列挙は網羅的ではありません。Form20-Fまたは6-Kのいずれも提出履歴がない発行体(同一企業グループ内で、16条に関する報告用のCIKと年次報告書提出用のCIKとが別個に管理されている場合等)は、この方法では捕捉されない可能性があります。MEGACHIPSおよびソフトバンクの2社については、当該CIKに年次報告書の提出履歴が見当たらなかった理由は、本稿の調査の限りでは確定できておらず、今後の検証課題としたいと考えています。もっとも、この点はForm3・4・5の提出件数の集計自体には影響しないと考えます。なお、本文の情報を収集・解析するために筆者が開発したツールのソースコードおよび使用したバージョンは次の通りであり、誰でも入手可能な形で公表しています。MunehisaWada,edgar-form345:APythonToolforRetrievingandParsingSECEDGARSection16(a)OwnershipReports(Forms3,4,5),Version1.0.0(Jul.31,2026),https://doi.org/10.5281/zenodo.21718664.太田・前掲注⑼33頁。太田・前掲注⑼31頁。太田・前掲注⑼32-33頁。太田・前掲注⑼19-20頁、経済産業省「公正な買収の在り方に関する研究会」第9回(2026年2月4日)議事要旨33頁〔武井一浩委員発言〕。提供:税経システム研究所
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2026/09/10 会計レポート
マルチエージェントAIの設計
1.チームとして機能するマルチエージェントAI前号では、生成AIが、対話型AIから、目標に応じて自律的にタスクを遂行するAIエージェントへ、さらに、複数のAIエージェントが連携してタスクを並行処理するマルチエージェントAIへと発展していることを紹介しました。会計人材が担ってきた計算、分析、書類作成などの業務も、マルチエージェントAIによって大部分を自動化できる可能性があります。しかし、マルチエージェントAIを業務に活用すると、どのエージェントが、どのデータに基づいて、どのような判断を下したのかを把握しにくくなるという問題が生じます。判断過程が見えにくいというブラックボックス化の問題は、対話型AIにも存在していました。ただし、人間とAIが一問一答形式で対話する場合には、やり取りの履歴をたどることで、判断根拠をある程度確認できました。一方、マルチエージェントAIでは、複数のエージェントが並行して作業し、相互にやり取りしながら結論を生成します。そのため、対話型AIよりも、結論に至るプロセスを把握することが難しくなります。それでは、人間は、各エージェントの作業やエージェント間のやり取りを、どのように把握し、管理すればよいのでしょうか。この問いに答えるためには、エージェントの定義・設計と、AIによる推論過程のモニタリングという二つの論点を検討する必要があります。本稿では、まず前者であるエージェントの定義と設計を取り上げます。2.マルチエージェントAIとガバナンス一部のマルチエージェントAIでは、オーケストレーターと呼ばれる調整役のAIが、人間から与えられた目標を解釈し、目標の達成に必要なエージェントを自動的に生成して、作業を割り当てます。しかし、エージェントが自動生成されると、どのような専門性を持つエージェントが、どのような判断基準に基づいて作業したのかを事後的に検証することが難しくなります。第一の懸念は、成果物の品質が安定しないことです。エージェントの構成をオーケストレーターに委ねると、同じ業務を同じプロンプトで指示しても、その都度生成されるエージェントの数や役割分担が変わる可能性があります。どのエージェントがどの工程を担い、どの段階で検証が行われるかが実行のたびに変われば、成果物の品質も安定しません。マルチエージェントAIの失敗要因を網羅的に検討したCemrietal.(2025)は、200件を超える実行記録を分析し、失敗の多くがAIモデルの能力不足ではなく、役割定義の曖昧さや検証プロセスの設計不良に起因することを示しています。一方、要件定義、設計、実装、検証というソフトウェア開発組織の役割分担と標準業務手順をエージェントの分業構造に組み込んだHongetal.(2024)は、各エージェントの成果物を後続工程に順次引き継ぐことで、成果物の品質が大幅に向上することを示しています。これらの研究は、マルチエージェントAIの成果が、AIモデルの能力だけでなく、役割と工程の分担を定めるエージェント組織の設計にも左右されることを示しています。この点は、人間の組織とAIエージェントの組織に共通します。エージェント組織の構成をAIに自動生成させることの影響は、成果物の品質にとどまりません。より深刻なのは、内部統制上の問題です。組織構成や権限設定を十分な制約なしにAIへ委ねると、誰がどのような権限で作業し、誰が結果を検証するのかという内部統制の枠組みの一部を、統制対象であるAI自身に決めさせることになります。その場合、分析担当と検証担当の職務分離が確保されないおそれがあります。また、処理効率を優先した結果、業務上必要な範囲を超えるデータアクセス権限が付与される可能性もあります。人間の組織では、通常、担当者自身に職務分掌や権限の決定を委ねません。同様に、マルチエージェントAIを活用する際のエージェント組織の設計も、統制する側の人間が担う必要があります。3.役割の洗い出しとエージェントの定義人間が組織設計を担う場合でも、個々のエージェントの役割を直ちに定められるわけではありません。まず、エージェントに委ねる業務を複数の工程に分解し、各工程に必要な専門能力を洗い出す必要があります。月次の予算実績差異分析を例に考えます。この業務は、データの抽出、差異の計算、差異要因の分析、数値と根拠の検証、報告書の作成などの工程に分けられます。データの抽出や差異の計算には会計システムの知識が必要ですが、差異要因の分析には、数値を事業実態に即して解釈する能力が求められます。各工程に必要な知識と権限、および職務分離によって相互牽制を働かせるべき工程を整理して初めて、エージェントの数と役割分担を定められます。これは、職務記述書を作成する前に業務分掌を検討するのと同じ順序です。この工程分解を省いてエージェントを定義すると、専門領域や判断権限が曖昧になり、オーケストレーターによる自動生成と同じ問題が生じます。必要な役割を整理したら、個々のエージェントを定義します。エージェントの定義とは、役割と目的、使用できるツール、参照を許可するデータの範囲、行動規範と制約、成果物の形式と品質基準、他のエージェントや人間への引き継ぎ・報告ルールを自然言語で明文化することです。言い換えれば、AIエージェントの職務記述書を作成する作業です。この手順をまとめると、図表1のようになります。図表1エージェント定義の手順①エージェントに委ねる業務を選ぶ(例:月次の予算実績差異分析)↓②業務を工程に分解する(データの抽出/差異の計算/差異要因の分析/数値と根拠の検証/報告書の作成)↓③各工程に必要な知識と、参照を許可するデータの範囲を洗い出す↓④エージェントの役割分担を決める↓⑤エージェントごとに定義書を作成する(役割と目的/権限/行動規範と制約/成果物と品質基準/引き継ぎ・報告ルール)(出所)筆者作成前述した差異計算工程を担うエージェントは、例えば次のように定義できます。「あなたは月次の予算実績差異の計算を担う管理会計担当者である。会計システムの予算・実績データと、参照を許可された数量・単価データのみを使用する。科目別に差異額と差異率を計算し、数量・単価データを取得できる科目については、差異を数量差と単価差に分解して報告する。差異要因の解釈は行わず、成果物を後続の要因分析エージェントに引き継ぐ。データに存在しない数値を推測で補ってはならない」このように、エージェントが担う業務、参照を許可するデータ、遵守すべき規則などを明記します。項目ごとに見出しを設けると、図表2のような形式になります。Markdown形式を用いるのは、見出しと箇条書きによって項目の区切りが明確になり、AIが指示構造を誤って解釈するリスクを抑えられるためです。また、作成者も記載漏れに気づきやすくなります。記述する際には、役割と目的を職務記述書、アクセス範囲を職務権限規程、行動規範や禁止事項を倫理規程や業務マニュアルに対応づけて考えると、理解しやすくなります。図表2エージェント定義書の記述例(Markdown形式)#予算実績差異計算エージェント##役割と目的月次の予算実績差異を科目別に算出し、後続の要因分析エージェントが利用できる形式に整える。差異要因の解釈および改善策の立案は担わない。##参照できるデータ-会計システムの予算データおよび実績データ(当月分の損益計算書科目)-上記科目に対応する数量データおよび単価データ(予算・実績の両方。数量差・単価差を算定する科目に限る)-参照範囲は、分析を所管する事業部の責任範囲に対応させ、職務権限規程上、担当者に閲覧が認められた部門のデータに限定する。差異計算に不要な貸借対照表科目、人事データ、取引先マスタは参照しない。##手順対象月の予算と実績を科目別に取得し、取得件数と合計額を記録する。科目別に差異額と差異率を算出する。数量・単価データを取得できる科目について、差異を数量差と単価差に分解する(数量差=(実績数量−予算数量)×予算単価、単価差=(実績単価−予算単価)×実績数量)。分解結果の合計が総差異と一致することを検算する。##成果物-形式:科目コード、科目名、予算、実績、差異、差異率、数量差、単価差(算定可能な場合)を列とする表-単位は千円、差異率は小数第1位までとする。データ取得時刻と検算結果を末尾に付記する。##品質基準-検算の結果、分解後の差異合計が総差異と一致しない場合は、成果物を出力せず、管理会計担当者に差し戻す。-予算または実績が欠損している科目は、欠損である旨を明記する(補完しない)。##人間の判断を要する条件-科目、数量または単価データの対応関係を判別できない場合-差異率が±20%を超える科目が全科目の30%を上回る場合##禁止事項-データに存在しない数値を推測で補ってはならない。-差異要因を解釈したり、改善策を提案したりしてはならない。-参照範囲外のデータを取得してはならない。##引き継ぎ・報告-成果物と検算結果を要因分析エージェントに引き渡す。-引き継ぎ内容の要約を管理会計担当者に通知する。人間の判断を要する条件に該当した場合は、引き継ぎを行わず、管理会計担当者に報告する。(出所)筆者作成4.エージェント設計の重要性一部のマルチエージェントAIでは、人間がエージェントごとに指示しなくても、オーケストレーターが必要なエージェントを構成し、タスクを分担させることができます。ただし、自律的に動作できることと、統制上、業務を委ねてよいことは別問題です。成果物の品質と判断過程の統制可能性は、AIモデルの性能だけでなく、工程の分割、役割分担、委任する判断の範囲に左右されます。人間の組織における職務分掌や職務権限規程に相当する仕組みを、AIエージェントのチームにも整備する必要があります。もっとも、AIエージェントのチームに関する設計・統制方法は、まだ十分に確立されていません。監査領域では、仕訳テストを対象とするエージェント型監査のフレームワーク(Schreyeretal.、2024)や、スイス連邦会計検査院における実装事例(Schreyeretal.,2025)が報告されており、分業と検証を明示した実践が現れ始めています。一方、計画、予算管理、業績管理といった管理会計領域では、AIエージェントのチームに関する知見はまだ限定的です。したがって、マルチエージェントAIを会計業務に活用する際には、既存の職務設計と内部統制の延長線上で、エージェント組織の設計と統制を検討する必要があります。次回は、定義したエージェントが結論に至るまでの推論過程をどのように記録し、人間がどのようにモニタリングすべきかを検討します。参考文献Cemri,M.etal.(2025)「WhyDoMulti-AgentLLMSystemsFail?」arXiv:2503.13657.https://arxiv.org/abs/2503.13657Hong,S.etal.(2024)「MetaGPT:MetaProgrammingforaMulti-AgentCollaborativeFramework」ICLR2024.https://arxiv.org/abs/2308.00352Schreyer,M.,Gu,H.,Moffitt,K.andVasarhelyi,M.A.(2024)「ArtificialIntelligenceAgenticAuditing」SSRNWorkingPaper.https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4909147Schreyer,M.,Mäder,T.andRuud,T.F.(2025)「EmbeddingAgenticArtificialIntelligenceinInternalAuditing」EXPERTFOCUS,2025(6).https://www.efk.admin.ch/wp-content/uploads/publikationen/fachtexte/2025_6_a_novel_digital_audit_workforce.pdf提供:税経システム研究所
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2026/09/07 審査事例
複数の所得がある納税者が金プラチナ売却を申告漏れ。過少申告の意図を外部からうかがい得る特段の行動はないと認められ、重加算税部分は取消される(一部取消し)
【裁決のポイント】仮装・隠ぺいで課される重加算税は、その趣旨から、架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在しなくても、納税者が、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合には要件を満たすという判決がある(最高裁平成7年4月28日判決)。審査請求人には、競争馬の事業所得、不動産所得、給与所得、競走馬や上場株式等の譲渡に係る損失について、関与税理士に申告を依頼していたが、令和3年と4年の金・プラチナの売却を税理士に話さず、税理士も他に申告すべき収入があるかを確認せず、税務調査で申告漏れが指摘された。税務署は、税理士に取引を隠匿して申告書を作成させたとして重加算税を課した。審査請求人は、税理士に伝えるのを単に失念しただけなどと主張した。国税不服審判所は、審査請求人は過少申告を認識していたが、売却を隠蔽し、譲渡所得を申告せず済ませようとする態度、行動をできる限り貫こうとしたとはいい難く、税理士に伝えなかった事実が認められるにすぎない、過少申告を行う意図を外部からもうかがい得る特段の行動に該当しないとして、過少申告加算税を超える部分を取り消した事例である。(令和3年分及び令和4年分の所得税及び復興特別所得税に係る重加算税の各賦課決定処分・一部取消し・令和7年2月14日裁決(非公開))【主な争点】審査請求人が金プラチナ各取引に係る譲渡所得を申告しなかったことは、重加算税の賦課要件を満たすか。【裁決の要旨】1)過少に申告する意図について審査請求人は、30年前の先物取引か父の相続のいずれによって取得したにせよ、プラチナ及び金が取得時から大きく値上がりしていることを認識しており、売却により相当の利益が生じたことを認識していたものと推認できる。毎月自宅を訪問する税理士に本件各取引の存在を申し出る機会があった。審査請求人は、本件各取引に係る譲渡所得を申告しないことにより、所得を過少に申告することを意図していたことが認められる。2)過少申告の意図を外部からもうかがい得る特段の行動について調査担当職員による質問調査の時点において、売却の日から2年も経たないにもかかわらず、売却した事実そのものを忘れてしまうというのは不自然である。しかしながら、調査担当職員から、再度プラチナの売却について質問された際には、審査請求人は事実を認め、金の売却について質問された際には、覚えがない旨述べるものの、売却を否定したり、売却した事実が存在しないかのように装ったりしたことはない。そして、調査担当職員が買取り業者から事実を把握していることを示して以降は、更なる追及を受けるまでもなく、修正申告を行っている。また、本件は、税理士に対して虚偽を告げ又は税理士から確認を受けたにもかかわらず収入を告知しなかったような場合と異なる。これらを併せ考慮すると、調査担当職員に対する申述のみをもって、審査請求人が、当初から本件各取引に係る譲渡所得を除外して所得税等の過少申告を行う意図を、外部からもうかがい得る特段の行動には該当せず、重加算税の賦課要件を満たすとはいえない。【参照条文】国税通則法第68条《重加算税》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2026/09/03 会計レポート
企業が生き残るための製品・サービスの原価計算の勘所(28)
1.販売費及び一般管理費の分析についてこのシリーズの(14)以降、販売費及び一般管理費の管理について説明してきました。参照した先行研究として、「原価計算基準」[大蔵省企業会計審議会,1962]、および、一橋大学岡本清名誉教授の名著『原価計算』の最新版である六訂版[岡本,2000]を対象とし、そこで定義されている用語、展開される議論および具体的な数値による計算例を検討しました。前回に引き続き、筆者の母校である早稲田大学の先人による先行研究を紹介したいと思います。今回も、筆者が最初に会計学の授業を受けた、染谷恭次郎名誉教授の『経営分析』三訂版[染谷,1984]における議論を検討します。染谷名誉教授は、財務会計における著書が多いのですが、経営分析に関する著書も多く上梓しています。博士論文をベースにした著書を『資金会計論』増補版[染谷,1960]として出版していますが、この研究も経営分析の研究からの展開であると説明されています。染谷名誉教授の『経営分析』は、初版が1961年に刊行されていますが、今回も最新版である三訂版[染谷,1984]を参照します。2.染谷[1984]による「販売費の分析」(その2)前回の(27)では、染谷[1984,pp.15-16]にもとづき、原価要素別および販売機能別に分析する方法を説明しました。今回は、染谷[1984,pp.16-18]にもとづき、販売費の販売区分別の分析について説明します。染谷[1984]は、「販売費の機能別分析は重要であるが、これによって企業の諸活動を統制することはなお十分でない」[p.16]と指摘します。したがって、「販売努力とその効果とを対照させることが必要であり、販売費と販売高との比較を可能にする販売区分別分析が重要になる」[染谷,1984,p.16]といいます。(1)販売区分染谷[1984]によると、「販売区分別の販売費分析は、販売活動の指向される区分に従って分析するもの」[p.16]であり、販売区分の例を、次のように説明しています[pp.11-12]。販売製品別(個々の製品別、または製品種類別)販売地域別(地方別・支店区域別・販売員地区別・都道府県別・市町村別など)販売経路別(卸売店に対する販売・小売店に対する販売・直接消費者に対する販売)販売方法別(通信販売・店頭販売・訪問販売・代理店販売)得意先別(年間取引金額別、もしくは注文規模別)販売員別(個々の販売員別、もしくは販売員のグループ別)営業部門別(支店別、もしくは営業部門別)引渡方法別(店頭引渡・配達・郵送)販売条件別(現金売・掛売・割賦販売)これらの区分による分析を行えば、「企業の売上高がどのように達成されたかを知ることができる。企業の売上高が何に多く依存しているかはこれによって明らかになる」と染谷[1984,p.12]はいいます。まさしく、「販売努力とその効果とを対照させること」により、販売区分別に収益性を検討していることになります。なお、これらの販売区分による分析は、自社の販売状況をふまえて実施することになりますので、毎回必ずしも全ての販売区分に沿って行う必要はありません。たとえば、製品の種類が単一、または、ごく少品種の場合には、販売製品別の販売費分析を行わなくとも支障ありません。また、販売方法が通信販売のみであれば、引渡方法は郵送(あるいは宅配便)のみで、販売条件はクレジットカードあるいはコード支払による掛売の場合が多く、このときには、販売方法別、引渡方法別、販売条件別の販売費分析は行う必要がありません。(2)販売区分別の分析販売区分別の販売費分析は、販売製品別・販売地域別・販売経路別・販売方法別・得意先別・販売員別・営業部門別・引渡方法別・販売条件別に行うにあたり、具体的には各販売区分をセグメントとするセグメント別の損益計算書を作成して行うことが考えられます。具体的な例として、図表1の様式をご提案します。図表1販売区分別の損益計算書図表1の1行目の見出しのセグメントAからセグメントNまでは、販売製品別・販売地域別・販売経路別・販売方法別・得意先別・販売員別・営業部門別・引渡方法別・販売条件別の区分が記入されます。図表1は、販売費の分析を目的としていますので、売上総利益までの計算は3行でシンプルに示しています。これらの販売区分は、もともと、売上高を区分する基準[染谷,1984,p.11]ですから、売上高は製品別・販売地域別などに区分されています。販売費も販売区分ごとに集計していますから、売上高と販売費との関連を検討するにあたり、販売費を費目別に検討することにより、「販売努力とその効果とを対照させること」を分析できるように作成しています。一方で、製造業において製造原価を詳細に分析する場合や、小売業・卸売業においても仕入原価を詳細に分析する場合には、売上原価を1行で示すのではなく、適切な費用の項目を設定し、販売区分ごとに収益性を検討することができます。この場合は、製造および販売の両部門における活動と売上高の獲得力および損益への貢献度に関する収益性を分析することができます。また、一般管理費は、セグメントごとに個別費として跡づけることは難しいので、合計の列に1行で示しています(もちろん、一般管理費を合計の列に費目別に示すことも可能です)。そのため、図表1の様式では、販売費を費目別に示して販売区分ごとに売上総利益から販売費を差引いて「販売粗利」を計算することを提案しています。この計算方式では、販売区分ごとに販売費を費目別に示すことで「販売努力」を検討し、販売区分ごとの「販売粗利」が「販売努力の効果」を示しているのです。なお、図表1は全部原価計算方式による損益計算書の様式ですが、販売量を操業度として考えた場合には販売費を変動販売費と固定販売費とに分けて、あるいは、責任会計の観点からは個別販売費と共通販売費とに分けて、分析する様式が望ましいことも付言しておきます。さらに、図表1は単年度の実績値のみについてですが、より管理的な側面を強調すれば、予算と決算(実績値)との比較とその差異、あるいは、前年度と当年度との比較とその差異としての増減についても計算する様式のほうが望ましいと考えられます。参考文献伊藤嘉博・目時壮浩、2021『異論・正論管理会計』中央経済社。大蔵省企業会計審議会、1962「原価計算基準」大蔵省企業会計審議会。岡本清、2000『原価計算』六訂版、国元書房。岡本清・廣本敏郎、2024a『検定簿記講義/1級工業簿記・原価計算下巻』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎、2024b『検定簿記講義/2級工業簿記』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎・尾畑裕・挽文子、2008『管理会計』中央経済社。小林啓孝、1997『現代原価計算講義』第2版、中央経済社。小林啓孝・伊藤嘉博・清水孝・長谷川惠一、2017『スタンダード管理会計』第2版、東洋経済新報社。清水孝、2006『上級原価計算』第2版、中央経済社。清水孝、2014『現場で使える原価計算』中央経済社。清水孝・長谷川惠一・奥村雅史、2004『入門原価計算』第2版、中央経済社。園田智昭、2026『プラクティカル原価計算』第2版、中央経済社。染谷恭次郎、1960『資金会計論』増補版、中央経済社。染谷恭次郎、1961『経営分析』国元書房。染谷恭次郎、1984『経営分析』三訂版、国元書房。谷武幸、2022『エッセンシャル管理会計』第4版、中央経済社。提供:税経システム研究所
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2026/08/31 経営レポート
昨今労務事情あれこれ(225)
1.はじめに都内のある自治体で、職員による通勤手当の不正受給が発覚しました。公共交通機関を利用すると届出ていた職員1,000人余りを調査したところ、実際には徒歩で通勤していたケースが多数見つかり、約100名が通勤手当を返納、その額は1,600万円超に上りました。さらにその後の調査で約180名、900万円の返納が判明、職員総数のほぼ1割が関わっていたということになり、自治体住民から怒りや呆れの声が多数寄せられたということです。一般企業においてもこの事案は決して他人事ではなく、通勤手当の不正受給は普通に存在するリスクの1つと考えて差し支えないでしょう。今回は不正受給の事例を参照し、いかにして防止を図っていくかを考えてみます。2.通勤手当の位置づけとはそもそも通勤手当とはどのような位置づけにあるのでしょうか。従業員が通勤する際に支出する交通費等の費用負担を雇用主に義務付ける法令は存在しないことから、原則を言えば、通勤する際の費用は企業ではなく従業員が負担すべきものということになります。それにも関わらず、諸手当を支給している企業のうち90.2%の企業で通勤手当が支給されています(注1)。通勤は毎日のことですから、原則通りに従業員負担では、かなりの経済的負担になってしまいますし、遠方から通勤となればなおさらです。そこで通勤手当という形でその費用負担を企業が支援することで、従業員の生活を守るとともに、人材確保・定着促進を図る目的の「福利厚生」として多くの企業で支給されているのが実情です。また、会社側にとっても、一定額までは経費として計上できることもメリットとして考えられます。支給の形態は、電車・バスといった公共交通機関の場合は、通勤定期代の実費や定期券の現物支給、車・二輪車の場合は通勤距離に応じたガソリン代相当額というのが大半ですが、中には自転車通勤に対しても車両の損耗費を考慮して一定額を支給している例もあります。ではこの通勤手当を不正受給する手口としてどのような方法が確認されているのでしょうか。3.よくある不正受給の事例「不正受給」というと、悪意を持って本来の通勤費よりも過大な額を受け取る行為のような印象を受けます。もちろんそのような事例も少なくないのですが、一方で、通勤経路を変更したのに、それを届出ていなかったというような、ついうっかり…の事例も存在しています。さまざまな事例がありますが、多くの場合、以下の3つの形態に集約することができそうです。【不正請求の代表的な形態】1.実際の住所と異なる住所で手当を申請している例えば、実際の住所よりも遠方にある実家の住所などで手当を申請するケースです。虚偽の届出に基づく申請であり悪質と言えるでしょう。2.実態とは異なる通勤経路で手当を申請している実際に利用している通勤経路よりも高額な通勤費を要することになる通勤経路を申請するケースです。故意に行った場合は1.同様、悪質と言えます。ただし、交通事情の変化に伴い、申請していた経路より通勤の利便が向上するなどの理由で後日になって通勤経路を変更する場合や、転居により通勤経路が変わったなどの届出を失念していたケースも考えられますので、一律に「悪質」と断じてしまうには注意が必要です。3.虚偽の通勤手段で手当を申請している徒歩や自転車など、費用が発生しない手段で通勤しているのに、公共交通機関を利用しているとして申請するケースです。悪意に基づかなければやらない手段ですので、悪質度は高いと言えます。では、従業員が通勤手当を不正請求していることが疑われる場合の対応や不正請求を未然に防ぐためのチェック体制はどのようにすれば良いのでしょうか。4.不正請求判明後の対応と予防策は?通勤手当は従業員からの申請内容が「適切かつ合理的な内容である」という前提で支給が行われており、個々の申請内容を細かく検証する、実際に購入した定期券のコピーや領収証をチェックするといったことなく支給が行われていることが多いように思います。また、従業員側からすると「ちょっとくらい」とか「バレるわけない」といった軽い考えで不正な内容を請求していることも多いのですが、不正請求は、悪質度次第では横領や詐欺に該当するケースもある重大な事案です。不正請求が疑われる場合、まず、企業側は不正を裏付ける客観的な証拠を揃えるとともに、当事者からのヒアリングなどで事実関係を正確に把握することが最初のステップです。その結果、不正請求が確定した場合は、故意なのか過失なのか、故意の場合は悪質度の大小を判断すること、その上で、当事者には悪質度に応じた懲戒処分を課すとともに、不正請求に基づいて支給した通勤手当の返還を求める、というのが大まかな流れです。事後対応はもちろん重要なのですが、多大な労力を充てることにならないよう、未然防止の体制を整備しておくことも事後対応以上に重要であると考えます。【未然防止のためのチェック体制】1.就業規則及び賃金規程の整備と再周知就業規則や賃金規程に支給要件や申請手続きの内容を明記するとともに、「不正請求には懲戒解雇を含む厳正な処分を行う」旨を明記し再度周知する。2.購入実態を裏付ける証明書などの提出例えば、購入した定期券のコピーや購入した際の領収証、ICカードの利用履歴コピーなどの提出を義務付ける。併せて、抜き打ちで定期券の現物調査を行うことも不正抑止の効果があります。3.申請内容の精査を行う従業員からの申請内容だけで手当の支給額を決定してしまわずに、本当に「適切かつ合理的」な申請内容かを精査する。手間はかかるが、年に1~2回程度、全ての従業員の申請内容を精査する機会を設ける。2、3については、従業員を信用していないようにも見え、「ここまでやるの?」とためらわれる気持ちも理解できます。い考えで不正請求をした結果、それが露見し厳しい処分を受けてしまう方がよほど悲劇です。安易な不正を抑止するためにも、これらの体制整備は不可欠であるものと考えます。過去のおおらかな時代であれば、ここまで厳格な対処を想定しなくても良かったのかもしれません。しかし今や企業はもちろんのこと、従業員個々にもコンプライアンスが厳しく求められる時代です。不正を許さない企業風土を醸成するとともに、その姿勢を明確に発信していきましょう。<注釈>令和7(2025)年度就労条件総合調査の概況(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/25/dl/gaikyou.pdf提供:税経システム研究所
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2026/08/31 経営レポート
企業探検家 野長瀬先生の経営お悩み相談室(第26回)
毎回いろいろな企業経営者のお悩みをテーマとし、その悩みを解決する糸口を企業探検家・野長瀬裕二先生がアドバイス形式で解説していきます。筆者が見てきた様々な企業の成功例や工夫の事例、そこから見えてくる普遍的なノウハウを紹介し、各回のテーマの悩みに寄り添う情報をお伝えします。<相談内容>首都圏で住宅リフォーム業を創業して20年、従業員規模18名の中小企業です。大手住宅メーカーのリフォーム部門の協力企業としてスタートしました。現在は大手住宅メーカー向けの協力企業事業、近隣のマンション・戸建住宅を中心とするリフォーム受注の自主事業の二本柱を半々で展開中です。協力企業事業の売上はこのところ微増ですが、単価的に厳しいので薄利となっています。自主事業の方は、中古マンションのリノベーションの需要が増えていて、地場の不動産業者と連携して順調に受注しています。新規事業として、戸建住宅向けに、リモートワークや趣味のための防音室事業をはじめたのですが、まだ実績が不足しています。どのように今後この事業を進めたらよいでしょうか。■住宅ストックの状況国土交通省の建築物リフォーム・リニューアル調査報告(令和7年度第4四半期受注分、令和7年度計)を見ると、住宅・非住宅のリフォーム等の工事受注高の推移は、図1に示される通りです。図1建築物リフォーム・リニューアル調査報告(国土交通省)令和7年度計の住宅に係るリフォーム工事の受注高は4兆9,033億円で、非住宅建築物に係る受注高は11兆5,071億円です。住宅リフォームの市場は約5兆円ですが、過去10年の推移を見る限り、急成長しているとは言えない業界です。非住宅の方が市場規模は倍あります。住宅リフォームの需要は、水回り、外装、内装、その他の4領域に分かれます。御社は水回りと内装に実績があり、そこに防音室事業を得意分野に加えようとしています。新事業は、技術的には、水回りと内装という室内リフォームの延長上にありますが、マーケティング上の工夫が必要となります。つまり技術シナジーはある程度あるものの販売シナジーに課題があり、そこをどうするかという状況にあると思われます。図2建築着工統計(国土交通省)住宅ストックを理解するには、過去の新築着工件数の推移を見ることも重要です。図2に示されている通り、直近では70万戸台まで低下しています。2008年まで住宅着工件数は100万戸を超えていました。マクロには、住宅着工件数は、{生産年齢人口}と金利、税率や景況を含めた{経済状況}との因果関係が想定されます。日本の生産年齢人口のピークは1995年、日本の人口のピークは2008年でした。働き手が30代から40台に入ったあたりで住宅取得する一時取得需要がけん引し、着工件数にプラスに働くと考えられます。生産年齢人口が減少していく中、分譲住宅と持ち家の件数は減少しています。それに対して貸家の供給は、急激に減少してはいません。新規着工件数は、減少していますが、その一方で空き家は総務省の調査によれば、約900万戸です。単純計算で、新規着工件数の10年分以上の空き家があることになります。空き家を処分するには、解体、売却、賃貸の3つの出口があり、そのうちリフォーム・リノベーションの需要につながる案件は一定比率で出てくると思われます。図3死亡数と死亡率の推移(令和7年人口動態統計、厚労省)また、今後の住宅市場に影響を与えるデータとしては死亡に伴う相続数の増加にも着目する必要があります。図3に示されている通り、2025年の死亡数は159万人で、今後死亡に伴う相続件数は年々増えていきます。夫婦の一方が亡くなった場合は、その住宅は必ずしも空き家となりませんが、二次相続の時は空き家となります。その場合、子供世代の相続人が解体、売却、賃貸のどの出口を目指すかを考えることとなります。潜在的なリフォーム・リノベーションの需要がここにあると言えるでしょう。■御社の経営戦略の体系今のところ、住宅リフォームの市場は図1に見られるようにマクロには急成長しているわけではありませんが、マーケティング次第では需要を掘り起こすことができる可能性があります。御社が協力企業として取引している大手住宅メーカーは、当然その需要に着目した動きをするでしょう。むしろ御社は、自主事業の方で、マーケティング力ある連携パートナーと組む、あるいは自社で独自のマーケティング戦略を立案することが伸びしろとなります。御社の経営戦略を体系化すると、賃貸住宅、マンション、戸建て住宅の3タイプの市場をどのように攻めるかということになります。表1御社の経営戦略の体系1.賃貸住宅の高付加価値化意識の高い賃貸ハウスメーカー等との連携2.マンションの高付加価値化不動産業との連携、または不動産機能の内部化3.戸建て住宅の高付加価値化不動産業との連携、または不動産機能の内部化特に、中小企業である御社は、数をこなす事業を追求するというより、「高付加価値なリフォーム」に関する潜在的市場を可視化していくことが求められます。例えば、賃貸ハウスメーカーも、築年が古くなったとしても一定の家賃と入居者が見込めるようにするにはどうすべきかを悩んでいます。意識の高い賃貸ハウスメーカーと連携することで需要にアクセスすることが可能となります。築年数の古い中古マンション・戸建て住宅を取り扱う不動産業の中から、リノベーションにより付加価値を上げて販売するパートナーを探して連携するという方法もあります。それ以外の選択肢としては、財務基盤の範囲内で、御社も不動産業としての機能を内部化していくという道があります。市場情報をつかむアンテナとしての機能を小規模に保有し、顧客や優秀なパートナーを発見していくのです。御社が取り組んでいる防音室事業も、立地によっては高付加価値となり得るものです。問題は、防音室事業を進める際に、表2の体系のどこを狙うかです。防音室の設置方法、防音性能、用途について、どこに強みを持つか、そのために何をするかです。大手楽器メーカーが得意とするのは、ユニット型の防音室です。表2防音室事業の領域防音性能も高いものから低いものまで品揃えしています。音圧の高い楽器は、ドラム、金管楽器、グランドピアノ等ですが、これらを楽しむには高い防音性能が求められます。しかし、このユニットタイプは「部屋の中に箱型の部屋をもう一つ置く」のですから、住宅のどこに置くかが課題となります。建設業の中には、住宅の部屋をカスタム工事により防音室に変える事業を行っている企業もあります。ユニット型より、部屋のレイアウト面では優れていますが高価となります。新規建設時に防音室を当初から設計に入れておく方法もありますが、これはリフォームとは異なる売り方となります。リモートワーク用途の場合は、企業秘密が漏れない程度の防音性能、さらには情報機器設置のコンセントや通信回線といった要素が重要となります。夫婦がそれぞれリモートワークするような家庭では、複数名利用のための配慮も求められます。製造業の中には、防音機能を持つ超小型住宅を庭などに設置する提案をしている企業もあります。楽器メーカーの部屋に置くタイプより割高となり、郊外の庭が広い住宅地に置くか、企業のプレゼンルームとするかです。防音室事業では、マーケティングの4P、即ち、どのような販売網で、どのような商品を、どのような価格で、どのように売るのかが重要です。良い商品開発がなされても、顧客への訴求方法次第では、販売費をかけた割に売れ行きがイマイチとなることもあります。自社の強い用途(アプリケーション)に関する経験を蓄積し、潜在的なニーズを顕在化させるために、顧客に近いポジションを取る。そのためには、意識の高いパートナーと連携し、必要に応じて自前のマーケティング力を磨き、顧客との接点を増やしていくことが基本となります。提供:税経システム研究所
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2026/08/31 経営レポート
退職に関わるトラブル回避(第17回) 「定年退職後の継続雇用2」
【サマリー】前回のレポートでは、定年後再雇用制度の基本的な考え方について解説しました。高年齢者雇用安定法では、定年を65歳未満に定めている企業に対し、原則として希望者全員について、65歳までの雇用機会を確保することを求めていますが、定年前と同じ職務や賃金をそのまま保障する制度ではありません。一方で、再雇用後の職務を本人の経験や能力とかけ離れたものに変更したり、本人が受け入れることが困難なほど低い労働条件を提示したりした場合には、実質的な再雇用拒否として、高年齢者雇用安定法の趣旨に反すると判断される可能性があることも解説しました。また、定年後に有期労働契約として再雇用した場合には、いわゆる「雇止め」の有効性が問題となり、会社による説明、これまでの更新実績、本人の勤務状況、更新への期待などが判断材料となることを確認しました。今回は、定年後再雇用をめぐる企業実務上特に重要な4つの裁判例を取り上げます。1.重要判例1「音響機器会社事件東京地裁令元・5・21判決」音響機器の設計業務に従事していた従業員に対し、会社が定年後の再雇用条件として、定年前とは異なる部署への配置と職務内容を提示しました。従業員は、これまでの経験や能力を十分に生かせない条件であるとして提示を拒否し、定年前と同様の業務を内容とする雇用関係の確認や損害賠償などを求めました。東京地裁は、高年齢者雇用安定法は定年前と同一の職務や労働条件による再雇用まで保障するものではなく、会社が提示した条件も不合理とはいえないとして、従業員の請求を退けました。<事案の概要>音響機器メーカーであるY社のサウンド設計部で長年設計業務に従事していたXは、60歳の定年に際し、それまでとは異なる部署・職務内容および異なる雇用条件を提示されました。Xは、これまでの職歴や能力が十分に考慮されていないとしてこれを拒否したため、再雇用契約は締結されませんでした。そこでXは、高年齢者雇用安定法(以下「高年法」という)第9条を根拠に、Y社には定年前と同様の業務またはその経験・能力を生かせる業務で再雇用する義務があると主張し、雇用契約上の地位確認、賃金の支払いおよび損害賠償を求めて提訴しました。<判決のポイント>裁判所は、高年法第9条は事業主に65歳までの雇用確保措置を義務付けるものであるが、定年前と同一の職務内容・役職・賃金等での雇用継続までは義務付けていないと判断しました。定年により正社員としての労働契約はいったん終了し、再雇用契約は別個の契約となるため、労働条件が定年前と異なること自体は許容されるとしました。Xは、津田電気計器事件(最高裁判決)を根拠に定年前と同様の条件による雇用関係の成立を主張しましたが、裁判所は、同事件が会社の定める再雇用基準を満たす従業員の再雇用を会社が一方的に拒否した事案であるのに対し、本件はY社が具体的な条件を提示しXがこれを拒否した事案であるとして、事案が異なり同事件の判断はそのまま適用できないとしました。さらに、Y社が提示した業務は実際に必要とされる業務であり、Xを侮辱し再雇用を断念させる目的で設定されたものとは認められないこと、賃金その他の労働条件も社会通念上到底受け入れられないほど不合理とはいえないことから、提示条件は高年法の趣旨に反しないと判断しました。その結果、裁判所は、定年前と同様の業務や条件による再雇用契約が成立したとは認められないとして、Xの地位確認、賃金および損害賠償の請求をいずれも棄却しました。<学ぶべきポイント>本件は、定年後再雇用において、企業が定年前とは異なる職務内容や労働条件を提示すること自体は直ちに違法とならないことを示した事案です。高年法は65歳までの雇用機会確保を求めるものの、定年前と同一の職務・役職・賃金の維持までは保障していません。ただし、形式上は再雇用条件を提示していても、実際には不要な業務をあえて設定した場合や、経験・能力と著しくかけ離れた職務を提示した場合、本人が到底受け入れられない条件で再雇用を断念させようとした場合には、実質的な再雇用拒否として高年法の趣旨に反すると判断される可能性があります。企業としては、提示する職務が実際に必要であること、本人の経験・能力・健康状態を考慮して配置を検討したこと、定年前と同じ業務を継続できない理由を説明できるようにしておく必要があります。また、定年の数か月前から本人と面談を行い、希望や条件を確認し、面談記録や条件提示書の形で残しておくことが紛争防止につながります。企業には再雇用条件を決定する一定の裁量が認められる一方、その条件が業務上の必要性に基づく合理的なものであることと、本人への誠実な説明が強く求められることを示した判例です。2.重要判例2「惣菜製造会社事件福岡高裁平29・9・7判決」惣菜の製造販売会社で定年を迎えた従業員が、定年後もフルタイムでの再雇用を希望したところ、会社から週3日または4日、1日6時間、時給900円という短時間勤務の条件を提示されました。この条件では月収が定年前の約25%となるため、従業員は受け入れず、再雇用契約上の地位確認や損害賠償を求めました。福岡高裁は、具体的な労働条件について合意がないため再雇用契約の成立は認めませんでしたが、月収を約75%減額する条件を提示し続けた会社の対応は、継続雇用制度の趣旨に反する違法な行為であるとして、100万円の慰謝料の支払いを命じました。<事案の概要>惣菜の製造販売を行うY社で経理・決算業務に従事していたX(定年時の月額賃金33万5,500円)は、60歳の定年後もフルタイムでの継続雇用を希望しましたが、Y社は週3日または4日・実働6時間・時給900円というパートタイムの条件を提示しました。この条件による月額賃金は8万6,400円(16日勤務換算)で、定年前賃金の約25%の水準であり、約75%の減額となるものでした。Xはこの条件を受け入れず、再雇用契約は締結されませんでした。そこでXは、再雇用契約を締結したのと同様の雇用関係が成立しているとして地位確認・賃金の支払いを求めるとともに、著しく不合理な条件提示は違法であるとして不法行為に基づく損害賠償を求めて提訴しました。第一審(福岡地方裁判所小倉支部)はXの請求をいずれも棄却しましたが、控訴審の福岡高裁は、地位確認請求は認めなかったものの、Y社の条件提示について不法行為の成立を認めました。<判決のポイント>裁判所はまず、所定労働日数・労働時間・賃金という労働契約の根幹に関わる条件についてXとY社の間に合意が成立していないことから、抽象的に再雇用契約が成立したとは認められないとして、地位確認請求を棄却しました。一方、条件提示の違法性については、高年法第9条の雇用確保措置義務は、希望どおりの労働条件で雇用することまで直接義務付けるものではなく、労働条件の決定は原則として会社の合理的な裁量に委ねられるとしました。もっとも、同義務は労働契約法制における公序の一内容を構成するため、極めて不合理で高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難い労働条件を提示する行為は、継続雇用制度の趣旨に反する違法な行為となり得るとしました。裁判所は、継続雇用制度は定年前後の労働条件の継続性・連続性が一定程度確保されることが前提であるとした上で、Y社の提示条件(時給900円は定年前賃金換算の約1,944円の半額未満)により月収が定年前の約25%にまで減少する点を重視しました。Y社は店舗数減少による業務量減少を理由としましたが、裁判所は、Xが担当予定の決算業務店舗数(43店舗)が定年前(46店舗)とほぼ変わらないこと、Y社全体の店舗減少も1割弱にとどまること、人員配置や業務分担の見直しでフルタイムに見合う業務を用意できたと考えられることから、大幅な減額を正当化する合理的な理由は認められないとしました。そのため、Y社が他の条件を十分検討せずこの条件に終始したことは、継続雇用制度の趣旨に反し裁量権の逸脱・濫用に当たり違法であると判断しました。契約の成立は認めなかったものの、Xが65歳まで安定的な雇用を享受できる法的保護に値する利益を侵害されたとして不法行為の成立を認めた上で、定年前後の労働条件の継続性が著しく欠けていたこと、店舗数の減少を理由とする条件提示には一定の理由があったこと、高年齢雇用継続基本給付金(月額約1万4,610円)の支給見込みなどを総合的に考慮し、慰謝料100万円と判断しました。<学ぶべきポイント>本件は、定年後再雇用の労働条件について企業に一定の裁量が認められる一方、その裁量には限界があることを示した事案です。定年後に職務内容や責任が軽減されることに伴う賃金引下げ・勤務時間短縮自体は認められますが、著しく低い労働条件を提示する場合には合理的な理由が必要です。裁判所は、単に減額率だけでなく、実際の業務量の減少幅、フルタイムに見合う業務を用意できたか、他の配置や分担を検討したかを重視しています。「高齢者だから」「定年後だから」という抽象的な理由だけでは不十分であり、業務量・職務内容・責任の程度と勤務条件との対応関係を具体的に整理する必要があります。また、条件提示が違法とされても、具体的な労働条件について合意がなければ再雇用契約の成立までは認められません。企業としては、一方的に条件を提示するのではなく、本人の希望を確認し、複数の勤務形態を提示して、職務内容・勤務時間・賃金の関係を明確に説明することが重要です。大幅な減額を行う場合は、業務量の変化、他の配置検討の結果、本人への説明内容などを記録に残しておく必要があります。企業には、再雇用後の職務・労働時間・賃金の対応関係を明確にし、本人が実際に就労を継続できる合理的な条件を提示するとともに、その理由を客観的に説明できるようにすることが求められると示した判例です。3.重要判例3「外資系エアライン事件東京地裁令5・6・29判決」航空会社に勤務していた従業員が60歳の定年を迎え、定年後の再雇用を希望しましたが、会社は、新型コロナウイルスの影響による旅客需要の急減と人員削減の必要性を理由に、再雇用を拒否しました。従業員は、再雇用拒否には解雇と同様の厳格な法理が適用されるとして、雇用契約上の地位確認などを求めました。東京地裁は、定年後の再雇用契約の成立には解雇権濫用法理は適用されず、会社の就業規則に定める再雇用除外事由にも該当するとして、従業員の請求を退けました。<事案の概要>航空旅客運送事業を営むY社の就業規則では、従業員は満60歳で定年退職となる一方、希望者には1年の有期労働契約を更新する形で再雇用する制度が設けられていました。ただし、事業縮小・人員整理・組織再編などにより担当職務やポジションが削減された場合には、再雇用の対象としない旨も定められていました。Xは令和2年12月に満60歳の定年を迎えましたが、当時Y社は新型コロナウイルスの影響による旅客需要の急減で収益が急激に悪化しており、人員削減・労務費削減を進めていました。その一環として定年退職者の再雇用を中止し、削減可能なポジションを廃止して後任を補充しない方針を定め、この方針に基づきXのポジションも削減して再雇用しませんでした。Xだけでなく、その後定年を迎えた他の従業員にも同様の扱いがされました。そこでXは、①就業規則上、再雇用契約の申込みを承諾する義務がある、②再雇用拒否は実質的に解雇と同様であり労働契約法16条の解雇権濫用法理が適用または類推適用される、③従前の運用から再雇用への合理的期待があり労働契約法19条の雇止め法理が適用または類推適用される、と主張して雇用契約上の地位確認などを求めて提訴しました。<判決のポイント>裁判所はまず、定年により従前の労働契約は終了し、再雇用契約の成否は新たな契約成立の問題であるとして、既存の労働契約を使用者が一方的に終了させる場合に適用される労働契約法16条の解雇権濫用法理は、定年後の再雇用契約の成否には適用されず、類推適用もされないと判断しました。一方、労働契約法19条2号の雇止め法理については、雇用継続への期待に合理的理由がある場合には適用または類推適用の余地があるとしつつ、本件では、就業規則に事業縮小等による職務削減時の再雇用除外事由が明記されていたこと、Y社が社内ニュース等で経営悪化や人員削減方針を説明していたことから、Xの期待に合理的な理由があったとは認めがたいとしました。また、Y社は新型コロナウイルスの影響による旅客需要の急減と収益悪化により労務費削減が必要であり、定年退職者の再雇用中止・ポジション廃止・後任不補充という施策はXだけでなくその後の定年退職者にも一律に適用されていたことから、Y社がXを再雇用しなかったことには客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当性を欠くものとはいえないと判断しました。さらに、この事情は就業規則に定める再雇用除外事由(事業縮小・人員整理・組織再編等による職務削減)にも該当すると認め、XとY社との間に定年後の再雇用契約が成立したとは認められないとして、Xの請求をいずれも棄却しました。<学ぶべきポイント>希望者全員を対象とする定年後再雇用制度があっても、事業縮小等により担当させる職務が客観的に存在せず、就業規則上の再雇用除外事由にも該当する場合には、再雇用を行わないことが認められる余地があります。高年法は原則65歳までの雇用機会確保を義務付けますが、事業縮小・人員整理・組織再編等により現実に担当させる職務がなくなった場合には、再雇用を行わないことが認められる余地があります。ただし、「経営が厳しい」という抽象的な理由だけでは足りず、本件のように具体的な経営状況、削減方針の内容、他の退職者への一律適用などが重視されています。企業が事業縮小等を理由に再雇用を拒否する場合には、経営悪化の具体的内容、人員・労務費削減の必要性、担当させる職務が存在しないこと、ポジション廃止の経緯、他部署への配置可能性の検討結果、同様の立場にある退職者の取扱い、本人への説明内容と時期を説明できるようにしておく必要があります。また、就業規則に再雇用除外事由を具体的に定めておくことが会社の判断を支える重要な要素となります。「会社が必要と認めた者を再雇用する」といった曖昧な条項では恣意的判断を許すおそれがあるため、解雇事由・退職事由への該当や事業縮小による職務廃止など、客観的に判断できる内容を定めることが重要です。ただし、規定を置くだけでなく、実際に該当事情があること、経営判断に合理性があること、他の従業員との公平性、本人への十分な説明も必要です。本判決は、定年後の再雇用拒否には解雇権濫用法理は適用されないとしつつ、過去の実績や会社の説明・規程から再雇用への合理的期待が認められる場合には雇止め法理が適用され得るとしました。したがって企業は、再雇用制度の内容や再雇用しない場合の基準を明確にし、制度を中止・変更する際には対象者へ早めに説明することが求められます。要するに、企業は経営上の合理的必要性があり再雇用後の職務が現実に存在しない場合には再雇用を拒否できる可能性がありますが、その判断を正当化するには客観的根拠と一貫した運用が強く求められることを示した判例です。4.重要判例4「学校法人Y学園事件東京地裁平28・11・30判決」大学の専任教員として勤務していた従業員が65歳の定年を迎え、定年後も特別専任教員として再雇用されることを希望しましたが、学校法人は再雇用を拒否しました。従業員は、採用前に70歳まで雇用が保障されるとの説明を受けていたことや、従来は希望者全員が例外なく再雇用されていたことから、70歳まで雇用される合理的な期待があったとして、再雇用後の地位確認などを求めました。東京地裁は、従業員には70歳まで雇用が継続されるとの合理的な期待が認められ、再雇用を拒否する客観的かつ合理的な理由もないとして、特別専任教員としての労働契約上の地位を認めました。<事案の概要>学校法人Yの就業規則では専任教員の定年は満65歳と定められる一方、定年退職者を1年の有期労働契約で特別専任教員として再雇用する制度が設けられ、契約更新の上限は70歳とされていました。Yでは過去約15年間、再雇用を希望した専任教員7名について例外なく70歳まで再雇用する運用が行われていました。Xは、Yへの採用前に、65歳以降は総報酬が約7割になるが職務内容は変わらず70歳まで雇用が保障されるとの説明を受け、これを信頼して前職を退職しYに転職しました。しかし、Xが65歳の定年を迎えた際、Yは特別専任教員としての再雇用を拒否しました。そこでXは、採用前の説明、再雇用規程の内容および従来の運用からすれば70歳までの再雇用について合理的な期待があり、Yによる再雇用拒否は無効であるとして、特別専任教員としての労働契約上の地位確認などを求めて提訴しました。<判決のポイント>Yの定年は65歳であったため、65歳未満の定年制事業主に65歳までの雇用確保措置を義務付ける高年法第9条は直接適用されず、Yに70歳までの再雇用義務はありませんでした。しかし裁判所は、高年法が直接適用されない場合でも、労働者が定年後も再雇用されることを期待することに合理的な理由がある場合には、その期待が法的に保護されうるとしました。この判断にあたり、有期労働契約の更新期待を保護する労働契約法19条2号の趣旨を類推適用し、定年により無期契約はいったん終了するため同条を直接適用することはできないものの、雇用継続への合理的期待を保護する趣旨は定年後再雇用にも妥当するとしました。合理的な期待の有無について、裁判所は、①70歳までの再雇用制度が設けられていたこと、②長年にわたり希望者全員が例外なく再雇用されてきたこと、③採用前に報酬が7割になるものの70歳までの雇用が保障される旨の具体的な説明を受け、これを信頼して前職を退職し転職したことを重視し、Xの期待には十分合理的な理由があると認めました。一方、Yが再雇用を拒否したことについて、その期待を否定するに足りる客観的に合理的な理由や、拒否せざるを得ない特段の事情は認められませんでした。そのため裁判所は、Yによる再雇用拒否は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められないと判断し、YとXとの間には再雇用規程に基づき特別専任教員として再雇用されたのと同様の労働契約関係が成立しているとして、Xの地位を認めました。<学ぶべきポイント>本件は、高年法の義務が直接適用されない65歳以降の再雇用であっても、会社の説明・規程・過去の運用によって、労働者に雇用継続への合理的な期待が生じうることを示した事案です。65歳までの雇用確保は法律上の義務ですが、70歳までの就業機会確保は努力義務にとどまるため、65歳定年制の企業が法律上当然に70歳まで全員を雇用しなければならないわけではありません。しかし、企業が独自に70歳までの再雇用制度を設け、原則として再雇用される旨を説明し、実際にも長年希望者全員を再雇用してきた場合には、雇用継続への合理的な期待が生じ得ます。特に採用前の説明は重要な考慮要素とされており、「70歳まで働けます」など断定的な説明をした場合には、労働契約の内容や期待を形成する可能性があります。制度の文言だけでなく実際の運用も重視される点にも注意が必要です。規程上は選考の余地があるように記載されていても、長年にわたり希望者全員を再雇用してきた実績があれば、合理的な期待が形成されることがあります。将来対象者を限定する可能性がある場合には、基準を明確にして一貫して運用し、運用を変更する際は事前に対象者へ説明することが求められます。企業としては、再雇用制度の対象者・契約期間・更新基準・職務内容・報酬・再雇用しない場合の事由・制度説明資料・過去の再雇用実績などを整備し、再雇用を拒否する場合には客観的に説明できる基準に基づいて判断し、その検討過程を記録に残しておく必要があります。また、組合活動や職務遂行能力と関係のない事情を判断要素とすべきではありません。再雇用制度は法律上の義務として設けたものでなくても、一度制度として明示し長期間一定の運用を続ければ、企業が自由に変更・拒否できない場合があることを示した判例です。提供:税経システム研究所
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2026/08/27 会計レポート
中小企業が身につけておきたい原価管理の知識(33)
1.はじめに本シリーズでは、経営・会計において欠かせない原価管理の考え方を紹介します。前回の記事では、購買活動にかかわる外的要因として、「為替、エネルギー・資源価格の大きな変化」や「物流コストの高騰」といった市況の変動を取り上げました。そして、物品の表面的な価格だけでなく、調達に関わるあらゆるコストを総合的に把握するための「総所有コスト(TCO:TotalCostofOwnership)」の視点が、原価管理上有効であることを説明しました。ここであらためて確認しておきたいのは、TCOは、配送費等を含めた「仕入原価」、モノの寿命に着目する「ライフサイクルコスト(LCC:LifeCycleCost)」とは異なる考え方であるということです。TCOは、過去の実績やモノの性能を測るというだけではなく、特定の仕入先と取引を続けるための社内での工数や、今後起こり得る調達途絶リスクといった「目に見えないサプライチェーンの維持コスト」までを評価し、将来を見据えた経営判断を行うために用いられます。今回は、TCOの視点をさらに深掘りし、より企業の存続に直結する人や企業に起因するリスク、つまり、「仕入先の労務費高騰への対応」と「仕入先の廃業・淘汰リスク」を取り上げます。これらのリスクは、為替のように日々の報道で数値が流れてくるものではなく、実務で見落とされがちです。しかし、そのまま確認せずに放置してしまうと、社内工数の増加や供給途絶等の「隠れたコスト」が積み重なってTCOの増大につながり、気づいた頃には手遅れになる可能性があります。今回の記事では、国・公的機関、調査会社が公表している資料を手がかりとして、仕入先にかかわるリスクを正しく理解し、いち早く対応することの重要性を考えます。2.仕入先の労務費高騰現在、多くの企業を悩ませているのは、仕入先からの値上げの要請です。その背景には、原材料やエネルギーのコスト高騰の他に、労務費(人件費)の上昇があります。これらが自社のTCOにどのような影響を与えるかについて、国の公的な指針をもとに整理します。(1)最低賃金についての政府の方針歴史的な物価高や深刻な労働力不足を背景に、最低賃金の大幅な引き上げや労務交渉での高い賃上げ率など、日本での人件費は上昇傾向にあります。こうした状況から、内閣官房と公正取引委員会は『労務費転嫁指針』(注1)を公表し、政府としてのメッセージを打ち出しました。当該指針では、発注側の企業が下請企業(サプライヤー)からの労務費の転嫁交渉を拒絶しないように、双方の企業がとるべき12の行動指針を定めています。ここで注意すべきことは、大企業だけでなく中小企業同士の取引であっても、労務費を理由とした値上げ交渉を根拠なく拒絶・据え置きすることは、中小受託取引適正化法(取適法)や独占禁止法の違反行為にあたるとして責任を問われたり、処罰の対象になったりする可能性があるという点です。例えば、仕入先から労務費転嫁の申し出があったにもかかわらず、「弊社も苦しいから」と一切の協議を拒否することや、「価格交渉は年1回の契約更新時のみに行う」と一律に決めつけて期中の交渉に応じない姿勢をとること、さらには公的な指標を提示されているのに自社の予算を超えてしまうという理由だけで価格を据え置く行為は、当該指針において不適切な行為にあたります。(2)労務費転嫁を拒絶した場合に生じるコスト増大もし、国の指針に十分配慮することなく、強硬にこれまでの価格を据え置かせようとすれば、仕入先を不当に圧迫することになるだけでなく、結果的に「隠れたコスト」になって自社のコスト(TCO)を押し上げることになります。その代表例が、「取引停止による調達コストの増加」です。仕入先から「あの会社と付き合っても赤字になるだけだ」と判断されれば、他社へ生産枠を優先的に回されることになります。結果として、自社への納期が遅れてしまい、急きょ、別の企業から割高な仕入を行わざるを得なくなると、実際の購買原価が跳ね上がります。また、十分な労務費の転嫁を認められずに無理なコスト削減を強いられた仕入先が、検品・品質管理の体制を縮小せざるを得なくなることで生じる「品質低下に伴う手直しコストの増大」も無視できません。仕入先で無理に抑え込まれたコストの発生は、そのまま発注側である自社の工場での不良率上昇、再検査や手直しにかかる社内人件費の増大、不良廃棄損といった形で、目に見えない自社負担の増加につながります。3.仕入先の廃業・淘汰リスク人手不足や物価高騰に耐えかねた規模の小さな下請企業、または後継者不足に悩む町工場が、ある日突然、経営を断念するリスクが近年増えており、その対処についても考える必要があります。(1)中小企業における廃業・倒産中小企業庁の『中小企業白書』(注2)によれば、倒産件数を大きく上回る年間数万件規模の「休廃業・解散」が高止まりしており、表沙汰になりにくい静かな廃業の実態が浮き彫りになっています。また、帝国データバンクが発表した『人手不足倒産の動向調査』(注3)を見ても、人手不足を理由とした倒産は過去最多の水準を記録しています。ここでいう人手不足倒産とは、必要な人員を確保できずに受注を断らざるを得なくなったり、人件費の高騰で利益が途絶えたりしたために、最終的に資金繰りが行き詰まって倒産に至る現象を表しています。特に、現場を支えてきた従業員や経営幹部等の退職をきっかけに事業継続が困難になる企業が急激に増えています。これらの公的資料や調査レポートの結果が示しているのは、直近の業績自体は黒字であるにもかかわらず、経営者の高齢化や後継者の不在を理由に事業継続を断念せざるを得ない企業や、防衛的な賃上げ(企業業績が改善しない中での賃上げ)ができずに従業員が流出してしまう企業が急増しているという深刻な実態です。特定の部品を一社だけに依存している場合、その仕入先が廃業・倒産することは、最悪の場合には自社の生産活動の停止にもつながりかねません。(2)調達網の途絶によるコスト増大代替の仕入先を急きょ探すことになると、製品の表面上の部品単価には現れない「隠れた調達途絶コスト」が大きく増大します。このことも、TCOの観点で考える必要があります。例えば、廃業した会社から自社所有の金型を引き上げ、取適法等の法令の定めに則り発注側としての正当な費用負担のもとで新しい会社へ適合させるための改修費用や、別の仕入先でゼロから作り直すための突発的な設備投資費用が発生します(注4)。また、新しい仕入先の製品が自社の品質基準を満たしているかどうかを検証するため、何ヶ月もかけて試作とテストを繰り返す間の購買部門や品質保証部門の社内工数は、いずれも見えないコストとして累積します。さらに、急な閉鎖を告げられて他社へ切り替える猶予がない場合には、対応可能な代替先から通常よりもかなり高い価格で暫定的に仕入れをせざるを得なくなることもあり得ます。これらは、期初に設定した目標値の枠内では予測が困難な、サプライチェーンの維持にかかるコストであると考えられます。4.現場でリスクを察知するために注意すること仕入先の労務費未転嫁による経営疲弊や廃業リスクについては、何らかの前兆となるシグナルがあります。シグナルを現場で早期に察知し、適切な初期対応につなげることが、購買活動の管理において重要です。ここで注意深く観察すべきことは、仕入先の「人」と「業務品質」の変化です。まず、人に関するシグナルとして、サプライヤーの中心となる担当者や、熟練の従業員が相次いで離職している、または慢性的な人手不足が明らかなのに長い間求人を出している気配がない等の状況があげられます。これらは、当該企業で適切な賃上げができずに労働市場での競争力を失っている兆候だと考えられます(注5)。また、業務品質に関するシグナルとしては、これまで迅速だった見積もりの回答や仕様変更への対応が目に見えて遅れ始める、または、軽微な納期遅れが頻発し始めるといった変化が見られる時には注意が必要です。これらは、当該企業で人手不足によって管理体制や工程のキャパシティが限界を迎えていることを示しており、そのままにすると大きな品質不良や突然の調達途絶につながる可能性があります。これらのシグナルを一つでも察知した場合、購買の担当者や経営陣は決して放置するのではなく、できるだけ早めに情報収集を始める必要があります。その時には、サプライチェーンを維持するための協力体制をともに作りたいということを仕入先に伝えつつ、経営の実態や今後必要な改善策について話し合いの場を持つことが重要です。もし、この対話によって仕入先の経営危機や廃業・倒産のリスクが既に顕在化していると判明した時には、企業がとるべき対応は単なる値上げの受容にとどまりません。状況に応じて、価格改定による適切な経営支援、代替となる他の仕入先への段階的移行、相手方の技術・設備や事業そのものを買い取る事業買収(M&A、内製化)といった、より踏み込んだ経営判断が必要になります。5.おわりに外部環境が激変する現代において、過去の数字を正しく記録するためだけでなく、将来を見据えた施策をとることが、原価管理上必要になります。今回の記事では、仕入先で起きている労務費の高騰や、人手不足に伴う廃業リスクを、現場のシグナルからいかに察知するかについて説明しました。このようなリスクの早期発見と実態把握が、自社の利益を確保することにもつながります。参考文献中小企業庁.2026.『改訂版中小企業・小規模事業者の価格交渉ハンドブック』.Ellram,L.M.1995.Totalcostofownership:Ananalysisapproachforpurchasing.InternationalJournalofPhysicalDistribution&LogisticsManagement,25(8),4-23.<注釈>内閣官房・公正取引委員会『労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針』(URL:https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/romuhitenka.html;閲覧日2026年7月8日)。中小企業庁『2026年版中小企業白書』(URL:https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2026/PDF/chusho.html;閲覧日2026年7月8日)。株式会社帝国データバンク『人手不足倒産の動向調査(2025年度)』(URL:https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260409-laborshortage-br25fy/;閲覧日2026年7月8日)。発注側が不当に無償保管を強いたり、処分費用を仕入先に押し付けたりすることは法令上禁じられており、これらはすべて発注側が正当に買い取り、負担すべき「サプライチェーンの維持コスト」になります。帝国データバンクの『人手不足に対する企業の動向調査(2026年4月)』(URL:https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260519-laborshortage202604/;閲覧日2026年7月8日)によると、中小企業の5割以上が人手不足による負の影響を実感しているという結果が出ており、この中には、案件があっても人手が足りないために受注制限をかけざるを得ない企業もあることが分かっています。提供:税経システム研究所
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関連項目 会計レポート,管理会計
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