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2025/07/25 商事法レポート
手形・小切手の廃止~電子交換所の終了~
1.はじめに手形と小切手は、企業間の決済手段として広く利用されてきましたが、全国銀行協会(全銀協)は、手形や小切手の決済システムである「電子交換所」の運用を2027年4月で終える方針を固めたため、手形・小切手は2026年度末で廃止されると報道されています(注1)。明治以来続いてきた手形交換所制度に終止符が打たれ、手形・小切手が廃止されることになりそうです(注2)。そこで手形と小切手がこれまでどのように利用されてきたかを概観したうえで、電子交換所の終了に伴って企業間の決済や短期の信用機能がどうなるのかを検討します。また最近の下請法改正の影響にも触れてみます。2.手形・小切手の種類と経済的機能手形には約束手形と為替手形があります。約束手形は、振出人が受取人又はその指図人に対して、支払期日(満期)に手形に記載された金額の支払いを約束する証券(支払約束証券)であり、手形割引を使って短期の金融手段として広く利用されてきました(信用機能)。また手形による金銭の支払請求等を目的とする手形訴訟では、反訴を提起できませんし(民訴法351条)、証拠調べは書証に限定されるなど(民訴法352条1項)、債権者は迅速かつ簡便に権利を行使することができます。約束手形を利用するには、まず銀行と当座勘定取引契約を結び、統一手形用紙を受け取ります。本来、手形用紙に制限はありませんが(注3)、統一手形用紙を使って振り出された約束手形は、満期に支払銀行に呈示され、銀行間の取決めで設置された手形交換所で決済されます。半年に2回、手形の決済ができずに不渡りを出すと、その振出人は銀行取引停止処分を受けることになり、そのことが手形の信用を高めました。統一手形用紙でなければ、銀行が手形割引などの取引に応じてくれませんし、企業間での信用度が低くて流通もほぼ不可能でした。手形交換所や不渡処分と相まって約束手形の信用機能が強化されています。為替手形は、手形の振出人が第三者である支払人に対して、受取人等への支払いを依頼する証券(支払委託証券)であり、支払人は引受によって初めて主たる債務者(引受人)となります(手形法28条)。所持人は引受を拒絶されたときは、満期前であっても振出人及び裏書人に対して遡求権を行使できます(手形法43条)。為替手形は主に送金手段として利用されますが、日本ではそれほど利用されませんでした(注4)。小切手も支払委託証券であり、振出人が支払人に対して、小切手所持人への支払いを依頼する証券(支払委託証券)です。しかし、もっぱら現金の代用物としての決済機能をもつ小切手は、満期は小切手要件ではなく、常に一覧払であり(小切手法28条1項)、振出後直ちに支払を受けられます。また小切手の支払の確実性と取立の便宜から、金融機関として社会的信用が高く、支払事務に習熟している銀行に支払人資格を限定するとともに、振出人と支払人との資金関係、具体的には、振出人と銀行の間で当座勘定取引契約を締結することを要求しています(小切手法3条)。つまり小切手の振出人は支払銀行から交付された統一小切手用紙を使って振り出します。3.手形交換所から電子交換所へ従来の金融機関は顧客から取立委任された手形・小切手について、各地の手形交換所を通じて交換し、決済を行っていました。手形交換所は、一定の地域内にある多数の金融機関が一定の時刻に集合し、各金融機関が持ち寄った他行を支払場所とする手形・小切手を呈示・交換して決済するための団体・施設です。ここでは統一手形用紙・統一小切手用紙の利用が前提です。2022年3月、日本政府は手形交換所における約束手形の取引を廃止するように要請したうえで、法務省は同年10月27日に「手形法第八十三条及び小切手法第六十九条の規定による手形交換所を指定する省令」を全面改正し、同年11月4日をもって同省令に定める手形交換所を全銀協が設置する電子交換所に全面的に移行することとしました(注5)。これを受けて、全銀協が電子交換所を設置し、各地の銀行協会で手形交換所の廃止が決定されました。1980年には全国184か所あった手形交換所が2022年には179か所になり、同年11月にはそのすべてが廃止されて、新たに設置された電子交換所へ移行しました。電子交換所は、金融機関が全国どこからでも利用できる単一のシステムであり、手形・小切手の交換を電子データで行うもので、金融機関が紙の手形を「イメージデータ」に変換して、電子交換所に送受信して処理する仕組みです(注6)。紙ではなく電子化された金銭債権を使うので、金融機関は手形・小切手を搬送する必要がなくなり、業務効率化を図れるほか、ペーパーレスのため郵送費がかからないこと、紛失や盗難のリスクがなくなること、災害等による影響を軽減できることなどが利点とされていました。その後も産業界・関係省庁と金融業界が連携して手形・小切手機能の全面的な電子化を最終目標とした取組みを強化するために、「手形・小切手機能の『全面的な電子化』に関する検討会」が必要な検討を行ってきました。2025年3月21日に開催された第19回検討会では、手形・小切手の電子化に関する中間的な評価が実施され、政府の方針の下、関係者一体で手形・小切手機能の全面的な電子化に向けた取組みを進めてきたものの、電子交換所における手形・小切手の年間交換枚数は2024年時点で依然として1,967万枚となっており、同年の年間削減枚数も目標値822万枚対比61%の501万枚に留まった現状等を踏まえ、中間的な評価として、一定の成果は見られるが、これまでの取組みだけでは目標の達成は困難であるとされました。こうした状況も踏まえ、同中間評価及び検討会における合意を経て、全銀協は、関係者における電子化の取組みを一層後押しし、自主行動計画の最終目標達成の実効性を高めるため、従来の取組みに加えて抜本的な取組みを行うこととし、2027年4月から電子交換所における手形・小切手の交換を廃止することを決定しました(注7)。電子交換所は、全面的な電子化が達成されるまでの過渡期的な対応として設立されたという経緯から、手形・小切手以外の証券(注8)についても電子化・削減を進め、わが国の生産性向上、コスト削減を図ることを目的に、電子交換所システムの更改は行わないとしています。そして、全銀協は手形の代わりに、ネットバンキングや、印紙税なしで債権を取引できる「全銀電子債権ネットワーク」(通称「でんさいネット」)への移行を促しています。4.「でんさい」と電子交換所のちがい紙の手形にかわるシステムとして、2013年2月に全銀協が設立した電子債権記録機関「株式会社全銀電子債権ネットワーク」が運用されています。コロナ禍で電子化が進んだことから、2021年以降、利用の増加ペースが一層強まっているようです(注9)。出所:でんさいネット「統計情報」ページ(https://www.densai.net/stat/)電子交換所は、手形・小切手の交換業務を電子化して行うシステムであるのに対して、電子記録債権(「でんさい」)は、紙の手形を全く使わず、電子記録によって債権が発生・管理されます。電子交換所は、手形・小切手のイメージデータを金融機関間で送受信して交換を行うため、手形・小切手を介した取引であることに変わりはなく、手形・小切手を振り出すことで債権が発生します。それに対し、「でんさい」は、電子債権記録機関における「発生記録」によって債権が発生し、手形のような有価証券を介さずに取引できます。そのため、「でんさい」のメリットとして、受取企業側では、①紙ではなく電子化された金銭債権を使うので、紛失や盗難のリスクがなくなること、②支払期日になると自動入金され、取立てのための手続きが不要であること、③紙の手形と異なりWeb上で管理できるため、事務手続の負担を軽減できること、④紙の手形では不可能な「債権の分割譲渡」が行えること等があげられますし、支払企業側では、①手形の用紙代や印紙代などのコストを削減できること、②ペーパーレスのため郵送費がかからないこと、③手形発行作業が紙よりも簡単で事務手続が効率化できること等があげられています(注10)。なお電子交換所は、手形・小切手を取引する金融機関間の取引に限定されますが、「でんさい」は、全国の多くの金融機関で利用できるため、利用範囲が広いとされています。出所:株式会社ミロク情報サービスホームページ「2026年約束手形は廃止へ手形に代わる“電子記録債権”の活用を!」(https://www.mjs.co.jp/topics/lp/densai/)5.手形・小切手の廃止と下請法改正約束手形には、受取人側の負担が大きいというデメリットもあります。約束手形の支払サイト(振出から支払までの期間)が3〜4ヶ月空くことが一般的で、その間、受取人側は現金を受け取れません。商品・サービスの提供が完了しているにもかかわらず、数ヶ月先まで現金が入ってこないことは資金繰りのうえで大きな負担となります。このような状況からも、紙の手形を利用することに対して消極的になる企業も増えていました。下請けいじめの温床になるとの観点から、政府は、2026年までの手形廃止を検討するよう経済界に要請していました。2021年3月31日に公正取引委員会が公表した通達では、手形・小切手廃止の一環として、①下請代金の支払はできる限り現金によるものとすること、②手形等により下請代金を支払う場合には、当該手形等の現金化にかかる割引料等のコストについて、下請事業者の負担とすることのないよう、これを勘案した下請代金の額を親事業者と下請事業者で十分協議して決定すること、③当該協議を行う際、親事業者と下請事業者の双方が手形等の現金化にかかる割引料等のコストについて具体的に検討できるように、親事業者は支払期日に現金により支払う場合の下請代金の額並びに支払期日に手形等により支払う場合の下請代金の額及び当該手形等の現金化にかかる割引料等のコストを示すこと、④下請代金の支払に係る手形等のサイトについては、60日以内とすること等の対応が事業者に求められました(注11)。2025年の通常国会には、発注者・受注者の対等な関係に基づき、事業者間における価格転嫁及び取引の適正化を図るため、下請代金支払遅延等防止法(下請法)及び下請中小企業振興法の改正案が提出され、5月16日に成立しました。改正下請法では、さらに一段進めて、紙の有価証券である手形については、下請法上の代金の支払手段として使用することを認めないこと、電子記録債権やファクタリングについても、支払期日までに代金に相当する金銭(手数料等を含む満額)を得ることが困難であるものについては認めないこととしています。なお本改正により、下請法は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(中小受託法)に、下請中小企業振興法は「受託中小企業振興法」に改められました(注12)。手形に対する需要は、中小企業や地場の商店を中心に根強く残っているようですし、手形・小切手の廃止に対しては、手形等の利用が長年の商慣習になっているとか、中小企業・小規模事業者などの取引先が電子化対応できるのか懸念があるといった声も少なくないようです。手形貸付は利用できなくなるので、短期資金の調達手段が減ります。また手形の不渡処分がなくなるので、支払遅延リスクが増加するおそれがあります。2026年度末における電子交換所の終了は、手形・小切手の廃止を義務づけるものではなく、2027年度以降も企業や金融機関同士が郵送などで手形や小切手を交換することは可能ですし、それ以降の紙の手形・小切手の利用に対して罰則があるわけではありません(中小受託法14条以下参照)。しかし、政府・全銀協・金融界などが一体となって紙の手形・小切手の廃止に向けて精力的に動いており、手形・小切手の現金化を続ける金融機関はほとんどないでしょう。産業界でも自動車や流通など約40の業界団体が2026年までに利用をやめるよう呼びかけています。したがって、紙の廃止及び電子化の流れは今後一層加速すると予測されます。<注釈>日本経済新聞2025年3月23日。全銀協「手形・小切手の電子化に関する中間的な評価を踏まえた抜本的な取組み等について~2027年度初からの電子交換所における手形・小切手の交換廃止等~」2025年3月26日https://www.zenginkyo.or.jp/news/2025/n032601/日本では手形交換所は1879(明治12)年に大阪で初めて設けられました。第2次大戦末期に全ての手形交換所は解散させられましたが、戦後、ほとんどの手形交換所が地域の銀行協会の下で再興されました。融通手形等による悪質な不渡手形への対策として、銀行は審査を要する当座預金取引先にのみ手形用紙を交付することとし、様式も統一化した統一手形用紙制度の運用が1965年からすべての金融機関で開始されました。判例は、形式的には手形要件が記載されていても、信用利用や流通を予定せずに、もっぱら手形訴訟による簡易迅速な債務名義の取得を目的とする私製手形は、手形制度及び手形訴訟制度を濫用する不適法なものとしています(東京地判平成15.10.17判時1840-142、東京地判平成15.11.17判時1839-83、横浜地決平成15.7.7判タ1140-274)。手形法は、為替手形をまず規定し、次いで為替手形の規定の多くを約束手形に準用しています。利用の少ない為替手形をメインに規定したのは、手形法が1930年のジュネーブ統一手形条約を国内法化したものだからです。中世教会法には利息禁止の法理があり、約束手形はこれに反するが、為替手形は送金手段なので、違反しないという理屈で、欧米では為替手形が広く利用されていたためです。手形・小切手機能の全面的な電子化に関する取組みは、2017年の政府の「未来投資戦略2017」において、「オールジャパンでの電子手形・小切手への移行」が掲げられたことに端を発しています。その後、2021年6月には「成長戦略実行計画」において「5年後の約束手形の利用の廃止に向けた取組を促進する」、「小切手の全面的な電子化を図る」ことが明記されました。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/miraitousi2017_t.pdf手形交換所で扱う手形・小切手等の交換高は、2024年に75兆177億円(交換枚数2333万枚)でした。金額でピークだった1990年の4797兆円の1.5%程度まで減少し、枚数では、4億3486万枚あった1979年の約20分の1になりました。全銀協は、2018年12月の「手形・小切手機能の電子化に関する検討会報告書」に示された「全面的な電子化を視野に入れつつ、5年間で全国手形交換枚数の約6割を電子的な方法(手形は電子記録債権、小切手はEBによる振込)に移行すること」を中間的な目標として取組みを行った結果を踏まえたものであり、電子交換所は、全面的な電子化が達成されるまでの過渡期的な対応として設立されました。https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/council/tegata_denshi/tegata_denshi_report_1.pdfhttps://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/electronic/explanation.pdf手形・小切手機能の「全面的な電子化」に関する検討会(第19回)議事要旨(2025年3月21日)https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/council/tegata_denshi/tegata_denshi2021_19_1.pdf手形・小切手以外の証券は、株式の配当金を受け取ったことを証明する「配当金領収証」、一定金額を別の場所へ送金する際に利用する「定額小為替証書」、定額小為替証書よりも大きな金額を転送する際に利用する「普通為替証書」、金融機関が他の金融機関に対して支払いを指示する「振替払出証書」などです。これらの証券は、手形や小切手と同様に、電子交換所で電子データとして交換されます。でんさいネット・統計情報。https://www.densai.net/stat/2018年の推計によると、PC購入費・電子記録債権の契約などの初期費用が1195億円、印紙代・用紙交付料・取立手数料・郵送費などのランニングコストが▲732億円ですが、2年目以降は初期費用がかからなくなるため、一層のコスト削減効果が認められるとされています。「産業界における手形・小切手の利用実態等に関する調査」MUFJリサーチ&コンサルティング(2023年6月30日)https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/council/tegata_denshi/tegata_denshi2021_12_3.pdf公正取引委員会「下請代金の支払手段について」(令和3年3月)https://www.jftc.go.jp/shitauke/legislation/saito.html公正取引委員会・経済産業省「『下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律』の成立について」(令和7年5月16日)。この改正では法令用語も変更され、「親事業者」「下請事業者」はそれぞれ「委託事業者」「中小受託事業者」に、「下請代金」は「製造委託等代金」に改めています。改正法の施行期日は2026(令和8)年1月1日です。https://www.meti.go.jp/press/2024/03/20250311002/20250311002.htmlhttps://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2025/may/250516_toritekiseiritsu.html提供:税経システム研究所
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2025/07/17 会計レポート
中小企業が身につけておきたい原価管理の知識(24)
1.はじめに本シリーズでは、経営・会計において欠かせない原価管理の考え方を紹介します。今回は、前回に続き、原価企画の例として、富士フイルムビジネスイノベーション株式会社(以下、同社)による開発時の取り組みを説明します。原価企画では、計画時の見積額からコストが大きく変動することがあり、その対処が必要になります。以下では、コスト変動管理で用いられる帳票について紹介します。2.コスト変動管理で使用される帳票表1変動メニュー表のイメージ(出所)吉田・伊藤(2021,p.173)をもとに筆者作成。前回の記事では、同社のコスト変動管理が、「(1)コスト変動事項の把握とリスト化」、「(2)変更の申請」、「(3)コスト変動の確認と承認」、「(4)図面の変更」、「(5)供給企業からの原価見積額の回答」、「(6)コスト変動状況の集計と確認」という手順で行われることを説明しました。これらの取り組みを行う時に、コスト変動事項を一覧表として登録した変動メニュー表が使用されます。変動メニュー表は、表1のような形で開発機能チームごとに記載、管理されます。開発機能チームの設計リーダが責任者として、この帳票の運用を担当しています。コストの変動(増加、減少)の発生が予測される時、設計者は変動メニュー表にメニュー(変更事項)、変更図面の番号・名称とあわせて、変更事項を導入する前のコスト、変更時のコスト変動予測額(増加額、減少額)と増加が予想される時にはその理由をあわせて記載します。導入前のコストの精度を確認できるように、導入前のコストが設計者による見積額(設計欄)、コストテーブル(注1)を用いた見積額(基準欄)、供給企業による見積額(供給企業欄)のどちらにあたるかを選択して、コストを記載します。変動事項の導入予定時期は、計画段階で記載し、計画に沿って導入が行われたかを実績日まで管理していきます。導入ランク(比率)は、コスト低減のリスク管理のために使うもので、リスクの程度を比率で表し、「コスト低減額×比率」の算出結果をランク後という欄に記載します。同社のコスト変動管理では、コスト変動額を極力少なくするために、現状の可視化を重視しています。変動メニュー表を運用する時にも、登録時点での原価見積の精度が低くても、設計者に速やかに登録してもらうようにすることが重要になります。ただし、同社では、コスト変動の予測額は、図面変更の内容が未確定の段階で設計者が見積りを行う場合があり、予測の精度がだいぶ低くなってしまうことが課題になっています。そのような時、コストテーブルを用いた見積りの実行や、変更がほぼ確定した時点で見積額を修正するといったことにより、予測の精度を高めるための工夫が行われています。さらに、コスト変動管理のうち手順「(6)コスト変動状況の集計と確認」では、全ての開発機能のコスト変動を定期的に集計し、商品単位での変動額全体の推移が把握されています。この時に集計するコスト変動には、「コスト変動予測額(変動メニュー表に登録された段階の金額)」と「コスト変動実績額(供給企業から回答のあった金額)」があります。活動の実行管理を担当する原価推進責任者がこれらの金額を集計し、その内容についてコスト変動管理全体を統括する開発商品QCD責任者が確認しています。ここまで見たように、同社では、変動メニュー表を用いてコストの増減が予想される変動事項を継続的に把握することで、計画時からのコストの変動を抑えるための対策をいち早く実行できるようにしています。参考文献谷武幸.2022.『エッセンシャル管理会計第4版』中央経済社.吉田栄介・伊藤治文.2021.『実践Q&Aコストダウンのはなし』中央経済社.<注釈>部品や材料ごとに、原価情報をまとめた資料(データベースとしての役割を持つもの)を、コストテーブルと言います(詳細は、第12回の記事をご覧ください)。変動メニュー表では、コストテーブルに記載のある金額を参考に、基準欄の数値が記載されます。提供:税経システム研究所
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2025/07/14 審査事例
確定申告にあたって、一般口座のように概算取得費を使うことはできないと判断された事例(棄却)
【裁決のポイント】金融商品取引業者等を通じた上場株式等の取引には、「一般口座」、「特定口座」、「非課税口座(NISA)」がある。一般口座は自分で年間の譲渡損益を計算して確定申告をする。特定口座は「簡易申告口座」と「源泉徴収口座」で選択可能だが、いずれも金融商品取引事業者等が年間の譲渡損益を計算して、「特定口座年間取引報告書」を作成して送付するので、簡易申告口座はその報告書によって確定申告ができる。源泉徴収口座の場合は申告不要のところ、選択で、確定申告もできる。本件の審査請求人は、特定口座の源泉徴収口座内でA社株式を439,539,580円で譲渡した譲渡損益について確定申告を選び、譲渡価額を基礎として算出した概算取得費からA社株式の実際の取得価額を引いた差額16,642,279円を特定口座年間取引報告書に記載された取得費の額に加算したところ、原処分庁はそれを認めず更正処分等をしたため、金融商品取引業者等は計算を代行したにすぎず、納税者が確定申告において取得費等を含めて譲渡所得の金額を再計算することを妨げるものでないなどと主張した。国税不服審判所は、特定口座制度創設の経緯及び当該制度に関する法令等の各規定等を検討し、法は、源泉徴収口座内の株式等の譲渡所得を確定申告するに当たり、納税者が取得費の計算をすることを予定していないため、概算取得費を取得費とすることはできないと判断した事例である。(令和元年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定処分・棄却・令和6年4月22日裁決)【主な争点】特定口座の源泉徴収口座内で保有されていた株式等の譲渡所得を確定申告するにあたって、概算取得費を取得費とすることができるか。【裁決の要旨】特定口座制度は、株式等の譲渡益課税について、平成15年1月1日以降、源泉分離選択課税制度が廃止され、申告分離課税に一本化されたことに伴い、申告分離課税になじみのなかった個人投資家の申告事務の負担軽減の観点から創設された制度である。特定口座内保管上場株式等の譲渡による譲渡所得の金額の計算上取得費に算入する金額は、当該上場株式等の特定口座への受入れに係る記録を基礎として金融商品取引業者等が固有の計算方法により一元的に計算することが予定されており、租税特別措置法通達37の11の3-14《株式等に係る譲渡所得等の課税の特例に関する取扱い等の準用》が、概算取得費による取得費を認める旨を定めた措置法通達37の10・37の11共-13《株式等の取得価額》を準用していないのは、特定口座内保管上場株式等の譲渡による譲渡所得の金額の計算に当たり、概算取得費を取得費とすることを認めない趣旨であると解するのが相当である。審査請求人は、特定口座から一般口座への上場株式等の移管後に当該上場株式等を譲渡した場合には概算取得費を取得費とすることができること及び特定口座における株式等の譲渡と一般口座における株式等の譲渡とで負債利子の控除に関する取扱いが異なることは、適正公平な課税の実現等に照らして妥当でない旨主張するが、法令等の適用の結果にすぎない。【参照条文】所得税法第38条《譲渡所得の金額の計算上控除する取得費》、第48条《有価証券の譲渡原価等の計算及びその評価の方法》所得税法施行令第118条《譲渡所得の基因となる有価証券の取得費等》租税特別措置法(令和2年改正前)第37条の11《上場株式等に係る譲渡所得等の課税の特例》、第37条の11の3《特定口座内保管上場株式等の譲渡等に係る所得計算等の特例》、第37条の11の4《特定口座内保管上場株式等の譲渡による所得等に対する源泉徴収等の特例》、第37条の11の5《確定申告を要しない上場株式等の譲渡による所得》租税特別措置法施行令(令和3年改正前)第25条の10の2《特定口座内保管上場株式等の譲渡等に係る所得計算等の特例》「租税特別措置法(株式等に係る譲渡所得等関係)の取扱いについて(法令解釈通達)」37の10・37の11共-13《株式等の取得価額》、37の11の3-14《株式等に係る譲渡所得等の課税の特例に関する取扱い等の準用》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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関連項目 審査事例 -
2025/07/11 商事法レポート
会社の法令違反と取締役の報告・公表義務
1はじめに株式会社は、営利を目的として事業活動を行うために、事業戦略を定め、従業員を雇用し、製造業ならば製造して販売する等、さまざまな活動をして行きます。事業活動の意思決定をし、決定した行為を執行する任務を負っているのが取締役です。取締役としての任務を行うにあたり、取締役は、善管注意義務(会社法330条、民法644条)と忠実義務(会社法355条)を負います。忠実義務は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならないという義務ですから、取締役は「法令」を遵守して職務を行わなければなりません。ここにいう法令は、取締役を名宛人としてその義務を定める規定に限らず、株式会社がその業務を行う際に遵守すべきすべての規定を含むと解されています(注1)。社会全体の利益を保護する見地から、取締役による会社の利益追求行動に対し、強行法規的な制限を課す趣旨と解釈されています(注2)。法令違反があった場合に、その事実を監督官庁に報告し、また一般に公表する義務があるでしょうか。この点が問題となった最近の事例に、大阪地判令和6年1月26日金判1697号21頁があります。この事件は、大臣評価基準に適合していない子会社製品の出荷について、親会社取締役が技術系の従業員の報告を信頼して大臣への報告や一般への公表をただちに行わなかったというものです。本稿は、この裁判例を紹介して、会社が法令違反を行ったことがわかった場合に、取締役はどのように報告・公表義務を果たすべきだったのかを検討してゆきます。2.大阪地判令和6年1月26日の概要(1)事実の概要タイヤ等を製造するA社は、その完全子会社であるB社に、建築用免震積層ゴム(免震積層ゴム:G0.39)を販売させていました。しかし、その免震積層ゴムは、出荷時の性能検査において、建築基準法37条所定の国土交通大臣評価基準に適合していませんでした。A社の株主Xは、A社の取締役Y1~Y4に対し、平成26年9月以降、免震積層ゴムに係る問題を国土交通省に報告するとともに一般に公表する判断をすべき善管注意義務の履行を怠ったことからA社に損害を与えたとして、会社法423条1項による損害賠償請求権に基づき、連帯して、1億円と遅延損害金をY社に支払うこと等を求める株主代表訴訟を提訴しました。(2)判旨前掲大阪地判令和6年1月26日は次のように判示して、Xの請求の一部を認容しました。Y1~Y4は、「平成26年10月23日の時点で…大臣評価基準を満たしていないものがあることについて、国交省に報告する判断をすべき義務(報告義務)を負うとともに、一般への公表をする判断をすべき義務(公表義務)を負っていたというべきである」「本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、国交省への報告及び一般への公表に係る任務懈怠によって本件会社の信用が毀損され、これによって本件会社には信用毀損による損害として2000万円の損害が生じたと認めることができる」。3.大阪地判令和6年1月26日の検討(1)本判例の意義この事例は、国土交通大臣評価基準に適合していない免震積層ゴムを販売したA社の取締役の責任を追及した株主代表訴訟です。本判決は、(1)法令違反がある場合において、親会社取締役はその事実を監督官庁への報告や一般への公表をする義務違反の有無が争われており、本稿ではこれについて扱います。このほか、(2)経営判断原則や信頼の原則の適用がある場合における親会社取締役の善管注意義務違反が問われる場合の判断基準、(3)親会社取締役による子会社管理義務(注3)等、多くの論点があります。本判決は、取締役の会社に対する責任を認めており、先例として重要な意義のある裁判例といえます。(2)免震建築物と免震積層ゴムこの事例で争われた免震積層ゴムについて説明しておきましょう。免震建築物は、地面の上に免震装置があり、その上に建物がのっている構造のものです(注4)。この建築物では、地震時に免震装置が地震の揺れを吸収することで、建物に地震の揺れが伝わりにくくなり、建物には免震装置で吸収できなかった地震の揺れが少し伝わるだけですみます。免震装置に使われているアイソレータ(建物を支え、地震のときに建物をゆっくりと移動させるもの)の一つが、「積層ゴム」です。積層ゴムとは、「ゴム=柔らかいもの」と「鋼板=硬いもの」が交互に重なっているものです。「ゴムの柔らかさ」によって、地震時に水平方向にゆっくり揺れ、地震の揺れができるだけ建物に伝わらないようにし、「鋼板の硬さ」によって、重い建物を安定に支えるというものです(注5)。免震建築物では、免震積層ゴムが普段はしっかり建物を支え、地震の時は建物を支えながら水平方向に柔軟に変形し、地震の揺れをゆるやかにしてゆきます。図表1積層ゴムの例【出所】一般社団法人日本免震構造協会のホームページより抜粋(3)大阪地判令和6年1月26日における免震積層ゴムの対応(2)で述べたように建築物の基礎を支えるのが、免震積層ゴムです。大規模地震が頻発する日本では、その基礎を支える製品が十分な性能をもっていなければ建築物の安全性が著しく低下し、建築物を利用する者の生命、身体又は財産を危険にさらすおそれがあります。この免震積層ゴムの性能に問題があったのが、本事案です。本事案の検討に関連する部分について、時系列表でまとめておきます。平成26年5月頃出荷時の性能検査において、建築基準法37条所定の国土交通大臣評価基準に適合していないとの疑いがあったことから、A社は調査を開始。9月12日調査の結果、国土交通大臣評価基準に適合していないものがあるとして、弁護士に相談。同弁護士から同評価基準に適合しないものは出荷停止にすべきであり、国土交通省への報告が必要であると助言を受けました。9月19日午前の会議A社の取締役Y1・Y2らは、免震積層ゴムの出荷停止と国土交通省へ報告することにしました。9月19日午後の会議B社の工場にいたCとテレビ会議で、A社の本社会議室と接続。大臣評価基準を充足する旨のB社の製品技術本部長Cの報告を受けて、同日午前の会議で確認された方針が撤回され、出荷停止をしないと判断。この9月19日午後の会議が問題です。この会議は正式な取締役会ではありませんが、Cの報告を受けて出荷停止をしないと判断しています。この報告が適正なものであれば良かったのでしょうが、実際は独自の方法、つまりA社が大臣認定の取得のために国土交通大臣と指定性能評価機関に対して提出した性能評価書(黒本)に記載された方法とは異なる方法で行われ、性能基準を下回るものでした。さらに、その後の調査により、免震積層ゴムが大臣評価基準に適合しないことが明らかになりました。平成27年2月2日A社は出荷停止の判断を行いました。2月9日A社は国土交通省に対し、一定の物件について、大臣評価基準に適合しない免震積層ゴムが使用されている疑いがある旨の報告を行いました。4法令違反と取締役の報告・公表義務(1)取締役の公表義務取締役の任務には、法令を遵守して職務を行うことが含まれます(会社法355条)。その法令には、(1)会社・株主の利益保護を目的とする具体的規定(会社法156条等、356条等)だけでなく、(2)公益の保護を目的とする規定(刑法等)を含むすべての法令が該当し、取締役の責任原因となり得ます(会社法423条1項(注6))。法令違反があった場合に、その事実を監督官庁に報告し一般に公表する義務があるかどうかが問題となります。公表義務に関する先例として、大阪高判平成18年6月9日判タ1214号115頁があります。この事件は、食品衛生法上認められていない未認可添加物が混入した違法な食品を、それと知りながら公表せずに継続して販売した。判例は「重大な違法行為によってD社が受ける企業としての信頼喪失の損害を最小限度に止める方策を積極的に検討することこそが、このとき経営者に求められていたことは明らかである。ところが…被告らは…『自ら積極的には公表しない』などというあいまいで、成り行き任せの方針を、手続き的にもあいまいなままに黙示的に事実上承認したのである。それは、到底、『経営判断』というに値しないものというしかない」と判示して、取締役の善管注意義務違反を認めました。(2)本判決における取締役の報告・公表義務2(2)で述べたように、本判例は、Yらには、大臣評価基準を満たしていないものがあることについて、国土交通省への報告義務と一般への公表義務があったと判示しています。本判例は「免震積層ゴムである本件出荷品を含むG0.39は…国土交通大臣による大臣認定によって、備えるべき品質や性能等についての一定の基準が定められ、かかる基準に適合していることを前提に販売されているものであるほか、建物に作用する地震力を低減する機能を有する指定建築材料として建物の耐震性能の維持に直結する機能を有するものであって、G0.39を用いる建物の安全性に関わるものであるから、かかる製品を販売する企業の取締役としては、出荷済みの製品が大臣評価基準に適合しないものであった場合には、可及的速やかに国交省に報告するとともに、一般に向けてかかる事実を公表することが求められるというべきである」とする基準を挙げ、「かかる製品を販売する企業の取締役の国交省への報告及び一般への公表に係る注意義務については、その地位及び担当職務を前提に、大臣評価基準への適合性についての調査の進捗状況及び内容…当該取締役が認識した事情等の具体的な事実関係等を踏まえて、当該時点における報告・公表に係る具体的な注意義務の有無について判断されることになる」とする解釈を示しています。本判決のこうした判断は、(1)で前述した前掲大阪高判平成18年6月9日と同様の想定の下に、一般的な善管注意義務の問題として報告・公表義務を捉えているのでしょう(注7)。現在の判例・学説の傾向に沿った対応といえるでしょう。(3)取締役の報告・公表に関する判断の不十分さ免震積層ゴムについて、法令違反が判明してから報告・公表するまでに時間がかかっています。取締役Y1・Y2の判断はなぜ遅れたのでしょうか。本判決の事例に則して考えてみます。A社はタイヤ事業が売上高の約8割を占めるのに対し、免震積層ゴムの売上高はAグループの0.2%にすぎず、同事業はA社から完全子会社B社に移管されたものでした。YらはA社の取締役(Y1についてはB社の担当取締役でもある)ですが、いずれも免震積層ゴムの製造、出荷業務に直接従事した経験はありませんでした。つまり、免震積層ゴムはA社グループの中核事業ではなく、Yらも十分な知識はなかったのです。しかるに、取締役Y1・Y2は、3(3)で述べたように平成26年9月19日午前の会議で決めた免震積層ゴムの出荷停止の方針を一日のうちに180度転換しています。これは甚だ疑問であり、製品の安全性が問題視されているにもかかわらず「有時対応」が不十分であったといわざるを得ません(注8)。こうしたチェック体制の不備が不祥事を拡大させた原因といえそうです。(4)報告・公表の時期それでは、取締役が報告・公表を行うべき時期はいつからとすべきだったのでしょうか。A社は、免震積層ゴムの大臣評価基準への適合性について、平成26年5月頃から調査を始めていました。その調査は、3(3)で述べたように同年9月19日午後の会議においては、B社の製品技術本部長Cの報告をもとに調査を継続していたため、それよりも後の時点です。本判決は、その時期を平成26年10月23日としています。この時、Yらは、Cから、C報告にもとづく従前行われてきた補正の方法は適切ではないという報告を受け、Y2~Y4は、、リコールは不要であるとの見解に反対の意見を述べています。しかし、実際に、Yらが国土交通省に報告したのは、平成26年10月23日から3か月以上経過した平成27年2月9日のことです。建築物の基礎を支える免震積層ゴムは建物を大規模地震から守る装置であるから、あまりにも遅い報告・公表であったということができるでしょう。本判決が、取締役Yらの報告・公表が善管注意義務となると判示したのは妥当な判断ということができます。5結びに代えて前掲大阪地判令和6年1月26日を紹介し、会社が法令違反を行った場合における取締役の報告・公表義務について検討してきました。同様の問題が発生した場合に備えて、あらかじめチェック体制を整えておくことが重要です。そうした体制があっても違反が起こった場合には、早期に報告・公表することが、取締役の義務となりますので、しっかり対応できるように備えておく必要があります。<注釈>最判平成12年7月7日民集54巻6号1767頁。田中亘『会社法(第5版)』(東京大学出版会、2025年)282頁、288頁。論点(2)については、舩津浩司「判批」資料版商事483号(2024年)144頁、論点(3)については、同「判批」ジュリ1598号(2024年)3頁参照。免震建築物の説明については、一般社団法人日本免震構造協会の説明(https://www.jssi.or.jp/generalseismic_isolation/isolation_architecture)に拠った。積層ゴムについては、一般社団法人日本免震構造協会・前掲(注4)参照。江頭憲治郎『株式会社法(第9版)』(有斐閣、2024年)498頁。舩津・前掲(注3)資料版商事483号152頁。中村信男「企業不祥事における役員の善管注意義務」ビジネス法務24巻12号(2024年)106頁。提供:税経システム研究所
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2025/07/10 会計レポート
生成AIを活用した財務・非財務情報の分析(5)
1.営業成績を高める要因の分析企業業績の向上を図るためには、まずもって多くの売上高を確保することが重要です。企業の予算編成において最初に設定されるのが営業予算(売上高予算)であることからも明らかなように、営業は企業経営において最も基礎的かつ戦略的な要素であり、その実行力が全社的な業績にも大きな影響を与えることになります。営業活動は、現場の営業担当者一人ひとりの行動の質や意欲が、組織全体の成果に直結するといっても過言ではありません。したがって、営業担当者のパフォーマンスを高める要因を把握し、適切な支援や施策を講じることは、営業部門のマネジメントにおける重要課題といえるでしょう。では、営業担当者の営業成績、とりわけ売上高の向上に寄与する要因にはどのようなものが考えられるでしょうか。たとえば、近年多くの企業で測定が進んでいるエンゲージメントスコアは、重要な影響要因となるかもしれません。エンゲージメントスコアは、働きがいや目的意識、組織との心理的な一体感を含む概念であり、高いエンゲージメントを持つ従業員は、自発的な行動や創造的な提案を通じて、高い業績を上げる傾向があるとされています。また、営業経験年数も、業務遂行能力や顧客対応力の成熟度を反映する変数であり、経験豊富な担当者ほど成果を上げる傾向がありそうです。そのほかにも、働き方の効率性やワークライフバランスの状況を示す勤務時間や、業務量の大きさや営業機会の多寡を表す担当クライアント数も重要な影響要因となるかもしれません。このように営業成績の多寡に影響を及ぼす複数の要因が考えられますが、はたして、これらの要因は本当に営業成績に影響を及ぼすのでしょうか。また、これらの要因のうち、とくに重要性の高い要因はどれなのでしょうか。これらを明らかにすることができれば、より戦略的に売上高向上に向けた営業部門のマネジメントを実現することができるのです。このような分析は、営業担当者と各変数(エンゲージメントスコア、営業経験年数、平均勤務時間(週)、クライアントアサイン数、営業成績)を結び付けたデータセットがあれば、生成AIを用いて容易に実行することが可能です。今回は、ある企業の営業部門に所属する50名の営業担当者のデータを用いて、分析を実行してみたいと思います。データは担当者(担当者ID)ごとに、図表1のように整理されています(注1)。図表1営業担当者別データ(10名分のみの抜粋)出所:筆者作成2.生成AIを用いた分析の実行今回は、前述のデータを用いて、エンゲージメントスコア、営業経験年数、平均勤務時間(週)、クライアントアサイン数の各変数が、営業成績に及ぼす影響を分析してみたいと思います。今回実行する分析モデルを図示すると図表2のようになります。図表2営業成績に影響を与える要因の分析モデル出所:筆者作成それでは、生成AIを用いて分析を実行してみましょう。分析データを添付したうえで、以下の指示(プロンプト)を書き、実行してみましょう。なお、今回も分析にあたってはChatGPT4-oを使用しています。図表3ChatGPT4-oへの入力画面出所:ChatGPT4-oを用いて筆者作成これを実行すると、図表4のような結果が出力されます。図表4出力結果出所:ChatGPT4-oを用いて筆者出力ここでは、エンゲージメントスコア、営業経験年数、平均勤務時間(週)、クライアントアサイン数が営業成績(各担当者の売上)に与える影響と分析結果の解釈が示されています(注2)。この結果から、今回投入したエンゲージメントスコア、営業経験年数、平均勤務時間(週)、クライアントアサイン数はいずれも、営業成績に影響があることがわかります。より詳しくみると、分析対象企業では、営業経験年数は1年あたり58万円の営業成績増効果が、エンゲージメントスコアは1ポイントあたり45万円の営業成績増効果があるようです。その一方で、平均勤務時間が1時間あたり48万円営業成績を減少させる効果があることもわかります。以上の分析から、当該企業がさらに営業成績を向上させるためには、エンゲージメントの強化策を講じることや、業務プロセスを見直し、長時間労働を是正することが効果的であることを明らかにすることができました。生成AIを用いたデータ分析を活用することで、財務業績を向上させるための施策としての非財務的な要因を明らかにすることもできるのです。<注釈>今回分析に利用するデータは下記URLからダウンロードいただけます。https://www.dropbox.com/scl/fi/lmt611u48qpk5zewizdr0/staff_data.xlsx?rlkey=h6lfa50olww5oh1ona8bc5awr&dl=0図表4に示されている回帰係数とは、各変数が営業成績に与える影響の強さを示しており、有意性(p値)とは、各変数と営業成績の関係性が統計的にみて意味のある関係性であるかどうかを示しています(p値が0.01もしくは0.05を下回っている場合に、統計的にみて意味のある関係性があると判断します)。また、もモデル全体の説明力を示すR2とは、営業成績の変動の81.9%を、今回投入した4つの変数(エンゲージメントスコア、営業経験年数、平均勤務時間(週)、クライアントアサイン数)で説明できていることを意味しています。分析結果の見方については、稿を改めてご説明させていただきます。提供:税経システム研究所
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2025/07/07 審査事例
所得税は更正処分なしまたは過少申告加算税の処分であった年分について、消費税は無申告加算税でなく重加算税が課された事例(棄却)
【裁決のポイント】重加算税が課される事実の隠蔽とは、故意に事実を隠匿し、あるいは脱漏することをいい、事実の仮装とは、架空取引の申告や他人名義の利用を行い、あたかもそれが真実であるかのように装うなど、故意に事実をわい曲することをいうと解される。平成27年7月1日裁決は、「何ら根拠のない収入金額及び必要経費の額を収支内訳書に記載することは、所得税等においては過少申告行為そのものであって隠蔽又は仮装行為に該当しない」と判断している。審査請求人は電気工事事業者で、国税庁HPで申告書を作成し、消費税の諸届出書も自らの判断で提出していた。平成25年は基準期間の課税売上高が1,000万円以下になったとして免税事業者となる届出をして、以後、所得税のみ申告していたが、所得税の税務調査初日に収入が1,000万円を下回るように収支内訳書を作成したと申述して消費税も調査対象に加えられ、消費税は無申告加算税に代えて重加算税が課された一方で、所得税は同じ年分に対して更正処分なしまたは過少申告加算税に留まった。審査請求人は平成27年裁決を引き合いに、消費税も所得税と同等の扱いであるべきなどと主張した。国税不服審判所は、審査請求人の行為は、「何ら根拠のない」額を収支内訳書に記載したのではなく、消費税等の申告納税義務を免れることを継続的かつ積極的に意図して、課税標準等の計算の基礎となるべき事実(基準期間中における課税資産の譲渡等の対価の額)を脱漏したもので、隠蔽又は仮装と評価すべき行為と判断した事例である。(平成27年1月1日から令和3年12月31日までの消費税及び地方消費税の重加算税の各賦課決定処分、他・棄却、他・令和6年4月23日裁決)【主な争点】審査請求人の行為は、消費税の各課税期間において、重加算税の対象となるか。【裁決の要旨】審査請求人は、平成25年以降比較的長期間にわたって、消費税の申告納税義務を免れることを積極的に意図し、故意に事業所得の総収入金額が1,000万円を超えないように所得税等の確定申告書及び収支内訳書に過少な収入金額を記載して原処分庁に提出することで、課税標準等の計算の基礎となるべき事実である、基準期間中における課税資産の譲渡等の対価の額を故意に脱漏し、課税期間において消費税法上の免税事業者であることを装い続け、本件各課税期間の消費税等の確定申告をしなかったものと認められる。審査請求人は、平成27年裁決のように「何ら根拠のない」収入金額及び必要経費の額を収支内訳書に記載したのではなく、国税通則法第68条第2項に規定する「隠蔽」又は「仮装」に該当する事実があったといえ、重加算税の賦課要件が充足される以上、審査請求人の行為が所得税等の過少申告の意図及び消費税等の無申告の意図を外部からもうかがい得る特段の行動といえるか否かを検討するまでもない。審査請求人の行為は隠蔽又は仮装と評価すべき行為であり、単なる無申告行為そのものと評価することはできない。【参照条文】国税通則法第68条《重加算税》消費税法第9条《小規模事業者に係る納税義務の免除》本情報は、裁決日時点での審査事例となります。裁決日以後、裁判所により別の判決が示される場合もございますので、あらかじめご了承ください提供:株式会社日本ビジネスプラン
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2025/07/03 会計レポート
企業が生き残るための製品・サービスの原価計算の勘所(19)
1.岡本[2000]による販売費及び一般管理費の分類前々回の(17)で、販売費及び一般管理費を分類するにあたり、一橋大学岡本清名誉教授の名著『原価計算』の最新版である六訂版[岡本,2000]による販売費及び一般管理費の分類にもとづいて、どのような観点から体系づければよいかについて検討しました。岡本[2000]では、まず、販売費及び一般管理費を、文字どおり販売費と一般管理費に分類し、さらに、販売費を注文獲得費、注文履行費、販売事務費に分けて説明していますが、一般管理費については勘定科目を例示しているものの、本文において説明はしていません。2.岡本[2000]による販売費分析の総論(1)「販売費会計」ではなく「販売費分析」という意味岡本[2000]では、第13章「営業費計算」の第4節で、「販売費の分析」について説明しています[岡本,2000,pp.700-713]。岡本[2000]では、販売費は、これを経常的に製品へ配賦されることはなく、一般管理費とともに、期間原価として当該会計期間の収益と対応して計算するので、販売費の計算では、販売費会計(marketingcostaccounting)とはいわずに、販売費分析(marketingcostanalysis)というほうが普通である[p.700]と述べています。岡本[2000]が、「営業費会計」ではなく「営業費分析」であると主張した意味を、筆者なりに吟味してみます。会計情報は、企業の経済活動に起因した資産・負債・純資産の増減や収益・費用の発生に関するデータが、財務会計システムに記録されて作成されます。財務会計システムでは、仕訳と転記によって記録しています。原価計算においても、計算した原価データは、工業簿記において、仕訳と転記により、記録されます。原価を計算しただけではなく、これを財務会計システムと結びつけなければ、計算結果を財務諸表上に反映することはできません。ということになれば、貸借対照表や損益計算書で、会計情報をそれぞれ正しく表示することはできなくなります。このことに関連して、「原価計算基準」[大蔵省企業会計審議会,1962]では、「二原価計算制度」において、原価計算を次のように定義しています。この基準において原価計算とは、制度としての原価計算をいう。原価計算制度は、財務諸表の作成、原価管理、予算統制等の異なる目的が、重点の相違はあるが相ともに達成されるべき一定の計算秩序である。かかるものとしての原価計算制度は、・・・、財務会計機構と有機的に結びつき常時継続的に行なわれる計算体系である。原価計算制度は、この意味で原価会計にほかならない。上記の「原価計算基準」[大蔵省企業会計審議会,1962]からの引用箇所でいう「財務会計機構」とは、先述した「財務会計システム」と同義であると考えてください。たんに原価を計算しただけで、財務会計機構(=財務会計システム)と結びついていなければ、常時継続的に行われる計算体系としての、原価計算制度(=原価会計)ではない、ということです。一方で、意思決定や業務管理のためには、必ずしも財務会計システムと結びついていなくても、必要に応じて経営管理のための会計情報を作成し、利用することがあります。これは、管理会計目的としての会計情報の利用法としての特徴です。財務会計システムとは結びつかない管理会計目的の会計情報について、「原価計算基準」[大蔵省企業会計審議会,1962]では、これを否定しているわけではなく、「二原価計算制度」において、「特殊原価調査」という名称で、次のように定義しています。広い意味での原価の計算には、原価計算制度以外に、経営の基本計画および予算編成における選択的事項の決定に必要な特殊の原価たとえば差額原価、機会原価、付加原価等を、随時に統計的、技術的に調査測定することも含まれる。しかしかかる特殊原価調査は、制度としての原価計算の範囲外に属するものとして、この基準には含めない。岡本[2000]は、営業費に関する原価データを、管理会計目的で作成・利用することを念頭におき、必ずしも財務会計システムに結びつけるものではなく、いわんや外部に報告する会計情報ではない、という考えのもとで「営業費会計」ではなく「営業費分析」であると主張したのではないかと、筆者は考えます。つまり、特殊原価調査の一環として営業費分析をとらえていたために、営業費会計(marketingcostaccounting)とはいわない、という説明をしているのではないか、というのが筆者の解釈です。(2)販売費のセグメント別分析岡本[2000]では、販売費分析では、販売費管理のために費目別および機能別に把握された販売費を、販売セグメント別に分析をする[p.700]と説明しています。マーケティングの領域では、販売市場を設定するにあたり、市場を細分化して検討することが多いと聞きます。管理会計目的として、収益性を検討する場合には、営業費をセグメント別に分析することで、セグメントごとの具体的な収益性を理解することに役立ちます。岡本[2000]は、一般的に行われる販売セグメント別分析として、次の5項目をあげています[p.700]。製品品種別分析販売地域別分析顧客種類別分析注文規模別分析販売経路別分析販売費分析の上記5項目については、日本商工会議所簿記検定試験のテキスト[岡本・廣本,2024a]においても、紹介しています。また、岡本[2000]は、販売セグメント別分析は、経常的分析と臨時的分析とに区分しています[p.700]。経常的分析とは、たとえば、月次の経営会議などでセグメント別の収益性を検討するときに報告されるべき情報です。岡本[2000]によると、経常的分析では、各セグメントの業績を測定し、問題点を探索するための一般的な分析であり、そのためには、実績データをセグメントごとに分析し、予算と実績を比較するというかたちをとる[p.700]といいます。これに対して、臨時的分析は、随時必要に応じて経営上の課題を検討するときに行われます。岡本[2000]では、臨時的分析は、注文規模別に分析する場合であれば、注文規模が小さい顧客との取引を継続するか否かという個別的分析となるため、実績データではなく、未来の予測データにもとづく差額原価収益分析が必要になると説明しています[pp.700-701]。参考文献伊藤嘉博・目時壮浩、2021『異論・正論管理会計』中央経済社。大蔵省企業会計審議会、1962「原価計算基準」大蔵省企業会計審議会。岡本清、2000『原価計算』六訂版、国元書房。岡本清・廣本敏郎、2024a『検定簿記講義/1級工業簿記・原価計算下巻』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎、2024b『検定簿記講義/2級工業簿記』〔2024年度版〕中央経済社。岡本清・廣本敏郎・尾畑裕・挽文子、2008『管理会計』中央経済社。小林啓孝、1997『現代原価計算講義』第2版、中央経済社。小林啓孝・伊藤嘉博・清水孝・長谷川惠一、2017『スタンダード管理会計』第2版、東洋経済新報社。清水孝、2006『上級原価計算』第2版、中央経済社。清水孝、2014『現場で使える原価計算』中央経済社。清水孝・長谷川惠一・奥村雅史、2004『入門原価計算』第2版、中央経済社。園田智昭、2021『プラクティカル原価計算』中央経済社。谷武幸、2022『エッセンシャル管理会計』第4版、中央経済社。提供:税経システム研究所
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2025/06/30 経営レポート
昨今労務事情あれこれ(211)
1.はじめに近年、「大人の発達障害」に関する記事をマスコミやメディアで見聞きすることが多くなってきました。曰く、「職場において、他の従業員とは一風変わった言動がみられる、空気が読めない、周りと協力することができない、何度指導しても頑固に自分のやり方を変えない」などなど…。厚生労働省が5年に1度実施する障害者雇用実態調査(令和5年度調査)によれば、従業員5人以上の事業所に雇用されている障害者数約110万7000人のうち発達障害者は約9万1000人となっています。前回調査(平成30年)では約3万9000人という結果でしたので、雇用者数で言えば2倍超の増加ということになります。また、2022年12月に厚生労働省から発表された「生活のしづらさなどに関する調査」(令和4年)によると、医師から発達障害と診断された者の数(推定値)は87万2000人となっています。先述のような言動があるとしても、安易にレッテルを貼ることは慎まなければなりません。国立大学法人山梨大学事件(甲府地判.R2.2.25)では、発達障害とのレッテルを貼ったような人事課長の発言が違法であると断じられています。一方で、日本では約10人に1人の割合で発達障害の傾向のある人がいると推定されていることを踏まえると、職場に発達障害の傾向をもつ従業員がいることは特別なことではないと考えることもできます。今回は、こうした傾向をもつ従業員に対し、どのように接していけばいいのかについて考えていきます。2.発達障害とはそもそも、発達障害とはどのようなものなのでしょうか。発達障害は生まれつきの脳機能の障害の一種であり、法令(発達障害者支援法)においては以下のように定義されています。自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの一言で「発達障害」と言ってもいくつかの種類があり、それぞれに異なった特性を持っています。①自閉症スペクトラム障害(ASD)過去には「自閉症」「広汎性発達障害」「アスペルガー症候群」などとされていた障害を統合した障害。対人関係の構築や他者とのコミュニケーションが不得手、特定の物に強いこだわりを持つなどの特性を持つ。②注意欠陥多動性障害(ADHD)不注意や多動性、衝動性などの特性を持つ。単純なミスが多い、頻繁に物を失くしたり忘れ物をしたりする、順番や約束を守るのが不得手などの行動がみられる。③学習障害(LD)知的な遅れがないにもかかわらず、読み書きや計算、話す、聞くなどのうち、特定の行為が著しく苦手で、学習が困難な状態である障害。文章がスムーズに読めない、誤字脱字が多い、図形やグラフを理解できないなどの特性がみられる。定義では「低年齢において発現する」とされていますが、発達障害の症状の有無は外見からは判別困難で、日常生活でも特に支障なく生活できることも少なくありません。そのため、本人や周囲も発達障害に気づかず医師の診断も受けないまま社会人になり、職場でのコミュケーションや業務遂行上のトラブルなどで「自分は発達障害かもしれない…」と気になり受診した結果、大人になってから診断されるケースが多くなっています。また、受診をしても「傾向はあるものの診断基準を満たさない」として正式に発達障害と診断されない「発達障害グレーゾーン」の方々も存在しています。では、これらの方々が職場で直面する問題の典型例はどのようなものなのでしょうか。3.発達障害を持つ従業員にまつわる職場でのあれこれ各障害の特性にもよりますが、職場で直面する問題には、対人関係や業務の進め方に関するものが多くみられます。①あいまいな表現や抽象的な指示を理解しにくいASDの場合、「適当にやっといて」のような曖昧な指示を受けても、具体的に何を求められているのか十分に理解や推測ができないため、期待と異なる成果物を出してしまうことがあります。②優先順位付けが難しい、ケアレスミスが多いADHDの場合、業務の優先順位付けが苦手で、重要業務を後回しにしてしまう、期限を守れないなどがみられることがあります。また、不注意や細かい確認作業が苦手な結果、データ入力ミスや書類の記入漏れなどを多発させてしまうことがあります。③対人関係のトラブルASDの場合、対人関係の構築が苦手であり、また、表情や声色などの非言語的な相手のメッセージを察することが難しい場合が多いことから、上司・同僚などとコミュニケーション上の行き違いにより対人関係のトラブルにつながることがあります。これらの光景、どこかで見た…という方も多いかもしれません。では、様々な障害の特性を踏まえ、会社側はどのように接していくべきなのでしょうか。4.会社側の対応は?-ひと工夫と合理的配慮発達障害をもつ従業員(グレーゾーンを含む)が働きやすい職場とするためには、各障害の特性に即した形で、業務遂行のためのひと工夫が欠かせません。具体的には以下のような対処が考えられます。【コミュニケーション面】指示を明確かつ具体的に「適当に」「なるべく早く」といった曖昧な指示ではなく、業務内容やそのゴール地点、期限などを明確に指示する。その際、メールやグループウェアなどを用いて指示の記録を文字に残すことも効果的。丁寧なフィードバック進捗状況や、指示を出した側が意図しない方向に進んでいないかなどは定期的に確認する。【職場環境面】長時間じっとしていられないなど集中力が散漫になりやすい場合、業務を短い時間に区切る、短いタスクに区切るなどにより達成感を感じやすくする。感覚過敏なケースもあるため、周囲の音(電話の着信音や話し声など)や職場の明るさなどに対して、遮音目的のヘッドホンの使用を認める、照明の明るさを抑えるなどの配慮を行う。そもそも、企業は障害のある従業員がその特性を理由に不利益を被ることがないよう、環境整備や業務内容の調整など「合理的配慮」の提供が義務づけられています(障害者差別解消法第5条)。発達障害を持つ従業員の場合、苦手な部分を周囲がサポートすることにより、こだわりの強い分野の業務などで高い能力を発揮することがあります。細かな配慮は一見すると面倒な、後ろ向きの対処に思えるかもしれませんが、彼らだけではなく、すべての従業員にとっても働きやすい環境を作ることにつながります。本稿は法令等に準じた形で「障害」の表記にしています。提供:税経システム研究所
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2025/06/27 経営レポート
昨今の経済情勢を背景に地域企業経営はどう対処するのか
【サマリー】経済産業省、中小企業庁、厚生労働省、外郭団体、自治体等が出している多くの補助金・助成金の受給ニーズが高まっています。今回は補助金・助成金の基本的なところから、主に補助金についてご紹介していきます。税金社保料をはじめ様々なコストが上昇する傾向が続いています。2030年代半ばまでに最低賃金を1,500円とする政府方針を受けて政策やメディアは給料(人件費)をあげる必要を説いていますが、売上成長の見通しが明るいわけではない情勢でこのようにコスト圧力が急激にかかる環境変化は、地域企業にとって由々しき事態となっています。私がお受けする相談で目立って増えているのは「法人税の節約」「運用」に加えて、「補助金・助成金」です。今回は「補助金・助成金」についてご紹介していきます。(1)補助金・助成金の基本基本的に補助金は経産省や中企庁、助成金は主に(他外郭なども助成金という名称を使用します)厚労省が管轄しています。補助金と助成金の違いは、管轄官庁が違うということだけではありません。厚労省が出している助成金の予算原資は私たちが支払う社会保険料の雇用保険部分から拠出されています。税金ではないのかと驚かれる方も多いです。社会保険料がどんどん上がっていき(雇用保険も労災保険も上がってきています)、今や所得税よりも負担が重くなってきている情勢です。このように厚労省の助成金は私たちが納めている社会保険料の一部が原資であるため、全事業者がまんべんなく受給できる配慮がされていると言われています。つまり納めた社会保険料の一部が助成金で戻されるという構造です。つまり、「比較的受給しやすい」のです。対して「補助金」の予算原資は主に税金です。「比較的受給しにくく、受給後の進捗報告などの義務があります。また、助成金は人事労務関連の制度で、比較的申請負担が少なく、金額が少額の場合が一般的です。補助金は事業存続と成長に関連する制度で、申請時の事務負担がかなり大きく、上限数億円にのぼるような大きな制度もあります。事務の煩雑さと負担の重さで足踏みする企業も多いでしょう。(2)補助金の誤解補助金受給を希望する事業者の多くは、当初の段階で大きな誤解があることが多いです。「国からお金がもらえる」という認識です。それには条件があるのです。何かを買った一部を補助するのが補助金なので何か買わないといけない。購買物の価格の一部を補助するのが原則。つまり自腹を切ることがつきまとう。補助金は買ってから後に支給されるので先に資金が必要。補助金は損益計算書に「雑収入」として計上され、税金がかかる。受給後は、当初提出した申請資料に記載された事業や改善が計画通りに進んでいるか報告義務が発生する。申請事務が煩雑で負担が重いのは、不正受給を抑止するためです。ただし、それが理由で事務負担が重くなりすぎてしまうことが、一般の事業者が補助金を活用しづらい要因になっています。(3)補助金申請の段取り2020年から補助金は電子申請することになりました。これまでは書類申請だったわけです。電子申請をするためには、申請1か月前くらいにID取得の手続きをしておく必要があります。電子申請システムの名称は「Jグランツ」と言います。当初は経産省の補助金制度のみの対応となっていましたが、現在はその他の省庁や自治体等の補助金制度についても順次対応が進められています。補助金申請で必要になるのは「法人代表自身」または「個人事業主自身」が取得することができる「GビズIDプライム」というアカウントです。オンライン申請と書類郵送申請があり、発行期間はオンラインなら最短即日、郵送なら原則2週間以内とされています。申請したい補助金の申請期限を鑑みて、余裕をもって早めに取得することをおすすめします。(4)申請数が多いとされる(使い勝手の良い)補助金小規模事業者持続化補助金【一般型】本補助金事業は、小規模事業者自らが作成した持続的な経営に向けた経営計画に基づく、地道な販路開拓等の取組(例:新たな市場への参入に向けた売り方の工夫や新たな顧客層の獲得に向けた商品の改良・開発等)や、地道な販路開拓等と併せて行う業務効率化(生産性向上)の取組を支援するため、それに要する経費の一部を補助するものです。(出典:公式HPhttps://r6.jizokukahojokin.info/index.php)ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金(もの補助)ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金は、中小企業・小規模事業者等が今後複数年にわたり相次いで直面する制度変更(働き方改革や被用者保険の適用拡大、賃上げ、インボイス導入等)等に対応するため、中小企業・小規模事業者等が取り組む革新的サービス開発・試作品開発・生産プロセスの改善を行うための設備投資等を支援するものです。(出典:公式HPhttps://portal.monodukuri-hojo.jp/)IT導入補助金IT導入補助金は、中小企業・小規模事業者等の労働生産性の向上を目的として、業務効率化やDX等に向けたITツール(ソフトウェア、サービス等)の導入を支援する補助金です。対象となるITツール(ソフトウェア、サービス等)は事前に事務局の審査を受け、補助金HPに公開(登録)されているものとなります。また、相談対応等のサポート費用やクラウドサービス利用料等も補助対象に含まれます。(出典:公式HPhttps://it-shien.smrj.go.jp/)(5)補助金・助成金の申請を外注する場合の注意点補助金・助成金の申請を外注で請け負う事業者があります。もともと、厚労省の助成金は社労士が、経産省・中企庁の補助金は中小企業診断士や行政書士などが外注を受けるのが一般的でした。不適切な受給が明らかになった場合は、申請主体の事業者のみならず申請を代行した請負事業者までが責任を負わねばならなくなります。たとえば、コロナ禍の雇用調整助成金の不正受給の頻発を経て、社労士事務所の中には助成金の申請の請負に慎重になっているところもあります。その一方で、申請外注を受けている社労士事務所への依頼が集中しています。そこで近年、申請代行業者が増えています。一般的な申請代行業者は事務効率をよくし、採択率の高い制度に絞って請け負っています。つまり依頼する事業者の現状に応じた補助金・助成金にオーダーメードで対応してくれるわけではありません。費用は、着手金と成功報酬です。低額で請け負ってくれる業者に実際に依頼したところ、採択されやすいように申請内容を事実と全く異なる内容(異なる事業)で申請されていました。十分なヒアリングをしないで申請書類を作成しているようでした。申請事前事後報告もなく、補助金事務局から問い合わせが来たことで申請を知るという状況。補助金事務局からの質問や確認の電話は申請事業者の代表者に入るので、大混乱になります。虚偽申請は不正受給なので、重いペナルティを覚悟しなければなりません。経産省・中企庁の補助金は記載内容が「経営計画」「事業計画」であるため、事業の詳細情報を理解しなければ申請資料作成ができません。そのため、外注できる業者は限られると考えるべきです。信用できる外注業者は、業務内容からみて、低価格では到底請け負えません。採択率を上げる申請書類作成の自動化を可能にした、専門のAIシステムの開発をした会社があります。自社で申請する申請書類作成作業を大幅に効率化するため社内でエンジニアが手弁当で開発したそうです。彼らは一般事業会社で、クライアントの要請に応じてAIシステムを貸出し、営業成績が大きくアップしたと聞いています。この企業のように、自社申請する方向でその効率化を進めることができるのが理想的と考えます。(6)まとめコスト高に追い込まれる経営環境での、補助金・助成金の活用は良い対策に間違いありません。さらに活用している企業も格段に増えました。ただ、最初にして最大の悩みは、自社が受給できる補助金・助成金を全部ピックアップすることです。これがとてつもない時間を食います。さらに自社に適合するかどうかの判断のために補助金・助成金個々の細かい資料を読み込まねばなりません。その結果、自社は申請資格がないことが発覚したりすると、長い原稿のデータが一気に飛んだ時のような感覚になります。自前申請をするにあたって私が試した中で、これに落ち着いているという方法をご紹介します。「補助金・助成金そのものを調べる」と前述のような罠にはまります。そこで、「○○の課題解決制度」などでネット検索してみてください。検索結果に中央官庁、地方自治体問わず、補助金・助成金の情報がヒットします。地方自治体も補助制度を多数出しています。自治体の制度は予告なく自治体HPに掲載されて始まり、予算が満了すると静かにHPから消えて終わります。人気の制度では、「省エネ設備導入補助」などがあります。新型のエアコンに入れ替える際に活用されています。私の取っているリサーチ方法で面倒なのは、補助金・助成金の過年度のHPも混在してヒットすることです。同じ名前の助成金補助金制度でも、毎年、一部が変更になっていますので、当然進行期の情報にアクセスしなければなりません。また、法人のみならず個人が受給する制度も混在してヒットしてきますので、選別に労力と集中力が必要となります。まず1つ納得のいく補助金・助成金をみつけて、申請実務をやってみてください。そうすると「百聞は一見に如かず」です。1つ実行するとコツがわかって、調べ方も改善され、申請事務の効率化も図られていきます。提供:税経システム研究所
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2025/06/26 会計レポート
生成AIを活用した財務・非財務情報の分析(4)
1.利益計画の実現手段としての予算の重要性経営計画において設定された利益目標を実現するためには、利益目標をその実行計画である予算に落とし込み、予算が確実に実行されるようにこれを効果的に運用しなければなりません。利益目標を実現するためには、財務目標数値を各責任単位(事業部、部門、課など)に割当てて予算目標を設定し、②目標達成のために必要となる経営資源を各部門間で調整し、③各部門の財務目標の達成に向けて責任と権限を明確化し各部門の統制をはかる必要があります。利益目標を実現するためには、予算をいかに効果的に運用できるかがカギになるのです。予算を効果的に運用するためには、図表1に示すように、予算のPDCAサイクルを回していくことが必要です。すなわち、適切な予算目標の設定(Plan)、期中における予算目標の遂行(Do)、月末・四半期・年度末の目標達成度評価(Check)、アクションプランや次期以降の改善・計画修正(Action)というサイクルを回すことで、予算目標の達成を確実にするとともに、さらなる改善を図っていくのです。図表1予算のPDCAサイクル出所:筆者作成2.効果的な予算のためのデータ分析の活用予算のPDCAサイクルをまわしていくうえでも、データ分析は強い武器となります。たとえば、データを活用することで、予算目標の達成度を月次で確認しながら年間の予算目標の達成可能性をシミュレーションすることや、予算目標の設定レベル(目標の達成難易度)と達成率の因果関係を分析することなどの分析を行うことが可能です。複数年度に渡る予算・実績のデータが蓄積されていれば、過年度の情報をもとにして、翌年度の予算編成の基礎数値(推定売上高、推定コスト、推定利益)などを計算することも可能です。これらの分析をするためには、継続的に予算と実績値に関するデータが蓄積されていることが必要です。予算のために会計・情報システムを導入していれば、一定のルールに基づいて過年度データが蓄積されているはずですから、分析に必要となるデータを出力することは容易でしょう。しかし、多くの企業では、予算のためのデータは表計算ソフト(Excel等)を用いて手動で作成されていることが少なくありません。その場合、データの集計方法や集計範囲が異なると、適切な分析を実行することができなくなってしまいますので、データ集計にあたってのルールを作成しておくことも重要です。3.予算達成度のシミュレーション(予算フォーキャスト)今回のリポートでは、データ分析を予算に活用する一例として、予算目標の達成可能性をシミュレーションする予算フォーキャストをご紹介したいと思います。予算フォーキャストとは、毎月(もしくは四半期ごと)の予算達成度から予算目標の達成可能性をシミュレーションし、環境変化にあわせて予算の柔軟な運用を可能にする仕組みです。シミュレーションの結果、予算目標の達成が難しくなってきた場合には、目標達成に向けて早期にアクションプランの修正を図り、逆に、予算目標が前倒しで達成できる場合は、早期に目標の上方修正を行います。これによって、予算目標の達成可能性を高め、環境変化に応じた予算の柔軟な運用を行うのです。予算フォーキャストでは、月次もしくは四半期ごとに予算目標の達成度を確認しながら、過年度の予算・実績データや市場・経済環境の動向を踏まえつつ、年度の予算目標の達成度をシミュレーションしていきます。図表2は予算フォーキャストのイメージ図を示しています。この図では、第3四半期時点で、予算目標達成ラインに11,000(76,000-65,000)届いていません。このまま期末を迎えると売上高の着地がどうなるかについてシミュレーションをした結果が、第3四半期時点から期末にかけての破線で表されており、このままでは期末着地時点の売上は80,000にとどまってしまうことが推定されています。このように、予算目標の達成可能性を評価し、可能な限り早い段階から予算目標の達成に向けたアクションプランや、予算目標の見直しを図るのが予算フォーキャストなのです。図表2予算フォーキャストのイメージ図出典:筆者作成4.生成AIで予算フォーキャストを実行するそれでは、ChatGPT4o(omni)を用いて売上高に関する予算フォーキャストを実行してみましょう。データは、ある企業の2021年第1四半期から2024年第2四半期までの14四半期分のデータを用います。これを用いて、2024年第3四半期および第4四半期の売上高を推定し、着地時点の予算目標達成度をシミュレーションしてもらいましょう。データは注に示すURL(注1)からダウンロードしてください。まず、ChatGPTにフォーキャストを実行してもらうための指示を出してみましょう(図表3)。指示にあたっては、どのような分析を実行したいのか、シミュレーションにどのようなデータを使用するのか、グラフ化にあたってどのような点に注意して欲しいのかを明確に指示することがポイントです。#実行して欲しい内容2024年期末の予算目標売上高は48,000,000円です。これを実現するための各四半期のあるべき売上高と、実績売上高のギャップが知りたい。また、過年度の売上高の実績を踏まえて、2024年第3四半期、期末時点の着地予想売上高をシミュレーションしてください。これをグラフ化し、各四半期の予算目標達成率も示してください。#データの説明シミュレーションにあたっては、data202505.xlsxのなかの売上高のデータを用いてください。これには自社の2021年第1四半期から2024年第2四半期までの売上高データが入っています。#グラフ出力の注意点グラフの出力にあっての注意点は以下のとおりです。日本語フォントは添付のフォントデータを使用してください累積売上で目標とのギャップを示してくださいQ1、Q2は実績、Q3、Q4は見込みとして線種を変えて表示してください各点に金額と達成率のラベルを表示し、Q4でギャップを矢印で示してください売上金額は百万円単位で表示してください各四半期のあるべき売上高と実績値の金額を可視化してください図表3ChatGPTへの指示出典:筆者作成(ChatGPTへの指示画面)やや複雑な指示を与えていますので、期待する結果がすぐに出力されるとは限りませんが、期待と異なる出力結果となった場合には、改善して欲しい内容を追加指示することで、再度分析を実行してくれます。分析の結果、図表4のような結果が得られました。図表4ChatGPTを用いた売上高に関する予算フォーキャスト出典:ChatGPTを用いて出力予算目標である48,000,000円の売上高を実現するために各四半期で達成すべき売上高と実績値のギャップや、第3四半期、第4四半期(期末)の着地予想売上高が計算されています。これによると、第2四半期までの売上実績値のまま推移した場合、期末時点では目標の91.3%にしか届かず、目標未達に終わってしまうという結果がシミュレーションされています。第2四半期終了時に期末の着地点をシミュレーションすることで、早期のうちに改善策を検討し、どのようにして遅れを取り戻すのかについての策を検討することができるのです。また、図表4のように、今後の推移を可視化することができれば、問題の重要性を直感的にも理解させることも可能になります。予算を効果的に運用するために、生成AIの力を借りてみてはいかがでしょうか。<注釈>https://www.dropbox.com/scl/fo/3pnbn1dmgho6xg1jlx9xz/AORITDUjREbDwQoyeh3s-ww?rlkey=xyb5omanca3osgcpli6knr61x&dl=0提供:税経システム研究所
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