1.はじめに
P/LやB/Sなどの決算書を分析する上で、決算書に実際に載っている数値自体を分析(前期の数値と比較するなど)することはもちろん重要ですが、それだけでは課題に気付きにくいことがあります。例えば、2社を営業利益額(「金額」)で比較した場合、規模の違いは分かっても、両社の経営状況等の違いは浮き彫りにはなりにくいと考えられます。一方、利益率(売上高に対する利益の割合)という「経営指標」を使えば、規模の違う企業同士でも経営状況の比較がしやすくなり、両社の違いが浮き彫りになります。そこで、本稿「公認会計士が伝える! 中小企業の経営指標の活用術」では、いろいろな経営指標を取り上げながら、その活用について考えていこうと思います。
中小企業の場合、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用することで、分析したい経営指標(業界平均値など)を自分で算出することができるため、自社以外の数値と比較することも可能です。そこで本連載では、経営状況の把握に資する経営指標を取り上げ、その指標から分かることなどを説明するとともに、中小企業実態基本調査のデータから各種の経営指標を実際に算出し、そこから読み取れることなどもお伝えしていきます。それらを参考に、自社の経営指標の良否などを把握し、対応策を検討していただければと思います。
今回と次回とで、財務安全性の指標の中でも最も基本的な「流動比率」と、流動比率の限界をカバーする「当座比率」を取り上げます。業種によって財務構造が大きく異なり、これらの指標は業種によって数値に大きな違いがあるため、業種別に分析して特徴などを探ってみることにします。
2.中小企業の流動比率、当座比率を業種別に分析してみよう
(1)流動比率、当座比率とは
①流動比率
財務安全性を測る基本的な経営指標として、「流動比率」があります。これは、企業が短期的(1年以内)に返さなければいけない負債を、短期的(1年以内)に現金化する資産でカバーできているかを示す指標であり、次の計算式で算出できます。

流動比率が高いほど、短期的な支払能力が高いと捉えられます。
例えば、流動資産(現金預金、売上債権、棚卸資産、短期投資など)の残高が2,000万円、流動負債(短期借入金、仕入債務、未払金など)の残高が1,000万円であれば、流動比率は200%となります。
流動比率はB/Sだけあれば算出できる指標であり、とても簡単に計算できます。B/Sを見たらすぐに流動資産と流動負債の大小関係をチェックすることを習慣付けておくと良いでしょう。
②当座比率
上記①で説明したように、流動比率はとても簡単にチェックすることができますが、その限界も意識しておく必要があります。
流動比率の分子は流動資産合計であり、棚卸資産も含まれます。棚卸資産が現金化されるまでには、棚卸資産を売るまでの期間、さらに、売った代金を回収するまでの期間がかかります。棚卸資産の中にはさまざまな商品が含まれますし、製造業であれば原材料や仕掛品など製造前や製造途上のものも含まれます。実際に負債の返済資金に回そうとすると、それなりの期間を要することになります。中には、売れずに滞留している在庫などもあるかもしれません。つまり、流動資産であっても、すぐに使える資金として当てにすることはできない点に注意が必要なのです。
そこで、企業が短期的(1年以内)に返さなければいけない負債を、すぐに現金化できる当座資産(流動資産から棚卸資産を除いたものとして算出(注))でカバーできているかを見るのが当座比率になります。
(注)棚卸資産以外にもすぐに現金化できない重要な流動資産があれば控除することが考えられるが、中小企業実態基本調査では流動資産の内訳として「現金預金」「売上債権」「棚卸資産」のみが集計されているため、ここでは棚卸資産のみを控除している。

当座比率は、企業の短期的な支払能力を流動比率よりも厳密に評価することができる指標と言ってもいいでしょう。当座比率が高いほど、企業の短期的な支払能力が高いと評価されます。
例えば、流動資産が2,000万円(うち棚卸資産が500万円)、流動負債が1,000万円の場合、当座比率は150%となります。
(2)中小企業の流動比率、当座比率の業種別分析
それでは、中小企業における流動比率と当座比率はどの位の水準になるのか、中小企業実態基本調査のデータを活用して業種別に算出してみましょう。【図表1】に、業種別の流動比率と当座比率の算出結果を示します。
以下の分析では、直近年度(2022年度)を中心に行いますが、前年度(2021年度)やコロナ禍前(2018年度)と比較して大きな変動があるのかも分かるよう、必要に応じてこれらの年度との比較分析も交えて行うことにします(注)。
(注)今回は、直近年度(2022年度)の分析を中心に行い、前年度(2021年度)やコロナ禍前(2018年度)との比較は次回行う予定です。
なお、以下の分析は、業種に見られる特徴などを探るものであるため、あくまでも業種平均で行っており、個々の企業については状況が異なる点にはご留意ください。

①全業種平均
まずは【図表1】の2022年度の部分に着目してみましょう。全業種平均では、流動比率が190%、当座比率が159%となっています。2021年度もほぼ同水準となっており、比較的安定していることが分かります。
当座比率は棚卸資産が除かれる分、流動比率よりも低くなりますが、流動比率と当座比率の差はいずれの年度も30%程度であり、両者の差は安定していることが分かります。ただし、業種別に見ると違いがあるため、それについては後述します。
②流動比率、当座比率が高めの業種
2022年度における流動比率が高め、つまり短期的な支払能力が高めの業種としては「情報通信業」(246%)、「建設業」(224%)、「学術研究・専門・技術サービス業」(223%)、「サービス業(他に分類されないもの)」(216%)が挙げられます。また、当座比率が高めの業種としては「情報通信業」(233%)、「学術研究・専門・技術サービス業」(215%)、「サービス業(他に分類されないもの)」(209%)、「建設業」(190%)が挙げられます。流動比率と当座比率とで順位に違いはあるものの、上位には同じ4業種が並んでいます。
以下、これら4業種について、流動比率と当座比率が高くなっている背景を分析します。
A)情報通信業など
「情報通信業」、「学術研究・専門・技術サービス業」、「サービス業(他に分類されないもの)」は、流動比率、当座比率とも200%を超える水準となっており、短期的な支払い能力が高いと言えます。これらの業種は、設備投資が少なく、棚卸資産保有も少ないことなどが影響していると考えられます。
B)建設業
流動比率(224%)、当座比率(190%)と高めになっています。「建設業」は売上代金の一部を契約時や工事の進行に応じて回収するなど、現金預金が比較的多くなると考えられます。ただし、ある程度の工事期間があり棚卸資産の保有が生じるため、流動比率と当座比率との差は大きくなっています。
③流動比率がやや低めの業種
上記「②流動比率、当座比率が高めの業種」で挙げた4業種以外の業種は、流動比率が200%には達していませんが、いずれも150%以上の水準にはなっています。つまり、「短期的(1年以内)に返さなければいけない負債」の1.5倍以上、「短期的(1年以内)に現金化する資産」を保有している状態ですので、資産の中身にもよりますがこの水準であれば直ちに短期的な支払能力が懸念される状況ではなさそうです。
ちなみに全業種の中で2022年度における流動比率がやや低めの業種としては「宿泊業・飲食サービス業」(160%)、「生活関連サービス業・娯楽業」(162%)、「小売業」(164%)が挙げられます。
④当座比率がやや低めの業種
上記「②流動比率、当座比率が高めの業種」で挙げた4業種以外のほとんどの業種は、当座比率が150%前後ないしそれを下回る水準になっています。ただし、いずれも100%以上の水準にはなっています。つまり、「短期的(1年以内)に返さなければいけない負債」以上に、「すぐに現金化できる当座資産」を保有している状態ですので、資産の中身にもよりますが短期的な支払能力が懸念される状況ではなさそうです。
ちなみに当座比率がやや低めの業種としては「小売業」(123%)、「不動産業・物品賃貸業」(145%)、「卸売業」(149%)が挙げられます。
⑤流動比率と当座比率の差が大きい業種
流動比率が高くても、流動資産の中にすぐに現金化できない資産が多く含まれていると、短期的な支払能力が懸念される状況があり得ます。流動比率は計算がとても簡単ですが、流動比率だけ見ていると判断を誤ることがあります。流動比率と当座比率の差が大きい業種、つまり棚卸資産の保有が多い業種としては【図表2】に掲げるような業種がありますので、これらの業種では当座比率も見るようにしたほうが良いでしょう。

3.おわりに
本稿では、中小企業の財務安全性を測る重要な指標である「流動比率」と「当座比率」について取り上げ、この指標から分かることなどを説明するとともに、業種別の状況を分析しました。これらの指標は、企業の短期的な支払能力を評価する上で非常に有用であり、経営判断の一助となります。
特に、流動比率と当座比率の差異や業種ごとの特徴を理解することで、企業の財務状況をより正確に把握することができます。例えば、流動比率が高くても、棚卸資産の割合が大きい場合には、実際の支払能力が低い可能性があるため、当座比率も併せて確認することが重要です。
なお、2021年度(前年度)と2022年度との比較や、2018年度(コロナ禍前)と2022年度との比較については、次回取り上げる予定です。次回以降も引き続き、「中小企業実態基本調査」(中小企業庁)を活用しながら、経営指標の活用法を考えていきたいと思いますので、そちらも併せてお読みいただき、実務上の参考にしていただければ幸いです。